捏造物語 > リオウ×姫



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off to a brand-new season (ver. L)

〜1〜

久方ぶりに訪れたエシューテ港市場。その片隅にある、若頭一派との縁が深い酒場。
ジーンの案内で正面から堂々と入店し、二階の個室に陣取る。
外に面した部分のない部屋は、昼間でも薄暗い。唯一の窓から見えるのは、階下の酒場――この建物の大部分を占める、吹き抜けの食堂だ。
「僕はお茶でいい」
「はぁ? なんで酒場来て茶なんだよ? あ、そっか、このあと姫さんトコ行く気だな? この色男」
図星……ではない。でも時間にゆとりがあれば、今日こそは、と思っている。……ジーンに話してやる義理などない。
「僕は大事な話をしに来たんだよ。だいたい、僕が千鳥足でこの店を出るところ、誰かに見られたら困るんじゃないの? ……おまえが良くても僕はごめんだ」
「ンなコト言ったっておまえ酔わねーじゃん。若も飲むぜ?」
「そのときはそのとき」
ジーンは不満そうに舌打ちしながらも扉を開け、階下の店員に注文を伝える。
やがて飲み物を運んできたのは顔見知り――若頭のもとに身を寄せる少年だった。だが今の僕なら気づかれないはず。ただの客を装い、目をあわせない。手際よく並べられていく酒瓶や簡素な茶器をただ眺める。
少年が部屋を出たところで、町民の扮装を部分的に解いた。
「ンだよ似合ってたのに」
「それはどうも」
あいにく僕は、ジーンほどの変装好きではない。
「ンじゃまず、乾杯な?」
「こっちはお茶だよ」
「気分出ねぇだろ?」
こいつなりの気遣いだろうか。毒など疑っていないのに――仕方なく、お茶を注ぎ入れたばかりの器を酒器に当てた。確かな香りのする熱い液体を少量、口に含む。
来る途中、階下の様子を見て、ジーンが僕を巻きこみたがった理由を実感した。
店員や客の中には、若頭一派の者が多かったが、その顔ぶれには眩暈を禁じ得なかった。
将来性を考慮するなら、いくらかましな見方もできようが……単純に、現時点での実力順、力関係順に並べてみれば、一族内では下から数えた方が早い者ばかり。内紛が終わる頃には、冗談などではなく、全滅しているかもしれない。
馴れ合うために、若頭の下につくわけではないから、別に良いけれど。
「そーいやリオウ」
丈夫そうな杯が、無造作に台に置かれて重い音をたてる。
「あの近衛兵、シロだったぜ」
「へえ……もう調べたんだ?」
「オレ様がやる気を出しゃ、こんなもん」
「やっぱりやる気、出したんだね」
「あぁん?」
「なんでもないよ。身上書、もとの場所に戻しておくから返して」
わずか三日で手元に戻ってきた、一枚の紙。念のため広げて、状態を確かめる。問題ない。このまましかるべき場所に忍ばせておけば、違和感はないだろう。
それにしても……さすがにジーン、危機感を抱いたらしい。新しい依頼人の、身の安全に関わることだ。彼女のそばをうろつこうにも、曲者が近衛兵として紛れこんでいるかもしれないとあっては、落ちつかなかったに違いない。
「ほかにそれっぽいの、見つけてねーのか?」
「まだ、見つけてないね。もちろん本当にそんなやつがいるなら、遅かれ早かれ……」
茶器を台に下ろした。褐色の水面に波紋がひろがる。器の縁と中央を何度か往き来して消えたそれは、まるで僕に語りかけているかのようだった――はっきりさせておくべきことがあるだろう、と。
……今日は時間がある。若頭まで来る以上、ジーンが途中で逃げることはないはず。ひとつひとつ、聞き出していこう。焦る必要はない。
「……ねえジーン。曲者の話は、どこまで信じていいんだろう?」
「はぁ?」
「爺さんが嘘をついているということは、ない? 本当に手駒を王宮内に送りこんでいるのかな」
顔を上げれば、怪訝そうなまなざしを向けられていた。
「王宮内の情報を流すくらいなら、そこらへんの貴族にだってできるからね。そもそも曲者なんて、本当にいるの?」
「そりゃ間違いねえよ。信頼できる情報がある」
「濃茶の髪、灰色の瞳、左の脛に傷があって、僕らと同じくらいの年齢……間違いなく、こいつが入りこんでいるんだね? ……いつから?」
ジーンの返事はない。答えを知らないが故の沈黙だろうか。
「爺さんの話だと、そいつが王宮に送りこまれたのは僕を手伝うため……つまり、ここ三年の話なんだよね? それって確か? ……十の頃まで、若頭のところにいたんだよね? そのあと、王宮に上がるまではどこでなにをしていたの?」
「……なにが知りてぇんだよ?」
「そいつが王宮に入りこんだ、正確な時期。……曲者は、僕が王宮に入りこむずっと前から、とっくにあそこにいたのかもしれないなって思ってね。王宮が舞台になるほどの依頼なら、先を見越して備えておく価値は十分にある」
「まあそりゃ……オレも考えなかったワケじゃねーけど……」
「だったら、兵士っていうのは考えられないかもしれない。さすがに十の子供じゃ、入団できないからね」
「おいおい、先に言えよっ」
ジーンは不服を唱えながら、勢いよく前のめりになった。意外な点を突かれた、といった様子だ。演技のようには見えないが……さて。
「怒らなくてもいいでしょ。あの近衛兵の左足に傷跡があったのは事実なんだから、可能性はひとつひとつ潰していかなくちゃ」
どかっと音がして、褐色の水面が大きく揺れた。ジーンが盛大な溜息をつきながら、台に両足を投げ出したのだ。
なんとなく不愉快で、自分の茶器を避難させた。
「けどよぉリオウ。仮にそいつがおまえより先に王宮に入りこんでいたとしてだ。なんであの話が、そいつじゃなくておまえンとこ行ったんだよ?」
「さあ? その辺の事情はジーンの方が詳しいんじゃないの? 『かもしれない』っていうだけだしね」
「ふーん」
まるで自棄を起こしたかのように、ジーンは杯を空にする。酒瓶からなみなみと注ぎなおす。
それを尻目に、僕は考えを巡らせる。
十の子供が王宮に入りこむ方法――ないわけではないが、限られる。だいたい、そんな子供のうちから長期間、一族のもとを離れていれば、腕はなまるし帰属意識も揺らぐはず――だが可能性として排除しきれない。
十一、十二、十三……十五なら見習いで兵にもなれるだろう……結局のところ、年齢で目星をつけて、一人一人当たっていくしかないのか。――まったく。自棄酒したいのはこっちのほうだ。
「ま、でも。なんつーか、お前、落ちついたよな」
ジーンは声の調子をがらりと変えてきた。悪い予感しかしない。
「お姫さん元気? よろしくやってるんだろ?」
やっぱり来たか――今度は僕が、盛大に溜息をつく番だった。
「やっぱ我慢は良くないねえ。帰ってきてからの無気力っぷりも酷かったけど、そのあとのピリピリ感もなー。やっぱ溜めちゃあ……」
「ジーン」
面白くないことを立て続けに言われたが……その最たるものは、姫に対する侮辱ともとれる発言だ。
彼女をお前の姫と一緒にするな――卑俗な笑みを静かに睨め付ける。
……どうせ今日ははっきりさせたいと思っていた。王族暗殺の黒幕を絞りこんだ今となっては、知らないふりを続けてやる必要もない。
「今日は全部説明してくれるんだろう? ……『新しい依頼人』のことも含めて」
「あー……それねー……」
ことさら「新しい依頼人」を強調した。
時間稼ぎのつもりか、ジーンはさらに酒杯を空けようとする。
僕は笊の一気飲みから目を逸らし、筒状に丸めた身上書を手のひらで遊ばせる。
階下の喧噪が、室内の沈黙に空々しさを添える。
やがて杯を置く音がした。
視線を戻せば、酒瓶へ手を伸ばすジーンと目があったから、声にはせずに問いかけた。なんのためにこれを貸してやったか、わかってるだろう? ――と。
ジーンは事態を値踏みするような目をしたまま、酒瓶の中身を注ぎきった。
「……もう一本いっていいか?」
「ご勝手に」
若頭が来てからにしてほしいというのが本音だったが、店員に見られても困らない程度に服装を改めた。
ジーンは酒瓶を持って立ち上がる。だがすぐには扉を開けず、小窓の布を捲って酒場の方を窺う。振り返って僕を見た。
「リオウ。おまえ、お姫さんのことは黙ってた方がいいよなぁ?」
ヘラヘラとした口調だった。それが、
「……なら、若の前ではオレに話あわせろよ?」
一転、場の空気をも巻きこんで、凄んだものへと変わる。
そんな芝居じみた態度で、気圧されたりはしないけれど。
「……はいはい」
馬鹿馬鹿しくて、反抗する気は起きなかった。
こいつ、若頭には、「新しい依頼人」としか告げていないんだな? ――なにやってるんだか。
開いた扉から、雑音が飛びこんでくる。注文を伝える上機嫌な声を、意識的に耳から閉め出した。


―to be continued―

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