捏造物語 > リオウ×姫



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Liou and a little fox

カイン王子暗殺に失敗し、一族に戻った僕を待っていた処遇は、予想していた以上でも、以下でもなかった。
不愉快な日々をやり過ごし、もとの生活に自分を馴染ませようとするけれど、違和感ばかりが募る。三年前とは状況が違うのだから、仕方のないことだった。
王族暗殺を請け負って王宮に入りこみ、姫に暗殺者としての素顔を見られた上に拒絶され、任務に失敗して逃げだしてきた。これらを人生の一幕として、諦めとともに受け入れることができたときには、夏は盛りを迎えていた。

久しぶりに笛が吹きたくなって、昼でも薄暗い森の奥深くへと分け入った。
手頃な木を選び、太めの枝に縄をかけて登る。幼い頃から仕込まれていることだから、造作ない。
目星をつけておいた場所に腰をおろし、あたりに人の気配がないことを確かめると、懐から笛を出して唇に当てた。
……なんの音も出なかった。
生まれたての風が、頬をなでる。舞いあがって細い枝を揺らす。やがてそれが空へと還っても、僕の笛は、掠れた音さえ生みださなかった。
……この様はなんだ? 宮廷楽士として過ごした三年間、こいつを吹かない日はなかった。求められればいつでもすぐに、その場にふさわしい曲を選び、奏でていた。あれからまだひと月と経っていない。なのになんだ、この様は……。
考えれば考えるほど指が固くなる。息が詰まる。
わざわざここまで来て、いったい僕はなにがしたかったのやら……始まりの音さえ決められず、諦めて笛を膝に下ろした。
――リオウにお任せするわ。
不意に蘇ったのは、王宮で幾度となく耳にした言葉だった。
どんな奏者がどんな楽器で挑んでも、決して敵いはしないだろう。軽やかで爽やかで、それでいてしっとりした響きをも併せもった、かけがえのない旋律。いつだって僕の笛の、一番素直な音を引き出してくれた。
……吹けるはずがない。知っている曲はすべて――即席の数小節でさえも、彼女の笑顔へと続いていくのだ。
その笑顔を打ち砕いたのは僕自身。卑劣な言葉を並べたて、取引を持ちかけ、怯えた顔をさせた。
姫……今頃、君はどうしているだろう? ――木の幹に頭を預け、目を閉じた。
結局のところ僕は、笛を吹きたかったというより、こうして落ち着ける場所で彼女に想いを馳せたかったのだ。たまには人間の真似事をしてみるのも、悪くない。
自らにはめた枷を少しだけ緩めれば、記憶は色溢れる王宮の庭へと飛んだ。日だまりの中に、姫がいる。
彼女の笑みが僕に向けられることは、もう二度とないだろう。それでも、あの優しい光がこの世にまだ存在していることは、救いだと思う。
彼女は宮廷楽士リオウの正体を知ってしまったけれど、それはもはや秘密でもなんでもないから、そのためだけに狙われることはない。建国祭前夜の一件について、なぜかジーンが言及してこないことも、彼女の命をつないでいる。
だが、依頼は継続している。いずれまた誰かが、王子に近づくことになるだろう。もしかしたら、姫にも。
その役が再び僕にまわってくる可能性は高い。失敗は、二度は許されまい。
これは運命だ。そして僕は、感傷にひたる心など、持ちあわせてはいない。だから……言われれば、殺るだけだ。
姫の姿が、彼女のまわりで咲き乱れる庭園の花が、早々と色褪せていく。やはり僕の本質は暗殺者だ。真似てみたところで、人になど近づけない。
息苦しさを覚えて眉根を寄せた。今の顔は、一族の連中には見せたくない。そう思った矢先、はるか下の繁みでがさがさと音がした。
物思いは一瞬で霧散する。
身構えて様子を窺えば、草木を掻き分ける音はひとつだけのようだ。位置や大きさからすると、人ではない。犬――猟犬か?
音は、僕が登っている木に近づいてくる。繁みが揺れているのが、はっきり見てとれるようになる。やがて姿を現したのは……痩せ細った、一匹の狐だった。
まだ子供だ。けれど幼い獣特有の愛らしさは微塵もない。酷く汚れているし、毛づやも悪い。
独り立ちの季節はまだ少し先だ。親はどうした? 兄弟は? はぐれたのか?
ああ、そういえば――数日前、この森で、規模の大きい狩りがあった。貴族達がずいぶんと奥まで入りこんできたから、一族はほぼ総出で警戒にあたったものだ。
するとこの子狐は……生き残りか。
頭は垂れたまま。足取りは弱々しい。
腹を空かせているのは明白だが、こんな状態で満足に狩りなどできるのだろうか。
……できないのなら、それも運命――そんな思いとは裏腹に、右手は林檎を取りだしていた。ひと囓りして、汁の出具合を確かめる。
味は悪くない。今の季節、この森にはないものだが、食べるだろうか。
残りをまるごと、子狐の足元めがけて放った。
しかし子狐は、それが地に落ちるより先に、繁みへと飛びこんでしまった。思いの外、素早い動きだった。
鷹や梟を警戒したのか。自分が捕食される危険性を、きちんと理解しているらしい。勘は悪くないし、まだあれだけの力もある。見込みのあるやつだ。
あとには食べかけの林檎が残された。もったいないことをしたかもしれない。この季節、市場では結構な値がつくのだが……まぁいいか。
苦笑したのもつかのま、再び繁みががさごそと音を立てた。さっきの子狐が、そっと顔を出す。僕が投げた林檎に鼻面を寄せ、匂いを嗅ぎ……、がぶりと銜えると、また繁みへ引っこんでいった。
「……っ」
柄にもなく、吹きだしていた。本当に、見込みのあるやつだ。頑張って生きろよ――胸中で呟く。
同時に浮かんだのは、あろうことか、綺麗な首飾りが輝く白い胸元だった。
重ねているのか、僕は……あの子狐と、姫を。
それは姫に失礼だろう。姫はあんなに汚くないし、独りぼっちでもない。あえて言うなら、あいつに似ているのは僕の方だ。
でも、あの子狐が垣間見せたしなやかさと逞しさは、僕なんかより、姫に通じるものだ。ふと考えこんだ。
一人になっても、姫は……。
たとえ大切な弟君を失ったとしても、きっと姫は……。
カイン王子暗殺に失敗した建国祭の夜。僕は王子だけでなく、姫の命も奪うつもりだった。
生かしておいても僕のものにはならない――そんな思いがあったことは否定できない。
だがそれ以上に、姫を一人残したくなかった。
両親に続いて弟まで失えば、彼女の心は絶望に染まるだろう。王宮内での立場も一層おぼろになる。その苦しみから彼女を守る一番の方法は、彼女自身の生を終わらせること――そう信じた。……果たしてそれは、正しかったのだろうか。
子狐の気配は、もう感じられない。
今度こそ一人になって、姫に想いを馳せる。

姫……今頃、君はどうしているだろう。
姫、僕は……。


―end―

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