捏造物語 > リオウ×姫



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Unspoken Words

悪夢のような、前夜の出来事。
宴の場で事件が起きたその瞬間まで、夢だと思っていた。夢で片付けるには、あまりに生々しかったのに。
夢か現か、確かめる術はなかった。あの日は朝から慌ただしくて、手がかりを探してまわるゆとりなどなかった。
探したところで――彼に会って直接話を聞いたところで、私にはきっとなにもわからなかった。ただの夢だと笑われて、素直にそれを信じたに違いない。ほかでもない私自身が、あれを夢だと思いたがっていたのだから。
そして、カインへと凶刃が向けられた。

昼下がりの王宮庭園。
柔らかい日だまりの中、神殿へと続く小径の途中で足を止めた。
見上げれば、双塔の建物はいつもと変わらない表情でそこにある。
悩める者には救いの手を――今日も門戸は開かれている。
でも二日続けて同じ話を聞いてもらうのは気が引ける――同じ話しかできないなんて、そもそも許されることではない。
『リオウが……カインを……』――昨日、そう切りだしてから私が口にしたのは、建国祭当日のことばかりだった。重要なことはなにひとつ明かさず、ただ労りの言葉をもらうだけ。罪深いことだとわかっていても、自分の言動を改めることができなかった。今日、行っても、同じことを繰りかえしてしまうような気がする。
頭の中で、なんの前触れもなしに剣がぶつかりあう音が響いて、とっさにこめかみを押さえた。
ここは誰の目があるかわからない王宮庭園。髪を直す仕草で誤魔化しながら、脈打つような頭痛が過ぎ去るのを待つ。雲がつくった日陰がひとつ通り過ぎて、ようやく息を吐いた。
再び顔を上げれば双塔の神殿。あそこへ出向いて懺悔することが、最良の選択への第一歩なのだということは、疑いようがない――わかっている。
建国祭当日、カインを危険から守るために、私にできることは少なかったかもしれない。自信を持って、あれは現実だと言いきることができなかったのだから。悪夢を理由に人を拘束して、取り調べるわけにはいかないのだから。
だけど事件が起きてしまった今なら、できることはあるはず。すべてを話せばいい。黒服の男性、夜のアーデンで出会った彼、謎めいた言動の数々……――なにかが手がかりとなって、彼の捕縛につながるかもしれない。
裏で糸を引いている者がいるはずだと、エドガーは言っていた。詳しく調べるべきだとも。行方をくらましてしまった彼を捕らえることは、カインを守る上で大きな意味をもつ。
「わかっているのに……」
掠れた声を吐きだして、双塔に背を向けた。
と、噴水の向こうを、揃いの衣服に身を包んだ人達が、歩いていくのが見えた。
銘々が得意とする楽器を携えている。求められればいつでも美しい旋律を奏でられるように。
お茶にはちょうど良い時間だから、行き先はテラスかもしれない――最後の一人が見えなくなるまで、華やかな一団を目で追っていた。異国情緒を感じさせる風貌の彼は、どこにもいなかった。
いるはずがない……そんなことくらい、わかっている――もう一度、神殿の方角へ足を向けた。
どうか誰にも、今の私を見られませんように――顔を俯けて、足早に脇の林へと入りこんだ。
日射しを遮られて安堵した途端、熱いものがぼろぼろと零れ落ちた。喉の奥から小さな音が漏れ出た。
建国祭の直前は、習俗の授業を多めにいれていた。式典を控えたカインに、心ゆくまで手順を確認してもらいたかったから。その分――今週は、リオウのところへ行くはずだった。
自分の荒い呼吸が耳につく。林の中は静かだ。
思えば私はここで、二度も彼の秘密に踏みこんでしまった。
三度目なんて、あるわけがない――わかっているのに期待を抑えられず、林の奥へと、城壁まで歩いてみる。やはり人の気配はなかった。
ずっと上の方から、鳥のさえずりが聞こえてくる。群を成しているのか、一羽が飛んでいくと同じように何羽かが飛んでいく。
王宮でなにが起きても、あの子達の生活はいつも通り。
王宮の中も――カインの教育担当は、事件が起きたその日のうちに、新しい分担が決まった。授業はいつも通り行われている。
なのに私一人……こんな大切な時期に、なにをしているのだろう。
リオウはカインの命を奪おうとした重罪人。
なのになぜ私はいつまでも、こんな形で彼の存在を引きずっているのだろう。
二人の剣がぶつかりあったときの音が忘れられない。
カインの呻きが、必死の形相が忘れられない。
去年の事故がなければ、お父様もお母様も……カインも、私も。『僕が殺していたでしょうね』――あんな残酷な物言い、到底、忘れられるものではない。
だからこんな引きずり方はおかしい――わかっているのに。
見下ろせば青い生地に、濃い点がいくつも散っていた。そしてまた新しく生まれる。右の頬を押さえれば左から、左を押さえても顎から、滑稽なほどあとからあとから、涙が落ちていく。
『君が僕のものになってくれれば』、『君が欲しいから』――忘れられるはずがない。
あのときのリオウはとても怖かったけれど、カインの暗殺をやめても良いと言っていた。あの手を取ったら、どうなっていたのかしら。
秘密を知られたら口を封じなければならない、そういう掟があるとも言っていた。
『僕のような暗殺者の言葉など』――信じたら、どうなっていたのかしら。
選ばなかった未来と可能性が、胸の中で黒々と渦を巻いている。触れるものすべてを、手当たり次第に抉りとりながら。


―end―

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