「オカンの恋は前途多難」

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『侑斗へ、ご飯の用意はしておきます。ちゃんと食べるように、デネブ』

その日、置き手紙とお手製の弁当を用意したデネブが出かけのは、ミルクディ
ッパーだった。
店の前まで来ると彼は深く深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
ここ最近というもの、通い詰めである。
しかも、侑斗には内緒で来ているのだ。
コーヒーを飲みに来ているのは勿論だが、理由はそれだけではなかった。
本当の理由を知ったら侑斗は勿論、他の知り合い、野上良太郎や彼についてい
るイマジン達も驚くだろう。
そんなことになったらからかわれてしまうのは目に見えている。
いいや、それだけだろうか。
想像したデネブは思わず首を振った。
今更、臆してどうする、ただ一目だけでもいい、姿が見れたら。

店に入る直前にすることは変装だった。
豆絞りの手ぬぐいをかぶって顔を隠し、頭から編み笠を被るだけだ。
普通の人が見れば、絶対におかしいと思われても無理はないだろう。

「いらっしゃい」
店の中に入ると良太郎の姉である愛理の声、軟らかい、のほほーんとした返事
が返ってきた。
デネブを見ると彼女はにっこり笑い、どうぞと彼がいつも座る席へと案内し
た。
慣れているのか、天然なのか、妙な変装をしている、怪しい人だと思わないと
ころが、凄いところである
店内の奥まった席、デネブが腰掛けると彼女は御注文は、いつものですかと訪
ねた。
「コ、コーヒーを頂きます」
妙にかしこまった口調で、そう言ったデネブは店内を見回した。
(まだ、来ていないようだ)
そのとき、ベルの音がして客が入って来た。
「みっちゃん、いらっしゃーい」
ドアの方へと視線を走らせたデネブは、心臓がドキドキするのを感じた。
すると、足音が近づき、一人の女がすぐ隣の席にドンと腰をおろした。
「うーっ、暑い」
椅子に深く腰掛け、女は顔を上げて天井を仰ぐように見上げた。
「疲れているみたいね、今、コーヒーは、いつものブレンドでいいの」
すると、女は慌てて愛理を引きとめた。
「キャンディあるかな、ほら、この間、来たときに貰った似顔絵のついたや
つ、どの店にも置いてなくて、美味しかったなあ」
「ああ、あれは、リョウちゃんが」
そのときタイミングよく、愛理の弟、良太郎が入ってきた。

「僕が持ってきたキャンディ?」
愛理の説明に良太郎は、デネブから貰ったキャンディだと思い出した。
「みっちゃんが、どうしても食べたくて、お店で探したらしいけどどこにも売
ってないっていうの」
みっちゃん、彼女は姉の学生時代からの友人で、良太郎とも知らない仲ではな
い。
子供の頃、ドブにはまったり、腕力だけが取り柄の同級生に虐められたときに
反対に相手をこてんぱんにしてくれたり、頼れる女性なのだ。
そんな、みっちゃんがキャンディが食べたいと言っている。
だが、あれはデネブの、彼の手作りだから、店には売ってないんだと。
イマジンの存在を知らない彼女に説明するべきだろうか。
良太郎は考えていたが、ふと彼の思考は一瞬、止まった。
背中を突かれたような気がしたのだ。
振り返ると、後ろのテーブル席に座っている客、変装しているようだが、はっ
きりとわかる。
そこにいるのはデネブだった。
良太郎は驚いた。
いつも窓から、のぞき見しては自分に見つかると慌てて逃げていくのに。
今日は、客として店内にいる、しかもコーヒーを飲んでいる。
デネブはもぞもぞと体を動かし、股間から取り出したキャンディを、こっそり
と良太郎に手渡した。

「あっ、ちょうど、ここにあるんだけど」
わざとらしくないように、良太郎はキャンディをデーブルの上に置いた。
すると女の顔が嬉しそうに、ぱっと明るくなった。
「勿体なくて、食べれないわ。すぐになくなっちゃうそうだし」
自分より年上なのに、子供のような事を言う、思わず笑いたくなるのを堪えな
がら、良太郎は大丈夫と返事をした。
「また、貰ってくるよ、手作りだからお店には売ってないんだ」
「そうなの、どんな人が作ってるの」
(すぐ近くに本人がいます)
良太郎は思わず視線を、ちらっ、ちらっと後ろへ送った。
そのとき、ガタンとデネブは思わず席を立った。
自分が作りましたーっと豪語して。

「久しぶりに暴れられるぜ」
突然、現れたイマジンを、モモタロスは遠慮なく倒そうとした。
ところが、今回現れたイマジンは二体だった。
流石に、いつものようにはうまくいかず、てんこ盛りの合体にしようかと思っ
たときだった。
電王の中の良太郎が思わず声をあげた。
「ミサキさんーっ」
モモタロスは良太郎の視線の先を見た。
そこには、もう一体のイマジンがいるのだ。
「姉さんの友達なんだ、助けなきゃ」
良太郎の言葉に、モモタロスは全力ダッシュで相手に突進した。
ところが、勢いがつきすぎた。
敵のイマジンが吹き飛んだまでは良かったのだが。
肝心の助けようとした当人まで吹き飛ばしたのだ。

天こ盛り合体をしてモモタロスは敵を倒した後、地面に倒れている女に近寄
り、見下ろすとあちゃっーっと声をあげた。
白目を剥いた彼女は気を失っていた。

目を覚ますと電車の中のようだった。
「ミサキさん、大丈夫」
声のする方を見ると、良太郎が心配そうな顔をして自分を見ていた。
「なんでリョウ君が、ここにいるの」
「大丈夫だった。イマジンと契約なんかしなかった」
イマジン、契約、それは何、すぐには思い出せずミサキは分からないと言いた
げに頭を振った。
だが、少しずつ頭がはっきりしてきた。
同時に体の節々か痛み、顔がヒリヒリとした。
ベッドから起き上がるとすると、痛みは益々、激しくなった。

食堂車に姿を現した良太郎に四人のイマジンやハナが声をかけてきた。
良太郎の後ろで、その様子を見ていたミサキは一瞬、唖然とした顔になった。
「皆、リョウちゃんの知り合い」
「うん」
イマジンを見て、驚かないだろうかうかと思った良太郎だったが。
ミサキが小さな頃から特撮や怪獣が好きだったことを思い出した。
案の定、しばらくすると四人のイマジン達と喋るのが楽しいといわんばかりの
顔になった。

「今日のお礼を兼ねて、ケーキでも持って来るわ」
その言葉にモモタロスが声をあげた。
「プリン、プリンがいいぜ。でっかいのを頼むぜ」
「僕はアイスクリーム」
そう言ったのはリュウタロスだった。
ウラタロスやキンタロスに至っては何でもいいと口を揃えて叫ぶ始末である。

「ねえっ、僕、送っていこうか」
良太郎の気遣いにミサキは平気、平気と笑いなかずら返事をしたが。
何故か、くるりと振り返った。
「モモタロ君、送ってよ」
めんどくせえ、なんだって俺がそんなことをと文句をぶーたれたモモタロスだ
った。
ところが。

「野上、いるか」
タイミングよく姿を現した二人がいた。
侑斗とデネブである。
暇なのか、寂しいのか、どちらでもないのか、たまに二人は遊びに来るのだ。

突然、モモタロスは椅子から立ち上がった。
「丁度いいところにきた、オデブ」
「デネブです」
律儀に訂正するデネブだが、モモタロスは聞いてなどいなかった。
「この女を家まで送っていけ、普段から迷惑かけてんだから、少しは役に立つ
ところを見せろよな」
他人が聞いたら、何を自分勝手な言い分だろうと思わずにはいられない言動で
ある。
「モモ、元の原因といえばあんたでしょ」
黙っていたハナが、鉄拳を振り上げようとした。
すると、それを止めたミサキはモモの顔を見るなり、ふふっと笑った。
「そーか、家に買い置きのプリンあるけど、いやーっ、残念だわ」
モモタロスは敏感に反応した。
「おい、俺が送っていく、待てったら、おい、プ、プリンー」
悲痛な声が食堂車に響き渡ったが、遅すぎた。
後日、美味しいプリンを食べたとデネブから律儀に報告を受けたモモタロスは
怒って、彼に八つ当たりしたのはいうまでもない。

そして、これが二人の、デネブとミサキの出会いとなったわけである。


「うわー、熊さんだ、こっちは猫、犬もある」
デンライナーの食堂車では、リュウタロスが歓声をあげていた。
ハナやナオミが何事かと覗き込むと、テーブルの上にクッキーやプリンなどの
菓子を並べて、ご満悦である。
「リュウタロちゃん、どうしたんです、こんなに沢山のお菓子」
「貰ったんだよ」
そう言ってリュウタロスはクッキーを、あーんと口に放り込んだ。
「あっ、このプリン、モモちゃんて書いてありますよ」
少し離れた席に座っていたモモタロスは、ナオミの言葉に慌ててリュウタロス
のそばにやってきた。
そして、箱の中を覗き込むと、ああっと声をあげた。
大きなプリン、そして白いクリームでモモタロという字が見える。
「おい、これ、俺様のじゃねえのか」
「えーっ、違うよ、貰ったのは僕なんだから、だから全部、僕のだよ」
リュウタロスは持っていたスブーンで名前の部分をすくいとり、笑った。
「こ、この、くそガキ」
「大人げないよ、先輩」
そばで見ていたリュウタロスは、呆れた口調になった。
「そや、男は我慢やで」
「うっせえ、おまえらに、この悔しさが、かわかってたまるか。てめえらはこ
いつに甘すぎるぜ。大体、こんなに沢山の菓子、良太郎の奴」
ぶつぶつと文句を口にしたモモタロスに、ウラタロスは呆れたように肩をすく
めた。
「まさか、モモ先輩、良太郎が、これをくれたって思ってるわけじゃないよ
ね」
ウラタロスはテーブルに近づくとクッキーを一枚、手にして二つに割り、半分
を自分が、残りをキンタロスに渡した。
「市販じゃない、いかにも手作りって感じの味だね」
そのとき、ドアが開き、良太郎が姿を現した。

食堂車に入った良太郎は、モモタロスの不機嫌な様子とリュウタロスのいつも
にもまして、はじけた様子に驚いた。
だが、ナオミがプリンの話をすると、合点がいったという顔になった。
「リュウタロス、プリンはわけてあげたの」
「ええーっ、あれは僕が貰ったんだよ、良太郎」
リュウタロスは、プリンのカップを持ち上げ、一口で食べてしまった。
「もう、食べちゃったよーだ」
「くっそー、そのクッキー寄こせ」
二人の間に割ってはいるように、良太郎は慌てて止めようとした。

それから数分後、外から戻ってきたハナがモモタロスの顔面に一発、パンチを
お見舞いし、ノックアウトして食堂車は静かになった。

「リュウタロス、どうして、そんなに沢山のお菓子を貰ったの」
子供である彼に頭ごなしに聞くとヘソを曲げてしまう可能性が大きい。
ハナは機嫌を損ねないように優しく聞いてみた。
最初のうち、リュウタロスは、どうしようかなあと後ろ手を組み、食堂車の中
をるんるんとスキップしはじめた。
「最近、良太郎は僕に体を使わせてくれないから、つまんなくてさ」
「それが何の関係があるのよ」
「だから、みっちゃんのところに遊びに行ったんだよー」
それだけ言うとリュウタロスは、今度はシャボン玉を吹き始めた。
みっちゃんというのは、もしかしてミサキさんのことだろうか、良太郎とハナ
は驚いたように顔を見合わせた。

そのとき、暇だから来てやったぜと野上と、侑斗とデネブが姿を現した。
中に入った二人は立ちつくした。
食堂車の中はシャボン玉でいっぱいで、子供の遊び場といってもよかった。
入った瞬間、侑斗は、むっとした顔で眉を潜めた。
「よっっ、オデブ野郎、丁度いいとこに来た、飴玉寄こせ」
モモタロスはプリンを食べ損ねた腹いせに、デネブにキャンディをせがんだ。

二人が腰掛けると、ナオミが特製手のコーヒーを運んできた。
「リュウタロちゃん、それで時々姿が見えなかったんですね」
遊びに行ってたという言葉を聞いたナオミは、何をして遊んだんですかと聞い
た。 「へっへへーん、聞きたい」
ナオミの言葉に、リュウタロスは胸を張った。
「みっちゃんの家にはゲームやおもちゃが沢山あってね、ヌイグルミもあった
んだ、あんまり可愛いから、欲しいなあって言ったら、好きなだけ、持って帰
っていいっていうんだよ、沢山貰ってきちゃった」
嬉しそうに話す様子を皆が、黙ったまま聞いていた。
「リュウタロス、ミサキさんの家に遊びに行ったの」
寝耳に水とはまさにこのことだ。
良太郎は驚いたように、僕は体を貸してなかったんだけどと言った。
するとリュウタロスは、このままだよと平然と言った。
「この体で遊びに行ったんだ」
ハナは呆れた顔になった。
「お菓子をくれたよ、大きなプリンと苺のケーキ、宅配のピザってやつもとっ
てもらったんだ、凄く美味しかったよ、ゲームして、それからねえ、大きなシ
ャボン玉を作ったんだ」

このとき良太郎の携帯が鳴った。
「ミ、ミサキさん、どうしたの」
驚いた良太郎に、素早く反応したのはリュウタロスだった。
「僕に代わってよ、良太郎」
二人して電話の取り合いになったが、素早さと身軽さでは、リュウタロスに勝
っていた。
「みっちゃーん、僕だよー、ねえ、今から遊びに行ってもいい」
承諾したのだろう、リュウタロスは、やったあっと飛び跳ねた。
「えっ、他の人も一緒に」
リュウタロスは、いかにも不機嫌と言った顔つきになった。
「キンちゃんは寝てるし、カメちゃんはデートに出掛けたよ、それにモモタロ
スは忙しいって」
まるで、ウラタロス並の嘘八百の台詞だった。
いったい、どこから出てくるのだろうか、いつものリュウタロスからは想像で
きず、良太郎は感心した顔で見守っていた。
「プリン、ちゃんとモモタロスにもあげたよ。美味しかったって」
「出鱈目いうんじゃねえ、ガキ」
モモタロスの顔は、普段でも赤いのだが、このときばかりは、いつにもまして
赤くなった。
「ねえっ、シャボン玉セット、持っていくからね、アワアワのお風呂の用意し
てね、お泊まりしていいでしょ、返事は聞いてないけど」
このとき、良太郎は素早く、リュウタロスから携帯電話を奪い取った。
「ミサキさん、僕だよ」
ところが電話は切れた後だった。

「じゃっ、僕、遊びに行ってきまーす。今夜は帰らないから、夕食はいらない
よ、ナオミちゃん」
姿を消したリュウタロスに腹が立つのか、モモタロスは壁に拳をぶつけた。
「お泊まりだなんて、やるねえっ。坊やだと思ってたらいつの間にか、大人に
なっていくんだねえ」
ウラタロスは感心したように腕組みをして、ふんふんと頷いていた。
「な、何、言ってるの、ウラタロス」
良太郎は、顔を赤くした。
ウラタロスの言葉が、別の意味を含んでいるような感じがしたからだった。
「やだなあ、良太郎、僕たちのことわかってないねえ、ねえっ、ハナさん、イ
マジンだって恋をするよねえ」
「ハナさん、それ本当なの」
すると、ハナは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「イマジンと人間の恋人って、未来の世界にもいたのよ。勿論少ないけどね」

良太郎はショックを、いや、衝撃を受けた。
「まさか、リュウタロスはミサキさんと」
あらぬ妄想が彼の頭をかすめた。
「イマジンやいうても、リュウタも男や、年上の女にころりと参ってもおかし
ゅうないな」
「キ、キンタロスまで」
普段は真面目なキンタロスまでが口を出したので、良太郎の顔色はだんだんと
青くなっていった。
そのとき、また良太郎の携帯が鳴った。
「もしもし、ミサキさん、あのね、今、リュウタロスがそっちに」
言葉が見つからず良太郎は慌てた。
すると、それを見かねたようにハナが奪うようにして携帯を取り上げた。

「もしもし、あたしハナです。覚えていますか」
相手は年上、しかも愛理の友人である。
だが、同じ女性同士と言うことで話が弾むのか、次第にハナはにこやかな笑み
を浮かべた。
「そうだったんですか」
時間にして、五分程の短い時間だったろうか。
良太郎に携帯電話を返したハナは、にっこりと笑った。
「大丈夫よ、リュウタロスのことなら心配はいらないわ」
意味が分からず、良太郎はぽかんとした顔になった。
次の瞬間、ハナは振り向き様にキャンディーをかじっているモモタロスの後頭
部に回し蹴りを食らわした。
「このバカモモーッ、一回、死になさいよっ」
顔面をテーブルに強打したモモタロスは、ぐぐっと顔を上げるとハナに向かっ
て、今にも噛みつきそう勢いで怒鳴った。
「いっっ、おい、いきなり、何すんだ、このハナクソ女」
「全部、あんたのせいよ、戦うにもやり方があるでしょ。助けようとした人に
怪我をさせて、本当に単純なんだから。全身打ち身と打撲で、ミサキさん、寝
てるんだって」
良太郎は驚いた。
「リュウタロスがね色々とやってくれてるみたい」
彼女の性格を思い出し、良太郎は黙ってしまった。
暇さえあれば、店に寄り顔を見せたりするのに、この数日というもの顔を見て
いない。
それが、打ち身と打撲で寝込んでいるなど、初めて知ったのだ。

「ご飯、ちゃんと食べてるのかな。もしかして、宅配のピザとか、お弁当と
か、お菓子ばっかり食べていたりして、おかゆ、作って持って行こうかな」
「良太郎、作れるの」
良太郎は無言になった。
「姉さんに教えてもらった、ひじきと梅干しと青汁入りのおかゆなら、作れる
んだけど」
「苦そうだな、食えるのか」
そう言ったのは侑斗だった。

【お、おかゆなら作れる】
胸の中で呟いたのはデネブだった。
打ち身と打撲で寝込んでいる?
彼女は困っていないだろうか。
ちゃんと栄養のつくものを食べないと体によくない。
うん、しかし、自分はそれほど親しくないし。
頭の中で色々と考えていたデネブは、ふと我に返った。
侑斗の視線は彼のコーヒーカップに向けられていた。
ナオミ特製なので、表面には青や赤のカラフルなクリームが山盛りになってい
るのだが。
それをスプーンで、ぐるぐると混ぜていた為に、クリームは半分以上、テーブ
ルの上、こぼれていた。
「す、すみません」
デネブは、ぺこぺこと頭を下げるのだが、その様子に、ははーんとウラタロス
が色っぽい声を出した。
「そんなに気になるのかな、オデブちゃんは」
皆の視線がデネブに集まった。
「えっ、俺、いや、その」
妙な沈黙と自分に向けられる視線に、デネブは内心どきりとした。
わずかに伏せていた顔を上げると、向かいに座っていた侑斗が自分を妙な目つ
きで見ているのが、ありありとわかった。
「おまえ、変だぞ」
侑斗の一言にデネブは何も言えなかった。

みっちゃん、最近、来ないわねえ、店の中の片付けをしていた愛理は思い出し
たように弟に尋ねた。
忙しくて、コーヒーを飲む暇もないかしらねえっと言われたとき、良太郎はど
きりとした。
リュウタロスが彼女の家に遊びに行っていると知ったのは昨日のことだった。
全身打ち身と打撲で寝ているのだが、やはり姉は知らないらしい。
もし、知ったら放ってはおかないだろう。
栄養をつけなきゃ駄目とか言って、青汁で炊いたご飯、ニンニクのみじん切り
を混ぜ込んだおにぎりとか、ニンニク入りのおかゆとか、強烈な差し入れを持
って行くに決まっているのだ。
そんなことになったら、お腹を悪くしてしまう。
遙か昔の出来事を思い出し、良太郎は迷った。
リュウタロスに様子を聞いても大丈夫だよと言って、詳しいことは話したがら
ないことも不安だった。
やはり一度、様子を見に行くべきだ。
その日、店の手伝いをすませた後、近所の店で差し入れでも買おうかと思って
いた良太郎に声をかけた人物がいた。


良太郎と並んで歩くデネブは、イマジンだとわからないように頭から麦わら帽
子とタオルを被っていたのだが、やはり目立つ。
すれ違う人達は、驚いた顔で、ちらっと見送るが二人は全然気にしていない。

「この間はありがとう、デネブ。本当は僕がミサキさんを送っていけばよかっ
たんだけど」
「気にするな、困ったときはお互い様だ。それに野上は侑斗の友達だからな」
本当にいい人、いやイマジンだと良太郎は心底、感心、いや感謝した。
今だって、ミサキさんの様子を見にいくと知ると、自分も気になるから是非、
同行させてくれというのだ。
もし、これが侑斗にら、いや、彼ならそんなことは言わないだろう。
「もしかして、寝てるかな」
玄関の前でインターホンのボタンを押そうとした良太郎は、ふとためらった。

そのとき、ドアの向こうから。
「あーっ、悔しい」
聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「ま、まさか、リュウタロス」
慌てて玄関のドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。
挨拶もそこそこに靴を脱いで中に入った良太郎だったが、部屋の中を見るなり
絶句した。
ぬいぐるみが床に散らばり、テレビの前ではリュウタロスと布団から体を乗り
出すようにして、彼女がゲームをしていたりのだ。
「ねぇっ、もう一回しよ」
「・・・少し・・・疲れた、休憩」
かすれたような声だった。
良太郎は思わず声をかけた。
「リョウちゃん」
自分に向けられた顔を見て良太郎は唖然とした。
顔色は悪く、肌の血色もよくない。
「だ、大丈夫なの」
近寄ろうとした良太郎だったが、何かを踏んづけて足を取られた。
見ると、それはビールの缶だった。
しかも、布団の周りに何本も散乱していた。
こ、この状況は・・・絶句である。
リュウタロスを、この場から遠ざけなければ。
ところが、このやんちゃ坊主は僕もっと遊ぶーっと足を踏みならして、言うこ
とを聞く素振りを見せない、それどころか。
「そうだ、みっちゃん、これを飲めば元気でるよね」
と、冷蔵庫からビールを持ってきたのだ。
「リュウタロス、駄目だよ。こんなに疲れてるのに」
「だって、みっちゃん、これ飲むと元気がでるって言ったよ」
頭が痛くなりそうだった。
やはり、リュウタロスは子供だ。
「ねえっ、お願いだから、リュウタロス、デンライナーに戻って」
「やだっ、もっと遊びたい」
駄々をこねるリュウタロスだったが、意外な伏兵が現れた。
「野上の言うことを聞くんだ、帰りなさい」
「あーっ、なんで、飴玉の人が、ここにいるんだよ」
「お見舞いに来ました」
一応丁寧に頭を下げたデネブだったが、リュウタロスの態度にもう一度、同じ
言葉を繰り返した。
だが、言うことを聞くとは思えない、ここは自分がなんとかしなければと良太
郎は考えた。
「リュウタロス、もしミサキさんが病気だって知ったら、姉さんが悲しむと思
うんだ、リュウタロスが騒いだせいだって知ったらううん」
半分は嘘、もう半分は本心だった。
良太郎は顔を伏せて、涙を拭う【ふりをした】
「わっ、わかったよ」
ふてくされたような台詞だった。
「僕、帰るよ」

部屋の中は急に静かになった。
「ミサキさん、大丈夫」
「・・・減った、冷蔵庫に何か」
良太郎は台所に行くと、冷蔵庫を開けた。
中には缶ビールとアイスコーヒー、それだけだった。
いや、ひからびた野菜とかちかちになった宅配のピサがあった。
それ以外は、見事に何もなかった。
「俺が何か作ろう」
振り返るとデネブが任せろと言いたげに自分を見下ろしていた。


しょぼしょぼとした目をこすりながら、口を開けた彼女の口にデネブがおかゆ
をスプーンで運んだ。
ゲームのやり過ぎで手が痺れて痛いと言うので、食べさせて貰っているのだ
おいしいと感激する彼女に良太郎は良かったねと頷き、デネブがいてくれて本
当によかったと感謝した。
「リュウタロスは、ここでずっと遊んでたの」
少し怒ったような良太郎の口調にミサキは、まあまあと軽く促した。
一人でいると退屈なのよ、いてくれて楽しかったし、あまり怒らないでよと
言われて良太郎はぐっと言葉に詰まった。
「でも、ビールばっかり飲んで、ご飯食べないで、病気になるよ」
「そしたら、愛ちゃんにばれて、にんにくおにぎりを」
想像した二人は黙り込んだが、次の瞬間。
「はい、口を開けて」
デネブの声に、はっと我に返った二人だった。

それから数日が過ぎた。
最近になって、デネブがよく出掛けるが、侑斗はたいして気にとめなかった。
いつも、うるさいくらいに自分の世話をやくので、静かになって丁度いい思っ
ていたのだ。

「野上」
その日、デンライナーを訪れた侑斗は良太郎の顔を見るとデネブを見なかった
かと訪ねた。
「なんだよ、また来たの、おまえ」
侑斗のことをあまりというか、心底嫌っているリュウタロスは思いっきり、ふ
てくされた態度を取った。
「おまえも、飴玉のおじさんも、僕の邪魔ばっかりするんだから、帰れよ」
飴玉のおじさん、その言葉に食堂車の中はしんとなった。
「最近、いつも、おじさんはやって来るんだ。みっちゃんはビールを飲まなく
ちゃうし、ゲームしないし、全然おもしろくない」
そのとき、食堂車のドアがすっと開いた。
姿を見せたのは驚いたことにミサキ本人だった。

「こんにちは」
デンライナーに、やってきたミサキに良太郎は驚いた。
いや、彼だけではない、他のイマジン達も唖然とした顔になっていた。
「パスを拝見してもよろしいですか」
突然、現れたオーナーの言葉にミサキは財布を取り出すと、パスを手渡した
オーナーは受け取り、おやという顔になった。
「これはリュウタロス君のパスですね」
「そうだよ、僕と共有だよーっ。これでいつでもデンライナーに乗れるよね」
そう言ってリュウタロスはミサキに近づいたが、彼女が持っている箱に気づ
くと、何と尋ねた。
「パス○ルのプリン、美味しいっていうから買ってみたんだけど」
「なっ、何、プリンだと」
素早く、反応したのはモモタロスだった。
「皆で食べようと思って、全種類を買ってきたのよ」
ミサキの言葉に、うんうんと頷いたモモタロスはプリンの入った箱を半ば強引
に受け取った。
「こっちのクッキーは、アイちゃんに」
「もしかして、手作りなの」
「暇つぶしに焼いてみました」
「姉さん、喜ぶよ」
クッキーの袋は、ずっしりと重かった。

大きな箱一杯に詰められていたプリンがなくなるのはあっというまだった。
「あーっ、うまかった」
口の周りをコーヒーのクリームを拭っていたモモタロスだったが、ふと、周り
を見回した。
「おい、なんか変な感じがしねえか」
「変な感じって何、先輩」
「俺は、なんも」
ウラタロスとキンタロスは、別にと周りを見回した。
「イマジンの臭いか、これって」
まるで、犬のようにくんくんと鼻をならしながら、モモタロスは原因を突き止
めるように、あたりを動き回った。
「おまえからだ」
「・・・はあっ」
モモタロスの言葉に、ミサキはわけがわからないと言う顔になった。
「そんなことあるわけないでしょう」
良太郎からイマジンと契約したら、どんなことになるかということを聞いてい
たのだ。
「契約したら砂が出てくるっていってたでしょ、ほら」
自分を見てといわんばかりの態度に、他のイマジン達もミサキをジロジロと見
た。
「うーん、契約しているようには見えないけど」
ウラタロスはミサキの背後に回ると彼女の肩を抱き寄せた。
「そうやな、気配も感じへんで」
同意するようにキンタロスも彼女のそばに近寄った。
「契約じゃねえ、微かなんだがな、まるで、よく良太郎の姉ちゃんがつけてる
みたいなコロンとか、化粧みたいな」
「もしかして、移り香ってやつですか、モモちゃん」
ナオミの言葉に、そうだよとモモタロスは頷いた。
「おい、リュウタ、おまえは感じねえか」
「ううん、僕、わかんないよ」
こりゃあ駄目だと、モモタロスはがっくりと肩を落とした。

「侑斗、今夜はカレーだぞ」
デネブは袋の中を見ながら、買い忘れたものはないかと確かめた。
玉葱、人参、ジャガイモは今回は入れないことにした。
その代わりといってはなんだが、たくさんのキノコ類を使うことにした。
しめじ、えのき、歯ごたえを出すためにエリンギ、椎茸は侑斗が嫌いなので入
れないことに。
いや、細かく刻んでしまえばカレーの香りで誤魔化せるはずだ。
「デネブ、椎茸は絶対に入れるんじゃねえぞ」
自分の中にいる侑斗の声が聞こえてきた。
絶対にという台詞を力説する彼の声ににデネブは答えた。
「好き嫌いはよくないぞ、ちゃんと食べないと」
「駄目だ、入れるな」
「全く子供だなあ」
むっ、むむむ、デネブの切り返しに侑斗は黙ってしまった。
以前なら、彼は自分の言うことは素直に聞いてくれた。
勿論、それは今だってかわりはない。
だが、最近はちょっと違うのだ。
「おまえ、最近、変わったな」
何を言い出すんだと、デネブは驚いた。
「俺のこと、すごーく、ガキ扱いしてるだろ」
最初からデネブは自分のことを、子供みたいに扱うところはあった。
だが、最近はどこか違うのだ。
微妙にだが。

このとき、侑斗はふとイマジンの気配を感じた。
周りを見回したが、それらしき姿は見えない。
侑斗はスーパーの袋を下げたまま、走り出した。
気配を追いかけて、行き着いた場所は公園だった。
時間帯のせいか、人影もまばらだった。

「あれだ」
ベンチに座っていた人影、その足下からイマジンらしき影が現れたのだ。
走りだそうとした侑斗だったが、突然、デネブが自分の体から離れた
「馬鹿、何をやってんだ」
慌てた侑斗の顔色が瞬時に変わった。
自分の目の前でデネブがいきなり、両手をあげるとイマジンに向け、指先から
光弾を発射しようとしたのだ。
だが、イマジンも気配を察したのか、素早く地面に消えてしまった。

侑斗は驚いたというより、呆れた。
いきなりイマジンに向かって攻撃を加えるなど、普段から卑怯なやり方はよく
ないと言っているくせに、どうしたんだ。
しかも、すぐそばに人がいるというのに
文句を言おうとした侑斗だったが、デネブは聞いてはいなかった。
慌てたようにベンチに座っている相手に駆け寄っていったのだ。
そのニンゲンは彼も知っている人間だった。

「デネブ、もし、女に当たったらどうするつもりだったんだ」
「大丈夫だ、外さない自信がある」
何、強気になってんだ、おまえ。
帰り道、デネブの自信たっぷりの言葉に侑斗は呆れた。
「まあ、契約寸前だったし、よかったぜ。でも、狙ってくるかもしれないな」
すぐそばにまで来て、契約を持ちかけようとしたというのは、何か願いがある
ということだ。
また現れるかもしれないなと言ったとき、デネブの足が止まった。
「侑斗、先に帰っててくれ」
「なんだ、どうかしたのか、デネブ」
「カレー粉を買い忘れた」
いきなりスーパーの袋を押しつけられ、侑斗は慌てた。
だが、そんな彼には構わずデネブは、店とは反対の方向、元来た場所へと向か
って走り出した。
な、なんなんだ、わけがわからず立ちつくす侑斗だったが、袋の中を見てあっ
と声をあげた。

「カレー粉、おい、これ辛口じゃねえか、しかも椎茸まで、くそっ、デーネー
ブーッ」
勿論、聞こえるわけもなかった。

彼は尾行していた。
彼女はただの、普通の人間だ、もし、イマジンが、突然現れたら。
守らなければならないとデネブは、見つからないように彼女を陰から見守るよ
うにつけていた。


「ねえっ、あの人」
「あたし知ってる、変質者っていうんだって、お母さんが言ってた」
電信柱の陰から、こっそりと様子を伺うデネブの姿を、通りすがりの小学生達
が指さしたのは無理もない。
知らない人が見れば、尾行というよりはストーカー、変質者、夜ならば、マン
トを被ったスケベオヤジと間違えられてもおかしくはない。
だが、デネブは気にもせず尾行を続けていた。
途中、彼女が買い物をする為か、商店街に立ち寄った。

人参、玉葱、椎茸、えのき、エリンギなど、店先で品物を選ぶ彼女の様子を見
守っていたデネブは、おやと思った。
先ほど自分が買ったものと同じだからだった。
すると、彼女の今夜の夕飯はカレーだろうか。
しかも、辛口が好みらしい、覚えておこう。

「カレーは辛口、福神漬けも忘れずにと」
彼女の台詞を聞きながら、デネブはふと周りを見回した。
「おい、オデブ、てめえっ、何してんだ」
その声に、デネブは慌てて周りを見まわした。
すると地面の中から、姿を現したのは。
「モモノスケ」
「馬鹿野郎、何だ、その呼び方、俺はモモタロスだ」
怒ったモモタロスだったが、ミサキの姿を見つけると、急に真面目な顔になり
デネブに尋ねた。
「イマジンは、いねえみてぇだな」
「ど、どうして、やはり、彼女は狙われてるんですか」
「臭うんだよ」
そう言って、モモタロスは俺の鼻を馬鹿にするなと胸を張った。

しばらくすると、買い物をすませたのか、彼女が歩き出した。
すると、背後の地面から、何かが姿を現しはじめた。
イマジンだ。
砂状のイマジンに向かって、モモタロスは全力で突進した。
ところが、背後から追い打ちをかけるように、すさまじい音と光が降ってきた
のだ。

このときのことを、モモタロスは、まるで、マフィアかヤクザ映画の中で機関
銃が連射されるようだったと、後で皆に語ったという。

「ひいいーっ」
まるで盆踊りでも踊るようにモモタロスは足を踏みならし、だが、それは買い
物袋を下げた彼女も同じだった。

 
「いやあ、びっくりしたわ」
買った野菜はデネブの指先から発射された光銃で、消し炭のごとく真っ黒くな
ってしまい、食べられたものではなかった。
着ていたTシャツとジーパンも、焦げて、穴が空いてしまった。
だが、たいしたことではないとミサキは、はははと笑った。
「何がはははだ、おい、笑ってる場合じゃねえぞ」
そばで聞いていたモモタロスは、呆れたように叱りつけた。
そこはゼロライナーの中だった。

「この女を泊めるのか」
侑斗は不満げな顔をした。
「だったら、デンライナーに来ればいいじゃねえか」
モモタロスはデネブの作ったクリームブリュレを一口食べるなり、うまいと叫
んだ。
おい、別に泊めるのが嫌なんて言ってねえだろ、腹の中で独り言のように呟き
ながら、侑斗はモモタロスを睨みつけた。
「ところで、さっきから凄く気になっていたんだか、おまえ、どうして実体化
してんだ」
「ああ、細かい事を気にすんなよ」
そういってモモタロスはスプーンで、最後の一口をゆっくりとすくい取った
「何が細かいことだよ、契約してないのに実体化なんて、おかしいだろ」
「うちのクソ餓鬼だってやってるぜ、まあっ、実力の差ってやつかな」
実力の差、格好いい台詞を返したものの、実のところモモタロス本人もわから
なかった。
彼女の背後に現れたイマジンに突進したまではよかったのだが。
いきなりオデブが攻撃をするものだから、 彼女に弾が当たってしまうと思っ
たとき、自分でも知らないうちに実体化していたのだ。

「カレーができたぞ」
エプロンをしたデネブが姿を現すと、ぷーんとカレーのいい匂いがして、ミサ
キは待ってましたとばかりにスプーンを手にした。
「げっ、辛口じゃねえか」
第一声はモモタロスだった。
「えっ、辛口、駄目なの」
彼女の言葉にモモタロスは、ふんと横を向いた。
「へっ、お子様なんだろ」
そう言ったのは侑斗だった。
ちなみに、彼のカレーはデネブがちゃんと甘口仕立てにしてあった。
モモタロスとミサキ、侑斗の三人がカレーを食べている間、そばではデネブが
彼女のシャツの焼けこげた穴を必死に直していた。

「おい、本当に、ここに泊まるのか」
モモタロスは、念を押すようにミサキに聞いた。
これで三度目である。
「そのつもりだけど、どうしたの」
不思議そうな顔で聞き返すミサキに、モモタロスは、別にと言い返した。
ゼロライナーに泊まるというのが、気に入らないという様子がありありと見え
るのだが、理由の分からないミサキは、不思議そうな顔をするだけだった。
「なあっ、デンライナーに来い、なんなら俺のベッドで寝ろよ」
はあっと溜息をつき、半ば呆れた顔でミサキはモモタロスを見た。
「親切は嬉しいけど、寝相悪そうだし、それにしても口が悪いのねえ、おまえ
って、あたし、あなたの女でも何でもないんだけど」
「なんだ、そりゃ、んなっ、小さいこと気にするなよ」
そう言ってモモタロスは食後のデネブキャンデーをばりばりと囓りながら、コ
ーヒーをごっくんと飲み干した。

「おい、用がなかったら、さっさと戻ったらどうだ」
不機嫌そうな侑斗の顔は、明らかにモモタロスの存在を疎ましがっている様子
だった。
「うるせえんだよ、俺は良太郎に頼まれてんだよ。何かあったら、おまえんと
このオデブじゃ頼りねえからな」
「なんだと、いっとくが、デネブはな、おまえなんかより、ずっと強いぜ」
「へえっ、イマジンの気配も察知できねえくせにか」
言い返したくとも事実である。
侑斗は悔しそうに言葉を飲み込んだ。
そして、散々ごねたモモタロスはゼロライナーに泊まるからなと、自分で勝手
に決めてしまった。

野上についてるイマジンは、どうして、我が儘でこうも自己主張の強い奴ばか
りなんだ。
キャンディーを囓っているモモタロスを横目で見ながら侑斗は、雑誌をぱらぱ
らとめくっていた。
そのときデネブが姿を現した。
「おい、何だ、その格好は」
侑斗が不思議に思って尋ねたのも無理はなかった。
頭にネジリハチマキを巻いて、半被を着たデネブは洗面器にヘチマタワシを持
った姿だったのだ。
「いや、彼女の背中を流してあげようと思って」
侑斗はコーヒーを吹き出しそうになり、モモタロスは口の中のをバリッと噛み
砕いた。
「おまえ、何を考えてんだ。男同士ならともかく、女の、せ、背中を流すなん
て、ズレてる発言どころじゃないぞ」
「侑斗、大丈夫だ、俺は大人だからな、でも、安心したぞ」
「な、何が安心だ」
「侑斗も健全な普通の男なんだな」
「お、おまえーっ」
侑斗は雑誌を床に投げつけると、座席からジャンプした。


「風邪をひかないように、暖かくして寝るんだぞ」
侑斗が布団に入るのを見届けたデネブはゼロライナーの戸締まりをすませた
後、自分の部屋に戻った。
だが、眠ろうとしてもなかなか寝付けない。
ゼロライナーの中とはいえ、もし、イマジンが姿を現したら、客室のドアの前
で見張りをしたほうがいいかもしれない。
モモタロスがいるのだから、大丈夫と思ってみても、そこは心配性のデネブで
ある。
不安がどんどんと大きくなってきた。
静かにドアの前で見張りをした方がよくないだろうか、気づかれないように、
うん、そうだ、そうしよう。
一度決めると実行あるのみである。
そのとき、いきなり部屋のドアが開いた。

姿を現したのはミサキ本人だった。
パジャマ姿の彼女はデネブの顔を見ると、モモは寝相が悪いと一言きっぱりと
言った。
寝つきはいいのだが、その後が大変だというのだ。
顔を動かしたり、足蹴り、挙げ句には頭の角が顔や目に突き刺さりそうにな
り、危なっかしくて眠れないというのだ。
「こっちの部屋で寝てもいい?」
「別に構わないが」
いや、駄目だと言ってるわけじゃないんだと、もごもごと言い訳のような言葉
を口にしたデネブは結局は断ることができなかった。

女の人と一緒に寝るというのは緊張する。
しかも、同衾だ、人間の男なら素直に喜んだだろう。
このとき、ふとデネブは思った、自分も喜んでないかと。
緊張と、どきどきする心臓の音を感じているのだ。

「もう、寝ましたかー」
「起きてます」
声をかけられたデネブが返事をすると、なかなか眠れないないと返事が返って
きた。
「せめて、本でもあれば」
「待っててくれ」
侑斗が雑誌を買っていた筈だと、デネブは部屋を出て、しばらくすると本の束
を抱えて持ってきた。

「んっ、おい、トイレか、それにしちゃ長くないか」
ふと目を覚ましたモモタロスは隣に彼女の姿がないことに慌てた。
ゼロライナーの中を歩き回り、デネブの部屋のドアをバンッと開けだ。
部屋の中では二人が本を読んでいたが、モモタロスの姿を見ると慌てたように
顔をあげた。
「何だ、二人とも俺に隠れて何か楽しいことでもしてたのか」
「べっ、べつにーっ」
デネブとミサキの二人は声を揃えて首を振った。
「顔、赤いぜ、どうしたんだ」
モモタロスに言われてミサキはハッとしたようにデネブを見た。
もとが黒いデネブだったが、視線は明後日の方向だった。
このとき、二人は侑斗の買ったエロ本を見ていたのだが。
そんなことを言えるわけがなく。
「おい、オデブ、もう少し詰めろ」
「モモ、角引っ込めて」
「そんな器用なことできるかよ」
「痛いっ、頬に穴があきそう」
この晩、二人のイマジンに挟まれて寝る彼女がなかなか寝付けなかったとして
も、それは無理もないことだった。

ケーキは生クリームとチョコを両方。
チキンレッグは甘辛のたれ付きと塩こしょうの両方。
何故かというと理由がある、甘党の侑斗の為にだ。
野菜と豆腐のサラダ、サンドウィッチ、パンは柔らかめの食パンとばりっとし
たバケットの2種類。
お菓子もあったほうがいいだろうと、手作りクッキーやポップコーンなども用
意した。
はっ、そうだ、飲み物も用意しなければ。
侑斗にはシャンメリー、お子様向けだが未成年なので仕方ない、
ここまで考えたデネブは、もう一人の客、彼女のことを思い出した。
彼女は未成年ではないのだから、お酒も飲むだろう。
シャンパンは高いので赤玉ワインパック入り999円。
つまみも数種類用意し、これなら完璧だ。

この日、ゼロライナーの中はクリスマスの飾り付けで派手にゴージャスに艶や
かに変貌した。
「どうだ、ばっちりだろ、デネブ」
自慢げな侑斗の言葉にデネブは頷いた。
もみの木の飾り付けもすみ、料理も完成、あとはお客が来るのを待つだけだっ
た。

夕方になると日も、とっぷりと暮れる。
ゼロライナーのドアが開く音がし、いらっしゃいと声をかけようとした瞬間。

「メリークリスマス、ミサキサンタの登場だーっ」
ドアが開いた瞬間、赤い服を着た彼女が現れた。
赤い帽子と赤いサンタの服、ミニスカートだったらもっと可愛いのにと内心思
ったデネブだったが、それは口には出さなかった。
ふと、侑斗を見ると、少し残念そうな顔つきだった。
「うわーっ、凄いご馳走」
テーブルに並べられた料理をミサキは驚きの顔で見つめ、早く始めようとせか
しはじめた。

「侑斗はこっちだ」
デネブはグラスにシャンメリーを注ぐと彼に手渡した。
「おい、なんで俺だけ」
デネブとミサキの二人が赤玉ワインの水割り、なんでと文句を言う侑斗にデネ
ブは未成年の飲酒は禁じられているんだぞというと隣にいた彼女も。
「そうだ、そうだー、お酒は大人の特権ーっ」
と声をあげた。
ちぇっと文句を言いつつ、侑斗はちびちびとグラスに口をつけた。
「甘くて、うめえーっ」
その顔にデネブはお子様なんだからと内心にんまりとした。
ナオミちゃんから借りたというサンタの服を着たミサキは、そろそろメインイ
ベントに参りましょうと持ってきた袋を取り出した。
「実は、たいしたものではないんだけど」
それは黒い毛糸のマフラーだった。
「安物でごめんね」
侑斗はいいやと首を振った。
「すげえ嬉しいよ」
首に巻き、どうだと自慢げな顔で侑斗はデネブに見せびらかした。
「よかったじゃないか、大事にするんだぞ」
と言いながらデネブは内心、自分にはどんなプレゼントがもらえるのかと緊張
した面持ちになった。
ところが、彼女はデネブを見ると、すみませんといきなり手を合わせた。
「お金が足りなくて・・・」
ガーンとショックを受けたデネブだったが、我に返ると慌てて手を振った。
「いいや、俺はイマジンだし、侑斗さえよければ、別に気にしてなんていない
んだ、うん気にしないでくれ」
いや、十分気にしているだろ、おまえ。
侑斗は内心突っ込みをいれた。
するとミサキは、それでは気がすまないと一枚の封筒を手渡した。
「それで、こんなのを作ったんだけど」
何が入っているんだろう、不思議に思いながらデネブは封筒を開けた。
中に入っていたのはカードだった。
パソコンでプリントされたものらしく、いかにも手作りという感じだった。

肩叩き券・一年間有効パス、いつでも、どこでもご利用できます。
電話番号○○○ー△■☆ー△■☆


「ほら、あなたって働き者だし肩も凝るでしょ、疲れたときとか・・・駄目」
「い、いやっ、凄く嬉しいぞ」
そう言って、心底嬉しそうにデネブは笑った。

料理も飲み物もあらかた食べ尽くしてしまうと、トランプやカラオケなどのゲ
ームをした三人だった。
「侑斗、眠いのか」
デネブは時計を見ると、そろそろ寝る時間だなと呟いた。
「いーや、まだだ」
トイレに行ってくるという侑斗に、まるで母親のようにデネブは付き添った。
ドアの向こうで用をたしている彼にデネブは声をかけた。
「目も半分以上閉じかけているぞ、いつもならとっくに寝ている時間だろう、
片付けは俺がしとくから早く寝るんだ」
するとドアが開き、出てきた侑斗はむっとした顔つきでデネブを見た。
しかし、その目は本当に眠そうだった。
「俺、まだクリスマスプレゼント、渡してないから」
「なんだ、用意してたのか、侑斗。だったらそれを渡して、寝たら」
「おまえがいたら渡せない」
「どうしてだ、俺がいちゃまずいのか、それとも」
このとき、普段はにぶいとかずれているデネブだったが何かか閃いたようにピ
ンときた。
「なあっ、侑斗が好きなのは愛理さんだろう」
「そ、それは未来の俺だよ。今の俺は若き十代の血気盛んな青少年なんだ」
「青少年の青は、もしかしてあっちの○じゃないのか」
「デッ、デーネーブー、おまえ」
途端に侑斗の顔は真っ赤になった。
「お、おまえこそ、プレゼントとか用意してなかったのかよ」
「秘密だ」
教えろよと食い下がる侑斗だったが、デネブは言えなかった。
いや、料理と支度に時間をかけすぎて、そこまで考えていなかったのだ。
だが、侑斗の態度や彼女の肩叩き券を見ているうちに思いついた。
元手のかからない自分をプレゼントするのも名案かもと考えたのだ。
疲れたときに料理、洗濯なんでもしますというのはどうだろう、ううーん、ナ
イスなアイデアだ。

「お待たせ」
眠気を吹き飛ばすために顔をジャブジャブと洗った侑斗、そしてデネブが部屋
に戻るとミサキは椅子に座り、うつらうつらとしていた。
「ああ、お帰り、遅かったね、侑斗ちゃん、シャンメリーを飲み過ぎたんじゃ
ないの」
「うん、そうみたいだ」
笑いながら、ふと侑斗の視線は、あるものに釘付けになった。
「あ、ズボンは」
「ああ、あんまり熱いから脱いじゃった」
うう、もっと見たい。
隣に座っているので、大胆に見ることができないのが悔しい。
ふと、デネブはと思い視線を動かすと彼女の向かいに座っていた。
だが、自分より高い、座高も高い、しかもイマジンなので人間のような目でな
いから、堂々と、怪しまれずに見てもおかしくはない。
ああっ、羨ましい、この瞬間、イマジンになりたいと侑斗は思った。

それから一時間ほどが過ぎた。

「赤玉ワインは水で割ると美味しいのよね」
床に座り、ポテトチップスをぱりぱりと囓り、ワインをごくごくと飲む彼女の
膝枕では侑斗が幸せそうな顔で眠っていた。
羨ましいと思いつつ、だが狸寝入りではなかろうかとデネブは疑っていた。
「そうだ、肩をもんであげましょうか、こんなに沢山、料理を作って用意して
疲れたでしょ」
突然の申し出にデネブは、えっと言葉を失った。
「ほら、遠慮しない」
言われて、デネブは彼女の前にちょこんと正座した。
「ううっ、効くーっ、いい気持ち、あっ、そこ、もう少し下の、んんっ」
ぐいぐいと揉んでくれる彼女の手の動きにデネブは思わず声を上げた。
声だけ聞けば、怪しいことこの上ない。【芳忠ボイスで、ご想像下さい】
「もう少し力を入れたほうがいいかな」
膝で寝ている侑斗を起こさないように彼女は力を込めた。
彼を起こして、肩もみだけに専念すればいいのだが、そうしないのは彼女もデ
ネブも酔いがまわっていたせいかもしれない。
力を込めるといっても、あまりかわりはないのだが、彼女の髪や息が自分の首
筋にかかってきたりする。
それに時々、胸が当たったりもするのでドキドキする。

「ねえっ、またキャンディをくれる」
「勿論だ」
「デネちゃんのキャンディって、いつも大きいよね」
デネブは思い出した、自分が彼女にあげるキャンディは普通のより少し大きめ
に作ってあるのだ。
仕事中にも食べやすいようにと棒付きの配慮だった。
「堅いし、太いし棒付きだから長いし、でも、好き」
好き、好き、頭の中で言葉がエコーする。
「今度、特注のキャンディを作るよ」
その言葉に彼女がぐいとしがみついてきた。
ゴロンと音がして侑斗の頭が床に落ちたが、いてっと呟き彼は熟睡した。

後日、デネブは特注キャンディを作ることに必死になった。
だが、何故か、それは太く長く、煮詰めすぎたせいか堅く。
おまけに、自分の○○にそっくりで、プレゼントしようか、どうしようか。
凄く迷ったということだ。
そして、どうせなら本物をプレゼントしようと思い立ったらしいが。
真相は謎である。


本当のことは○○である。
人の記憶こそが時間なんだなんて、誰が言ったか忘れてしまったけど。
イマジン達が契約して、その人の過去に飛んで未来を変えてしまう。
その事件が一段落してしまった。
カイの存在が消えてしまうと同時に、それまで存在していたイマジン達も消滅
してしまった。
だが、全てのイマジン達が消えてしまったわけではない。
中には人々の記憶に染みついてしまったイマジン達もいる。
そんな彼らはデンライナーのオーナーの好意で清掃係や食堂車のウェイター、
皿洗い、はたまた車両の整備点検などをして過去と未来を行ったり、来たりす
るということになった。
以前の敵達が同じ車両に乗ってしまうと言うことに対して、真っ先に異議を唱
えたのはモモタロスだった。
「なんで、てめえらと同じ電車に乗らなきゃいけねえんだ」
と、最初のうちは大声で怒鳴ったが、デンライナーで一番の力を持つオーナー
の発言には逆らえなかった。
「モモタロス君、昨日の敵は今日の友という言葉を知っていますか」
「はあっ、なんだそりゃあ」
知るわけねえだろう、モモタロスは威張った口調で答えた。
「先輩、気持ちは分からないでもないけどさ、事件は一段落したしさあ、気持
ちを大きく持って、ねっ」
ウラタロスはモモの肩を叩き、落ち着いてよと声をかけた。
そのとき、珈琲が入りましたよとナオミが声をかけた。
絶妙のタイミングにモモタロスは、おうっと返事をしながらカウンターへと向
かい、カップを受け取った。

「アッ、アチィ」
一口啜ったモモタロスは、思わず声をあげた。
するとキンタロスは呆れたように、近くにいたウラタロスに尋ねた。
「なんや、モモの奴は随分と荒れとるなあ」
「そうみたいだねえ」
ウラタロスは、ふふんと意味ありげな笑いをもらした。
そのとき、ドアが開き、こんにちはと女の声が響いた。

「あーっ、ミッちゃん」
真っ先に叫んだのはリュウタロスだった。
続いてモモタロスがコーヒーを吹き出しそうになり、ナオミやハナ、ウラやキ
ンも驚いた顔になった。
「ど、どうして、おまえがここにいんだよ」
特異点である良太郎が数時間前に降りてしまい、デンライナーにいる人間の乗
客は以前から時間旅行をしている者達だけである。
何故、良太郎と同じ時代に住む彼女がデンライナーに乗りこむことができるん
だと思ったのは不思議もなかった。
すると、彼女はバッグの中から取りだしたものをモモタロスに見せた。
「なっ、金色のパスだとおっ」
驚いたモモタロスは手に取り、周りの皆にも見せた。
「ああっ、それ特別パスですよ」
ナオミが思わず声をあげた。
「そうです、彼女は時の列車モニター係として、そのパスを送られることにな
ったのです」
「オーナー」
「おっさん、どういうことだよ」
ナオミやハナ、モモタロス達は驚いた。
そう遠くない未来、時の列車が現代と未来を行き来して、時間列車を楽しむ現
代人も現れるだろう。
その時のために、試乗モニターから様々なアンケートや待遇を聞き、改善をし
ようという案が出たというのだ。
「しかし、現代人なら誰でもいいというわけではありません。列車の秘密を他
の人間に漏らすことなく、時間に縛られず、なおかつイマジン達に対しても理
解のある人間を選定した結果、彼女が選ばれたのです」
オーナーはパスカードをモモタロスから受け取り、ミサキにはいと手渡した。
「このパスは本人以外の使用は認められず、サービスとして、特別車両の利用
もできるパスなんですよ」
「特別車両、ですか」
ミサキは不思議そうに尋ねた。
「寝台車や入浴施設の使用、それにデンライナー以外の時の列車に乗ることも
できるのです」
「ほ、本当ですか、凄い」
普段はあまり驚いた様子を見せないが、このときばかりはミサキは心底驚いた
という顔になった。
「勿論、使用するにあたって、改善すべき点、サービスの向上について思い当
たることなどあれば、その都度、知らせてください」
頷く彼女に、では部屋にご案内をとオーナーが声をかけた。
すると、ドアが開いて、一人のイマジンが姿を現した。

「ということで、時の列車に自由に乗れるようになったの」
嬉しさを隠しきれないミサキの笑顔に、デネブは良かったと大きく頷いた。
「リョウちゃんから色々あったって聞かされて、もう会えないのかって思って
たから、嬉しくて」
つい数時間前、突然ゼロライナーの前に姿を現したミサキを見てデネブは信じ
られないものを見たという目つきだった。
そして、彼女の口から色々と事情を聞かされたのだ。
「ところで、ユウ君は」
「別の時代で桜井侑斗として暮らしている」
寂しくないのと聞かれ、デネブは首を振った。
遭いたければいつでも会いに行けるし、一週間に何度かは御飯も一緒に食べて
いるしというのだ、おまけに
「最近になってまた椎茸嫌いがひどくなってきたんだ」
食べれるようになったんじゃないのとミサキは驚いたが、ああと頷いた。
「やだ、甘えてるのね」
「あ、甘えてるって」
デネブは、あたふたとしたように、侑斗はそんなにお子様じゃないと言い訳め
いた台詞を口にした。
「うんうん、いいのよ、悪い意味じゃないの、甘えられる相手がいるっていい
ものよ、羨ましいわ」
にっこりと笑顔を向けられてデネブは思わず言葉を失った。
どんな返事をすればいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。
思わず口から出たの、今から夕ご飯の支度をするんだが、食べていくかという
台詞だった。
すると彼女は、迷うことなく頂きますと両手を合わせた。
ところが。

「待ったーっ、駄目だ、ダメダ、駄目だーっ」
その言葉を遮るようにドアが開き、入ってきたのはモモタロスだった。
だが一人ではない、そのうしろにはかって敵だった筈のクラーケンイマジンも
いた。
「そろそろ戻るぞ、今日の夕食はデンライナーときまっているんだ。デザート
はレオの奴が作る特製、濃厚生クリームたっぷりのブリュレだ」
「ええーっ、デネブの和食」
「行くぜ」
「来い」
二人のイマジンに両腕をがっちりと掴まれて、ミサキはデンライナーへと連れ
戻されたのはいうまでもない。


ケチケチすんじゃねえとモモタロスに言われ、ミサキはむっとした。
仕方ないわねと、大人の女の余裕で許してしまうのは簡単だった。
だが、今回は許すことはできない。
何故なら、年に一度のイベント、バレンタインデーなのだ。
ネットや本屋で、ようやくこれはと思い探したチョコケーキのレシピ通り時間
と手間をかけて作ったケーキ。
それをモモタロスがつまみ食いしたのだ。
いや、殆ど食べられてしまったといってもよかった。

「あんたの為に作ったんじゃないのよ」
すると、わかってるよとモモタロスは、ぶっきらぼうに呟いた。
「あのね、分かってるなら、どうして食べるのよ」
モモタロスは答える代わりに、椅子から立ち上がり、彼女の腕を掴むとぐいと
引き寄せた。
驚いたミサキに、モモタロスは次の行動にでた
逃げ出せないよう彼女の腰を抱えたまま、自由な手で残ったケーキを掴んだ。
「なっ、何すんのよ」
文句を言おうと開いた口にケーキが、ぐいっと押し込まれた。
「もっと、甘いのがいいんだ」
まるで、子供がおやつをねだるような台詞だった。
「俺のケーキも作れよ」
ミサキは思わず体を震わせた。
耳朶に息がかかり、背中がぞくりとしたのだ、
「○△■やすいんだな」
その声は笑っているようだった。
離してよというミサキの言葉に、聞こえねえなとモモタロスは彼女の頭を抱き
寄せた。
「柔らけえな」
「な、何するのよ」
突然のキスに慌てたのは無理もなかった。
「そんなにオデブ野郎がいいのか」
自分とデネブのことは、周りが知っていることだった。
今更、何を言い出すのかとミサキは驚いた顔で、モモタロスを見た。
「とにかく、離してよ。こんなところ見られたら」
「ここは俺の部屋だぜ、誰が来るんだ」
腕の中の彼女の力が、ふっと抜け、モモタロスはにやりと笑った。


ウキウキとした気分で、デネブは朝から浮き足立っていた。
いつもなら、キャンディーや手作りの菓子などを持って尋ねて来るのだが、今
日は手ぶらだった。
何故なら、今日はバレンタインデー、男ではなく、女性がプレゼントをしてく
れるのだ。
チョコレート、ケーキ、クッキー、いや、彼女からもらえるなら何でもいい。
まさに恋するイマジン、いや、男の心境だった。

「ごめんなさい、バレンタインデーのケーキ」
期待していただけに、がっくりとしたのはいうまでもない。
「いや、別に、今日でなくても」
気にしてないからと、デネブは空しい笑いを返した。
「バレンタインなのに、本当に、ごめん」
目の前で頭を深く下げる彼女の様子に、そんなに謝らなくてもとデネブは肩を
掴み、顔を上げさせた。
「どうしたの」
「美味しそうな、甘い匂いが」
「ああ、さっき、チョコ食べたから」
そう言って自分を見上げた彼女の顔を見ながらデネブは、おやと思った。
「イマジンの、匂いがする」
びっくりするくらい大きな声を上げた彼女の顔に、デネブ自身が驚いた。
「匂いって、モモタロスの匂い」
「モモジロって、えっ」
デネブの言葉に彼女の顔色が固まった。
気まずい沈黙が二人の間を満たしたが、長くは続かなかった。
突然、肩を掴まれたミサキは座席に押し倒された。
「お、怒ってるの」
少し不安そうな顔と声にデネブは、いいやと首を振った。
「ち、ちょっ・・・と」
頬を撫でる手が、首筋へ、そして背中へと回されると胸が押しつぶされそうに
なるくらい密着度がまし、呼吸が苦しくなった。
いつもなら、茶化すようにオデブと呼ぶ声が、かすれて聞き取れない。
デネブは、もう片方の手を胸の膨らみに伸ばすとゆっくりと揉み始めた。

いつもなら一歩ずれた発言が目立つデネブだったが、こんなときには自分も男
だといわんばかりの行動力だった。
なかなか脱がせることができないとわかると、服の下から手を伸ばし入れて、
素肌を撫で始めた。
最初はゆっくりと、そして彼女の呼吸にあわせて少しずつ力を入れていった。
すると、彼女が体を揺らした。
だが、逃げるわけでも、嫌がっているようでもない。
普段は茶化したようにオデブと自分を呼ぶ声が、余裕もなくデネブと呼ぶ。
その声にデネブの体が震えた。
すると、彼女の手が黒いスカートに伸び、中へと入ってきた。
なんて大胆なと思うデネブに、濡れてると彼女が囁いた。
突然、デネブは抱き上げるようにして座席から彼女を持ち上げた。
狭い場所なので、身動きが思うようにいかないのだ。
寝台車に行こうとデネブは声をかけた。
チョコのかわりに彼女を食べてしまった。
胸の谷間に顔を埋めたまま、今年のバレンタインは最高だと思わずにはいられ
なかった。


ケチケチすんじゃねえとモモタロスに言われ、ミサキはむっとした。
仕方ないわねと、大人の女の余裕で許してしまうのは簡単だった。
だが、今回は許すことはできない。
何故なら、年に一度のイベント、バレンタインデーなのだ。
ネットや本屋で、ようやくこれはと思い探したチョコケーキのレシピ通り時間
と手間をかけて作ったケーキ。
それをモモタロスがつまみ食いしたのだ。
いや、殆ど食べられてしまったといってもよかった。

「あんたの為に作ったんじゃないのよ」
すると、わかってるよとモモタロスは、ぶっきらぼうに呟いた。
「あのね、分かってるなら、どうして食べるのよ」
モモタロスは答える代わりに、椅子から立ち上がり、彼女の腕を掴むとぐいと
引き寄せた。
驚いたミサキに、モモタロスは次の行動にでた
逃げ出せないよう彼女の腰を抱えたまま、自由な手で残ったケーキを掴んだ。

「なっ、何すんのよ」
文句を言おうと開いた口にケーキが、ぐいっと押し込まれた。
「もっと、甘いのがいいんだ」
まるで、子供がおやつをねだるような台詞だった。
「俺のケーキも作れよ」
ミサキは思わず体を震わせた。
耳朶に息がかかり、背中がぞくりとしたのだ、
「○△■やすいんだな」
その声は笑っているようだった。
離してよというミサキの言葉に、聞こえねえなとモモタロスは彼女の頭を抱き
寄せた。
「柔らけえな」
「な、何するのよ」
突然のキスに慌てたのは無理もなかった。
「そんなにオデブ野郎がいいのか」
自分とデネブのことは、周りが知っていることだった。
今更、何を言い出すのかとミサキは驚いた顔で、モモタロスを見た。
「とにかく、離してよ。こんなところ見られたら」
「ここは俺の部屋だぜ、誰が来るんだ」
腕の中の彼女の力が、ふっと抜け、モモタロスはにやりと笑った。


ウキウキとした気分で、デネブは朝から浮き足立っていた。。
いつもなら、キャンディーや手作りの菓子などを持って尋ねて来るのだが、今
日は手ぶらだった。
何故なら、今日はバレンタインデー、男ではなく、女性がプレゼントをしてく
れるのだ。
チョコレート、ケーキ、クッキー、いや、彼女からもらえるなら何でもいい。
まさに恋するイマジン、いや、男の心境だった。
「ごめんなさい、バレンタインデーのケーキ」
期待していただけに、がっくりとしたのはいうまでもない。
「いや、別に、今日でなくても」
気にしてないからと、デネブは空しい笑いを返した。
「バレンタインなのに、本当に、ごめん」
目の前で頭を深く下げる彼女の様子に、そんなに謝らなくてもとデネブは肩を
掴み、顔を上げさせた。
「匂う」
「ああ、さっき、チョコを食べたから」
そう言って自分を見上げた彼女の顔を見ながらデネブは、おやと思った。
「そうではなくて、これはイマジンの匂いのような気がするんだ」
「匂いって、まさか、モモタロスの匂い」
思わず、口から出た彼女の言葉だったが、これにはデネブの方が驚いた。
人間の体なら柔らかい感触、肌から伝わる温もりとか、体臭とか、色々な物が
伝わってくる。
イマジンの場合は、どうなのだろう。
ミサキは、今、それを直に感じていた。
金色の目、黒い体、それは金属でもないが硬質的な堅さや冷たさはない。
温もりを、いや、それは錯覚かもと思いながらミサキはデネブを見上げた。
狭い座席に座ったまま、不自然な体勢のままの抱きしめられるというのは窮屈
すぎるほどだった。
だが、苦しいから腕をほどいてくれとは何故か言えず、黙ったままだった。




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