「光写真館の恋人」

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自覚したのは七回目の撮影のときだった。
そして今日は、十三回目である。
記録更新といわないまでも自慢できるものではない。
タンスの中の数少ないとっておきの服はもうない。
仕方ない、普段の飾りっ気のない、素のままの自分で勝負するしかない。
いや、もともと勝負などする気はないのだが。


「あっ、今日の夕方お客さんが来るからね」
夏海に言われて栄二郎はコーヒーを入れる手を止めた。
「写真を撮ってほしいんだって、ほら、あの人」
名前を聞かなくてもわかるのは、ここ半年の間に彼女が常連といってもいいく
らい、店に来るからだった。
「また見合い写真か、記録更新だな、何回目だ」
士の言葉に夏美がなんてこというのよとジロリと睨んできた。
「不思議よね、モテないわけないと思うんだけど」
夏海が不思議そうに呟くのも無理はない。
その言葉に内心、栄二郎も頷いた。
彼女は三十路過ぎ、太り過ぎとか、男のように逞しい体格をしているなどとい
うことはなく、普通の女性である。
それなのに見合いはことごとく、失敗、惨敗している。
今日で、十三回目じゃないか。

今までは、きちんとしたスーツや着物だったが、今日は違っていた。
俺の顔は飾りだという妙な顔がプリントされたTシャツとズボンでやってきた
彼女は失敗したら、しばらく見合いはやめますと真面目な顔で栄二郎に話しか
けた。
「そうですか」
「やっぱり人間、正直にならないと駄目だというか」
わけがわからず栄二郎は頷き、コーヒーはどうですと笑いかけた。
気持ちを落ち着かせ、リラックスさせようと考えたのだ。

「好きな人がいるのに、見合いしたってうまくいきませんよね」
突然、恋愛相談のような話になり栄二郎は驚いた。
黙っていると、彼女はぼそぼそと話し始めた。
「最近、自分でもそうなのかなと、自覚したんです」
では思い切って相手に告白してみたらどうですと栄二郎は言った。
それは年長者としての、さりげないアドバイスのつもりだった。
ところが、その一言にむせたように彼女は咳きこんだ。
「いや、多分というか、哀しい結果になりそうだし、そうなったら立ち直るの
にかなりの時間が必要だし・・・」
それでも、しばらく話をしていると気分が落ち着いてきたのか、その後の撮影
は順調に進んだ。

「こんな事、言っていいかなと思うんだけど」
夏海は焼き上がった写真と祖父の栄二郎を交互に見比べた。
「彼女の好きな人って」
視線が自分に向けられている事に栄二郎は驚いた。
写真の中の笑顔は見合い相手に向けられるものであって、自分にではない。
それなのに、もし夏海の言葉が、そうだというなら。


コーヒーを飲みながら、自分が彼女の写真を撮るのは先のことなのか、そうで
ないのか。
ふと、そんなことを考えていると栄二郎は妙な気分になった。
いや、ひどく変な感じといってもいいい。
彼女が自覚した感情を、今、彼はゆっくりと感じていた。
只、違うのは彼は男で、分別のある年上の人間だということだった。
だが、そんな人間も時には予想外の行動をすることがある。
それがわかったのは、彼女が十四回目の見合い写真を撮りにきたときだった。


紅茶もいいが、たまに飲むコーヒーもいい。
それもインスタントではなくて、ちゃんと豆から淹れたやつ。
砂糖やミルクを入れなくても、とても美味しいのだ。
だが、それも淹れてくれる人が光 栄次郎という老人、自分が好きな人だから
だろう。
困ったなあと未佐緒は呟いた。
小さな独り言だったが、相手は気づいたようだった。
「最近、他の店でコーヒーを飲んでも、どこか物足りなくて」
「おやおや、それは」
未佐緒は、うんうんと頷きながら物足りないのと呟きながら残ったコーヒーを
ぐいっと飲み干した。

光写真館に来ると、こうしてコーヒーを淹れてくれてる。
たまにだが、食事をご馳走になることもある。
以前に比べたら、親しく、仲良くなっている気がするが。
自分一人が浮かれているだけかもしれないと考えると正直、寂しい気もする。
ああ、もう少し前に進みたいなあと思っても自分から誘うのは何となく気が引
けてしまうのだ、かといって。
(ああっ、自分が情けない)

「・・・さん」
「はい」
思わず顔が固まったのは、すぐそばに栄次郎の顔があったからだった。
んんんっっっーっ、なっ、何、息がああー。
キ、キス、接吻、し、舌が動いているっっっ。
「な、何するんです」
「何って、わからないかな」
「いきなり、ですか」

はははと笑う栄次郎に未佐緒は肩の力が抜けたように脱力した。
「嫌だったかな」
「いえ、全然」
にこにこと普段と変わらない笑顔を向けられて、参ったなあと未佐緒は黙り込
んだ。

「もっとしてほしいなあと、思うんですが」
「んっ、じゃあ続きをしようか、今日は、もう仕事もないし」
そう言って、栄次郎は彼女に近寄るとぐいっと抱きしめた。
続きというのは、最後までということだろうか。
あまりにも急な展開ではなかろうか、今までそんなそぶりなど少しも見せなか
ったし、感じさせなかったのに。
「まだ、昼、外は明るいですよ、普通は」
「いいんじゃないか、私と君なら普通じゃなくて、色々とあっても」

色々とありすぎだと思いつつも未佐緒は目を閉じた。
すると、栄次郎が耳元で囁いた。
それは、ずっと聞きたかった、欲しかった言葉だった。

「初めてですよね、言ってくれたの」
「勇気がいるんだよ、歳を取ってるぶんだけ」
「脱ぎながら、言う台詞ですか」
「そういう君だって」
「いや、これは手間を省こうと思って」


これが二人のロマンティックな雰囲気とムードもない初めての○△■でした。




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