「人工呼吸」

TOP



ダッチマン号は水と食料を調達する為、その島に朝から停船していた。
いつもなら、数時間で終わってしまう作業だったが、久しぶりということもあ
り、どうせなら夕方近くまでゆっくりしようということになった理由は一つ。
生身の人間である、女の存在だった。
呪われた海産物の怪物ではない、生きた人間なのでストレスがたまりに、たま
ってしうから、地面のある場所でゆっくりしたいと言い出した。
つまりは、女の我が儘である。

島に置き去りにしてやろう。
以前の自分なら迷いもなく、すっぱり、きっぱりとできた筈の行為だった。
ところが、今のディヴィ・ジョーンズには難しいものとなっていた。
何故なら、女が自分のことを好きだと言ったからである。
冗談にしてもたちが悪い、口からでまかせもいいところだ。
そう思ったが、女が普段と変わらない顔で答えたものだから、ジョーンズは証
拠を見せてみろと女に迫った。

それは数日前のことである。
深い意味などなかった。
証拠を見せろなどと、思わず口から飛び出した言葉だった。
勿論、女が困るのは目に見えている。
大人げないと思いつつも、これは嫌がらせだ。
ところが、彼の予想に反して、女はしごく真面目な顔になった。
「証拠ねえ」
一見、困っているようだが、そうでないようにも見える。
「夜這いでもかけようか」
サラリと言われた瞬間、ジョーンズは彼女をじろりと睨みつけると低い呟きを
もらした。
「頭を打ち抜かれたいのか」
「おおう、やだなあ、冗談に決まっているでしょう」
大袈裟な芝居がかった身振り、続いて頭を振る動作に、ジョーンズは内心カチ
ンときた。
(この女なら、やりかねん)

夕方になったら船を出す、それまで島をうろついていろとジョーンズは女に言
い残して、追い払った。
昼食の時間がすぎ、三時のティータイム、紅茶が東インド会社のもので爽やか
な目覚めブレンドというのが、正直気にくわない。
しかも、女がこれを気に入っていると部下から聞かされては、益々、気分もよ
くない。
ベケットの鼻持ちならない顔を思いだしながら、飲んでしまうのは女が、買い
置きしていた紅茶を全部飲んでしまい、これしかないからである。
この間は、自分の秘蔵のラム酒を見つけられたときは女から、慌てて取り戻し
たが。
(飲んでみたい)
という視線にグラスに半分ほど飲ませると、味をしめたのか、何かあるたびに
飲ませてほしいとせがんでくる。
紅茶は飲む、大事なラムは飲む、とんでもない女だ。
仕事は物書きだというが、自分のことを、あんなものを、よく書けたものだ。
ろくな女じゃない、だから・・・だから・・・なんだ。


「艦長、艦長ーっ」
我に返ったジョーンズは、驚いて振り返った。
頭の中K思考と、女の影を慌てて振り払い、どうしたんだとぶっきらぼうに声
をかけた。
「島が沈んでいるような気がするんですが」
言われて甲板から身を乗り出すようにしたジョーンズは驚いた。
確かに砂浜が狭く、小さくなっているような気がする。
「船員達は殆ど戻っていますが、一人」
「あいつは、まだか」
「ハンモックとラム酒を持っていきましたからね、あの女、昼寝でもしてるん
じゃないんですか」
(そうか、昼寝か)
だが、ラム酒という言葉に思わず、はっとした。
俺の隠しておいたやつじゃないだろうな。
「あの女、泳げたはずですが、あっ、か、艦長」
部下の止める声も耳に入らずといった感じで、ジョーンズは海へ飛びこんだ。

(お尻が冷たい感じがする、どうして)
思わず手を伸ばした瞬間、はっとして目を開けた。
慌てて体を起こし、周りを見ると海が広がっていた。
このとき、昔の文豪の一説が女の脳裏を横切った。

(国境を越えると、そこは雪国だった)

だが、自分の場合は寒い国ではなく。
(目を覚ますと、そこは海の上だった)
洒落でも、冗談でもない。
確かに自分のいるところは海である。
仕方がない、泳いで帰るとするか。
このとき、確実に酔っていたとわかるのは、女が服を着たまま、海に入ったこ
とである。

(くっ、重いぞ)
ジョーンズが女の体を抱えて、ようやくダッチマン号に戻ったときは日も暮れ
かけていた。
「溺れたんですか」
集まってきた船員達は珍しいものでも見るように女を見下ろしていた。
「酔ってたからな」
いまいましげに、呟いてジョーンズに、息をしているんですかいと一人の船員
が尋ねた。
「人工呼吸ですかね」
その一言に、周りがシーンとなった。
「おまえ、やれ」
ジョーンズは一人の船員に命令した。
「い、いや、俺なんかより」
そのとき、彼は周りの船員達が自分を見ている事に気づいた。
言葉よりも視線が訴えかけているといったほうがいいだろう。
俺か、俺がやるのか。
覚悟をきめるまでに数秒。
仕方なくだ、仕方なく、なんだからな。
胸の中で言い訳を何回もしながら、顔をゆっくりと近づけた瞬間。

ふがっ、ふがっと、女は苦しそうに声をあげた。




Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!