103 :切ない系:2006/10/01(日) 21:04:16 ID:j39wab2Q

(……全く……どうしちまったッてんだ、あたしは……)

 バツが悪そうにうなじをポリポリと掻きながら、マリアザレスカ号の廊下を歩くのは、
 ラグーン商会の二挺拳銃こと、レヴィである。

 自他共に認める、ウルトラ短気なレヴィの機嫌が悪いのはいつものこと。
 少しでも気に入らないことがあれば、手でぐしゃぐしゃと自らの黒髪を掻き回し、
 大股であちこちを歩き回り、辺りを蹴飛ばし、殴り飛ばし、
 時にはカトラスを振り回し、所構わず撃ちまくる…
 それがロアナプラでの日常風景だ。

(どうやったって…あいつのことが頭から離れやしねェ……)

 が、今日は少し様子が違う。
 懐の拳銃に手をかけることもなければ、壁や床に八つ当たりすることもない。
 真剣な顔で、ゆっくりとした歩調で歩きながら時折ふと考え込むことさえある。
 機嫌が悪いというよりは、悩んでいる、と言ったほうが適切だろうか。

 彼女の態度を大きく変えたのは、日本という極東の地だろうか。
 それとも幼少のNYを思い出させる、薄暗い雪の夜だろうか。
 それとも……彼女が頭を悩ませている、「あいつ」だろうか。

「……───ロック。」


104 :切ない系:2006/10/01(日) 21:05:52 ID:j39wab2Q



 レヴィは、数時間前の公園での会話を思い出していた

  『レヴィ。俺は戻るために来たんじゃない。
   忘れるためにここへ来た。
   もう一度、起こることのすべてを見続けるために、ここへ来たんだ。』

 ロックが、自分の家に──日常に戻ると言ってもおかしくはなかった。
 夢から醒めると──彼女の前から去ると言ってもおかしくはなかった。
 けれども彼は、ロアナプラを、ラグーンを、薄汚れた悪党生活を、

(──そしてあたしを──選んでくれた──……。)

 そんな乙女のような考えがふっと頭をよぎり、レヴィは諦め気味に自嘲した。

 ロックはきっと、自分を特別視していない。
 クソが付くほど真面目な彼は、
 自分のことをラグーン商会の仲間としか見ていないだろうし、
 ましてや一人のオンナとしてなんて見てくれはしないだろう。
 「自分を」選んでくれた、なんていうのは、
 自分にとって都合のよい、ただの妄想にすぎない──。

 彼女はわざと明るく、そして粗雑に振舞い、
 自分の想いをあっさりと上から塗りつぶした。

(ハッ!それでいいじゃねェか。ノープロブレムだろ?違うか?
 オンナとして見てくれねェ?当たり前のことじゃねェか。
 ロックのことが頭から離れねェ?そンだけのことじゃねェか。
 これッぽっちも悩むこたァねェ。額に鉛弾ブチ込みたくてたまんねェ連中が
 夢の中にまで出てきたことだって何度もあンだろ?
 そいつらとなンにも変わりゃしねェよ。
 あァそうだ。愛だの恋だのってワケじゃねェんだ。ったく。)


105 :切ない系:2006/10/01(日) 21:06:25 ID:j39wab2Q

 そう、愛や恋といえるほど強い想いではない。
 かといって思慕の情や仲間意識で片付けるほど弱い想いでもない。

 ロックに、自分のことを愛してほしいとは思わない。
 ロックに、自分のことを見てほしいとは思わない。
 そんな甘ったれた想いは、とっくの昔にNYの腐ったドブ川に捨ててきた。

 ただ、ロックのことが頭から離れない。
 ただ、ロックが他の女といると気に食わない。
 ただ、ロックと一緒にいると安心する。
 ただ、ロックのことを考えていると、
 肌が粟立つような、武者震いのような、居ても立ってもいられなくなるような
 そんななんとも言えないゾクゾクとした感覚が身体を包み、
 身体の芯が熱くなるような──。

 そこまで考えている間に、また彼女の表情は沈んだものになっていた。

「……そうだ。このへんが──妙に熱くなりやがるんだ……。」

 チェックのミニスカートの上から下腹部に掌を当ててみた。
 自分にあてがわれた客室の前に着き、
 どこかのポケットに押し込んだはずの扉の鍵を探しながら、そこをゆっくりと撫でてみた。
 確かに、薄い腹の皮を通じて、体温以上のなにか熱いものを感じる気がする。
 いずれは業火となってわが身を焦がす予感を持った…種火のようなほのかな熱さ。

 それを労わるように、癒すように撫でていると、逆の手が、金属質のものに触れた。
 指の感触から、すぐに部屋の鍵だとわかる。
 ポケットから取り出し、一瞥して確認する。確かに鍵だ。
 それを扉の鍵穴に押し込み、回そうとして──ふとレヴィの動きが止まった。


 レヴィはそのまま長い間何かに想いを巡らせていた。
 そしてふと何かに気付き、何かに納得し、
 そしてクスッと──いつものニヤリとした笑いではなく、
 あくまで小さくクスッと──笑ったあと、そっと呟いた。

「──……ああそうか。そういうコト……か。」


317 :切ない系:2006/11/06(月) 01:11:44 ID:vmqn/6pB
 冬空を仄かに青く染めていた太陽は、既に西の空にはなく、
 かといって漆黒の闇は、まだ全てを塗り潰すこともできず、
 東京の空は、冷たい灰色の夕闇に留まっている。

 マリアザレスカ号の客室の扉が
 軋んだ音を立てたのはそんな時分であった。


(……誰もいやしねェよ……な…──)

 扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせ、薄暗い客室を覗き込むのは
 ラグーン商会の二挺拳銃こと、レヴィである。

 ガンマンとして常に周りに敵を作りながら生きているレヴィが
 部屋のチェックを欠かさないのはいつものこと。
 自室であっても安全な保障はどこにもあるわけがないし、
 留守中に敵が忍び込んでいて、帰宅と同時に銃撃戦…なんてことも
 ロアナプラでは日常茶飯事である。

(……いるわきゃねェか……ま、いねェほうが都合がいいンだけどよ──)

 が、今日は少し様子が違う。
 簡易ベッド程度しかない質素な客室には、招かれざる客は愚か、
 今朝彼女が蹴り飛ばして床に落ちたはずのシーツも
 昨晩彼女が脱ぎ散らかしたはずの下着類も
 ガンオイルや銃弾や薬莢の類も、全く見当たらない。

 そっと部屋に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めたレヴィの目に映るのは、
 灰色に染まる金属の壁に囲まれた、無人の客室と、
 使用後に几帳面に整えられたであろうシーツ、
 そして椅子の背もたれにかけられたYシャツと、2本のネクタイ。
 そう、ここは彼女の部屋のすぐ隣。

「……───ロックの部屋……か。」


786 :切ない系:2006/12/12(火) 00:15:32 ID:+iDQKIfz

 ボスンッ

 大きな音を立てて、レヴィはロックのベッドにダイブする。
 ラグーン号より多少見てくれが良いとはいえ、
 備付けの簡易ベッドは薄く、壊れんばかりにギシギシと音を立てた。


「……──変わンねェんだな…あたしの部屋と……」

 再びロックの部屋に薄暗い静寂が訪れ始めた頃、彼女は小さく呟いた。
 寝転がった彼女の目に映る天井も、背中に当たる硬いベッドも、
 隣の部屋でここ数日イヤというほど味わったものとなんら変わらない。

(……あいつにも…ロックにも……変わンねェのか……な…)

 甘っちょろくて、平和で、真っ白で──自分とは正反対で──
 そんなロックに、この鈍色の天井はどう見えているのだろうか……
 そしてあいつは……


 ──誰と二人で──この天井を見上げるのだろうか──……



787 :切ない系:2006/12/12(火) 00:17:29 ID:+iDQKIfz

(──エダの野郎か?ですだよ姉ちゃんか?
 姉御も、ロックのことは気に入ってるみてェだが…
 それとも…最近熱を上げてやがる、ユキオとかいうあの娘か…?)

 それぞれの女達の顔が頭を掠めていく。

 酔ったフリをしながらロックに絡むエダ、
 チャイナドレスを翻しながらロックを誘うシェンホア、
 銃弾の雨と腐敗した権力で全てを手玉に取るバラライカ、
 黒く汚れた世界に自ら身を投じた、儚く真っ白な雪緒。

 こいつらが、ロックと同じベッドでこの天井を──……
 そう考えるだけで、レヴィの胸はきゅうっと締め付けられた。
 胃が持ち上がり、胸が押し潰され、吐き気さえしてきそうなほど。
 まるでイエローフラッグで朝までしこたま飲み尽くした後のようだ。
 今日はまだ一滴のアルコールも呑っていないというのに…



788 :切ない系:2006/12/12(火) 00:18:17 ID:+iDQKIfz


 彼女は、頭一杯に広がった雑念と、胸のつかえを追い払おうと、
 片手で前髪をくしゃくしゃと掻き回し、フゥッと大きく溜息を吐いた。
 万力でぎゅうぎゅうに締め付けられていた胸が、心持ち楽になった気がした。


(……ノープロブレムなハズだろ?これッぽっちの問題もありゃしねェ。
 アイツが誰とヤろうがアイツの勝手だ。あたいにゃ関係ねェ。そうだろ?)


  『周回券(アメリパス)は売り切れで、──


(……なのに…どうして、こう──ストンと納得できねェんだ……?)


   ──二度とバス(グレイハウンド)はこの道を走らない。』


(アイツに一体何を期待してるってンだ……
 同情か? 理解か? 憐れみ? 仲間? 愛情…?)


   鷲峰宅に向かうタクシーの中で、レヴィはこう口にした。


(んなモンはクソッ喰らえだ。それに……そんな資格もねェ。)


   だが、その言葉とは裏腹に、彼女の想いは同じ道を周回し続けている。



789 :切ない系:2006/12/12(火) 00:19:19 ID:+iDQKIfz


(いくらあいつが、こっち側に居ることを選んでくれ──選んだからッてよ……
 ……あたしは……アイツとは違う。違いすぎる。)


   どこが始発で、どこが終点なのかもわからない。


(……汚れすぎてンだよ、あたいは。
 こっちの世界に入ったことに後悔なんざしてねェし、
 他の道なんてモンはありゃしなかった。けどよ──)


   いつ出発して、いつ到着するのかもわからない。


(なら……アイツみてェに…汚れてなけりゃ──綺麗ならいいのか……?)


   もう何度、同じ道を走ったのかもわからない。


(……この天井が……ロックと同じように見えるようになれば、きっと──……)


   レヴィの想いは、何度も何度も、同じところを回り続けている。

   くるくる、くるくると──




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