725 :名無しさん@ピンキー:2007/02/17(土) 23:19:31 ID:BkpH2bG2
 レヴィは煙草の煙を燻らせながら、窓の外に見える夕日を見つめていた。
 どうしようもない屑どもの溜まり場であるこの街において、唯一と言っていい、綺麗な、その夕日を見つめながらレヴィをたたずむ。
 うとうとと、睡魔がやってくるが頭を振り、意識を覚醒させる。今はまだ、この時間を味わっていたい。
 と、ドアが開く音がして、レヴィは振り返る。
「……綺麗なもんだな」
 ロックが、申し訳無さそうな表情で入ってきた。もう付き合って随分と経つが、ロックはレヴィの部屋に入るのに躊躇はしない。
 何だかな、とどうでもいい感想を頭の片隅に追いやり、レヴィは紫煙を吐き出す。夕日はもう顔を半分隠している。
 しばらく、二人で夕日を眺める。椅子に腰掛けているレヴィと、壁にもたれながら、覗き込むように見ているロック。
 それは、まさに平和と呼ぶに値する、二人だけの時間だった。ゆっくりと流れる時間。喧騒や銃声とは無縁の世界。
 とても居心地のいい空間。レヴィは咥えていた煙草を灰皿に放り込むと、名残惜しげに煙を天井に向けて吹きかける。天井は、ヤニで黄ばんでいる。
「……なァ、ロック」
「ん?」
「もう、こんな関係止めよう。やっぱり、あたしとお前じゃ、違いすぎるんだよ」
 ロックは、顔をレヴィの方へと向けようとしない。夕日が、ロックの顔を朱に染める。
「日本に行った時、お前言ったよな。忘れるために、日本へ来たって。でもよ、本当に忘れちまったのか? お前、何を忘れるかすら、忘れていたんじゃねェのか?
 お前は、捨てただけだ。忘れたんじゃねェ。今まで持っていたものを、捨てただけだ。
 なァ、本当にそれで良いのか? 捨てた物はよ、拾う事だって出来るだろう?」
「……随分、遠回しに物を言うようになったんだな」
「……OK。じゃあ言ってやるぜベイビー。正直、迷惑なんだよ。何も決めず、いや、決められずに勝手に捨てたお前と、初めから与えられなかったあたし。この違い、分かるか? 絶対に埋まらないンだよ。
騙して殺して盗んで逃げて、地べた這ってドブ水すすって、ゴミ漁って食いつなぐ生活を送ったあたしに、お前の愛は……辛いんだよ。
物みたいにしか扱われなかったし、男なんぞモノついた人形としか考えていなかったあたしを、お前はさも平然と女として抱きやがる。分かるか? 怖いんだよ。弱くなっちまいそうで、自分を許せなくなりそうでたまらなく怖いんだよ。
あたし一人くたばるのは自由だ。そんなもん、とうの昔に分かってる。でもな、このままじゃ、あたしはお前を殺す奴を許せなくなっちまう。それは、この腐敗臭が漂うこっち側じゃ、弱さなのさ」

726 :名無しさん@ピンキー:2007/02/17(土) 23:20:03 ID:BkpH2bG2
 ロックはポケットに入れていたマイルド・セブンを一本取り出すと、火を付ける。口の中が匂いで充満する。
 肺まで吸い込んだ煙を吐き出しながら、ロックは顔を夕日からレヴィに向ける。レヴィの表情は、何とも言えない。
 怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。それでも言える事は一つ。その瞳は、ロックを捕らえて放さない。
 いつからだっただろう。キスから始まって、セックスに発展するまで、大して時間はかからなかった気がする。それはごく自然な流れだったとロックは思っている。
 だから、ロックは忘れていた。目の前にいる愛しい女性は、酷く愛に対して不器用なのだ。
 生まれてきた環境上、レヴィにとってもっとも優先して考える事は、殺せるかどうか、と言う事だ。
 殺せるのならば、殺す。殺せなければ、殺させる。それが、レヴィが生きている世界を縁取る骨組みなのだ。
 違う、と言うより違いすぎる。成人するまで、何一つ不自由なく育ったロックにとって、自分がいた世界の常識が相手にとってはハタ迷惑でしかないと言うのは、困ったものだ。
「……お前が守ってくれるんだろ?」
「そりゃ、まあそうだけどよ……あたしだって人間だ。Xーメンのメンバーみたく、人間離れしてるって言うんなら分かるがよ、あたしにも限界がある」
「分かってるよ。どうみても、ストームには見えないしな。そう、分かってるよ、レヴィ。言っただろう。俺は、決めたんだ。お前から見れば、全然大した事無いだろうけど、な。
俺は死なないよ、レヴィ。俺が死ぬ時は、お前が死ぬのを許した時さ。それまでは、俺だって地べたにくたばるのを許しはしない。そうだろ? 相棒」
 レヴィは側にあるテーブルに置いていた煙草を取ると、人差し指をクイクイッ、と動かす。火を貸せ、と言う事らしい。
 ロックはレヴィに近づくと、咥えている煙草を、レヴィが咥えている煙草に付ける。数秒そうして、すっ、と離れる。
 と同時にレヴィの煙草を奪うと、レヴィの早撃ちよろしく、唇を重ねあう。
 煙草の灰が三分の一ほどの大きさになった頃、ようやくお互い名残惜しげに唇を離す。
 何か言おうとしたレヴィに煙草を咥えさせ、ロックは笑って言う。
「俺は、お前の側にいたいのさ。硝煙と血と死体の臭いで満ち満ちたこの街で、唯一心安らぐ、お前の側に、な。いいじゃないか、レヴィ。お前が弱くなっちまうって言うんなら、俺が強くなるよ。
それで皆ハッピーだ。いつもみたいにイエロー・フラッグで酒を煽って、くだらない与太話に笑い転げて、一緒のベットに寝て。そんな未来、望んだっていいだろう?」
「……やっぱり、お前は底抜けのド阿呆だよ、まったく」
 そう言って、レヴィはもう一度恋人の唇をねだった。





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