907 :700:2007/06/30(土) 10:00:56 ID:x4MkmQvB
最近には珍しい雨が降っていた。それも窓の外の姿が見えない位激しい雨。スコールだ。時計は夜10時を回った頃。ロアナプラは眠らない街だけど、この辺りは静寂さを増している。
もうホテル・モスクワの敷地だから。ロアナプラにいる以上、ここでバカ騒ぎする奴はいない。俺はハンドルを切って、車庫に車を止めた。

「ロックは?」
「…」
「おい、ダッチ?」
「…バラライカの所だ」
いやにダッチの口が重かった理由がわかった。こんな時間に姉御のトコに呼ばれる事に、良い話があるわけが無い。
「用向きはなんなんだよ?」
「レヴィ、確認しとくぞ?」
ダッチは諭す様な目でアタシを見た。

「ロックはビジネスパートナーだ。決して俺やお前の所有物じゃない」
「…んな事は解ってる」
「解ってるなら良い。アイツにも自由はあるし、ラグーン商会にとって害が無いのなら、俺たちの知らない所で何をしていても関係ない…前置きはこれ位だ。これからは俺の独り言として聞け」
ダッチは深いため息息をついた。

「人間誰にでも悪い所がある。バラライカの場合は支配欲だ」
「戦争マニアがそうじゃない方が珍しいぜ」
軽いノリを入れても反応が薄い。大体言い方が妙だ。仕方が無いと言ってるみたいな、半分呆れたような語りだった。
「茶化すな。人間は大抵、その手の欲求を性的嗜好に影響させちまう」
「…」
「支配欲が強いと…例えば、だ。自分のモノにならない奴を抱きたくなる。他に…」
感が働いてアタシの口の中が渇いてきた。自然に奥歯に力が籠もった。
「他人のモノを抱いて、そいつの本命の心を犯す。とかな」
「…ロックは誰のモノでもねぇ」
「端から見るのと内から見るのとじゃ違うんだろうさ。とりあえず興味を引く何かがあったんだろう」
さらりと言ってのけるダッチと、段々顔色が変わるアタシ。はっきり血が逆流しそうなのがわかった。
「何で止めなかった」
「何も知らずにOKしてたんだ。一度OKしたモノを取り消させると俺が入れ知恵したと感づく。お得意様とは仲良くしておくべきだろ?」
「…」
「朝方には帰ってくるさ。俺はもう寝るぜ」

バツの悪さで部屋を立ち去るダッチと、ロックが忘れていったライターを見て、アタシは拳を握り締めた。


915 :700 1/2:2007/07/01(日) 10:16:57 ID:2Q6libGP
「よく来たな。ロック」
部屋の中に入ったと同時に、労いの言葉が掛けられた。バラライカさんの執務室だ。窓には雨が叩き付けられて、外の天気の悪さがわかった。
最低限にされた灯りせいか部屋は暗い。一番明るいのは執務机のランプだった。

頭に引っかかっていたのは此処まで案内してくれた軍曹さんの表情。無口なのはいつもの事でも、疲れた表情とため息が気にかかる。

「いえ、ところで何の用ですか?こんな時間っていうのも珍しいし…」
「ダッチからは何も聞かなかったのか?」
「はい」
バラライカさんは余裕を深くした笑みで席を立った。俺に近付いてくるが、あまり厳しい雰囲気は感じられない。
「あ、あの…」
「好都合よ。下手な真似をされない分こっちもやりやすいわ」
「下手な真似?」
「ロック、心の準備をしろ」
口調だけが急に厳しくなった。俺は緊張して、姿勢を正す。
「…やっぱりわかって無いみたいね」
「へ?」
「力を抜け…」
俺の眼前に立つバラライカさん。丁度、俺の戸惑いのせいで緊張が緩んだとき、顎にその細長い指が当てられた。
思った以上に柔らかいその指に力がこもり、顎を上に向かされたと同時に、
その形の良すぎる、冷たい感じの唇が俺の唇を奪っていた。

俺は無抵抗なまま、侵入を許す。今まで味わった事が無い程はっきりと、口の中を犯されていく。

「バ、バラライカさん!」
やっと一息つかせてもらって、声を出した。
「どうした?まさか始めてでは無いだろう?それとも…本命に操を立てたいのか?」
「…っ!あ、貴女が何を言ってるのかわからない!」
「解らなくて良い。理由も無い。ただ私が楽しむ為の余興にお前が必要だ。ロック」
バラライカさんの目に、狂気に近い物を見た。
「私を抱け。これが今日の依頼だ」

916 :700 2/2:2007/07/01(日) 10:18:23 ID:2Q6libGP
「どきなデカブツ」
「ここはホテル・モスクワの敷地だ」
アタシは結局、姉御の所まで行った。いや、行こうとしてた。わざわざここに居る通行止めの看板代わりの下っ端。
まるでアタシが来るのを予想してた様に。
雨は降り続いて、アタシの服も、髪も、水が滴る程重かった。イライラして、コート無しのバイクで飛び出したんだから当たり前だ。

目の前に居るのは顔見知りの部類に入る奴。
「姉御んトコにウチの、来てるだろ?」
「大尉は今商談中としか聞いて無い。これもそのための警備に過ぎん」
奴は視線を変えた。目の先にあるのは見覚えのある車。ロックが使って行った物。
「…なあ、通してはくれねえのか?」
「大尉がどんな用で呼びつけたにしろ、大尉は大尉だ。逆らう事は出来ん」
「…」
「…警備が命じられたのは三時間だ。迎えに来るのならその頃だろう。帰るがいい」
きびすを返して、別の所の警備の為かアタシの前から外れていった。

時計を着けるのも忘れてた。アタシの忍耐力じゃそれ位の時間でも我慢は出来ないだろう。体もびしょ濡れだ。
一回帰って出迎える。もしくはラグーンの中で待ってる。普通のアタシならそうだった。

でも足は、車庫の方に動いた。前髪から水が落ちるのを見ながら、右手でポケットの中の、アイツのライターを握り締めた。
勿論車のキーは無い。だからボンネットに座って、何故かクラクラする頭を抱えて。


アイツを、待った。






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