- 958 :生牡蠣の誘惑 1:2007/07/12(木) 20:57:04 ID:IvgvnJ/z
- ロアナプラの漁港で牡蠣の養殖を始めた殊勝な阿呆がいた。
それを聞きつけたロアナプラ在住のとある御方が
「新鮮な産地直送の牡蠣が食べたい。」
と仰られた。
かつて食事に関しては多々困窮したから、たまに贅沢がしたくなるらしい。
それが今回の仕事だ。
ただの魚介類を運ぶだけだから危険は伴わない。
他のメンバーはそれぞれ忙しい。
お陰でこの雑用みたいな仕事を押し付けられたわけだが、どうやら少し違ったらしい。
どうも依頼主が牡蠣を美味しく頂くまで業務に含まれるらしく
暑いロアナプラとは思えぬ程涼しい部屋で俺は未だ帰れずにいた。
しかし向かいのソファに座る女性、バラライカさんは結局牡蠣を調理せず
レモンを絞っただけで食べる方を選んだ。
その所為か働きぶりが評価されたかは判らないが
俺も一緒に牡蠣を食べていいと言われたのは役得だ。
贅沢は独り占めとか言って、部屋にはいつも居るボリスさんすら居なかったのだから。
……役得だった、はずだった。
- 959 :生牡蠣の誘惑 2:2007/07/12(木) 20:58:21 ID:IvgvnJ/z
- 「ロック?」
「あ、すいません。美味しすぎてすっかり呆けてました」
何とか誤魔化し、テーブルの上に並ぶ大量の牡蠣を消費する行動に戻る。
正直味が判らない。
「感謝しなきゃね、こんな事までさせちゃって」
「構いませんよそんな。仕事ですから」
生返事とはこれを指すのだろう。それくらい頭が回らない。
だと言うのに、目の前で殻から牡蠣をすする口元が艶めかしく見えたりする。
そういう所でだけ頭が働く。きっとさっき見たあれの所為だ。違いない。
この部屋に着いた時。床に置いたクーラーボックスを嬉々として覗き込むバラライカさんの
あのしゃがみ込んだ脚と脚の合間、ストッキングより濃い黒色の布が鎮座ましましていた、あれだ。
要するに、要さなくてもあれは下着だった。多分この街で一番見るのが難しい下着だろう。
同じ様にしゃがんだ時にうっかり見てしまったのだ。後ろにひっくり返るかと思った。
平静を装ってはいられるものの、忘れようにも忘れられず脳裏にこびり付いている。
普段見ない物を見てしまったから変に意識してしまう。
更衣室を覗いた中学生じゃあるまいし……。自分でもそう思うのに。
いつも以上に胸元に目が行く、スカートの中に詰まった太股や尻の感触を想像する。
止めようとすればするほど頭の中を占めて行く。これは不思議な現象だ。
音を立てて牡蠣をすする口元があんなにいやらしく映るのはどうしてだろう。
いっそ牡蠣になりたい。いや、何を言ってるんだ。
あの人に劣情を抱いた所で悪い結果になるのは見えているじゃないか。
比喩でも何でもなく首を切られてしまいそうだ。額に穴が空くかもしれない。
混乱を極めた頭の芯が焼ける音がして意識が遠のいた。
本当に後ろにひっくり返る。ソファはやわらかかった。
- 960 :生牡蠣の誘惑 3:2007/07/12(木) 21:00:09 ID:IvgvnJ/z
- 血の気が引くような、それでもどこかが冴える変な感じで目が覚めた。
「ああ、やっと起きたの」
さっきまで向かいに座っていたはずの顔がすぐ近くにある。
「えっと、俺、どうしました?」
「突然仰向けに倒れて気絶したの。牡蠣に中ったのかと思ったけど……大丈夫そうね」
脳がエンストを起こしたのか、どうやら座っていたソファに介抱されてるらしい。
「どうせ変な事を考えていたんでしょう」
「はっ?」
何だ、何を言ってるんだこの人は。図星だけど。
「あら、さっき私のスカートの中を覗いていたでしょう」
「うぇっぷ!」
盛大にむせた。だけどもうひっくり返る所がない。
「……気付いてたん、ですか」
「あれだけ凝視してれば気付くわよ」
「す、すいません」
殺されるのでは。なんて一瞬恐ろしい想像がよぎったがバラライカさんは艶やかに笑っていた。
何か変だ。今一度良く考えてみると何かおかしい。
大体バラライカさんの顔が近すぎるのだ。まさに目と鼻の先にあり、しかも真正面を向いてる。
つまりバラライカさんが俺の上半身に座って上から覗き込んでいるわけか。
「どうして貴女は、俺の上に乗り掛かってるんでしょう」
「いつ起きても逃げられないようにと思って」
どういう事だ。これは夢か。それにしては体に当たっている太股や尻の感触が生々しすぎる。
想像以上だ。いや、だからそうじゃなくて。
ついでに、何故下半身(のごく一部)は起き上がれない上半身の分まで起き上がっているのだろう。
こうなった所為で倒れたのか、倒れたから気が緩んでこうなったのか、
それとも倒れてからバラライカさんが色々どうにかしてこうしたのか。
目の前にあった顔が遠ざかる。
すると彼女の体まで見えるようになって、視覚的にも乗り掛かられているのだと判る。
スカートの中だって丸見えだ。けど今は見えているのではなく見せられている。
「折角だから抱いてちょうだい。前回から久しいから……私もその気になっちゃったの」
言葉を失うしかない。これはどういう冗談だろう。はたまた罠か。
でも俺を罠にはめてもバラライカさんには何の得も無いはずだ。
「ねぇ、良いでしょう、ロック?」
その言葉は普段の組織を束ねる豪腕な者の言葉ではない、ただ一人の女が発する言葉だ。
口紅が落ちかけ貝汁で濡れた唇が誘っている。美味しそうだ。
死を覚悟しても間違いじゃないこの状況で『願ったり叶ったり』なんて言葉が浮かぶ。