- 908 :名無しさん@ピンキー:2008/01/31(木) 00:53:26 ID:MF9WsKiy
──なんであたしはこんな格好をしてるんだろう?
レヴィは自分の姿を見回して、疲れた溜息をついた。
黒を基調としたワンピースに白いレースがところどころについている。
おまけに白いエプロンとおそろいのレースのついたカチューシャ。
どこからどうみてもメイド服だ。
ただ普通のメイド服との違いを挙げるなら、胸の辺りの露出の多さと、ワンピースの丈が少し短くなっていることだろう。
豊満な胸と黒のニーソックスに包まれた綺麗な足がやけに扇情的だ。
なぜレヴィがこんな格好をしているかというと──
「レヴィさん。着替え終わりましたか? そろそろお店開きますよ」
更衣室代わりにしていた教室のドアを開けて、クラスメイトの雪緒が顔をのぞかせる。
彼女の格好もまた、自分と同じようなメイド服だ。ただ彼女のほうが、僅かに丈が長い。
「早くしないと、文化祭を楽しむ時間なくなりますよ!」
そう。この高校では文化祭の時期を迎えており、レヴィたちのクラスはメイド喫茶をやることになったのである。
クラスの女子は全員メイド服に着替えさせられ、男子は裏方と(クラスの女子の投票で)ウエイターに分けられた。
勿論メイド喫茶に決定したときは、レヴィは反対した。
──が、文化祭実行委員の雪緒に宥められ、多数決に押し切られる形で承諾してしまった。
当日、自分はさぼればいいと思ったのだ。
しかし──
- 909 :名無しさん@ピンキー:2008/01/31(木) 00:57:03 ID:MF9WsKiy
- 「みんな出し物決まったの?」
運悪く、彼らの担任の岡島がちょうど入ってきたのだ。
ちなみに彼らの相談には担任は関わっていない。生徒の自主性を尊重するという学校の方針で、教師は口出しをしないのが決まりだ。
単に面倒くさいだけじゃないか、という噂もある。
……その通りだったりする。
とにかく岡島が入ってきたことで、レヴィは参加することがほとんど決まってしまった。
なぜならレヴィが岡島に片思いしていることは、クラス中、いや学校中に知れ渡っているからだった。
すかさず雪緒が岡島に告げる。
「先生。今年のうちのクラスの出し物はメイド喫茶に決まりました」
「メイド喫茶?」
きょとんとした表情になり、その視線がそのまま足を組んでふてくされて座っているレヴィに行く。
「もちろんレヴィさんもメイド服を着て、給仕しますので先生も是非来てくださいね!」
レヴィさんの部分にやたらと力を込めて雪緒が言う。
へえ、と呟きにっこりと笑う岡島。
「きっとかわいいだろうね」
……この時点でレヴィは、強制的にメイド喫茶に参加することが決定したのであった。
- 914 :名無しさん@ピンキー:2008/02/03(日) 02:22:56 ID:GGYK3vr7
<雪緒>
いやいやそうですが、今レヴィさんはお店にきた男の方二人組みにコーヒーを持っていきました。
すごく面倒くさそうで無愛想ですが、二人は気にすることもなくレヴィさんの足と胸に注目しています。
あ、あんまり乱暴に置くとコーヒー飛び散りますよ!
ほら。
あ、でも二人とも怒っていませんね。
面倒くさそうに、ほかのメイドに渡された布巾で袖口辺りを拭いています。
……擦るとシミ残っちゃいますよー。
でもやっぱり二人とも気にしてませんね。
それどころか少し前かがみになって、余計に強調されたレヴィさんの胸に釘付けになってます。
あーあ。鼻の下伸びまくってます。ものすごくわかりやすいですね。
メニューの金額かなり高めの設定にしたけど、大丈夫みたいですね。
コーヒーもインスタントだし、紅茶もただのティーバックなんですけど。
写真撮影も禁止しておいて良かったです。
大騒ぎになって収集つかなそうだし。
会計をすませて、ものすごく満足した顔で出て行きました。
コーヒー2杯とクッキー一皿で三千円ちょっとでしたけど、不満の声は出ませんでしたね。
むしろ「また、来ようぜ」なんていう声が聞こえてきます。
チケットを先に買ってもらうのをやめて、あと会計にしたのは正解だったみたいです。
ただ、かなり教室の外で長蛇の列が出来てるので、そろそろお店も口コミで評判広がってるみたいだし、チケット制に代えてもよさそうですね。
時間の制限も三十分にしたし、抜かりはありません。
ただ、レヴィさんは相変わらず不機嫌そうです。
まあ理由はわかりきってますけど。
- 915 :名無しさん@ピンキー:2008/02/03(日) 02:24:52 ID:GGYK3vr7
- 岡島先生がいらっしゃらないので、ご機嫌ナナメなんですよ。
岡島先生は私たちの担任で、穏やかで優しい好青年です。
顔もどちらかというとかわいいタイプで、童顔なので女生徒の人気もかなりあります。
あ、私は銀さんみたいな精悍なヒトがタイプですよ。ふふ。
その岡島先生にうちのクラス、いえ、学校一の暴れん坊といわれるレヴィさんが恋をしたんです!
初めは私もびっくりしましたよ。
だって、レヴィさんが真面目に授業を受けてるんです。
一年から同じですけど、彼女が授業をサボらないのは奇跡だと思います。
授業日数が危なくなると出てきて、授業中は寝ているといった具合でした。
先生たちも諦めてたんですよ。
ただ、この春ずいぶん先生たちが入れ替わって、岡島先生がいらっしゃってからレヴィさんは変わったんです。
授業中も寝ないで、熱心にノートを取っているのを見たときは、教室の中が一瞬、静まり返りました。
岡島先生はそんなレヴィさんを見て嬉しそうでしたけど。
この頃放課後は岡島先生に勉強を教えてもらってるみたいですよ。
しかも、他の教科も。
この間のテストなんか、追試にならないどころか50位には入ってたんです。
……恋の力って偉大ですよね……わかりますけど。
という風にレヴィさんのほうはわかりやすすぎるくらいなんですけど、問題は岡島先生です。
- 916 :名無しさん@ピンキー:2008/02/03(日) 02:26:53 ID:GGYK3vr7
- あのヒトはなんていうか誰にでも優しいので、ちょっとわからないんですよね。
あれだけレヴィさんに熱心に教えるのは教師としての義務だと思っているのか、少しはレヴィさんのことを思ってくれているのか、微妙過ぎて判断がつきません。
うちのクラスの学級委員のロベルタさんも、岡島先生ちょっと気になっているみたいですし。
なんかお世話になっているおうちのご主人様と、似ているとかなんとか。
こちらもどうなんでしょうね?
岡島先生はもちろんロベルタさんにも優しいし。
ロベルタさんはその家でもメイドをやっているらしく、ここでの振る舞いも完璧です。
まさにメイドの鑑といった感じです。レヴィさんと比べると露出が少ないメイド服ですが、そのストイックさが逆に受けてるみたいです。
レヴィさんと性格は正反対──と言われていますが、私はあの二人根本的に似ているような気がします。
いえ、ただの勘ですけど。
とりあえず、男性の趣味は一緒みたいですしね。
今のところレヴィさんとロベルタさんのメイドが一番人気みたいです。
ああでも、ソーヤーちゃんのゴスロリタイプのメイドも人気みたいです。
ちょこちょこ動いていてカワイイ。
このメイド服もソーヤーちゃんがデザインしてくれたんですよ。
お裁縫も得意みたいで、大助かりでした。
ソーヤーちゃんは少し引きこもりがちな女の子ですけど、今回の文化祭はちゃんときてくれて助かりました。
ソーヤーちゃんはこの春、移動してきた養護教諭のシェンホア先生の妹さんなんです。
それと、シェンホア先生の旦那さんの体育教師のロットン先生。
なかなかハンサムなヒトなんですけど、どっかボケてるような発言がそれを相殺しています。あと、授業の前に高いところから登場するのはやめてください。
下に落ちたときはびっくりしましたけど、怪我ひとつないのがさらにびっくりしました。
そのうえ念のため保健室に連れて行ったら、さらにシェンホア先生に叩かれていました。
保健室に行って、怪我増やすってどうなんですか、先生?
と、噂をすれば影というべきでしょうか、シェンホア先生とロットン先生が入ってきました。
- 917 :名無しさん@ピンキー:2008/02/03(日) 02:32:07 ID:GGYK3vr7
- チャイナドレスから伸びる白い足が、男性客を一瞬釘付けにしています。
数少ない女性客はロットン先生の端正な容姿に見蕩れています。
一見、完璧な美男美女夫婦なんですけど。
「どうね、調子は」
「見ての通り大盛況ですよ」
私がそう答えると、シェンホア先生が指をチッチッと、指を振りました。
真っ赤なマニュキアが塗ってある形の良い爪と指です。
ただ、この指は以前仮病を使ってきた生徒に、ギリギリのところにメスを投げつける指だそうです。綺麗なだけじゃありません。
やっぱり仮病はいけませんよ、みなさん。
「そうじゃないね。あのボンクラまだ来てないか?」
私が首を振ると、シェンホア先生は眉根を寄せました。
「さっさとアバズレ、告白するなり押し倒したりするいいね。
今の男なんてこちらからアタックするのが一番よ。
なんなら保健室のベッド貸してやるね。一時間一万で」
……確かにそうですよね。
あ、いえ押し倒すというのはともかく。
「それと──オッズはどうなってるね?」
「はい。10対1で今のところ圧倒的に『告白できない』ですね」
「……まあ、今までを考えると仕方ないね」
──はい。
ええ、私たち前にもレヴィさんにチャンスを作ろうと、努力してたんです。
修学旅行や、夏の水泳の補講授業。
秋の課外授業や体育祭。
ときにはレヴィさんに絡む男性とかもこっそり用意してみたりしたんです。岡島先生の反応をみたくて。
だけど、レヴィさんがキれて、改造銃使って、さっさと追い払っちゃいました。
色々やったんですけど、最後に邪魔が入ったり、レヴィさんがしり込みしてしまったりで、結局ダメだったんです。
──で、今回こそは文化祭でレヴィさんに告白してもらおう、ということで色々また考えちゃいました。
……えっと、賭けのほうはその、今までの気苦労料といいますか。
ちゃんと、ヨランダ理事長からOK取りましたって。
それが思いのほか参加者多くて。みんなこの恋の結末に興味があるみたいです。
まあ、確かにありますよね。
「……そんなに皆、興味があるのか?」
今まで黙っていたロットン先生が唐突に口を開いて、聞いてきたので驚きました。
「それはもちろんですよ」
『当たり前でしょう』という視線を私とシェンホア先生が送ると、ロットン先生は不思議そうな顔をしました。
なんなんでしょう?
あ、そろそろ岡島先生が来る時間です。
楽しみですね。
- 923 :名無しさん@ピンキー:2008/02/04(月) 00:49:33 ID:SBbKW8mb
<ロベルタ>
ふう。私は教室の隅にカーテンで遮られた休憩所で休んでいました。
「ロベルタさん。お疲れ様」
そういいながら文化祭実行委員の雪緒さんが、冷たい麦茶をくれました。
気配りの出来るい良いかたです。
普段は図書委員なのですが、意外とこういう客商売にも向いてるみたいです。
今回の文化祭にずいぶんと力を入れているみたいなのですが、何故でしょう?
雪緒さんだけではなく、他のクラスの皆様や先生方もどこかそわそわしているような……。
気のせいでしょうか?
私と入れ替わりに、レヴィさんが入って来ました。
私をちらりとみると、不機嫌そうに雪緒さんから麦茶を乱暴に受け取って、一気に飲み干しました。
彼女とはどうにも気が合う日が来るとは思えません。
ですが以前、雪緒さんに私とレヴィさんが似ている、と言われたことがあるのです。
どこが?と聞いても、彼女もうまく答えられないみたいでしたが。
まったく。私があの方と似ているなんて有り得ません!
そうこうしているうちに休憩時間が終わってしまいました。
十分なんて、あっという間ですね。
あら、この時間はそろそろ若様がいらっしゃる時間でしたわ。
お迎えにもあがれませんでした。
ちゃんと迷わずに来れるでしょうか?
早く大人になろうと背伸びしている若様ですが、まだ子供っぽさはやはり抜け切ってはいません。
ふとしたところで出てしまう子供っぽさを、慌てて隠そうとするその姿はとても可愛いので、私としてはもう少し子供でいて欲しいと思ってしまいます。
旦那様お亡くなりになってから、若様は本当に大人びてしまわれました。
今日『ロベルタの学校の文化祭に行ってみたい!』と言われた時には、私本当に嬉しかったんですのよ、若様。
若様が当主としてではなく、ガルシア様個人としての頼みごとは久しぶりだっだんですもの。
楽しんでくれるといいのですけど。
私が休憩所のカーテンをくぐって、店のほうに出ると聞きなれた声が聞こえてきました。
- 924 :名無しさん@ピンキー:2008/02/04(月) 00:50:56 ID:SBbKW8mb
- 「さ、ここがロベルタさんのクラスだよ」
「ありがとうございました!」
スーツ姿の青年と、金髪の少年──若様と岡島先生です。
先生がどうして若様と?
「ロベルタ! 来たよ!」
手を振ってとても楽しそうな若様。もう一方の手は岡島先生と固く繋がれています。
「あの、岡島先生どうして若様と?」
私がそう訊ねると岡島先生は穏やかに微笑まれました。
……この笑顔はどこか亡き旦那様を思い出させます。
若様が知らない方にここまで無防備に懐いているのは、そのせいかもしれません。
「彼が校内で迷っていてね。ちょうど僕と同じ場所に行くから案内してきたんだよ」
そういいながら、若様の頭に手をポンと軽く置かれました。
──このしぐさも旦那様にそっくりでした。
一瞬、鼻の奥がつんとして、目が潤んだような気がします。
「──ロベルタさん? どうかしたのかい?」
私の目が潤んだのを見られてしまったようです。少し困ったような顔をされました。
「いえ、なんでもありません」
「ロベルタ?」
若様に微笑んでみせます。安心したように若様は笑ってくださいました。
でも、岡島先生はまだ少し心配そうです。
「岡島先生。若様を連れてきて下さったお礼に、コーヒーでもどうでしょうか?」
「え、でも生徒におごってもらうわけには……」
「いいえ。私個人の問題ではなく、ラブレス家としてのお礼ですし」
「そうだよ、お兄さん」
すっかり懐かれた若様が同調して頷いています。
「じゃあ、ご馳走になろうかな」
苦笑して、そう答えてくださいました。
ほんのひととき、あの懐かしい空気を味わったような気がします。
──バキッと何か異音が聞こえたのはその時でした。
驚いて後ろを振り返ると、レヴィさんがお盆を折っていました。
雪緒さんが困ったように何か言っています。
レヴィさんはこちらを向いていないので表情が見えませんが、何かとても怒っているように見えます。
私の気のせいでしょうか?
お客様に何か言われたのかもしれません。
もしかしたら、うっかりしてしまっただけかもしれませんが。
わたくしもよく、うっかりお盆とかコップとかつい力を入れすぎて割ってしまいますの。
もしかして、ああいうところが私と似ているのでしょうか?
……気をつけないといけませんわね。
私がコーヒーを用意している間も、若様は岡島先生とおしゃべりしていてとても楽しそうです。
あら、そういえばファビオラと一緒にきたのでは?
私が考え事をしていますと、入り口の方でどこかで聞いた声が響いてきました。
しかもこれは、いやな思い出がある声のような──
- 925 :名無しさん@ピンキー:2008/02/04(月) 00:51:56 ID:SBbKW8mb
- 「メイド喫茶だって、姉様」
「そうね、兄様」
その声を聞いた途端、若様から大量の汗が吹き出てきました。
まさか、あの声は──
「メイド喫茶って何するのかしら、兄様」
「きっとお客を冥土に送るんだよ、姉様」
「じゃあ私たちもお手伝いしたいわね、兄様」
「そうだね、姉様」
「あんたたち騒ぎを起こしたら、すぐに家に帰すわよ」
やっぱり!!!
あの若様に寝小便を再発させた悪の双子ども!!
見ればとてつもない素早さで、私に抱きついてきました。
「ろべるた〜!!」
涙でぐしょぐしょになっています。お可哀想に!
双子の視線がこちらにロックされました。
私は慌てて若様を後ろに隠します。
「あら、具合が悪そうなヒトがいるわよ、兄様」
「ほんとだね、姉様」
「お医者さんごっこの道具を持ってきてよかったわね、兄様」
「早速、患者の治療をしなきゃいけないね、姉様」
「若様には指一本触れさせません!」
「ちょっとあんたたち、いいかげんになさい!」
お母様の手をするりと抜けて(もっとしっかり捕まえててください!)、こちらに向かってきます。
私はそこにあった、ソーサーとお盆を持って応戦しました。
「ちょ、ちょっとロベルタさん!」
雪緒さんの声が聞こえたような気がしますが、私は構わず、ソーサーを投げました。
双子の姉のほうが近くの客を捕まえて、盾にして避けます。
私が懇親の力を込めて投げたソーサーはお客様の頭に当たり、昏倒なさいましたけど、気にしません! 若様の精神のほうが大事です!
双子の兄のほうがテーブルに置いてあったフォークを投げてきました。
私は慌てず、近くのテーブルに敷いてあったテーブルクロスを引っ張り盾にしました。
上に載っていたコップや皿が落ちてすごい音を立てましたけど、それも気にしません!
フォークは白い布に阻まれ、床に落ちました。
それなりの勢いがつけば、こんな布でも役に立つんですのよ。
そんな応戦を繰り返した結果──教室は滅茶苦茶になりました。
- 926 :名無しさん@ピンキー:2008/02/04(月) 00:59:43 ID:SBbKW8mb
- さすがに我に返ってみると、若様を守るとはいえ少し遣り過ぎた感が……
双子さんたちはお母様に頭に拳骨を食らって止められ、私も雪緒さんににっこりと微笑まれて少し怖かったです。
少し、こめかみのあたりがぴくぴくしているのにとても綺麗に笑っているんですもの……。背後には黒いオーラが見えますし……。
ただ、この私の聖戦も出し物だとお客様がたが思ってくれたらしく、拍手喝采で幕を閉じましたの。
そのあとは雪緒さんが機転を利かし、ソーヤーさんに新たなメイド服を作ってもらい、双子さんたちとそのお母様もメイドとして働いてもらいました。
人妻としの魅力でしょうか、スタイルもいいのでお母様のメイド姿にもお客様はでれでれとしています。
あら? 顔に傷があるお客様が呆けているみたいですけど、大丈夫かしら?
ソーサーをぶつけられた客はメイド姿の双子に『ごめんね、お兄さん』と天使の笑顔で謝られると、そんなことはなかったことになったようです。
……道は誤らないほうがよろしいですよ。
私たちのほうにも迷っていたファビオラがここへ来たため、手伝ってもらいました。
まあ、彼女も途中でいろいろ楽しんでいたようですし。
ごまかしても口の端についた青海苔が何よりの証拠ですよ。今回は不問にしますけど。
若様も特別にウエイターの服を作ってもらい、手伝ってくださいました。
もちろん双子には極力近寄らないようにしてです。
ああ、なんて可愛らしい!
そこの愚民! 若様をイヤラシイ目で見るんじゃない!
──結局、さっきと変わらないくらい大繁盛でしたわ。
レヴィさんがいたときと、変わりませんわね。
──あら、そういえばレヴィさんがいらっしゃいませんわね。それに岡島先生も……
戦っている最中に雪緒さんが岡島先生とレヴィさんを外に連れ出したのを、視界の端にとらえたような……
岡島先生とレヴィさんが一緒にいるということに、心に引っ掛かるものを残しながら、私はその後も働き続けたのでした。
- 947 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:03:11 ID:+efbgn1u
<まき>
あの先輩。これなんなんですか?
いえ、ビデオカメラだということはわかるんですけど……。
これが重大な使命といわれても……。
なんであたしが岡島先生とレヴィ先輩の後をつけなくちゃならないんですか?
「これが今回の文化祭のメインイベントだからよ。まきちゃん」
そんなにこやかな笑みで言われても……。
なぜか今年図書委員は全員文化祭実行委員になってたけど、もしかしてこれだけのためにあたしたち選ばれたんですか?
は?
文化祭実行委員にならなかったら、漫才をやるつもりだった?
──素敵な響きですよね。文化祭実行委員って。
それも一つのカップル誕生の瞬間を見つめる仕事なんて。
ええ。本当に。
……だから、漫才なんて言葉を聞かせないでください。あたしは何もわかりません! 鉄パイプとか木刀とか銃とかメリケンサックなんて知らないんですぅ!! あたしは何も聞かなかった。あたしは何も聞かなかった……。
「まきちゃん?」
「はっ! なんの話でしたっけ、先輩?」
先輩が不思議そうな目であたしを見つめてきます。
いいえ、何でもありません。今のは違う世界のあたしの独り言ですから。
えっと、それじゃあがんばって使命を果たしてこようと思いマス。
いってきます!!
- 948 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:04:35 ID:+efbgn1u
- えーっと岡島先生とレヴィ先輩は──っと、いました。目立ちますね、やっぱり。
いつものスーツ姿の後ろに『3−Bメイド喫茶』という紙が貼り付けられている(先輩が貼り付けていました。宣伝になるからといって)岡島先生の横で──
「……ほんっとうに着たんだ。レヴィ先輩……」
いつものレヴィ先輩なら絶対にしないような、フリルとレースのついたメイド服。
しかも足と胸の辺りがかなりキワドイですねぇ。
あーあ。カップルの男性たちが振り返ってみてます。
女性のほうにキツイ目で睨まれています。
あとで何かあるかもしれませんね〜。しーらないっと。
──でもこうしてみると、ほんとにレヴィ先輩って美人ですよねえ。
レヴィ先輩って美人だし、スポーツ万能だし、スタイルいいし、性格もちょっと荒っぽいところがありますけど、優しいところもあるし男女どちらにも結構、人気あるんですよ。
水泳部には幽霊部員としてだけど、所属していて大会では必ず入賞するくらいなんです!
あ。あと男性陣にはツンデレなところがイイ!って言われてます。
雪緒先輩と一緒にいたことが多いせいで、レヴィ先輩とも多少の面識があるんですけど、少なくともこれまでレヴィ先輩がデレているところはみたことなかったんですよ。
──岡島先生に会うまでは。
岡島先生に会ってからというもの、レヴィ先輩は変わったんです!
こないだたまたま岡島先生とレヴィ先輩が放課後教室で居残り勉強してたときに、みちゃったんです。
そのとき岡島先生がレヴィ先輩の頭を撫でてたんですよう!
あのレヴィ先輩をですよ!!
しかもレヴィ先輩もおとなしく撫でられてますし。そのうえ顔を赤らめて。
あれは夕日に照らされてとかそういう類のものじゃなかったと、断言できますよ!
信じられますか!?
あたしだって見た瞬間、目を疑っちゃいましたよ!
今まで、どんな男も足蹴にするか、改造銃で追い払うかのどちらかだったのに!!
先輩の話しでは、今ではこれが日常になってるそうです。
本当に好きなヒトの前では変わるものなんですねえ。
あたしもいつかそうなるのかな?
- 949 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:07:31 ID:+efbgn1u
- ──っと、二人がどこかのクラスの店の前で立ち止まりました。
正確には岡島先生が立ち止まり、レヴィ先輩がぶつかる一歩手前で止まったんですけど。
岡島先生はその店の張り紙に注目してるみたいです。
「──何だ、これ?」
「あ? なんだよ」
ええと。ここからでも見えるくらいの大きさですね。
目がいいと、こういうときに便利です。えっと──
「カップルで食べさせあったら、食事代タダ?」
「食べさせあう? なんだそりゃ?」
店の中を覗いてみます。
みると、中で数学のベニー先生と美術のジェーン先生が、お互いにスプーンを交換しながらお互いの口にオムレツを運んでいます。しかもケチャップでハートが描かれてたりします。
「はい、アーン」
「あーん」
周りのひと達が微妙にひいているような……。
バカップルは周囲が見えなくなるって本当なんだ……。
あ、岡島先生とレヴィ先輩の目が点になってます。
そりゃあなりますよね。
もしかして、これも雪緒先輩が仕掛けたものなんでしょうか?
「……さっき雪緒ちゃんにここの店のチケット渡されたんだけど……入る?」
「入るか!!」
やっぱり先輩……ロコツ過ぎます。
よく見ると、あちらこちらの店に『カップル限定』とか、『カップルタダ』とかそういう文句の張り紙がしてあります。
もしかして学校中こうなんですかあ?
- 950 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:10:38 ID:+efbgn1u
- 二人ともその手の張り紙をしてるところを避けて、あまりヒトが入っていない店に入りました。
そこでたこ焼きを買って、すぐそばに設置されていた椅子に座って食べ始めました。岡島先生が奢ってくれたみたいです。
私も撮ることにすっかりなれてきた気がします。
レヴィ先輩猫舌だったんですねえ。
はふはふいってほおばっています。なんかカワイイです。
これはなかなか、なさそうな場面ですよね?
あ、ソースがちょっと頬に付いちゃってます。
これもレアかも。
「──レヴィ、ソース付いてるよ」
「あ? どこだ?」
手で擦りますが、違うところを擦ってるせいでまったく取れません。
「ほら、もう少し右──ここだってば」
岡島先生の指がレヴィ先輩の頬のソースを拭って、そのままその指を──舐めてしまいました!
レヴィ先輩の顔がポンっと音を立てて赤くなって、そのまま固まってしまいました。
こ、これは滅多に撮れませんよ!
そんなレヴィ先輩の顔をみても、岡島先生はまったく動じていないというか、不思議そうな顔をしてます。
「レヴィ? どうし──」
「岡島先生!!」
低い──一歩間違えれば恫喝しているようにも聞こえる声が、再びレヴィ先輩に伸ばされた岡島先生の手を止めました。惜しい!
そういえば、なんかあたし今の声に聞き覚えがあるよーな……。
声の方にビデオカメラを向けます。
あー! あれは雪緒先輩のうちの──
「銀次さん?」
- 951 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:12:22 ID:+efbgn1u
- 岡島先生が振り向いた瞬間、レヴィ先輩もやっと硬直が解けたようです。
先生の目の前まで銀次さんがもの凄い勢いで走ってきました。
「お、おかじませんせい……」
よっぽど休むことなく走ってきたのか、息が上がっています。
レヴィ先輩が『面倒なのがきた』という顔になってます。
「どうかしたんですか?」
「お、岡島先生……お嬢は……お嬢は──」
そこでレヴィさんのほうにちらっと目を向け、がしっと岡島先生の肩を掴みました。
反射的にあたしもびくりとなってしまいました。
……いえ、なんか嫌な思い出が蘇りそうになったんで……。
「こんな破廉恥な格好をしているんですか!?」
「……えーと……なんていいますか……」
ハイと岡島先生が頷きます。
目に見えて、銀次さんが落ち込みました。
「なんで止めてくださらなかったんです! あっしは……あっしは……亡き組長(オヤジ)になんと詫びればいいのか……」
言いながら白鞘抜かないでください! てゆーか──
「あんたのところのお嬢が発案者だっつーの」
あーあ、レヴィ先輩。あっさり言っちゃいましたねー。
銀次さんが縋るような目で岡島先生を見ています。
岡島先生は少し躊躇いましたが、やっぱり首を縦に振りました。
銀次さんが床に崩れ落ちちゃいました。
なんかぶつぶつ言ってますねー。
「……お嬢……あっしの教育が間違っていたんでしょうか……?
亡き組長(オヤジ)になんて……こうしちゃおれません!!
岡島先生、俺は行きます!」
「はあ」
「デート中、失礼しました!!」
止める間もなく、お嬢!と叫びながら行っちゃいました〜。
先輩大丈夫かなあ?
それよりなんか今、爆弾落としていった気がするんですけど。
「ちょ、ちょっと銀次さーん!
追いかけたほうがいいかな……?」
銀次さんが消えた方向に──何人かのお客さんがなぎ倒されていました。しかも男のヒトばっかり──行こうとする岡島先生の体が急に止まりました。
- 952 :名無しさん@ピンキー:2008/02/11(月) 23:15:43 ID:+efbgn1u
- 見ると、レヴィ先輩が岡島先生の腕をぎゅっと掴んで止めています。
「レヴィ?」
「ほ、ほっといてもいいだろ。雪緒ならうまくやるだろうし……」
「でも……」
ですよう。先輩ならうまくやりますって。
それでも岡島先生は心配そうです。
「……デート中だろ。行くぞ!」
……皆さん聞きましたか?
レヴィ先輩が言いましたよ!
顔がすっごく赤くなってますよう。かわいい〜!
あのレヴィ先輩が!
先生には残念ながらレヴィ先輩に引きずられているせいで、顔が見えませんが──耳まで赤くなっちゃってます。
ここまでされて気づかないのかなあ、岡島先生。鈍すぎですよ!
カメラを通してみても、岡島先生の表情には戸惑い意外読み取れないような気がします。
んー、ちょっと嬉しそうに見えないことも……
どうなんだろ?
あ、早く追いかけないと!
えーと、次はどこ行く予定なんだっけ?
先輩が他にも渡したチケットは、この近くだと──
「──あ、レヴィここのチケットももらったんだけど」
「……ここのか……?」
ほんの少しレヴィ先輩の声が上擦ったように聞こえます。
柳に囲われた壁と、おどろおどろしいお化けが描かれた看板──そう。お察しの通り、二人は『お化け屋敷』の前に立っています。
確かにカップルで入るものとしては、うってつけですけど、レヴィ先輩怖がるのかなあ?
あれ? 先輩に渡された紙になんかかいてあります。
えーと、レヴィ先輩の親友のエダさんに聞いたところ、レヴィ先輩はお化けとか怖いものが苦手……なるほど。
よーっくみてみると、腰がひけてるような気がしますね。
これはいい感じになりそうですよね?
「──どうしても入るのかよ?」
「一応、教師は全部のクラスの見て回って点数つけなきゃならないからね」
この学校の文化祭では教師と父兄が各出し物の点数をつけて、トップ3まで賞金が出るんです!
だから結構どこの教室も張り切ってるんです。
──余談ですけど。
「あたしは入る必要ないだろ!」
「でも、ここカップルだけしか入れないし、中も見れないから……もしかして、怖いの?」
困ったように問われて、レヴィ先輩が違う意味で真っ赤になりました。
「怖いわけねえだろ!!」
「じゃあ、入ろうよ」
ね?と宥めるように頼まれては、レヴィ先輩は行くしかありません。
……あれわざとじゃないですよね?
なんかやたら顔色の悪い男子生徒にチケットを渡すと、二人はお化け屋敷に入っていきました。レヴィ先輩は動きがちょっとギクシャクしてます。
ここから先はついてくのは無理ですねえ。
どうしよっかなあ?
とりあえず、先輩の指示を仰いだほうがいいですね。
いったん帰って──あっちも大丈夫かな? 銀次さん……。
……それにしても、よく出来たお化け屋敷ですねー。
気合が入ってるけど、どこのクラスだろ?
- 103 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 00:47:46 ID:V0P8NlI5
<レヴィ>
「ひゃっ!」
突然横から出てきた、片目だけ腫上がった着物姿の女を見て、あたしは思わず声をあげてしまった。
そんなあたしの姿を見て、ロックがこらえきれずに笑い出す。
──う、うるせえな。これで何度目だ?
もう言い訳出来ないくらいに声をあげてしまっている。
「に、日本のお化けってなんでこんな意味のないことをやるヤツが多いんだよ!
そろって恨めしそうな顔するだけで、追いかけてくるようなこともないし!」
笑われたままでは悔しいので、そう主張してやる。
あたしに問われて先生が苦笑する。
「どうといわれても……確かに西洋のものと違ってあまり積極的には見えないけど、たとえば赤い服の女の子の話とかはのろい──」
「だーっ! ん、んな話しどうでもいいんだよ!!」
大絶叫で話を速攻で中断させる。
「はいはい、ほら行くよ」
再び手を引かれて薄暗い墓場を進んでいく。
ガキの頃に聞いた、日本の怖い話のせいですっかりあたしはこういうものが苦手になってしまった。
それにどうしててこう日本のお化け屋敷つーのは、こんなに意味のないことを繰り返すヤツが多いんだ?
井戸から出てきた女が皿を数えるのを横目で見ながら、あたしは思わずにはいられなかった。
なかなか良くできてるなあ、と感心した声を上げるロックとは対照的にあたしはなるべく脇をみないようにしながら暗くて不気味な場所を歩いていた。
青と緑の光が辺りをかすかに照らし、不気味な演出をさらに不気味なものにしている。
別にこんなもんは怖くなんかない。怖くなんかない。
……なんか気持ち悪いだけだ。
- 104 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 00:49:50 ID:V0P8NlI5
- 横をどういう仕掛けかわからないが、火の玉らしきものが通っていく。
そのたびにあたしの身体はびくりと震える。
ロックは苦笑して軽くあたしの肩を叩くと、掴まれていた手を繋ぎ直して、またゆっくりと歩きだす。
その子供を宥めるような仕草にあたしは安心すると同時に、小さな失望を覚えた。
──こいつにとってあたしはそこらのガキと同じなんだろうか? もしくは妹みたいなもんだと思ってんのか……?
「……ずるい……」
思わず声が漏れる。ひらひらしたレースをつまんでみる。
あたしはこいつのせいでこんなもんまで着るハメになったのに。
先を歩くロックの背中を見つめる。
あたしの呟きは聞こえなかったらしい。
小さく溜息をつく。
こいつは少しはあたしのことを気に掛けていてくれてるんだろうか?
生徒じゃなくて……女として。
──さっきの頬についてるものを拭ったのもそうだけど、こいつにとってあたしは女じゃなくてガキだから、気にせずにああいうことが出来たんじゃないか?
ぐるぐると思考が嫌な方へ向かっていく。
──もしかしたら、もう女がいるとか……?
その考えに辿り着いたときに、身体が硬直してしまった。
身体が小刻みに震えてくる。
あたしの変化に気づいたのか、ロックが振り向いた。
「──レヴィ、どうしたんだ? もう少しで出口だと思うから頑張って──」
「──先生」
気遣うような台詞を遮り、握った手に力を込める。
顔を上げると、戸惑ったような表情のロックがいる。
「……あの……な……あたし……」
声が震えてる。
ガラじゃねえのに。
でも。こいつを誰か他の女に奪われるのは嫌だった。
この薄暗い中でもはっきりと、先生が息を飲むのがわかる。
「……あたし先生が──」
- 105 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 00:52:39 ID:V0P8NlI5
- 「先生!!」
唐突に女の声が響いた。
──あたしの決意に割り込んだヤツはどいつだ……?
後方を睨みつける。
と、そこに見知らぬ制服姿の女が立っていた。
……お化け役の誰かか?
邪魔した覚悟は出来てんだろうな?
きつく睨みつけるが女はあたしになど目もくれず、まっすぐこっちに向かってきた。
「先生」
ロックの正面に立ち、もう一度確認するように呟く。
そして──そのままロックに抱きついた!
──ブチッ!
……今、確かに自分の血管が切れる音を聞いた気がする。
ロックは一瞬、自分の状況が理解出来てない様子だったが、すぐに慌ててその女を引き剥がそうとした。
だが、女はロックにしっかりしがみつき離れない。
「──き、きみ誰かと勘違いしてないか?」
「私が先生を間違えるはずありません!!」
即座に言い返し、絡めた腕に女が力を込めた。
シャツにますます皺が寄るのに比例して、あたしの眉間にも皺が出来る。
とっくに我慢の限界は超えていた。
──許さねえ!
「てめえな──」
ともかくその女をロックから離そうと、あたしが動いたときやっと女がこちらを見た。
その目がすっと細くなる。
闇と同じその色に、何故かぞっとした。
──そんなものは見慣れているはずなのに。
女がうるさそうにあたしに向かって手を払うような仕草をする。
馬鹿にされたような気がして、あたしは掴みかかろうと腕を振り上げた──つもりだった。
- 106 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 00:55:03 ID:V0P8NlI5
- ──なんだ? 身体が動かねえ。
この女に飛び掛かれと、いくら身体に命令してもぴくりとも動きやしねえ。
どうなっていやがる?
その間にも女はロックに迫っていく。
混乱したロックの首に腕を回し、身体を摺り寄せ迫っていく。
ロックは目を白黒させて、離れようと必死になっている。
「先生、私ずっと待っていたんですよ」
ロックの目を見つめる女の潤んだ瞳。
それを見てしまったせいか、ロックの動きが止まってしまう。
──なにしてやがる!
その僅かな瞬間を狙って、女の顔がロックの顔に近づきそのまま唇を重ねた。
──!!!
ロックの目が見開かれる。
と、同時にその瞳から急速に光が失われていく。
──……なんだ……?
抵抗していた腕が一度、下ろされ──ゆっくりとその手が女を引き寄せる。
女が幸せそうに胸に顔を埋めた。
──……イヤだ……ヤメロ……!!
そんな女を大切そうに、違う誰かを──あたし以外の女を抱くなんてイヤだ!!
あたしの心の叫びは音にならず、口からは息が僅かに漏れただけだった。
女が顔を上げ、ロックを見つめなおす。
その顔をロックの手が優しく包む。
女が微笑む。ロックが口を開いた。
──ヤダヤダヤダ! 先生!!
「──レヴィ」
──……え……?
女の表情が固まる。
その瞳に透明な液体が溜まっていく。
その液体が流れ落ちる前に、ドンっとロックを突き飛ばすと、女は走り去っていた。
すぐにその白い姿は闇の中に呑まれていってしまう。
ロックは衝撃をモロに受けたらしく、床に座り込んでしまっていた。
今の女はなんだったんだ?
「──ろ、先生!!」
先生の元へ走り出す。
いつの間にか身体は自由に動けるようになっていた。
- 107 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 00:58:06 ID:V0P8NlI5
- ロックの傍にしゃがむと、どこかぼんやりとした視線を返される。
「先生、大丈夫か──わっ!」
急に腕を勢いよく引っ張られ、不安定な姿勢もあってそのまま抱き寄せられる。
さっきまであの女を抱いていた胸の中に。
ぎゅうっと強く抱きしめられる。
驚きよりも幸福感が胸を満たす。
大きく息を吸い込む。
──ロックの匂いだ。
胸に顔を摺り寄せる。
柔らかく頭を撫でられて、そのまま手が頬に滑ってくる。
顔を上げるとロックと目が合う。顔が近づいてくる。
他の誰かじゃなく、ちゃんとあたしを見ている。
──コイツはあたしんだ。誰にもやんねえ。
キスを受けながら、首に腕を回す。
ロックが胸のリボンを外す。
少しは慌ててもいい気がしたが、このときは何故か自然なことだと思えた。
緩んだ胸元を下に下ろされると、下着が見える。
──エダもたまにはいいこというじゃねえか。
出てきたのはいつものスポーツブラではなく、ピンクを基調としたものに黒のレースをしたもの。
エダが『いつどーなるかわかんないんだから、下着はいいもん着けておけ』とか言われたのがようやく役にたった。
ロックがあたしの胸にキスを優しく繰り返す。
「──ん、ああっ!」
バカみたいに甘い声が出てくる。
ロックの手がスカートの中に入ってくる。
少し冷たい手があたしの太ももの辺りを這う。
「──ふ、ひあっ、あ!」
もう一度、唇にキスをされる。
今度は深めのヤツを。ここがどこかも忘れて、貪る。
それから──
- 108 :名無しさん@ピンキー:2008/03/06(木) 01:02:03 ID:V0P8NlI5
- 教室に着くと、扉には休憩中というプレートが掛かっていた。
──なんかあったのか?
あけようと扉に手をかけたとき、ちょうど雪緒の声がした。
「え、まきちゃん。それ本当?」
「本当ですよ。確かにレヴィ先輩と岡島先生は2階の和風のお化け屋敷に入っていきましたよ」
──あ? まきって、確か雪緒とよくいる後輩だよな。
……みられたのか?
「変ねえ。確かお化け屋敷って3階の音楽室の隣の教室でやってるハズなんだけど。
それに西洋のドラキュラとかをメインにしたものだったと思ったけど」
……へ……?
隣にいるロックを見ると、きょとんとした顔をしている。
「あー。雪ちゃんそれって、例のあの話じゃない?」
「ああ、あの話だね」
他にもいるらしく、会話に加わってくる。
これは確か雪緒と同じ図書委員のやつらだったか……?
「あの話? もしかしてあの?」
「そうそう。昔、ここの先生と女生徒が恋に落ちたんだけど、あるとき女生徒が重い病に掛かって、先生は彼女に会いに行く途中事故にあって、二人ともそのまま会えずに終わったって話でしょ」
悲劇よねー、とか言う声がどこか遠くに聞こえる。
この扉を開いて話を中断させたいのだが、何故か身体は動かない。
「あとその話の続きで、毎年この時期になると女生徒と先生が交代でお互いを捜しにくるらしーよ。なんか話によると2階の資料室でよく見かけるとか。
そこが二人の逢瀬の場所だったんだって」
……汗が滝のように流れているのがわかる。
──いや違うだろ。絶対違う。違う違うちがう!!
「何してるね、ボンクラとアバズレ」
「あ、シェンホア先生」
ロックが後ろを振り向いて確認するのが見えたが、あたしは固まったままだった。
「入るなら、入らないと通行人の邪魔なるね」
「それが、レヴィの様子がおかしくて……良かったら診てくれませんか?」
シェンホアが疲れたような表情であたしを見る。
「またね。今日は何故か保健室くる人間やたら多いね」
「え? そんなに具合が悪いヒトが多いんですか?」
シェンホアは固まってるあたしを脇に避け、扉を開ける。
「男のほうが倒れて運びこまれることが多いね。
あとさっき妙に顔色の悪い男子生徒が運ばれてきて、そいつが『幽霊が幽霊が』とかうわ言みたいに繰り返してたね」
まったく迷惑な話ね。
最後のセリフを聞く前に、あたしの意識は急速に闇に落ちていった。
「レヴィ!」
ロックの腕があたしを支える。
ばたばたと皆がこっちに近寄ってくるのがわかる。
「先生! 運ぶときはぜひともお姫様抱っこで!!」
……てめーは何いってやがんだ……雪緒……。