- 275 :蒼空の朝01:2008/05/13(火) 23:33:33 ID:oV/o3ezP
…痛い痛い痛いイヤぁっ! 痛い痛いイヤだイヤだ、神、様、助けて、痛いぃぃ!!!!
…痛てぇ!!ブッ殺すぞテメェ!痛ぇんだ!!頼むからやめろぉ!離しやがれぇ!!!!
「!!つ!ぁぁぁっ!!」
叫びながら跳び起きた。
呼吸が荒い、オマケに汗びっしょりだ。
ココはドコだ?
N.Y.の廃屋ではない、どこかの路地裏の空き部屋でもない。
アパートの自室のベッドの上。夢か……。
そこまで認識したら、一気に全身がぐったりと来ちまって、またベッドに倒れこんだ。
畜生、よりにもよって悪夢がダブルのフルコースかよ。
サッシの隙間から漏れてくる朝日がまぶしい。右腕で両目を覆った。
例によってヒトを馬鹿にしたように澄んだ青空が、アタシの神経に更に追い討ちをかけやがる。
あの事件の後、仕事に復帰して暫く経っていた。
昨夜は久しぶりでアパートに戻って一人で寝たんだ。
その途端このザマだ。何てこった。
アイツと一緒にいないとマトモに眠ることも出来なくなっちまったのかよ、アタシは。
だらしねェ……
体の中でドス黒いモヤモヤしたものが渦巻いている。一生逃げることの出来ない記憶。
だんだん寝汗で張り付いた下着とシーツのベタベタ感が不快になり始めた。
シャワーに行こうとノロノロと床に降りた。
この糞っタレな記憶までいっしょに洗い流せたらどんなにスッキリすることか、と思いながら。
頭から熱いシャワーを浴びた。
ひどい倦怠感のせいでがっくりと下を向いていると、何とは無しに流れ去る湯に目が行った。
股間からあの忌まわしい自分以外のものが吐き出した白い体液が流れ出ているような錯覚に襲われた。
「ええぃっ!チックショっう!!」
ガンッ! と壁のタイルを殴りつけた。馬鹿馬鹿しい、テメエの拳が痛くなっただけだ。
それでもシャワーで少しは頭がシャッキリした。
だが、とても朝飯食える気分じゃない。
ビール飲もうと冷蔵庫を開けたが、またイヤなことを思い出して止めた。
代わりにミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、そのままアオる。
冷水で胃の中から急速に冷やされる体。
さぁ、今日は仕事で事務所に行かなきゃならねぇ。
重い体に鞭打って身支度を整える。
…それにしても我ながらトッ散らかってやがるな、この部屋は。
またアイツに掃除させるか。
- 276 :蒼空の朝02:2008/05/13(火) 23:34:59 ID:oV/o3ezP
- ラグーンの事務所。
鉛を呑んだみてえに重い体を引き摺って、やっとこさたどり着いた。
ガタガタ
ドアノブが動かねぇ。チッ、昨夜自分で鍵かけたんじゃねぇか。
ゴソゴソとポケット探って鍵を取り出そうとするが、こういう時に限ってどっかに引っかかりやがって出てこねぇ。
Shit!、この上イライラのタネを増やすんじゃねぇ!
からまった糸だか繊維だかを無理矢理引きちぎり、やっと出てきた鍵で扉を開けて中に入る。
薄暗い室内にムッとした空気が充満していた。
たまらずに空調のスイッチを入れると、そのままソファに寝転んだ。
静かだ。誰もいない。
当たり前だ、アタシを除いたメンバー全員、昨日から海の上だ。
アタシが残ったのは電話番のためだ。
昨日、急の仕事の依頼があったんだ。
ところがタイミングが悪いコトに、今日はクライアントから重要な電話が3件入る予定になっていた。
普段なら電話番にはロックが残るところだが、オメエは調子がまだ怪しいっつって、ダッチの旦那はアタシに残れと命じた。
アタシは駄々っ子よろしく、ちょっとばかりブー垂れてやったんだが、まあ結果的に残されたのは正解だった。
ロックが陸(おか)に残ればアタシは船でやっぱり一人寝だ。
船の上であの悪夢にやられていたら最悪だっただろう。
………けっ、また思い出しちまった。
こびり付いてアタシを放そうとしない黒いモヤモヤした不快な記憶。
えぇぃ! 畜生!!
今朝から何回目だよ、悪態ついてるのは。
たまらずにソファから起き上がって事務所の冷蔵庫まで行く。
頭の中で、アタシを犯した連中がニヤニヤ嘲笑いながらラインダンス踊ってやがる!
待ってやがれ、アルコールで分解消毒してやらぁ!
だけど扉を開ける寸前で自分の中の何人かが待ったをかけた。
一人目、仕事中だろ。テメエはヨッパで客の電話出る気か?
二人目、こないだあんな目にあったばかりじゃねえか。テメエには学習能力ってモンが無いのか、このタコ。
三人目、今朝は水で目的果たせただろうが。その歳で健忘症か?
四人目、…
はいはい、わーったよ。ガマンすりゃイイんだろ。クソッタれ。
反吐が出そうなラインダンスに強引に幕を引き、
回れ右すると、コーヒーメーカーの前まで行った。
数分間そこで阿呆みてえに突っ立ってるアタシ。
………これ、使い方わかんねぇ。
- 277 :蒼空の朝03:2008/05/13(火) 23:36:11 ID:oV/o3ezP
- 電話の方は昼過ぎまでに3件とも片付いた。
まあ、アタシにしちゃ愛想良く応対できた方だと思う。
連絡事項をメモとホワイトボードに記入して、今日の仕事は終わり。
さて、これからどうすっかな。
ここで留守番しててもイイんだが……
レヴィ姉さん特製、下水をブレンドしたみてぇなコーヒーモドキを飲むのは、もうゴメンだ。
あれじゃあレーションのインスタントコーヒーの方がよっぽどマシだ。
アイツが戻ったら真っ先に使い方説明させると決心する。
その辺にうっちゃった雑誌の類は、もう暗記するほど読んじまって手に取る気もしねぇ。
ここに居てもやる事は無ぇか。
エダんトコにでも行くかな?
ただ車が無えんだよなぁ。昨日3人がドックまで乗って行っちまったから。
……
………っ。
チっキショ、じっとしてるとまたドス黒いモンが頭をもたげてくる。
じわじわと精神を締め上げられていく。頭がおかしくなりそうだ。
予定じゃ船は明日の昼まで戻らない。つまりアイツもそれまでは戻ってこない。
それまでアタシの神経が持つのか不安になる。
今は無性に会いたい。隣に居てくれるだけでいい。
なんだよ、アイツはアタシの精神安定剤かよ。
まったく、ダッセ、我ながらダッセぇ…。
そういえば今朝から何も食ってないことを思い出した。
口にしたのは水と自家製黒っぽい湯。
相変わらず食欲なんざ地の果てまでスっ飛んじまってる気分だが、
またフラフラになってそこらでブッ倒れるのもゴメンだ。
ピザの出前でも頼むか?
いや、届くの待ってる間ココでじっとしてるのもたまんねぇ。
ココにいると無意識にいつもは居るはずのアイツを探してしまう。
そして居ないことを再認識して、またアタシを犯した連中の嘲笑責めだ。
それでアタシは腹ごしらえに市場まで出掛けることにした。
何だったらメシ食った後、ドックまで足伸ばして車拾ってきてもいい。
とにかく動いていないと、どうかなっちまいそうだ。
- 278 :蒼空の朝04:2008/05/13(火) 23:37:13 ID:oV/o3ezP
- 事務所出て3分と経たずに、アタシは出掛けたことを後悔した。
暑いんだっての。
あったり前だ、昼過ぎだぞ。
一日のうちで一番暑い時間帯じゃねぇか。
いくら無学なアタシだって、そんくらい知ってら。
暑いってより「熱い」だ。畜生!
ギラギラした太陽を見上げて、思わずカトラスに手が伸びる。
できるモンなら撃ち落としてやりてぇ。
ブツブツ文句垂れながら日陰を選んで市場を徘徊する。
昼飯時から少し遅れたおかけで人は少ねぇな。
ま、神経が高ぶっているから、その方がありがてぇや。
大体、ただでさえ暑いんだ、人が多いと熱気でたまったもんじゃねぇ。
ヘタすりゃカトラスで数人減らしちまおうなんて考えかねない。今のアタシじゃ。
ドコでメシ食うかな? ぶらぶらしていたら、ある店が目に留まった。
あー、いつだったかアイツと大喧嘩した店だ。
思い出したら、なんだか苦笑しちまった。
あの時に結局食い損なったフォー(※)を注文する。
店番の兄ちゃん、アタシを見るなり露骨に嫌な顔しやがった。
あの騒ぎで暫くの間は客足が減ったんだろう。一時サツが封鎖したしな。
悪かったよ、今日は喧嘩相手は居ねぇから安心しな。
※作者能書き
フォー(Pho)はベトナム麺の料理だそうです。
アニメの片渕監督のブログでは、7話で食っていたのはフォーだそうなので、それに合わせました。
ロアナプラはタイという設定だそうですが、ベトナムからの流入者が多いようで。
バオもその一人か。
- 279 :蒼空の朝05:2008/05/13(火) 23:38:18 ID:oV/o3ezP
-
「ええぃ! このヤロウ!」
周囲に人が少ないのを良い事に、声を出して悪態をつく。
まったく今朝からロクな事が無ぇ。
アタシは食事に悪戦苦闘していた。何故かって? 食器だよ、食器!
この、何つったけ? ロックはhashiとか呼んでいやがったな。
日本に行った時は散々お目にかかったが、なんでこんな2本の棒切れで汁に浸かった麺(ヌードル)なんかが食えるんだよ!
フォークぐらい用意しとけってんだ。
って、アタシも東洋系の血統じゃねえのかよ、ったく。
ガキの頃にはこんな道具は見たことも聞いたことも無かったけどな。
文句言いながらそこらの野良犬みてえにズルズルすすりこみ、口中や舌に火傷をこさえながらなんとか三分の二ほど平らげた。
まぁ、それでなんか満足しちまった。
香辛料がイイ具合に効いて玉のように汗が流れ出るが、不快な汗ではない。
あーあ、この未だにくすぶってる黒いモヤモヤも一緒に出ちまってくれねぇもんかな。
何だってこんなに後引くのかね……。あぁ考えるの止めろ!、食ったもの吐いちまう。
ボールの底に溜まった麺と汁との残りを棒切れで突っつきながら、アイツのことだけを考える。
今頃、何やってんだろう。
そう言えば、アイツに向けて本気で鉛弾ブッ放したのはあの喧嘩の時だけだな。
あの時、本当にブッ殺していたら、今頃アタシはどうなっていただろう。
別に変わんねーかな。代わりに大事なモン取り損なったコトにも気が付かずに。
その時だった。
アタシのオツムん中で長年かけて磨き上げた赤ランプが点滅した。
何だ? 視線? 殺気? どっかから狙われている? ラグーンのトゥーハンドと殺り合おうって馬鹿か? イイ度胸だ。
慎重に棒切れを左手に持ち替え、ボールを突っつき続ける。
空いた右手は腕を組む振りをして左脇の銃把(グリップ)を握る。
幸い今日は出掛けに薬室(チャンバー)に初弾を装填したままだ。このままダブルアクションでお見舞いできる。
不自然にならない程度に首を巡らし、周囲をスキャンする。
幸い他の客は少ない。
一つ一つ周りのテーブルをチェックする。……クリア。
屋台の店番。……クリア。
路地の陰。……クリア。
周囲の建屋の窓。……クリア。
畜生、気配を消しやがったな。
コッチが気づいたことに気づかれたか?
神経がささくれ立っているから、気のせいだったのかもしれない。
だが、長年のカンを無視する理由も無い。イイ緊張感じゃねぇか。
こうなりゃ根競べだ。もう一度スキャン開始。
ん?
隅のテーブルに座った客に、何か引っ掛かるものを感じた。
- 280 :蒼空の朝06:2008/05/13(火) 23:39:30 ID:oV/o3ezP
- 天幕の下で日陰になったテーブルで、塀を背にして座るオッサン。
さっきは新聞を広げていたんで顔やら風体やら見えなかったが、座る向きを変えやがったので今はこっちからも見える。
どうにも場違いな、着古してくたびれたスーツ姿。
どっかの誰かと同じ、典型的間抜けホワイトカラースタイル。
いや、アイツより上行ってるな。ご丁寧にこの炎天下に上着まで着てやがる。
首からはカメラ下げて、念の入ったことにツラには眼鏡付き。
椅子の下には無警戒にボストンバッグが放り出してある。
ほれ見ろ、10ヤードほど離れたところから、置き引きがアンタの大事なバッグを狙ってスキを伺ってるぜ。
これが昔噂に聞いたジャップのノーキョー御一行様の片割れか?
まさかな、この街に何の観光だ?
犯罪見学ツアー?、むしろ被害者体験ツアーだな。運が良ければ殺人の被害者も体験できますってか。
それにしても、何でこんなヤツが気に掛かるんだ?
ロックに近いモンがあるから? よせやい、冗談じゃねぇ。ツラは似ても似つかねぇオッサンだぞ。
もう少し観察する。
貧相な痩せ型、30歳過ぎくらいか。
ちょいと口髭を生やしている。いや、どっちかっつーと放ったらかしの無精ヒゲって感じだな。ベニーほどじゃないが。
やや大きめのカメラ。Nikonのロゴ。フリーの報道カメラマンか何かか?
?
ダメだ。頭の中では盛んに警報が鳴り響いているが、その正体がわからねぇ。
やっぱり神経がまいっていやがるのかと、溜息が出た。
ヤツが新聞をめくって、また座る向きを変えやがった。忙しい野郎だな。
その時だ、それまでカメラで隠れていたヤツの左脇がチラッとだけ見えた。
ブルッと緊張が走った。間違いない、ガンホルスターだ。ポッケに入るようなチンケな護身用じゃねぇ。
あえて上着を着ているのはあれを隠すためか?
しかも、コイツ新聞なんぞロクに読んでねぇ。それまで死角だった方向に視線を巡らせて警戒してやがる。
めくるフリして角度を変えて周囲を警戒。新聞はある意味目隠しか。
よくよく見てみりゃ、足元のカバンもショルダーベルトを片足に絡ませてある。
どおりで置き引き野郎が簡単に手出しできないワケだ。ひったくったらヤツの足ごと引き摺るハメになる。
……間違いない、コイツ堅気じゃねぇ。さっき感じたのはコイツの視線だったのか?
え? あ、やべぇ! 目が合っちまった!
- 281 :蒼空の朝07:2008/05/13(火) 23:40:39 ID:oV/o3ezP
- 数秒間の睨み合い。
アドレナリンが全身を駆け巡る。
下手に動いて見やがれ、1秒の暇も与えず叩き込んでやる。
いや、後で考えてみたら、睨んでいたのはアタシの方だけで、ヤツはむしろキョトンとしてた。
ヤツもコッチにちょっとばかり注目して、それでアタシの臨戦態勢に気づいたのだろう。
いきなり撃たれちゃかなわんとばかりに、ワザとらしい程ゆっくりした動きで新聞を畳み、
立ち上がってカバンを抱えると歩いてこちらに近づいてきた。
何だと?
テーブルを挟んで向こう側まで来たヤツは無遠慮に聞いてきた。
「えーと、ひょっとして、ラグーン商会のレヴェッカ嬢?」
警戒は解かずに聞き返す。
「アンタは?」
「おっとっと、こりゃ失礼いたしまし。イクヤ・オカジマといいます。」
オカジマ?
どっかで聞いたな。って、ロックのラストネームじゃねぇか。
そう言えばアイツ、故郷(くに)に兄貴が居るって言っていたな。まさかコイツが?
「ラグーンとは何度が取引させてもらったシー・ホース・トレーディングのモンです。」
裏稼業の同業者だ。ロックとは無関係か。
「そいつらなら知ってるけどな、つい最近、海上警察とハデにやらかして全滅したと聞いたぜ。」
「あん、フネは今頃海の底で魚の別荘、乗ってた仲間は全員フカの胃袋に収まっちまった。」
言い方はフザけちゃいるが、ちょっと表情が歪んだように見えた。
しかし、どうも胡散臭い。
「アンタだけ何で助かった?」
「座ってもいいスかね?」
黙って頷いた。
コイツの話によると、普段から陸(おか)で専ら事務やら折衝やらを担当していて、めったに海には出ていなかったと。
どうりで見ないツラなわけだ。
その日も陸に居て、仲間から無線で非常を知らされ、サツの手入れが来る前に身一つで何とか逃げ出したらしい。
あちこち逃げ回って昨日この街へ潜り込んだと。
確かに、この街は逃げ込むにはうってつけかもな。
- 282 :蒼空の朝08:2008/05/13(火) 23:41:50 ID:oV/o3ezP
- 「もう一つ質問だ。なんでアタシがラグーンのレヴェッカだと思う?」
「ロアナプラの二挺拳銃(トゥーハンド)の噂は、仲間から散々聞かされててね。
シルバーのカスタムベレッタを両脇に下げ、髪を束ねて、右肩から上腕に刺青のある中国系アメリカンの若い美人。」
「最後のは余計だ。」
「だっけどね、私にゃ最後のが一番重要なポイントなんすけど。」
「けっ、このスケベ野郎が。」
「お褒めに預かりまして光栄。」
ケロっとした顔で抜かしやがった。口の減らねぇ野郎だ。
「で、アンタの言うところの美人さんに何の用だ? デートのお誘いか?」
「当り(ビンゴ)。」
ズッこけたよ、正直言って。
まあ要するに、新参者なので街を案内してくれと、そういうことだった。
ヤサもまだ確保してないと言う。
コッチはドコのウマの骨とも知れない野郎の面倒なんざ見る気はサラサラ無いんだが、
案内してくれるなら、と言ってこの野郎は輪ゴムで束ねた札束をよこした。
額面がバラバラの紙幣が全部で1000ドル弱といったところ。
正味半日、経費はかからず、命の心配の無いバイト料としてはまあ悪くない。それでもアタシがジト目で睨んでいると。
「交通費は当然こっち持ち。プラス今夜一杯おごるってところでどう?」と来やがった。
フン、どうせヒマだし付き合ってやるか。
「言っとくが、ボディーガードまではやらねぇぞ。トラブル起したらほっとくからな。」
「勿論。」
もっとも派手に撃ち合いにでもなったら、喜んで割り込むツモリだけどな。
この野郎は自前の足として何とも不恰好なバイクを持っていた。
いろんなメーカーのパーツの集合体。それが奇妙なバランスで成り立っていた。
おそらくカッパラったブツから使える部品を取っ払い、それを組み合わせて修理したもんなんだろう。
- 283 :蒼空の朝09:2008/05/13(火) 23:42:49 ID:oV/o3ezP
- 野郎の後ろに跨る。
コッチは背後に居るんだ、妙なマネしやがったら即ズドン。わかっちゃいるだろうがな。
今にも停まっちまいそうな爆音を挙げてポンコツバイクが走り出した。
この炎天下でも、走って風を受けりゃそれなりに爽快だ。
流石にハーレーみたいな乗り心地、というワケにはいかないけどな。
先ずは腰を落ち着ける先ということで、マダム・ラケタのモーテルに連れてった。
このマダム、本業は売春の斡旋なんだが、副業でモーテルを経営している。
ぶっちゃけて言うと、本業の客にヤる場所を提供しているんだがな。
おかげで格安の宿賃で、ベッド・エアコン・シャワー・トイレ付きの個室にありつけるって次第。
「ちょいとレヴィ、『素泊まり』の客は迷惑なんだけどねぇ。」
案の定、マダムの口から苦情が湧いて出たけどアタシの知ったこっちゃねぇ。
そしたら野郎、自分で交渉しやがった。
「ほんではマダム、宿代は一ヶ月前払いたしましょ。
それと、もし寝台の『隙間』が気になったらソッチの『補修』も頼むと思うけど、こんなトコでどないで?」
……こンの野郎、本当に口が達者だよ。
この街じゃ新参者は3日持てばイイ方だ。大概はそれまでに港の埋め立てかサツの死体置き場(モルグ)行きだ。
一ヶ月分取っておけば損は無い。くたばっちまえば、それ以降に別の客を入れようが文句は出ない。
オマケに本業の方の客にもなる可能性を匂わせて心象を良くしてやがる。
案の定、マダムは即決OKしやがったよ。
「失業中にしちゃ羽振りがイイじゃねぇか。」
ポンコツに跨って街を巡りながら野郎の背中に話しかけた。
「はぃぃ?」
「とぼけんなよ。アタシに払ったバイト料に一ヶ月分の家賃。」
「おかげでそろそろスッカラカン。」
「今夜の件、忘れてねぇだろうなぁ?」
「美人との約束は破らない主義でね。」
まったく、イイ心掛けしてるぜ。
- 284 :蒼空の朝10:2008/05/13(火) 23:43:54 ID:oV/o3ezP
- ロアナプラはそんなにデカイ街じゃない。
案内するのに大して時間はかからなかった。
ロシア人と香港系には注意しな、とだけ追加でレクチャーしといた。
後は自分で学習するだろ。ズブのシロウトじゃないようだし。
で、最後にシッタラードの幹線を飛ばして港へ向かい、まだちょっと早かったがイエロー・フラッグへ乗り込んだ。
着いた時にはポンコツのおかげでケツが割れちまいそうに痛かったよ。ちくそ。
戸口に[CLOSED]の札が下がっていたが、無視してカウンターへ直行する。
バオの奴はグラスを磨いているトコだった。
迷惑そうなツラを上げて何か言おうとした
「まだ開……なんでぇレヴィか。」
「こんな時間に休業か? 客が来なくなっちまうぞ。」
「うるせえよ。真昼間から一騒動あってな、やっと片付けたとこなんだよ。」
「相変わらずドンパチか? 苦労が絶えねぇなぁ、同情するぜ。」
「へっ、てめえにだけには言われたかねぇがな。……ところで、そっちの兄ちゃんは誰だい?」
型通りの紹介をしておいた。新入りにはバオの存在は何かと便利だろう。
バオはある意味この街の裏稼業については生き字引だ。
なにせその手の客しか来ねぇからな、この店は。
さて、アタシはタダ酒が飲めるワケで、ご機嫌でいつものBACARDI。
野郎は、何だよション便臭いヤツかよ。
ふふん、アタシはグイッと一杯乾すと、野郎に勧めた。これ、アイツと初めて飲んだ時にもやったな。
ところが、この野郎は酒についてはアイツと違ってかなりのヘタレだった。
二口ほど飲むと、降参とばかりにグラス置いて肩をすくめやがった。
「やぁ〜れやれ、だらしねぇヤツだなぁ。
酒場よりダンスパーティーの方がお似合いじゃねぇのか? 綺麗なおリボンでもつけてよ。」
なんか、コレも似たような事をアイツに言ったよな。
そうしたら野郎、胸元からゴソゴソ何か出そうとした。
何だぁ? ヤろうってのか?
バオの顔が引き攣った。
ところが出てきたのは獲物(ハジキ)ならぬ市街戦ででも使いそうな折り畳み式の手鏡。
この野郎、それでまじまじと自分のツラを眺めてやがる。ナルシスかテメエは!?、気色悪いんだよ。
更に鏡をカウンターに置いてコッチ向くと「何色のおリボンが似合うかしら?」と来やがった。
「知るかっ! マジなツラして聞くなっ!!」
- 285 :蒼空の朝11:2008/05/13(火) 23:44:54 ID:oV/o3ezP
- その時だった。本日二度目の赤ランプ点滅。
カウンターに置かれた野郎の鏡に、戸口に立った若造が写って見えた。
こっちに拳銃を向けてやがる!
反射的に勝手に体が動いて、カウンターの中に飛び込んだ。こうなると、もう癖だな。
次の瞬間、立て続けに銃声。
バオご自慢の防弾板にガン、ガン、ガン、ガンと鈍い音が4発。
他に2発が頭上を越えて、棚に並んだバオの財産が2本粉微塵になった。もったいねぇ。
戸口の方で空薬莢がまとめて落ちる音がした。6発ってことはリボルバーらしいな。
ガチャッと再装填したらしい音がすると、怒声が飛んで来やがった。
「出て来やがれトゥーハンドぉ! 勝負しろぉ!」
おいおい、若造。声が裏返ってるぞ。
だいたい背中からいきなり撃ちかかっといて、そのセリフもどうかと思うぞ。
「レヴィ! テメエの客だろ! テメエで対応しろ!」
「知らねぇよ、あんなヤツ。」
バオと毎度お約束のやり取り。これで何回目だ?
やれやれ、あんな三流以下のガキ相手せにゃならんとはな。
「ちょっと待てや、坊や。」
あれ? イクヤの野郎の声だ。そう言えば忘れていたけど、野郎どうなった?
覗いてみると、椅子から降りてカウンターに寄りかかって戸口のほうを向いてる。
何か面白いコトになってきた。
「クソオヤジど、どいてろ! テメエなんかに用は無え!」
若造、相変わらず声が裏返ってやがるなぁ。
「ソッチに用無くても、コッチにゃあるのよぉ〜だ。
チミのヘタクソな射的で一張羅に穴開いちまったじゃないの。繕ってくれるんだっしょ?」
「ヘン! ならついでにお前の脳天にも穴開けてやろうか!?」
「綺麗なおリボン通す穴なら是非開けて、お願いプリーズ。」
「ふざけろ!!」
ほぼ同時に鳴り響く銃声。
- 286 :蒼空の朝12:2008/05/13(火) 23:45:51 ID:oV/o3ezP
- ドサッと湿った音がしたのはカウンター側だった。
ナンだよ、あっけなくリボン通す穴開けられちまったのかよ。
きっちり貫通したのか、ついでにバオの売りモンがもう1瓶砕け散った。
おいおい、そうベソかくなよバオ。酒瓶の仇はとってやるって。
それじゃ真打登場といきますか。
アタシはカトラスの撃鉄(ハンマー)を起すと、カウンターの上に飛び出した。
ありゃ?
戸口で若造が右腕から血ぃ流してうずくまってやがる。
カウンターの上から左下を覗き込んだら、イクヤの野郎は寝そべった格好で銃を構えてやがって、銃口からは硝煙が昇ってる。
横っ跳びで抜き撃ちやったらしい。
「あー、テメエ、アタシの獲物横取りしやがったな。」
「いんやぁ、まんだ生きてるんでないの?」
跳んだせいでズレちまったらしい眼鏡を直しながら、野郎がのたまう。
とたんに「ヒィ!」と悲鳴を上げて、若造の奴は脱兎の如く逃げちまった。なんだよ、ありゃあ。
トゥーハンド相手にするにゃ百年早いっての。
そんなわけで本日のイエロー・フラッグの営業再開時間は更に遅れることになった。
バオはブツブツ言いながらパーになっちまった売り物の片付け。
イクヤの野郎はバオから突きつけられた箒とモップ手にして、あの若造が床に撒いてったタマと薬莢と血の掃除。
タマはともかく血は自分が撃ったせいで汚したんだ。責任持ってキレイにしろよ。
アタシ? カウンターで一人よろしく飲んでましたよ。何か問題ある?
結局イクヤの野郎は、若造がゴミにしちまった酒瓶の分までバオに払ってやってた。
買ったのは割れた酒瓶じゃなくて、バオの歓心かもしれねぇけどな。
- 287 :蒼空の朝13:2008/05/13(火) 23:46:52 ID:oV/o3ezP
-
ナンでこうなっちまったんだ?
アタシは今シャワーを浴びている。それはいい。
今日は炎天下あちこち歩き回ったり、香辛料で血流上げたり、いい具合に酔ったりで汗まみれだ。
シャワー浴びてスッキリする。大いに結構。
問題なのは、ここはアタシのアパートのシャワールームじゃねぇってこと。
マダム・ラケタのモーテルの一室、今日からイクヤの野郎のヤサになった場所だってことだ。
別に野郎に誘われたわけじゃあねぇ。
もしそんな淫売扱いしてきやがったら、一発ブチ込んでタマ1個増やしてやるところだ。
アルコールですっかりイイ気分に出来上がったアタシを、イクヤの野郎は例のポンコツで送ってくれた。
ところがアタシは自分のアパートの場所を頑として教えず、野郎の背中にしなだれかかり、首には両腕をからめ、
ガキみてえに押し黙ってイヤイヤと首振って、とうとうココに押しかけちまった。
アイツにだってこんな甘え方したことは無かった……よな。
イクヤの野郎、かなり困ったツラしてやがって、何か笑えた。
ところが今度はアタシが困ってる番だ。これからどうするつもりだよ?
シャワー貸してくれてあんがとさん、それじゃあばよ……ってツモリでココに来たわけじゃねぇ……。
『……数こなして馴れてくってのはやめとく。』
アイツとの約束が頭の中でプレイバックする。
……、
…………違う、違うんだ、違うんだよ……。
この段になって急に怖くなっちまったんだ、アタシの中に取り憑いて渦巻いてるドス黒いもの。
イクヤの野郎と居ることであの不快な記憶が収まるのか、それはわからない。
かえってキズを増やしちまうかもしれない。
ただ、その、一人になるのがたまらなくイヤなんだ。
鏡を覗くと、情け無い顔をした女がいた。
クソッ、あんな風来坊に何を期待しているんだ。
今迄にだって何度もヤって来たコトじゃねぇか。
…………………アイツと出会うまでは。
- 288 :蒼空の朝14:2008/05/13(火) 23:47:53 ID:oV/o3ezP
- とにかく、今更後には引けねぇんだよ。
ハラ括って野郎の相手をする決心をする。
で、だ、当面の課題として………
どんな格好して野郎の待ってる部屋へ行く?
これまでだったら、ベッドの上でさっさと脱いで股開いてりゃそれで良かったんだけど……ちょっとなぁ。
自分でもよくわからない感情。……あー、ったくめんどくせぇ。
かくして鏡とニラメッコしながら、我ながら馬鹿馬鹿しい検討会が始まった。
とりあえず下だけ下着を穿いてみた。うーん、いくらなんでもこれだけじゃあなぁ、なんつーか、アレだろ。
普段のスタイルでタオルを首から引っかけて胸を隠してみる。
なんか、コレって改めて見るとオッサンの風呂上りスタイルだよな。
それではと、ためしにバスタオルを広げて体に巻いてみた。
……ぉぃ、これ、アタシか? 妙な気恥ずかしさでカーっと全身が赤くなる錯覚に襲われる。
と言って、他に妙案が思い浮かぶでもなく、この格好で覚悟を決めた。
慣れないせいかバスタオルがすぐにズリ落ちそうになる。片手で押さえてなきゃならねぇ。
さて、バスルームの扉をこそーっと開けて、部屋に居る野郎の様子を伺う。
あれ? なんか嗅ぎ慣れたガンオイルの臭いがした。
………あ、あンの野郎、人が散々悩んでいる最中に、呑気にビール飲みながら自分の拳銃の手入れなんぞしてやがる!
ブチっと何かが切れたアタシは、
わざと大股で派手に足音立てて部屋へ入ると「お先」と剣呑に告げ、ベッドにドカッと座った。
ところがこの野郎、「ぁーん…」と空気の抜けたみてえな反応を返して机の上を片付けると、
知らん顔のまま立ち上がり、入れ替わりにバスルームに行っちまった。
- 289 :蒼空の朝15:2008/05/13(火) 23:49:54 ID:oV/o3ezP
- ……なんか馬鹿にされた気分。
ま、脱いだ服はともかくガンベルトなんぞ片手に提げてりゃ、どんな格好していようが色気もヘッタクレも無いか……。
溜息とともに、なんか虚しくなっちまった。
とりあえず自分の荷物はベッドサイドに放り出し、またズリ落ちかかったバスタオルを引っ張り上げる。
畜生、面倒くせえ格好を選んじまったと後悔したよ。
とりあえずタバコを点ける。やれやれ、ちょっと落ち着いた。
ここに来る途中でバドの6缶パック買ったんだよな。どこだ?
机の上にはバドの空き缶、ガンオイルのスプレー缶、銃身清掃用のブラシ、オイル染みのあるボロ切れ、
それに野郎の拳銃。
無用心な野郎だな。アタシが絶対に撃たねぇと思ってるのか?
ガチャッとバスルームの扉が開く音がしたので振り返ると、イクヤの野郎、首だけ出してこっち見ていた。
「レヴェッカ、ビールは冷蔵庫に入れといた。それとな……………」
「ナンだよ。」
「綺麗だぜ。」
空き缶ブン投げてやったが、扉が閉まる方が早かった。
チッ!
あのスケベ野郎めが!!
- 292 :蒼空の朝16:2008/05/18(日) 02:09:11 ID:VrPULdNI
アタシがタバコやりながらバド缶1本干したあたりで、野郎がバスルームから出てきた。
トランクスいっちょに首からタオル引っ掛けたスタイル。
あー、あの格好は止めといて正解だったな。
ハンガーにスーツの上着が掛かっている。裾(すそ)には例の若造に開けてもらった穴つき。
野郎はそこに脱いだスラックスを引っ掛けた。
チラッと見えるが、ちゃっかりハイスタ・デリンジャーと小型ナイフをベルトに差してやがった。
けっ、銃ほったらかしにしといて丸腰なのかと思ったら、やっぱり油断のならねぇ野郎だ。
ベッドに近づくとアタシの右、約1フィートのところにドテッと座る。
このぉぉ、微妙な距離を空けやがって。
アタシは心拍数が急上昇しちまったのに気づかれないように、とりあえずタバコを消していつでもどーぞの体勢に入る。
何か気まずい沈黙。おい、フツーは男から声かけるもんじゃねぇの?
「なぁ、レヴェッカ…」
「レヴィでいい。」
「あぁ、…レ…ヴィ?」
「何だ?」
「観光案内の特別延長サービス頼んだ覚えは無いんだけどなァ。」
「安心しな、アタシも頼まれた覚えは無えよ。」
「あっそう。ほんじゃ何でこういう状況になっちゃったワケぇ?」
「…別に。……まぁ新入り歓迎の…その…なんつーか、……どうでもイイだろ!」
「……………」
「…………何とか言えよ……」
「おっかねぇんだよなァ…」
「何が?」
「朝になったら死体にされてました、なんてなりそうで。」
「ナンだよそれ。アタシがオマエを殺(や)る理由なんざ無えよ。」
「あのさぁ、場合によってはこれからその理由作っちまうコトになんない?」
「……ぁ、そりゃ…何だ……」
モゴモゴと口ごもっていたら、すっと肩を抱かれた。
あ、理由作る気になりやがったのか?
- 293 :蒼空の朝17:2008/05/18(日) 02:11:29 ID:VrPULdNI
- アタシの左肩に触れているコイツの左手。
しばらくはそのまま肩を撫でているだけだったが、ゆっくりと抱き寄せられた。
おかげで右に傾斜した状態にされたアタシは、バスタオルがズリ落ちそうで両手で必死に前を押さえなきゃならねぇ。
それにしても動悸うるさい! 静かにしろっての!
また暫くはそのままだった。
おかげで少し落ち着いて来たんで、コイツの左肩にトテッと頭を預けてみた。
それに反応したように肩を抱いていた手が首筋へ、そして頬を伝い耳朶へ。
うわ、くすぐってぇ。
「…や、やめろ…よ……」
どうにもガマンできずに首をすくめて逃げたら、コイツの左手はアタシの肩へ戻った。
代わりに右手が伸びてきて顎を捕まれると、クイっと顔を持ち上げられた。
げ、超至近距離で視線が合った。
いつの間にか眼鏡外してやがって。
なんだコイツ、なんてぇ澄んだ目をしていやがる。瞳にとまどったアタシの顔が映ってる。
えーと、こういう場合はアタシが目を閉じるモンか? あぁぁ、いちいち考えるのメンドクセ。
うだうだしているうちにコイツは先に目を閉じると有無を言わせず唇を重ねて来た。
舌を突っ込んで来るでも無く、表面が触れる程度の軽い口付け。
ん、目閉じよう。
……
………
…………って、おぃ、いつまでこんなガキみてえなキス続けてるツモリだぁ?
こっちから抱き着いて押し倒してやろうか?、あ゛手放すとバスタオル落ちるんだった…。
イイカゲン酸素不足になっちまうって。なんか全身からフラァ〜と力が抜けてきた。
反転攻勢するのに躊躇してたら先手を取られた。
スッと唇が離れたと思ったら、肩と顎つかまれたまま、うつ伏せに倒された。
顔はボフっと枕の上。
あわてて手をついたからバスタオルもスルッと取り上げられた。うつ伏せだから前は見せてねぇけど。
- 294 :蒼空の朝18:2008/05/18(日) 02:12:45 ID:VrPULdNI
- お次は何だよと思ったら、背後から両肩掴まれて、うなじから腰まで背筋をキス責めにされた。
「…お、おぃ……くすぐってぇっての………背骨フェチかテメエは……」
「あれ、痛い方がお好み?」
「馬…ぁ鹿野郎……」
反撃しようにも、うつ伏せじゃ足をバタつかせるくらいで何もできねぇ。
相変わらず舌を使わずに唇の粘膜だけでソフトに刺激しやがる。
ベタベタ唾液つけないから気色悪くもねぇし、冷えたりもしない。イクヤの体温だけが愛撫の余韻として残る。
何となくファックとは違う穏やかな快感。
あーダメだ、なんか妙にキモチ良くてどんどん意識が沈じまう。
ボヤぁ〜とした感覚の中で慰撫されるのを楽しんでいたら、イクヤの野郎が体を離した。
あ、オイ、イイところで止めるなよ、と思ったら部屋の照明を落としやがった。
「……なんだよ、…今更恥ずかしいのか?」
「こう見えてロマンチストなんで。」
「言ってろ、バカ。」
薄暗くなった中、左手を絡めるように掴まれた。自然に指が絡み合う。
イクヤの右手がアタシの頭を優しく撫でる。
さらに髪を伝って右肩へ。
フッとコイツはひょっとしてロックじゃないのか? と頓珍漢なことが脳裏に浮かんだ。
直ちにバカな考えを頭から追い出す。そんなわけ無いだろうがっ。
左手を絡めたまま右肩を起され、横臥の姿勢にされた。
相変わらずイクヤはアタシの背中側にいて、肩から首筋にかけてタトゥーをなぞるように愛撫する。
「……ぁぅ…」
あ、チクショ! うっかり軽く仰け反って声上げちまった。
- 295 :蒼空の朝19:2008/05/18(日) 02:14:00 ID:VrPULdNI
- 冷やかされるかと覚悟したが、イクヤは黙ったまま右手をアタシの左頬まで滑り込ませると、そのまま引き寄せる。
また至近距離でご対面だ。今度は声を上げちまったのが照れ臭くてさっさと目を閉じた。
頬やら目蓋やら鼻先やらに落ちてくるイクヤの唇。
時々コイツの吐息が顔にかかる。
「なぁ、オマエ何か口臭剤使ってんのか?」
「ありゃ? 悪ィ、息が臭かった?」
「いや、そうじゃねぇ。ただ何か…」
「さっき風呂場で歯磨いてきた。」
「…あぁ、そういうことか。」
直前までよろしくタバコとビールやってたアタシは、この話題は打ち切りにした。
イクヤは何も言わなかったけど、臭せえのガマンしていたのかな?
コイツのキスはソフトな代わりにヤタラと長いんだよ。
首を向けてるのがしんどくなって、体も仰向けに倒した。
左手を放してくれねぇもんだから、止む無く自分の左腕は自分の背中の下敷きに。
右腕はイクヤの背中側に回した。
あれ? ちょい待てよ? て、ことはいきなり胸丸出しぃ!?
冗談じゃねぇ、と体勢を戻そうとしたが遅かった。
イクヤが圧し掛かって唇を重ねてきた。
少しもがいてみたが無駄だった。体重かけて押さえ込まれ、またアタシが脱力するまで唇を放そうとしねぇ。
こんにゃろう、悔しいが一方的にイイようにされちまってる。
それまで頬を撫でていたイクヤの右手が、喉を伝って胸の谷間をたどる。
少し顔を背けて、キスを止めさせると「背骨の次は胸骨かよ。」と照れ隠しに憎まれ口を叩く。
「いやぁ、そのちょい両側を。」
「なんだぁ、ママのが恋しくなったか?」
コイツ、クスリと笑うと「ま、そんなとこか?」と言いながら右手で左胸の麓(ふもと)を撫で始めた。
麓なんだよ。それも揉むではなく撫でるだけ。
同じコトを唇使って右胸にも始めやがった。
なんだこりゃあ?
どうせ両手が封じられてコッチは何もできねェから、好きにさせておく。
- 296 :蒼空の朝20:2008/05/18(日) 02:15:20 ID:VrPULdNI
-
…………な、な、なんなんだよ、この焦らしプレイわっ!
麓からジリジリと愛撫の対象が頂上へ向けて登って来るんだが、
アタシがガマンできずにちょっと体をよじると、また下へ戻ってやり直し。
ジッとしてろってことかい。
冗談じゃねぇ、この繰り返しで、アタシの乳首(ニップル)はコリッコリで痛いくらいなんだ。
どうせ吸い付きたいんだろう?、頼むからサッサと触れやがれっての。
とても声に出して言えねぇけど。
コイツ後で覚えてやがれ、とハラの中で悪態をつくと、歯を食いしばり頭を反らして体が動かないように踏ん張る。
じわじわと刺激が先端に近づいてくる。
それと同時に胸から今まで感じたことの無い愉悦が湧き上がってくる。
指先と唇で乳房と乳輪の境をゆっくりと輪を描くように愛撫された。
「…!!」
声こそ上げずにすんだが、ビクッと上体が仰け反った。
そのまま2周、3周……
「…ァ……くぅぅ………」
とうとうガマンできずに声が出ちまった。
すかさず愛撫の対象が乳首のすぐ脇にまで達する。
オマケに左胸は緩く揉まれ始めた。
コノ野郎、あくまでアタシの突端の感度を最高潮まで引き上げる気だ。
もうダメだ、快感に抵抗できない。
「…さっ…さとイかせろ……よ……」
「うん? ここだけでイけるか?」
「…うる…せぇよ……そのつもりで…ァゥ……やってるんじゃねェの……か……ぁぁ…」
ギリギリまで触れなかった先端部に刺激を受けた。
文字通り雷管(ニップル)に点火して爆発した感覚。
上体が仰け反り、もっと求めるかのように胸を突き出す。
強過ぎず、弱過ぎもしない、微妙な刺激を与え続けられた。
そのままあっさりイかされちまったよ。
- 297 :蒼空の朝21:2008/05/18(日) 02:16:54 ID:VrPULdNI
- 仰け反っていた上体がいきなり弛緩したんで、イクヤにもイったことはバレバレだろう。
しばらくは頭ン中真っ白だ。
アタシとしたことが、よもやバスト・オーガズムでイかされちまうとはね。
絶頂の余韻でまだ身動きできないうちに、次の愛撫を始めやがった。
やっと左手を放してくれたが、今度は両手がアタシの腰に回り、右胸担当だった唇がヘソの辺りに移った。
「……ぉい……少しは…インターバル……空けろ………」
アタシの息絶え絶えの抗議はあっさり無視され、愛撫は次第に下腹部へ降りて行く。
はいはい、次のお目当てはそっちの穴ですね。
一度イかしてくれたんだ、礼に好きに使わせてやるよ。
腰に回ったイクヤの両手が下着とケツの間に滑り込み、そのままズルズル引き摺り下ろされる。
下ろし易いように少し腰を上げてやった。
ところがだ、イクヤはアソコを無視してアタシの足元まで上体を引き、えらく丁寧に両足から下着を脱がす。
そして右足の爪先を手に取ると、そっと口付けた。
予想外の展開にアタシは混乱した。
「!? テメっ……何……して…やがる?」
返事は無い。
そのまま唇は脛(すね)へと少しずつ進み、両手でふくらはぎを撫でさする。
よっぽど左足で蹴飛ばしてやろうかと思ったが、扱いが丁寧なのに免じて好きにさせた。
こういうのが足フェチってのか?
右ひざまで到達したところで、愛撫の対象が左足の爪先に移った。
律儀なヤツだよ。
くすぐったいのやら、快感なのやら、嫌悪なのやらさっぱりわかんね。
左ひざまで到達したところで、今度はそのまま内股へと愛撫が進んだ。
え? ちょい待てよ、このままジリジリ進むと、その先は………
しまった、冗談じゃねぇぞ、コイツさっきのプレイの下半身版をやる気か?
- 298 :蒼空の朝22:2008/05/18(日) 02:18:06 ID:VrPULdNI
- そう何度も好きにされてたまるかっての。
足でヘッドロックきめてやろうと、右ひざで何度がイクヤの上体を挟もうとしたが、
コイツはアタシの反応をとっくに予見していたらしい。
逆に右足の内股まで撫でさすられて、あっさり制圧されちまった。
今度はコッチの両手は自由なんだ。いつまでも調子にノってんじゃねぇと一発ブン殴ってやるか?
そんな考えがチラッと頭をかすめたんだが、そうはいかなかった。
淫売な穴の奴め、アタシの意思を拒否するかのように淫靡な汁を溢れさせ、垂れ流し始めやがった。
おかげで抵抗する気が失せちまったよ。
まったく、相変わらず野郎なら何だって受け入れやがって……
こうなりゃ開き直って、キモチイイコトの方に意識を集中させる。
愛撫は左足の付け根まで達して、際どい所をなぞって行く。
さっきと同じだ。敏感なところをワザと外してやがる。
またガマン大会になるな。アタシは横向いて顔を半分枕に沈め、両手は枕の隅を握り締めて準備を済ませる。
割れ目のすぐ左横を叢(くさむら)の方へと刺激が進み、叢を丁寧に撫で付けられ、今度は右横を下へ向けて愛撫される。
ときどき腰が勝手にビクッと反応しやがる。
ぐるりと一周した後に、会陰の辺りを撫でられた。溢れた汁でベタベタだってのに……。
「…よせよ、キタネエ……」
「そんなこと言うなよ、汚いことなんざないさ…」
暗がりから聞こえて来るコイツの優しい声が、アタシの思考を麻痺させる。
何なんだよ、言っとくけどテメエとは今夜限りだぞ、次なんて無ぇんだからな。
さっさと突っ込んで出しちまえばイイじゃねぇか、何を好き好んで優しく愛撫ばかり続けてやがる。
インポか?っての。
……なぜだか声に出して言えなかった。
会陰から指で拭い取られた自前の潤滑油をたっぷりと塗られながら、ビラビラを挟むように撫でられた。
ガクガクと体が震えが止まらねぇ。
そのまま包皮の上から敏感なトコロを軽くグリグリされる。
「……く…ぅ………」
とうとう声が漏れちまう。
- 299 :蒼空の朝23:2008/05/18(日) 02:19:15 ID:VrPULdNI
- 「…ぃ……いつま…で……いじくってりゃ…気が済む……んだよ…ぅ……テメエは…」
「そう連れないコト言いなさんな。」
「………ウルセェ……スケベ野郎め……」
「…なぁ、……もうちっときれいなフルートの音色が聞きかせてくんない?……」
フルートだぁ?? 何ワケのわかんねぇことを……
アソコのビラビラをそっと指で押し広げられた。
穴の周りから指先で粘液をすくうと、ションベンの出口辺りまで押し広げながらヌルヌルさすりやがる。
それにつれて包皮が剥けて肉芽が露出したらしい。
コイツ、露出したソコへキスしやがった。
「はぅ!…バカッ……止め…ろ……」
口では拒否してるが、淫売なアソコはヒクヒクと震えてもっとシてくれと求めてる。
ビクッとアソコから電撃が走ったような感覚が伝わってきた。
コイツ初めて舌を使って愛撫しやがった、よりにもよって一番敏感になった肉芽に。
指先も相変わらずゆっくりと穴の周りを撫でることを止めない。
「…ぁ……あぅ……ヒィッ……ぁぁ………」
喘ぎ声が止まらねぇ。
あぁ、これがコイツの言うフルートかよ。とんでもないモンを奏でやがって、このスケベ野郎。
アタシの口からまるで音階になってねぇ音が出始めると、今度は穴に指を入れやがった。
クリックリッと筋を撫でながらゆっくりと奥へ入ってくる。
ちょうど芽の裏側辺りまで指が達すると、表裏同時に刺激がかかる。
お、おい止めろ、意識が飛んじまう!
アタシは枕が破けちまうんじゃねぇかと心配になるほどギュウギュウ握り締め、
イっちまいそうなのを必死にこらえていた。
薄暗く静かな部屋に自分の発する嬌声(フルート)だけが低く響いている。
皮肉にも、その声がますますアタシを快楽の沼に引きずり込んでいく。
もうダメだ………。
アタシは僅かに残っていた理性も吹っ飛ばされて、悦楽の中に沈んだ。
- 300 :蒼空の朝24:2008/05/18(日) 02:20:27 ID:VrPULdNI
- 暫くはぐったりして半分意識が無かった。
あれ? スケベ野郎どうした?
意識が朦朧としたまま、暗がりの中を目を凝らしてみるとアタシの傍らに座って何かゴソゴソやってやがる。
…ああ、スキンはめてたのか。どうやら一応勃つらしいな。
両脚を大きく開かされて、アソコに先端を当てがわれた。
普段なら力んじまうところなんだが、イかされて間もないもんでアタシはまるで力が入らず、
抵抗出来なくてコイツの好きにされっぱなし、まるで人形みてぇ。
完全に弛緩しちまってる上にグズグズに濡れていたおかげで、
腰を抱かれ、ゆっくりと入って来られた時もアタシにゃ珍しく痛くなかった。
「……ぃゃ………」
へ?!! な、な、な、な、なに、い、い、今のあ、あ、アタシが発した声かぁぁっ???
スっ飛んでいたはずの理性と羞恥が一気に戻って来ちまった。
イったばかりで瞬く間にスイッチの入ったアタシは、体を仰け反し、また枕の世話になるハメになった。
畜生! 入れる時まで焦らしプレイか、コノ野郎は!
じわじわとじっくり時間かけて奥の奥へと侵入して来やがる。
「……止め……ぁ……あぁ………ぁぅ…ぅ………」
しっかり腰を抱かれちまって逃げられない。
いったいドコまで入り続けるのかと思うほどの時間をかけて、やっとイクヤの動きが止まった。
少し突き上げられるような感覚と共に、やっと結合が完了したらしい。
コイツ、今度は奥まで結合したままアタシの腰と背中に手を回して上体をそっと抱きしめた。
頬同士が軽く触れ、全身の皮膚からコイツの体温と鼓動が伝わってきた。
暫くそのまま抱かれていた。
- 301 :蒼空の朝25:2008/05/18(日) 02:22:23 ID:VrPULdNI
- やがて、イクヤはゆっくりと後退し始めた。
なぜか切ない気持ちになった。もう暫くジッと抱き締めていて欲しい、そんな感じ。
入ってきた時と違うのは、抱き締めたまま全身が触れ合ってること。
そのせいで、穴の中だけでなく体の表面まで擦れ合う。
もう外れちまうんじゃないかと思うほど後退したところで再突入がかかった。
相変わらずゆっくりと、アソコだけでなく全身を絡めて。
全身で感じてしまってる感覚に捕らわれる。
ヤバイ、このままじゃ本当にコイツに溺れちまう。
「…おい、……ダメ…だ………」
「…何…が……?」
「……優しく…ぁ……すんな………」
「…ぅん?」
「…アタシに………優しくしてイイのは…ぁぁ………一人だけ……なんだ…ぁあぅ……」
「………今更…ハァ……遅いって…」
「…ャメ……ロ………あぁ……ぁ………」
アタシの抗議は無視され、そのまま少しずつペースを上げながら体の交感が続いた。
頭の中で拒否しなければという気持ちと、このまま放して欲しくないという気持ちがせめぎ合う。
ペースが上がるに連れて、後者の気持ちがじわじわとアタシを支配していく。
どういうわけか目から熱いものが溢れてきた。
いったいどのくらいの時間、行為が続いたのだろう。
もう限界が近かった。このまま何もかも忘れて愉悦にどっぷり浸かってしまいたかった。
「……ハァ……ハァ……もう……イかせろよ……」
「…あぁ…イける?……」
アタシは枕の上で頭を振り乱して「……限…界……あぁぁ…」と半分泣きながら訴える。
そうしたら、突然コイツは動きを止めた。
- 302 :蒼空の朝26:2008/05/18(日) 02:23:36 ID:VrPULdNI
- この期に及んでイクヤの野郎、アタシから枕を取り上げやがった。
ちょっ、それがないと手のやり場が無くなっちまうっての。
取り上げられた枕はアタシの腰にあてがわれ、楽に仰け反った姿勢にされた。
更に、それまではアタシがイクヤの腰を両脚で挟んでいたんだが、
逆にアタシの膝を閉じさせると、コイツがアタシに跨った。
そのまま覆い被さるように、両腕ごとアタシをしっかり抱き締めてきやがる。
なんとこの状態で、行為が再開された。
アタシは仰け反らされた上に、両脚まで突っ張った状態だ。
おかげで、小休止あったにもかかわらず、たちまちのうちに上り詰めて行く。
「…ヤメロ……アゥ……おかしく……ぁ……なっちまぅ……あぁぁぁぁ!!」
体の内部と外皮で触れ合い、容赦なく擦れ合わされる全身の肉体。
コイツの温もりが全身から染み込んで来る
尻の辺りのシーツを握り締めて、アタシはそのまま悶絶させられちまった。
****
どのくらい気絶していたのか、
気が付いたら、アタシはベッドにぐったり横たわりバスタオルを被っていた。
股間に何か感じる。重い目蓋をこじ開けると、
イクヤがアソコを拭いてくれていて、拭き終わるとアソコにもタオルを掛けてくれた。
拭いてたティッシュを丸め、ゴミ箱へ投げ捨てたがうまく入らなかったらしい。
チッと軽く舌打ちする声がしてベッドを降りると、拾いに行った。
アタシがまだオネンネしていると気遣ったのか、ベッドが振動しないようにそっと横に寝そべった。
どうしようかと一瞬迷ったが、とりあえずコイツの肩に抱き着くことにした。
- 303 :蒼空の朝27:2008/05/18(日) 02:24:53 ID:VrPULdNI
- ヤられっ放しがちょっと悔しかったので、コイツのモノに手を伸ばしてみたが、あっさり払われちまった。
「…もう、…カンベン。…タマ切れです。」
「ウソこけ。どうせ一発で治まるタマじゃねぇんだろ、テメエは?」
「レヴェ…っと、レヴィ、…こちとらアンタと違って獲物はポンコツ一挺きり、
オマケに単列弾倉(シングルカラム)なんでそんなに連射がききまへん。」
「何言ってやがる。……散々人を弄びやがって。」
「悦んでもらえるように努力したツモリなんすが。」
「ウルセェ。……ったくよ、これまで何人オンナ泣かせて来たんだ?」
「………一人。」
「…おぃ、ちょっとナイフ貸せ。」
「あのぉー、何なさるおつもりで……」
「そのウソ吐きな口、ざっくり裂いてヤル。」
「ちょ、ちょい待ち、ウソじゃないっての。…まぁ一夜限りとかはカウントに入ってないのは認めるけど。」
「けっ。」
つまりアタシもカウント外ってことか。ま、イイけどよ。
「んで、その一人ってのは誰さんよ?」
「………カミさん。」
「へぇ、結婚してたのか。」
「これでも四十過ぎだよ、私ゃ。」
げっ、十歳も若く見てた。そんならタマ切れも認めてやるか……。
「カミさん、今どうしてんだ?」
「………死んだ。……嬲り殺しにされちまってな………
まったく情け無いハナシさ、愛した女一人守ってやることも出来なかった……………」
「…………悪いこと聞いちまったな……」
「いいさ、過去は変えられないからな。過去を改変するのは政治屋と後ろ暗い金持ちだけさ……」
過去は変えられない………
アタシを苦しめる過去がまた頭をもたげてきた。
- 304 :蒼空の朝28:2008/05/18(日) 02:26:02 ID:VrPULdNI
- 暫しの沈黙。
アタシが肩をつかむ手にギュウッと力が入ったためか、イクヤが腕を回して頭を撫でた。
「レヴェ…っとっと、レヴィ、私からも一つ聞いていいか?」
「………ナンだよ…」
「大切な男(ヒト)が居るんだろう? 何でこんなオヤジの相手なんかしたんだ?」
「……大切って、……どういう意味だよ……」
「気になったんだよ。『優しくしてイイのは一人』って。」
「……………」
黙っているか、話してみるか、話すにしてもどう話すか、かなり迷った。
イクヤがあまり愉快とは言えない過去を話してくれたことが、アタシの口を軽くしたかもしれない。
かなり端折った、たぶん分かり難い言葉でポツポツしゃべった。
ガキの頃、ストリート・チルドレンで、輪姦(マワ)されてたまらなく辛かったこと。
海賊稼業で『大切な男』とたまたま出会えたこと。
なのに過去から逃げようとして売春(ウリ)やったあげく、輪姦され殺されかかったこと。
『大切な男』と仲間のおかげで生き延びたこと。
そして……それなのに……また過去から逃げようとして……
「…今夜は、…アンタがまぁ紳士的で助かったけどな………」
イクヤはずっとアタシの頭を撫でていた。
「……シンドイ話だな…………
人生ってヤツは苦痛と恐怖に満ちてやがる。
そのクセ、人間てのは人生を愛して止まないんだな。
何故かって言えば、人間には等しく、ありとあらゆる希望を持つ自由があるからさ。」
「……クセェ科白だな。パンドラが壷を開けちまった言い訳かよ?」
「うんにゃ、確か……ドストエフスキーだったかな?」
「………どっちでも関係ねぇ………」
「そうでも無いだろ。」
「………………?」
「子供の時、とりあえず神様に希望をつないだら、命は助かったろ? だから今がある。」
「………………」
「半殺しにされたときは、『大切な男』が頭の中に居ただろ? それが希望ってヤツさ。
ま、希望のせいで生き意地キタネエことにもなりがちだけどな………………」
「………………」
アタシは頭撫でられてたせいで意識が沈んじまって、そのまま眠っちまったらしい。
- 305 :蒼空の朝29:2008/05/18(日) 02:27:09 ID:VrPULdNI
- また夢を見た。例の悪夢だ。
もうガキの時のと、この間半殺しにされたのがゴッチャだった。
ただ、全身をボロボロにされて放り出された後、あの青空が見えた。
『ありとあらゆる希望を持つ自由があるからさ。』
あのバカにしたように澄み切った青空が希望の象徴だってのか?
馬鹿馬鹿しい………でも、まぁ、そう思えばこの景色も悪かねぇか。
カーテンの隙間から漏れる朝日で目が覚めた。
例によって抜けるような蒼空。
けれど、昨日みたいな不快感は不思議と起こらなかった。
それにしても腰がイテェ。イクヤの野郎、ずっと正常位のままでヤりやがって……
あれ? あの野郎、居ねぇや。
テーブルに書置きがあった。
『昨夜はSpl.サービスありがとさん。 この礼はいずれ精神的に。
マダムには話しておくので、鍵は出る時に預けておいてくれ。
P.S.
ラグーンのお仲間と“大切な男”にヨロシク。』
最後までクセェ野郎………………。
- 306 :蒼空の朝30:2008/05/18(日) 02:28:38 ID:VrPULdNI
- 昼過ぎ、予定通りに3人が事務所にドヤドヤ戻ってきた。
「お帰り。ちょうどピザが届いたところだぜ。
あと、ポテトサラダがある。ただしアタシの手製だから味は保証しねぇけど。」
「えらく気が利いてるじゃねぇかよ、レヴィ。」
へへん、まあね。
「へぇ〜、珍しいこともあるもんだね。夕方から雪かな?」
ベニー、テメエは壁に向かって手ぇ着け。
「俺、サラダは止めとく…」
ロォォック、テメエは教会の十字架に磔な。と、その前に………
「ロック、コーヒー淹れてやるからコイツの使い方教えろ。」
「コーヒーだったら俺が淹れ………」
「いいから、とっとと教えヤガレ!」
「…はぃ。」
昨日の電話の内容をダッチ親分に説明して、仕事終わり。
夕方から四人揃ってイエロー・フラッグに繰り出して盛り上がった。
帰り際、ロックが何やら意味有り気にアプローチして来たが、適当にあしらってやった。
ちょっと悪いかなとも思ったんだが、一人で寝てみたかったんだ。
それから一週間ほどして、マダム・ラケタのモーテルを訪ねてみた。
イクヤの野郎は留守だった。
マダムの話だと、忙しいらしくて、あまり部屋に戻ってこないらしい。
ま、忙しくしているなら、何とかやっているんだろう。
縁があれば、また会うこともあるだろうさ。
そう、希望があればな。
終