- 331 :名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 01:32:26 ID:aPRTCzIZ
「――ったっ」
短いうめき声を上げて、ロックは硬い礼拝堂の床に押し倒された。
といっても色っぽいシチュエーションではない。
何しろ今自分は額に銃を押し付けられているのだから。
月明かりが僅かに差し込んでいる礼拝堂は、静謐な静けさに満ちている。
彼の頭上では、キリストが自分を見下ろしている。
それをなんとはなしに見回してから、ロックは自分に銃を突きつけている人物に目をやった。
いつものシスターの格好だが、ベールを脱いで豊かな金色の髪が零れ落ちている。
ときおりその髪が自分の顔に触れるのがくすぐったい。
サングラスも外され、知性を秘めた青い瞳がこちらを見据えている。
暴力教会のシスターエダは仮面を脱ぎ捨て、CIAのエダとしての素顔をさらしていた。
月に照らされているその姿は、今の自分の状況を差し引いても鑑賞するに値するものだと思う。
「――ロック?」
「――あ? ああ、なに、エダ?」
いつもと変わらぬ様子で答える彼を不審に思ったのか、エダは手の中の銃を強めに押し付ける。彼の今の状況を思い出させるために。
「あなた、今の自分の状況をわかっているの?」
「ああ、うん。銃を押し付けられてるよね」
あっさりとロックが答えると、ますますエダは眉根を寄せた。
彼女の戸惑いに、彼は付け加える。
「三度目だから、こういう状況」
「は?」
仮面のような顔立ちが、ほんの少し人間に戻った気がする。
「一度目はレヴィを怒らせて、二度目はバラライカさんに余計なことを言ったから」
そして三度目は目の前の彼女の正体に気づいてしまったから。
それがこの物騒な状況を招いてしまった。
ただ何度か似たような状況があったせいか、どうにもロックには緊張感というものがわいてこない。
人間は慣れる生き物だが、自分はこんなことにも慣れてしまったらしい。
彼が疲れたような溜息をつくのをみて、エダは気を取り直して表情を引き締める。
雰囲気が変わったのを察して、ロックはエダと視線を合わせた。
「――ロック、あなた何故わざわざリヴァイアサンを覗き込んだの?
覗いたら最後、こうなることはわかったでしょうに」
より強く押し付けられる硬い感触に、ロックは自嘲気味に笑う。
- 332 :名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 01:35:50 ID:aPRTCzIZ
- いつの間にかつけられていた、手首を拘束する鎖が合わせて音を立てた。
「そうだね。口は災いの元だ。
まあ、気づいたところで俺にとって君がなんであろうとどうでも良かったんだけど」
「どうでもいい?」
「ああ。知ったところで、どうこうしようとするわけじゃないし。
――さて、俺は殺されるのかな?
だとしたら、ひとつだけお願いがあるんだけど」
「……何を……?」
死を前にしてここまで落ち着いているこの男の願いとは、なんなのだろう?
答えがわからないまま、エダは訊ねた。
しっかりとこちらを見据えるロックの瞳に強い光が宿っている。
「俺を殺したのが、君だとばれないようにして」
「――は?」
思わず頓狂な声を出すエダ。
ロックはかまわず言葉を続ける。
それはさらにエダの思考を混乱させた。
「俺を殺したのが、君だとわかるとレヴィが傷つくから」
「なにを……」
馬鹿なことをと続けようとしたが、その台詞はロックの真剣な表情に遮られてしまった。
「頼むよ、エダ」
この男は本気でいっているのだろう。
死を前にして、それでも浮かんでくることはあの二挺拳銃のことなのか?
「ふ、は、ははははははははははははは!」
ふいに笑い出したエダに、今度はロックが呆気にとられたような表情をする。
それを見て、エダは少しだけ胸がすくような気がした。
自分だけ不意をつかれるのは癪に障る。
殺すのはやめた。この男は殺すには惜しすぎる。
ついでに以前から試してみたかったことがある。
笑いを止めて、突きつけていた銃を下ろしてやる。
ロックが驚いたようにエダを見つめた。
「そうね、ロック。あなたは言わないというなら絶対に言わないでしょうね」
「……それはもちろん」
「でも、それだけじゃ私も安心できないの。だから――」
エダの白い手が伸ばされ、ロックのネクタイを緩める。
「お互いにもう少しわかりあいましょう。手始めに身体を使って」
「は? な、んん!」
意味を理解する前に、ロックの唇をエダの唇が塞ぐ。
情報収集も兼ねて、磨かれた技をここぞとばかりに披露してやる。
舌を絡め、歯列をなぞり、息をつかせんばかりの深いキスを繰り返す。
その間に、ネクタイを外しワイシャツのボタンを素早く外す。
が、少し手元が狂ってボタンがついたままシャツを引っ張ってしまったらしい。
何個かボタンが弾けて散ってしまった。
唇を離すと、酸欠でか、少し潤んだ黒い瞳と目が合った。
男にしてはきめ細やかな白い肌が月に照らされている。
これでは男女としての立場が逆だが、なかなか刺激的だ。
先刻の毅然とした彼とは対照的に、混乱している表情の彼はとても可愛いと思う。
彼女は彼に静かに告げてやる。
「夜は長いのよ、ロック。たっぷり分かり合いましょう」
エダは静かにロックに身体を重ねると、ゆっくりと手を進めていった。
- 336 :名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 23:05:47 ID:Zb1Ab6mF
「――エダ! やめっ、ちょ!」
エダの白い冷たい手が、ロックの肌を丁寧に撫でていく。
銃を突きつけられていたときにはまったく動揺しなかった彼が、うろたえる様は見ていてとても楽しい。
「やめろと言われてやめる馬鹿なんていないわよ」
金属音を立てて、ベルトが外されていく。
それを止める術はロックにはない。
必死に抵抗を試みるが、エダに乗られているうえ手の自由はまったく利かないため、ほとんど彼女の行動を邪魔することはできなかった。
「あら、なんだかんだいいつつ感じてるじゃない」
彼のものが勃ちはじめているのを見て、満足そうにエダは微笑んだ。
一方ロックは、混乱している自分の頭を鎮めようと努力していた。
が、そんな努力はこの状況の中ではほとんど役に立っていなかった。
敏感な部分をわざと外して焦らすように撫ぜられる。
「――ん、ちょ、エ、エダ!」
彼の制止を無視して、顔を身体に近づけ今度は舌で肌を舐めはじめる。
今までとは違う感触に、顔を上げるロック。
すぐにそれを後悔する。
赤い舌が自分の肌をなぞり、淫靡としか言いようのない表情の金髪碧眼の美女がそこにいた。
否応なしに、身体は反応する。
「あら、感じたの?」
- 337 :名無しさん@ピンキー:2008/05/22(木) 23:08:39 ID:Zb1Ab6mF
- 面白そうに訊ねられて、ロックの顔が赤くなった。
その顔がもっとみたくて、彼女は肌に吸い付いてやる。
「――っつ!」
少し長めに吸って痕をつけてやる。
そこに赤い花が咲いたのを見て、エダは満足そうにそれを撫でた。
「ほら、ロック。二挺拳銃以外の痕がついたわよ」
その言葉にロックの顔が一瞬、硬直した。
それには構わずエダは顔を首筋に移動させる。
耳に息を吹きかけ、そのまま丁寧に舐めてやる。
くちゅくちゅと耳に響く音。最後に耳たぶを軽く噛まれる。
「前にレヴィと呑んでいたときに珍しく、あの娘がのろけたのよ。
『あいつ以外とのセックスなんてクズだ』って」
驚きにロックの目が見開かれる。
その驚きが喜びに変わる前に、エダの手がロックの顔を包み込む。
「だから、あの二挺拳銃をそこまで溺れさせたあなたの技で私も溺れさせて」
そうしたら、放してあげる。
妖艶な笑みを浮かべたまま告げられる。
その台詞にロックの思考は今度こそ完璧に凍りついた。
- 346 :名無しさん@ピンキー:2008/05/25(日) 23:58:51 ID:Dj8EKzj+
「あら、そんなにいやなの?」
硬直してしまったロックの頬を軽く指で撫でる。
ぴくりとも反応しない。
……そこまでイヤなのか……?
ここまで過敏な反応をされると、女としてのプライドが少し傷つく。
まあ、この男の生真面目ともいえる性格からして、浮気などというものを軽く考えないのだろうが。
――この背徳の町で珍しい……この性格だからこそあの二挺拳銃の信頼を得ているのだろう。
が、どうにも気に食わない。
ここは背徳の町、ロアナプラ。
どんなことも、どんなものも禁じられていない。
――愛する女の友人と寝ることも。
なら、彼のためらいを消し去ってやればいい。
「いや、エダこういうのはちょっと――」
「――ロック」
なにやら言いかけた彼の唇をその形の良い指で、そっと塞ぐ。
「あなたの気持ちは十分にわかったわ」
「えと、だったら――」
いまだ半分固まりかけているが、笑顔になるロックに艶やかに微笑んでやる。
その笑顔は美しいが、肉食獣が獲物を前にして舌なめずりしているようにも見える。
自分のこめかみの辺りから汗が流れたような気がする。
ロックは後ずさりしたい気持ちでいっぱいだったが、下は床で上はエダに未だに馬乗りにされている状態で逃げ出すのは不可能に等しかった。
「今からあなたの迷いをなくしてあげる」
- 347 :名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 00:01:12 ID:Dj8EKzj+
- 笑顔のまま何かを取り出す。
銀色に光る細いものが先端についている。
注射器だ。中身はなにやら透明な液体で満たされている。
「え、エダそれ――」
「大丈夫よ、人体に残るような危険なものじゃないから。ただ――」
「――た、ただ?」
「今、この時間を楽しむだけのものよ」
中身は催淫剤と幻覚剤がブレンドされた特性のものだ。
「じゃあ、改めて楽しみましょうね、ロック」
腕にちくりとした痛みを感じる。すぐあとに目の前のものがぼやけ始める。
ふわふわと漂うような浮遊感は、気持ちがいいと思うと同時に眩暈にも似て。
チャラチャラとした音が遠くで聞こえるような気がする。
エダがロックの鎖を外したのだ。
彼はそれには気づくことなく、何か身体の中で沸き起こる奇妙なそれでいて熱い感覚を鎮めることに必死だった。
ぺろりとエダがロックの唇を舐める。
それが合図だったかのように、ロックの思考が溶け出していく。
最後に浮かんだのは、泣きそうな顔の愛しい女の顔だった。