418 :360:2008/06/26(木) 00:33:47 ID:ZfOYjqMh

「レヴィ、タバコ」
「んぁ?」
「タバコ。灰が落ちる。ていうか、もうフィルターまで来てる。吸わないの?」
さっきまで……明日の仕事の依頼品の数量を確認していたはず。
ああ、…意識が飛んでいた。
言われて気付き、指に挟んだそれを床の灰皿でもみ消す。
新しいタバコに火を点け一口吸い込むが、痺れるような嫌らしい苦味だけが舌と喉に纏わりつき…美味くない。
薬を飲んだ後は、いつも味覚がおかしくなる。
2日経つのに、まだおかしいとは何事だ…面白くない。
「美味くねぇ」
舌を出して苦い顔を浮かべる。
「まだ味覚おかしい?」
窺うように尋ねるロックにしばし考えてから答える。
「つーよりダルい」
「熱は?」
彼は掌を額につけると「微熱かな」と呟き、あとは自分がするからと寝るように促す。
そう言われると何となく眠いような気がして掛布を取ると、髪を解いて船に備え付けの狭いベッドでぐったりと丸くなった。
そんな彼女を見つめ、思う。
ここまで影響が出るのならば、あの不健全な行為もそろそろ潮時だ。
大きな仕事の予定が無い時を選んでいるとは言え、飛び入りだって珍しくは無い。
「仕事」中にこんなことになればただではすまない。
「なぁ、もうやめよう?俺もどうも最近やり過ぎるし」
ロックはその傍らに腰掛けると、「何を」とは言わずに話し掛ける。
「んー。あたしは別に構わないぜ、今日が特別チョーシ悪いだけだしよ」
身体が具合良く収まる位置を探してもぞもぞとうごめきながら気にするなと言ってやる。
「そういう問題じゃないよ」
「飽きたか??」
彼の膝に頭を乗せ、真下から見上げて尋ねる。
男は心底困ったような顔を浮かべて、「そうじゃないって…」と少し顔色の悪い彼女の頬を撫でた。
「飽きたんじゃなけりゃ別にいいじゃねぇか、あたしは別に気にしてねぇんだしよ」
真下から彼の顎をなぞりそう言った彼女の顔は…………情事の時にみせるような淫蕩にふやけ切った笑み…。



その時…初めて理解した。




419 :名無しさん@ピンキー:2008/06/26(木) 00:34:28 ID:ZfOYjqMh
彼女があの狂った行為に彼を誘うのは彼のためのみならず、彼女自信が行為に溺れてしまっているからだと。
自分のみならず彼女も後戻り出来なくなりつつあるのだと。
やめなければ。
彼女にその気が無いのなら自分が決断しなければ戻れなくなる。
そんな義務感のような想い。
「レヴィ?何かあってからじゃ遅いだろ、いつかはやめないと」
レヴィはロックの言葉に不満を隠しもせずに食ってかかる。
「何でだよ」
「そうでないといつかお前を殺しちまうかも…そうなれば元も子も無い」
危機感を滲ませて伝えてやるも、彼の予想通りと言うべきか、そんなことで心変わりはしなかった。
「商売敵に殺られるかお前に殺られるかの違いだろ?あたしはお前がいい」
「俺がイヤだ、何と言われようとイヤだ。」
まっすぐ見上げてくる彼女の顔をなぞり、ゆっくりと首をふる。
レヴィは心底面白くなさそうな顔を浮かべて一言「玉無し野郎」と吐き捨てるも、彼も彼女を黙らせる方法はある程度心得ていた。
いわく…。
「何とでも。お前は俺が腹上死したいと言ったらセックスの最中に殺してくれるのか?」
どんなに馬鹿げているかを再認識させる、それだけ。
当然ながら心底嫌そうに顔を歪ませ身体を捩ると、彼の膝に顔を埋める。
「……冗談じゃねぇ……」
「俺だって冗談じゃない、その代わり沢山シよう?それじゃだめ?」
レヴィはしばし考えた末に、ダルそうにのろのろと起き上がると、人差し指を彼の鼻先に突き立て眉をしかめて不服を申し立てた。
「…………ていうか別にあたしがクスリ飲みたいワケじゃねぇぞ、お前がああいうのが好きだってから…―――」
――付き合ってやったんだ…ロックはそう言おうとする彼女の、自分に突き立てられた手を取って肩を抱き寄せるとそこに額を埋める。
「…今まで、ごめんな?」
かろうじて聞き取れる程度の…力無い謝罪の言葉。
「…………ぁ…謝んなよ…」
「うん。でも……やっぱりごめん。早く終わらすからさ、一緒に帰ろう?送って行く」
彼の言葉の意味するところを察しまんざらでも無い気分となるが、一言釘を刺す。
「ダルいんだってばよ」
「別に、フラフラだから送って行くと言っただけだよ。そりゃメシくらいは用意するけど、何もしないさ、今日は」

420 :名無しさん@ピンキー:2008/06/26(木) 00:35:14 ID:ZfOYjqMh
「はぁ…ぁんっ…」
結局何もせずに終わる筈も無く。
食欲がわかないと散々駄々をこねた後、レヴィは自分を寝かし付けようとするロックをそのままベッドに引きずり込んだ。
自分の膝に跨る彼女の乳房に吸い付いた彼の肩を掴み、耐えるようにため息を漏らす。
「お前…ホント胸好きだよな…」
「ん?……あー…、別に胸ばかりに執着してるつもりも無いんだけど…別のトコがイイか?」
顔を上げて尋ねて来る男の髪に手を遣り、指に絡ませると近寄ってくる顔。
彼とこうして毎日のように触れ合うことが出来るのなら、相手がどこに執着していても構わなかった。
どこに触れられても結局は満たされるのだから。
そのまま軽く唇を重ね、答えてやる。
「別に…あんたの好きなようにすりゃいいさ。ただよ、見えるトコにはあんまつけるな、この間エダにからかわれた」
エダだけではない。
口にこそ出さないが会う者皆が彼女の身体に残るあからさまな情事の痕跡に意味ありげな視線を遣り、彼女に睨まれ気まずげに視線を反らす。
「ぁ…ごめん、気をつけてはいるんだけどさ、夢中になるとどうも抑えがきかなくて」
そう言って額を合わせる男に内心やれやれと思う一方で、自制が効かなくなるほど求められていることがとてつもなく…嬉しい。
飽きられてしまうよりも余程マシではないか。
「…気をつけてんならそれでいいさ、でも身体中痣だらけなのは…ん…ちょっと勘弁してくれ」
彼の耳元に舌を這わせながら言ってやる。
「ん、善処する…」
指を絡めてキス。
腿のあたりに触れる、硬くなった彼のモノ。
目の前の男の、髪も唇も瞳も指も背中も性器も…何もかもが欲しくてたまらなかった。
…こんなにも男に溺れる自分を昔の自分が見たら鼻で笑うに違いない。
硬いソレにカラダを擦り付けながら「久々に口でしてやろうか?」と提案すると、少し考えた後に甘えるように頬を擦り寄せる男。
しかし。
「んー…体調悪いなら別にいいよ、…吐かれるのも後味悪いし。今はこうしてる方がいいしさ」
そう応えて彼女の下唇を親指でなぞりながら、自らの唇を重ねる。
「甘えたいんだ」
唇を軽く触れ合わせながら、囁かれる言葉。
そんな彼の指を口に含んで形を確かめるように舌で舐めまわす。
せっかく誘ってやったのににべもなく断った甲斐性無しを、超至近距離で挑発するようにじっと見つめてやる。
彼も視線を反らさず彼女を見据えながら…でも少し困ったような顔を浮かべて「レヴィ、それじゃキスが出来ない」と不平を垂らす。
「ぅりゅへぇ…」
口に指を含ませたまま言外に「好きにさせろ」と言い咎める。
軽く噛んだり吸ったり舌を絡めたり…いつもは唇同士を重ねて行われるそれが自分の指に行われていることを、何となく不思議な気分でロックは眺める。
依然視線は真っすぐに絡めたまま…。
次第に潤み始める彼女の瞳、指に纏わり付く彼女の唾液と熱、時折姿を見せる真っ赤な舌。
そして…熱くなる吐息と、彼の腿を濡らすほどに溢れ始める愛液。
「レヴィ、俺の指しゃぶって感じてるの?」
爪で口の内壁を擦ってやると、大きく吐息が漏れる。
「…いやらしいね」
正面から瞳を見据えて言ってやると彼の下半身に伸びる手。
そのまま彼女の指が絡み付き、上下に刺激される。
彼女の見せる淫靡な有様にも脳髄を刺激され、これ以上は耐えられそうにはなかった。
「……限界…です」
一言そう言うと、彼女の好きにさせていた指を口から引き抜き、目の前の身体をシーツに押し付けた。
ロックの首に腕を回すと腰を引き付けられ、彼女の性器に擦り付けられる彼の性器。
誘うように彼女が腰を揺らめかせると、濡れたソコに先端を宛てがわれる。
ふとスキンのことを言おうかと思ったが、空気や呼吸…そういった流れのようなものが行為の中断を何となく拒んでいるような気がして、
後でいいやとそのまま身を任せた。

421 :名無しさん@ピンキー:2008/06/26(木) 00:36:09 ID:ZfOYjqMh
だがしかし。
ロックに貫かれ、ゆっくりと揺らされ、喘ぎながら、レヴィは少しばかりの後悔をしていた。
何となくまたなし崩しで行為に至ってしまったが、何度このパターンを繰り返せばいいのだろうかと。
だが、冷静にリスクを回避しなければと考えるアタマとは裏腹にカラダが彼の全てを貪欲に欲しているのが解った。
うわ言のように彼を呼びながら喘ぐ自分の声をどこか遠くに聞く。

彼女の体調を気遣ってか、後ろめたさからか、今夜の彼は殊更に優しかった。
優しくされるのは嬉しい。
それは間違いない。
だが、今日は優しくされればされるほど、何というか、虚しかった。
別個の人間として尊重されるほど、彼は彼であり自分は自分でしかないと…思い知らされたのだ。
何回キスをして、身体を繋いだところで、お互いの体液を交ぜて交換することしか出来ない。
所詮別者にしかなれないのならば、物として彼の所有物となり、彼の好きなように蹂躙されるのも悪くは無かったのだと…。
彼のモノ、ロックのモノ。
そんな響きに多幸感を覚えていた。
彼女の意思が介在しないとき、彼は彼の意識の底の欲求をそのまま体現していた。
彼女は自分のモノだと。彼女自身のものですらなく、自分のものだ…と。
認めたくなかったが…彼女はそれで満足だったし、興奮していた。
彼の所有物であることすら否定された今、彼女は身に染みてそう思う。
…そして、ふと気付く。
目下の懸案を彼に話せば、彼女の希望通りにしてくれるのだろうが、それではお互いの体液すら混ざり合うことが許されない。
身体の奥で直接触れ合うことも叶わない。
そんなのはイヤだ、直接彼を感じたい……。
彼女は思う。
………肉体が液体ならば、ドロドロに混ざり合うことが出来るのに…と。
骨も、血も、肉も、髪の毛も。
ロックと混ざって一個のものになりたい…混ざり合って融合して、離れることのないものに。
なれないだろうか、一緒に死んで一緒に腐ればいいだろうか。
…アホ臭い、死んだらそれでお終いだ。
そう、一緒に死ぬなんてことありはしない、彼のことは自分が守る。
だが、自分が先に死んだ時に、彼は何度も繰り返したあの行為のように、この身体を愛してくれるだろうか。
……愛して。抱き締めて。忘れないで。

――――だが。
いつか忘れられてしまうのだ。血の通わない身体も…すぐに腐って人のカタチをやめて石の下。
それでも一個のものになれば、そんな忘却にも怯えなくていい。
だって、あたしであってこいつであってとけてひとつになってずっといっしょで……………………………………ああ、それって…














…………………………………………………………………………それって、ガキじゃん。


422 :名無しさん@ピンキー:2008/06/26(木) 00:36:54 ID:ZfOYjqMh
頭をよぎった結論と、それにこの上なく恍惚を感じた自分に背筋が凍る。
気が付くと自分に覆いかぶさる男は行為の終わりに向けて律動を速めている。

「ヤだ…ぁっ」
互いに絡めていた指を振り払って、彼から逃れるように身体をよじる。
「え?」
それまで、恍惚とした表情で腕の中に納まっていたレヴィの、突然の拒絶と抵抗の素振りに、ロックは面食らった。
「…ヤメろっ……はぁ…イヤだって………」
「…………な、に?……どう…し………っ!」
とりあえずは彼女の意図を確認すべく問い掛けるも、身体の生理反応は止まらずにそのまま彼女の中で達してしまった。
荒い呼吸のみが響く室内で、しばらくは二人呆然と黙り込む。
どうにか先に口を開いたのはロックだった。
涙の浮かぶ虚ろな瞳に向かって名前を呼ぶと、レヴィは突然ポロポロと涙を流す。
その様に内心激しく動揺したが、それを表にだせば事態が混乱するだけと、平静を装いつつ改めて名前を呼ぶ。
「レヴィ……どうした?何か嫌なことを思い出したか?」
レヴィはグスグスと鼻を啜り上げるだけで何も言わない。
「それとも俺が何かしたか?」
「……………………ぁっ……………ぁ……あ…あたしは…………」
「ん?」
「………………あたしは……ガキなんかいらねぇんだ…!!!」
「え?」
予想外で突然の一言に、彼は唖然とする。
確かに…言われても仕方の無いことはしたが…何故今更?
「ガ…ガキなんざいらねぇんだよ!人の腹ん中に寄生して養分吸ってデカくなってよ、何の冗談だ?…エイリアンか?化け物か!?
 得体の知れねぇモン飼って膨れていくてめぇの腹に毎日泣いて怯えてよ、出て来る時にゃ痛くて痛くて…赤くてブヨブヨしてて……っ…」
一気にまくし立て、言葉半ばで再び咽び泣き始めるレヴィ。
そのあまりに実感の篭った感情的な物言いに…ロックは自分の顔が引き攣っていくのを如実に感じていた。
「ぁ…レヴィ…何の話だ??というより、その…誰の話?」
恐る恐る尋ねるも、彼女は嗚咽を繰り返すだけで答えない。
そして突然彼を睨みつけると、身体を押し退けようともがき、ヒステリックに怒鳴り散らす。
「てめぇ、いつまで突っ込んでんだよ、抜けよ!畜生!抜けって!!」
まるで会話にならなかった。
彼女に言われるまま身を離し、シーツの上に座り込むと、そのまま自らの頭を抱える。
落ち着こうと大きくため息を吐き、ちらりと彼女を窺うと、生々しい情事の痕跡を晒したまましゃくり上げる姿。
彼の目に入る彼女の股間は、直前まで男を受け入れていたことが一目で判る有様で……。
彼女を犯したのは自分なのだが、先程の彼女の言動からある仮説を導き出した彼は、別の相手に彼女を犯されてしまったような錯覚を覚える。
所詮は妄想でしかないのだが、その『妄想』にやり場の無い嫉妬心のような…・・・言葉に出来ない苛立ちを覚え始めていた。
もう、動揺するなという方が無理だった。
どうにか残っている最後の理性を総動員し、彼女の身体にシーツを掛けてやる。
詰め寄って問い詰めたくて仕方ないが、この状態の彼女からはまともに話も聞けないだろう…。
何度もそう言い聞かせ、シーツの上から震える肩を擦って落ち着くのを待つ。
だが、暫くしてどうにか平常心を取り戻した彼女の第一声は「ワリぃ、今日は…帰ってくれ」だった。


423 :360:2008/06/26(木) 00:38:17 ID:ZfOYjqMh
帰ってくれと懇願するレヴィと、今の状態の彼女を置いて帰れるはずがないと食い下がるロック。
しばしの押し問答の末に、部屋の鍵を閉めないこと、彼が彼女の部屋の前で夜を明かすこと、だが決して中には入らないことで双方妥協し、決着した。
ロックは彼女の部屋のドアのそばに座り込み、タバコに火を点けると深く吸い込み、ため息をつくようにゆっくりと吐き出す。
彼女の部屋も涼しいとは言えないものの、空調から隔絶された空間はやたらと蒸した。
そういえばさっき雨が降っていたと、ぼんやりと思い出す。
それにしても…いまだに頭の中は軽いパニックから抜け出せない。
まるで自身の経験のように、取り乱しながら懐妊を拒んだ彼女。
二人の行為の結果で彼女が孕んだとして、それを厭う理由も無いが、それが目的というわけでは無いため拒まれたこと自体は問題ではない。
問題なのは…そう、何故突然あそこまで取り乱したのかという一点。
今まで…彼女自らがスキンを用意し見える場所に置いていたことにも、中に入る直前にそちらに目を泳がせることが多いことにも気付いていたが…無視してきた。
その方が快感を得られる、というのも勿論あるが、それ以上に二人の間を遮るものの存在が許せなかったし、自分自身の独占欲を満足させたかった。
それが彼女を追い詰めていたのだろうか…?
それにしても、普段ものごとを比喩で煙に撒く彼女にしてはやたらと具体的な物言いだった。
過去において彼女がどのような経験をしていても…ショックを受けることはあれど驚くことはない。
過去のことで責めるような真似は二度とするまいとも思っている。
だが。
彼女が過去に自分以外の男の子供を宿したのかもしれないと思うと、不安と嫉妬で狂いそうだった。
二人の間の行為において、これ以上彼女に負担をかけるような真似はするまいと誓ったのは今日の昼間。
…真っ当に抱き合えばいいではないかと、そう思った。
彼女が自分しか見ていないと知っていたからだ。
今この瞬間とこの先、あの女の心も身体も自分のものだと、迷うことなく言い切ることが出来たからだ。
今だって…。
そう、今だって彼女が事情を話してくれさえすれば受け入れる心の準備は出来ている。
なのに彼女は「帰ってくれ」の一点張り。
「一度一人で冷静になりたい」と言われてしまったら何も言えない。
「俺のモノなんだ、レヴィ…俺のモノだ、俺のレヴィ………」
自分自身に言い聞かせるかのように、日本語でブツブツと呟き続ける。
気付くと…大きく腹を膨らませた彼女の姿を夢想する。
二人の分身は、彼女がその身に宿している時のみならず、産み落とされた後も彼女が彼のものであると誇示してくれる。
存在そのものが彼女に対する束縛。独占する口実。
そう思うと。
先程まで露ほども考えていなかった存在について現実に則して考え始め…。
「俺、何考えてんだ…」
軽く自己嫌悪に陥る。
望むべくもない。
そもそも彼女が望んでなどいない。
だが、彼の勝手な妄想は、小さく形を潜めた独占欲を再び肥大させ始めていた。



一人になった部屋で、レヴィは煮えた頭をどうにかするべくまずはぬる目のシャワーを浴びることにした。
先程は急激に高ぶった感情でひどくパニックに陥っていたが…。
自分の曝した醜態を思い出し、頭を抱えて「うー」とか「あー」とか、とにかく意味を成さないうめきを繰り返す。
彼は大きく勘違いをしたようだったが、それを正すと何を口走るかわかったものではなく、結局そのままだ。
(あーあ、アイツ勘違いしてっかなぁ…してるよなぁ…つーより、するよな、普通。しないワケねぇよなぁ。メンドくせぇなぁ…)
何となく自分の腹を見下ろし下腹部を撫でると、先程感じた恍惚を思い出し、身体の奥がツキリと痛む。
そんなカラダの反応に自嘲めいて笑み、そして顔が歪む。

―――レヴェッカ、赤ちゃんは好きな人と作らないとダメなんだってさ…。

顔も思い出せない少女が呟いたセリフを思い出す。


424 :360:2008/06/26(木) 00:39:24 ID:ZfOYjqMh
昔、レヴィには「友達」がいた。
何歳の頃だったかは覚えていない。
当時自分が何歳かを教えてもらったこともないのだから当たり前だが……多分4歳か5歳か…そんなモノだったと彼女は認識している。
彼女の「友達」は多分12とか13とかそんなモノで、病気で母親が死んでから一人で暮らしていた。
「彼女」は、レヴィと同じアパートメントの5軒隣の部屋に住んでいて、父親に殴られて部屋から放り出される度に廊下で膝を抱える彼女を部屋に招き入れ、
飢えた幼いレヴィのために粗末なパンを分け与えてくれた。
冬の寒い日は同じベッドで眠った。
服を買い与えて貰えないレヴィに、自分の古着を与えてもくれた。
彼女がどう食いつないでいたか……今思えばペドを相手に身体を売っていたのだろうと思う。
知らない男が彼女の部屋から出るのを何度も目にしたし、そんな日の彼女は塞ぎ込んで酷く無口だった。
とにかく「彼女」は幼くして妊娠し、貧しさと無知故にどうすることも出来ずに…毎日泣きながら安い合成酒を飲み、ある日流産してそのまま死んだ。
レヴィは毎日彼女の部屋の隅に座り、ずっと彼女を見ていた。
そして、幼さ故の感受性で彼女に起こった出来事を、自分の身に起きたことのように捉え、怯えた。
「彼女」が死んだ日、涙を流しながら腹痛を訴える「彼女」の隣で何も出来ずにいた。
便所から明らかに異常な悲鳴が聞こえて恐る恐るドアを開くと、股ぐらから血を流し、臍の緒が繋がった赤黒い未熟児をぶら下げた少女の姿があった。
たかだか5歳かそこらのガキに何がわかり、何が出来るだろう。
ただ彼女の隣でベソをかくしか出来ることなどなかった。
はじめはモゾモゾと動いていた嬰児もやがて動かなくなり、そして大人達が発見した頃には「彼女」もまた冷たくなっていた。


あの少女と自分は違う、そんなことレヴィにだって解る。
自分はもう彼女より遥かに歳を重ねている上に、彼女のいうところの「好きな人」…こっ恥ずかしいが、つまりは惚れた男と身体を重ねているのだから、
身体に棲み付くエイリアンに食い殺される恐怖に怯える必要もない、と。
頭では解るが、実際問題として、あの瞬間まで自分が孕むことなんてホンキで考えたこともなかった、だからこそ狼狽したのだ。
そう、突然の衝動だったのだ。
彼の子供をこの身に宿したいなどという、ふざけた妄想。
……自分は子供を産み育てるなんてガラじゃない。
ガラでもないことはするべきではない。
だが、それを言ったならばたった一人の男に溺れて何もかもを差し出すつもりの今の自分だってガラではないのだが…。
必死に自分に芽生えた感情を打ち消す理由と、それを更に否定するための言い訳を考える自分が滑稽だった。

「馬鹿みてぇ…」
どうかしている。
こんな、不摂生で不道徳な女がそんなことを望むべきではないし、望むべくもない。
…どうだ、これには言い訳できまい。

そう……どんなに考えても、否定出来なかった。
それが全て。

「ほらみろ、わかってたじゃねぇか…」
(そう……わかってただろ、レヴェッカ、あんなのはガキの理屈だ、どんなに惚れてようとナンだろうと、クズからはクズしか産まれねぇんだよ。
 お前が正にその見本じゃねぇか、お笑いだぜ。大体お前、自分が孕めると思ってるのかよ、不出来の片輪のクセしてよ)

そう、彼女だって根拠もなく自分は孕まないと思っていたわけではない。
生理もまともに来ない不具の女が孕むわけがない、そう思っている。
2ヶ月来なかったり、2週間で来たり…1日で終わったり、1週間以上続いたり…今だって2ヶ月無い。


……………2ヶ月?
ちょっと待て、彼女ははたと思い直す。
最後はいつだったか。


425 :360:2008/06/26(木) 00:41:49 ID:ZfOYjqMh
……確か…新種とかいう麻薬をマレー沖まで運んだ時だ。
あの時は腹痛で国境警察とのドンパチがキツくて、帰りは起き上がるのも億劫になり…ずっとベッドで丸くなっていた。
アレは確か新しいランチャーを買って最初の仕事で、(鬱憤晴らしも兼ねて)試しに使いと言ったらダッチに嫌味を言われたのだ。
ランチャーを買ってから………………3ヶ月??
いや、もっと前…だ、4ヶ月にはなってない。
「…………最悪だ…。」
(いやいやいや、酷い時は最長4ヶ月来なかったことがある。って、4ヶ月ってビョーキだよな、我ながら。
 あの時も肝を冷やしたけど結局来たじゃねぇか。
 早く来いよ、いや、来んな…って、来なきゃ困るだろ、あたし。
 ほら、最近ロクでもない薬飲んでカラダおかしいんだって、……って、大丈夫かよ薬飲んで…!
 いやいや、何の心配してんだ???違うに決まってんだろが…。いや、あたしが片輪でもあんだけ毎日ヤリまくってりゃ……)
一人で悶々と考えながら部屋に戻り、ベッドに腰掛けタバコに火を点ける。
一口吸い込み、何となくそのまま揉み消した。
もみ消した後に何で火ぃ消してんだと自問自答し、改めてライターを手に取り…、結局やめて…。

「…不味いんだよ」

腹を見下ろし、自分に言い訳するように呟いた。




朝、ドアを開けると部屋の前で座り込んでいた男と目が合う。
慌てて立ち上がる男に無表情な一瞥と舌打ちをくれてやると、そのまま何も言わずに階段へ向かう。
「レヴィ、話し合いたい」
そう追い縋る男をひたすら無視し、足早に事務所を目指す。
彼に文句があるわけでも怒っているわけでもない。
だが、漠然とした不安で押し潰されそうな今、口を開けば昨夜とは違う意味で何を口走るかわからない。

「悪かった」
(確かにな、お前も相当悪い)
「今までお前に甘え過ぎてた」
(…あんたに必要とされるなら大概のコトはしてやるさ)
「怒るのも当然だと思う、腹が立つなら殴られてもいい」
(別に…怒ってねぇってばよ…バーカ…)
「話をしたい、思ってることをちゃんと話そう、……話したいことがあるんだ」
(……………………あたしも。)



結局。
事務所でも海上でもまともに目を合わせないどころか、あからさまにロック(…というよりもクルーの面々)を避ける彼女。
必要な時に呼べば話には加わるため(とは言え終わればまた一人になりたがるのだが)、仕事に支障が出るというレベルでも無く…。
彼ら二人の間のことは仕事中に話す内容でもないからと酒に誘うも、迷う素振りすら見せずに即…断られた。
どんなに誘っても行かないの一点張り。
そんな彼女に、「仕事中にまであのような態度を取るからには何か気に入らないことがあるのだろう」と問い質しても、黙って目を反らすだけだった。
彼女としては、彼等のそばにいるとタバコに手が伸びるために避けていただけなのだが…。
彼個人に対する態度にしても、自分自身でも確信の持てない出来事をどう処理していいかが解らないだけで何かにムカついているわけではない。
しかし、そんな彼女の態度がロックの抱く疑惑を確信にかえる。
つまりは、ふいに引きずり出された過去の自らの経験…彼の思うところは妊娠…を後ろめたく思い、また、リスクを伴う行為を重ねた彼に内心は怒り心頭なのだろう、と。
そのまま一週間、身動きの取れぬままに、二人の間の空気は交錯する様々な感情で相手の姿が見えなくなるほどに混濁し…いびつになっていった。

426 :360:2008/06/26(木) 00:45:12 ID:ZfOYjqMh
レヴィは、自身の疑惑を抱いて以降ずっと自問自答してきた。
万一のことがあった場合、果たして自分はどうするべきなのかと。
どんなに想像を巡らせたところで、自分の子供という存在など想像もつかなかったが、それ以上に彼の子供を殺めるという行為も想像出来なかった。
酒とタバコと彼とのセックスを我慢しながら、これではまるで彼の子供を望んでいるようではないかと何度も顔を歪める。
彼女が一人悶々と考え続けて一週間、考えれば考えるほどに結論を出すことが怖くなり、事実を確認出来ずにいた。
すでに何が怖いのかすら解らない。
未知のものが身体の中で育っているかもしれないことだろうか。
それに歓喜するかもしれない自分自身だろうか。
それとも全て自分の思い違いであることか。
……あるいは…彼に拒絶されてしまうことか。
全てかもしれないし、どれでもないのかもしれない。

一つ解ってきたのは……予感が黒だったならば、その存在を守りたがっている自分がいるということ。

それを確信した時に腹は決まった。
……十分だ、上等だ、なるようになるさ、今までだってそうだった。
まずは確認して、大当りならばアイツに言おう、そしてアイツが何と言おうと自分自身の思った通りにするんだ。
大丈夫、きっと大丈夫だ、彼はきっと拒まない。
いちど覚悟を決めてしまうと自分でも不思議な位に穏やかな気持ちになった。
「おい、いるのか?いるよな?つーかそこに居やがれ…。んで、覚悟して待ってろ、ぜってー守ってやっからよ」
腹を数回叩いて不敵で穏やかな微笑を浮かべた。


ロックは苛立っていた。
この一週間、レヴィと話どころかまともに顔を合わせることも出来ない。
仕事が無ければ事務所にすら顔を見せずに自室に引きこもっているし、訪ねて行っても「時間が欲しい」の一点張りでドアすら開けない。
仕事にしたって、昨日など連絡も寄越さずサボタージュ。
今日はダッチに呼び出されて賜ったお小言に「レヴェッカ姉さんの出る幕は無かったろ?」と悪びれもせずに言い放つと、
「眠いから帰る」と自分の巣へとさっさと戻って行った。
当然のことながら、男衆は唖然とし、何があったのかとロックに尋ねるも、自分達のセックスライフも自分の憶測も、
他人に言って聞かせるような類の話ではない。
曖昧に言葉を濁すと「棄てられたのではないか」「飽きられたんじゃない?」「元々は頼りがいのある男が好きだった」などとからかわれた。
愛想を尽かされる原因に多々心当たりのある彼は気が気でなく、はっきりとものを言わない彼女への憤りが募るばかり。
自分だけのレヴィ。
彼女は自分のもの。
そう思っていた筈なのに。
過去に何があろうとも、今の彼女を独占出来るのならばどんなことも取るに足らないと、そう言い聞かせて来たのに。
彼女が自分以外の男の下で喘ぎ、孕まされたという妄想は、いつしか彼の中で事実として存在するようになり、身勝手な怒りとなって彼を侵食する。
加えて、彼女が自分の元を離れてしまうかもしれないという不安は、踏み止まっていた歪んだ独占欲の最後の堰を突き崩すには十分で…。
彼女の態度が豹変したのは彼があの行為の終わりを宣言してから。
それならば…。
(そんなに酷くされるのが好きなら、…してやるさ)
昏い瞳で部屋を出る。

427 :360:2008/06/26(木) 00:46:55 ID:ZfOYjqMh
一方のレヴィは浮足立っていた。
ようやく決心が付き、数日前から用意していた紙切れを手に小用をたしたのは5分前。
紙切れに印されているのは自分の予感を裏付ける結果で…。
予想していた事とは言え、口からは「どうしよう」という言葉ばかりが繰り返される。
今からアイツのヤサに殴り込むか?
でもどうやって言おう、普通に言ってもつまんねぇし。
ああ、どうしよう、アイツのガキを孕んでる、アイツに孕まされた。
名実共に彼のものになった。
今あたしのハラの中にいるのは、あたしとアイツが抱き合って出来たもの、あたしとアイツを合わせて一つにしたもの、最高だ。
我ながら現金なものだと彼女は自嘲する。
一度腹を括るとこんなにも喜んでいる。
こんなにも嬉しくて嬉しくてたまらない。
「あの」レヴィ様がだぜ、とんだ喜劇だ。
ましてやこんな街だ。
誰が見たって指差して笑うに違いない。
ああ、それでも。
早くアイツに教えたい、話したいことが一杯ある。
小細工なんて必要ない、嬉しいのだと伝えよう。
まずは会いに行かないと!
そわそわと狭い部屋の中を行ったり来たりぐるぐる回る彼女の耳にノックの音が飛び込む。
等間隔に3回、何度も聞いたリズム。
間違えるはずが無い。

ロックだ。



428 :360:2008/06/26(木) 00:49:38 ID:ZfOYjqMh
会いに行こうとしているのを知っていたかのようなタイミングに驚きながらもドアを開けると、出会いがしらに腕ごと抱きすくめられる。
「愛してる…愛してるんだよ、…自分でもどうかしてると思うくらいだ。」
挨拶も無しにいきなりそんなことを呟く男に戸惑いながらも、満面の笑みで話しかける。

「よぉ。どうしたんだ、奇遇だな、あたしも今からそっちにい…こ………ロッ…ク?」

後ろ手に手錠を掛けられる感覚。
「なのにレヴェッカ、お前は俺の元を去るんだね、こんなに愛してるのに。俺のモノだと思ってたのに…」
珍しく本名で呼ばれたと思えば、意味不明なことを一人勝手に喋り続ける彼。
「おい、お前何言って…っ」
彼女が身を捩って抗議すると、信じられないことに…突然猿轡を噛ませられる。
「拒絶の言葉なんかききたくない」
ロックは驚愕で目を丸くする彼女の腕を引いてそのままベッドに放り投げ、下肢の衣類を引き摺り下ろす。
腹筋を使って起き上がる彼女の上半身を再び乱暴にマットに押し付け、自らのネクタイを彼女の首に巻くと、犬よろしくベッドに縛り付けた。
それでもじたばた暴れる彼女を無視し、全身でのしかかると、優しく頬を撫でる。
「なぁ、レヴィ。俺は別に構わなかったんだ、お前が過去に誰の子供を孕もうと」
(…マズった…、テメェの事で頭が一杯でコイツに何も説明してなかった。よりによって…勘違いしたまんまかよ…)
ロックは彼女の腹を撫で摩りながら、相変わらず勝手に喋り続ける。
「今と…この先のお前が俺のものでさえあればそれで構わなかったよ、お前が嫌だと言うなら、嫌がることはしないって、そう思ってたんだ。
 別に欲しくてシてたわけではないけど、子供がいれば最高だとも思う。けど、お前が嫌なら敢えて望みはしない、お前さえいればいい」
レヴィは、この状況にありながら少し安堵する。
よかった、彼は歓迎してくれる…!!
一度か二度、大人しく犯されてやれば気も済むだろう、そしたら教えてやればいい。
お前のガキを孕んでる、嬉しくてたまらない…と。

ロックは許しを請うように縋り付きながらレヴィを犯した。
彼女の顔中に口付けしながら名前を呼び続ける彼を抱きしめたいと願う。
だが、当の彼によって施された拘束でそれも叶わない。
(あーあ…馬鹿ロック。別に拒絶なんかしねぇから口外せよ、ホント馬鹿なヤツ。
 ファックなんざいつでも出来るっつーの…神も驚きのビッグニュースがあるってのによ。
 そーいやファックってしていいのか?でも腹ぼての淫売が仕事してるんだから、大丈夫だよな。
 ま、この間まで普通にヤってたしな。つーか産まれるまで出来ねぇんじゃ欲求不満で死んじまう…)
早く彼に伝えたくて仕方ないレヴィは、上の空だった。これからのことで頭が一杯だ。
いつもであれば名残惜しくて仕方の無い行為も、早く終わらせてくれないかと、そればかり考える。
だから、彼がどんなに責め立ててもいつもより反応は小さく、しつこく奥を突き上げればこんなにして大丈夫かと嫌そうに眉をしかめる。
いつもならば、嬲るほどに淫らに乱れる彼女のそんな態度に、彼は苛立ちを強くする。
苛立ちのままに乱暴に彼女の股間に腰を打ちつけ、彼女の腹の奥に放つと、無造作に結合を解く。
彼の不満もいざ知らず、行為の終了にあからさまに嬉しそうな目をするレヴィ。
だが、彼はまたしても一方的に喋り始める。
「レヴィ、お前が悪いんだ、俺は何度も話し合おうと言ったんだ、なのにお前は何も言わずに俺を棄てた、そうだろ?」
どうやら拘束を解いてはくれないらしい彼の様子に、少しの落胆。そして。
(ていうか………さっきから何言ってんだ?こいつ)
「意識の無いお前を抱きながら何度も考えたよ、いつか他の誰かに殺されちまうくらいなら、俺の手で奪っちまおうか…ってな」
そう言って腹の上に馬乗りになる。
(クソバカ!!よりによって…!)
「でも、前も言ったけどさぁ、俺にお前を殺せるわけない、当たり前だろ?愛してるんだ」
彼は彼女の頬を撫で、首を拘束したまま髪を掴み上げる。
締め上げられる喉。
レヴィは、自身の喉にかかる負荷を、重心を上にすることでやりすごそうとする。
…………先程からずっと、彼の体重に堪えるために無意識に腹に力をこめ続けていた。

喜劇にはオチがつくもの。
クズにはクズに見合った落着、それが相応しい。






今まで感じた事のない種類の痛みが腹に走った。

429 :360:2008/06/26(木) 01:01:16 ID:ZfOYjqMh
「あんたが父親かい?」
屋台と雑貨屋の傍ら闇医者を営む(或いはその逆かもしれない)インド人の女に開口一番そう言われ、ロックは意味が解らず思考が停止する。
「最初に言っとくけど、助からなかったよ」
(父親…?助からないって、何が?レヴィが?何故?今も啜り泣く声が聞こえているのに?意味が解らない)
「今…何て…?ど…ういう…意味…?」
顔面を蒼白にし、完全に凍り付いた様子のロックに、彼女は「おや?」という顔で「あの娘から何も聞いてないのか」と問う。
彼はただ頷くしか出来なかった。



突然尋常ではない様子で泣き始めたレヴィの様子に我に返った彼が拘束を解くと、彼女は蚊の鳴くような声で医者に連れて行ってと懇願した。
その後息を殺して口をつぐんでしまった彼女を抱え上げ、一番近所、かつ祖国でライセンスを持つこの女の下に転がり込んだのだ。
それからずっと、扉の向こうの彼女の嗚咽と慟哭の声を聞き続けることとなる。
女からレヴィの身に起こった事、レヴィ自身の話の断片から流産を繰り返している様子は無いことを聞き、腹の底から込み上げるような吐き気に襲われる。

子供を望んでいないのではなかったのか?とか、結局誰の話だったのか、とか。
疑問符が浮かばないわけではないが、それよりも彼女があんなに激しく泣いていたということの方が余程重要で。

自分が部屋に行った時、彼女はどんな顔で何と言おうとしていた?
犯されている時だって…迷惑そうにはしていたが、嫌悪の顔ではなかった。

彼女があんなに泣いていたのは自分のせい。
自分が彼女のサインを無視せず拾っていれば、今頃彼女と二人で喜びに胸を躍らせて今後について話していたはず。
啜り泣く声はいつの間にか消えている。
彼女に懺悔しなければならない、赦しなんか求めてはいないが。
ふらふらと立ち上がる彼に、インド女の口から紡がれたのは、この街に住む者に相応しい言葉。
「病気じゃないんだから連れて帰りな、胎盤も綺麗に剥がれてるし」
そして。

「ガキの死骸は?こっちで棄てとくかい?」

『棄てる』。
ゴミ扱いだ。
解ってる。
彼女に他意などない。
この街に限らず、貧しい土地ではありふれたこと。
理解は出来るが納得は出来ず、ムッとしながら「一緒に帰りますよ」と応じる。
だが、彼女は「言い方が悪かったね、別にゴミに出すわけじゃない」、「後悔はしないか」などと食い下がる。
「何と言われようと連れて帰ります」
そう言い置いて目の前の部屋の戸を開ける。

そこには家主に宛がわれたらしきゆったりとしたワンピースを纏い、身体を起こして虚空を眺めるレヴィがいた。



430 :360:2008/06/26(木) 01:04:58 ID:ZfOYjqMh
レヴィは、ロックが部屋に入ると彼を一瞥し、一瞬哀しげに顔を歪めると必死に表情を繕う。
彼が近づくと彼女は笑顔を作って「久々に酒飲みたい。奢れ。あとヤニ。寄越せ」と言葉少なに要求する。
…つまりは、今まで我慢していたということか、確かに酒に誘っても応じなかったし、喫煙もしていなかった気がする。
ということは、あの夜の時点で彼女は気付いていなかったのだろう、検品しながら吸っていたし、行為の前にビールも飲んでいた。

彼の銘柄で構わないという彼女に自分のそれを分け与えると、さして美味くもなさそうにぼんやりと味わう。
彼をなじりもしない彼女に、たまらず頭を抱き寄せると何度も繰り返し謝った。
何度も何度も謝って、何度目かも分からぬ謝罪を口にすると、ようやくボソッと、
「クソバカが。てめぇが悪いコトなんざわかり切ってんだっつーの………あたしが惨めになるだけだから馬鹿みてぇに謝んな」
と力無く不平を口にする。
思わずごめんと口に出しそうになるのを堪えて、「ありがとう」と感謝を伝えた。
「……はぁっ?何がだよ」
「産んでくれるつもりだったんだろ?」
「つもりだけじゃ意味ねぇっつの」
「…うん。だから、次があった時にこうならないように、部屋に帰ってちゃんと話し合おう。」
レヴィはしばらくの間彼の服の裾をぎゅっと握り何やら考え込むと、「ほら、帰るぞ、あのババァはコエぇんだ」とふっ切るように立ち上がった。


夜も更けた道を二人とぼとぼと歩いて帰った。
インド人から受け取った箱は両の掌に納まるほど小さかった。
受け取りながらボソリと「嬉しかったんだ」と呟いて以降、レヴィは会話には応じるが自ら口を開かない。
本当は目の前の男に100万個ケツ穴作ってやったところでまだ足りない。
だが。
自分からこの男を取ったら後に何が残るだろう、何一つ残らない。
彼と出会う前の、酒とヤニと銃火があれば全て満たされたつもりでいた女海賊様だって戻りはしないのだ。
彼の部屋で、向かい合って腰掛け、ラムをすする。
言葉少なに話し合い、夜が明ける頃に浜辺で焼いて海に流そうと決めた。
自分達が死ぬのは、きっと海だ。

レヴィはずっと不機嫌な顔をしていた。
悲しそうな顔をしない事が彼から見て余計に痛々しく、胸が詰まる
さっきはああ言ったが、こうなった原因など今更話し合わずともお互いに解っていた、彼が悪いが彼女にだって少しばかりの非はあった。
だから敢えて口には出さずに酒の量だけ増えていく。
酔わないと箱の中など直視出来そうにもない。
死体の山を築くことばかりに長けた人間のくせにと、笑いが込み上げる。
他人の死体は物と一緒でも、ヒトにすら満たない我が子の死体は例外…などと都合のいいコトを言うつもりはない。
大丈夫だ、もう落ち着いた、さっきのように泣いたりしない。
そう、大丈夫、中にあるのはただの「物」だろ。
「It」だ。
惚れた男と自分の子供なんかではない。
人の出来損ない。
売春窟の路地に転がって犬に食われてるアレの更に出来損ないだ。
さあ、レヴェッカ、開けてみろ。
きっとどうってことはない。

開 け ろ 。

431 :360:2008/06/26(木) 01:07:12 ID:ZfOYjqMh
ゆるゆると箱に手を伸ばすレヴィに気付いてロックも箱を覗き込むべく彼女の横に立つ。

インド人の店の売り物なのだろう、細かい模様の施された箱を開けると白い小花に埋もれて半透明の小さな小さな手が見えた。
そこらに生えている木に、当たり前に咲いている花ではある。
しかし、彼女なりの弔いの気持ちが伝わり、金を払いに行った時に改めて礼を言わなければと彼は思う。
「ちぃせぇクセにちゃんと手の形してんだな…」
感情の読めない声音で呟くレヴィ。
路地に転がってる胎児の死体などまともに見たことも無かった。
けど、ほら、大丈夫だ、こんなに落ち着いて見ていられる。
……触ったっていいだろ?
あたしだって、物への愛着ぐらい持っている。
あと何時間かで、「これ」は影も形もなくなってしまうのだから。
人差し指で触れると、それだけで潰れてしまいそうな程に小さかった。
自分の掌よりも小さな半透明の身体を頭から順にゆっくりゆっくりなぞる。
指先で感じるのっぺりとした身体。
ナンだよ、ホントに映画で見たエイリアンみてぇ。

頭。

肩。

腕。

尻。

脚。

顔が下を向いて見えなかった。
今まで山ほどの死体を見てきたが、顔なんてまじまじと見たコトなど無かったとふと思う。
小さな身体を両手で丁寧に返した。


喜劇の本当の落着は、コレだった。








「見ろよロック!傑作だぜ!!!!ゴミ屑からはゴミ屑しか生まれねぇんだとよ!!!!」






432 :360:2008/06/26(木) 01:16:54 ID:ZfOYjqMh


沢山の花で隠されるように埋もれていた顔は……目も鼻も口も……人のそれの形をしていなかった。


「ひゃはははは!お前さっき『次』とか言ってたよな!?『次』なんざ無ぇよ!あってたまるか!!どうせ『次』も化け物しか産まれてこねぇ!
 そりゃそうだよな!?あたしの腹から出て来るんだからよぉ??傑作だ、どんなジョークよりもよっぽどセンスがいいぜ?何ボーっとしてんだよ!笑えよ!!」
笑い続けるレヴィを前にロックは言葉が出ない。
彼女の見開かれた目からは涙が溢れ続けていた。
「ひゃはっ!ふっははっ…お前上手いコトやったよ、腹にいるうちに殺っちまえば面倒も無いもんなぁっ!?
 はぁっ…ははは…策士だよ、やっぱ、たいしたモンさ、全くっ…うっ…」
彼女の視界から隠すように目の前の箱の蓋を閉める。
引き攣った笑い声はまだ続いていた。
「…く…ふ…ふはっ……こ…こ、これから先、こいつの事を思い出す度に真っ先に浮かぶのはこの顔なんだよっ、喜劇だろ。
 はしゃいで浮かれてよ、守ってやるって約束した時にはこいつはもう『こう』だったんだよ、何が『守る』だよ、馬鹿みてぇだ!道化もいいトコだろ?」
笑い続けるレヴィの頭を抱き寄せると、笑い声は嗚咽に変わり、「何とか言えよ」と泣きじゃくる声。
「……………薬、飲んだだろ?レヴィのせいでこうなったわけじゃない。…俺が負うべき責任の方が遥かに大きいと思わないか?」
ようやく彼が口にしたのは、何の慰めにもならない無意味な言葉。
「だから!!そんなことは解り切ってんだよ、誰が悪いかじゃねぇ、ゴミには何が相応しいかって話だ。
 いつもこうだよ、ずっと欲しかったモンが手の届くトコに来たと思えば、掻っ攫われるんだよ、目前で!」
彼の腕から逃れ、わめき散らすのを黙って聞く。
彼への罵倒だろうとナンだろうと、まずは思っていることを吐き出させてやらないとそのうちにぽっきりと折れてしまうだろう。
「けどよっ…く…屑にはそれがお似合いだろっ?
 クソつまんねぇドラマや映画でっ…ガキのった…為に、仕事してっ…ガキに振り回されて、そ…そ、それ…でもっ、ヘラヘラ脳天気に笑ってるヤツらっ見てるとよ、
 それが『普通』だってならっ、クソ下らねぇ人生だって、そう思っ…てた。
 普通にすらなれねぇのにだぜ?あんな風にヘラヘラ笑ったこともなければ、真似して笑う方法だって知らねぇのに。」
涙でぐちゃぐちゃに濡れている顔をティッシュで拭ってやる。
「…うっ…ずっ…と欲しかったんだ、似合いもしねぇのに。
 てめぇと…イカレた出会いをして、イカレた日常でイカレたファックして…で…出来たっ…ガキなのに、普通の生き方の猿まね出来るって勘違いしたんだ。
 『つまんねぇ』、『ムカつく』ってウダウダ言いながら…、てめぇのガキにメシ食わせて、髪の毛洗って、手ェ繋いでブラブラ歩いてぇ…っ、
 クリスマスやバースデーにケーキ食って、一緒に寝てっ……似合いもしないことのまね事をしてみたかった。そんなガラじゃねぇのによ!
 …………ガラじゃねぇモンは……………手に入らないように出来てんのに」

彼女はそうやって色々なものに失望し、諦めてきたのだろう。
彼女が憧れ続けていたささやかで普通の幸福を与えてやれなかったことが歯がゆい。
レヴィは泣きながら「…クソだせぇ…」と俯いてしまった。
グスグスと鼻を啜りながら下を向く彼女の頭を、子供にするようによしよしと撫でる。
「レヴィ、初めて会った日にお前が言ったんだ、人生は楽しまなきゃ損だって。全くその通りさ、だから普通のこともイカレたことも一緒に楽しめばいい。
 『次』がやって来たらさ、きっと楽しいよ。3人で馬鹿みたいにヘラヘラ笑うんだ。『次』の『次』があってもいい。
 欲しかったものは力ずくで手に入れるんだ、海賊だろ?俺達。掻っ攫われたら奪い返せばいいんだよ、違うか?」
彼女は俯いたままと頭を横に振る。
「掻っ攫われる度に後悔するのはもう嫌なんだよ、期待しなければ後悔もしねぇ。イカレた生き方しか知らねぇんだ」
「『普通』の生き方なら俺が知ってる。それで十分だろ…?」
「…あのよ…知ってるか?ウチの事務所で一番イカレてるのお前だぜ?」
上目遣いで彼を見上げ、少し呆れたように軽口で応じてくる彼女。
「それでも、『普通』ってものは知ってる。笑い方も沢山見てきた。」
欲しいもの。一番欲しいもの。
ロックがいればいい。それでいい。
コイツが掻っ攫われたらどうすりゃいい?急に不安になる。
「……お前、何処にも行くなよ…」
彼のシャツを幼子のようにぎゅっと掴む。




「行かないよ?レヴィを置いて何処に行くのさ」



433 :360:2008/06/26(木) 01:20:48 ID:ZfOYjqMh
『次』は永遠に来なかった。
彼女が子供を流した半月後、ロックが居なくなった。
海上で国境警備隊との抗戦中に海に落ちた。
多分。
落ちた瞬間は誰も見ていない。
巡視艇から逃げおおせて、振り返った時には船に居なかったのだ。
風が強く、波も高かった。
島なんか何処にも無い、そんな海域。
サメだっている。
彼女には「物」になった彼の抜け殻も、彼の子供も残らなかった。

やはり自分にはこれがお似合いなんだと彼女は思う。

「…誰から奪い返せばいいんだよ…結局無理だったんだよ、普通に笑うなんて」

話したいことが沢山あった。
もっと抱き締めて欲しかった。
一緒に食事をして、酒を飲んで、キスをして、身体を重ねて、眠って。

次の休みには、一緒に潜りに行こうと約束していた。
海で遊ぼうと。

自分を置いていかないと言った筈の愛する男は、舌の根の乾かぬうちに愛する筈だった我が子が眠る海の底に一人でいってしまった。

彼の部屋で彼の匂いの薄くなった彼のベッドに顔を埋めて、これからどうやって生きていこうかと途方に暮れる。
彼女の喜悲劇は、まだ続いていた。



終わり



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