- 467 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:43:01 ID:/YaRSWvo
ロックが姿を消して十日ほど経ったある日。
ラグーン商会の事務所でレヴィがおよそ彼女らしくないモノを前に憮然とした顔で座っていた。
伝票類とノートパソコン。
『あのバカは、よくもまぁこんなことを嬉々としてやってやがったもんだ。』
別に嬉々としてやっていた訳では無いのだが、レヴィにはそう見えたのだろう。
ロックがラグーンに加わった当初、レヴィは自分の取り分が減ったことが不満だった。
全体のパイの大きさが変わらないのに、食い扶持が一人増えたのだから、
取り分が一人当たり1/4減るのは当然と言えば当然だった。
しかし、あの半人前にすらなら無いヤツとペイが同じってのは、
ドコをどう計算するとそういうコトになるんだよっ!
いくらそうやって文句垂れたところで、そういうコトになっていた。
やがて、この半人前以下野郎がとんでもないイカレ悪党予備軍と気づかされたのだが、
それはもう意味の無い話になってしまった。
むしろ今は目の前にある現実の方がはるかに大問題になっていた。
ロックの担当していた事務、経理、交渉、その他諸々の作業を、残された3人で分担する必要があった。
おかげで今更ながら彼の存在の大きさに気づかされた。
他所との交渉事は元々ダッチが管理していたので、あまり問題にはならなかったが、
ベニーはロックのおかげでデスクワークが大幅に軽減されていた。
おかげで愛して止まない機器達を思う様弄ることに専念できていたのだが、それが逆戻り。
そのせいか平素は温厚なはずの彼も、最近はどことなく機嫌が悪い。
勿論、彼とて仲間を失った事の方が精神的なダメージは遥かに大きいのだが。
ロックの参入で最も負担が減らなかったのがレヴィだったが、
逆に失うことで最も打撃を受けたのは彼女だった。
それなのに彼女にもデスクワークの分担が回ってきた。
- 468 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:43:59 ID:/YaRSWvo
- 人差し指の一本打ちでカチャ、カチャ、とまどろっこしい音が静かな室内に響く。
例によってダッチは船の、ベニーは機器のメンテに行っている。
自動的に手空きのレヴィがこの仕事ということになった。
畜生、あのバカはアタシのココロをブチ壊しにしただけではまだ足りず、
こんなことまでやらせやがって。
覚えてヤガレ、あの世でたっぷりこの利息を取り立ててやる。
ガキの世話も面倒なことは全部アイツにやらせてやる。
レヴィは自分の事ながら、作業のあまりの遅さ加減にブチ切れ寸前だった。
あと1分していたら重要なデータを収めた、ある意味ではロックの遺品とも言えた、
そのノートパソコンはレヴィの「相棒」によって鉛弾の洗礼を受けるところだった。
そうならなかったのは、不意に訪問者が現れたためだった。
「あれ、レヴィ何やってんの?」
「ウルセェ! テメエのせいでこうなったんだろうが!!」
「そう喧々するなよ、一休みしたら代わるから。」
「フザけんなっ! 直ぐ代われ!! 今直ぐ代われ!!! 直ちに代われっ!!!!」
「戻った早々酷い扱いだなぁ。わかったよ。」
「わかりゃイイんだよ。ハナっからそう言え…………ええええぇぇっっっ゛!!??%#※@」
「どうしたんだ? 変な顔して?」
レヴィは目の前に居る男を呆然と瞬きもしないでただ見つめていた。
コレは夢だ。ひどい悪夢だ。そうだ、そうに違いない。
だいたいアタシがデスクワークなんて反吐が出るようなコトやってる時点で気付くべきだった。
そんなコトがあるワケが無いじゃないか。
- 469 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:45:02 ID:/YaRSWvo
- 夢から覚めるにはどうする?
コレが一番だ!
無警戒に突っ立っていた男は、レヴィの右ストレートをモロに顔面に喰らった。
ズデンと不様に背中を壁に打ち付ける。
「痛ってぇ………な、何するんだよ、いきなり……。」
「痛てぇワケがあるか! 勝手に夢にまで出てきやがって!!」
「ユメ? 何言ってるのかわかんないんだけど………。」
「夢じゃねぇのか?」
「だから何言ってんだよ………。」
ヨロヨロと男が立ち上がった。
「なら迷ったな! とっとと、あの世逝ってガキの面倒見てろっ!!」
今度は左が炸裂した。
30分後、ドックから戻ったダッチとベニーは事務所の床に大の字になってノびている男を発見した。
両穴から鼻血を流し、口も切れているらしく血の混じった涎をだらしなく垂らし、顔中がアザとコブとキズだらけ。
恐らく上半身そこら中がアザだらけだろう。
そして、その男に膝立ちで跨ったまま、肩で息をしながら、顔を汗と涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃにしたレヴィ。
男は酷い御面相の上、見慣れたホワイトカラースタイルではなかったが、
間違いなく行方不明になっていたロックだった。
****
絆創膏だらけの顔の上に氷嚢を乗せ、鼻の穴は両方とも止血のガーゼで塞がれていた。
おまけに口の中は相変わらず血の味がする。
この状態で喋るのは相当難儀である。
しかし、連絡も寄越さずに十日も行方不明になっていたのだから、
理由を説明しないわけにもいかなかった。
ロックは手順を誤ったと後悔していたが、今更手遅れである。
あの日、海に転落したのは本当だった。
まったく我ながら情け無い水兵も居たものだ。
戦闘の真っ最中に海に転落したとは、いやはや。
- 470 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:45:54 ID:/YaRSWvo
- 追跡していた国境警備艇は、目標の船、ラグーン号を厳重に監視していた。
おかげでドジな海賊が一人、海に転落したこともしっかり把握していた。
拾い上げて逮捕し、ゲロさせれば、他も芋づる式に追い詰められる。
それから一時間も経たず、連絡を受けて幸い付近に居た別の警備艇がドジな海賊を確保した。
荒れ模様とはいえ、南の海だったこともロックにとって幸いした。
気象の厳しい北の冬の海だったら、水の中ではとてもじゃないがもたなかっただろう。
もう一つ、ロックのスラックスが役に立った。
海に落ちたロックは何度も溺れかけながら濡れたスラックスを苦心して脱ぎ、
両脚の裾に結び目をつけ、簡易救命胴着にすることに成功していた。
このおかげで、荒れた海で救助されるまでの一時間余り、命を繋ぐことができた。
さて、無事に海から拾い上げられてからは大悪党予備軍の舌の見せ所だった。
ロックは自分は海賊に拉致された日本人だと言い張った。
確かに日本人であることも拉致されたこともウソではない。
当初は胡散臭そうに聞いていた警備隊員達だったが、
拾い上げた時のロックのビジネススタイルは海賊らしからぬものだった。
直ちに外交ルートに顔写真を送ったりと確認の手続きが取られ、
二日後には死亡したと思われていた日本人だと判明する。
途端に事情聴取の扱いが丁寧になったのは苦笑ものであったが、別の問題が発生した。
当然、家族が迎えに来る。
どうする?
夕闇の世界からはオサラバして陽の当たる世界へ戻ろうか?
冗談じゃない。後悔はずっと前に済ませたし、忘れることも済ませたんだ。
今更何しに戻るんだ?
まして、自分を抹殺しようと謀った連中の下へ戻るなど真っ平だった。
家族には悪いと思う。でも、生きていることが確認できただけでも希望は持てるはずだ。
だけど、大切な彼女には何が残っている? また望んだものを失わせたままにするのか?
約束したんだ、彼女が望むものをこれ以上奪うなんて絶対に金輪際ゴメンだ。
ロックは決断した。もう一度自分は海賊に拉致されるんだと。
- 471 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:46:40 ID:/YaRSWvo
- ロックはバンコクへ護送された。ご丁寧に護衛付きなので身動きがとれなかった。
バンコクに着いたのは夜半だった。
とりあえず在タイ大使館が用意したホテルで、対応にやって来た日本大使館員と名乗る人物と簡単な面接を済ませ、
最後に家族と電話するかと聞かれた。
ロックは時差の関係で日本は真夜中の筈ですからと言って丁寧に断った。
大使館員は今夜はゆっくり休んでくださいと告げ、いくらか現金も置いていった。
今夜が勝負だ。早ければ明日には家族が来訪する。
ロックは一人になると部屋を出てフロントに鍵を預けると、ちょっと寝酒を買ってくると告げて外へ出た。
ホテル側は客が夜の繁華街に出掛けるのを不振がる理由は無い。
ロックは尾行を警戒しながら、出来るだけ人の大勢居る店を選んで入り、
人に揉まれながらトイレに行くと、窓から外へ脱出した。
後は裏通りをジグザグに抜け、ラグーンと取引のある見知った裏業者の門を叩いた。
とにかく朝になれば、自分がまた行方不明になったことがバレる。
そうなれば警察が動く。
そうなる前に、出来るだけ遠くに移動しておきたい。
幸い、密輸品を運ぶ手漕ぎボートに便乗できた。
相手がラグーンの人間なので、運賃はツケにしてもらえたのも有難かった。
今後の交通費は出来るだけプールしておきたかったのだ。
着衣も現地の人間が着る様なラフなものに着替えさせてもらった。
長く海上生活をしてきたロックは、いい具合に日焼けしているので、
着ている物によっては、ちょっと目に現地の労働者と区別できない。
その後もロックは極度に尾行を警戒していた。
ひょっとすると、ワザと自分を泳がせている可能性を心配したためだ。
何度もラグーンに、と言うより彼女に電話しようともした。
だが、いつも寸前で断念したのは、盗聴の懸念がどうしても抜けないからだった。
こうして裏稼業で知っていたルートを選んで、水路と陸路をたどり、彼は帰ってきた。
彼の場所と、彼を必要とする仲間と、彼と大切な約束をした相手の元へ。
- 472 :バカるでい:2008/06/28(土) 13:47:29 ID:/YaRSWvo
- 「………痛っ…てぇ………」
既にすっかり馴染んだモーテルのベッドの上で、ロックは全身を包む鈍痛に睥睨していた。
「まったくよぉ、せめて街に着いたところで連絡寄越せってんだ。」
「………………」
今のロックには返事をするのも億劫だ。
「おら、聞こえてんだろ。何とか言え、このアンポンタン。」
傍らで冷やしたタオルをあてたりして、余計な世話を焼いているレヴィ。
一通りの説明を終えたロックは、そのままに残されていた自分のヤサに運ばれた。
レヴィが駄々を捏ねてそのままにしておいたのだ。
「で、今度の休みは海へ行くんだよな? 潜るんだよな、え? ベイビー。」
冗談じゃない、この傷だらけの身体を塩水に浸けろってのか。
だいたい、溺れかかって一ヶ月も経っていないんだ。正直に言って今は海が怖い。
本当に勘弁して欲しい。
あれれ、ロックは何だか呼吸が苦しくなってきた。
腫れた目蓋をうっすら開くと、またレヴィが馬乗りになって、今度は首を絞めている。
「……ちょ………止めて……レヴィ………」
「テメエ、何とか言えよ……」
「…喋ると……口が……痛いんだって……」
「ウルセェ、そんなこと言って欲しいんじゃねェ。」
「……んなコト言われ…たって……」
「…………せめて、……コレだけは答えろ………」
「…………」
「……もう、二度と何処にも行くな、何処にも、…何処に…も………」
もうレヴィの手に力は入っていなかった。
代わりに、すがる様に顔をロックの胸に埋めて来て、低く嗚咽を始めた。
「行かないって。…約束したろ。…今度だって……ちゃんと…戻って来…………」
彼女の体重の掛かった肩や胸のアザが痛んだ。
痛いのは生きている証拠だ。
すぐそばに愛する者まで居る。温もりすら感じるほどに。
何の不満がある?
あるとしたら…………………
「………痛っ…てぇ………」
終わり