55 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 18:16:54 ID:sv8lkkcj

窓のカタチに切り抜かれた、ソラ。
反吐が出る程青かった。
そんな青さに途方に暮れた夏の日。


裏通りにある最下層の売春窟を早足で歩いていた。
別に用があったワケじゃない。
近道だったんだ。
細いその道には、そこらの窓から投げ捨てたんだろう。無造作にゴミが散乱する。
決して愉快では無い、そんなようなアレやコレ。
こんなモノで動揺する程初心には出来ちゃいないのだがしかし、好んで見たいとも思わねぇ…。
それに加えて、クセェ…兎に角クセェ!!
小便、ザーメン、血液、生ゴミ、カビ、埃。
それらが混ざり合い、何とも言えねぇ腐臭を醸しだす。
不愉快な匂いの見本市のような、そんな路地裏。
息をするのもイヤだ。
ああ、マズった。
こっち来るんじゃなかったぜ。
「チッ…」
舌打ちして何の気無しに上を見上げた。
何処を見ても気が滅入るようなゴミ屑ばかりだからだ、大した理由はねぇ。
薄暗い路地から急に視線を移したモンだから、正直目が眩む。
立ち止まって数度瞼を瞬かせると、屋根の間から直線的に切り取られた澄み渡った空が見えた。
そして。
無機質に並ぶ窓からこっちを見ている一人のガキが目に入る。
現地のガキだろう、少し浅黒い肌。
酷く殴られたような痣がいくつか残るツラは、まるで感情が無いかのように無表情だ。
そんな無表情なツラしてやがるクセに、何故だか泣いているような気がした。
涙も流しちゃいねぇのによ。
目が合っていた(ような気がする)のは時間にすれば精々3〜4秒。
「……チッ…」
再度盛大に舌打ちし、アタシは前を向き直り歩みを再開する。
この街じゃ、親に売られたり、どこぞから攫われりしたガキが客を取らされるなんて、何も珍しいこっちゃねぇ。
内臓売られなかっただけマシってモンだ……どっちがマシかなんて知ったことじゃねぇケドよ。
それより2時までに事務所に戻らねぇとダッチに大目玉だ。
リミットまでは精々あと10分ってトコだろう。
「やっべ…」
視線を元に戻すと、先程よりもペースを上げて歩き始めた。

56 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 18:18:07 ID:sv8lkkcj
 「クソガキ!暴れんじゃねぇ!…っ!痛ぇ!おい、腕押さえとけ」
  ――イヤだ。
 「見ろよ、コイツ鼻水垂らしてるぜ、汚ぇ…」
  ――イヤだ。イヤだ。
 「おい、もっと口に何か詰めとけよ」
 「ほい、パンツ。コレでいいだろ。って、おいおい、こいつまだ毛ぇ生えてねぇよ」
 「おじょうちゃ〜ん、なんちゃいでちゅかぁぁ???ひゃひゃひゃ」
  ――イヤだ。イヤだ!ヤメて!怖い。イヤだ。
 「入っかな?」
 「入るんじゃね?」
 「んー。指でもキッツイぜ?」
  ――イヤだ!痛い!痛い!助けて……誰か!!!
 「大丈夫だって、挿れりゃスベりもよくなるって」
 「なー誰から?」
 「最近お前らばっかだからよ、たまには俺から犯らせろ」
 「じゃ、俺の番までに適当に穴拡げといてよ」
  ――イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ!!!
 「おら、脚拡げろ。コレまじ入んねぇって…ん…クソ…ムリ…超キツキツ…」
  ――痛い痛い痛い痛いイヤだ痛い痛いイヤだイヤだ痛い!!!!
     動かないで!痛いの!イヤだイヤだイヤだイヤだ!!!!
     助けて…いいコにするから!もう盗みなんかしないから………神様……!!!



「―――………っっ!!!」
目が覚めた。
点けっぱなしのテレビに映るのは砂嵐。
ごろりと仰向けに転がると、見慣れた天井。
夏のニューヨークの廃屋ではない。
ロアナプラの自分の部屋。
寝ていた筈なのに、酷い疲労感。
喉が渇く。背中に嫌な汗がにじむ。
「…Shit!」
八つ当たり気味にテレビを消すと、頭を掻き毟りながら冷蔵庫に向かった。
戸を開け広がるオレンジの光。
暗闇の中、そこだけが浮かび上がるように明るい。
光の中に無造作に投げ込まれているビールを取るべく手を伸ばすが、寸でで止まる。

「あの時」。
連中が呑んでいたのと同じ銘柄。
酒盛りをしながら。
昨晩のTVショウの話をしながら。
ハイスクールのムカつく先公の話をしながら。
流行の曲の話をしながら。
あいつらは愉快に笑いながら、代わる代わる、繰り返し、目の前の黄色いメスガキを嬲り続けた。

もう何年も記憶の引き出しに仕舞い込んでいた出来事。
今更それが引き摺りだされて来やがった。
理由なんかどうせ単純明快だ。
昼間見たメスガキ。
年の頃は丁度あの頃だった。
面構えまで似てやがる。
あの時。
まだ神ってヤツを健気に信じてたクソガキは、あの仕打ちを悪事を働いた罰なんだって本気で信じていやがった。
あれから暫く、「神様に嫌われるから」ナンてほざいてよ、ホントに盗みをやめた。
感情を殺してイケ好かねぇホワイトカラー共の靴を磨いてパンを手に入れて。
警官にボコられて目が醒めるまで、本当におめでてぇ馬鹿なガキだった。


57 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 18:18:43 ID:sv8lkkcj
ドアポケットに鎮座するバカルディを手に取ると直接喉に流し込む。
冷えてはいるが、渇ききった喉が焼けるようで少し咳き込む。
口の端から零れるそれを手の甲で拭って、ため息と共にその場に蹲った。
いつかのゴス女みてぇ…。そうは思うが、今は何か…動きたくねぇ。

「……気持ちわりぃ…」
オレンジの光が半身を照らす。

昔のコトだ。
それにファックなんざ大したことじゃねぇ。
誰とやろうと同じだ。
問題になんかなりゃしねぇ。
どうってことはない。
唇を噛みながら膝を抱えた。



58 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 18:19:23 ID:sv8lkkcj
「時間無ぇからな、さっさと脱げよ」
言われて全裸で横たわる。
天井を睨んでいると、下半身を露わにした男が圧し掛かってきた。
うわ、垢だらけじゃねぇか、汚ねぇ…。
イキナリ左右に割り開かれ、晒されるアタシの股間。
欠片も濡れていないソコに不満そうに舌打ちすると、男は自らの唾液を手に垂らしてそれを塗り込んで来た。
臭ぇ唾液に濡れた汚れまみれのザラザラした指がアタシの腹の中を擦り上げる。
股のあたりに生ぬるい液体が落ちる感触。目を遣ると口から股に直接ヨダレを垂らしてやがる。
逃げ出したくてたまらない。思わず不快感に顔が歪む。
何回かそれを繰り返すと、刺激されたことによるアタシ自身の体液も若干加わり、取り敢えずの滑りは良くなったらしい。
何の予告も無く一気に侵入してきた。突き上げられる子宮。
唇を噛みながら、相変わらず天井を睨む。
ギシギシと音を立てる安い寝台。激しく上下に揺れる視界。
全然キモチ良くなんか無い筈なのに、遠慮の無い激しいファックに少しずつ高まる身体の感度。
「ハァ……ハァ……んっ……ハァ……」
「レヴィっ…お前、意外と…締りいいな…!!たまんねぇ…!」
「うるせぇ、黙って…ファックしてれば…いいんだよ、クソボケっ…ハァ…」
機械的に腰を振りながら目の前で腐ったような口臭を撒き散らす男。
何年歯を磨いて無ぇんだよ、吐き気がする。
「そんなコト言っていいのか?イカせてやんねぇぜ?」
そうナメたことを抜かして、男は腰の動きを止める。
穴に突っ込んだままアタシの胸を両手で痛い程鷲掴み、右の乳首を引きちぎらんばかりに強く吸い上げる。
「跡なんか付けやがっ…たら、ブチ殺すからな」
「コエぇなぁ…プッシーはヨダレ垂らして俺のを悦んで咥えてるってのによぉ…ウマいよなぁ、オレのはよぉ」
そう言って大きく腰を廻すと、両の乳房全体が唾液でぬめる程、時間をかけて執拗にしゃぶりつく。
アタシは天井を眺めて遣り過ごし、いつまでも終わらないそれに舌打ちをする。
そんなアタシの態度を見た男は上へ上へ舌を這わせながら、脂と垢の浮かぶ無精ひげだらけのツラを寄せてきた。
思わず目を閉じ、顔を背ける。
鎖骨、首筋、耳の順でねっとりと舐め上げる、生ぬるく、ザラザラした厚ぼったい舌の感触。
全身が総毛立つ。
いつの間にか再開される抽送。
ヤツの手がアタシの顔を上向かせると、次は唇を嘗め回す。
唇をこじ開けるべく舌をねじ込ませて来るが、歯を食い縛り抵抗する。
頬の肉を力任せに両方から押され、歪んだ唇に隙間が出来るとそこから舌を挿し入れ、歯列と頬の内側を舐め回して来やがった。
口内に溜まるファック野郎の唾液。
飲み込むまいとするものの、息が荒くなる度に喉奥へと流れ込んでいく。
……大したことはない。
そう。大したことはないのだ、目を閉じて耐えてさえいればあと数分でこいつは間抜け面とともに射精する。
口ん中がこいつのヨダレで満タンで、耳にはコイツの鼻息と腰のぶつかる音と股間からの粘着質な水音。
腹の中で出たり入ったりを繰り返す、腐れ棒。
言葉にすればただそれだけのことだ。
一通りアタシの口を舐め終えたコイツは、次は口からクソを垂れ流す。
「ケケ…溜まってたのか?……日本人とは…ヤってねぇのかよ」
「…ハァ…ハァ…ハァ……」
「それとも…アイツのコックじゃ…満足出来なかっ…たってか??」
「…黙…れ…」
「俺は…またいつでも…歓迎だぜっ…いつもあそこで、立ちんぼして…ん…のか?……」
「…ハァ…ハァ…ふ…んっ…あ…ハァ…」
自分の吐息と部屋に響く音が短間隔になるのを他人事のように聴く。
暗闇に耐えられずに目を開く。
そこに居るのは休みごとに身体を重ねている見慣れた男ではなく、道端で買われてやった糞ディック。
醜いツラを更に醜く歪めながら、こいつは更に腰の動きを激しく加速させる。
「…くっ!……あああ、お…お…イく!!!」
だらしなく開かれた口からは相変わらず腐臭。
ブルっと身体を震わせ、満足げなため息と共に射精した。
腹の奥に染み渡る不快な温度。
残滓まで吐き出すようにしつこく腰をこねくり回す男。
アタシのカラダは、それを一滴残さず搾り出すかのように浅ましく内壁を轟かせる。
この穴は、咥えているのが誰のイチモツだろうと関係無いのだ。


60 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:48:15 ID:/vMGy4jv


…気持ちわりぃ…。

野郎は思う様吐き出すと「まだ時間がある」とか抜かして、ブツを抜かずにもう一度犯した。
呆然と半開きになった口に、ここぞとばかりに舌を突っ込む。
奥深く、喉の手前にまで舌を伸ばして口内を犯す。
口の中がたちまち生臭くなり、嘔吐き、咳込む。
2度目の行為は長かった。時間ギリギリまでねっとりと身体に絡みつく。
目を閉じてロックとしている時のことを思い出す。
アイツの手がアタシの髪を撫でて、啄ばむように唇が顔中に降って来る。
アイツのコックがアタシの腹の中をかき回して、アタシは脚をアイツの腰に廻してもっととせがむ。
必死に思い出そうとするが無駄だった。
髪は顔を上向かせるために鷲掴みされているだけだし、顔はヤツの興奮を高めるためだけに無遠慮に舐め回されているだけ。
腹ん中だけは誰であろうと関係無ぇ、大量にヨダレを垂らしヒクヒクと震えながら二度目の射精を促してる。
次々とアソコから湧き出す泡立った汁で尻までびしょ濡れ。
あーあ。早く終わんねぇかな…。あ、部屋30分余計に取っといてよかったぜ。

それから間もなくしてヤツは達したワケだが、2度目は射精も長かった。


61 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:49:05 ID:/vMGy4jv

時間ギリギリまでアタシを犯しつくした男はいそいそと服を着てサイドテーブルに金を置く。
色んな汁にまみれた股をおっ拡げたまま、口から二人分の唾液を垂らして虚ろに天井を眺めるアタシをニヤニヤと覗き込む。
そして思わせぶりな口調で「いずれな」と言い残すと、最後にもう一度アタシの唇を舐めて足早に出て行った。
ほ〜らな。
何てことねぇよ。
こんなの大したことじゃねぇ。
値段にすれば1時間の場所代込み50ドルの、小事だ。
……あとはシャワー浴びて帰るだけじゃねぇか。
のそのそと立ち上るとドロリと股から溢れるアタシと野郎の体液がグチャグチャに混ざった汁。
見ないようにしてシャワールームへ向かう。
頭から湯を被りながら俯くと、尚も股間から大量の白くてネバネバした体液が零れ落ちているのが目に入る。

………………イヤだ…!!イヤだ!!!イヤだイヤだ!!!!

目視した瞬間爆発する嫌悪感。
穴に指を突っ込み、湯を流し込み、内壁の粘膜ごと外に出すかのように…何度も何度も擦り切れるほど爪をたててほじくり返す。
ロックにだって中で吐き出されたコトはない。
身の内で男の体液を受け止める時、決まって泣いて叫びたくなる。
だから、見ないようにしていたのに。
けれど、ここまでの拒否反応は初めてだ。何なんだよ。クソ!奥に届かない…!
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ―――………
…何分そうしていただろう、流れる水が血で紅い。
握り締められている血まみれの歯ブラシ。
「……何やってんだ、アタシ。」
鏡に映るのは泣きそうに顔を歪ませた惨めな女。
壁に背を預けて、そのまま床にへたり込む。
何故だか涙は出なかった。

62 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:50:05 ID:/vMGy4jv
翌朝事務所に出向くと既にロックがソファで電卓と書類片手に帳簿と格闘していた。
顔も上げずに「レヴィ?おはよう」と声をかけて来る。
「ああ」
一言。
そう答えてダッチとベニーの所在を訊く。
「ダッチは三合会に来週の仕事の打ち合わせ。ベニーは船。新しいソフトを入れるためにマシーンの増強をするって張り切ってた」
そう言うと、顔を上げ「レヴィ、朝食は?残りで良ければソムタムとパッタイがある」と冷蔵庫を指差す。
「いらね。」
ロックの顔をまともに見ることが出来ない。
なのに二人きりかよ、ツイてねぇ。
向かいのソファの端に脚を組んで座り、ヤツとは逆方向に視点を定める。
「珍しいな。食って来たのか?」
「……アタシだって食欲ねぇ時位ある」
「飲みすぎた次の日とか?」
「……そんなんじゃねぇよ…」
ヤツの軽口に、知らず口調は苛立つ。
「…何か怒ってる?」
「…別に。」
「なら、何でずっとこっち見ないのさ」
「……別に。見ないようにしてるつもりなんかねぇよ、この姿勢が具合がいいだけだ」
ヤツはため息を一つ吐いて「そうですか。」と呟くと、作業を再開する。
何故だか鼻の奥がツンと痛んだ。


63 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:50:30 ID:/vMGy4jv
二人だけの室内に、事務作業の淡々とした音と、ブツブツと書類を読み上げるロックの声だけが響く。
鼻腔には嗅ぎ慣れたヤツのタバコの香り。
さっきまで逆立っていた神経があっという間に静まっていき、10分もしないうちに昨晩目が覚めて以降ずっと忘れていた睡魔がアタシを侵略し始める。
抗戦すること数回。
このまま陥落してしまおうかと思いを巡らせていると、何者かが肩に触れる気配。
「イヤ!!」
そう小さく叫ぶと、大袈裟な位に身体を大きく震わせ跳ね起きる。
相手を見定めるべく顔を上げると、広げたタオルケットを手に、驚愕の面持ちのロック。
「あ…ゴメン。起こした?」
状況を理解すると同時に安堵にも似たため息が零れる。
「いや、オーライだ、ウトウトはしてたが寝ちゃいなかった」
言いながら目を背ける。
「レヴィ?やっぱ何かおかしいぞ。」
「何がだよ。何もかもがいつも通りさ、おかしいことなんざ何も無い」
努めて明るく。
『いつも通り』に皮肉に笑いながらヤツの顔を見ると射抜くような目でアタシを見てやがる、何だってんだ。
「そ?ならどうしてさっきからずっと怯えたような顔してんだよ」
「…怯える?誰が?何に?張の旦那だってもちょっとマシな冗談言うぜ」
「なら、泣きそうな顔って言った方がいいか?」
一瞬、右の頬が引き攣る。
全てを見透かされているような気がする。
「図星?それに隈が酷い」
目の下にヤツの指が触れてきた。
「……寝不足なんだよ」
どうせ隠したって無駄だ。そこは素直に認めることにする。
「そう。なら寝るといいよ。夕方から一件、簡単だけど仕事が入ってる。」
「あぁ…」
「オレは事務作業と納品があるから留守番だけどさ、今は側にいるから」
「……別にいなくたって良いっつの」
「そういうコトは、泣きそうな顔をしながら言うモンじゃない」
言いながらアタシの頭をわしゃわしゃと撫で回すと、一度立ち上がり書類をクリップボードに挟んで戻って来る。
1メートル位離れた所に腰を下ろすと、こっちに腕を伸ばしてアタシの上半身を引き倒す。
頭がコイツの脚に乗るよう微調整され……って、膝枕かよ。
バカじゃねぇのか、そう言ってやりたい気もしたが、もう一人の自分がこのままがいい、とそれに抗い……後者が勝利。
ヤツの身体側に顔を落ち着け掛布の中で身体を丸めると、目の前のシャツのボタンを睨みながら苦し紛れに抗弁する。
「泣きそうな顔なんかしてねぇ」
「うん。」
「別に怯えてもいねぇ…」
「うん。」
ロックの手がアタシの顔にかかる髪を後頭部に向けて払う。
一定のリズムで撫でられる髪。
意識はどんどん混濁する。
耳の後ろのあたりを掻き分けた時、こいつの手が止まる。
寝惚けながらもねだるように手に擦り寄ると再開される慰撫。
但し、耳の後ろを親指で何度もなぞるものに変わっていたのだが。
その心地よさに意識を陥落させつつあるアタシは理由なんか考えもしなかったし、こいつこそが泣きそうなツラ晒してたなんて気付く筈も無かった。

64 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:51:12 ID:/vMGy4jv
仕事を終えて戻って来たのは2日後の朝。
仕事自体は何の問題も無い。
どこぞの金持ちの依頼で、条約違反の保護動物の剥製をいくつか運ぶだけの仕事。
ただ船に揺られるだけ。
何もすることが無い退屈な仕事だが、金払いは割と良かったようだ。
普段なら、デッキにパラソル広げてビール飲んでご機嫌に昼寝でもするところだが、そんな気にもなれずにただぼんやりと海と空を眺めて過ごした。
クソ生意気な双子の片割れが、死の間際にお空がキレイなんてほざいていやがったコトを思い出す。
ああ、そうだな。綺麗だ。ムカつく程にな。
穢れなんか知らない、みてぇなその有様に、自分が嘲笑われているように思えて気が滅入る。
目を閉じると瞼の裏に、昨晩船に揺られながら新たに見た夢の情景が思い出される。

抵抗を諦めた後もサンドバッグにされた。
まだ男を受け入れるよう出来ていなかったアタシのヴァギナは裂傷で血まみれで、それを連中は「滑りが良くなった」と喜んだ。
血液が固まっては裂け、固まっては裂けを繰り返したソコ。
ベタベタの血糊が大量にこびり付いて徐々に使い物にならなくなると、連中は性器を使うのを諦めた。
刃物で脅し、アタシの血がこびり付いた全員のアレをしゃぶり、アスまで舐めるよう命じてきた。
イチモツにしゃぶりつくアタシの目の前で、殺すか否かを話し合う野郎共。
このまま殺されるのだと思っていた。
だから、何度目かの失神から目覚めた時に誰もいなくなったのを知って、神の慈悲だと思ったのだ。
アホくせ。
アイツ等にゃホームレスのガキ一人殺す程の度胸も覚悟も無かっただけじゃねぇか。

思い出したくもない連中の歪んだ笑い顔が次々浮かび、身体を這い回る手やこすり付けられるイチモツの感触まで蘇る気がした。
眠るとロクでも無い夢を見るモンで、ロックの膝の上で3時間程眠って以降、睡眠と呼べるものは殆ど取れていない。
南国の強すぎる日差しの下、日射病になりかけたところをベニーに発見されるまでアタシは目を見開き目に見えない何かに向かいブツブツと呟いていたらしい。
ダッチに放り込まれた海から恨めしげに船を見上げると、「ついにクスリに走ったか」という野郎二人の疑惑の目。
「だれがクスリなんか」と言いながら、それでこのやり場の無い苛立ちから楽になるんだろうか、何てロクでも無いことが頭を掠める。
その後は「使えない」だの「ジャンキー」だの散々言われ、船内で武器の整備と点検でもしていろと命じられる。
そんなの仕事の前に終わってる、と言っても聞き入れられず、海水に晒され激痛の走る股間を庇って身体を丸め、縋るものを探す。
「いてぇ…クソっ…いてぇ、いてぇ…いてぇ……」
ガキん頃はカミサマだった。
今のアタシの頭に真っ先に浮かんだのは、ここにはいない男。
「ああ、もう、だっせぇ!だっせ、だっせ、だっせ…―――」
意味も無く笑えて来た。腹が引き攣り股間も痛む。
船倉で腹を抱えて大笑いするアタシのジャンキー疑惑が更に深まったことは言うまでもない。


65 :名無しさん@ピンキー:2008/03/01(土) 19:52:15 ID:/vMGy4jv
港についたアタシ達をロックが出迎える。
無意識に顔を凝視していたのか、「何?どうかした?」と首を傾げて尋ねられた。
「何でもねぇよ」と顔を逸らすと、ヤツの口から小さくため息。
引継ぎを終えると「ジャンキーはさっさと帰って寝ちまいな」と帰宅を促される。
「ジャンキーじゃねぇ!!糞ダッチ!」
悪態を吐くも、無理矢理事務所を追い出されヨロヨロと自室へと足を向ける。
ドアが閉まる寸前、ナンとも情けない顔でこっちを見ているロックの姿が見えた。
…本当は一人にはなりたくなかった。
でもそんなコト言えるワケもねぇ。

自室のドアを開けると、そこは天地がひっくり返ったのかと思われる程の酷い有様。
あの野郎に犯され帰宅した後、無償にムシャクシャして目に付くものを片っ端から床にぶちまけたのだった。
あの夜の空気を色濃く残すこの部屋にはいたくない。
部屋に入らずそのままドアを閉め、行き先を考える。
事務所に行ったところで、何と言えばいい。
今日は日曜でエダは礼拝だ。ああ、そうだ、尼さん相手に懺悔でもしてみっか?…うわ…冗談じゃねぇ。
バオんトコもまだ開いてねぇし。
あーどうすっかなー。
あー、考えんのメンドくせ。もう誰んトコでもいいや。
アタシはフラフラと、澄み渡る灼熱の青空の下に足を踏み出した。


83 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:39:23 ID:LBnwtJPo

……
…………
………………てぇ
……ぃ…ぇ…いてぇよ……
下半身の激痛で目が醒めた。

「!!!」

次に認識したのは、自らに圧し掛かる体重。
揺れる身体。
身体を揺らされる度に身体が引きちぎられるような痛みが走る。
何者かに奪われているのは瞬時に理解できた。
叫ぼうと息を吸うと、気管に上手く空気が流れない。
口にはご丁寧にも顎が外れんばかりのボロ布が詰め込まれていた。
更にご丁寧なことに目隠しまでされている、今が昼なのか夜なのかも解らない。

「んーーー…!!」
声にならない悲鳴を上げ、そこから逃れようとがむしゃらに暴れる。
強打される頬。上方から押さえつけられる腕。
『あの時』と同じ。
血の気が引き、青ざめていくのが自分でも解る。
幼い頃刷り込まれた恐怖に全身が震える。

「処女みてぇに震えてるぜ?」
「アソコも血まみれだし、まさか本当に処女じゃねぇだろうな」
「馬鹿か、ちげーよ。突っ込む前からだからこりゃ病気だ、何かの。変な汁も出てるし」
「こえー、じゃあ俺ぁアスにしとくか」
「何ならゴムあんぜ?」
「んーどーしよ、病気だよな、やっぱ」
声から、最低でも3人いると知れた。
「俺らもよぉ、長生きしてぇからなぁ。あんたに顔見られるワケにはいかねぇんだわ。」
違う、4人だ。
「その代わり殺さないでいてやるからよ。ちょっとばかし我慢して大人しく其処で股ぁ開いて寝ててくれや、トゥーハンドのお姉ちゃん」

―――イヤだ、もうイヤだ!イヤだイヤだ!!抜けよ!ブッ殺すぞテメェ!!痛ぇんだ!イヤ!!もうヤだ!!頼むからやめてくれ!!離せ!!

喉が潰れんばかりに声らしきものを捻り出して叫ぶ。
だが、当然のことながら声になどなろう筈も無い。
ただの呻き声だ。



84 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:40:43 ID:LBnwtJPo
喉にゴツゴツした手のひらが押し当てられ、そのまま絞め上げられる。
「大人しく寝てれば殺さねぇって言ったよな、姉ちゃん」

息が出来ない。
目からは生理的な涙が溢れ、目を覆う布を濡らす。
口を塞がれているため、咳すら上手く出来ずに全身が痙攣を起こす。
激しく痙攣を起こした膣の筋肉に締め上げられた野郎のイチモツがそのまま達したらしいのを、会話で微かに認識。
「汚ねぇ!!!」
一際大声で叫ぶ声。
わき腹を蹴り付けられる。
意識を失いながら、どうしてこんなことになったのかを考えた。



ああ、そうだ。
道端でぶっ倒れたんだ。




特に行くアテがあるわけでもなく、炎天下を歩き回っていた。
喉が渇く。視界が霞む。
何も考えずに出てきたため財布には僅かばかりの金しか無かった。
ビールくらいなら買える金。
小金を迷わず、普段小便と同じと言って憚らないそれに換え、喉に流し込んだ。
今思えば、前の日も何も食ってなかった。
その上極度の睡眠不足だ。
身体は相当参ってた筈。
熱だってあったかもしれない。
程なくして回る視界。
覚束ない足取りで日陰である路地裏へと場所を移すも、そこで意識が途絶えてしまった。


85 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:41:29 ID:LBnwtJPo
頬を殴打されて目を覚ます。
「てめぇ…小便引っ掛けやがって!!」
言って更に殴られる。
どうやら失禁しちまったようで、目隠しの向こうで、男がいきり立っている。
ゲラゲラ笑うその他の声。
ああ、『あの時』と一緒だ。
アタシの覚醒を確認すると間も無く、新たに犯された。
痛みしか感じないソコ。
もう、痛いのか熱いのかすら解らない。
こんな屑ばっかの街で、女が路地裏で伸びてりゃマワされるのは道理だ。
何もかも自業自得じゃねぇかよ、馬っ鹿じゃねぇか?
アタマで何となくそれを理解したところで身体の震えが止まる筈もなく、相変らずアタシの身体の反応は無様な有様。
小難しい言葉は大嫌いだが、コレが『トラウマ』ってヤツなんだろう、どうにもコントロール出来ない恐怖に震えるしか出来ない。

口のボロ布は既にヨダレでベトベトで、行き場の無い唾液が喉へと落ちて来る。
しかし、開いたままの口では嚥下出来ない。
鼻だって詰まって通らない。
緩やかに、緩やかに窒息していく。
―――…苦しい…痛い…痛い…痛い痛いよ、ロック…痛いし苦しいんだ…。
身体の突き上げが激しくなる。
ああ、そろそろか。
腹の底から湧き上がる不快感。憂鬱。怖れ。
目隠しの中で更にキツく目を閉じ、眉根を寄せる。
身体を竦ませ、震えながらも備えていると、またしても首を絞められる。
溢れる涙。
再び痙攣する四肢。
「やっべ、マジ締まる」
「だろ?クセになるって、コレ」
どうやら、ド変態共は首絞めプレイをお気に召したご様子だ。
―――イヤだ…苦しい…助けて…!!助けて…ロック…苦しい…!!
涙と鼻水を垂れ流しながら、アタシよりも遥かに貧弱で力も無い男へ助けを求める。
再び薄れる意識、だが意識を失う寸前で喉が解放され、気付けに水を浴びせられる。
だが、一時的に意識は回復しても呼吸は相変らず出来ねぇ。
―――苦しい…苦しい…取って!!息が出来ねぇ!!!

どこにそんな力が残っていたのか。
腕を押さえつける野郎の手を振り払い、口の布を取り払うべく手を遣る。
苦しい…けど痙攣して上手く出来ねぇ。
―――取って…!!!取って…!!!
震える手を必死で操り、口が解放される。
「ハッ…ゼェハァハァハァハァ…ゲホッ…ゲェ…ハァ…」
逆流する胃液。
口から黄色い胃液を吐き出しながら、酸素を取り込もうと必死に息を吸う。
……アタシってこんなに生き意地汚かったっけか……。
それともこれが本能か?
どっちにしても超だせぇ。
再度押さえつけられる腕。
相変らず犯され続けてるボロボロの性器。
絶望感に埋め尽くされる。
ああ、どこまでも『あの時』のまんまだ。

死んだ方がマシだ…そう思っても舌を噛み切る力も残っていなかった。



86 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:43:23 ID:LBnwtJPo
気付けば誰もいなかった。
その後何回犯されたかなんざ覚えてねぇ。
また仲間が増えて、アスと口にも何発かぶち込まれた。
犯される度に首を絞められ、解放されて、叩き起こされまた絞められて。
ぶっ掛けられる水を貪り、僅かばかりの水分を補った。
あまりの渇きに、無意識のうちにあいつらの小便すら舐め、ゲラゲラ笑われた。
消耗によって弛緩する身体に、アイツ等もどんどん本気で首を絞めるようになって、
「死ぬ時が一番よく締まる」と、誰が試すかで盛り上がっていやがった。
だから多分最後は殺すつもりだったハズ。
何故だかしぶとく生きてやがるがな。

目隠しを外すと目の前には窓があった。
窓の外には青空。
切り抜いたみてぇな直線的で四角い青空。
あー、これも一緒だ。
ならばあの時と同じように、今はただそれを眺めて途方に暮れながら横たわっていよう。
運がよければあの時のように助かるかもしれない。
それに……疲れた。
動きたくねぇ。
あーあ。
何だかな…。
会いてぇな…。
死ぬのかな、このまま。
…こんな死体、見たら…どんなツラすっかな…見ものだな…
あ、死んだら、見れねぇんだ…ち…くしょ…
最期に会いてぇ…会いてぇよ……
会って、抱き締めてくれさえすりゃ…それで死んでもいい……
……あ…れ?…誰に…会いてぇ…んだ…け?
……もう、何か…ぃぃ…ゃ…どう…でも……
…何も…考えたく……
……

意識が朦朧とし、薄れていった。


87 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:44:24 ID:LBnwtJPo
次に気付いた時、霞む視界の先にあったのは見慣れた天井だった。
あれ。何処だっけ。よく知っているのに思い出せねぇ…。
………そうだ、ロックの部屋の天井だ…。
水場でバタバタしている気配。
目を遣ると、桶を抱えたアイツが近づいて来る。
「レヴィ!!」
目が合った瞬間、中の水を溢さんばかりに駆け寄って来た。
アタシの手を握り、頬摺りすると
「今拭いてあげてるから。済んだら病院に行こう、ちゃんとした街のだ。」
そう言って、上半身を抱え上げ、何だか微かに塩辛い砂糖水らしきものを含んだガーゼをアタシの口に入れ口腔を潤す。
それを身体に取り込むべく無意識に口が動く。
「ゆっくりだ」と言われながら何度かそれを繰り返すと、「あとこれだけだから」と話しかけながらタオルで背中を擦る。
…さっきから震えが止まらない。
何が起こっているのか解らない。
あの時は、雨水と、あいつ等の食べ残しを漁って這うだけの体力を回復した。
拾ったのは巡回中の福祉センター。
なのに、どうして今アタシはコイツの部屋でコイツに身体を拭かれてる?
どうしてあの時と違うんだろう。
そして、どうしてこんなに……
「……さ、む…ぃ…。」
度重なる絞首と胃酸による爛れで痛む喉から、どうにかそれだけ絞りだす。
本当に寒くて仕方ない。
「熱、上がってるね……でも冷房切ってるから、ここ30度はあるよ…?」
必死に頭を振る、此処が何度だろうと関係ない。
「…さむ…い…んだ…」
震えでガチガチと歯の根が合わない。
「…待ってろ。」
ヤツはそう言ってクローゼットを漁るも、この熱帯の街で毛布などある筈もなく。
シャツや綿のパンツを何枚も着せた上から日本に行った時に着ていた冬用のジャケットとコートとあらん限りの布を巻きつけると、
用意していたらしきクーラーボックスとアタシを肩に担ぎ上げた。
酷ぇ。荷物と一緒か、アタシは。ここは両腕で抱き上げるトコだろ。ホントに貧弱なヤツ。


88 :65の中の人:2008/03/04(火) 02:44:58 ID:LBnwtJPo
車では何故だかベニーが運転席にいて、アタシ達は後部シートに納まった。
いつかのように膝枕される。動き出す車。
「どうしたの、ソレ」
「寒いんだって。かなり震えてる。熱も上がって来たよ」
額に、濡れたタオルのひんやりした感触。
「うわぁ…まずいねぇ……」
「うん。悠長に身体拭いてる場合じゃなかった。だから急いで貰っていいかな」
「了解。」
頭上で交わされる会話。
何がまずいのかとか、そんなこたぁどうでもいい。
また会えたコトが嬉しい。
落ちるところまで落ちた体力を振り絞って、腕を上げる。
「何?」と顔を寄せるコイツに口の動きだけで「抱き締めろ」と伝えると、膝に座らされ肩を抱かれる。
ガタガタ激しく揺れる車内。身体がずり落ちそうになるのを、両手で支えてくれた。
コイツの肩に頭を寄せ、至近距離で顔を眺める。
こいつはまた例の変な味のする砂糖水を繰り返し口に運び、アタシはそれをピチャピチャと貪る。
「…さ、むい…んだ。」
「うん。」
身体をさすってくれる。
「あのときも…お…なじ、だ…たんだ」
「なに?」
「イタくて、くる…しくて…たすけてくれって…ずっと、よんでた…こわいって…だき、しめてっ…て…」
「うん。」
うわ言のようなアタシの呟き。
ロックはアタシの口に耳を寄せて聞き逃すまいとする。
「…ロッ…ク……ロック……ロッ……ク………らくに、なりたか…った、ん…だ…」
何から?と問うヤツの声を聞きながら、またしても意識は沈んでいった。

それからは何度か極短時間の意識の浮上と沈下を繰り返した。
ある時は、髪を撫でるロックの手を感じた。
ある時は、またガーゼで口の中を潤わされていた。
ある時は、ロックが包んでくれた布から引きはがされ、裸にされた。寒くてアイツの名前を呼んだ。
ある時は、腕に針を刺されて「いてぇ」と呟いた。



89 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:45:39 ID:LBnwtJPo
意識の回復と呼べるものをした時、知らない建物の廊下で毛布に包まれてた。
何か、腕にはやたら針と管が繋がってる。
看護婦がやって来て寝台を押す。
アタシと目が合うと、タイの言葉で無愛想に何か言った。
全く働かない思考で、耳に入った言葉を咀嚼し、英語に翻訳する。
「今説明を聞いている」多分こんなような意味だ。
まぁ取り敢えず視線だけで聞きたいコトは伝わったらしい。
そのまま大人数が集まる雑居部屋に移された。
一応女ばっかの部屋。
周りから聞こえるのはタイ語ばかり。
いかにも死にぞこないの新入りに向かって何か話しかけて来るが、疲れるので聴かないことにする。
ロックは普段英語をこんな風に聞いているんだろうか…?
…いや、喧嘩できるし…もっとマシか。


程なくして、誰かが足元辺りに腰掛ける気配。重い瞼を上げると、傍らからこちらを覗き込むロック。
座っていたのはベニーだった。
「レヴィ?寒くない?」
耳元で問う声。
目線で頷き、寒気は無いことを伝える。
「心配した」
「……そう…か。」
瞼が重い。
「ロック、僕は一回戻る。ダッチに報告もあるしね。君はどうする?」
「ああ、まだいるよ。必要ならタクシーで帰る。ありがとう、ベニー」
そんな二人の会話を意識の狭間で聞く。
ベニーはアタシの側に寄ると「レヴィ?」と彼を見るように促し、ニィっと笑って「心配ない」とだけ言って帰って行った。
再び瞼を下ろすとアタシの頬に貼られたガーゼを撫でる手。
でも、もう瞼が上がらない。
瞼を震わせながら睡魔と闘っていると、両方の瞼に唇の感触。
寝る前の挨拶。
寝ろってコトか。
周りの女共が何やら冷やかしている。
南国の女ってのは…うるせぇ…お前等病人じゃねぇのかよ。
瞼に続いて、渇いた唇に降りてきたそれ。
自らの潤いを分け与えるかのように何度も何度もそこを啄ばんだ。
人前でのその行為を珍しいとは思いつつも、やっと手に入れた安息の時間は手放しがたく。
アタシは赤ん坊が乳を強請るように、上下の唇を舐めたり動かしたりすることで『もっとして』と強請ると、そのまま眠りに落ちていった。



90 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:46:32 ID:LBnwtJPo
抗生物質が効いてアタシの容態がある程度安定した時点で我が侭を言って病院は引き上げた。
通院はしなけりゃいけねぇが、長居したい場所じゃねぇし、周りに人が居ても独りだからな。
敗血症を起こしかけてたと聞いた。
肋骨2本にヒビ。アソコは化膿したり、組織が変に癒着した後に剥離したりで、なかなかアレなカンジだったとか。
そして、あと少しで子供を絶対に産めなくなっていたとも。
現状でも、正常な妊娠は難しいとか何とか…?…ま、どうでもいいけど。
「ガキなんざ要らネェし、どうせなら産めねぇ位で丁度良かったんじゃねぇの?中で出し放題じゃん?」と笑いながら言ったら怒られた。もの凄く。

病院を逃げ出してからは、ロックの部屋でまどろんで過ごした。
アイツはアタシが訊いたことに、色々答えてくれた。
アタシが事務所を出てから、3人でアタシのコトを話したこと。
昼過ぎに様子を見に行くと鍵が開いている上に中が滅茶苦茶だったこと。
丸一日探し回ったこと。
酒場で、酔っ払いが道でノビてた女をマワした話をしていたという噂を聞いたこと。
思わせぶりな態度から有名人だと知れたということ。
酒場の近くを虱潰しに探し回ったこと。

ロックはアタシに何も訊かなかった。
朝二人でメシを食って、病院に送られ、夕方迎えに来たコイツとコイツの部屋に帰って、二人でコイツの作ったメシ食って、TVを見て、キスをして。
ベッドに入って、服を着たまま身体を絡ませ、じゃれ合う。そして暗闇を好まなくなったアタシのためにロックが買ってきた間接照明を点して眠る。
毎日大体そんなカンジだ。

アタシの不安は未だに燻ってる。
楽になりたいのに、その方法が解らない。
今はロックの部屋で、ロックの部屋着に身を包み、ロックの庇護の下で息が出来ている。
けれど…。

退院してから暫く、ロックはアタシの傷や痣を撫でたり舐めたりしたがった。
喉首の絞め跡が一番多かったが、耳の後ろもよく舐め回した。
事務所でずっとなぞってた場所。
堪らなく泣きたくなる。
そもそも、コイツは言わないが、あんな短時間でアソコが癒着したり化膿したり、敗血症を起こしたりする筈が無い。
間違いなくコイツはマワされる前のコトにも気付いてる。

アタシを抱き枕にして寝息を立てるコイツ。
この場所は好きだ。
でも、いつ追い出されるかと不安でならない。
淫売を手元に置いたっていいコトなんざありゃしない。


91 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:47:09 ID:LBnwtJPo
「レヴィ。」
突然名前を呼ばれる。
「起きてるだろ。」
イキナリ断定か。いや、実際起きてるんだけどよ。
「ああ」
嘘を吐いても仕方ないので肯定してみることにした。
「俺も、ずっと起きてた」
「嘘吐け。スヤスヤ寝息立ててただろ、お前」
「寝たフリしながらずっと考えてた」
「…………。」
何を、なんて訊ける筈も無い。
それを知っていて敢えて、のコトだろう。
コイツは問うて来る。
「何を?って、訊かないのか?」
「……訊いて、欲しいのか?」
声は震えていないだろうか。
「レヴィ。俺、知ってるんだよ…」
そう、搾り出すように告げるロック。
………何を、なんて聞きたくねぇ。
アタシはこのまま心ん中で燻ったままの不安要素を引き出しに押し込むなり、免疫を付けるなりして気にならなくなればそれでいい。
でもソレはアタシん中の話であってコイツには関係の無い話。
だから。
「何も言うな。」
そう言ってロックの唇を塞ぐ。

わかっていたことだが、ロックはキス程度で懐柔されるつもりは更々無いらしい。
しつこく唇に吸い付くアタシを引き剥がしてベッドに縫い付ける。
「ロック、肩が痛ぇ。離してくれ」
「どこぞのジャンキーが言い触らしてる。トゥーハンドを買ったって」
血の気が引き思考が停止する。
世界中から売女だと蔑まされている気がした。
「ただ、コレに関しちゃ今のところ誰も信じちゃいない。ヤク中の妄言扱いだ」
「…………。」
「でも時期は一致するんだ。レヴィが不自然な痣を付けて怯え始めた日と、ソイツが『妄言』を吐き始めた日」

イヤだ。
ヤメろ。
これ以上コイツの口からこんな話聞きたくない。
コイツに淫売の烙印押されるなんて耐えられない。
コイツに押されるくらいなら、自分自身で押してやる。


92 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:47:54 ID:LBnwtJPo
「だから…だから…何だって?アタシが何処でどんな理由で誰と寝ようとアンタには関係の無い話だ。つべこべ言われる筋合いなんか無ぇ…!!
 アンタはアタシの何だ?恋人か?まさか!!アタシとアンタの間に何がある?愛情?違う。
 お互いがお互いにとって低リスクで性欲を処理出来る都合のいい道具のハズで、お互いの間にあるのは利害関係のハズだ…」
ロックは傷ついた顔でアタシを見下ろす。胸が痛むがアタシは一度吐き始めた嘘を止めることができない。
「だからよ、低リスクの野郎が居りゃたまには違うブツも味わってみてぇと思ったって悪いこっちゃねぇ。
 そしたらちょうど丸腰のジャンキーが看板に話掛けてやがったからよ、看板に成り代わってやったんだ。途中でシラフに戻りやがったがな」
「レヴィ。」
ロックは『もう黙れ』と言いたげに首を振る。黙るなんて恐ろしいことが出来るハズねぇ。喋り続けていねぇとおかしくなりそうだ。
「だから……だからよ、その…、そう!だから!無駄な詮索は今の好都合な利害関係を壊すだけだ、アタシは少なくともアンタとの関係が気に入ってる。
 今は、アンタに頼りっぱなしだからよ、その…あ…アンタがその…こ、こ…こんな負債ばっかの女もう要らねぇってなら……仕方ねぇけど…」
「……レヴィ。もういいから。そういう話は泣きながらするモンじゃない」

思わず目に手を遣るが、アタシの目は何処も濡れちゃいなかった。
「誰が泣いてんだよ、いつも通りだ」
「泣いてる。」
「泣いてねぇ。」
「泣いてる。泣きたいって顔してる。なぁ、レヴィ。俺があの日から考えてるのはさ、どうすれば本当のコトを言ってくれるか、ってコトなんだよ」
「今のが真実だ、認めろ、ボーイ。あとやっぱ泣いてねぇし」
「今のハナシで本当なのは『看板に成り代わった』と『俺との関係が気に入ってる』だけだ。」
大当たりだよ、おめでとう!心の中で銃弾の祝砲をプレゼント。
唇を噛んで射殺さんばかりに睨みつける。
「レヴィ。鏡見せてやろうか?俺のこと睨んでるつもりだろ、全然怖くもナンともねぇ。顔が『助けて』って縋ってるんだよ。
 お前を買ったジャンキーが何て言ってるか教えてやろうか、『初めてみたいに震えてた』、だ。お前をマワした輩も同じようなことを言ってたって」
あんなおツムの壊れたヤク中にまで見透かされてやがった。
気丈にしてたつもりなのに。
「……あ…ぁ…ぁ、あの野郎殺してやる!!!殺してやる!!!離せ!!離せぇぇぇぇっぁぁぁああぁあああっ!!!!殺してやるっっ!」
治りかけの喉を酷使し、金切り声で叫ぶ。ロックの下から抜け出しベッドを降りると、腕を掴まれ引き戻される。
「落ち着けって。誰も信じちゃいない。クールに考えろ」
ヤツの正面に無理やり座らされ、頭からすっぽりシーツで包まれた。まるっきり猛獣扱いだ。
なけなしの体力を使ってシーツの中で喚き暴れるアタシを宥めると、コイツは続ける。
「何もなけりゃ鼻で笑って終わりの話だ。わざわざ尾鰭や信憑性をくれてやることは無い。
 けど、このまま俺にすら本当のコトも言わねぇで、いつまでもビクビクし続けるつもりなら、それはそれで信憑性が付加されるだろうな」
言葉が出てこない。
「…俺もさ、レヴィとの関係は割と気に入ってる。お前がお互いを性欲処理の道具だっていうならそれはそれでいい。」
…………全くもって良くねぇよ。少し傷ついた。思っても自分からそう言った手前、逆立ちしたって言えねぇが。
相手に言われると、正直キツい。
「だから、関係を維持するために…いや、違う。そうじゃない、違う…」
言葉を捜してブツブツと逡巡し始めるロック。
そして、混乱した口調で捲くし立てる。
「……そう、そうだ…レヴィ。残酷だ。とてもとても残酷だ。」
そして、全く意味が解らない。


93 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:48:24 ID:LBnwtJPo
「…ずっと一人で考えてた。いつどうやって話を切り出すべきか。話を切り出すのも怖くて怖くて堪らなかった。今も怖い。」
「……。」
「お前は事務所で眠った時からずっと、腕の中でも、病院でも、食事の時も、抱き合う時も、…ずっとずっと縋るような目で俺を見るクセに!」
興奮しているのか、どんどん感情的になっていく声。
「楽になりたいって…そう…言った、のに…なのに何処から…救い出せばいいの、かも…教えてくれない…ッ…」
……泣いてる……。
コイツは甘ったれだが、泣くなんてことはそう滅多にない。
会社に捨てられた時も泣いてはいなかったよな。
シーツの中から、声を掛けた。
「野郎が泣くなよ。」
「泣い、て…ない。」
「泣いてるだろ。」
「泣いてない!…見え、て…ない…だろ?」
確認するかのように、言う。
「…………あぁ。そうだな。何も見てない」
だから、肯定する。
「だから…さ、レヴィがッ泣いても…俺、には見え…ない」
そう涙声で言ってシーツごと脚と腕で抱え込まれる。

…コイツの言うとおりなんだと思う。
アタシはずっとずっとずっとずっとずっと無言で縋ってたんだろう。
そして、コイツはその度に傷ついて、最終的にガキみてぇにベソかく位それを溜め込んだ。
コイツへの贖罪はするべきだ。否。しなければならない。
贖罪の方法も知っている。
でも。
その前に、少しの間だけ泣くコトにした。

二人分の嗚咽が部屋を埋めていく。


94 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:49:57 ID:LBnwtJPo
シーツに匿われたアタシは、思いつくままに口にした。
ニューヨークではいわゆるストリートチルドレンだったこと。
ねぐらで眠っていると、裕福なガキ共が入ってきて、物のように殴られ、犯されたこと。
年端もいかねぇガキにとって、それがとてつもなく痛くて怖かったこと。
そいつらが、怯えるガキを指差して楽しそうに笑ってたこと。
犯されながら目に入った窓の外が青空で、それが嫌味な位綺麗だったこと。
最後は涙も出なかったこと。
それでも馬鹿ガキは健気に神を信じてたこと。
自分によく似たガキを見たこと。
纏わりつく記憶から、何でもいいから楽になりたかったこと。
楽になろうとして、あろうことか身体を売ったこと。
そこから、ロクでも無い方向に転がってしまったこと。

支離滅裂でブツ切れの言葉の羅列を、時折相槌を交えながらロックは辛抱強く聴いていた。

「気持ち悪かった。」
「うん。」
「野郎がイった瞬間、汁が腹ん中で広がるんだ」
「…うん。」
「いつもそうなんだ、その瞬間が一番嫌いだ」
「…。」
「身体の髄から汚された気がする。なのに穴は悦ぶみてぇにヒクヒク震えるんだ」
アタシは、重苦しい空気から逃げ出したい一心で少し饒舌になる。
「だから掻き出したんだ。あんな穴いらなかった、何でも突っ込まれりゃ悦びやがって…どんな野郎のモノでも受け入れやがる」
興奮し、語気と呼吸が荒くなる。
ロックは『落ち着け』とでも言うように、アタシの背中を叩いた。
「でもいくら爪をたててほじくっても届かないところでどんどん沁み込んでく気がして、歯ブラシ使って奥まで擦ったんだ。」
「……は…歯ブラシ?」
「安モンだから硬くてよ。気付いたらアソコが血まみれだった。生娘でも無ぇのによ、ハハ、ハ」
「…。」
「…おぃ、どうした笑うとこだぞ…。」
「……悪いけど、とてもじゃないが笑えない。」
ロックは痛い位にアタシを引き寄せ、日本語でブツブツと「ナキソウダ」とか「バカヤロウ」とか「メマイガスル」とか何とかほざいてやがる。
……重苦しい空気が軽くなることは無かった。せめて喋るなら英語で喋りやがれ。
「お前が気に病むようなコトじゃない。アタシのやりたいようにやった結果だ、全てアタシの自業自得ってヤツだ。」
「レヴィ。」
「ナンだ?」
「俺、もうナンか、ハゲそう…」
シーツ越しのアタシの顔にグリグリと頬ずりして来る。
「何だよ、イキナリ」
「それか総白髪だ…」
「……続き聞くか?」
何か、もう、色んな意味で参ってる様子のコイツに一応聞いてみる。
「…他にあるなら……」
相変らずグリグリしてる。
「つっても…後は知っての通りだよ、道で倒れて、何度もマワされて殴られて首絞められて、半殺しにされた。」
「…やっぱ、ハゲる」
脱力しながらぼやく。
「何だよ、だから聞くか?って訊いたじゃねぇか」
そんなアタシの突っ込みを無視して尚もぼやくロック。
「何で何も言わなかったかなぁ…俺も、ダッチも。ベニーだって、お前の話を聴く気がない程ケツの穴が小さいワケじゃない」
「知ってる。そんなコト。」
そう、知ってるのだ。何だかんだ言ってアタシの雇用主と同僚達は面倒見がいい。


95 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:50:33 ID:LBnwtJPo
「ダッチなんてお前には『休みの間のペイは無い』とか何とか言ってるけど、ヘコんでる」
あ、やっぱ無いんだ…つーか初耳だ、直接言いに来いよ。
「『海にブチ込まなければ』とか『無理矢理帰さなければ』とか、IFの話ばかりだ」
「結果論じゃねぇか、ソレ」
「そ。今回のコトで悪いのはお前。なのに全員で肝を冷やして、今も全員IFの話ばかりしてる。」
何だよ、人の居ねぇトコで野郎3人何の話してんだ…。
「で、俺も含めお前に怒ってる。お前の行動如何で回避する方法は幾らでもあったってな」
「…ど…どうしていいか解んなかったんだよ!!」
思わず声を荒げる。
「終わったことを今更責めるつもりは無いんだ。床にぶちまけちまったミルクを今更嘆いたところで仕方ない。
 ただ、生きていてくれて良かった。間に合って良かった。それだけだ。
 ……でも……でもさ…、こんなのは二度と御免被りたいんだ。俺はまだ白髪にもハゲにもなりたくない。頼むよ」
ロックはそう懇願すると、子供をあやすようにシーツに簀巻きにしたアタシごと身体を揺らす。
アタシはぴったりとコイツの身体に寄りかかる。
しばらくはそんな風に揺れながら、何もせずに、何も言わずに過ごした。

「それで。これから先、楽になるにはどうすればいいと思う?」
そんな心地よい沈黙を破ってロックが問う。
「……わかんね。でもよ、大の男に『俺はまだハゲたくねぇ』ってベソかかれるのは御免だからな、数こなして馴れてくってのはやめとく」
「………ぁ、有難いよ……」
「でも、泣いてゲロって大分スッキリした。」
「それは良かった。」
「…一人じゃ泣けないんだけどな」
「その時はまた一緒に泣こうか」
返事の代わりに甘えるように身体を摺り寄せる。
スッキリしたのは本当だ。
だが何よりコイツに受容され、安心した。
コイツの傍だと、怖くない。
口に出しては言わないが。


96 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:51:15 ID:LBnwtJPo
その代わり、さっきからずっと引っかかっていることを訊いてみることにする。
「なあ。」
「ん?」
「ホントに性欲処理の道具だと思ってるのか?」
「…レヴィが先に言ったんだろ」
「ああ、だからどうした?アタシはお前がどう思ってるのか訊いたんだ」
「うわ、何だそれ…訊くなよ、そんなコト…」
不機嫌に大きくため息を吐く気配。
やっぱ面倒なコトを訊いた…不安と後悔が募る。
「普通さ、ダッチワイフの為にみっともなく泣いたりはしないだろ。大事で大事で仕方ないんだ。口に出して言ったことは無かったけど。」
そう言って、シーツからアタシの顔を覗かせると、耳元でこっそりと「I love you」と囁いた。
続いて落ちてくるキス。
何だよ、このベタベタなC級映画みたいな展開は!柄じゃ無ぇんだよ!
自分で話を振っておいて、アタシは赤面したまま二の句を継げない。
こいつはそんなアタシを嬉しそうに眺めながら、更にとんでもないことを抜かしやがった。
「何か、ウェディングドレスのヴェールみたいだね」
こいつ頭湧いてる。間違い無い。こいつこそクスリやってるに違いない。
そう思ってるのに、口を吐くのは別の言葉。
「……こんな男物の部屋着着た花嫁があるかよ」
「じゃあホンモノ着る?」
「…冗談じゃねぇ…。誰が着るか馬〜鹿!!」

暫くして、仕事に復帰した。
アタシの身体が本調子になるまで、撃ち合いになりかねない金になる依頼は断った、あの雇用主様は。
やれと言われりゃ何だってやってやるんだから、仕事選ぶことは無いってのによ。
それでも足手まといならアタシに留守番させりゃいいだけの話。
今まで何となく役割が決まっていたが、操縦ならベニーが出来る、撃ち合いならダッチが出来る。
ロックだって海図やレーダーくらい読めるようになっているのだから、問題無いのだ。
だから、アタシが休んでる間は、そんな類の依頼も普通に受けていた。
……つまりは、役立たずでも働いていたという実績があればペイが出せる、そういうコト。
変なところでアタシに甘い。
そんなワケで、この間のラグーンは本当にただの運送屋だった。

ロックもロックで、傷が治るまで、どんなに迫っても絶対にアタシを抱かなかった。
そのクセ完治のお墨付きが出た途端、お預け喰らってた犬みてぇにハァハァがっついて来て、何か笑えた。
でも、ずっと我慢してたんだ、と思うと愛おしくて仕方なかった。
アタシは、生身で抱き合ってみたくてロックにせがんだが、ヤってみるとやっぱ気持悪くて仕方なかった。
刷り込みってヤツだ。
中に出された不快感を隠しもせず、顔を顰めて「キショクわりぃ」とか「うわぁ…」とか呻くアタシに真剣にヘコむロック。
何かの冗談のような光景。
何度かヤってみたが、どうも毎回そんなカンジだった。
それでも、それがアイツのものだと心の底から納得出来てしまえば…まぁ、何とかなりそうだ。
だから、そのうちにまた試してみるのも悪くは無いと思ってる。


97 :名無しさん@ピンキー:2008/03/04(火) 02:53:18 ID:LBnwtJPo
そして、一つ。
つい考えてしまうこと。
ガキは出来にくいらしいが、もしも何かの間違いで出来ちまったら。
この街でどんなツラしてどんな風に育つのか。
昔のアタシや、あのガキみてぇに可愛げの無いツラしてるんだろうか。
それともあの双子みてぇになるのだろうか。
アタシはちゃんと親になれるんだろうか。
でもロックは…ソツなくこなしそうだよな。
あ!アイツに育てられたら南米のお坊ちゃんみてぇになりそうだよな、それも困る。
何にせよ、周りは意外と面倒見のいいヤツばっかだし、それなりに育つだろ。
何だ、案外何とかなるじゃねぇか、うん、大丈夫だ。
…………………って…ま、試してみる気なんか無ぇんだけどよ。

例のガキだが。
次会った時には偉そうに人生の教訓の一つでも垂れてやろうかと密かに思っていたのに、あれ以降二度と見ることは無かった。




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