- 598 :名無しさん@ピンキー:2008/12/24(水) 17:55:43 ID:AAZ1FMLC
外は雨らしい。
薄暗い部屋の中、ソファの端に腰かけたロットンは隣の女を横目で見遣った。
同じソファの反対の端で、ソーヤーは膝を抱えて丸くなっている。
二人の間に会話はない。壁の時計に視線を向ける。まだ九時にもなっていない。
この街では夜とも呼べないような時間だ。
心配する必要はない。
そう口にしようかと思って、結局は止めた。
何を言ったところで、ソーヤーは安心するまい。
この部屋の主が帰ってくるまでは。
――なんでここにいるんだろうな。僕は。
奇妙な縁で組んで仕事をするようになった、中国人の女の部屋。
怪我をした彼女の身の回りを世話していたことも確かにあった。
彼女の怪我が治ってしまった後も、なんとなくずるずると居ついている。
ソーヤーは自分の家での仕事もあるくせに、何かにつけここへ来る。
仕事でもないのに何でウチ来るか、と言いながらも彼女はソーヤーと自分を
追い出そうともしない。変なところで面倒見がいいのだ。
前にちょっと尋ねたら、前の相棒はもっと世話が焼けたから、これくらいは
面倒でもなんでもないね、と彼女は苦笑した。
――前の相棒。
過去について詮索するのは失礼だ。だからそれについては、よく知らない。
現在の彼女のことしか自分もソーヤーも知らない。
自分達の知らない何かで彼女が出かけていたって、それに口は出せない。
けれど。
出かける前の突然の電話、珍しく動揺した彼女の声音。どうしたのかと尋ねる前に、
慌てた様子で出かけてしまった。そして――まだ、帰ってこない。
雨足はいっそう酷い。
- 599 :名無しさん@ピンキー:2008/12/24(水) 17:59:02 ID:AAZ1FMLC
- 不意にソーヤーが顔を上げた。ほとんど間を置かず、外からどん、という鈍い音が聞こえてきた。
反射的に銃を手にロットンが立ち上がるのと同時に、玄関の扉が開く気配がした。
ソーヤーがソファから飛び降りる。そのままばたばたと玄関へ走っていく。
「いや参ったね、ずぶ濡れなったますよ。……ん? ソーヤー、どうかした……」
聞きなれた片言の英語が、途中で途切れる。
追いかけて自分も玄関まで行ってみれば、全身ずぶ濡れの美女がソーヤーに抱きつかれて
困惑していた。
「あー、ソーヤー? 濡れるますよ。ソーヤー? ……ロットン、どうしたか、この子」
ソーヤーに抱きつかれ、玄関を上がるに上がれず難儀しながらシェンホアが言う。
長い黒髪の先から雫が落ちる。
「心配、していた」
自分の言葉にシェンホアは少し困ったように頬を掻き、それから苦笑して、
抱きついて顔を埋めているソーヤーの髪を撫でた。
「……さっきの音は」
「ああ、あんまり雨がひどいからタクシ使ったね。そしたらまあ、運転手が」
この街では時々ある、強盗まがいのそれだったのだろう。乗せたのが彼女だったのは、運転手の不運だ。
「さて、ソーヤー。いいかげん離れるます。お風呂入るないと風邪引くね、わたしもソーヤーも」
シェンホアがあやすようにソーヤーの背中を軽く叩き、身体を離す。彼女に抱きついたせいで
ソーヤーの服もだいぶ湿ってしまっている。
「一緒に入る?」
尋ねるシェンホアに、一瞬ためらってからソーヤーがこっくりと頷いた。
「じゃ、行くます」
水滴の足跡を残しながらぺたぺたとシェンホアがソーヤーを連れて風呂へと向かう。
扉の向こうに消える直前、思い出したようにロットンへと振り返り、
「なに、寂しそうな顔してるますか。なんなら一緒に入るか、ロットン」
「……三人は、入れないだろう」
「言っただけ。着替え、持ってくる頼むね」
くすりと悪戯に笑い、シェンホアがロットンに軽く口づける。
長い黒髪を翻して浴室へと続く扉の向こうへ彼女が消え、ロットンは彼女を捕まえ損ねた手を
少しの間見つめ、短く溜息を吐いた。
外は雨、まだ止む気配もない。