780 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/02/22(日) 03:16:11 ID:zstqUTuS

…………ああ、まいったなぁ。

男は、そう思った。


言い訳するワケではないが、酔った勢いだったのだ。
同僚である女といつものように飲みに出、いつものように歓楽街を歩いていた。何度も歩いた道。
なのに、その日はやたらと客引きの娼婦に目がいってしまう。ああ、そういえば『ご無沙汰』だ、そうぼんやりと考えた。
これでもかとセックスアピールする娼婦たち。ご無沙汰だと意識すると、どうにも溜まってる気がしてたまらない。
女を買うという言い方は好きではないが、飲んだ後声を掛けてみようか。
だが、店に所属せずに客を取る彼女達の目は、皆ハッピーなドラッグをキメたようなそれで、とてもじゃないが近寄り難い。
…隣を歩く同僚。露出は激しいが色気は無い。品も無い。可愛いげだって、無い。おまけに人殺し。
だが、多少ゴツいとは言え体つきと顔は悪くは無い。
ヤニと酒と、極まれにチョコをヤってはいるが、オツムまでやられちゃいない。
そう、男は酔っていた。女だって、酔っていた。

部屋で飲もうと誘った男に深く考えずに着いて行った女は、なし崩しのように彼と身体を繋げる結果に陥った。
だが、それでも彼を憎からず想っていた彼女はその身に彼を受け容れたことにいたく満足だった。
一方の男はといえば、『キモチヨければそれでいい』とばかりに一時の快楽を共有し、明日からまたただの同僚。飲み友達。
そんな、その場限りのドライな関係のつもりでいた。
彼にとっての誤算は、彼女が彼との行為を極めて湿っぽく大切に想っていたことだ。
それに気付いたのは、散々汗をかいて酒が抜けた後。
今まで見たことも無い…幸せで満たされた寝顔を瞬間。
そういえば、突っ込んでる時にもやたらと自分の名前を呼び、局部の抜き差しによる快感よりも肌と肌との触れ合いを求めていたことを思い出す。
…冗談だろ…。
彼女は掛け替えの無い友人だ。しかし友情以外の感情を抱くなど想像も出来ない。
いわゆるセックスフレンドにはなれてもステディな関係になんてなれやしない。

出会って日も浅い頃。女は男にこう言った。
『仲間に淫売扱いされるくらい辛いことはない』
これまで、ただの比喩表現の一種と、そう思っていた。
だが、言葉のあやでも何でもなく、そのままの意味だったとしたら…。
まさか、道端の女を買うよりお手軽だったなどと口が裂けても言えるはずがない。
どうやらとんでもなく厄介なことになったらしいと気付いた男は、ただただため息とともに頭を抱えるしか出来なかった。


だが、二人はその後も行為を重ねた。
女を抱き続けてやらないと、きっかけの不純に気付かれてしまう気がしてたまらない。
そのくせ隙間無く身体を繋げたならば、そんな思惑すら見透かされるようで更に怖くてたまらなくなるのだ。

ところが、男は肉体交渉の回数を重ねる毎に素直になる女の態度に気付く。
初めて彼女と寝た夜以降、彼の頼みは基本断らない上、彼に尽くしている面すら見受けられるようになっているのだ。
やがて男は悟る。
確かに女はとんでもない地雷には違いないが、自分に縛り付けていれさえすれば実に都合のいい手足になることを。
そう、こうして自分の性欲処理も兼ねて定期的に抱いてやれば、そして微笑みかけてやれば、この女は自分のために自身の命すら賭けるのだ。
男がこの街にいるのは自身の人生を楽しむため。
出会いの日、突如始まった銃撃戦に狼狽する男に女は薄く笑ってこう言った。
『ハリウッドなんざよりエンターテイメント』
『人生は楽しまなきゃ損』
銃を持たぬ彼がそのイカしたショウの特等席の観客であり続けるためには、この女が絶対必要。絶対にだ。
友人としての彼女へ後ろめたさが無いわけではないが、抱き続けていればいつか情が湧くこともあるかもしれないではないかと、そう思う。

781 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/02/22(日) 03:18:00 ID:zstqUTuS

白いシーツに日焼けて赤茶けた髪が広がる。
男が義務としてキスをしてやると薄く開く唇。
舌を挿れろということかと、いささかうんざりしながら突っ込んでやれば嬉しそうに喉を鳴らして女の舌が絡みついてくる。
煙草臭い。
他人の煙草の味など不快なだけなのに。
デリカシーの無い女に静かな怒りが湧くが、自分のためだと割り切り髪を撫でる。
唇を離すと名残惜しそうに溜息を漏らし、潤んだ目で彼を見る。
男の下半身に絡み付く、女の節ばった指。
本当は、抱けば折れてしまいそうな線の細い女が好きだ。
指だって、細く長い方がいい。白くて細くて品がある、そういう『女らしい女』にこそ、そそられる。
なのに、それとは掛け離れた相手だろうと、触られれば否応無く反応する自身。
生理反応とは言え便利に出来ていると、苦笑する。
おかげで、あとは女の股に突っ込んで、こすって、吐き出せば終わり。
幸い筋肉質であるこの女の股は実に締まりがいい。ヤるからには楽しまなければ損だ。
初めての夜以降欠かさぬ準備を済ませた男は、熱く潤んだ女の中へと分け入った。


女は気付いていた。
名前を呼ぶのはいつだって自分ばかりで、男の方から呼ばれたことなど一度も無いことを。
否、請えば呼んでくれる。
だが請わない限りは終始無言でコトを進める。
男はきっと自身の言動の機微になど気付いていない。
惰性で…いや、引っ込みがつかないまま半ば義務と割り切って女を抱いていることになど、彼女はとうに気付いているというのに。
女は男のことを頭はいいけど馬鹿なヤツだと思い、馬鹿は自分かと思い直す。
男と触れ合っていられるのならば、理由なんかどうでもいいと、そんなことすら考えている。
女は、いつか彼が自らの意志で自分を求め、自分の名前を呼んでくれることをどこかで期待していた。
だから、ちゃんと向き合って貰えるよう、自分という女を見て貰えるよう、自身でも笑ってしまうほどにかいがいしく男に尽くしていた。

女は、自らを貫き身体を揺らす男を見上げる。
少しだけ余裕を失いつつある顔。
手を伸ばして頬を撫でると、ほんの少しだけ、汗ばんでいた。
彼女の手に気付き、微かに笑い返される。
作りものめいた他所向きの笑顔。
自分のカラダでカンジてくれているのは馬鹿みたいにうれしいのに、喜んでいるのは男の身体だけなのだと思うと堪らなく寂しい。
身体だけの関係だと割り切れない。いつか気持ちってヤツが伴う日が来るんじゃないかと期待している。
来ないことを解ってて、こうやってあんあん喘いで、もっともっと奥まで犯してとばかりにいっそう大きく脚を拡げる。
女は知っている。
こんな風に浅ましく男を求める時、彼が一瞬野良犬でも見るような視線を寄越すことを。

だって、仕方ない、そんな風にしか相手を求める術を知らない。
こんな風にキモチヨク脳みそが溶けている時じゃないと、なりふり構うことなど出来ないのだ。
壊れたラジオのように繰り返し男の名前を呼ぶ。
二人分の濡れた吐息。
肉と肉が激しくぶつかる音。
その度にシーツへ飛び散る女の淫らな体液。
男が一際強く身体を打ち付けた瞬間、女の背中がしなり、絶頂を迎える。
薄い被膜越しでも強烈な、膣の収縮と筋肉のうねり。
原始的なその奔流に逆らうことなく、男もまたそのまま果てた。


782 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/02/22(日) 03:19:03 ID:zstqUTuS
吐き出した後、いたたまれなくなるのは男にとって、そして女にとって、いつだって同じことだった。
いわゆる満足感や幸福感とはどこまでも無縁。
荒い呼吸が整うのを待たずに、男はすっかり萎えた自らの性器を女から引き抜く。

鼻から抜けるような甘ったるい女の声。
きっと縋るような目で自分を見ているだろうことはわかっていた。
だが、だからこそ今は女の顔をまともに見ることが出来ない。

女は、自らに背を向けてコトの始末をする男の背中をぼんやりと眺める。
背を向けてくれるのは好都合だった。
身の内から彼がいなくなった喪失感で、今は自分がどんな顔をしているかわからない。

いつだって、これが最後かもしれないと、そう思う。
そう、このちぐはぐな行為に『次』があるようにはどうしたって思えないのだ。
なのに気が付けばまた身体を繋げている。
自分達の関係とは何なのだろうと虚しくなる、そんな時間。

二本の紫煙が天井へ昇り、空間に溶けていく。
煙草の煙はこんなに簡単に溶け合うのに自分たちはいびつでちぐはぐだ。
たまらなく憂鬱になって馬鹿馬鹿しいと小さく溜息を吐く。
いつまでもここに居たならば、湿っぽくなってたまらない。
女はベッドから降りると、床に散らばる下着と衣服を身に着け始める。男は何も言わない。
短く帰宅の意を伝える女に、一言了解の意が返る。
最近では、ポーズですら引き止められることもなくなった。
これが女の部屋であっても、男は理由を付けて帰ってしまう。
本当は、嘘でも引き止めて欲しい。嘘でもいいから自分を求めているフリくらいはして欲しい。
初めのころは、まだそんな淡い期待を抱いても許される程度の気遣いがあったのに、今はそれすら無くなりただセックスするだけ。
一度、どういうつもりかを問いただしてみたいが、返事如何では男を殺してしまいかねない。
どうせなら、昼間も素っ気無ければ割り切れるのかもすれないが、行為が絡まなければ男は実に気さくに女と関わる。
馬鹿な話にはジョークを交えて屈託なく笑い合い、たまには喧嘩だってして、仕事で怪我をすれば他意無く心配してくれる。
男の本心が解らない。
自分の望むものもよく解らない。
映画のような甘い言葉が欲しいわけではない。
女にとって気持ちの伴わないセックスはそれ自体問題になるようなことではない。
寧ろ気持ちの伴ったそれなど経験すらしたことがない。
けれど、いつだって相手だけでなく女自身にも気持ちは伴っていなかった。
だから、この男がどういうつもりだろうと、女に彼を責める道理などない。
なのにどうしてこんなに寂しいのだろう。
寂しくて、苦しくて、切なくて、どうしていいかわからない。

結局言葉を交わすことなく、女は男の部屋のドアを開け放つ。
ムワッとした熱気を帯びた空気が一瞬で全身に纏わり付く。不快でたまらない。
つい先程まで絡み合わせた身体の熱はこれよりもっと熱くて窒息しそうな程に濃密だったのに。

離れたくないと声無く悲鳴を上げ、彼の部屋を後にした。


女の去った部屋で男は一人煙草を燻らす。
以前は彼女に応えようと何度も試みた。
だが、女のことを嫌っているわけではないのに、愛することは出来ない。
行為の回数を重ねる度、あの友人をどう抱いてよいか解らなくなり、ぎこちなくなる。
女の様子を見る限り、男の意図までは知られていないにせよ、この浅はかな試みの一部が看破されているのは明らかだった。
それでも、女を絡み取る縄を解くわけにはいかない、『女としての彼女』をどれだけ傷つけようとしてもだ。
理由がどうあれ彼女が『必要』なのは事実なのだ。

離すものかと薄く笑み、煙草を灰皿に押し付けた。




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