- 248 :sage:2009/06/04(木) 01:03:53 ID:rxDWutuC
女が宴の最中に目配せを寄越せば、それは「あの部屋」へ来いという合図。
お互い、はっきりと何かを約束しているわけではない。
しかし俺が行かなかったことはないし、女が来なかったことも一度もない――。
先に到着したのは俺の方だった。
コロニアルスタイルの部屋には天蓋のついたキングサイズのベッドや凝った細工の家具類が備え付けられている。
窮屈な上着とベストを乱雑に脱ぎ、ソファに投げかける。
ついでに翡翠のカフスを外し、サイドボードに置いた。
タイを抜き取り、シャツのボタンを上から2つ3つ、はずしながらベッドに歩み寄る。
相変わらずの、「手打ち」という名の実のない夜会。
表面上を取り繕う会合の不毛さに、毎度へきえきする。
それでも、いずれかの組織のトップが顔を出さなければ、それが新たな火種となる。
どうやったって腐り切った街だな、ここは――。
シーツの海に身を投げ出し、軽く目を閉じる。
やがて考えることもなく考えているうちに、少しうたた寝をしてしまったのか。
扉の外の人の気配に意識を取り戻した。
反射的に枕元の「天帝」に手を伸ばす。
カチャリ、とドアがあき、身体のラインにピタリと合った鮮やかな赤いカクテルドレスの女が現れた。
「…遅かったじゃないか、バラライカ」
「あなたが早すぎるのよ、張」
- 249 :(248続き):2009/06/04(木) 01:09:52 ID:rxDWutuC
忘れもしないヨットハーバーの夜。
俺たちは、何発かのブリットを互いの身体に撃ち込んだ。
――それで、全てが終わるはずだった。
しかし、目覚めたのは地獄の業火の底ではなくさっさと別れを告げたいとすら思っているこの世で、
仕留め損なった相手に残ったのは「憎しみ」という感情以上に、同じ鉄火場を踏んだ人間に対する「共犯者」のような意識。
気がつけば、度々「手打ち」が行われることもある会堂の一室で身体を重ねるようになっていた。
どちらが先に誘ったのかは、覚えていない。
「しかし、わたしがここでお前をワナにかけるとは思わないのか?」
ヒップまで届きそうなスリットを惜しげもなく見せつけながら、バラライカがベッドに横座りになる。
俺はその足に手を滑らせ、兵士としても女としてもパーフェクトな肉体を楽しんだ。
足の付け根に近い部分に通したベルトに差し込まれたスチェッキンに手が届きそうになり、バラライカがわずかに身をよじる。
身体には触れてもお互いの「武器(エモノ)」には絶対に手を触れない…それが、俺たちの暗黙のルールだった。
「ワナ、ねぇ。そんなチンケな真似ができる器でもないだろ、あんたは」
「ふふ。分からんぞ。所詮、わたしもただのつまらない女かもしれん」
「女だからさ。いざって時のオンナはどんな生き物よりも勇猛かつ大胆、オトコなんてひとたまりもない」
それに、とつぶやきながら張りのあるバラライカの大腿に頭を乗せ、
シャツの胸ポケットに入れていた銀のシガーケースからジタンを取り出す。
「俺をつぶす、なんていう絶好のお遊びのチャンスはそうそうない。どうせなら心おきなく戦争がしたい…そんなとこだろ」
「まぁ、当たらずといえど遠からず、だな」
俺の前髪を弄んでいたバラライカの指に、火をつけたジタンを奪われる。
「先、シャワー浴びるわ」
紫煙をくゆらせながらバスルームに消えて行く女の後ろ姿を見送った。
- 250 :(248続き):2009/06/04(木) 01:12:53 ID:rxDWutuC
- 入れ違いに入ったバスルームから出ると、馴染んだジタンの香りが部屋に満ちていた。
枕元に放り出していたシガーケースから、また俺の煙草を横取りしたらしい。
「葉巻じゃなくていいのか?」
バスローブ姿で枕に寄りかかり、紙巻きタバコをぼんやりと斜にくわえているバラライカにたずねる。
「今日は品切れ。頭の悪いイタ公どもと話すのは、フカしながらでもないと」
言われてみれば、今日の夜会ではいつも以上に葉巻の本数が多かったか。
「好きにするさ」
少し前に俺がされたように、バラライカのジタンを取り上げて口に運ぶ。
しかしそれは一瞬で奪取され、枕元の灰皿に押し付けられた。
バラライカがベッドの上に膝立ちになり、無言でバスローブを落とす。
全身に傷あとの残る身体が、あますところなくさらされる。
俺は決してその身体から目をそらさず、自分もバスローブの紐を解いた。
「…相変わらずいい身体だこと」
美しく整えられたバラライカの十本の爪が俺の襟元をくつろげ、
鎖骨から胸筋にかけての張りを確かめるようになぞる。
そしてその両手は俺の首をかき抱くように後ろに回され、バスローブをゆっくりと落とした。
「お褒めにあずかり光栄」
再び俺の胸元に戻ってきた両手を一つにまとめて、手首のあたりにキスを落とすと、女の身体を一気に押し倒した。
貪るように唇を合わせる。
タバコから味わい損ねたジタンの香りが、口腔内を満たしていく。
いつもなら与えるべきものを与えられる倒錯感に、頭の芯がシビれた。
やがてシーツの中でもみ合ううちに、いつものようにバラライカが上を取る。
しかし、今日はふと思いついたようにバラライカがこう言った。
「…張、たまにはお前が上になったらどうだ」
- 251 :(248続き):2009/06/04(木) 01:16:51 ID:rxDWutuC
- 珍しく殊勝な提案に、俺は思わず苦笑した。
「心にもないことを。組み敷かれることなど、考えてもいないくせに」
「そんなことはない。お前になら、考えてみてもいい」
「考えるだけ、だろ」
瞼を伏せ、目だけで笑ったバラライカが、胸から腹筋、腰のあたりに唇を落とす。
やがてさらに下に降りた唇が岐立をくわえこみ、甘噛みをはじめた。
自分の呼吸が、荒くなってゆくのがわかる。
それを楽しむかのように、バラライカはさらに奥深くに岐立を導こうとする。
「…無茶するなよ」
急速に煽られる感覚に危うさを覚え、バラライカの前髪をかきあげながらその唇を少し遠ざけようとしたが、
強い眼差しに拒否された。
やがてその舌の動きは尖端に集中し、快楽も、尖端に集められていく。
高まる絶頂感に、思わず女の頬に添えた手に力が入る。
あと一歩…追いつめられる直前、
絶妙のタイミングで女は深くくわえこんだ岐立を唇から離した。
枕元から避妊具を取り上げ、外袋を歯で破り、唇で準備を施す。
その一連の動作には無駄がなく、よく訓練された兵士の動きそのものだ。
「…こんなやり方、どこで仕込まれた」
無理に押しとどめられたことで、逆に煽られた快楽に心地よく苛まれながら、
素直な感想をぶつけてみる。
女は、ニヤリと不適な笑みを浮かべて、豪勢なブロンドの髪をかきあげた。
「機密事項だ」
言うなり、俺に乗り上げたバラライカは一方的に俺自身の上に腰を落とした。
その瞳は、固く閉じられている。
これもいつもと同じこと――かたくなに守られているバラライカのやり方だった。
- 252 :(248続き):2009/06/04(木) 01:18:57 ID:rxDWutuC
- 「あっ…ふゥッ…!」
バラライカは何かに耐えるように深く息をつくと、俺の胸の上に置いた両腕を支点にしながら、
ゆっくりと動き出す。
その姿を見上げながら、つくづくこの女は美しいと思う。
極上のスタイルだけでなく全身の傷跡も含めて、かくも苛烈に「生き様」を語るカラダを持つ女はそうはいない。
やがてゆるやかに円を描くように腰をグラインドさせはじめる。
少しずつ、内部の熱が高まってゆくのを感じる。
女のリズムに合わせて突き上げを繰り返すうち、締め付けがキツくなってきた。
つながった部分からは、淫媚な水音が途切れることなく聞こえている。
親指の腹で花芯を直接刺激してやると、うめき声とともに女の背中が大きくしなった。
「好きなだけ…トベよ」
いやらしくくねる腰に手を添え、いつの間にか覚えてしまった女の「カラダ」が声を上げるポイントを攻め上げる。
「はぁ…っッ…あ…!」
バラライカの歯の間から、押し殺したような「悦び」が溢れ出す。
「ンんっ…!アっ、あァ…っ!」
もっと、声をあげさせてみたくて腰の動きに変化をつけるが、「敵」はそれを素直に受けとめず、
それどころか逆を突くような動きでこちらを牽制する。
攻めたかと思えばはぐらかされ、引こうと思えば誘われる…まるで作戦中のかけひきのようだ。
ヒートアップした互いの呼吸と、肉のこすれ合う音だけが部屋に響く。
やがて、互いの動きが差し迫ったものになってきた。
接合部には寸分の隙間もなく、肉と肉が空間を埋めきっている。
「…イっちまえ」
一瞬浮き上がった女の腰を強引に引き寄せてホールドし、俺自身を奥まで突き込んだ。
女は、全体重をかけた両手で俺の首を押さえつけながら声にならない細長い悲鳴を喉の奥に響かせ、
頂点に達した。
固く閉じられた瞳が、俺を見ることは最後までなかった。
- 253 :(248続き):2009/06/04(木) 01:22:10 ID:rxDWutuC
-
「…お前、何を考えている?」
もはや当たり前のように俺のジタンをくすねて、たっぷりとした羽枕に上半身をあずけながら
寝タバコを決め込んでいるバラライカにふと尋ねてみた。
俺の問いかけに不審気に反応した灰白色の瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
「…どの事案についてだ。条件と状況によっては、情報を共有するのもやぶさかではないが」
「いや、仕事の話じゃない。最新の、俺たちの『共同作戦』についてだ」
一瞬、間が空いた。
「…相変わらず、ジョークのセンスは最低ね」
心の底から軽蔑したかのように言葉を吐き、バラライカはタメ息とともに煙を吐き出した。
しかし何かを思い直したかのように身体をひねると、俺の顔をまじまじと覗き込む。
「けど、それはこっちのセリフよ。極上の女とベッドにいるというのに、そのサングラスは何かしら」
バラライカとの情事の際にサングラスをはずしたことは一度も、ない。
「ふん。あまりにも俺が男前なんでな。俺の素顔を間近で見た大概の女は、興奮しすぎて気を失う」
「寝言は寝て言うものよ、ベイヴ」
ジタンを挟んだバラライカの指が俺のサングラスに伸び、一気に奪い取った。
視界が、急に鮮やかになる。
「たまにはその可愛らしい顔が、快楽にゆがむところを見せてみろ?」
正確無比な狙撃を行うしなやかな指先が顎のラインをなぞる。
数え切れない人間の命を奪い、数え切れない悪事に手を染めて来た「女神」の愛撫に、
思わず目を細めた。
しかし、それはお互いサマの所業だろ?
「そっちこそ、いつも最中には目を閉じているくせに何を言う。たまには潤んだ瞳で可愛らしく誘ってみろ」
顔を傾け、ブロンドの髪に指を通しながら女の耳に軽く歯を立て、囁いてみる。
くっ、と一瞬息を詰めた女が、肩の動きだけで決して本気ではない抵抗を見せる。
「…どんな風に楽しもうと、私の勝手だ」
「まぁ、な。しかし何も見えないのがお好みなら、今度は目隠しでも用意しておくが」
冗談めかした、あきれるほどつまらない会話。
しかし互いにハラを探り合う、油断ならないやり取り。
「…ふん、アホらしい」
しばらくジタンの煙の行方をぼんやりとながめていたバラライカが、ふいに言い放つ。
そしてジタンを枕元の灰皿に押し付け、片手で豊かなブロンドヘアを束ねながら
一糸まとわぬ姿でさっさと浴室に向かった。
…フォールド、か。
俺は枕元に投げ捨てられたサングラスを取り上げた。
最初、それは仕事中と同じように、表情からいかなる「弱み」も握らせないための道具だった。
しかし気がつけば「本心」を探られないためのプロテクターになっていた。
…まさか、お前にオボれかけてるカオを見られたくなくて、サングラス外せないとか言えるかよ…?
- 254 :(248続き):2009/06/04(木) 02:25:16 ID:rxDWutuC
- 一方的にゲームを降りられたことは面白くないが、あのまま続けていたら、もしかすると現在の関係に
余計な感情を持ち込むという「負け」を喰らわされるのはこちらだったかもしれない。
――仕掛けるべき勝負じゃねェなあ。
自らのあまりの酔狂さに苦笑しながらサングラスをかけ直していて、
ふと口さみしいことに気づく。
自分が吸ったものではない、部屋に満ちたジタンの香り。
無性に、愛おしい熱と煙の刺激が欲しくなった。
再び枕元に手を伸ばし、放り出されたシガーケースを探る。
けれど指先にふれた銀のケースには、ものの見事に1本のジタンも残ってはいなかった。
…あの女、人のモンだと思って後先考えずに吸いやがって。
思わず苦笑しながらパチリ、と音をさせてケースの蓋を閉める。
ベッドから降りてパンツに足を通すとソファに投げ捨てられたシャツをはおり、
上二つを残してボタンをぞんざいにひっかける。
上着とベストをラフに身につけ、タイとカフスはその胸ポケットに突っ込んだ。
浴室からは、まだ勢いよく流れるシャワーの音が聞こえてくる。
互いに因果な商売だ。
「次」の保証はないが、ジタンは「貸し」にしといてやる。
必ず、返してもらうぜ――浴室に続く扉を一瞥すると、
空のシガーケースを誰もいないベッドに放り投げた。
外には、彪が迎えに来ているはずだった。
「天帝」をベルトに挟み、俺はドアの方へと足を向けた。