- 476 :A Lunchbox and Revy:2009/08/16(日) 19:26:16 ID:KJ31OrcC
- 正午のロアナプラは、今日も最高気温更新中だった。
クーラーの効いたラグーン商会からあたしは出る気になれず、今日も電話でザ・ピザ・カンパニーのデリバリーにミート・デラックスをオーダーする。
暑い時期は、こういう精の付くもん食ってないとやってられねえ。
「レヴィ、またピザか。
たまにはもうちょっとまともなもん食えよ。
しまいにゃそんな格好できない体型になるぜ。」
「…ああ。」
あたしはソファーに横になると、昨日ダッチが買ってきた最新号の"Foreign Affairs"をパラパラ読みながら、気のない返事をロックに返す。
国際情勢なんてさっぱりだが、暇つぶしくらいにはなる。
「なあレヴィ、弁当、って食べたことあるか?」
「ベントー?
どうせまた、食った気にならねえ葉っぱだの魚だのばっかりの料理なんだろ、お前の国の料理ってことは?」
トーキョーに行ったときに一応食いはしたが、ああいうあっさり味の日本食は、どうも好かねえ。
それにあたしみたいな肉体派は、ああいう魚とか野菜ばっかの料理なんていくら食っても食った気がしねえ。
でもロックの野郎は、何を熱くなってるのか、やけに熱っぽい顔で続けやがる。
「いや、その、弁当ってのは、持って歩いて食べられるように料理を箱に詰めたヤツのことで…。
そっか、知らないよな、レヴィは。」
「それって、ランチボックスのことか?
なら知っちゃいるが、あたしの親はそんなの一回も作ってくれなかったぜ。
それに、P&Jのサンドイッチとかそんな甘ったるいの、あたしゃゴメンだね。
出来立て熱々でデリバリーしてくれるピザとか、屋台で目の前で炒めてくれるパッタイとか、そういうのが食いてえんじゃねえか。」
「弁当には、何を入れてもいいんだよ。
冷めてても、ここで食うならマイクロウェーブ・オーブンで暖めればいいだけの話だろ?
それに、急な仕事が入ってもそのまま持ってってクルマの中とかで食えるし。」
- 477 :A Lunchbox and Revy:2009/08/16(日) 19:26:47 ID:KJ31OrcC
- 「で、それ、誰が作るんだ?」
「俺。」
あたしは、目が点になった。
飛ばし読みしていた"Foreign Affairs"が、あたしの顔の上にバサっと落ちる。
ロックの野郎、あたしのメシを作ってやろう、とこう言ってるのか?
「レヴィって、料理するのとかあんま好きじゃないだろ?
だからさ、まず俺が明日作ってきてやるから、気に入ったら自分でも作ってみろよ。
けっこうハマるぜ。」
あー、こういう風になったロックはあたしにゃ止められねえ。
そんなに目をキラキラさせやがって、そういう目であたしを見るな。
「オーケイ、坊や。
じゃ、そのベントーとやらを、明日作ってきてくれよ。
とりあえず今日は、もう頼んじまったからミート・デラックスを食わせてくれ、な。」
「よーし、何作ろうかなぁ…。
楽しみにしててくれよ、レヴィ。
じゃ、俺も昼飯食ってくるから留守番よろしく。」
ドアを開け、階下へ下りていくロックの足音をあたしはしばらく呆然としながら聞いていた。
…ホント、あいつはわかんねえな。
とんでもなく悪知恵が働きやがると思えば、こういう女々しいことになぜか情熱を傾けやがる。
だけど、商売じゃなく誰かに料理を作ってもらうなんて、あたしにとってはすげえ久しぶりのことだった。
それがどこか楽しみな気も、ちょっとしないでもなかった。
- 487 :A Lunchbox and Revy II:2009/08/17(月) 23:23:27 ID:D+nJJh6P
- 「で、色男が持ってきたその、なんだっけ、『ベントー』だったか、どんなメニューだったんだ?」
グラサンごしでもわかるほどニヤニヤしながら、エダがあたしの顔を見て言う。
「スパイシーなショーユ味のグリルド・シュリンプと、ミックス・ベジタブルとマッシュルームとチーズの入ったオムレツを切ったやつと、アスパラとニンジン茹でたやつと、しょっぱい味付けしたライスを丸めた…『オニギリ』だったっけか?
ライスの中には、なんかわかんねえけど、刻んだ葉っぱみてえなやつが混ぜてあったな。」
「それ、ちゃんと全部食ったのか?」
「…まあな。
子犬みてえな目でこっち見やがるからよ、食わねえ訳にはいかねえじゃねえか。
まあ、あたしが食えないものは入ってなかったしな。」
「ふーん。」
エダのクソビッチ、相変わらずニヤニヤ笑ってやがる。
9ミリパラベラムを2〜3発ぶち込んでやりてえな、こいつのこういう顔。
「あんの、ロミオがねえ…ぷっ、くくく…!
で、なんだ、お前、それ自慢しに来たのか?
お熱いことで、へへへ。」
「ちげーよ、バカ!
その、なんだ、あいつ、毎日夜遅くまで残ってるくせに早起きしてそんなの作ってきたって言いやがるからよ、あたしも何かあいつに…その、礼をしてやったほうが、職場の人間関係も上手く行くんじゃねえか、って…。」
「『お礼』、ねえ…。」
「エダ、てめえいい加減にその顔やめねえと、てめえの臓物その辺にぶちまけて犬の餌にしてやっぞ!
あたしがあいつに何かしてやろう、ってのがそんなにおかしいかよ!」
あたしは、腹ワタが地獄の釜みてえに煮えくり返りそうだった。
このクソ尼、いつかぜってー殺す!
死ぬ前にあたしに土下座して命乞いするような殺し方で殺してやる!
「なるほど、それをあたしに相談したかったと、こういうわけか、トゥーハンド。」
「…ああ。」
「そうか、それなら名案がある。
ちょっと耳貸せ。」
エダは声をひそめて、とんでもないことをあたしの耳元で囁きやがった。
あたしは、自分の顔中の血管に血が集まってくるのを、静かに感じていた。
ぶん殴ってやろうかとも思ったが、確かにそれはあたしには思いつかねえような内容だった。
そして、それを見たロックの顔が、なぜかあたしには想像できた。
- 492 :A Lunchbox and Revy III:2009/08/18(火) 23:01:36 ID:k43StLhx
- 「なあロック、今日はちょっとあたしんちで呑んでかねえか?
メコンなんかじゃねえホンモノのウイスキー、それもバーボンのいいヤツ買ったんだ。
アテ代だったら心配すんな、こないだのベントーのお礼ってことでいいぜ。」
昼の渋滞が嘘のように大分クルマの数が減った、夜の幹線道路。
ボンネットを流れる、街灯の波。
426HEMI独特の排気音を立てながら疾走するロードランナーの助手席で、レヴィが言う。
「おいおい、レヴィが宅呑みに誘うなんて、珍しいな。
俺が勝手に部屋片付けたら、すごく怒るくせに。」
アクセルを踏み込みながら、俺は返す。
ホントはこれベニーのだけど、それにここは左側通行のタイだけど、このクルマに乗るといつも気分はルート66だ。
「もちろん、あたしのもんに勝手に触りやがったら、月までぶっとばしてやるぜ?
今日は呑みてえ気分なんだよ。
ラグーン商会のクルマを盗もうなんて野郎は、よっぽどのマヌケかここ来たばっかりのニュー・カマーくれえだ。
あたしんちの前にクルマは置いてけばいいさ。
だから付き合え、な。」
「レヴィがそう言うんだったら、ちょっと呑んでいこうかな。
でもな、呑みすぎて寝ゲロすんなよ、いつだったかみたいに。
どうせ俺に掃除させるんだろうけど。」
「チッ、一言余計なんだよ、てめえはよ。」
「ははは…。」
俺は一旦屋台街でロードランナーを停め、レヴィにアテを買いに行かせる。
暫くして、セブンスターを吹かして待っていた俺のところにレヴィが両手で持ってきたのは…イサーン・ソーセージに、春巻に、ソムタムに、空芯菜の炒めたヤツに、レバ串に、豚串に…。
「よーし、これでツマミはOK、と。
じゃ、あたしんち行こうぜ。」
こんな楽しそうなレヴィの顔、なんか久しぶりに見たな。
たまにはこういうのもいいもんだ。
「でさー、こないだ"ですだよ"のヤツが、こんなこと言いやがってな…。」
「うんうん。」
こいつ、こういう風に笑うと可愛いのに、普段はいっつもつまんなそうな顔してるか、険しい顔してるかだもんな。
おまけに、最後にいつ洗ったんだかわからないコンバットブーツに、切りっぱなしのホットパンツに、何枚持ってるのかわからないけど、いつも同じ無地のタンクトップなんか身に付けてさ。
少しはお洒落したら、けっこうキレイに見えると思うんだけど。
そうこうしているうちに、レヴィのアパートが見えてきた。
俺は適当な路駐スペースを見つけると、ウインカーを出して、クルマをそこに停めた。