73 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/03/10(火) 15:00:45 ID:y9fCRvLj

「ああ、そうだ。ダッチ、訊いときたいんだけどよ」

いつも通りの昼食タイム。
お気に入りのサラミとオニオンのピザを、いつも通りビールと共にパクつくレヴィは、午後のスケジュールを確認するかのような暢気な口調で問いかける。
彼女の問いの先を促すボスを含め、同席する3人は実に気楽に彼女の言葉に耳を傾けた。
それによって、午後からてんやわんやの大騒ぎになるなどと、誰にも予想できようはずがない。それくらい、実に気楽な雰囲気で彼女は本題を口にする。

「ウチって産休あんのか?」

この問いを口にした瞬間、その場の空気が、何と言うか、色んな意味で、凍った。
その場の3人は3人とも、日本の漫画であれば『ポカーン』などという擬態語が聞こえてきそうな、そんな形相。
信じられないものを見るような顔でレヴィの顔を凝視したかと思えば、うち2人は視線を彼女の隣でピザを咥え固まったまま微動だにしない男へ移す。
視線を向けられた男は真っ青な顔で首を横に振って「自分は何も知らない」と必死にアピール。

「別に今すぐってワケじゃ無ぇんだけどよ、やっぱ腹がでけぇと動きづれぇだろ?」
そんな彼等の挙動を知ってか知らずか、彼女は一人喋り続ける。
「HeyHeyレヴィ、俺にゃナンのコトだかさっぱり理解出来ねぇ。一度…こう、ハナシを整理するってのはどうだ」
一度話を区切ろうと、肌色故に顔色は判らぬが、色素が薄ければ青ざめているに違いない口調でボスは
そう提案する。
「おいおい、別にムズカシイハナシなんざしてねぇだろ?」
レヴィは眉間に皺を寄せながらテーブルに放り投げられたラッキーストライクを手に取り火を点ける。
「なら、きっと俺達の耳かオツムがヤられちまったに違いねぇ…お前、今ナンっつった?」
「だから、ガキ孕んだから産休欲しいって」
そう言いつつ先ほどから豪快にビールをかっ喰らい、今は大量の紫煙を撒き散らす、そんな妊婦とは思えぬ所業。
エイプリルフールにはまだ日があるが、これは新手の冗談に違いない。そう確信した黒人のボスを誰が責めることが出来ようか。
「ゴリラのガキでも孕んだか?」
「はぁ!?あたしのどこをどう見りゃゴリラに見えんだよ???」
目の前の、化学調味料たっぷりのフライドポテトを摘みながら憤る。
「じゃぁ、イノシシ?」
おちょくるように口を挟む白人の同僚に、摘んだポテトを投げつけ睨み据える。
「……ベニー…死にてぇか?」
「滅相も無い。」
ベニーは、頬に当たって膝へと落ちてきた不飽和脂肪酸でギトギトの炭水化物を摘み上げて灰皿に放りつつ愛想笑いを浮かべる。
「レヴィ。俺達も、『心当たり』ってヤツが無ぇワケじゃ無ぇんだけどよ、その『心当たり』が、そこで冷や汗垂らして固まってるのはどういうわけだ?」
再び、レヴィを含めた視線が、『ミスター心当たり』ことロックに注がれる。

74 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/03/10(火) 15:02:14 ID:y9fCRvLj
彼自身、『心当たり』が無いわけではない、そういえば数月前に酔った勢いで避妊もせずに彼女を抱いた。
だが、その1回で…?何てことだとレヴィを見る。目の前で、きょとんと自分を見つめる大きな瞳。
何か言わなければと思う程、何を言っていいのかわからない。
大体、こんな伝え方ってあるか?まずは俺に言って、どうするか話し合ってからのダッチへの相談だろ、それが普通だろ。
逆切れのように沸々と彼女への怒りが湧いてくる。
「よぉ、ロック、驚いたか?」
レヴィは悪びれる様子も無くににこにこと笑っている。可愛いな、などと思ってはいけない、絶対だ。
どうにか意趣返しをしなければ、冷静に話し合うことは出来まい。
そんな、自らの溜飲を下げる手段という大いにズレまくった方向へ思考を巡らせ、とりあえず無言のまま彼女の指に挟まったままの煙草を取り上げ彼女の
飲みかけのビール缶へ落とす。
「あ、てめぇ、何すんだよ!!!まだ残って…」
「うるさい黙れ、もし狂言じゃ無いならこんなもの禁止に決まってる!!!」
微かに期待してた、こう言えば『わりぃ、冗談だった』と掌を返すことを。だが。
「はぁ!?誰が狂言だ?ザケんな、そもそもてめぇがあたしにた〜っぷり中出ししたんじゃねぇか!!」
そう喚き散らしながらレヴィはロックの髪の毛に掴みかかる。
「いてっ!!こらレヴィ!!痛いって!!確かに俺が悪いけど、俺にナンも相談しないで一人で勝手に産むって決めて、イキナリ皆の前で『産休くれ』って、
 どう考えてもおかしいだろ????」
「ナンだよそれ!!!てめぇ、殺してやるから死ね!!!今すぐ死ね!!!」
「俺は別に間違ったことは言ってない!!離せよ、この暴力女!!!」
本格的にゴングが鳴りそうな雰囲気に、ボスは溜息を吐きながら掴みあう二人を引き離し、「一度きっちり話し合え。さっきの話はそれからだ」と、ベニーを
伴い出て行ってしまった。


75 : ◆SDCdfJbTOQ :2009/03/10(火) 15:02:51 ID:y9fCRvLj
ソファに並んで腰掛け、二人無言で足元を睨みつける。
互いに『このままではいけない』ということは理解出来る。
レヴィはロックと喧嘩をしたいわけではなかったし、ロックとて釈然とはしないが『自称身重』の彼女と先ほどのような取っ組み合いなどしたくない。
「何で…こんな大事なことを…あんな風に伝えてくるんだよ。悪いけど、やっぱり…面白くない…」
「……一度で全部済むだろ。何度も改まってこんなこと言えるかよ。…こっ恥ずかしい…」
彼女なりの理由があることは理解できたが、やはり腹は立つ。
「ナンだよ、それ。非常識にも程がある」
いまだに棘のあるロックの口調に、レヴィは「………迷惑か?」と唇を噛締める。
「何が?」
「ガキ」
事実の確認が取れた以上、これ以上彼女を詰っても仕方が無い。結果に腹が立つのではない、伝え方に問題があっただけなのだから。
小さく溜息をついて、正直な気持ちを伝える。
「…突然過ぎて全然実感は湧かないし…今も色々腹が立つけど、何故だか親馬鹿になる自信だけはあるね」
ようやく彼の口から肯定的な言葉を聞き、一言「…そっか。」と安堵の笑みを浮かべると「ダッチには一緒に頼もうな」と肩を抱き寄せられる。だが。
「それと、酒と煙草は禁止。食い物ももっとマシな物食わせるからそのつもりで」
ロックは再び刺々しい説教口調で大好物の禁止を告げて来る。
「何でだよ!!」
「何で『何で』なんだよ!!そうだよ、あんな話しながら酒と煙草やってるのにも腹が立ったんだ!!」
「でけぇ腹で酒とモクやってるヤツなんざいくらでもいるだろ??」
「そういう人の子供は病弱になりやすいんだ!!お前が身体の弱い子供が欲しいなら話は別だけど俺 は 御 免 だ」
「…!!…別に、何つーかよ、その……ちくしょう…あー!!!!!…お前もやめるならガマンしてやるさ」
「もちろん」
「隠れてやるんじゃねぇぞ」
「そういう発想が出てくるのはお前が隠れて酒と煙草をやろうとしている証拠だ」
図星をつかれたような顔で渋々「しない」と約束する彼女の足元に「そう願うよ」と膝を着くと、むき出しの腹に口付けて「ママから守ってやるからな?」
と頬ずりする。レヴィは意表をつかれたような、どこか嬉しそうな顔でロックの髪を撫で、「……嬉しいのか?」と問う。
「イヤだなんて言ってない」
「そっか。……なあロック」
「ん?」
「次の休みにサイアム行こうぜ」
サイアムといえば高級品から日用品まで何でも揃うバンコクのショッピングスポットではないか。買い物などロアナプラの市場で事足りている彼女が
行きたがるような場所ではない。
「どうして?」
「ほら、ナンつーか、良く知らネぇけど色々要るんだろ?服とかよ、おむつとか。ロアナプラにゃあんま無ぇから」
「…………………えと……その、随分気が早いね…」
「そうなのか?」
何となくがっかりしたような彼女が可愛くて、くすりと笑いながら隣に腰掛け、頬にキスをする。
「まだ半年も先の話だよ、性別も判らないし…行きたいなら、まあ、行ってもいいけど」
レヴィは暫し考え込む素振りをしながら、それでも「…………………………行きたい」と彼の手を握る。
「了解」
休みの約束と共にキスを交わす。これからの生活のことは、ゆっくり考えればいいさ、そう暢気に考えて。

そう、その瞬間は、確かに幸せだったように思う。
しかしながら、そんなのは本当に本当に一瞬で、彼はその直後から早速ニコチン切れを起こして暴れださんばかりのレヴィを宥めるという任務に苦労することとなる。
自分は幸福を手に入れたのか、それとも一つ苦労を背負い込んだだけなのかの自問自答。
きっとこいつは産みっぱなしで育児なんてしないから子守は俺なんだろうなとか、そもそもこいつはどうして産む気になったのだろう、どう考えても親の資質なんか無ぇよ
…ていうか今更『やっぱいらねぇや、やめた』とか言い出さないだろうなとか。
完全に納得しきれない様々な事象や、それから派生する疑念に目眩を覚え、無意識に手が煙草を探してしまう。
ああ、そうだ彼女だけでない、自分自身も禁煙しなければならないのだ。思わず交わした口約束の意味の重さに途方に暮れた。
余談だが、レヴィの八つ当たりが無関係なはずのダッチとベニーにも向かったのは言うまでも無い。

終わっとくことにする




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