- 171 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:43:47 ID:9Vk7Z89d
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「……あんた、思ったより馬鹿だな」
冬枯れの空の下、公園の子どもたちの目の前で、実弾を発射させて見せた後。
ホテルの一室に戻ってようやく、レヴィが口を開いた。
レヴィは羽織っていたコートを脱ぎ、乱暴に椅子に向かって放る。
椅子の背に引っ掛かったコートは、僅かにずり下がって中途半端な形でそこに落ち着いた。
「ホワイトカラーってのは、もっと賢い人種かと思ってたぜ」
目を伏せて、レヴィは取り出した煙草に火を付ける。
薄暗い室内灯の中、ライターの火が頬を明るく照らした。
長い睫を一回瞬かせてから、レヴィは手慣れた様子でライターを畳み、
唇からゆっくり吐息とともに煙を吐き出した。
「……あたしが帰れと言ったのは」
壁に背を預け、煙の行く末をぼんやりと見やりながら、レヴィが低めの声で静かに続ける。
「帰った方が、あんたのためになると思ったからだ」
――あんたはあたしなんかと違って、まだ汚れちゃいない。
「レヴィ」
遮ったロックの声を無視して、レヴィは構わず続ける。
「でも」
琥珀色の瞳が真っ直ぐロックを捉えた。
「もう、行っちまえなんて言ってやらねぇ」
――この先あんたが後悔しようと、そんなのあたしの知ったことか。
レヴィは睨むようにロックを見据え、鋭く投げつける。
その強い口調とは裏腹に、ほんの少しだけ下瞼がふるえて瞳の表面が揺れ、
一瞬、泣き出しそうに脆い顔にも見えた。
「レヴィ」
ロックが静かに一歩近寄った時には、もうその顔は煙草を挟んだ手の中に伏せられていて、
表情を確認することはかなわなかった。
「後悔なんて、しないさ」
――だって、最初から決まっていたことだから。迷ったことなんか、無い。
穏やかに、しかしきっぱりとそう告げて、自らもワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。
――だから、あんたは馬鹿だ、っつってんだ。
つい、と顎を上げ、レヴィは綺麗なアーモンド型をした目を歪める。
鋭くロックの目を射た視線は、彼がくわえた煙草にゆるりと動き、
それが未だ火のついていないことを認めると、当たり前のように火を貸すことを了承したようだった。
くわえた煙草の根本を人差し指と中指の間で支えて、何も言わずに伸び上がるレヴィに、
ロックも少し背をかがめて火を貰い受ける。
互いの視線を煙草の先端に絡ませ、ロックのマイルドセブンの先に火が移ったのを確認すると、
申し合わせもせずに二人は肺の中に溜まった煙を同時に吐き出した。
吐き出して、次に視線をやったのは、お互いの瞳だった。
どちらが先だったかは分からない。
けれど、気づいたら逸らせなくなっていた。
どちらも外さぬ、まっすぐな光。
暫くの間、凍りついたかのように動かなかった二人の間の空気を乱したのは、ロックの右手だった。
煙草を指に挟んだまま、レヴィの背後の壁へ、とん、と手をつく。
レヴィの透き通った瞳が室内灯を反射するのがはっきりと見えた。
視線を絡み合わせたまま、ロックはゆっくりとその距離を詰める。
つい先程、煙草の火を借りた時のように。
煙草の火は既について、お互いの指の中に収まり静かに燻っているというのに。
レヴィは動かない。
いつもは2本の煙草を挟んだその距離が、ゼロになった――。
- 172 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:45:23 ID:9Vk7Z89d
- 磁石が引き寄せられるように、自然に重ねた唇。
それが特別なことだとはっきり認識したのは、触れた彼女の唇が予想以上に柔らかかったのと、
触れた瞬間、彼女が小さく息を飲むように身体を震わせたのを感じた時だった。
柔らかく重ねていた唇をそっと離して、ロックは迷いなく、付けたばかりの――といっても、
実際それは3分の2以上が灰になってしまっていたけれど――煙草を、
備え付けのデスクの上に置かれた灰皿に押しつけた。
それから次に、同じようにレヴィに指の間に所在なく挟まっていた煙草も。
「……レヴィ」
彼女の頬に手を伸ばして、静かに名を呼ぶ。
レヴィは眉根をきゅっと寄せてから顔を上げ、紅い唇を開いた。
「……ロック、あんた、ほんとに馬鹿だな」
絞り出される、少し掠れた声。
――けど、あたしも、馬鹿だ。
囁くような声の最後の余韻は、ロックの口腔に消えていった。
柔らかな頬を片手で包み込むようにして深く口付け、自由になったもう片方の手でレヴィの腰を抱き寄せる。
思ったよりずっと柔らかな彼女の身体と、細い腰。
喉の奥で僅かに彼女の声が震えた気がして腕の力を緩めると、レヴィのしなやかな両腕がロックの背中に回ってきた。
彼女の口腔に滑り込ませた舌で彼女のそれを絡め取ると、腕の中の身体が強ばる。
背中の手が、ぎゅっと白いシャツを握り締めた。
日頃、豹のようにしなやかで獰猛に身体を閃かせ、無骨な二挺の拳銃を自在に操り、
鉛玉をお見舞いする時には愉悦に満ちた顔で昏く笑う彼女。
火薬と硝煙の匂いを纏い、本当は美しい形をした目を歪めながら、鬼神のように引導を渡す。
口を開けば悪態ばかり。それも小汚いスラング。
短気で乱暴。戦闘と狂乱の中において最も眩く輝く彼女。
彼女の所行は地獄からの使者のそれに違いないのにも関わらず、どこか神がかった戦闘能力を見せる彼女の躍動は、
美しく、異形の存在であるようにロックには思えた。
ロックとは違った、手の届かない遠いところにある存在。
けれど、実際距離を詰めてみれば、荒事とは無縁の男の腕の中にすっぽりと収まってしまう程に心許ない。
いくら鍛えたところでその筋肉は男のように堅く太くはならないし、
ぎりぎりまで体脂肪を絞ってもそのシルエットは滑らかな曲線にしかならない。
ようやく彼女の身体から余計な力が抜けたところで、ロックは頬に添えていた手をゆっくりと耳へ滑らせた。
つめたい耳の淵をなぞり、柔らかな耳たぶを指の腹で感じてから、耳の後ろの窪みに指を沈める。
力が抜けた身体をまた竦ませるレヴィの反応が腕と合わせた胸から伝わってきて、
普段はあんなに跳ねっ返りで人を小馬鹿にした態度をとるくせに、どうして今はこれぐらいのことで、
とロックは可笑しくも哀しい気持ちになる。
潜水艦でのあの言葉。
仲間に淫売だと思われる程つらいことは無い。
生きる為ならなんでもやった。
ローワンの店で、二度とやらねぇと腹立たしげに吐き捨てた彼女。
自在にしなを作って見せるエダに向ける、半ば本気で苛立った目。
女として見られることを殊更に拒絶しているのではないか、とすら思う時のあるレヴィを形作った、彼女の過去。
レヴィの反応は「これぐらいのこと」すら彼女には与えられて来なかったということだ、と想像できる程度には、
もうロックは彼女のことを知りすぎていた。
そんなことを彼女に確認するつもりはない。
彼女が何を思っているのか、本当のところは分からない。
ロックの想像が当たっていようといまいと、そんなことはどちらでも良かった。
ただ――。
ただ、今、彼女が嫌がっているのではないといいのだけれど。
それだけを願った。
- 173 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:46:57 ID:9Vk7Z89d
- 動けなかった。
ロックの黒くつややかな瞳に見据えられた瞬間、動けなくなった。
一瞬の反応の遅れが命取り。そんな修羅場を幾つも乗り越えて来たというのに。
ロックの手が顔の脇に付かれ、そして唇が触れた瞬間。
触れているのは、柔らかく重ねられた唇だけ。
他はどこも。
それなのに、触れられていないはずの胸の奥が痛んで、レヴィは動けなかった。
身体を無理矢理押さえつけられているのでもなく、首を絞め上げられているわけでもなく、
レヴィの意志などお構いなしに強引に割り込んでくるのでもなく、ただ触れるだけの。
逃げようと思えばいくらでも逃げられるのに――。
二挺のカトラスが手に馴染んだ頃、これでやっと、あたしの身体はあたしだけのものだ、と思った。
命知らずの男には、鉛玉をプレゼントしてやれば良い。
我慢するのはお終い。
あたしは自由。
もう、誰にも好き勝手にはさせない。
そう、思ったのに。
心臓を縫い止められたように動けないなんて。
しかし、自分に逃げるつもりなど全く無いことも、ちゃんと分かっていた。
――まったく不本意なことに。
- 174 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:47:29 ID:9Vk7Z89d
- 清潔で温く、平穏な空気を纏ったこの男。レヴィが与えられず、望んでも叶わず、そして諦めたもの全てを持つこの男。
あの背徳の街で、いつまでもそれを後生大事に抱えたまま、しっかりと自分の居場所を作っていった男に、
レヴィは随分と苛立った。
けれど、今では、その苛立ちの底には羨望があったのだと気付いている。
いつしか、この男が隣にいることが当たり前になり、それが最も居心地の良いことに変わるのに長くはかからなかった。
自分とは違って、でも存外似ているこの男。
だから、会える家族がいるなら、会った方がいい。
あんなクソみたいな街で汚れるよりも、平和なこの国に帰った方がいい。
情が移ってしまった今だからこそ、レヴィは本気でそう思っていた。
ロックが日本ではなくロアナプラを選ぶ理由は、どこを探しても見あたらない。
自分が持っているものは銃だけ。
こいつが今あたしの側にいるのは、あの世界で生きていく為に必要だからだ。
他に何がある?
銃なんか、日本じゃ必要ない。
思いの外、レヴィの中でこの男の存在が膨らんでしまっているのを修正する。
この男がロアナプラに留まっているのは、ただの気の迷い。
平凡な日常に少しばかり飽きただけだ。
つまり、ほんのスパイス。
正気に戻れば正常な判断能力を取り戻し、何事も無かったかのように帰っていくだろう。
――勘違いするな。
レヴィは自分を諫める。
――執着なんて、あたしらしくないだろう?
ただの相棒。ビジネスパートナー。
こいつじゃなくても、カトラスさえあればあたしは上手くやっていく。
そう、言い聞かせていたのに――。
結局のところ、全ては自衛だったのだと思い知らされた。
やがて来る喪失に身構えていただけ。
望んで叶ったことなど一度も無かったから。
それが、ロックが同じ場所で生きることを選んだのだと聞かされたあの瞬間。
あの時レヴィの心を占めていたのは、昏い喜びだった。
失いたくないのだと思った。それがこの男を不幸にしようとも。
あんたとあたしは違うもの。
それでも、すぐ側にいたかった。
距離を縮めたいと願っていたのは、他でもない、自分だった。
- 175 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:48:27 ID:9Vk7Z89d
- 触れていた唇が離れ、存在を忘れていた煙草が灰皿に押しつけられるのをぼんやりと見ながらレヴィは思う。
この男は、どういうつもりなのだろう、と。
しかし、
「……レヴィ」
少し掠れた、低くも高くもない、耳に心地よい声に名を呼ばれ、ああ、狡い、と思う。
その声で名前を呼ばれると、問い質したい気持ちは霧散する。
全く自分らしくもない思考にレヴィは苦った。
――馬鹿は、あたしだ。
ロックに腰を捉えられ、広く堅い男の胸と体温を感じた時、柄にもなく身が竦んだ。
それも、怯えや嫌悪からでは無く、むしろそれとは全く逆の――。
ロックの腕は決して強引なものでは無かったが、躊躇の無い男の力だった。
レヴィの心臓が大きく跳ね、全身がざわめく。
腕は力強くレヴィを捕らえるが、指先は優しい。
決して苦しいわけではないのに、胸がつまってしかたない。
気付いた時には口付けは深くなっていて、柔らかに溶かされる。
呼吸は浅くなるばかりで、身体が全く思うようにならない。
知らぬうちにそっと、あちこちの螺子を弛められているように。
出来ることといえば、目の前の身体に縋り付くだけ。
――らしくない。
まったく、あたしらしくない。
本当なら、いつものように、不器用なロックを鼻で笑ってから
「しょうがねぇなぁ、こうやるんだよ」とでも言って教えてやって――。
でも無理だ。
白く霞む思考の隅でレヴィは思う。
だって、こんなやり方は知らない。
知らないから、無理――。
- 176 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:50:30 ID:9Vk7Z89d
-
腕の中のレヴィが身じろぎをして、喉の奥からの小さな声に少し切羽詰まったものを感じて、
ロックはようやく唇を解放した。
ため息に似た熱い息を大きく吐いたレヴィの瞳は潤んで見えた。
しかし、すぐに睫が降りてきて伏せられてしまい、僅かに色づいた頬だけが確認できた。
どこか不本意な表情で軽く眉根に力を入れ、濡れた唇を引き結ぶ彼女はどこからどう見ても美しい女で、
反応のひとつひとつが可愛いとしか言えなかったが、それを口に出してしまえば、
彼女は不機嫌な顔をして罵りの言葉を口にするのだろう。
その不器用さも素直じゃないところも、存外照れ屋であるところもロックは気に入っていたが、
今は普段見せてはくれない顔をもっと見ていたかった。
彼女の腰に緩く回していた手で背中をゆっくり撫で上げると、
タートルネックのニット越しに無駄な肉ひとつ無い感触がして、
それからぴくりと背骨に沿った二本の筋が浮かび上がったのが分かった。
後ろで一つに束ねるには長さが足りずに顔の脇で垂れている髪を、もう片方の手で掻き上げる。
指にさらりと細い髪の感触がして、こぼれ落ちていった。
レヴィはロックの行いを咎めない。
拒絶が無いことをいいことに、ロックはレヴィの後頭部へ手を伸ばし、
無造作に束ねられた結び目を探り、そっとほどいた。
長い髪が広がる。
硝煙の匂いと東京の埃っぽい空気を外側に纏わり付かせていた髪は、
内側からほのかにシャンプーの香りを匂い立たせた。
ロックのものより色素の薄い栗色の髪に指を潜り込ませると、
彼女の肌で少しあたためられた髪の感触がして、
そのまま下に梳くと毛先の方はつめたかった。
いつも潮風と強烈な太陽光線に晒され、手入れに関してはまったく無頓着なように見えるのに、
なぜこんなに滑らかなのだろう、とロックは不思議に思う。
背をなで上げた手に、革製のホルスターが当たった。
先程あんなに近くに抱き寄せたというのに、
無骨な拳銃の存在を今まですっかり忘れていたことに心の中で苦笑した。
カトラスの堅さも一緒に抱き込んだはずなのに、レヴィにしか意識がいっていなかったということか。
「……外しても?」
耳元で問うと、レヴィは小さく肯いた。
両肩にかかったベルトに手をかけ、下ろして腕を引き抜く。
ずっしりと重い二挺のカトラスを収めたそれを、脇の椅子に置いた。
そして、もう一度、抱きしめる。
レヴィそのものを、知る為に。
結局、足りなかったのは覚悟だけだった。
最初から、決まっていた。
あちら側とかこちら側なんて、知ったことか。
俺が立っている場所に立つ?
それも違う。
俺が立つのは、立ちたいと願った場所は一つだけだ。
――彼女の、隣。
- 177 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:52:23 ID:9Vk7Z89d
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彼女は、終始、戸惑いの中にいるようだった。
ぴしりとひかれた白いシーツに横たわるレヴィの首筋を撫で下ろし、そのまま肩から腕へ滑らせると、
何をしているんだという目で困ったようにロックを見上げる。
柔らかな胸を包み込んでから脇腹をなぞれば、くすぐったいと身を捩る。
今だって、浮き上がった鎖骨に口付けると、短く息を飲んで
「なっ……、なにやってんだ」
頭を浮かせてロックを睨む。
そんな涙目で睨んだって、可愛いだけだよ。
思うが、言わない。
いつも護ってやってる男にそんな余裕を見せられるのを甘受できるほど、彼女のプライドは低くない。
恐らく誰もそんな風には彼女を抱かなかったのだろう、そのことがロックを哀しくさせた。
「なに、って。……言った方がいい?」
鎖骨をなぞっていた唇を僅かに浮かせて、上目遣いで彼女を見上げる。
「………………………………言うな」
彼女は眉を顰めて唇を尖らせ、憤懣やる方ないといった様子で沈黙してから、ぷいと顔を逸らせた。
更に彼女を困らせてみたい気もしたが、今は言い合いがしたいわけではない。
機嫌を損ねただろうかと彼女の唇に口付けると、抵抗は無く、柔らかに受け止められた。
粘膜の触れ合う音が空気を震わせる。部屋の密度が上がった気がした。
ロックは未だぎこちない彼女の肌にそっと手を伸ばす。
空調の低い音だけが微かにうなる室内に、リネンがたてた衣擦れの音は、ハッとする程鮮やかに響いた。
掌に感じる、しっとりと吸い付くような肌の感触と、そして幾つもの傷痕。
ふわりと柔らかな胸をすくい上げて通り過ぎれば、薄い皮膚の下には鍛えられた筋肉と、細い骨。削げた腹。
辿るごとに彼女は息を飲み、空気を乱す。
彼女の吐息が、鼓動が、熱が、ロックを煽る。
先程まで自らのものより冷たかった肌は、もう自分の掌と同じ熱さをしていた。
片手に余る白い乳房の先端を唇ではさみこむと、すぅっ、と短く息を飲む気配がして、
そのまま軽く吸い上げれば、今度は震えるように吐き出された息によって、胸郭が沈み込んだ。
唇はそのままに、手はゆっくりと彼女の肌の上を滑らせる。
ほんの少しの力で形を変える乳房から、浮き上がった肋骨を一本一本数えるようになぞり、
すとんと平らな腹部、尖って突き出た腰骨、引き締まった太ももへ。
どこだって、彼女の一部なら同じようにいとしい。
膝まで撫で下ろしたところで、皮膚の薄い内股に指を這わせると、反射的にレヴィの膝に力が入った。
しかし構わず撫で上げる。
少しずつ彼女の領域に踏み込む。
指先に感じるとろりとした熱。
ゆっくりとかき混ぜ、溶かす。
白い肌にトライバル模様を描き出すタトゥーの上に、小さくキスをひとつ。
形の良い眉が寄せられるのを美しいと思いながら、中指を彼女の中に沈めようとしたとき、
閉じられたままだったレヴィの瞳が開いた。
室内灯の僅かな灯りを反射させた琥珀色とぶつかる。
その瞬間、ロックの全身の動きが止まった。
明るさを落とした室内の僅かな光でも、とうにその暗さに慣れたロックの目は、
彼女の瞳に映った表情を、おそらく正確に読みとった。
彼女に出会ってから、ただの一度も見たことの無い――。
- 178 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:53:30 ID:9Vk7Z89d
- そう、多分、それは「怖れ」や「怯え」と呼ばれる類の色だった。
ロックは、確信にも似た思いで理解する。
これは、とても壊れやすい女。
他のどんな女より、いや、もしかすると並の男より強靱な身体をもっていたとしても。
誰よりも壊れやすい女。
既に彼女はヒビだらけだ。
硬い床に落下した陶器のように。
下手に触れれば簡単に壊れるだろう。
――もしかして、もう、すでに壊れてしまっているのかもしれない。
それを、必死で組み上げ直しているだけで。
しかし、修復された陶器は、少しの衝撃で必ず同じ処から砕けるのだ。
ロックは確かに、その時、彼女の脆さを見た――。
- 179 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:54:53 ID:9Vk7Z89d
- ロックとならば、我慢できるかもしれない。
それが大きな間違いだったと気付いたのは、ロックがゆっくりと自らの内側に入ってきて、
熱い溜め息をひとつこぼしてからレヴィの唇に口付けた時だった。
予測していた痛みは無く、代わりに、隙間を埋められていく感覚。
合わせていた唇が少しずらされて、下唇を食まれる。
息を漏らした瞬間に、隙間からそっと舌が差し入れられた。
柔らかく、温かに溶けていく。
ベッドについたロックの両肘の間に囲われて、ほんの少し空いた互いの胸と胸との間の空気が暖かい。
腕を伸ばせば、男にしては肌理の細かいロックの肌。
首に回して引き寄せてみても、二の腕に力が入っただけで、決して体重をかけてこようとはしなかった。
――ああ、そんなことしなくていいのに。
レヴィは途方に暮れる。
あたしはロックの体重を受け止められないほどやわじゃない。
第一、いつもどこぞの姫だという扱いで護っているのは自分の方だ。
頑丈さにおいてはこの男より自信があるというのに、今更こんなこと。
まるで普通の女にするような、こんなこと。
あたしにはそんな価値も資格も無い。
レヴィは自分の知る、決して少なくは無い過去とはまるで勝手の違う扱いに戸惑う。
けれど、まるでB級映画のヒロインのように甘い溜め息をこぼしている女は、一体誰だろう。
皮肉のひとつも吐けずに、ただ息だけが上がっていく。
堪えきれなかった声、それも、信じられないような高い女の声がひとつ喉から漏れ出て、
レヴィは目の前の肩口に顔を寄せて埋めた。
上からのしかかられるのは、不快で苦痛なものでしか無かった。
饐えた匂いと粘りつく汗、無遠慮に蹂躙する舌や腐った息。
――臭ェんだよ、クソ野郎。とっとと終わらせてどきやがれ。
罵声は腹の中に留め、早く時間が経過してくれることだけを祈る。
痛い。嫌だ。苦しい。気持ち悪い。止めて。誰か。誰か助けて。
吐き気と嫌悪感。
耐え難い屈辱。
そういうものだと思っていた。
けれど。
気付けば自分から縋り付いていた。
熱い肌と、うっすらと滲んだ汗の感触。
どちらのものとも分からない汗がお互いの肌の間で混ざり合う。
腕も、脚も、舌も。
躰のすべてを繋げ合わずにはいられなかった。
上がり続ける心拍数と、大量の酸素を要求する肺に耐えきれず、唇だけはずっと繋げているわけにはいかなかったけれど。
だから、唇の代わりに熱く湿った吐息を絡め合った。
ロックの律動に合わせて肺から押し出された空気が、僅かに声帯を震わせる。
声になり損なった欠片が切れ切れに、皺の寄った白いシーツやくすんだ絨毯の上に零れていった。
重なり合う鼓動に、耳元ではずむ呼吸。
きしむスプリングに、繋がったところからあふれる水音。
掠れた声で低く名を呼ばれ、身体の奥が震えた。
鳩尾のあたりから締め上げられるような、感じたことのない痛みが広がる。
その痛みを持て余し、レヴィもまた男の名を呼んだ。
男が一瞬息を飲む気配がして、腕に力がこもった。
――あとは、もう、互いの衝動を混ぜ合わせるだけ。
互いが同じものを求め、そしてそれは叶えられた――。
- 180 :ロック×レヴィ 日本編 ◆JU6DOSMJRE :2009/12/06(日) 09:57:25 ID:9Vk7Z89d
- 後始末を済ませ、まだ軽く息が上がっているレヴィの側に戻ると、
ロックは彼女の額に張り付いた前髪を軽く掻き分けた。
琥珀色の瞳が見上げる。
指に纏わりつかせた髪を耳に掛けてやりながら、
「大丈夫?」
問うと、レヴィは一瞬、ぽかんと、あどけないと言っていい程の顔を見せてから盛大に眉を顰め、
「……大丈夫じゃないわけあるか、バカ」
舐めんな、何言ってんだ、このボケ。
まったく彼女らしい暴言を吐いて、くるりとロックに背を向けた。
顔は枕に埋められてしまって、ロックからは彼女がどんな表情をしているのかは見えないが、
耳の縁が赤いのが夜目にも分かる。
――なら、いいんだ。
そう言って頭を撫でても、レヴィの顔は背けられたままだ。
「……眠い?」
緩やかに繰り返し撫でながら訊く。
「……いや」
否定しながらも緩慢な首の動きに苦笑して、自らも彼女の隣に横たわり、首の下に腕を差し入れようと試みる。
「……レヴィ」
「なんだよ」
「首」
「は?」
あちらを向いていた彼女が、うるさそうに顔だけで振り返る。
「首、ちょっと持ち上げてくれないと、腕が入らない」
「腕? なにすんだよ」
こちらの意図をなかなか理解しないレヴィに、言葉で説明するよりも行動に移した方が早いと、
ロックは僅かに空いた枕とレヴィの首の間に半ば強引に手を潜り込ませ、
回した腕で彼女の肩を抱き寄せた。
「こうする」
呆気にとられたように腕の中で硬直するレヴィの顔をのぞき込むと、
彼女はその視線から逃げるように俯いた。
「…………………………バカみてぇ」
呟いて、苛立たしげにひとつ息を吐いてから、レヴィはするりと身体を回転させて、ロックの腕の中に収まった。
彼女の頭が座りの良い位置を探すと、それはぴったりと誂えたようにそこに落ち着いた。
「寝よう。朝までにはまだ時間がある」
ロックの全身にも眠気が浸透してきている。
彼女の方もすでに半分夢の中だ。
ん、と、いつになく素直な反応が返ってきて、身じろぎをする気配。
力が抜けた、しなやかな彼女の身体。
朝になれば、また彼女は鍛え上げたその身体をぎりぎりと巻き上げて研ぎ澄ませ、銃で身を固め、修羅の道を行くのだろう。
けれど、今は。
ただ無防備に眠る女の体温を側に感じていたかった。
「おやすみ、レヴィ」
囁きは彼女に届いたかどうか。
それを確かめる前に、ロックの意識も夢の中へと沈んでいった。
了