202 :街の真実:2009/12/10(木) 03:53:13 ID:8om6whmt

「あ!…くっ!ど、どうしたん!だロッ!!クゥゥ!!」
何度となく繰り返されてきた情事。
だが何処か今夜は違った。

熱い。


熱い。


身体が。心が。想いが…熱かった。

ロアナプラの蒸し暑い夜すらも何処か涼しげに、そんな夜のそんな情事。
身体を重ねるロックの息づかいすらも自分の中を突き上げる。思考と心を、貫く。

「はぁはぁ!ぅくっ!れ、ヴィ!!」
一際深く突き刺す激情。
「あ!ロ、イぃ!!馬鹿ヤ!!!やあああぁあ!!!!…あ……あ!……っあ!…ぅ」
ロックのモノが自分の中でドクンドクンと脈打つのを感じながら、全てが白く染まっていく。



レヴィは思う。やっぱりコイツは最高のドラックだと。
刹那的で開放的で、ソレでいて世の中の全てのどうでもいい事を、どうでもいい世の中の事を、ただ何処までも吹き飛ばしてくれる。
他の野郎じゃ駄目だ。
やっぱアタシにゃコイツのがしっくりきやがる。

どこかまどろみ、らしく無いとは思いながらもロックの胸にもたれてみる。

彼の心音にどこか安らぐ。
ロックが徐に咥えたマイルドセブンを取り上げて吸い込む。
「!おい〜…ふぅ」
呆れた声と共にもう1本のタバコに火を点けるロックに思わず笑みが漏れる。
空缶一つ弾けない男の癖に、そんな男の腕の中でとろける自分が妙に可笑しい。
そんないつもの。だが、いつもとはどこか違うまどろみの時間を越えた時、ふと、ロックが動く。

203 :街の真実:2009/12/10(木) 03:53:42 ID:8om6whmt

「なぁレヴィ」
「なぁんだょ」

やんわりとしたやり取りが心地良い。
するとなにやら枕の下に手を突っ込み、ごそごそもぞもぞとロックが動いている。
「あん?なにやってんだよロック」
折角のまどろみを害された。どこか不機嫌を匂わせ始めたレヴィの手をロックは片手で掴み、くるりとレヴィを回す。
「ちょ!」
くるん。と丁度、背中から抱きかかえられてる様な感じに収まったレヴィが声を上げる前に…

「…ほら」

「……な、なんだよ?コレ」
レヴィの前に小さな、小さな箱が背中越しに差し出される。

「メイドの一件で張さんから少なくない小遣い貰ったんでね。俺の国じゃあ給料の3ヶ月分ってのが少し前まで定番だったんだけど。
ま、この街じゃあ給料も値段も風まかせの運まかせだからな。だから、まぁ、カトラス3ヶ分って所かな、コイツは」

ロックの話を聞きながら、大して考える事も無くレヴィは箱を手に取る。
意味が分からない。
「ったく。だから一体何が言いてぇんだ?テメェは……はぁ?」
開けて、思わずマヌケな声が出た。
自分でも余程マヌケだと思う声。それが自然に出た視線の先に…箱に収まってる指輪があった。

「?リング??」

自分はいつも手袋をはめてる。指輪なんて必要も無いし興味も無い。
そんな事はコイツも知ってる筈なのに。
レヴィの心中は至極当然の結果を導き、ロックもまたそんな胸中を知る関係にある。ソコを押して渡す真意は

「結婚しよう。レヴェッカ」
「……ロック?」

レヴィの思考がゆっくりと止まる。

「この街の流儀は知らないしな。この悪徳の街でソレがどれほどの重みを持つのかなんて知りもしないけどな…それでも」

レヴィをしっかりと、後ろから抱きとめる。

「お前が銃で、俺が弾丸……そんな血と火薬の匂い染み付いた俺達なら、今の刹那じゃない。これからの一生を共に弾けて行くのも悪くないかなってさ」
「……ロック……」
「……嫌か?レヴェッカ」

答えは返らない。
ただ、彼女は身体を回し、彼に口付けを与えるだけだから。

「……リングの重みでカトラスの照準がずれたらテメェの所為だからな」
「その時は俺が、替えのマガジン渡してやるよ」

二人の誓いは血生臭い指輪と、冷たい銃の話をもって……絆になった。

204 :街の真実:2009/12/10(木) 03:54:11 ID:8om6whmt




成り行きまかせで及んだ二度目の行為が終わり、暫し、ついばむまどろみの時を抜け、ふとロックは服を着て出掛ける用意をしだす。
「へっ。早速浮気の準備かい?旦那さまよぉ」
まだ自分はベットから出る気は無い。ココが気持ちが良い。
いつもより少し弱くなった自分にの軽口に、それでも笑顔のロックが嬉しい。
「ホテルモスクワに脅されたって浮気はしないさ。実はココだけの話なんだけどな?」
「ん?」
にかっ。と笑う。子供の様に
「俺はカミさんの尻に敷かれるのが夢だったのさ」
「はいはい。OKだロック。テメェの勝ちだよ」
どうやら自分は惚れてしまったらしいと悟る。もう、どうしようも無い位に。
平和ボケした日本人の冴えない白シャツに、呆れる位に惚れてしまった。
それが口惜しくて、それが嬉しい。
もう話す事は無い。勝手に行けば良い。どうせ帰ってくるのだから。
そう思って今一度タバコに火を点け様と動いた時
「あぁ、そうだ。なぁレヴィ」
「あんだよ」
「俺はこれからダッチの使いを二つ程回って終いなんだけどさ、そのまま夕食にしないか」
出掛ける理由は分かったが、外食など何時もの事だ。
何をわざわざ改まって。とも思う。
「わ〜ったよ。イエローフラッグで先にやって」
「いや、そうじゃなくて」
「は?」
食事と言えば何時もの店だ。どうせ酒も入る。
無論、他にも馴染みの店は多いのだが。
「あ〜〜…ま、まぁ、アレだ。折角の記念日だし、な。『サンンカン・パレス』のレストランってのはどうだい?
さし当たっての金も有るしな。良いだろ?……レヴェッカ」

「ま!!」

レヴェッカと呼ぶのはずるい。それだけで自分に反論する機会が無くなる気がした。

「わ、わ〜ったよ!ったく。なんでわざわざ。別にいつものトコだっていいじゃねぇか」
ブツブツと文句を言うレヴィに、笑みを洩らしながら、「じゃ、サンカン・パレスに今夜7時、な」と言って背を向ける。
レヴィはそんな背中に聞いてみた。

「だけどよぉロック」
「うん?」
ふと立ち止まり此方を伺うロックに言葉を続ける。

「なんで急に…その、こんな物を?」

205 :街の真実:2009/12/10(木) 03:54:32 ID:8om6whmt

はめたばかりの指輪を見せる。
まだ真新しく、それは光を反射し輝いて見える。
「……ガルシア君が言ったろ?」
「あん?あの若様が?」
レヴィにはたいして気になる事も無い。
「俺はもうこの街の住人だと」
「あぁ…そういやそんな事言ってたな」
確かでは無いが、行ってた気がする。

「俺はずっと、どこかこの街を少し外から見てた気がしてた。俺の人生の中の一時の通り道。いつかはココでは無いどこかへ。
良い奴ほど死んでいき、悪い奴ほど長生きするこの悪徳の街の。それでも生きている平和な国の旅人。それが俺だと思ってた」

「………」

「でも彼に言われて分かったよ。いや、ホントは分かってたんだな、自分でも。俺もまた、そんな悪徳の街の住人なんだって事が。
そして思ったのさ。だったら俺はお前と共に在りたいと。お前と共に生きたいと」

「ロック」

「それだけの事さ」

ベットの上で身体を起しているレヴィを一度見やり、ロックは背を向け部屋を後にする。



後ろ手に片手を挙げ



「じゃあな。レヴェッカ」



と、言葉を残して。


206 :街の真実:2009/12/10(木) 03:54:58 ID:8om6whmt


その数時間後、サンカン・パレス・ホテル最上階のレストランでは異様な光景が在った。

レヴィが居る。

想像してみよう。
『スローピー・スウィング』の女達に豪奢なドレスをあてがわれ、ばっちりメイクを施され、カトラスの替わりにイヤリングやネックレスを装着したレヴィの姿を。
………それが今、まさにココに在った。
既に右手と右足が同時に出ている事すらも突っ込む事は出来ない。否、してはならない。即死ねる。
こんな彼女をからかおうものなら間違いなく手近なナイフやらフォークが眉間にヒットするに違い無い。無いのだが…
そんな彼女がフルフルと震える先には………これまた異様な光景が在った。


「私はフォアグラのソテーにしよう。軍曹、君は?」
「はっ。軽いリゾットを注文致します」
「上出来だ軍曹。リャザン料理学校の講師達も喜ぶ事だろ「って何やってんだよアネゴ!!」あら?レヴィ。偶然ね」

絶対に違うと断言出来そうな位に、何時もと同じ軍服で浮きまくってる二人のロシア軍人崩れ。

そんな突っ込みどころ満載の軍人二人を前に震えるレヴィの右横で


「まいったな彪。どうやらチャーハンは無いらしい。俺としてはアノ美味しさを世界中の人間に知って貰いたいもんなんだがな」
「しかし張アニキ。ここのフカヒレスープはなかなかもモンですよ」
「ん〜〜。まぁそれも良しだな。ま、この街でウチの店以上のチャーハンは味わえな「だったらそこで喰やいいだろう旦那!!」ん?レヴィじゃねぇか」

黒スーツ野郎二人が呑気に座るレストランも気味が悪い。まして悪党ならもう、もはや何かの取引の最中にしか見えない。

そんなあからさまな不審者二人にこめかみをピクピクさせるレヴィの左横で


「はっはーー!やっぱココのワインは良いねぇ。主もさぞかしお喜びだぜ」
「おいおい。ココはやっぱりスコッチだろう。お前はドレスコードからやり直したほうが良いぜ」
「は!ソイツはお前の方だろうダッチ。こういう店ではまずワインを2本飲み干してからメインディ「樽ごと持ってとっとと消えろエダぁぁぁ!」ん?おぉ、レヴィじゃないか」

いつからエダとダッチはレストランでディナーをする仲になったと言うのか。いや、間違いなくここ数時間の間であろう。

まさか身内の、しかもボスの登場に、もうカトラスを取りに帰ろうかと本気で考えるレヴィの背後で


「いやいや。ベニー坊やとゆっくり過ごすのも久しぶ「流石に速攻突っ込むぞシスター・ヨランダぁぁぁ!!!」…レヴィ嬢ちゃんは短気だねぇ」

シスターとベニーの、まるで介護か懺悔の最中のディナー風景はまさに即断即死である。



ようするに……どこからか情報は漏れた。漏れに漏れた。
本日の支配人はイエローフラッグのバオだった。
「お待たせあるよ」と知人に良く似たチャイナウエイトレスがウロウロし、厨房からチェーンソーの音が聞こえるのは気の所為だろうか?
やたらと高い所から登場するソムリエに入れられたワインは飲む気がしなった。



「てめぇぇぇぇぇぇぇらぁぁぁ!!!」



レヴィが爆発するまでにそう時間は掛からなかったという。

207 :街の真実:2009/12/10(木) 03:55:18 ID:8om6whmt
ホテルも、流石にこの面子が相手では、もう好きにしてくださいとしか言うほか無い。
騒がしく、喧しく、けたたましく。それでも…笑いがあった。

どこまでいっても、レヴィとロックは好かれている。

馴れ合いの関係ではない。明日には銃口を向け合うかもしれない。
そんな者同士、それでもこうして二人の門出をからかい、邪魔し、そして祝う事が出来る。
それもまた、こんな背徳で悪徳な街の、一つの真実だった。

そんな会話のなかで、ふと出たロックの言った言葉。

「良い奴ほど死んでいき、悪い奴ほど長生きするこの悪徳の街…か」
「なんだよ?それ」
レヴィの呟きにエダが耳を向ける
「あぁ。ロックの奴が言ったのさ。この街はそんな街で、自分もそんな街の住人だってよ」
「は!そいつはとんだ思い違いだな」
エダも、周りに居る奴らも思わず笑う。
「まぁな。良いさ。だからアタシが居るのさ。アイツにソレを…教えるためにさ」
そう言って、どこか眩しそうに指輪を見詰める。

一斉に冷やかされ、怒り狂う。そんなレヴィを見やりながら

「ほんと、分かってねぇぜロック。この街は…」

ダッチはグラスを傾けながら窓の外に目を向けた。




カラン。
ダッチの使いを終え、店を出たロックが時計を見ると、6時45分を少し回った所だった。
「まずいなぁ。少し遅れるか。まったく、こんな時に限って話が長いんだからあの爺さん」
急ごうかと車に向う時、ふと、公衆電話が目に止まる。
暫し、ほんの暫し考え、彼は徐に受話器に向う。

208 :街の真実:2009/12/10(木) 03:55:43 ID:8om6whmt


「……そうですか……えぇ是非……どうかお幸せに。ミス…いえ、ミセス・レヴェッカにもよろしくお伝え下さい。それでは」

「若様。今の方は」

コロンビアの庭園で受話器を置いたのはガルシアだった。
ロアナプラからの電話を終えたばかり。

「うん。ミスター・ロックだよ」
「彼はなんと」
ロベルタにとって、あの街はもう2度と関わりあっては成らない場所だった。ガルシアの為に。

「ミス・レヴェッカと結婚するそうだよ」
「…あぁ、あの」

2丁拳銃のガンマンを思い出す。ただそれだけ。

「僕の言葉で踏ん切りが付いたから、お礼をって。そんな事は無いのにね。
僕は彼に言った言葉を少し後悔しているんだよ。結果として、僕らがこうしていられるのは彼のお陰で有る事は間違いないのにね」
「……申し訳有りません、若様。私の思慮が足りないばかりに」
「はは。それはもう良いんだよロベルタ。結果として、アレも良かったとは思ってるんだ。それにソレがあったから、彼らも結婚出来るんだしね。
言うなれば、ロベルタがキューピッドだったって言えるんじゃないかな」
「キュ!もう!若様ったら」
「ははは」

コロンビアの美しくのどかな荘園に、穏やかな笑い声が染み渡る。

「良い奴ほど死んでいく街の中で、それでも俺達は生きていくから。君達が言う死の舞踏を踊り明かした後に、きっとまた会おうって」

彼はそう言った、と締めくくる主人に、メイドは静かに首を振る。
「それは違うのです若様」
「?ロベルタ?」
メイドはどこか悲しそうに告げる

「私もかつてあのような街と近しい世界に身を置いた者。だから分かるのです。あの街は…あの悪徳の魔都は…良い者から死するのでは無いのです……ただ……」

「ロベルタ?」

メイドは晴れ渡る空を寂しく見上げ呟くのだった。

「………不運な方が死に逝くだけなのです……善も悪も無く……運の無い…話があるだけなのですよ。若様」


210 :街の真実:2009/12/10(木) 04:00:55 ID:8om6whmt

ガチャン。

ガルシアとの電話を切り、時計を見ると7時少し前。
流石に不味いと車に向おうとすると、向かいの酒場から泥酔いの男達が車に乗り込む。
また次の店へと繰り出すのだろう。ロアナプラは眠らない。
それは何処にでもある光景


「おらぁぁ!!いくぜぇぇ!!!」
「ひゃはあああ!!!!」
ハッピーに。快調に。ご機嫌に。

ガン!!ガン!!ガン!!

STOPの標識に鉛玉を打ち込んで軽快に車を走らせる。

悪徳の街の何時もの光景。

「は〜〜〜。ったく、最低の街だな。ホントにさ」



3歩。



歩けただろうか……




どさっ









ただ、ついて無いだけ。

何時もの街の何時もの光景の中で

何処かの馬鹿の弾丸が、何処にでも在る看板に打ち込まれて…

その1発が跳ねて誰かの胸に突き刺さる。

そんな不運に、ただついて無い男が命を持っていかれる。

今もまだ、光灯る明るいホテルの最上階。大勢の友人に囲まれながら自分を待つ愛しい女を、想いを馳せる間も無いままに……




岡島緑郎の生涯は、幕を閉じたのだった。




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