- 333 :大尉×軍曹 冥 ◆JU6DOSMJRE :2010/01/07(木) 21:20:04 ID:ELCxayha
-
「脱げ」
質の良い黒い革張りのリクライニングチェアーに深く腰掛け、締まった長い脚を組んだ女は、
葉巻をくゆらせながら、傲慢に目の前の男に言った。
「はい」
大柄でいかにも寡黙そうな男は、直ぐに従った。
厚い胸で見事に着こなしていたスーツの上着を脱ぎ、その下のワイシャツの釦を外し、
それから、ベルトのバックルに手を掛ける。
分厚いカーテンによってぴったりと外界から閉ざされ、
毛足の長い絨毯が些細な音を全て吸い込むこの部屋に、バックルの金属音が響いた。
灯りを落とした室内で、クラシックなランプの朧な光を片頬に受けた女は、
リクライニングチェアーの背に凭れたまま、静かに服を脱いでいく男の様子を、微動だにせず眺める。
女のアイスブルーの瞳は永久凍土のように冷ややかで、
右目周辺から頬にかかって広がる火傷の痕のせいで、余計に禍々しい印象を与える。
美しく整えられた長い爪を持つ二本の指は、その細く長い指に似合わぬ太さの葉巻を挟んだまま、
女の赤い口元に寄せられた。
女の唇は、爪の色と同じ、血のような赤。
唇から、甘く燻る紫煙が立ち昇った。
男が着ている服を全て脱いでしまうと、
女は、身体中のあちこちに引き攣れた傷痕を持つ、その精悍な身体を吟味するように見た。
「脱がせろ」
言って、細く高い踵の黒いハイヒールを履いた右足を、上げる。
「はい」
男は、女の足元に跪くと、両手で女の足からハイヒールを脱がせた。
「逆もだ」
「はい」
主を失った両のハイヒールを、男はきちんと揃えて隅に置く。
女は葉巻をクリスタルの灰皿に押しつけると、立ち上がった。
「面倒だ。全部脱がせろ」
「はい」
- 334 :大尉×軍曹 冥 ◆JU6DOSMJRE :2010/01/07(木) 21:22:06 ID:ELCxayha
-
男は、女の着ている上質なスーツの釦を外すと、
女の背後に回って、襟刳りのあたりからそっとジャケットを持ち上げ、肩から下ろした。
鍛えられた女の長い腕が抜かれる。
男は、そのジャケットを丁寧にハンガーに掛けた。
そして、身体に沿うよう仕立てられた白いブラウスの釦を、一つずつ外してゆく。
黒い豪奢なレースに包まれた、豊かな乳房が顔を出す。
そして、透けるような白い肌に、残酷なまでに刻みつけられた火傷の痕。
男は顔色一つ変えずにブラウスも取り去ると、タイトなスカートの腰に手を伸ばし、ホックを外した。
ジッパーを下げる音が、小さく鳴る。
スカートがゆっくりと下ろされ、足首まで来たところで、女は足を抜いた。
上と揃いの黒いレースの下着からガーターベルトによって繋がれた薄手の黒いストッキングが、
筋肉質の脚を包んでいた。
女は、眉ひとつ動かさずに、また、リクライニングチェアーに腰を下ろした。
そして、片足を男に向かって突き出す。
「舐めろ」
「はい」
男は、その足を押し頂くように支えると、極薄のストッキング越しに、女の爪先へと唇を寄せた。
親指の爪の先を唇に含み、唾液を含ませた舌で舐め上げる。
次に、人差し指。
そして、中指。
小指まで丹念に口に含んでから、男の舌は女の足の甲へと移動する。
女の足は冷たい。
足の甲の筋を辿った舌は、足首へ滑っていく。
男の、足を頂いているのとは逆の手が、女のふくらはぎを支えた。
手で僅かに撫でながら、男は唇を這わせ、脛骨を唇で挟み込み、舌で骨を辿る。
男が膝を一歩進めた。
女は、生暖かい男の舌を感じていた。
女の情事の相手は、いつもこの男だ。
男は、女の命令に決して逆らわない。
いつだって、命令通り、忠実に動く。
- 335 :大尉×軍曹 冥 ◆JU6DOSMJRE :2010/01/07(木) 21:22:56 ID:ELCxayha
-
女は思う。
お前は、どこまでいっても『軍曹』なのだな、と。
従順に、愚直に。
そして自分は、どこまでいっても、『大尉殿』なのだ。
国家を無くした亡者の先導者。
皆の偶像。
男の舌と唇が、膝を越えて、腿に迫ってきた。
かつて自分は、国家の人形だった。
体よく利用され、そして、切り捨てられた。
ただの傀儡。
男の唇を、素肌で感じた。
熱い。
脚を僅かに広げると、男の手が太股に掛かって、ぐいと開かれた。
男の舌は黒いレースの上を這う。
熱い。
女は、たまらず、男の頭に手を伸ばし、引き寄せた。
開かれた脚が、リクライニングチェアーの肘掛けまで上げられる。
黒いレースの上で、男の唾液と女の体液が混ざった。
女の脚の間で溢れる熱。
固く尖らせた男の舌が芯を捏ね上げて、女は思わず背中を丸めた。
――人形のくせに、性欲だけはあるらしい。
女は自嘲気味に思った。
- 336 :大尉×軍曹 冥 ◆JU6DOSMJRE :2010/01/07(木) 21:23:53 ID:ELCxayha
-
「寝ろ」
「はい」
男は、女が顎で示した寝台に横たわる。
自らの牡を反応させながら、男は静けさを失わない。
下着を取り外した女は、男に跨り、足りないと訴える自分の身体を満たす。
男の猛りが、女の胎内に収まってゆく。
奥まで飲み込んで、確かめるように数回、揺らす。
そして、ゆっくりと抜く。
先端、ぎりぎりのところまで。
浅く僅かに上下させてから、また、奥まで誘い込む。
ぬるぬるとした内壁が、擦れた。
深く埋めてから、そのまま旋回させる。
溢れた体液が、粘着質な音を漏らした。
――お前は、こんな命令にも、簡単に従うのだな。
女の身体は熱かったが、頭だけは酷く冷たかった。
男は、「脱げ」と言われれば脱ぎ、「寝ろ」と言われれば寝る。
――お前もまた、私の人形なのか?
「私の身体は醜いだろう?」
「いいえ。美しいです」
男は即答した。
「美しいわけがなかろう。醜いだろう?」
「いいえ。美しいです」
男の返答は変わらない。
どうしようもなく黒く淀んだ渦が、女の腹の底から沸き上がる。
――嘘を吐くな。
全身に火傷の痕を無様に残すこの身体。
幾日にも及ぶ拷問の末、捨てられた。
誰にも必要とされなくなった亡霊の女を、女の部下は、生かして、崇拝した。
崇拝。
それは、非常な孤独だった。
――醜い私を、それでも、そのまま受け入れてくれた方が、どんなに――
女は、一人、昇り詰めた。
男は、それを確かめてから、自らも追った。
最後まで、男は従順だった。
- 337 :大尉×軍曹 冥 ◆JU6DOSMJRE :2010/01/07(木) 21:25:05 ID:ELCxayha
-
無言で服を身につけながら、女は問うた。
「お前は、もし私が『死ね』と言ったら、死ぬのか」
「はい。大尉殿の為に死ぬのが、私の望みです」
即答する男に、女の眉間の皺は深くなる。
――「大尉殿」。「大尉殿」。「大尉殿」、「大尉殿」、「大尉殿」「大尉殿」「大尉殿」!
「死ぬな。軍曹。生きろ。私の為に生きろ。私が死ぬ時まで、お前は生きるのだ」
女は、命令した。
男は答えた。
「恐れながら大尉殿、それはできません」
森閑とした、声だった。
女は僅かに目を瞠る。
「それは、できません。もし、冥土においでになる時があるとすれば、どうか、私の後に」
「――許さんぞ。それは、許さん」
――それでは、生き残ってしまった私は、一体、
「申し訳ごさいません」
男は頭を垂れて、粛然と述べる。
「同士軍曹、許さんぞ」
「申し訳ございません」
女は、理解する。
――私が、この男を、殺すのだ。
――この、私が、生きて欲しいと願う、殊に生きて欲しいと願うこの男を、殺すのだ。
女は悚然とした。
――これは、何と、何と残酷な男だろう。
男は、沈黙のまま、うずくまる。
了