- 419 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 08:57:53 ID:HFEQefYe
「というわけで、借りて行くわね」
ホテルモスクワタイ支部が首領、バラライカがそんな台詞とともに岡島緑郎を連れ去って行ったのは、5日前のことだった。
彼の『パートナー』であるレヴィには彼が連れていかれた小難しい事情は解らない。
何回も説明されて理解出来たのは…。
ロシアがアジア向けに計画する石油パイプラインの利権に、日本の商社が首を突っ込んで来たとか何とかで、
ロシアンマフィアと太いパイプのある現政権であるが故にホテルモスクワのアジア拠点であるタイ支部のバラライカも関わらずにはおれず、
その流れで日本の商社出身故にロックにアドバイザーとしての白羽の矢が刺さり、何故だか1ヶ月間レンタルされる運びとなった。
それだけ。
簡単に貸し出されやがって、おかげであたしの我慢は限界だ。レヴィはたまらなく苛々していた。
出会って6年。
なし崩しの同居を始め、彼の子供を産んでもうすぐ3年、2年。
腹の中にもう1匹。
身重の『同居人』と手のかかるクソガキ2匹を残してロックはどこぞに行ってしまった。
まぁどこぞというか、シベリアだが、どこだろうと関係無い。問題は、今金切り声を上げて泣いている娘と息子。
この2匹をどうやって黙らせるか、だった。
まるで動物だ、レヴィはそう思う。
人間の言葉が通じない。母親という生き物になってもうすぐ3年、いまだに泣く子らの扱い方が分からない。
可愛くないわけではない、レヴィなりに二人に目をかけている。
機嫌よく遊んでいる時など何度キスしても足りないくらいだ。キスなどしたことはないが。
けれども一度泣き始めてしまうと相手をするのはロックの仕事。
なのに、今彼はここにいない。
ロックは言っていた、どうして泣いているのか考えてやれば、どうあやせばいいのかわかるものだと。
我が子二人が何故泣いているか、そんなのは明らかだ。
だが、だからといってどうしようもない。
だってそうだ、パパががいないと泣いているのだから。
ママではいやだと言って泣きわめくのだ、こっちが泣きたい。
ああ、この先またこんなモンスターが増えるのだからたまらない。
この惨事の原因で、更なる災禍を我が身に種付けした馬鹿を百回ボコったところで釣りが来る、レヴィは本気でそう思う。
昨日まではまだいい。事務所でダッチに世話を押し付けた。ああ見えて自分よりも手馴れた子守をする。
だが、今日から3日はベニーを伴い武器密輸。
子らのグランパは海の上。
別の誰かに押し付けようにも車はドックだから、一人ならいざ知らずここから子二人を抱いて40分は歩かなければならない、途中で襲われ
れば親子3人蜂の巣だ。
大体、ロハで面倒見てくれるようなお人よしなどこの街でそうそういるものではない。
- 420 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 08:58:58 ID:HFEQefYe
- 最初は放っておけば泣き疲れて寝るだろう、そう思ってた。
なのに、父親不在に加えて母親に無視されて、癇の虫はますます派手に暴れ出す。
1歳までは通じた方法も、自己主張を覚え始めた年頃には通じないらしい。
かと言っておもちゃを片手にご機嫌とりをしたり、ロックが大量に残して行った食事を解凍して与えてみたところで、いやいやと首を振るだけ。
ああ、全く、年子で子供など授かるものではない。
シンクロしているかのように同時に泣くのだ、行動が同じなのだ、姉が駄々をこねれば弟もそれに倣う。弟が泣けば姉も負けじと泣き喚く。
別に子など欲しくなかったのに何でこんな目に遭うのか。
…………………………………
………………………………………………
……………………………………………………………
……………………………………………………………………
…………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………ブチ。
「うるせぇ!ガタガタ言ったってクソオヤジは帰ってきやしねぇんだよ!
泣きやまねえなら海に放り込むよ、それとも人売りのトコでも連れてってやろうか!?」
キレた。
思わず怒鳴り散らす。
泣き声が激しさを増したのは言うまでもない。駄目だ、このままでは手を上げてしまう。だって、それしか方法を知らない。
自分一人では散歩にも連れて行けない。。
いらいらする。
あ、小便漏らしやがった。
いらいらする。煙草が吸いたい。ロックはいないのだから文句を言うヤツはいない。
レヴィは思う。
腹のガキがどうなろうと知るか、よくよく考えればあたしがあいつのガキを産んでやる義理なんかこれっぽっちもありはしない。
一度そう考え至ると、それ以外の結論が見当たらなくて、レヴィはおざなりな後始末をすると泣き喚く姉弟を残して外に出る。
ドアが閉まって、遠くなるはずの泣き声にますます火が点いた。罪悪感が無いわけではないが、15分で戻る。
鍵だけはしっかり締めて買い物に出た。
「あばずれ、お前何してるか」
目立ち始めて久しい腹を隠しもせず、くわえ煙草で食料と酒を抱えるレヴィに聞き覚えのある声がかかった。
「見りゃわかんだろ?ショッピング」
「ガキ共これ一緒じゃないか」
「家。『オルスバン』。ギャーギャーうっせーからエサでもくれてやろうと思ってよ」
そう苦々しく呟くレヴィの手には、アイスクリームやジェリーやヌガーキャンディ、合成ジュースにポップコーン…要するに菓子の類ばかりが詰まった袋。
「ボンクラは」
レヴィを観察するように目を細めて、子らの父親の所在を聞くシェンホアに「ホテルモスクワにレンタル中」と短く吐き捨てる。
「さっきお前の部屋の下とおた時ガキ共泣いてたね」
「だから?」
暗に責めるカタコト女に、努めて冷ややかに問い返す。
余計なお世話だ、今から帰るのだ、帰って、菓子でも食わせれば機嫌も直るだろう。
だが、シェンホアは、深々とため息を吐くとこう言った。
「お前、今顔だけで人殺せるよ、その顔で子が懐くはずなかろ、アホちん。
ガキ共のメシ作るしてやるから頭冷やすよろし。ワタシ、これ損な性格よ、子には敵わないね」
ここにいた。ロハで子守をするお人よし。
- 421 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 08:59:54 ID:HFEQefYe
- 電話が鳴っている。もうずっと鳴りっぱなしだ。
どうやら諦めるつもりの無いらしい相手。誰かなんて想像がつく。だからこそ出たくないのだが、仕方がない。
レヴィは重い身体を持ち上げよろよろと受話器を上げる。
「HELLO?」
『―――レヴィか?出掛けてたのかい?』
予想に違わぬ相手の声。今回の元凶。『同居人』。
「別にぃ。ずぅっといたぜ、……ずぅ〜っとなぁ…」
呂律の回らない声で、無視していただけだと言ってやる。お前と話したくなかっただけなのだと。
『―――…………酔ってる?』
「だとしたら?」
『―――だとしたら…って!妊娠中はお互い止めようって約束したよな?』
日本人を辞めたくせに、こういう時だけ日本のモラルを押し付けてくる。鬱陶しいことこの上ない男にさっき出した結論を突きつけてやる。
「はっ…考えたんだよ、何であたしがてめぇのガキなんざ産まなきゃならねぇんだって」
『―――はい?何でって…ええ!??』
予想だにしていなかったレヴィの言葉に、間抜けな声で疑問符を投げかけるロック。自覚が無いのがますますレヴィを苛立たせる。
「…………………………………もう……いやだ、………うんざりだ」
『―――………チビ達は?』
徒ならぬ様子の通話相手に、ロックは火に油を注ぐとも知らず庇護すべき幼子の心配をする。
「っ…!?どいつもこいつも!ガキ!ガキ!たくさんだ!」
どうやらNGワードだったらしいそれ。レヴィは烈火の如く喚き散らし始める。だが、だからこそ確認しなければと、同じ質問を繰り返す。
『―――なあ!チビは!?』
「てめぇにゃ関係ねぇ」
『―――関係無い!?ふざけるな!もう一度聞くぞ、チビはどこにいる?』
3度目の質問に、レヴィは一言「売った!」と吐き捨てた。
『―――………ぇ……ぁ…………ちょっと待て、今…何て言った?』
ロックは即座に意味を理解出来ないようで、聞き返して来る。
動揺しているのが電話越しでも解った。真っ青な顔が目に浮かぶ。
「売ったよ、ギャーギャーうるせえしよ!うんざりなんだ!」
『―――…冗談だろ?』
震える声で確認する声に可笑しさがこみ上げた。嘲笑を殊更強調して、返してやる。可笑しくて可笑しくてたまらない。
「はははっ…冗談だろ?だってよ!くはは…馬鹿か、てめぇ」
『―――ォ…オーライ、レヴィ、落ち着け、まずは…そう…水を飲んで。お願いだ』
「あたしは冷静だ、お前の方がよっぽどキョドってんじゃねぇか」
受話器の向こうで深呼吸する気配。動揺している自覚はあるらしい。だが、努力空しく声は震えを止められないどころか、涙まで出てきたらしい。
涙声で、縋るように聞いてきた。
『―――そう、なら…そう、売ったって…どこに…』
「この街にゃガキの売り先なんざ掃いて棄てるほどあるさ、見ない顔のヤツだった。」
『―――嘘じゃないなら…お願いだレヴィ、迎えに行って。
俺が帰るまで…あー…教会か…フローラのところか……どこでもいいから…預けて……頼むから』
「何泣いてんだ、お前。気色わりぃ。見ない顔って言ってんだろ?何処にいるかなんてあたしが知るか…ハハハ…」
受話器の向こうからは、言葉にならない嗚咽だけが聞こえてくる、心底悲しんでいる様子のロックに少しずつだがなけなしの良心が痛み始めた。
「…なぁロック。おまえ…」
『―――ぁ…後でかけ直す!出ろよ?絶対だ』
だが、彼女の言葉半ばで電話は一方的に切られた。
面白くない。いつだってあの男は、こっちの意思を気に掛けない。最悪だ。
それでも、今にも吹き出しそうだった憤りは、電話の向こうで泣きわめいていた同居人の醜態によって圧力を下げたような気がした。
テーブルの上で汗をかいたグラスの中身を飲み干す。冷たく熱い液体が食道を落ちていく。
だが全然味がしない。さっきからどれだけ飲んでも美味くない。
煙草もだ。ムキになって一箱吸ったが、全然美味くなくて、それでもアルコールとニコチンは身体を巡るから、悪酔いで気持ちが悪い。
寝てしまおう、嫌なことを忘れて。
切り際のロックの台詞を思い出して律儀に電話線を抜くと、寝室のドアを開ける。
両親のベッドの上で眠る姉弟。
「寝相わりぃ…」
これでは自分の寝る場所が無い。自分もロックもこじんまりと寝るのを好むというのに、ナンだ揃いも揃って大胆不敵な寝姿は。
どう寝場所を確保するべきか、セミダブルのベッドで涎を垂らして眠る二つの小さな身体を見下ろし考えた。
- 422 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 09:00:48 ID:HFEQefYe
-
信じたくなかった。
少しばかりシェンホアを窺った末、何の畏れも警戒も無い顔で笑って見せたのだ。
ロックやダッチに見せるのと同じ顔。決して自分には向けない顔。
自分は子供達に嫌われているのだ。薄々気付いてはいたが、認めたくなかった。だが、これでは認めないわけにはいくまい。
だって、自分にはあんな顔では笑わない。
意味無く手を上げたことなんて無い。
硬くがさつで、人を殺すしか能の無いこの手で触れるのが怖いくらいだというのに。
恐る恐る二人の身体を壁側へずらして外側に横になる。
鳴り続けた電話にも、怒鳴り散らす母親の声にも起きなかった子らは少し触れた程度では起きなかった。
そういえば昨晩もくずっていたから寝不足だったのだろう。
今日寝付かせたのはシェンホア。
何もかも面白くなくて、でも子らにとってこの方がいいのだろうと、黙って見ていた。
二人まとめて抱え込むように腕を延ばす。
子供独特の高い体温に頬を寄せ、陰鬱にため息を吐いた。
ロックは自分の狂言を信じてしまった。
まるで信用されていない。否、事実、酒と煙草でフラフラしているのだから信用されないのも当然だ。
哀しい。
何故。
同居人にも子らにも信頼されていない。
必要とされていない。
ママよりパパ。ママよりダッチ。そして、……ママより近所の他人。
―――そして、母親である自分よりも、武器商人や売春宿の主人に信頼を置いた同居人。
ずっと考えまいとして来たことがある。
自分達二人は一体何なのだろう…と。
妊娠するずっと前から、疑問に思っていた。
それを問えば詭弁で煙に撒かれた。
第一子の妊娠時、ロックに妊娠を悟られる前に子を堕ろそうとした事がバレた。
彼は『俺、子供好きなんだよね』と監視するように彼女の部屋に入り浸り始めたのだ。
気付けば彼自身の部屋は物置に、彼女の狭い部屋には彼の持ち物が増えて行った。
産まれる少し前に、今の部屋に越した。
それだってロックが一人で決めて、前の部屋を引き払うよう勝手に手配したのだ。
そのまま今の生活が始まり、仕事の時には教会を託児所代わりに使い、
子守に追われながらも月に2〜3度は性欲を満たすだけのセックスをして、気付けば三人目。
出会ってから今日に至るまで、一度だって好意を伝えられたことがない。
子らの両親だが夫婦ではない。
互いをパートナーとは呼ぶけれど、彼の抱く感情は、きっと友情か、良くて家族愛。
スキンシップが過ぎて共通の子を持つこととなっただけの同居人。
相棒。
目眩がする。
脳がシェイクされているように世界がぐるぐる回る。
酒か煙草か目の前の現実か。原因のわからぬ不快感を目を閉じてやり過ごす。
頭と身体が鉛みたいに重い。
そういえば、夜泣きで眠れなかったのは子供だけでは無いのだ。…今気付いた。
「あっちぃ…」
寝汗で湿った息子の髪に鼻を埋める。そういえば、いつの間にか赤子独特の乳臭さが無くなった。
そのことが…何となくだが、寂しいような気がした。
- 423 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 09:01:52 ID:HFEQefYe
- 聴覚と触覚。二つの感覚が意識を泥の中から引きずり上げる。
服の中に何者かが頭を突っ込んで乳房にしゃぶりついている。こんなことする馬鹿はロックしかいない。
眠い。うぜぇ。無視決定。
『…ホン……だって…………からぁ、何度も言わせんな』
ドアの向こうから声が聞こえる。
よく知った悪友の声。小声。独り言。否、何者かと電話で話している。
「ん…ぁん…」
胸元で乳首に吸い付く唇に思わず溜息が漏れる。
『あんたの嫁もガキも仲良くお寝んねしてるって。………ああ、………だから叩き起こそうか?って言っ………どうしたいんだよ』
嫁?誰がだよ、という突っ込みを抱けど、とりあえず金髪のヤンキー女が話しているのが誰かという想像はついた。
ついでにさっきから乳をしゃぶるのが誰か、ということにも。
「……………ママのおっぱいは製造中止中だっつーの…」
目下、目を背けたい『乳離れの出来ぬ息子のおしゃぶりで喘ぎ声を上げた』たという事実は、羞恥心に忠実に黙殺することにする。
不思議なものだ、されていることは同じなのに認識した相手が違うと性欲など湧きもしない。
湧いたら湧いたで問題だが。
それにしても、わざわざシャツの裾から潜り込むとは器用な真似をする。
だが、今引き剥がせば泣き喚くこと必至。そうなればロックと話さなければならない。今は気が進まない。
身体も重いし気持ち悪い。
レヴィは胸元の頭を服越しに撫でながら聞き耳だけはしっかり立てる。
『…泣くなって………………………ぁあ?そうだよ、製造場所で3人並んで…………』
まだ泣いてんのかよ、ウぜぇ。酷く冷めた気持ちでそう思う。それにロックが泣いているかどうかより気になったことが一つ。
「製造場所ってジョークのつもりか?面白くもねーよ。」
直前に息子に呟いたジョークと丸被りであることは棚に上げ、小さく哄笑する。
というか、さっきから噛まれてる。痛い。ミルクが出ないとなったら食い千切る気か、クソガキめ。
『……ああ、しこたま飲んで吸ってるなこりゃあ……………って………………知るか!』
「何チクってんだよ、死ねクソ尼」
痛みと怒りに身体を震わせながら、ロックに後々受けるであろう説教にレヴィは頭を抱える。
大体、子らを押し付ける便宜上鍵を教会に預けてあるのは事実だが、いざ在宅時に無断侵入されると気分が悪い。
これがエダではなく強盗ならば今頃ベッドの上で三人仲良く脳漿をぶちまけているところだろう。
もっとも、好き好んで実入りの少ない上にリスクの高いこの部屋に押し入る馬鹿はいないだろうが。
想定されうる結果を思い、己の迂闊さに唇を噛む…が、今はそれよりも…。
「ていうか、いてぇぇぇぇええええええ」
駄目だ、限界だ。泣かれるのを覚悟し息子の口を無理矢理引き剥がす。
乳房から剥がされて息子が情けないぐずり声を上げる。
服の外に引き出して抱き寄せると小さな小さな掌で胸をふにふにと触って再びもぞもぞと潜り込んで来た。
「ああぁぁぁああぁぁぁ…もう…、好きにしろ」
諦めに似た溜息が漏れ出る。
上はあっさりしたものだったというのに、こちらは乳が止まっても吸いたがる。
まぁロックのガキじゃ仕方ない。胸を触るのが好きな父親を思い出して再び溜息。
「噛み付くんじゃねぇぞ?」
- 424 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 09:02:34 ID:HFEQefYe
- 『あ?わかったって、ったく、…………………あー、あとよ、あんま首突っ込みたくねぇんだけど、そこまで気にすんなら何で結婚してやんねぇの?』
悪友の口から突如飛び出した『結婚』という単語に耳は象のように大きくなった。
『…は?何?きこえねぇ。あ?………………………………する気がねぇならガキ量産してんじゃねぇよ』
どうやらロックは電話口でぐだぐだと何か言っているらしい。そして、そのつもりは無いと。アホ臭い。
『はぁぁぁあああああ?ヘイヘイヘイヘイヘイヘイ、ロメオぉ?何のハナシだそりゃ…………』
何を言ったのか、エダが頓狂な声を上げて食いついた。何を言ったか気になる。気になって仕方が無い。
『ねぇ?起こしてあげるから…悪いこと言わないから、一回話しなさいよ、ね?』
口調が変わって宥めモードに入っている。
冗談じゃねぇ、余計なお世話だ。
レヴィは言葉無く口の動きだけで彼女に抗議する。今ロックと話せば間違いなく修復不可能なことを口走る。
『あ?明日?わかった、…………………わかったって!……んじゃ、切るからな』
がちゃりと受話器を置く音と、エダの溜息。会話が終わったらしい。ロックと話さなければならないという、今考えうる最悪の事態は避けられた。
このまま寝てしまおうと思いつつ、ロックの言動が気になってたまらない。
息子は、「ママのおっぱい」に夢中で離れてくれない。
暫しの葛藤の末、姉に起きる気配が無いのを確認し、弟を腕に抱えてベッドを降りた。
「ナニ人んち上がり込んでんだよ」
乳をしゃぶり続ける幼子を片腕に抱えたままドアを開けたレヴィを、よく知るニヤけ顔が出迎えた。
「あら、いい恰好。…ケンちゃんったら…オトコノコねぇ」
母親の胸にしがみ付く息子を見止め、からかうような第一声に思わず「殺すぞ」と口から漏れる。
「片乳見えてんぞ」
「知るか」
エダは、薄笑いを浮かべたままレヴィを観察すると「…いいバイヤー紹介してやろっか」と、これまた可笑しそうに提案してきた。
何を言わんとしているかを直感し、思わず息子を抱える腕に力が篭る。
「……………は?」
「『売る』んだろ?」
ニヤけているくせに真っ直ぐと見据えて問う目の前の女が、レヴィの目には悪魔に見えた。
「………誰も買わねぇよ、こんなチビガキ」
視線を合わせることが出来ずに時計を見るふりをして目を逸らす。針は深夜3時をさしていた。
「その位のガキじゃなきゃ勃たねぇって変態も多いぜ」
「…………二束三文じゃ御免だね」
「いやいや、今意外と供給少ないのよん。こいつら見た目も悪かねぇし、結構いい値段つくって」
尚も食い下がってくる女の声は馬鹿みたいにあっけらかんと明るくて、それはいつも酒を飲みながら儲け話に花を咲かせる時と同じ有様。
それなのに、責められているような気分になって思わず舌打ちを返すと、そんなレヴィを鼻で嗤って話題を換えて来た。
「ロメオからの伝言だ。明日の朝電話すっから線抜かないでくれってさ」
「…………………何の用だよ」
「さぁ??あーあと、どうしてもってんなら酒はビールをグラス一杯と煙草は一日一本だ、だってよ」
約束を反故にしたことを責めるでなく、そんな風に譲歩して来たことが意外だった。
いつもなら一方的に理不尽な正論を捲くし立てるのに。
だが、彼の前提としている結果と彼女の希望は食い違っていた。
俯き、人の形に盛り上がった胸元と丸く膨れた腹を交互に見遣り、一言搾り出す。
- 425 :名無しさん@ピンキー:2010/02/09(火) 09:03:34 ID:HFEQefYe
- 「……………………………………………………………………………産みたくねぇ」
言った瞬間、抗議するように赤子が腹を蹴る。
思わず顔が歪んだ。
解っている。
もう後戻りできない程に育ってしまった。ロックが喜ぶのが忌々しくて黙っていたが、もう胎動を始めて半月は経つ。
何も持たないと決めて生きてきた女に重荷と枷ばかり増やしていく男が心底憎たらしい。
それを受け入れる理由も与えてくれないくせに。そのくせそれを捨て去れない女々しい自分も大嫌いだ。
「なら、明日そう言やいい」
「…口じゃ勝てねぇ」
きっとロックは一晩頭を冷やして口八丁で丸め込んでくるに違いない。
叛乱を起こしたところで、いつもそうやって何もかも半端なまま決着し、もう何年経っただろう。
口で駄目なら、強行手段に出ればいい。
そう思って一瞬本気で子らを売り腹の子も殺してしまおうと妄想したが、出来ず仕舞いだ。
「ちゃんと話を聞くって反省してたぜ」
「………………」
思うことを話したところで、叶えられないのなら意味は無い。
そしてそれをエダに話したところで意味はない。
なのにこれ以上話していると、思いもよらぬことを口走りそうだ。
それに、抜け切らぬ酒のせいで、立っていると吐き気がする。
「疲れた。寝る。わりいな、付き合わせて」
素直に礼が出た。夜遊び好きに見えて、昼間は聖職者の皮を被っているこの女の朝が早いのはよく知っている。
「アレキサンドライト買って来てくれるってんだから、エテ公の世話くらい焼いてやるさ」
「ナンだよ、それ」
「さてね。欲しけりゃおねだりしてみろよ。じゃね〜」
片腕で息子を抱えたまま仁王立ちするレヴィにぞんざいに手を振りエダは出て行く。
後姿を見送り、寝るかとドアに鍵を掛け、電話のケーブルを抜いて…そのまま固まる。
泣いてたなー、あいつが泣いたの見たのって初めてガキ産んだ時だけだ。
なかなか出て来なくて股をはさみでちょん切られて悲鳴を上げたら無理矢理部屋に入って来たんだ。
泣きたいのはこっちだってずっと口汚く罵った。
ロックは謝りながらずっと泣いてたけど、ごめんと万回謝られるよりも、
……………………一言、好きだと言われてみたかったのだ。
考えるほど、彼女の中の大嫌いな女の部分が悲鳴を上げた。
挿し直すか否かを逡巡して、床へ放る。子供が心配で泣くなら泣けばいい、と。今は、ただ困らせてやりたかった。
ふと思い出す。そういえば、エダに話の内容を聞くのを忘れてた。
いいや、聞いたところでどうせ大したことは言っていない。それよりも今は寝るのだ。
努めて男のことを思考から追い出して考えぬようにする。
嫌なことを思考から締め出すのは幼い頃から不安や恐怖に曝されて生きてきた彼女の特技の一つ。
今日は上手く出来ないが、眠気が優位に立っている今は問題なくこなせるだろう。
胸に息子を収めたまま再びベッドに横になり、娘の口から垂れている涎を拭いて目を閉じる。
乳首に走る激痛にレヴィが悲鳴を上げるまであと2時間。
- 170 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:22:27 ID:Z+0HlCK1
ロックが帰って来たのはその一週間後だった。
部屋の電話線はあるべき場所に戻ることは無く、事務所に掛かって来た電話も取り継ぎを拒否してロックとレヴィが直接話をすることは無かった。
エダやダッチとは連絡を取っていたらしい。
当分ウォトカには困らない、ずっと喧嘩していろとエダが上機嫌で嘯いていた。
因みに、アレキサンドライトが馬鹿高い宝石だと、ダッチに聞いて知った。
価値を知ったことによる、馬鹿かあの男は、という苛立ち。
そして、自分にはくれたこともない宝飾品をエダにくれてやる約束をしたことへの絶望。
一度萎んだはずの鬱憤は再び圧力を増し続けていた。
街が寝静まった時間。何者かがガタガタと音を立てて侵入する気配に、警戒心と殺気は一気に高まった。
カトラスは居間の引き出しの一番上。取りに行けば相手とハチ合わせだ。
予備は、子らの手の届かぬクロゼットの奥。相手が寝室に来るのとどちらが先か。
子に泣かれては厄介だ、まとめて抱えて行ってそのまま中に閉じ込めておくか。
速やかに判断したレヴィだが、ドアの向こうからは「あー…散らかってるな〜」と聞きなれた暢気な声。
警戒だけは一気に萎えた。
何の予告も無く帰宅したロックは、寝室に侵入するや「いいな…」と呟く。
仰向けで左腕に娘を抱き、胸に相変わらずの息子を収めて寝ていたレヴィは、眠いし腕は痺れるし膨れた腹ともうすぐ2歳になる息子の体重で息は苦しいし、
ロックの言っている意味も…そこにロックが立っている意味も理解出来ないしで、殺気はそのまま不機嫌に相手を睨みつける。
「ただいま」
だが、彼女のそんな冷視線に負けることなく朗らかに笑う男は、正面から目を合わせてそう言った。
レヴィは寝ぼけた頭で考える。
まだまだ日程は残っているはずだ。
マフィアとの約束を違えるなど、子を儲けてからしなくなったのに。
「一ヶ月だろ」
「うん。明日また戻るよ」
深夜便だから昼過ぎには出なければならないと、上着を椅子に掛けながら大仰に溜息を吐く。
「……飛行機代ロハじゃねぇんだよ」
ロックはハードスケジュールだとぼやいているが、まずは金の心配だ。
エダに宝石や酒を貢ぐ約束をしてみたり、北の果てから日帰りしてみたり。
金が天から降って来ると思っているのかと罵れば、「レヴィが逃げなきゃどれも節約できたよね」と、シレッと言い放つ。
「話があるし、チビ達には自分のベッドで寝てもらおうか……」
言うなり、手前で眠る娘を抱き上げるべくタオルケットをめくる。
「……………………」
「………………………何だよ」
「いや……」
膝丈のロングシャツにもめげずに潜り込んで来た愚息のお陰で、タオルケットの下のレヴィの姿は…半裸と呼んでも差し支えのない、とてつもなくあられもないそれだった。
何で今更その程度で頬を赤らめて視線を逸らしているのだろう、この男は。しかもショーツは色気の無いボクサータイプだし、見てくれだって間抜けな腹ぼてだ。
そんなレヴィの言葉にならない疑問をよそに、ロックは視線を泳がせたまま娘を抱き上げ部屋を出る。
蕩けそうな顔で娘の旋毛にキスをするのを見て、子供が心配で帰って来たのだ、どうせ明日面倒見のいいヤツのところにでも連れて行くつもりなのだろうと歯軋りせずにいられない。
信頼の欠片もない。なけなしのそれを壊したのは自分だが…。
自分の血を引く子を疎ましく思っている筈なのに、奪われるのではないかと気が気でない。
いや、必要無い、全部棄ててしまえ。
男も、彼と自分の血を引く子供も、必要ない。
だって、うんざりしているんだ。
重くて重くて、これ以上抱えられない。
守り切る前にもろとも潰れてしまいそうだ。
- 171 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:23:06 ID:Z+0HlCK1
- 矛盾した思考と感情に身体を固くしていると、ロックが戻って来て再び「いいなぁ」と呟いた。
「何がだよ」
視線を遣ると、拗ねたような赤い顔で口を開く。
「一回胸に顔を埋めて寝てみたいんだよね。それに、チビだって俺にそんな甘え方しないだろ、ママの特権だ」
どうやら、レヴィの胸をしゃぶりながら寝息を立てる息子も、しゃぶられているレヴィも羨ましいらしい。馬鹿な野郎だとレヴィの口から溜息。
何でこうも巧みにこちらの毒気を抜けるのだろう。
「気色わりぃこと抜かすな、てめぇはゲイか?ペドか???」
「えー何でそうなるのーー?レヴィってばいつもそんなこと考えて健人くん抱いてるの??えっちだね」
罵倒したつもりが笑われて、どうやら墓穴を掘ったらしいことに気付く。
「…っ!!!???…こうしとけば黙るんだからっ…しかたねぇだろ!?」
「冗談だよ。…まだまだママに甘えたいんだ」
甘く微笑むロックは、そのままレヴィに覆い被さる。
いつでも拒絶できるよう身構えるが、彼は母の胸にしがみ付く息子をそっと抱き上げた。
胸の圧迫感が消えると同時にぐずり始めた息子を、彼は器用にあやして連れ去って行く。
軽くなったレヴィの胸に残るのはひどい敗北感。
自分はあんな風に上手くあやせない。
彼の口から二度飛び出した「ママ」という単語。
だが、現実はお前にその資格は無いのだと彼女を詰る。
とりあえず、胸に抱いて好きにさせれば息子は黙るし、弟が黙れば姉もいずれ遠慮がちに抱きついてくる…それだけはこの数日で把握した。
とは言え、こんなのは家の外では通用しない。二人の示す怯えた目も警戒心も相変わらず。
だが、それでいいと彼女は想う。
だって、ロックがするように甘えさせていたのではこの街で生きていけないではないか。
優しいヤツがいいヒトじゃない。
母親を警戒する位でちょうどいい。
特に、娘には性別ゆえに自分が舐めてきた辛酸など味わって欲しくない。
いいヒトなどいないこの街で力の無いメスガキが生きて行くには誰も信頼しないこと。
だから、これでいい。
あたしが、あいつらを棄てれば完璧。ママに棄てられて、あたしは人を信じることをやめた。
だからと言って、あたしと同じ想いをすることは無い。だって、パパはあいつらを傷つけない。だから、安心して棄てればいい。
自分勝手な理屈だ。
単に逃げ出したいだけなのに、子のためだと屁理屈を並べているだけ。だが、それでも…。
ともあれ、このまま不貞寝が赦されないことくらいは理解している。その為にロックは戻って来たのだろう。
裾を整えながらよろよろと起き上がったレヴィに「いない間に大きくなったよね」と、いつの間にか戻ってきたロックの声がかかる。
何のことかなんて訊かなくともわかる。ロシアに経つ前からしきりに気にしていたし、彼の視線が雄弁に語る。
「十日ちょっとでそんなに変わるかよ」
「変わった気がするけど?」
言いながらベッドサイドに膝をつき、愛おしそうにレヴィの腹を撫でて頬を寄せる。
帰って来て、初めて触れて来たと思えば、気にしているのは腹ばかり。
いらいらする。
「まだ蹴らない?」
「………………………………………ああ」
嘘をついた。
母のやけっぱちな行動の後も、赤子は自己主張するように腹の中で暴れている。むしろあの後の方が激しい位だ。
産みたくないという気持ちはますます膨れ上がるのに、赤子は自らの存在を主張するし、ロックは蕩けるほど幸せそうな顔で腹を撫で回す。
いらいらする。
こんなに嬉しそうなのは、まだ見ぬ我が子が可愛いだけ。
もう、うんざりだ。
- 172 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:23:39 ID:Z+0HlCK1
- 腹の子を慈しみながら、ロックはレヴィの様子を観察する。
ずっと笑わない。
この子を宿してから、ずっと淋しそうな顔をして、決して自分を見ようとはしない。もっとも、自分も似たようなものだという自覚は彼にもある。
彼女がこちらを見てくれないことを寂しいとは思うが、それ以上に、きれいだな、と思うのだから苦にはならないのだ。
彼女は不器用ではあるが二人の子供を愛している。
娘の梨花が産まれてからの数日、飽きずに顔を眺め、ぐずり声をあげる度におろおろとうろたえていた姿は今思い出しても笑みが浮かぶ。
深夜に娘が熱を出した時など、様子を見ようと窘めるのも聞かずに真っ青になって医者の元にすっ飛んで行った。
一見、子らが懐かぬように見えるが、それは彼女が肩肘を張って接してしまうから。
いつ誰に対しても器用に立ち回る女が、我が子を前にするとガチガチに緊張してしまう。
母の緊張はそのまま子に伝播し、母はますます触れるのを躊躇う。母子のコミュニケーションは…円滑とは言い難かった。
彼女には苦手なことは無理をするなと言って、全てを自分が受け持ってきた。
それが、かえって彼女に劣等感を植え付けていることに気付いてはいた。気付いていて、苦手を克服する機会を奪って来た。
いつも淋しそうにしていたレヴィ。
きれいだった。
そして、劣等感と正比例するようにロックへの潜在的な依存は強くなった。
だが、ロックの目には、留守中に子と彼女の距離は縮まってしまったように見える。
にも関わらず、レヴィの陰鬱な顔は変わらない。
きれいだ。
エダの非難めいた問いかけや、今の辛そうな様子を見るに、彼女が破滅行動に巻き込みたかったのは子では無く、ロック自身。
それでも、彼はレヴィを苛む最大の要因は子との関係で、今はそれとマタニティブルーが相互に作用した情緒不安定な状態なのだと、そう周囲に説明した。
もっとも、周囲はそれを真に受けたりしなかったようで、遠まわしに、直接的に、彼に現状の打開を働きかけた。
現状維持もそろそろ限界。
彼女を失うのは本意ではないのだから仕方が無い、変化を決意する時だ。
「どうしてあんなこと言ったの?」
『あんなこと』。レヴィには心当たりがありすぎてどの発言のことか判らない。
「…何が」
「チビ達を売ったとか、俺の子供は産みたくないとか…」
「…………………………言ったろ、うんざりなんだ。てめぇやてめぇのガキと住むのも、…ツラ見るのも………話をすんのも。
…………交尾の相手が欲しいなら他を捜せよ………今こうされてるのもムカついてたまらねぇ」
飽きずに腹に纏わり付く男に、彼女は野良犬を見るかのような蔑みの視線を向ける。
何となく選択した『交尾』という表現に、妙にしっくり来るものを感じた。
Copulation……。Fuckと呼ぶ程暴力的ではないが、MakeLoveと呼ぶような感情はきっとない。生理的欲求だけで機械的に交わって、繁殖だけは怠らない。
犬猫の交尾と同じ。
「……嫌なことは嫌だって言えよ。…嫌がることは、したくない」
ロックは、そう言いながらも彼女の太ももに顔を埋める。
「嫌 だ 離 せ 、許可無くあたしに触んな、胸糞わりぃ」
改めてはっきりと拒絶され、名残り惜しそうにレヴィから離れたロックは、ひどく傷付いた目で彼女を見る。
「俺のこと、嫌いか?」
「……………」
- 173 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:25:18 ID:Z+0HlCK1
- レヴィは葛藤する。
嫌いだと言ってやりたい。
お前など大嫌いだと。
だが、それを言えばますます傷付いた顔をするのだろう。
現実に目の前で傷付いた顔をされると、それ以上の嘘を吐くことが出来ない。
電話との勝手の違いに、急に口をつぐんだレヴィを見つめながら、ロックは寂しげに吐き出す。
「何か言えよな…」
「………こっちが訊きてぇよ…産む理由が見つかんねぇ…あんたが何考えてんだかわかんねぇ」
「せっかく授かったんだから」
「ナンだよそれ…。誰彼構わずファックして中出しすりゃガキなんざ出来んだ、知らねぇなら試してみろよ」
欲しいなら別の女と交尾しろ。
あたしはもうたくさんだ。
産みたくない。
最初の時だって堕胎の予約は済んでいた。
何で解ってくれないんだよ、産みたくなんかないのに!!!
…産みたくないんだよ。
そんなレヴィの呟きをロックは黙って聞き続けた。
今まで頭の中だけで止めて来たことをロックの前で言葉にした瞬間堪らなくなったのか、レヴィはぽろぽろと涙を流す。
そんな彼女の泣き顔を、ロックは、やはり、きれいだと、思った。
「…………あのさ、レヴィは今までどう思ってたの?」
ロックは唐突にレヴィに問い掛ける。
今までどう思っていたかなんて、今散々言ってやったというのに、これ以上何を言えというのか。
「何をだよ!?」
「その…やっぱり………、結婚したくないんだよね?」
彼の口にした言葉の意味をたっぷり十秒は考え、考えた結果理解不能であると脳は判断する。
「……は?………意……味…解んねぇ…」
『やっぱり』??『結婚したくない』って、お前のことだろう。レヴィはそう思う。
思ったから伝えた。
ロックは心底情けない顔で彼女を見る。
「…俺、…レヴィにプロポーズ断られたよね」
恐る恐る、そんな形容詞がふさわしい。ますます意味がわからない。
だが、初めて聞いた肯定的な彼の言葉に鼓動は速くなる。
「お前がいつそんなモンした!?だ…大体…………す…好きとすら言ってくれた事ねぇじゃん」
言ってしまった。遂に。これでは言って欲しいみたいではないか。いや、事実そうなのだが、あそこまで辛辣な言葉を吐いた手前、恰好悪いことこの上無い。
だが。
「……………………ぇ………言って……欲しかったの?」
「…………………………………………………お前……ナメてんのか?」
「まさか!!一緒に映画見た時、『こういう女みたいな男は嫌いだ』って嫌がってたから…。俺、男らしくはないからさ、せめて口にしないようにしてたんだけど」
………………言ったかもしれない。
やたらと『I love you』だの『I miss you』だのを連呼する主人公に見ているこっちが恥ずかしくなって、『こんなこっ恥ずかしい台詞が吐ける男なんざ願い下げだ、
犬のクソみてぇな男だな』とか何とか。
ついでに、ジョークのように甘ったるいベッドシーンでは、かえって冷静になって思わず真顔で馬鹿にした。
- 174 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:26:04 ID:Z+0HlCK1
- ロックは何やらブツブツと、「ベタベタすると怒り出すくせに」とか「カワイイって言った時には拳で殴られた」とか、怨み節を滔々語る。
確かに。そんなこともあったかもしれない。だが…。
「んなモンはメリハリってモンだろ!!?そ…そそそ…それに、プププ…プロポーズなんて…してねぇ…だろ、…お前」
レヴィは取り敢えず逆ギレしつつ、本題へ戻る。こっちは本当に記憶に無い。多分。
「したよ」
「いつ!?」
「リカが産まれる少し前!名前は何にしようかーって話しながら。英語でも日本語でも呼びやすいのがいいねーって話をしてて」
「……ぁ?」
その会話は記憶にある。リカとケントの名前はその時決めた。
とは言え、日本人の名前の響きなど知ったことではないし、漢字の意味まで説明され出した日には全く理解不能で適当に相槌を打っていただけ。
その時そんな話など出てきただろうか?
レヴィの記憶に彼からのプロポーズなど塵ほども無い。
「レヴェッカ・オカジマって照れくさいね、って言ったら何であたしがそんなださい名前になるんだ馬鹿って…」
「………………………………………………………あ?」
レヴィは必死で記憶をたぐりよせた。
何せこの3年間、全く彼女の記憶から消えていた会話だ。
しかも、コトの後で相当眠かったし、言葉の意味を深く考えず、彼の言うこと全てを適当にあしらっていた気がする。
この街でファミリーネームなど意味を持たないから…仮にそんなことを言われても何言ってんだ?としか思わなかったはず。
華僑であるが故結婚でファミリーネームが変わるという文化ともなじみが薄い。
「もしかして、気付かなかった?」
「…うん」
「気が変わったらよろしくって言ったのも覚えてない?」
「んなコト言ったか?」
あからさまに落胆するロックに追い討ちをかけるようにそう言い放つ。
「かなり真剣に言ったつもりだったんだけど…レヴィがその気になるのをず〜っと待ってたんだけど…」
「解りにくいんだよ、いちいち」
「………汚名返上したい」
「チャンスは一回だ」
あからさまに落ち込んで涙目で懇願するロックに一度だけチャンスを与えると、緊張した面持ちで一頻り何かを考え、レヴィに向き直る。そして。
「レヴェッカ、不甲斐ない俺に二人も宝物をくれてありがとう、大好きで我慢できなくて、三人目まで出来ちゃったんだけど、その…、俺達もう、家族だろ?
だから…そろそろファミリーネーム…統一しない?」
「……………………………………………。」
レヴィは思う。
ナメてるのか?この男は。
どうしてこう、クドクドと解りにくい言い回ししか出来ないのだろう。しかも前回の失敗をなぞっている。評価出来るのは「ありがとう」と「大好き」だけだ。
それすら、今この空気でこう言われると心底イラつく。
「じゃ、チョウな。お前、今からロクロー・チョウ。リカとケント含めてチョウ・ファミリーだから」
ロックはこの時初めて気付く。
この期に及んで、初めてレヴィのファミリーネームを知った気がする…考えてみると俺の子供を産んだのは本名すら知らない女だったのか…。
内心かなりのショックを受けた。
だが、今はそれよりも…。
「…ごめんなさい、ちゃんと言います……」
レヴィの苛立ちを察し、ロックはオロオロしながら文字通り彼女の身体にすがり付く。
「ぁぁ?てめ、誰があたしに触っていいっつったんだよ。チョウじゃ嫌なのか?チャンスは一回だっつったろ」
「いや、チョウが嫌なんじゃなく…でも、もう一回!」
「ほら、早くしな」
「待って、心の準備が!!」
「10秒だけだかんな」
レヴィは、我が身に縋りついたまま深呼吸するロックの背中を、子にするように叩いてやる。
3度目の深呼吸を終えたロックは、意を決したように身体を離しレヴィの目を真っ直ぐ目を見据えて、告げた。
「愛してます。もちろん、結婚してくれるね」
- 175 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:26:37 ID:Z+0HlCK1
- 「……………………………け…決定事項かよ」
あまりに傲慢なもの言いに、まるで現実感が湧かなくて、反応が遅れた。
自分の顔が赤くなるのを止めたいのに上手く出来なくて、視線から逃れるように俯いて目の前の肩に額を預ける。
「ああ、拒否権は認めない」
ロックは悪びれる様子も無く、選択肢は与えないと言い放つ。
さっきまで棄てられた仔犬のような目で縋り付いた癖に、甘い顔をすればすぐこれだ…と、これからを不安に思わずにいられない。
もっとも、満更悪くも思っていないのだが。
「…ったく…3人も孕ませた後に言うことかよ」
「ごめん」
「ホント…お前って…ずりぃよな…」
「…レヴィは俺の欲しいものをくれるから、それに甘えてたんだ」
「…あたしのせいかい。その間に他の男に乗り換えたらどうするつもりだったんだ」
「……どうしようか、想像もしたくない。…………………………それで、その、返事は?」
小首をかしげながら甘えるロック。
返事をせがまれ考える。
よくよく考えれば、別に、結婚したかったわけではない気がする、というか、したところで今までと何が変わるのだろう。
ただ惰性のように隣にいて、理由も与えられぬままに重荷が増えることに耐えられなかった。
結婚は、全てを受け入れる『理由』になるのだろうか。
正直、名前云々は心底どうでもいい。そういえば、彼の前で初めて本名を口にした気すらする。
共に暮らして、家族を持つことを結婚と呼ぶならば、今と何も変わらない。こんな生き方をしている以上、法的にどうこうなる問題ですらない。単なる気分の問題だ。
本当にずるい。
一言好きだと言われれば、それが理由になったのに。
それだけで暫くは今の生活を守ることが出来たのに。
結婚など承諾してしまえば、逃げることが出来なくなってしまう。
だが、この期に及んで逃げ道は必要だろうか。
………無理だ、今更棄てられない。
「……決定事項なんじゃねぇのかよ?…………………それにさっき言ったろ?チョウ・ファミリーだって」
そう言って寄り掛かる。
「ありがとう、うれしいよ。」
そう言って彼女を抱き寄せたロックだが、躊躇いながら「……………でも、その…やっぱり…オカジマじゃだめかな」と彼女の姓を否定する。
「な〜んだよ、嫌か?」
「いや、どうせ使わないし俺はどちらでもいいんだけど」
そう前置きした彼が語った内容を要約すると、万一両親が揃って死んだ時に、彼らが利用できるのはきっと日本人の立場である、と。
大使館に父である彼と写った写真、そして実家の住所が渡れば悪いようにはならない。日本人めいた名を付けただけでなく漢字まで宛てたのはそのためだ、と。
命名を彼に丸投げした彼女は、「へーそうなんだ」という感想を喉元で押し止める。
日本人の名前を付けたのもファミリーネームにこだわるのもマーキングの一種なのだと思っていたから意外といえば意外だったが、拒否する理由も特には無い。
短く同意を示し、彼の言葉を反芻する。
今の暮らしを続ければ、いつか彼が憂慮したような事態はやって来るのだろう。
以前よりも生き意地汚くなった自覚はあるが…否、だからこそもあの小さな子供達が大人になるまで生きていられる気がしない。
その生き意地だって、生きたいというよりも生きなければ、という義務感のようなものだが、それが自分と彼の寿命を縮めることになるのだろうと思う。
- 176 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:27:15 ID:Z+0HlCK1
- 「ねぇ……レヴェッカ・オカジマって、何か照れるよね」
だが、彼女なりの真剣な考え事の外野から、彼はそんな事を言う。それは、彼いわく、失敗したプロポーズ。ジンクスにこだわるわけではないが、いい気はしない。
「…………お前さぁ、……何が言いたいんだよ」
「夢だったんだよ!それに同意してもらうのが!」
「馬鹿だろ、別に全然照れねぇよ?」
「…ぁぁ…そ。……………なら、コレは?」
サイドのポケットを何やら漁るロックを眺めていると、うやうやしく小箱を差し出される。
それ自体、いかにも高そうな細工が施された、どこから見てもピアスか………指輪を納めるための、小さな箱。
「………な、ナンだよ、それ…」
直前の会話を思えば何となく想像はつくが、過度な期待をすれば外れた時の落胆は大きいに違いない。
それに、自分から指輪を期待するのは…。悔しいが、何となく……………………照れ臭い。
「ん?レヴィのここに嵌めて欲しいなと思って」
空いている手でロックがなぞるのは、心臓と直結していると云われる、指。
「…………………後から返せったって、返さねぇからな」
「こっちだって返したいって言われても、絶対に許さない……嵌めるよ?」
小さく頷いた彼女に向け開かれた小箱の中には、小さな赤い色の石が埋め込まれた銀色に光る輪。
ロックはゆっくりと儀式ばった挙動でレヴィの指へそれを嵌めると、そのまま肩を抱き寄せ口付ける。
そして、キスをするのは何ヶ月ぶりだろうと考えた。
彼女の三度目の妊娠が判明した時に、純粋な喜びはもちろん、これでまた一つ彼女を縛る理由ができたという昏い喜びを胸に口づけた。
それが最後だったと思う。
つまり約4ヶ月ぶり。
その時だってセックスレス気味だったから、その最後のキスすら最後に関係を持った時…つまり、彼が彼女を孕まさんと、時を狙い澄まして彼女を抱いた時以来だった。
それ以降レヴィの表情も日に日に沈み、同じベッドに寝ていながら髪に触れるのすら拒まれる有様。
それでも、そんな状況を放置して来たのは、そんな彼女がきれいだったからだ。
誓いのキスのつもりが、気付くと本気で舌を絡ませ、レヴィの腕もロックの首にかかる。
少なくとも、今は拒まれてはいない。
軽く重心を移動させると抗うことなく身を任せるレヴィ。そのまま仰向けに押し倒し、覆いかぶさる。
そして、ずっと彼女が待っていた「I love you」を改めて口にした。
耳元で甘く甘く囁かれたそれに背中を震わす様は、ロックに言い難い悦びをもたらす。
やはり、この女は最高だ。
首筋のトライバルを指先でなぞりながら、賛辞と愛情を何度も何度も口にする。
息子の形に伸び切ったヨレヨレのシャツ越しに乳房に触れると、二人の授乳を経た経産婦らしいぷっくりと熟れた乳首。
子を産む前のようなみずみずしさは無くなってしまったが、それをもたらしたのが自分が孕ませた子らなのだと思うと、かえってそれが愛しい。
3人を孕ませたのは、偶然や事故ではなく作為の結果だったと言えば、どんな顔をするだろう。
愛しているのは本当だ。
彼女の産む赤子が欲しいと思ったから、孕ませた。
だが、もっともらしい言葉で煙に撒いたが、本当は今日まで………彼女にプロポーズしたことなど、一度たりとも、無い。
いつか、その話題を避けられなくなった時の言い訳として、ずっと温めてきたのだ。
…嘘をつくコツは、それ以外は真実で固めること。
- 177 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:28:29 ID:Z+0HlCK1
- 愛している。子を儲けたいとも思った。
全て欲しいと思う。
本当に、愛している。
上機嫌に笑う顔も、怒った顔も、子を儲けて知った母としての顔も、幸せそうな穏やかな顔も。
けれど、肉食獣のように獰猛で、薄刃のように鋭く脆い表情も深く深く愛している。
身を裂くような孤独あってこそ作ることの出来るそれ。
だから、彼女が死地へ向かうことを厭いはしない。
寧ろ、死に逝く彼女の顔をずっと眺めていたい、そんな妄想に何度耽ったろう。
そして、何より、陰鬱に沈んだ儚い顔は、彼女をいっそうきれいに見せる。
ロックは心底彼女の陰を愛していた。
勿論、今目の前にある、全て満たされた笑みだって愛している。
だが、そんな穏やかな顔も彼女の抱える闇があって引き立つのだと、ずっと信じていた。
痛みと孤独にのた打ち回り、叶わぬ愛を請いながら空を睨みつけて死ぬのがお似合いの女。
愛していると伝えてしまっては、結婚などしてしまえば、レヴィという女を美しく彩る孤独が癒えてしまう。
愛しているが、幸せは願って来なかった。
だが、同時に子らも愛していた。
不幸せであれと願っていても、愛する女が産み落とした自分の子である。
その事実だけで心底愛おしい。
不幸など望みはしない。
全身全霊で慈み育んで来た。
レヴィを彩る孤独は実に魅惑的ではあった。
その孤独の捌け口が名も知らぬ何処かの誰かに向かい、『それ』がどんな最期を迎えようと興味は無い。
だが、その矛先が愛しい我が子に向かうのも、彼女が自分の下を離れて行くのも彼の本意ではないのだ。
この一週間、ロックは葛藤した。
「愛してるよ、レヴィ」
レヴィが上肢に纏う膝丈のスウェット・シャツを脱がせると、下肢にはショーツを纏うのみ。
赤黒く熟れた両の胸の突起を唇と指とで挟む。
短く吐息を漏らしたレヴィの指は、子に与える時のように優しくロックの髪を撫で付ける。
小さいくせにごつごつした男のような手は昔のままで、指のささくれが髪に引っかかる。
乳房を味わいながら片手でネクタイを緩め、引きちぎらんばかりにシャツのボタンを外していると、「焦んなくてももう逃げねぇよ」と、掌が頭から頬に下りてきた。
「ああ。でも久しぶりなんだ…」
促されるままに顔を上たロックの視界には、微かに潤んだ目を細めて笑うレヴィの顔。
きれいだった。
頬を撫でる掌を取りシーツに縫いつけると、腹を圧迫してしまわぬようになけなしの理性を保ちつつも全身を押し付けキスをする。
煙草の味のしない唾液に、彼女なりのいじらしさを感じ、とてもとても可愛く思う。
直前まで焦らされていた胸を彼の胸板に擦り付けてくるレヴィの求めのまま、空いた手で軽く爪を立てる。
「んっ…」と鼻を鳴らして手を強く握り返された。
重心を上げて温かく柔らかな丘を羽根のように軽く撫でながら、掠めるように先端を刺激する。
合わせた唇の隙間から、熱っぽい吐息が漏れ続ける。
レヴィがもどかしげに身体をよじらせ始めた頃合いに乳首を摘んで弾くと、背がしなり、「ぁん…」と掠れた鳴き声を漏らした。
「こんなに感じやすくて、健人に吸われて平気なの?」
唇を離してからかうロックの声に、レヴィは一週間前のあの夜を思い出して顔に血が集まる。
「んなワケあるか!?馬鹿!」
真っ赤になって抗弁するレヴィの鼻先に短くキスをすると、再び乳房に顔を寄せ、いつも息子がしているように何度もそこを吸い上げる。
声を我慢するように息を詰めるレヴィの顔は、息子に与えているときとは違って明らかに色が乗っている。
堪らなくなって乳房を貪りながら羽織ったままのシャツ、そしてウールパンツを下着ごと蹴り捨てるように脱ぎ捨て、細い首筋に軽く歯を立てる。
「俺の『モノ』だよ、俺だけの身体。俺だけのレヴェッカ…全部、髪の毛一本余さず、俺の…」
うっすらついた歯型を思い知らせるように指でなぞりながら、囁く。
- 178 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:29:10 ID:Z+0HlCK1
- レヴィは、笑う。
心底から幸福そうな笑み。
ロックはそんな笑みを前に、愛する女に外れぬ首輪を着けたのだという満足感。
そして、もう彼女の孤独を目にすることは叶わないかもしれないという喪失感……そんな噛み合わぬ感情を持て余していた。
生活は何一つ変わらない。
これまでだって事実上の夫婦だった。
どう考えてもこれが正解。
求め、押し付けるばかりで、望むものは何も与えて来なかったではないか、愛しているのならば幸せにしなければ、と自らに言い聞かせる。
ロックはレヴィの身体の輪郭を確かめるように、脇から腹にかけて柔らかく唇を滑らせる。
自分の子種によって身篭り、ぽっこりと膨れた下腹に触れていると、心底満ちたりて、素直な労りや慈しみの感情が溢れ出るのを知っていたから。
彼の髪を撫で続ける彼女の節ばった手に自分のそれを重ねて引き寄せると、掌に口付ける。
レヴィは自身の掌の皺をなぞる舌に、「くすぐってぇ…」とくすくすと笑って手を引こうとする。
逃がさないと囁いてレヴィの背中を押し上げ身体を横臥させると、脚を跨いで側面から全身をきつく拘束する。
身重の身体に負担をかけすぎぬように注意を払いながら、彼女の腿に硬く存在感を増したオスを擦りつける。
レヴィの腰が誘うように揺らめいた。
美しいラインを描く背骨に沿って下へ指先を滑らせると、逃げるように全身が震える。
下着の中へ手を差し入れ触れた秘所は、すぐにでもに受け入ることが出来るほどに蜜を滴らせている。
「凄く濡れてる」
ロックは中指の第一関節までを挿し入れ、浅いところだけで円を描くように動かし入口を解す。
半年ぶりの行為だ、念入りなくらいでいい。
緩く押さえ付けたレヴィの脚がもじもじと擦り合わされてもどかしさを伝えて来る。
目の前のタトゥーにキスをしながら、彼女の下着を腿の半ばまで下ろす。
指を根元まで進ませると、レヴィの壁はきついくらいに締め付ける。
このまま挿れれば最高なのだろうと頭を過ぎるが、今は我慢と、全体を解すように指を動かし続けた。
ぷっくりと腫れた核には触れず、周りを親指でぐるぐるとこね回す。
しばらくそうして焦らし、彼女の瞳が耐えられないと訴え始めた頃合に、核心を指で擦って爪を立てる。
耐えるように枕に顔を埋めたレヴィの身体から、ふっと力が抜けた。
ロックは蜜を溜める彼女の筋に沿って自らを擦りつけ、そして、ゆっくりと侵入した。
- 179 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:30:09 ID:Z+0HlCK1
- レヴィには口か裂けても言えないが、ロシアで、女を宛がわれた。
日本の酒席ですらよく聞く話。マフィアと同行した以上は、特段驚くような話では無い。
とは言え特に興味も湧かず、パートナーがいると固辞はした。
だが、カミさんがいないのだからハメを外せ、相手が不満ならば好みを言え、中国人よりもイイはずだと言い募られた。
一部に事実誤認はあるが、身辺は調査済みらしい。妻ではないなどと藪を突くような真似はしなかったが、プライベートに言及されるのは些か面白くない。
それでも、敵対する相手からならば警戒するべき事態だが、これはマフィア側…つまり身内からの話。客人への「心遣い」。
こちらが裏切るようなことが無い限りそれ以上でも以下でもない。
頑なに断れば先方の顔を潰す上、宛がわれた女は所謂極上品という部類だったのだから、難癖をつけるわけにもいかない。
透けるような肌と金糸のように輝く髪、ブルーグレイの大きな瞳、長くしなやかな四肢、豊かなバスト。
余程特殊なフェチズムでも無い限り、英語でのコミュニケーションが出来ぬ以外は、文句のつけどころの無い女だった。
否、それが最大の問題だった。
つまり、ロックは話でもしながら、自分はソファで一晩過ごせばいい…そう思っていたのに、蓋を開ければ意志の疎通がまともに出来ない相手だったのだ。
それは、彼女の『仕事』を口八丁で円満に辞退する術を持たぬということ。
いっそゲイを名乗ろうかと思ったが、それが知れて本当に男娼を宛がわれても、困る。
困るなんて話では済まない。
結論を言えば、半ば義務感からくる行為とはいえ、彼女と同衾した。
さすがにプロはテクニックもサービスも満点。愉しまなかったといえば全くの嘘になる。
が、そのくせ酷く物足りなく、かと言ってそれ以上を求めようとも思えず、ちらつくのはどうしたってレヴィの顔。
そういえば、接触を拒絶され続けて半年以上抱いていない。ずっとキスすら避けられている。
情緒不安定な彼女の陰鬱な表情があまりにきれいで、そのまま放置していたのだが、これまでこんなに避けられることはなかったような気がする。
世の夫婦はこうしてセックスレスになっていくのだろうか、いや、少し違うか。
急に声が聞きたくなって、電話した。
聞こえて来たのはひどくいらついた愛しい女の声。
他の女と寝た後ろめたさから、コトがバレたような気がして冷や汗をかいたが、それどころではなかった。
もっと根源的な問題だった。
怒鳴りあいの末電話を叩き切り、知人に連絡を取ろうと手帳をめくるうち、頭が冷えてくる。
冷静になってレヴィのSOSに気付いた瞬間、怒鳴り返した自分はあのまま彼女を失うのだと思った。
死に逝く顔をずっと眺めていたいなど、ふざけているにも程がある。側にいるからそんな妄想に浸れるのだ。
彼女から離別を突き付けられただけで、全身が凍り付くというのに。
- 180 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:31:33 ID:Z+0HlCK1
- あの時の絶望を想うと、こうして情を交わすことができる瞬間がたまらなく嬉しい。
思わず口の端が上がる。
レヴィの中へ挿入し終え、温かな感触を楽しむ。
ねっとりと絡みつくような生身の膣の感触は、スキン越しの商売女では味わえない。
その上、二人も子を産み落としたとは思えぬ程にきつく吸い付いて来る。
レヴィは挿入だけで感じてしまったようで、相変わらず枕に顔ををうめたまま。
シーツを握り締める手を取り指を絡ませると、うなじに吸い付いて痕をつけ、ゆっくりと律動を開始した。
本当は、正面から彼女を潰してしまうほど身体を押し付け、肌を貪りたい。そして自らを刻み込むように荒々しく突き上げるのだ。そんな欲求を堪えて、そっと触れる。
優しく乳房を包んで、腰の動きに合わせてゆさゆさと揺らした後に、膨らんだ腹を何度も何度も撫で回す。
「レヴィの子宮にいるのはね…こうやって繋がって、愛し合って出来た子だよ。」
耳元に唇を寄せて、確認するように、ゆっくりと囁いて、思い知らせてやる。
「…くだらねぇ…」
嫌がっていないことは、きゅっときつく締まった肉壁が伝えてくれる。
「楽しみだね……名前は決めてるんだ。愛実。メグだよ…………」
暖めて来た名前を披露するも、レヴィは実感が湧かないようだった。心底鬱陶しそうな顔でロックを見上げる。そして。
「ぁ?メスガキに決定かよ…きっと男だぜ、コイツ」
腹の中での暴れ方が、ケントの時に良く似ているとあっけらかんと言い放つ。
ロックは「動かないんじゃなかったのかよ…」と唖然とした後、「なら、男の子ならカイだ。漢字は海って意味」と、気を取り直して男児の名前も披露する。
だが、ふーんと適当に相槌をうちつつ、その実彼女にとってはどうでもいいことだった。
事実、ロックは自分の本名を今日まで知らなかったし、自分も彼の本名を呼んだことなど殆ど無い。
どんな名前でも呼んでいれば馴染むものだから、産まれてから決めようと、途中で変えようと、正直言ってどうでもいい。
それでも、ロックがそれがいいというのなら、別にメグだろうとカイだろうと好きにすればいい。
「こんなに大きくなって…これからもっとデカくなるんだ」
膣をこするロックの陰茎の感触を楽しむ傍ら、適当に言葉を聞いていたレヴィだが、最後まで聞き終えると「デカくなられちゃ困るんだよ………」と、身体を固くする。
「…………………ハサミでちょん切られるのはもう御免だ」
ロックがどうにか聞き取った呻き声は、彼女の剥き出しの恐怖心だった。
彼女が出産に恐怖心があることを知っていながら、二度目の時は仕事で海の上だった。
小柄に産まれた長女ですら難産だったというのに、長男は、少しだけ大柄だった。
教会に母娘で居座っている最中に産気づき、たまたまそこに居合わせたNGOのナースに付き添われての出産。
海は大荒れで電波状況は最悪。ロックとは連絡すら取れず、なかなか出て来ない息子にパニック寸前。
初産で断り無く鋏を入れられた事から疑心暗鬼になっていたのだろう。ナースを罵倒し泣き喚きながらも、エダの軽口でどうにか正気を保っていたようだ。
もっとも、終わらぬ激痛とパートナーの安否不明にパニックに陥る寸前の産婦の前で煙草をふかし、にやけ面で品性下劣なことばかり口走るシスターは、
生真面目なナースの理解の範疇を大きく超えていたらしい。
彼女たちの腐れ縁を知らぬことも手伝って、怒り心頭だったという。阿鼻叫喚の光景が嫌でも目に浮かぶ。
- 181 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:32:26 ID:Z+0HlCK1
- 「怖い?」
動くのを止め、安心させるように、背中を撫でてやると、枕に顔を埋め「ま、どうにかなんだろ…多分」と、か細い声を返してくる。
顔に掛かった髪を耳に掛けてやってからこちらを向くように促すと、その顔は言葉と裏腹に随分と満足そうだった。
「そういえば、産む理由は出来たの?」
「『夫のガキ』を産まない理由は無ぇだろ?」
そう笑って、身体を捻ると、閉じた膝に絡み付いたままの下着を片脚から抜き、ロックの腰に廻そうとする。
正常位を望んでいることを察して手伝ってやると、伸びてきた腕が首に廻って引き寄せられた。
「こっちの方がいい」
唇が触れるほどの距離でそう言って、浮かせた腰を押し付けて来るから、腰に枕を入れてやる。無理はかけたくない。
「辛くないか?」
片腕で抱き上げそこらの寝具や衣服を即席の背もたれにしてやると、満足そうに「余裕」と笑う。
「夢中になったら押し潰しちまうかも」
ロックは彼女の後ろ、ベッドの背もたれに手をついて圧迫せずに覆い被される位置を探すが、そんな彼の腕の中でレヴィは薄く笑って溜息のように囁いた。
「それくらい夢中になってみせなよ」
レヴィの腕に力がこもり、距離がゼロになる。
彼女の中の彼が、一層に強く脈打った。
そうは言っても、無策のまま流されるほど、ロックという男は愚かにはなれなかった。
彼女の腿の下に折った膝を差込んで支えてやりながら、ゆっくりと、穏やかに、往復を繰り返す。
これ以上前屈みになれば彼自身の抑制が効かなくなるだけでなく、レヴィにとっても負担になる。
レヴィも、彼の気がかりは心得たと見えて、腕を伸ばしてロックの頬を撫でたり、髪を弄んだり、彼の手を自らの乳房に導いたり…と、自由がきかないなりに楽しんでいるようだった。
肩を辿り、肘の下まで降りて来たレヴィの左手を取る。
指先に当たる、硬いリングの感触。見せ付けるように薬指に口付けると、レヴィはふわりと微笑んだ。
ああ、もしかして、しきりに左手で触れてくるのは、指輪を見たいからだろうかと、何となく思った。
「なぁレヴィ。苦しくないか?」
目を閉じて行為に没頭するレヴィに、不意に声がかかる。
「過保護だな。まだそこまでデカくねぇって」
「いや、本当はもっとくっつきたいなーと思って…」
レヴィとしては今のまま密着されても差し支えは無かったが、ベストかと訊かれればそうでもない。それに、希望を言った方がロックも安心するのだろう。
「…なら、ケツが、もうちょい後ろの方がいい」
少し考えて、そう伝えると、嬉しそうに了解と言って位置がずらされる。半分座った格好となったレヴィとロックの顔の位置は、近い。
お互い少し首を伸ばせば、無理せずキスできる、そう思っているとロックの両手が肩に触れた。
そのまま肩を引き寄せられ、重なる唇。
口付けが深くなる程に強く肩を抱きしめられ、快楽とは違う何かに満たされるのを感じた。
唯一と決めた男と約束を交わし、彼の腕の中でキスをして、結ばれて、腹の中には彼の赤子。
嬉しい。
嬉しくて、だらし無く頬がゆるむ。
随分と心地がいい。
気持ちいい。
快楽と呼ぶにはあまりに穏やかなこの快感を、きっと幸福感と呼ぶのだろう。
「ロッ……ク……だい…すき…」
息継ぎの合間、自然と零れた言葉に、ロックは「初めて言ってくれた」と、嬉しそうに笑う。
そういえば、初めて言ったかもしれない。そう意識すると妙に照れくさくて、顔を隠すように、彼の肩に顎を載せる。
髪を撫でる手、彼の肌の感触に没頭すべく、彼の匂いを吸い込んで瞳を閉じた。
レヴィの熱っぽい吐息に煽られて、ロックの体内の熱も 緩やかに高まる。
初めはきつく締め付けて来た秘所も、今に至っては溶けてしまったかのように柔らかい。
いつもならばこの後奥まで突き上げて中へ吐き出すところだが、今日はそうも行かない。
レヴィは時折、甘えた声を漏らす以外は腕の中でじっとしている。
どんな顔をしているのだろうか。情事に蕩けた顔を思い出し、思わずにやけてくる。
顔を覗き込もうと身体を離すと、彼の肩に支えられていた頭はだらりとうなだれ、首に回っていた筈の腕も…力無く、ぼとりと落ちた。
「…え?」
- 182 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:33:06 ID:Z+0HlCK1
- 一瞬で様々な悪い予感が頭を巡る。
本当は辛いのを我慢していたのではないかとか、喋らなかったのではなく辛くて喋ることが出来なかったのではないかとか、このまま死んでしまうのではないかとか。
慌てて彼女から自身を抜くのと、頭を埋める最悪の事態に背筋が震えたのは同時。
震えるに任せそのまま吐き出してしまうが、そのことに自身で気付くより早く、彼の口の端が上がる。
楽な姿勢にしてやろうと抱き寄せたレヴィの顔は、苦痛を訴えるものではなく、満足を絵に描いたような、寝顔だった。
「レヴィ。レ〜ヴィ?」
拗ねたように名前を呼ぶロックの声に、レヴィは目を閉じたまま訝し気な表情を浮かべると、「……………シねぇの?」と尋ねて来る。
コトの最中だったと自覚はしているらしい。
まぁ仕方ない。
疲れが貯まっているのも理解できるし、今の彼女の身体が生殖行為よりも休息を優先するのは無理からぬこと。
「…終わったよ?」
「そっか……わりぃ…」
あくびを噛み殺しながらも目を開けようと頑張るしかめっつら。
可愛い。
梨花が眠い時に見せるのとよく似た、少し幼い表情。
顔のパーツや小さめの爪、レヴィよりも硬めの黒髪、そんな部分的なところで父親似と言われることの多い姉弟。そう言われること自体、彼としては嬉しい。
だが、彼はむしろ、生活の中の些細な空気や仕種でレヴィの面影を見ることの方が多かった。
「何、ニヤついてんだよ、きもちわりぃ」
ようやく重い瞼を上げたレヴィの視界には、やたらと嬉しそうなロックのにやけ顔。
「いや?やっぱりレヴィが一番だと思ってた」
「ふーん」と相槌をうつレヴィの頬が一瞬引き攣ったことに、浮かれ気分のロックは気付かない。
「もう寝よう?きっと明日は忙しい」
「んぁ?」
「チビを連れてスラタニまでドライブしよう?」
コトの後始末をしながら、空港までのドライブを提案するロックに、「………ああ、悪くねぇな」と同意する。
レヴィの声のトーンは少し不機嫌。けれど、寝しなを起こしてしまったからだと、ロックは気にも留めない。
悪いとは思えど、少しでも話をしていたかった。
「帰りの運転は出来る?」
「……………ああ」
帰り道に、ロックはいない。そんな当たり前のことに、レヴィの声のトーンは更に下がる。
「俺がロシアに行くのは寂しい?」
「ああ…………って、んなワケねぇだろ、バっカじゃねぇ!?」
寝ぼけ眼で素直に同意しかけたレヴィの隣に潜り込んだロックは「リカの誕生日には帰って来るから」と抱き寄せ明かりを消した。
胸に小さな棘を感じながら、身体の欲求に抗えずに、レヴィは眠りに落ちる。
まぁいいや、仕置きは明日すればいい。
そんなことを考えながら。
- 183 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:33:51 ID:Z+0HlCK1
- 「ぅああああ!!トラック!!おおきー!!」
「まーむぁ!いっしょ!!!!」
運転席のロックはご機嫌だった。
チビ二匹も後部座席でえらくご機嫌だった。
ステレオから流れるディズニー・アニメのキャラクター・ソング。
それに合わせ手を叩き、調子の外れた歌らしきものを喚きたてては、思い出したように話しかけて来る。
助手席に座るレヴィだけが、何となく落ち着かない様子で、ロックが用意した野菜サンドとココナッツジュースを不味そうに口にしていた。
「誰だよ、ディズニーなんて見せやがったのは。しかも曲までテープにダビングしてやがる。ガキにゃサウス・パークでも見せとけ、馬鹿。」
真っ赤な顔でぶつぶつと不満を垂れる。
「照れるなよ、こういうのも悪くない」
「照れてんじゃねぇよ、恥ずかしいんだよ。馬鹿」
「こいつらも喜んでるんだからいいだろ?」
「それがこっぱずかしいんだろが!?」
朝から子供らのテンションは異常だった。
一緒に寝たはずのママが起きるといない。挨拶代わりに泣きわめくと、部屋に来たのはいなくなったはずのパパ。
豆鉄砲を喰らった鳩のような顔が二つ並ぶ様は見物だったと、後のロックの談。
一方レヴィは、少し寝坊しろと言われるがまま久しぶりに惰眠を貪る。
部屋の外が随分騒々しかったが、機嫌よく遊んでいると知れるのは悪い気分ではなかった。子を気にかけずに眠るのは久しぶりで、馬鹿みたいによく眠れた。
が、日も高くなってダラダラと起きたレヴィの脚に、テンション爆超のチビ二匹が纏わり付いてきた。
父親にべったりだと思ってたのに何事だ。大体、昨日まで他人行儀だったというのに。
リカに至ってはピンクのワンピースと、短い髪にリボンまで結い付けて、随分ご機嫌。
「こんな服あったか?」
いつも娘に男児用の服しか着せていない彼女は、ロックが買い与える度に物置の奥に葬ってきたスカートの類を思い出そうとして、すぐにやめた。いちいち覚えていない。
それでも、いつも着せて貰えない可愛い服にご満悦の様子を見て、たまにはいいかと溜息。
そして、馬鹿なヤツだと仕立て上げた男に半ば呆れながら頭を撫でてやる。
ロックは、昨晩のまま乱れていたベッドの後片付けを手早く終え、事務所の車を取って来るから着替えてろとバタバタ部屋を出ていく。
いちいちせわしない男だ。眉をよせずにいられない。
ともあれ喉が渇いた。まずは水だと冷蔵庫に向かうと、娘は母親のシャツの裾を掴んであっちに行こうと引っ張りまくる。
なんだなんだとそちらに視線を向けて、子らのハイテンションの理由を理解。そして同時にうんざりする。
そこにあったのは、リカと色違いの白いワンピース。そして、真新しいコンバースのスニーカー。
もしやと思ってケントを見ると、案の定足元はお揃いのコンバース。
スニーカーはともかく、こんなワンピース似合う筈もない。というか、親子でお揃いなんて恥ずかしい真似死んでもしたくない。
だが、足元には彼女を見上げる、期待できらきら光る目が二対。
「……………………………………shit」
- 184 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:35:20 ID:Z+0HlCK1
- 「何だかんだ言って着てくれるんだね」
「あんな目で見られたら着ないわけにいかねぇだろ…」
「こんなことでも馬鹿みたいに嬉しい位ママのことが好きなんだって」
持ち物を揃えて喜ぶなんてガキか?いや、こいつらガキか。いや、そうじゃなく、こんなもん着せてニヤニヤしてるロックの趣味の悪さは本物だ。
そう、レヴィの心中は穏やかとは言い難かった。
自分と子供ばかりが揃いのものを身につけて、ロックはいつものビジネススーツだ。
「で、お前のは?」
「ん?」
「輪っかだよ!お前、あたしにだけ首輪つけて自分は勝手気ままのつもりか?」
ロックは、言われて初めて合点がいったかのような顔をする。
「……ああ。…ロシア産の天然石は貴重でさ。取り寄せて貰ってるんだ、帰って来たらレヴィが嵌めてくれよ」
これで俺もお揃いだと、鼻歌でも奏で出さんばかりのロックに、「アホか」と呟きながらも、頬が緩む。
それに、この指輪も安物ではなさそうだ。高ければいいわけではないが、それでも自分のために大枚をはたいたのだと思うと嬉しくなる。
「…そういや何の石だ?これ………あれ?…青…い…?」
朝起きてから、改めて見る機会が無かった。昨晩抱かれながら何度も何度も眺めた赤い石は、今は何故か青く輝いていた。
「アレキサンドライト………当てる光によって色が変わるんだよ」
「え、マジで!?」
やけに驚いた様子でしげしげと様々な角度から指輪を眺めるレヴィに、後ろのチビ二人も「なにー?」と興味を示す。
レヴィは腕を伸ばして、「真ん中のは何色だー?」と指輪を見せてやる。
「あおー」という姉の声を真似るように「ぁおー」と響く弟の声。
「すっげーなおまえらー」
珍しく褒める母におうむがえしするように「すっげー!」とシートの上ではしゃぐ。
「俺たちにぴったりだと思ったんだ。外と、家の中の顔を、上手に使い分けようね」とロックは笑う。
二面性をいつまでも失わないで。
外ではいつまでも孤独で冷酷無比な殺人者としての顔を。
家の中でだけは暖かな安寧を許してあげるから。
「よくわかんねーけど赤になるんだぞーすっげーだろー」
「すっげー!」
レヴィの言葉など殆ど理解していないだろうに、とりあえず「すっげーすっげー」と連呼しまくる娘と息子。
まずい、このままではまともな言葉遣いが身につかない。ロックの胸に突如として湧き上がる危機感。
「ママと仲良しなのは嬉しいんだけど、お願いだからママの言葉遣いは真似しないで…」
腕に纏わりついた娘をそのまま助手席に引っ張り寄せながら「うっせーよ、馬鹿」とレヴィは笑う。
「ばか!ばか!」
レヴィの膝の上でおうむ返しする無邪気な高い声。
今までコミュニケーションが希薄だった分、縮まった距離はレヴィの褒められない部分をも吸収させていた。
帰りがけにバンコクによってディズニー・アニメを片っ端から買って来よう。ロックは固く誓った。
そうだ、こいつらがいつか日本に渡る日が来ないとも限らない。困らない程度の日本語も覚えさせよう。あの位の年頃はドラえもんでいいだろうか。
ほんの小さな子供の間だけは、きらきらした夢を見る権利があるはずだ。
「サウス・パーク見せたら離婚してやる…」
「返さねぇって言っただろ」
「…我慢ならないことの例えさ」
レヴィは、姉に続いて座席の間を這い上がって来る健人もまとめて膝に乗せ、わざとらしく溜息をつくとシニカルに笑った。
「ロアナプラで生きるにゃディズニーよりも役に立つ」
レヴィの言わんとしていることは理解出来る。自分たちの住む街で綺麗事を貫くには覚悟が必要だ。
彼女が梨花に男児の服ばかり着せたがる理由だって理解している。
それでもやはり…。
「やめてくれ…」
ロックはうんざりと呟いた。
- 185 :名無しさん@ピンキー:2010/03/29(月) 20:39:18 ID:Z+0HlCK1
- 「「うあああああああああああああ!!」」
空を飛んでいく飛行機に、疲れも見せずに再び舞い上がる二人のテンション。
田舎の飛行場の窓にへばりついて、大はしゃぎだ。
「とりー!!!!おおきー!!!」
どうやら空を飛ぶものは「とり」らしい。レヴィは隣で「何だそりゃ」と呆れながらも楽しそうだ。
「可愛いな」
「うっせーだけだろ?」
また増えるんだぜ、たまったもんじゃねぇ。そんなレヴィの愚痴めいた呟き声は、言葉とは裏腹に棘が無かった。
「なーロック?」
珍しくレヴィが、窺うように話しかけて来る。「何?」と促すと、躊躇いがちに口を開く。
「車買わねぇ?3人になったら、抱いて歩けねぇよ。いざって時銃だって撃てねぇ」
――それに、これから色んなところに連れて行ってやりたい。
何となくそんな声が聞こえた気がした。決して口にはしないだろうが、きっとそれが彼女の本心。
「引越しもしなきゃと思ってるから…うん、でもまぁ、中古なら何とか…、いやでも…」
今回の件で貯金は減った。だが、どうせ買うなら頑丈なものがいい。ロックは曖昧に返事をすると脳内で電卓を叩き始める。
待合所には、彼らの他にはバンコクへ向かう飛行機を待つ数人のバックパッカー、地元の人間もちらほら。
旅行客の持つ、大きなリュックサックに目を丸くしたり、外国の飴を貰って頬張ったり。
待っている間も初めてのことばかりだったらしい。幼子たちは終始ご機嫌だった。
やはり無理をしてでも車を買って遠出をしよう。
これからの算段を始めたロックの耳に、搭乗を告げるスタッフの声。
別れ難いが仕方が無い。あと二週間の辛抱だ。
後ろ髪引かれるように、別れを告げ、スタッフにチケットを渡す彼の背中にレヴィの声がかかる。
「…ロック、言い忘れてた」
「ん?」
「あっちで女抱いたら、………次は殺すからな」
後半明らかに殺気を迸らせた彼女の目に、美しさを感じる余裕も無く空気が凍る。
「………え…」
「ばればれなんだよ、ばーかばーか」
どうしてばれたのだろう、痕を残すようなプレイはしていないはず。
そうは思っても、藪を突けば蛇が出て来る。しかも、アナコンダ。
「「「ばーかばーか」」」
「ちょっと、レヴィ!?」
思わぬ三重奏に顔面蒼白のロック。そして彼を急かす飛行場の職員。
一時前とは別の後ろ髪を引かれながら、ロックは機上の人となった。