- 325 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:09:52 ID:lJ83qks5
-
レヴィという女という女のは器量はそう悪く無い。少し幼さを残す顔はもちろん、身体つきもほどよく引き締まっていて最高だ。
それを惜し気も無く周囲に晒しているのだから、余程の自慢なのかと思えば、単にこの方が動きやすく涼しいというだけらしく、
本人にそれを磨く気は毛頭無いようだ。
肌は南国の太陽で焼けるに任せているし、もともと細く頼りない髪も、紫外線と潮風にツヤを奪われて久しい。
爪だけはつやつやのエナメルで覆われているが、本人いわく、元の爪が薄く軟らかいためこうしなければ割れてしまうからだと
いう。
そんな、野生に生きるに任せている女だが、最近になって意中の男が出来た。それはもう、見ていて呆れる程に判りやすい惚
れ込みようだった。相手の男が右を向けば右を向き、左に進めば一歩後ろを歩いている、そんな有様。
まるっきり犬っころとその飼い主。
キュッと引き締まった形の良い尻に、ぶんぶんと振られる尻尾が生えてる様が見えるようだ。
しかも信じられないことに、その飼い主ときたら、銃もナイフも使えぬ、人畜無害を絵に描いたような日本人なのだから、一時
街中が騒然としたものだ。
さて、そんなわけでと言うべきか、レヴィという女も色気らしきものに目覚めたらしい。
市場の片隅にある雑貨店。
レヴィがその一角でうろうろと品定めを始めて小一時間ほど経とうとしていた。
否、品定めと呼んでいいのだろうか。
視線はそわそわと、髪飾りを向いているのに、身体はその隣の石鹸の棚の前にある。
そして時折偶然を装うかのように意中の棚に足を進め、けったいなものを触るかのように気になる品を指で摘んでみては関心
が無いと言いたげにぽいと放り投げ、また別の棚を物色するフリを始める。
先程からその繰り返し。
本人は装飾品に興味の無いフリをしている『つもり』なのも知れないが、見ている方が居た堪れなくなるほどにバレバレである。
運悪くその場に居合わせた客は、珍しいものを見物したいという好奇心と、見てはならぬものを見てしまったという畏怖とを天
秤にかけ、結果皆足早に去って行く。
「ナニしてるか、アホちん」
不意に彼女の後ろから甲高い声がかかる。
その瞬間のレヴィの驚きようと言ったら無かった。びくりと大きく身体を震わせ、摘んでいた髪留めは軽い音を立てて床へと落
ちる。声の主…シェンホアが向けた視線の先には、赤と白のドット柄のリボン…。
そう、まるで世界一著名なメスネズミの衣装のようなそれ…。
「………お前、仮装でもするですか?」
「ちげーよ!アホなモン見つけて眺めてただけだっつの」
耳まで真っ赤にした猪女は、人一人通るのがやっとの狭い通路を、松葉杖をつく乱入者を押しのけ出口に向かって突進しよう
とする。
「お前、着けるなら、コレにしとけ」
だがそんなレヴィの腕を掴んで、シェンホアは赤く光る石が一列に並んだピンを指さす。
「おぉ、お前穴開いてるか、ならコレお揃いね」
更に大昔に開けて定着したままの穴を目ざとく見つけると、小さなピアスを摘んで見せてくる。
「だから、いらねえって」
いまだ赤い顔を隠すように俯くレヴィ。
シェンホアはさも驚いたと言わんばかりに大仰な態度で、「お前、100バーツだけも無いですか」と同情して見せる。
「ば…無いワケねぇだろ!?」
「そか。髪留めとピアスで230ね、まいど」
「!?おま…!!」
「この店同胞のね、嫁さん先週撃たれてこの世に居ないなったから次の嫁さん買って来るまで昼だけ店番よ?ニャハハ」
嫁とは買い換えるものだっただろうか。当事者のことなど知ったことではないのだが、恋する乙女のレヴィは何となく釈然とせ
ぬまま甲高い声で笑うシェンホアから逃げようと後ずさる。
だが、シェンホアは商売人の魂に目覚めたのか、「お前、そのナリじゃ合わないよ」と、ごそごそ在庫の段ボールを漁り初めた。
「おう、あたあた。ほれ、これも持ってけ」
持ってけとはつまり金を置いて持って行けということだが、今突っ込むべきはそこではない。
「……何だこれ」
シェンホアの手には真っ赤なチャイナドレス。
「シルクのドレスよ、見てわからナイか?」
「…………そんなこたぁわかるさ、何でこんなの着なきゃなんねぇ?」
そわそわと落ち着き無く不平を垂れるレヴィに、シェンホアは眉をひそめて溜息を吐く。
「お前、その服で食事行くか?」
「何で知って…!」
「私も行くね」
- 326 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:11:56 ID:lJ83qks5
- レヴィが柄にも無くアクセサリーを物色していたのにも理由がある。
先日の騒動の慰労と称した張主催の会食に顔を出すため。
ロックにその話を聞いた時、「張に招待された」ことが嬉しかった。
その上、ロックに「おしゃれして来てよ、楽しみだな」と(最近の彼にしては珍しく)邪気無く笑われたのでは断る理由は無い。
ロックが自分が着飾る様を見たがってるのだと思うと、満更嫌な気分でも無いのだ、今の彼女は。
とは言え、「おしゃれ」などというものをしたことなど、ほとんど無い。
取っておきと呼べる服はあったのだが、ダンボールの底から引っ張り出したソレは、大きく虫に食われていた。
そんなわけで服から用意し直さなければならなかったのだが、何を選んでいいのか見当もつかない。
女らしく着飾った事が無いわけではない。
が、風俗のバイトをしていた時は、与えられた物を身につけ、備品で化粧をしていたのだし、日本に行った時の服だってロックの
趣味に従っただけだ。
あの時の事を思えば、彼の趣味は何となくわかる気がしたが、張の用意する席に出向くには砕け過ぎている気がしていた。
そして、どうして良いのかわからぬまま今日はその当日。
いっそトンズラしてやろうかと半ば本気で考えていたところだった。
「…………派手じゃねぇ?」
腰近くまでスリットの入った真っ赤なそれから微妙に視線を逸らしつつ尋ねる。
身体に自信が無いわけではないが、似合うかと聞かれれば似合う気がしないし、これを着てどんな顔をしていいのかわからない。
「こんなモン違うか?」
「…………へー…そっか…」
「7000バーツね」
「ぁあああ?たけぇよ……3000!」
「ワタシの店違うよ、値引き無理ねー。にゃは」
「うっせぇよ、なら3500だ」
「主人に直接交渉するよろし、あと半時で戻るヨ。けど、あいつ噂話大好きね、その上ほら吹きよ」
つまり、余計な噂を立てられたくなければ、大人しく金を払えと言っているのだ。
レヴィは観念したように肩を竦めて、赤いドレスをひったくると迷いなくこう言った。
「………請求書はロックだ」
- 327 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:13:37 ID:lJ83qks5
- 「動くな、アホ。お前髪に油くらいつけろ、きしきしいってる」
「めんどくせぇ、それに一日経ちゃベタベタするだろが」
「あいや、お前ホントに女デスか?」
化粧の道具すら持っていないことが発覚したレヴィは、シェンホアの部屋に連れ込まれて着付けされることと相成った。
部屋には何故かソーヤーと、サングラスのロットンとか言う男がいて、各々無心で自分の身支度をしている。
姿見の前で珍妙なポーズを取る男と、黒魔術の儀式の最中かと言わんばかりに禍々しいオーラを出して化粧する女を横目に、
窮屈なようで、意外と着心地のいいドレスに着替える。
腰まで伸びた右側のスリットに、下着はこのままで良いのか尋ねると、脱げと言われた。
曰く、こういうものだ、と。
そして、与えられた椅子に座るなり、そんな乾いた肌では化粧出来ないと脂を拭き取られて、化粧水をパックされた。
その間に、髪を弄られ、肌に続いて髪の駄目出し。
これ以上貶されたのでは、流石の自分も落ち込むと判断したレヴィは話を換えることに決める。
脚を引きずりながらもちょこまかと動き回る女に「お前、杖は?」と尋ねると、「別に使わなくテも無問題ね、邪魔よ、アレ」と返事。
結局、日本から帰国してからの数週間を思い出し、余計に気分が悪くなっただけだった。
下降する一方のレヴィの機嫌など知ったことかとばかりに、彼女の細い髪はあれこれと弄ばれた挙句、細くて結っても映えない
からと下ろして分け目を変えられた。
毛先をコテで巻き、横に流した髪を細身のピンで留め、スプレーを吹きかけられる。
そして、パックによってたっぷり水分を吸った顔に、何だかよく理解出来ぬまま色々なものを塗りたくられる。
苦痛だった。
そして同時に世の女は毎日こんなことをしているのかと、焦りに似た気分も湧いてくる。
されるがまま手持ち無沙汰なレヴィが、煙草が吸いたいと言い出すべきかを考えていると、不意に右から声がかかった。
「シャツは、これとこれ、どちらがクールだろうか」
思わずそちらを向こうとするレヴィ。
「あいや!アバズレ!!!動いたら鼻削ぎ落としてやるですよ!」
そんな彼女にヒステリックな声が上がる。
シェンホアは周囲が思っていた以上に目の前の作品に熱中しているようだ。
そんな家主の空気も読まず尚も声をかける男に、そちらを見もせずに、「右!右でいいね、クールよ、最高ね」と明らかに適当な
返事を返す。
煙草なんか所望したら殺される…レヴィに出来るのは、暫くこの苦行に耐えねばならぬと悟ることのみ。
だが、当人達の本気度と諦めなど、関係の無い人間がもう一人。
「シェン…ホ、あ…コル…セッ…ト、締め…て」
レヴィの後ろから聞こえる機械音交じりの声。
「ソーヤー、食事行くですよ、それ以上締めたら吐くよ、ダメね」
一目だにせず、断るシェンホア。手を止めないのはさすがである。
「…コ…ルセッ…トは、シめ…る、もの…だワ…」
「十分よ、ソーヤー痩せ過ぎよ、沢山食べてくるよろし」
お前はこいつらのママンかよ、そんな突っ込みを噛み殺し、シェンホアが矢鱈と自分の面倒を焼く理由が何となく解った気がした
レヴィだった。
- 328 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:16:08 ID:lJ83qks5
- 「完成ね、おう、よく化けた、ワタシこれ天才よ」
そうこうしているうちに、完成したらしい。
作品に満足したように頷いたシェンホアは、レヴィに大振りの手鏡を渡し、自らも支度にパタパタと動き始める。
期待と不安をない交ぜに鏡を覗き込むと、そこにいたのはまるで別人だった、
しっとりと艶やかな髪は女らしく緩く巻かれ、肌もいつもより色白。くすみもシミも目立たない。
目元は、控え目とは呼べぬが決して下品にならない絶妙なグラデーションで彩られ、アイラインとたっぷり塗られたマスカラは、
どんぐりのような彼女の目を更にぱっちりと大きく見せていた。
最初は気持ち悪くてたまらなかった口紅だって、彼女の薄い唇をぷっくりと女らしく彩っている。
しげしげと自分の顔を見て、うっかり「かなりイケてるかもしんねぇ」などと思ってしまい、慌てて顔を引き締める。
早くロックに見て貰いたい反面、色気づきやがってとか、何それ仮装?とか、鼻で笑われそうで怖かった。
そういえば、とうに四時半を過ぎている。
5時にはロックが迎えに来る。早く帰らなければ。
「ですだよ、わりい!帰るわ!」
そう叫んで、着替えの時に脱いだブーツに足を突っ込むと、「あいや!靴!忘れてますたよ!あばずれ、お前靴持ってるですか!?」
と悲鳴が上がる。
靴はあったような気がするが、どこにあるかまで思い出せない。探せば確実に埃まみれだ。
「……コレじゃ、ダメか」
「いいわけないね、ちょっと待つよろし」
そう言ってクロゼットの奥からストラップ付きのハイヒールを出して来た。
「布詰めて固定すれば何とかなるね、壊したら殺すですよ」
「………ヒール無いヤツねぇの…?」
「そんな自堕落なの履かないよ」
シェンホアに渡された袋を引ったくって走って部屋を出る。
後ろから「トゥクトゥク駄目よ、車よ!髪崩れるね!」と声がした。
レヴィが装った自らの全体像を目にしたのは、タクシーの汚れた車窓に写る姿を目にしたその時が初めてだった。
常とは全く違うその姿に一瞬呆気に取られつつも乗り込むと、ドライバーはあからさまに鼻を伸ばしている。
やはり今日のナリは悪く無いのかと自信を持ちかけたが、乗り込んで来た女がレヴィだと気付いた瞬間、化け物を見るような戸惑
った顔になった。
きっと周囲からは仮装のように見えているのだ。今更だがやはりとんずらしようか。
だが、ロックにはどう言い訳しよう。それにホストは張だ、今更断るなんて出来るはずがない。
なら、着替えるか?だが、何に?さすがの自分も普段の服で出向けるほど面の皮は厚くない。
ネガティブなことを悶々と考え込む彼女の耳に、約5分のドライブの終わりを告げる、ドライバーの声。
そして、我に返った彼女の目の前にあったのは、車の外から真っ赤な顔で自分を凝視するロックの顔だった。
- 329 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:18:33 ID:lJ83qks5
- ロックはいつも、約束をすればその10分前には現れる。
さっき4時40分頃だったから、きっと今は50分くらい。
時間を守らないことを徹底して守るこの男の習性を心底から憎らしく思う。
だが、車の中に篭城するわけにもいかない。金を払おうと尻に手をやり、いつものジーンズを履いていないことに気づく。
さっき脱いだまま、忘れてきてしまった。
つまり一文無し。
「ロック、金貸してくれ、財布忘れたんだ」
車の窓を開けて、金の無心をする。
相変わらず真っ赤な顔のロックが慌てた様子でぎこちなく寄越した50バーツ札を渡して、ドアを開ける。
ロックの態度はきっと、似合いもしないナリの自分に戸惑ったから。
恥ずかしくて死にそうだ。
やはり今日の招待は断るのがいい。笑い者にはなるのは惨めだ。
「…その…、中入ろうぜ、見世物になるのは御免だし」
絶句したまま木偶の坊のように棒立ちになっている男を顎で促し足早に階段を上がる。
慌てて後ろから上ってくる男に、どう今日の予定をキャンセルしようかと考えるが、上手い言葉が浮かばない。そして、ドアの
前ではたと気づく。
ジーンズを着ていないということは、部屋の鍵すら持っていないということ。
「……鍵…」
「持って無いの?無用心だな…どこ行ってたのさ」
そう言いつつも、懐から当たり前のようにレヴィの部屋の鍵を取り出すロック。
「カトラスはちゃんと持ってきた」
「そういう問題じゃないよ、鍵変えた方がいいんじゃないか?」
「んー…?考えとくよ」
そんな会話をしながら入ったレヴィの部屋は、いつも通り足の踏み場も無い有様。
やはりどんなに上辺を塗りたくったところで自分にはゴミ溜めが似合っていると、気づかれぬように嘆息する。
「あのさ、」
「なぁ、レヴィ…」
雑然とした室内に二人の声が同時に響き、同時に口を噤む。
どうぞ、と目で言うロックに促されるまま「今日、やっぱ行きたくねぇ」と口を尖らせる。
「どうしてさ?」
「やっぱ、変だろ?」
「何が」
「このナリだよ、あんたもさっき変な顔してたもんな」
「…へ、変じゃないよ!?似合ってる!…確かにびっくりしたけど、あ、びっくりしたのは、その、綺麗だからで…こんなことなら
タキシードでも着てくれば良かったな…なんて……それにさ!!見せびらかしたい!…行こう?な?」
慌てた様子でどもりながら必死に誘うロックに本当に変じゃないのかと尋ねると、真っ赤な顔で何度も頷く。
嬉しかった。
ベッドでのおべっか以外で、彼に綺麗だと言われたのは初めてだった。
緩みそうになる頬を隠すように大口を開けて笑いながら同意する。
「オーラオ!わーったよ、行くよ、久々にいいモン食えるしな。で?あんたは何言いかけてたんだ?」
さっき彼が言いかけていたことを尋ねるが、その返事に次は彼女が赤面する番だった。
ロック、真っ赤な顔で「え、あの…」と口篭ると、意を決したようにこう訊いた。
「それ、穿いてないの?」
と。
- 330 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:22:56 ID:lJ83qks5
- ロックの疑問は至極もっともだった。
腰までのスリットに、下着など目視出来ない。
「…こういうモンなんだよ」
耳まで真っ赤にし、シェンホアからの受け売りをそのまま伝える。
「…ごめん、見せびらかしたいのに、誰にも見せたくなくなってきた」
「アホ抜かせ」
「ねぇ、下着着けようよ、見えたらどうするのさ」
「見えるかよ、それに着てる方がみっともねぇだろ、丸見えだ」
「なら、座る時は脚を閉じて!いつもみたいに男みたいな座り方しちゃダメだからな!!」
「はいはい」
「歩くときも歩幅は小さくな?あと…」
「ああもう、わかったっつの」
くどくどと仕種に注文をつける男を適当にあしらいつつ、靴を履き替えようとしゃがみ込んで袋を漁る。
「あああああああああ!だから!そんな風に脚開いて!!何?見せたいのか??ていうか見えてる!!!!!」
スリットの隙間から覗く茂みにロックの声は一層高くなる。
一方のレヴィもわざとらしく片耳を塞ぐと、袋から出した靴を突き出し怒鳴り返す。
「靴!履き替えるんだよ!!どうせお前しかいねぇんだから関係ねぇだろ!?」
「こういうところから意識しないと、絶対失敗するんだよ!靴貸せよ!穿かせてあげるから」
ヒステリックにそう叫んだロックは、レヴィの手から紙袋を奪ってベッドに腰掛けさせる。
そして、彼女の傍らに跪き、脚を取って片方ずつブーツを脱がせる。
割れ物に触れるような丁寧な仕種のせいで、履き古しのブーツで蒸れた足が余計に恥ずかしい。
だが、きっとそんなことも理解した上での所作なのだと、何となくレヴィは気づいていた。
目が楽しそうに笑っているのだ。
左に続いてスリットの走る右の足に細身の靴を穿かせ終えたロックは、レヴィの流麗な脚のラインを確かめるように、指先でゆ
っくり撫で上げた。
「…や…」
粟立つ肌に思わず零れた甘ったるい声。
ロックは嬉しそうに目を細めたかと思うと、傷痕だらけの膝の頭に唇を寄せてねっとりとしゃぶりつく。
まだ何か企んでいるなと勘付いているレヴィの思考を肯定するように、両手は彼女のスカートの中、下半身をまさぐるように這い
上がって来た。
掌が内股に入り込むと同時に曝される肌。茂みも僅かに覗く。局部すらも少し動けば露わになってしまうだろう。
「ば…お前、今から出かけるんだろ!?」
「ああ」
ロックは彼女の疑問に肯定を返し、軽いタッチで腿を撫で、決して強制せぬ強さで脚を開かせる。
「何すんだよ!」
口では抗議しても、半分は自分の意志だ。解っているからこそ、口だけは抗議しておかないと、彼女にとって非常に体裁が悪い。
「こうする」
言いながら脚の付け根に向け寄ってくる唇。吐息が薄い皮膚にかかり、その度に甘い疼きが身体を浸蝕するようだった。
ロックの舌が、秘所からすぐ下あたりの内股に触れて、吸い付くようにねっとりと唇が触れてくる。
感じてたまるかと唇を噛もうとするが、そうすればせっかくの口紅が取れてしまう。
声を上げることも噛み殺すことも出来ず、苦し紛れにロックを睨みつけると、ゆるくしゃぶりついていただけの肌をチュウと音が立
つ程に吸い上げて来た。
「……やめ…」
押し返そうにも、常よりきっちりと整えられた彼の髪に下手に触れることもできない。
踵を浮かせてそのまま後ろへ逃れようとすると、脚を掴まれて肩に担がれた。そして、左の脚にも吸い付き執拗に痕を付ける。
そんな風に何箇所かに朱い痕を付ける間も、観察するかのようなロックの視線が、じっとりとレヴィに絡み付く。
身体の中心には触れられていないのに、ごまかしようが無い程濡れているのがレヴィにはわかった。
- 331 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:26:20 ID:lJ83qks5
- レヴィの半開きの赤く艶やかな唇から、悩ましげな吐息が零れるのをロックはじっと見つめていた。
彼はいつだって、スイッチが入る直前のこの表情が好きだった。
身体の切なさに流されてたまるかと抗っている時の彼女は本当に綺麗なのだ。
そして、ただでさえ魅惑的なその表情が、今日は化粧で彩られている。
形よく整えられた眉は耐えるように寄せられ、マスカラで濃くなった睫が細かく震えている。
頬だって紅で彩られているから、いつも以上に華やいで見える。
この後の予定が無ければ、じっくりといただいてしまいたい。
だが、悪ふざけもここまで。
「これでよし」
自らの痕跡だらけの下肢から名残惜しく離れたロックに、「え…?………よしって…………何…が…」とレヴィのか細い声。
ほんの鼻先にあった彼女の秘所が、物欲しげに涙を流していたのは知っていたが、知らない顔でとぼけて見せた。
「…どうかした?」
「………何が『よし』なんだよ」
「…だって、これだけ痕をつけておけば見えないように気を付けるだろ?見えたら見えたで、見せつけられるし」
そう満足げに答えるロック。
レヴィは、微かに潤んだ瞳で信じられないと言う顔をしている。
「期待した?」
「はぁっ!?」
「だって、こんなになってる…」
ロックの指が、ぬるりと割れ目の潤みを掬い上げる。
「ふ…んん……」
甘みのあるレヴィの声と、粘着質な水音が重なる。
「ほら………指、レヴィのせいで濡れちゃった。綺麗にしてよ」
ロックはぬらぬらと光る指を彼女の眼前に突きつけた。
レヴィは一瞬泣きそうな顔でロックを睨みつけるが、怯むどころか甘えるように微笑む男を前に観念し、顎を突き出して薄く唇を開く。
舌を突き出して、彼の指をしとどに濡らす、自分の淫部から湧き出た体液を一舐め。
生臭い。
気分が悪い。
だが、「美味い?」と楽しそうに微笑うロック。
美味いわけがあるかと思ったが下手に反応すれば喜ばせるだけだ。
無視して指を口内に導き入れる。こうなったら煽るだけ煽って生殺しにしてやる。
ささやかな嫌がらせを思い付き、わざと劣情を誘うような音を立て指に吸い付き、舌を見せつけ舐め上げる。
ロックの視線が真っ赤な唇に釘づけになっているのがわかった。
吐息に熱を孕ませ、とどめとばかりに何かをねだるように喉を鳴らした瞬間、細身のスラックスの中で彼が一層に猛る。
それを見たレヴィは笑みを堪える。
いいぞいいぞ、大いに期待しろ。
今からおあずけを喰らわせてやる。
「誘ってるの?」
切羽詰まったようなロックの声。
勝った!掌を打ち鳴らして指差して笑ってやりたいが今は我慢だと、ロックを無視して立ち上がる。
「…ぁ?何が?……『掃除』は終わったんだ、行くぜ?」
「………………………」
絶句するロックを前に、レヴィは痛快で堪らない。
「ほら、早くしろよ、腹減ってんだよ、喉も渇いてっし」
「どちらにしても6時過ぎないとありつけないと思うよ…あと15分ゆっくりしても余裕がある」
「何だよ、不満そうだな。いいんだよ、一服したんじゃ目先のモンに手が伸びちまう。………我慢した後のビールは美味いと思わ
ねぇか?」
「今飲んだってきっと美味いけどね」
今がいいと拗ねるロックを鼻で笑い、わかってねぇなと前置きして屁理屈を捏ねる。
いつもこの男の屁理屈にいいようにあしらわれているから、逆の立場は気分がいい。
「お前はビールの気持ちってヤツを理解してねぇ。かっ喰らう側にとっちゃ同じでも、ビールにとっちゃ大舞台さ、じっくり味わって
欲しいハズだぜ?」
心底楽しそうに笑うレヴィを前に、どうやら我慢するしか無いらしいことを悟るロックだが、何となく釈然としない。
「……小便と一緒って言った女の言うことかよ…」
小声で呟きながらロックが彼女の前に立つと、ヒールのお陰で身長がほぼ同じ。
よくわからない敗北感で一杯になる。
「何か言ったか」
「…別に。この苦しみを乗り越えた先のビールはどんな味がするんだろうって思ってただけ」
お楽しみには、まだ遠い。
- 332 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:28:01 ID:lJ83qks5
- さて、こうして我慢を受け入れたロックではあるが、早速次なる頭痛の種に見舞われる。
つまり、容姿はいいのに今までそれを磨こうとしてこなかったレヴィの、こうまで魅惑的な姿を衆目に晒せばどうなるのか…。
想像に難くない。
レヴィは「いつもより隠れている」というが、ロックにとってそういう問題ではない。
この、見えそうで見えないバランスが、どれだけ男の想像力を掻き立てるのか、この女は解っていないのだと歯軋りする。
その上、いつもと変わらず大股で歩くレヴィ。さっき付けた痕は、内股ばかりで意外と見えないようだ。
自分の手抜かりに喚き散らしたいところだが、そうはいかない。
だが、周囲の下衆な視線に我慢ならず彼女の右側から腰を抱き寄せ、すかさずタクシーを呼び止めた。
「…早めに出たし、歩いて行けばいいんじゃねぇ?多分10分で着くぜ」
レヴィは、腰をがっしりと抱く彼の腕から逃れようと身体を捻る。
「…いいんだよ、暑いだろ?」
「なら離れろよ」
「いいんだよ!見せたくないんだから!!!」
タクシーを前に路上で火花を散らす二人に衆目が集まる。
「いいから!!乗れって!」
レヴィを周りから隠すように車内に押し込む。
「あたし金持ってねぇからな!」
何故か大威張りのレヴィを自分が払うからあしらいながら、これで心労は終わりなのだと思っていた。
会食の行われるサンカン・パレスでは、こんな下衆な視線を気にしなくてもいい、と。
確かにそうだった。
ロアナプラにあるまじき上質な空間で、レヴィの装いにあからさまに視線を寄越す輩はいなかった。
レヴィが忘れていった小汚い服と付属物たちも手元に戻り、憂いは無いように思われた。
会食自体も、堅苦しいものではなく、目下の人間の世話をするのが嫌いではない張が昔馴染みのレヴィやシェンホアと酒を
飲む言い訳だったようで、冗談が飛び交う無礼講の有様。
酒も美味い、料理も美味い。
「その瞬間」まで、同席した皆が上機嫌だった。
- 333 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:32:24 ID:lJ83qks5
- 「そう言えばトゥーハンド、その服は前に俺が買ってやったヤツか?よく覚えてないんだが」
気の置けない席でほろ酔いの張が、レヴィの纏う赤いチャイナドレスについて声を上げる。
シェンホアと二人、ロベルタの怪物ぶりについてロックにあること無いこと熱弁していたレヴィは、「わりぃ、旦那。アレ着て来よ
うと思ったんだけど虫に食われちまってた」と台無しにしてしまったと謝罪する。
今日の服を一緒に選ぼうと誘った時、ドレスくらい持っていると言っていたことを思い出し、ロックは聞き耳を立てる。
他の男にプレゼントされた服を着て来るつもりだったのかと、面白くない気分になるのは仕方が無い。
が、レヴィが張を兄のように慕っているのは知っていたし、ホストのプレゼントを身につけるのは招待された側としてはある種の
礼儀と、冷静に考えた。
「なら着たのはあの晩だけか?」
「んー。そう言われりゃそうだな。大事に仕舞い込み過ぎたんだ」
「お前はそういうところが抜けているな。似合っていたんだがな」
今日の服の牡丹も悪くは無いと評価する張に、シェンホアが同郷の言葉で何か言って、張が頷く。
大方、選者は自分だとアピールしているのだろうと当たりをつけたレヴィだったが、張と酒を交えてゆっくり会話をするのは数年
ぶりで、張の興味を自分に戻そうと半ばムキになって声を上げる。
「旦那は服のセンスだけはいいからな」
「『だけ』とはナンだ。他も『超サイコー』を心がけているんだがね」
肩を竦めて笑う張に、円卓にも笑いが起きる。
ロックも、張と話せて嬉しいのだというレヴィの空気を読み取る。
とは言え、レヴィが他の男と楽しそうに会話しているのを黙って聞いているのも面白くない。
もう一人の男は、ミルクの入ったグラスをちびりちびりと格好つけながら舐めている。
明らかに自分の姿に酔っている姿は正直異様で、出来ることならば会話したくない。
仕方なく自分の右に座るソーヤーの派手にデコレーションされた爪について褒めておくことにした。
実は、レヴィの手前あからさまに会話できなかったが、さっきから彼女の手元が気になって仕方なかったのだ。
「ハッ!真面目な顔してタチの悪いジョークはよしてくれよ。『あれ』思い出す度に気分が萎えるんだ」
レヴィの上機嫌な声を聞きながら、目の前のゴシック少女に褒め言葉を送ると、微かに自慢げな顔で爪を見せてきた。
すでに爪なのか、別の何かなのかよく解らなくなっているそれには、小さな墓石や蜘蛛や蝶が煌びやかに配置されている。
正直言って、凄いが、悪趣味極まりない。
「何かおかしなことでも言ったかな?」
張も妹分二人に囲まれて、上機嫌に拍車が掛かっている。
悪趣味な爪に続いて自慢された、アイアンメイデンのピアスに絶句しながら、たまにはこんな席も悪くないと、それなりに楽しん
でいる自分ロックは気付いていた。
だが。
「『死んだ蛙のように力抜け』って。アレから正常位でイケなくなった」
彼の背中に降り注ぐ、あまりに信じられないレヴィの言葉。
「あまりに緊張していたようだったのでね」
それを否定するでもなく、当たり前のように笑い返す張の声。
「あったりまえだろ!?ロクでもねぇ事思い出したんだから。ガキだったんだよ、まだ」
ロックは背中に氷の杭を打ち込まれたかのように全身が冷えて行くのを感じていた。
一方のレヴィは、最近遠くに感じていた兄貴分の関心をもっと引きたかった。
少なくとも、さっきから眉を顰めて自分を見ている女狐よりも。
自分の知らない言葉で旦那と会話をするな、お前よりも自分達は仲がいいのだ、と。
もっと思い知らせてやりたかった。
「ほう、まだまだケツが青いようにしか見えんがね」
だが、張の態度は、子供をあしらうようなそれ。
その背中はあまりに大きいくせに、いつまで経っても、追いつけない。
それがレヴィには悔しくてたまらなかった。
大人の余裕を見せたかった。
「冗談よしてくれ!ナンならためして―――」
「レヴィ!!!!!!」
豪奢な部屋に、外にまで聞こえるのではないかという大声が響き渡る。
- 334 :名無しさん@ピンキー:2010/05/08(土) 20:44:26 ID:lJ83qks5
- 賑やかだった室内が一瞬で静まり返った。
「あ…その、失礼しました、会話を続けて下さい」
声の主は、さっき会話から抜けたはずのロックだった。
彼は慌てて非礼を謝罪して中座を願い出ると、足早に部屋を出て行く。
「お前、化粧取れてるよ、ちょとこっち来い」
あまりに大きなロックの怒声に、振り返ることも出来ず放心するレヴィにかかるシェンホアの声。
そのままレヴィの返事も聞かずに腕を掴むと、ずるずると引きずり出すように、続いて部屋を出て行った。
「どうやら、俺も酔ってるらしい」
おどけるように自嘲する張に、返事は返って来ない。
満足顔で爪を眺める掃除屋と、カラカラと氷を揺らしながらミルクを舐める、どこの誰かも解らぬ男。
自分たちの世界に没頭する、シェンホアが連れて来た二人。
そんなゲストを前に、ホストの義務をどう果たすべきか。
張もまた途方に暮れることとなった。
「お前、さっき何言おうとしまシたか?」
化粧室に連れ込まれたレヴィは、いつになく深刻な顔のシェンホアに詰問されて我に返る。
先程の会話を思い出して床にしゃがみ込むと、小声で言い訳する。
「………『試してみるかって…言いてぇけど、…今は安売りしてねぇ』…って…。」
「お前はアホですか」
「奇遇じゃねぇか、あたしも同じ事考えてた」
張との間にあったことは、笑い話に出来る程度の、消化され終わった過去の思い出だった。
たった一度、誕生日に上等な服と食事を与えられた。
小さな頃から夢見ていたことが叶って経験に本当に嬉しかったが、返せるものが身体しかなかった。
「いい女は自分を安売りするもんじゃぁない」
そう窘められたが、まだ憧れと恋心の区別も付かなくて、好きだと言って身体を預けたのだ。
悦んで貰いたいというプレッシャーと、抜け切らぬセックスへの恐怖心で硬くなった彼女を、張は冴えないジョークで和ませ、
彼女が想像したことがないほど丁寧に抱いた。
セックスで感じたのはあの時が初めてで、だから「あれからイケない」というのは嘘なのだが、それも含めて全て酒の席での
笑い話のつもりだったのだ。
今も、張に抱く気持ちはあの頃のまま変わらない。
憧れている。
けれど、今も昔も、それは恋心とは違うものだ。
面白くなかったのだ。
何年かぶりに張とゆっくり話が出来たのに、自分の知らない言葉で話をされて。
きっと兄を取られたらあんな気分なのだろう。
冷静になったレヴィには理解できたが、それを言い訳するべき相手はここにいない。
「むくれた時のソーヤーですか」
しゃがみ込んだまま無言で床を凝視する小娘を前に、シェンホアは溜息を吐く。
自分は何でこう他人の面倒を背負い込む性質なのだろう、そもそもこの女には辛酸ばかり舐めさせられているというのに。
そんな自分にうんざりしていた。
「ほれ、化粧直すよ、立て。言い訳はボンクラにするよろし」
腕を引き上げ、鏡台の椅子に座らせる。
「やきもち焼かれないよりいいよ。お前、素材悪いない、もっと磨け、そうしましたらぼんくら離れられなくなるね、あんな風に逃げ
ないよ。」
だが、シェンホアの口から出た「逃げた」という言葉に、レヴィは自分でも驚くほどに動揺する。
追いかけても追いかけても、逃げる彼との距離が縮まらない、そんなイメージが脳裏に浮かんで離れない。
嬉しかったのに。
真っ赤になって綺麗だと言ってくれたことも、見せたくないと言って初めて示してくれた独占欲も。
焦がれていた距離が、少し縮まった気でいたのに。
さっきまでの幸福感が遠い昔のようだ。
「自業自得よ、泣くな、化粧取れる」
石造りの化粧室に、シェンホアの二度目の溜息が響いた。
つづく