348 :319:2010/05/11(火) 22:38:40 ID:fomReMWZ

処女に少女に娼婦に淑女

 また面倒な事を始めたものだ。
 「レヴィ」
 名を呼んでしばらくしても返事がないので諦めた。
 まあこの格好だ、気付かなくて当たり前か。
 俺は時々変装などして憂さ晴らしをする事がある。重圧だの柵だのから逃げ出したいわけでなく、自分の出発点を忘れないようにする自戒のため、ドブを這いずりまわってた頃の屈辱をリプレイする。
 拾ったような帽子を目深にかぶり、煤汚れたシャツと穴のあいたズボン。
 “ここに帰って来る羽目”になっても、抜け道ってのは自分で探しといたほうが何かと都合がいい。何も人生“行きっぱなし”ばっかが能じゃねぇんだ。
 そんな休日のある日、これまた珍しいものを見た。
 真っ赤なヒールに白ワイン色のサマードレス、洗い晒しの髪には靴と同じ色のハイビスカスを差した妹分。
 暑さで頭がいかれたか。
 携帯電話を持っていれば証拠写真を撮ったのに、と忍び笑いをして別の方向に足を向けようとして……一瞬考え、元来た方向に戻る。
 あの銃以外拘りというものに縁のないレヴィが着飾って一体どこへ行こうというのか? 気にならない方がどうかしている。
 ふらりふらりと酔った足取りでそれとなく尾行することにした。久々にこんな事をする自分が面白くもある。
 花屋だの、喫茶店だの、服屋だのを(あのレヴィが!)ウロウロしながら散歩しているのを見ながら、よくもあれでスリだのタカリだのに遭わないものだと思う。あんなカモ一発で裏路地に引きずり込まれるぞ。
 なんだかハラハラしてきた。
 スカートが翻るたび高いヒールでコケるんじゃないかと。
 「……何やってんだ俺は」
 独りごちたら背後からそれを肯定する奴がいた。
 「そりゃこっちの台詞だぜオッサン」
 この街にも一応サツってのがあるんだ。引き渡されたくなきゃ迷惑料を払いな、ストーカーさんよ。
 いつものあの低い声。
 ……暑さでイカれた訳じゃないのか。
 ホッとしたのと同時に、人の悪い笑みがこぼれる。おお、俺の変装も捨てたもんじゃない。
 「ま、まってくれ! そんなんじゃない!」
 おどおどした声を出してホールドアップしながら振り向く。上手に腕で帽子を上げながら。
 「………………………………アアあああぁ!?」
 ハトに豆鉄砲、なんて言葉が日本にあるとロックが言ってたが、まさにそんな顔のレヴィが顔面を蒼白にしながら素っ頓狂な声を上げてワナワナと震えた。

349 :319:2010/05/11(火) 22:39:25 ID:fomReMWZ
 「だ、旦那……な、なんて恰好してやがんでェ……!」
 「そりゃこっちのセリフだ」
 カンカン帽を被り直してサングラスを少しだけずらし、上から下までまじまじと眼前の女を見る。筋肉質で意外にごつい身体をうまくカバーしたサマードレス。見立てたのはシェンホアあたりか?
 「どこの令嬢かと思った」
 フハハと笑ったら、彼女は顔を真っ赤にして胸元をつかみ、声もなく呻いた。
 「パーティは何時からだい」
 あまりにその仕草がおかしくて突っ込む。
 「……ち、違うんだ旦那! こ、これはだな、その、なんだ! うちのベニーに最近女が出来たのは知ってるだろ? あいつにプレゼントがどうだこうだって、それで、つまりこれはサイズ違いで……その! つ、通販! 通販で間違って!」
 何かを言おうとしているのは解るが、サッパリ意味が分らない。
 まあ興味もないが。
 「似合ってる」
 ポンと頭を撫でてやった。
 「……っ!」
 おー。嬉しそうな顔しやがる。
 「……そ、それより! そっちこそなんだその貧乏を絵に描いたような服は!」
 びし、と煤けたシャツを指差すので、それで顔の赤味が取れるかね? と訊こうとして止めた。
 「趣味の人に向かってひでぇことを言いやがる」
 「……趣味だぁ?」
 「この格好してるとな、街のチンピラがタメ口で遊んでくれるんだよ。酒飲みの呉(ウー)つったらちょいとした顔だぜ」
 へへへ、と笑ったら、信じられないという顔でレヴィがぽかんと口を開けた。
 「三合会のボスの遊びとは思えん……」
 意外にこいつは常識人だな、と思いながら空を見上げる。もうそろそろ4時ってところか。酒場が開くまでもう少し時間があるな。
 「よう、ちょっとした余興に乗らないか」
 「……余興?」
 「この歳で嫁の居ない呑んだくれの駄目親父に美人の令嬢が騙されて安酒を呑まされるってお戯れさ」
 名前を変えて少し化粧をしよう。髪を上げるのもいいな、遊びは真面目にやらにゃ面白くない。言いながら手を引いて酒場の近くにある雑貨屋へ向かう事にする。
 「まままま待て! まだするともなにも……!」

350 :319:2010/05/11(火) 22:39:48 ID:fomReMWZ
 「ちょいと呉さん。どっから拾って来たんだいこの子」
 「へへ、いいだろう。俺にべた惚れなんだ、なあレシーヌ」
 「…………。」
 雑貨屋のおかみに髪を上げられ、花のバレッタを付けられながらレヴィ改めレシーヌが苦虫を噛み潰したような顔を鏡に映している。
 「綺麗にしてやってくれよ、酒場で披露するんだ」
 「酒代もろくに持ってない男がよくもまぁ、こんな立派なドレスを買ってくれたもんだね、あんた」
 「俺はレシーヌのためなら死ねるよォ」
 へっへっへ、と笑ったら、レヴィの顔がまたおかしな風に歪む。……面白い。
 照りつける日差しがようやく柔らかくなって薄汚れた店のガラスから差し込む。やっぱりこういう場所の方が自分には合っているような気もする。ざんざん振りの泥濘の中、血に塗れて意地でも生き延びてやると必死こいて今までやって来た。
 信じるべき正義に裏切られたのならば、自分で作っちまえばいい。揺るぎない“そいつ”を。……そんな中学生みたいな頭の悪い単純な発想から出発し、これでも“一角の”奴にはなったつもりだ。
 だから“そいつ”を煩わしいなどと思ったことは一度もない。
 だけど、本当に欲しかった物は多分……こういうものだったのだろうと思う。
 静かで何もなく、淡々と進む日常。
 誰も死なず、誰も泣かず、誰も彼も幸せな、そういう世界。
 ――――――――ま、そんなもの少なくとも今の俺が望むわけにはいかんがな。
 だからこれは趣味の範疇。幸せなんてものに手を伸ばせなくなる代わりに、俺はいろんなものを手に入れるという契約をした。
 自分自身と。
 血と、臓物と、汚物にまみれても構わないから、と望んだ。
 だからこれは趣味のお遊び。2ヶ月に一回だけの慰み。
 目を閉じる。雑踏の中から時々上がる歓声に耳を澄ませて、温い空気に身を任せる事が時々出来るだけで……もういいのだ。
 後は望まない。許せなどとは言わないから、それでどうか勘弁してくれ。
 「呉さん、それ、寝てんじゃないよ」
 おかみの声に目を開けたら、黄昏色をした頬のレヴィが俺の前に立っていた。
 「……ど、どうだい?」
 微かな声。
 少し傾げられた首。
 二房垂れた髪が襟元に踊る。
 「――――――――ああ、夢のようにきれいだ」
 言ったら“レシーヌ”らしく、彼女が両手で顔を覆った。

351 :319:2010/05/11(火) 22:40:38 ID:fomReMWZ
 「酒場が開くまで散歩をしよう。それがいい。そうしよう」
 おかみに少し多めにお礼をして(珍しいこともあるものだと大笑いされた)、レヴィの手を引張る。“カトラスタコ”が出来てる女の手は流石に柔らかくはない。
 「旦那! ありゃ反則だ! 吹き出しそうになったぜ!」
 「なんだ、照れて顔を覆ったんじゃないのか?」
 「腹もケツもカユくてカユくてもうどうにかなっちまうかと思った!」
 けらけらけらけら笑うレヴィが俺の手を振り払いもせず、腕を絡ませて歩く。……なんとまぁ、こんなことまで覚えたか。あの痩せっぽっちの狂犬が。
 「こうして旦那と街を歩くなんてのは、あたしがここに来た時ぶりかねぇ」
 旦那に拾われてなきゃ娼婦宿か石の下だった、とレヴィが昔話など始めたので俺はそれとなく話を逸らした。
 「俺とお前が会ってもう10年以上か。時の流れを感じるよ」
 人前で笑うような女じゃなかった。
 着飾る事を呪ってさえいた人間だった。
 死ぬか生きるか以上に物を考える奴じゃなかった。
 痩せっぽっちの狂犬レヴィ。憐れまれるのが何より嫌いで、馬鹿にする奴は地獄の果てまで追いかける執念深さ、そしてどんな時だろうと絶対に生きるのを諦めない。
 貪欲なエネルギーの使い道を知らない傷だらけの子供に、俺は銃を渡した。
 『欲しいのならば奪い取れ』
 どういう風に転がるのかを見届けようと思っていた。趣味の悪い暇つぶしだと誰に罵られても俺はおおいに頷くだろう。賭けをしたのだと善人を気取る気もない。
 すぐに死ぬと8割思っていた。残りの2割は自ら望んで堕ちてゆくのだろうと。
 ところがこの女は俺の予想を大きく裏切って這い上って来た。泥水の中から。
 『教えてくれ。旦那みたいに銃を2丁持つにはどういうトレーニングをすればいい?』
 解るか? たったの14歳で昨日までパンを拾って食ってた女の子だぞ? それが虎のように昏い目を光らせて闇の中からこちらを窺っているという高揚感が!
 「……な! だんな!」
 「――――――――っ? ああ?」
 「なーに浸ってんだよ! コケんぞ?」
 けらけらけら、とまた“レシーヌ”が笑った。

352 :319:2010/05/11(火) 22:41:37 ID:fomReMWZ
 普段俺達が居る通りからは4本も奥まった所にある、いわゆる場末の酒場に集まる奴は確実に俺の顔なんざ知らない。レヴィは顔が売れてるかも知れないが、ここまで化粧と雰囲気を変えて声を出しさえしなければ、まあ判る奴はぐっと減るだろう。
 「お嬢ちゃん! 呉なんかより俺にしな、後悔はさせねぇよ!」
 「飲んだくれのウー! 雲隠れのウー! ヘタレのウー!」
 「お、お前ら好き勝手なこと言いやがって! レシーヌに近寄るな! 手を触るな! こいつは俺んだ!」
 酒場の奥のテーブルに陣取って俺がはしゃぐのをレヴィが珍品を眺めるような顔で見ていた。
 「……こいつら、旦那にこんなこと言ってて命が惜しくないのか?」
 「言ったろ。知らねぇんだよ。それでいいんだ」
 どっかと安物の椅子に腰を下ろすとギシギシ音がする。
 「ワカラン。高い酒を静かに飲んでるのが好きだと思ってた」
 薄めに薄めたコーク・ハイ(洒落たご婦人に出す酒がこんなのしかない辺りでこの酒場のレベルを推し量ってくれ)を舐めながらレヴィが埃っぽい店内を眺めながら言った。
 「偶には喧騒が懐かしくなる」
 「……ヘェ、そんなもんかね」
 薄暗い店内でも一際暗い角のテーブル。食べさしの皿とフォーク。煙草の匂い、擦り切れたレコードの音楽。吐き気がするほど懐かしくて、反吐が出そうなほど愛おしい。
 このレベルの酒場に出入りできるようになるまで俺は何年かけたのだっけ? それまでに一体何人殺したのだっけ? そんな世界がイヤで法に守られたいと願ったのだっけ? そしてそいつにまで捨てられて、やっと“目を覚ました”のだっけ?
 思い出すたび胸を掻き毟る。
 ああ、憂鬱だ。
 「なぁ旦那」
 「……あん?」
 「ここって二階あるよな」
 「ああ、あるよ」
 聞き流すよう適当な返事をしながらアルコールという意味しかない酒を煽る。しかし相変わらず笑うほど不味いな、ここの酒は。
 「いこう」
 ――――――――ハぁ?
 「二階。いこう」
 「お、お前、正気か? ここの二階は――――」
 言おうとしたら口をふさがれた。
 「ヘイマスター! 二階を貸してくれ!」


355 :319:2010/05/12(水) 21:38:32 ID:2KFmJmTg

 覚めた。
 流石に“浸ってた安酒”も“まどろんでいた憂鬱”も吹っ飛ぶ。
 何事だよこりゃ。
 「お、おい……ちょっと待てレヴィ……すまんが状況が飲み込めない」
 頭がガンガンする。混ぜ物の多い酒を呑んだ次の日に絶対来る例のアレ。……まだ飲んで3時間も経ってないってのに、気の早い二日酔いだぜ。
 「ヤーハ! こいつはめっけものだ。シャワーがある」
 “パジャマみたいに”ドレスを脱ぎ、“帽子みたいに”バレッタを取り去るレヴィは、まるっきりあの日あの時のままだ。
 痩せっぽっちで俺にしか馴れないものだから、華僑の連中に爪弾きにされてよく血まみれになってた。
 俺は世話を焼くのがそれほど好きでない性質だから、気紛れにニッケルを握らせるくらいしかしないのに、よく俺の後ろを付いてきた。雨の日はどこからかパクッてきた本を俺に差し出して、礼だと“シンデレラになってる足元”を隠しながらまた何処かへ消える。
 「……お前、もういい年なんだから下着で男の前に出るのはよせ」
 まさかロックの前でもそんな風なんじゃなかろうな? 繊細なアイツなら勃つモンも勃たんだろう。
 「―――――旦那、これでも緊張してんだ。野暮な事をお言いでないよ」
 ド派手な刺青がまるで生きているように蠢いている。まるで“ゴーゴンの髪の毛”のように。
 …………まて、マジかレヴィ。
 「一体どういう風の吹きまわしだ? 小遣いでもせびろうってのか?」
 ドアに背を預けて刻み煙草(こういう小道具に凝るのが好きなんだ)の袋を探した。……そうだった、包み紙を買うのを後回しにしたんだっけ。下に行って誰かから巻き上げよう。
 「……久しぶりに旦那が暗い顔をしてるのを見て“焼けぼっくいに火がついた”のさ」
 ぐっと息を詰まらせた。なんて古い話を持ち出すんだこの女は。
 「――――――――妹分に手ェ出したのはあれっきりだろう?」
 「なんだい、妹だなんて。これでもあんたの弟子のつもりだがね」
 「俺に教えを乞うた時点でお前なんか妹で十分だ」
 「なにおぅ、結局教えてなんざくれなかったくせに。ポリ公の言うこっちゃないね、欲しけりゃ盗れだなんて」
 そこまで言ったレヴィがしばらく黙り、手持無沙汰な時間が流れる。
 「あたしゃねぇ、旦那。あれから正常位が受け付けなくなってよォ」
 そのいかつい眉がだらしなく垂れさがってんのを今でも夢に見るんだぜ。
 ドアの閉まり、蛇口を捻る一呼吸を置いて水滴が猛烈な勢いで噴き出す音が聞こえた。
 ゾク、ゾク、と背が戦慄く。久々に嫌な感じだ。喉にナイフを突き立てるような。こめかみに銃口を突き付けるような。
 ……いや……或いは嬉しいのかね?

356 :319:2010/05/12(水) 21:38:55 ID:2KFmJmTg
 あの日、どういう具合でああなったのか……実はよく思い出せない。ああ、好きなだけ張っ倒してくれて構わない。でも本当なんだ。つまらん上司に殴られたのだったか、不正を口止めされたのだったか――――まあ、よくあることだ。
 あの頃はまだここまで擦れてなかったものだから、随分堪えてて……そこに痩せっぽっちのレヴィがやって来た。
 ……そうだ、あの日こいつは何の因果か、今日みたいにスカートを穿いていたんだ。
 “どうだい、こんなのを着ればちょいとは小マシだろう?”
 くるっと一回転した途端に押し倒して、無茶苦茶をした。
 うわ……イヤな事を思い出した……口にシーツ突っ込んでわんわん泣くレヴィが涙という涙を売り切るまで犯して犯して犯しまくったんだっけ……
 「なんつう奴だ俺は」
 ずきずき頭痛がヒドくなって、ああこれはいかんと煙草紙を取りに下に降りようとドアノブに手を掛けたその瞬間。
 「敵前逃亡たぁ、死人も逃げ出す“金義潘の白紙扇”って名が泣くぜ」
 「……今日は見逃してくれレヴィ。しばらく振りの休暇なんだ、近頃はいろいろ騒がしくて次の休暇があるかどうか怪しい。負け戦で締め括るなんてのは冴えないじゃないか」
 服に着られてるつもりはないが、この服を着てる時はヘタレで酒飲みでロクデナシの呉。だから呉の性格ならこう言うだろうなという口調で話す。……ま、呉も俺なんだが。
 「くくくく……いいねぇ、そのオドオドした喋り方。誘ってんのかい?」
 「冗談じゃない。本気だよレヴィ。また日を改めて」
 言い終える前にシャツをくっと引っ張られて倒れ込んだ。膝の裏にローキック。まったく、女の作法じゃねぇ!
 「あんた、あの日あたしがどんなに泣き叫んだってやめてくれなかったよなぁ?」
 口に中に甘ったるいコークの味。酒の苦味さえちっともない。この店はペプシの水割りを客に出すのか?
 くちゅくちゅと唾液が鳴る。頭痛。犬歯が時々舌に掠って、ぞわっとした。耳鳴り。粘膜が絡む。熱っぽい息が途切れてくっついてゆっくり離れてゆく。
 「………………」
 声も出さずにやっと女が笑って涎を手の甲で拭う。薄暗い部屋のドアはボロボロで、所々に穴があってピンスポットのように弱々しい明かりが差し込んでいた。砂っぽいシーツは少しザラっとしてて、居心地が悪い。
 年甲斐もなくドキドキする。こんな艶も打算も下心もない無粋なキスなんていつぶりだろうか。
 まるでちょっとマセた高校生だ。
 「どうだい旦那。あの頃よりは上手くなっただろう?」
 長く垂れた髪に付いた水滴が思い出したようにぽたぽたと“呉のシャツ”を濡らす。俺はそれを一房だけ持ち上げて言った。
 「赤点さレヴィ。呼吸の仕方がちっともなってない」

357 :319:2010/05/12(水) 21:39:41 ID:2KFmJmTg
 あのぺったんこがよくぞここまで育ったものだ。実に感慨深い。
 ふかふかの乳房に右手の中指を埋めて思いっきり焦らすように滑らした。ゆっくり、ゆっくり、痒みを覚えるくらいに。
 「あっ! あぃぃ……っ!」
 ぴくぴくと身体が跳ねるのを観察しながら、ものすごく珍しいものを見ている気になってきた。だってそうだろ、あのレヴィが顔を真っ赤にして、5分に1度はクソったれと言う口からは粘性の高い涎を垂らしてる。おまけにシーツを掴んで身体を捩ったりなんかして。
 少女マンガかお前は。
 はぁはぁとうるさい呼吸をやっとのことで殺して、舌の這う首筋に鳥肌を立てながら俺の左手が股ぐらに近付くのを必死で逸ら沿うともがいているレヴィ。お前、なんかずいぶん変わったなぁ……それ、ロックの趣味かい?
 なんて事を訊ねようかどうしようか迷って、言うのはよす。その時理由はよく解らなかったけど、あとあと考えて、多分この何とも言えない雰囲気が壊れるのが惜しかったのだろうと結論付けた。
 最初抱いた時は命懸けで逃げようとしてたな。レイプされたのだって一度や二度じゃなかったはずだ。同情なんかしないけど、セックスなんか我慢してりゃ過ぎてく“やっかいごと”だと言わんばかりに歯をくいしばって、色気もヘッタクレもなかった。
 それがどうだい。肌はピンと張って、額には汗かいて、頬は真っ赤だ。乳首もビックリするくらい立ってるし……こりゃ、あそこなんぞに指を持ってこうもんなら取って食われちまうんじゃないのか。
 ……あのクソ面倒くさいメスガキを、よくもここまで“女”にしたもんだ。
 畏敬の念を示すぜ、ロック。
 ふっと顔を上げて彼女の顔を見る。
 ――――――――――――――――。
 「なに泣いてんだお前」
 「あ? 泣いてねぇよ?」
 ハッとしたようなレヴィが手を動かす前に頬を拭い、その光った手を見せてやる。
 「お前の涎は随分独創的な場所から出るんだな」
 「……こ、こりゃ、あれだよ、久々で、感動の」
 「―――そういやあの日もそんなこと言ってたな。最初で感動してとか」
 変わらない奴だ。進歩ってものが無い。レイプ犯に取り入ろうってんだから恐れ入る。
 「安売りするなと言っただろう」
 「安売りじゃねぇって言ったぜ? あの日だって」
 あの時の精一杯の全財産だったんだよ。あんたに目を掛けて欲しかった。こっちを向いて欲しかったのさ。だから必死で考えてスカートと石鹸を盗んできたよ。くるくる回って、どうぞ召し上がってくださいってな!

358 :319:2010/05/12(水) 21:40:21 ID:2KFmJmTg
 腕を伸ばして頭を抱かれた。
 「なあ、あんたはあたしのヒーローだったよ。強くておっかなくって誰にも負けねぇ、あこがれのヒーローだった。……だからそんなんが眉下げて泣きそうなんて、弟子が許せるわけねぇんだ」
 ……お前は本当に頭悪いな。
 どうしようもない。
 骸骨の中におがくずでも詰めてンのか?
 でっけぇオッパイに鼻と口を塞がれてるものだから、息が詰まる。俺は今断じてそれだけの理由で息が詰まっている。
 「あたしは頭がワリィから、こんなもんしか今も昔も考えつかねぇ」
 ああ本当に眩暈がするくらいお前の頭は絶望的だ。
 俺を一体誰だと思ってやがる。あの頃の下っ端警官じゃねぇんだぞ。あれから死ぬほど勉強してエリート組に紛れ込んで、内ゲバに巻き込まれて正義面の悪人どもに糞を擦られて肥え溜めに突き落とされ、あれよあれよという間に“奈落へ真っ逆さまに昇り詰めた”男だぞ。
 それを頭の悪いチンピラ女のオッパイ一つで立ち直らせようってのか?
 いい度胸だよ全く。
 「あん時みたいにガンガン突き上げてくれよ。そうすりゃ明日にゃ機嫌も“治ってる”さ」
 おいおい、マフィアのボスのでこにチューすんな。小学生かテメーは。
 …………………………あれ、やばい。結構機嫌が“直って”きてる。
 いや待て、待て! 俺は趣味で“憂鬱の振り”をしてたんだよな? ションボリして街をぶらつくって遊びをしてたはずだろう? 何を普通に機嫌直してんだよ! おかしいだろ!
 「……ロックに恨まれてもいい事が無い」
 腕を解いてレヴィの枕元に腕を突き立てたら、きゅっと目を閉じて眉を顰める。……処女じゃあるまいし。
 「な、なんでここであいつの名前が出るよ!?」
 はっとした顔でレヴィが思い出したように怒るので、一気に萎えた。
 「さぁな。自分で考えろ」
 手近にあったバスタオルを投げつけてシャワーを浴びて来いと命じる。トゥクトゥクを呼んでくるから、それまでに着替えてろと。
 「レヴィ」
 「……あー?」
 「お前は本当に男運が悪いな。悪党ばかりに絡まれる」
 「…………ああ、おかげで騒動にゃ不自由してない」
 バスルームに消えてく女が忍び笑いのような、自慢げなような、よく解らない顔で笑っていた。

359 :319:2010/05/12(水) 21:43:03 ID:2KFmJmTg
 「なァ、旦那」
 掠れるようなささやき声が耳元でしたので、目線をフロントガラスの向こう側から外さずに応えた。
 「あん?」
 重ねられて放っておいた手がきゅっと握られて、胸が痺れる。
 「“レシーヌ”ってのは誰の名前だい? フランスにいい人でも居たのかね?」
 夕方に咄嗟に口にした偽名を彼女が掘り返してくる。馬鹿なんだから、そんなこと忘れてろよ。
 薄汚れたフロントガラスに街並みが流れてゆく。ギラギラした下品なネオンと喧噪、チンピラ、クラクション。
 この服を脱げば明日からまたいつもの糞下らなく愛しい日常が始まる。
 痩せっぽっちの狂犬レヴェッカは、いつの間にか乳と腿の張ったトゥーハンドのレヴィになって、いい飼い主に拾われて……もしかしたら子をたくさん生むかもしれない。
 信じてた何もかもに裏切られて発狂しちまった警官は、いつの間にかチンピラのトップに上り詰めて、人を殺しちゃ悲鳴を啜って涙を貪り食う悪党になった。
 レヴィが隣ですぅすぅと寝息を立てている。慣れない靴で疲れたのか。
 「ああ、すまんがゆっくり走ってくれないか。時間は倍かかってもいいから」
 トゥクトゥクに揺られながら手を徒にこちらから重ねてみた。女らしさの欠片もない手と、善意から最もかけ離れた手はそれでも互いに温かい。
 「いいねぇ、新婚さんかい? 俺のかみさんもそんな頃があったよ」
 運転手が早口でそんな事を言うのを聞きながら、俺はゆっくり瞼を閉じた。
 「とんでもない、こいつは嫁に行った妹だ。今からスゥイート・ホームに送るのさ」
 「おう、そりゃ寂しいね兄さん」
 「……たまにはこうやってデートしてくれるから、そうでもないね」
 今日は月末だからダッチにクソ面倒くさいデスク・ワークがあるはずだ。きっとあの二人もまだ手伝っているに違いない。この格好のレヴィを見たらどんな顔をするだろう。
 楽しい想像をしながら、こりゃロックに恨まれるな、と頬を顰めた。

 「……ワインの名前だ。お前の着てるドレスみたいな白で、お前みたいに辛口で安物のな」

・おわり・



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