- 440 :名無しさん@ピンキー:2010/10/06(水) 20:47:00 ID:T88A3ZNa
- 目覚めるとロックの顔があった。
ぼさぼさの髪に朝日を浴びて、すやすやとガキみてぇに緩みきったツラで眠りこけている。
「間抜けヅラ」
カラカラに渇いた喉から、掠れた声を絞り出して笑ってやる。
昨晩は久しぶりだった。
クソ眼鏡様が死体と瓦礫の山を築き上げたあの日からこっち、ロックの野郎は肋をやられただけに止まらず、延々ふて腐れるは、
あたしもあたして腕に開いたトンネルが生のまま治らず、全くと呼んで良いほどそんな空気にゃならなかった。
医者に言わせると、あたしの腕が治らねぇのは鎮痛剤のせいらしいが、そんなん知ったことか、いちいち構っていられねぇ。
痛ぇ時に痛みが引けばそれでオールOK!…それが正直なところだった。
だが、ロックはそうもいかなかったらしく、野郎なりの負い目だか何だか知らねぇが、どうやらコソコソと常備薬の見直しと応急措置の勉強を始めたらしい。
大概ヒマな男だと思う。
内心呆れるも、久方ぶりに訪れた、コイツの腕の中でまどろむ時間。不本意ながらも幸福感が満ちてくる。
そう、不本意だ。
物凄く。
嬉しくてたまらないクセに全くもって面白くねぇ。
だからかどうかは知らねぇが、つい悪戯をしたくなって、まだ疼きを孕む右の腕を持ち上げる。
左半身が下になっているのだから仕方ねぇ。
苦痛に漏れそうになる声を、息をとめてやり過ごし…。
ふに。
軽く。指に力を入れると腕が痛いから、軽く。
緩み切った頬の肉を摘んでやる。
ロックは起きない。
口角が上がる。
目元と頬の筋肉が解けていく。
男の頬は少し汗ばんでいる。
指を緩めて頬を撫でる。
昨晩は痛む肋骨に歯をぎちぎちと食いしばり、脂汗を流しながら、それでも一度始めた行為を止めようとはしなかった。
それどころか、何かを吹っ切るようにがむしゃらに身体を揺らす。
犯すように貪られるのは嫌いではない。相手がロックに限って、のことだが。
だが、やたらと腰を振るくせにモノは萎える一方。
あまりにやせ我慢が過ぎるので、あたしが上に乗るか、さもなくば口でしてやると提案したが、嫌だと言って縋り付くから好きにさせた。
「ばーか」
結局射精できずにぐったりと崩れ落ちた男をそう嗤ってやると、情けなく笑い返して来た。
薄明かりでも判るほどに蒼白な顔。
いつもならば熱い身体は、癒え切らぬ患部が火照るばかりで、全身冷たくなっていた。
「ばーか」
思い出して、思わず口をつく。
頬を撫でていた指で、すぐ横の鼻をつまむ。
「ばーかばーか、くそったれ」
あたしはアンタのナンなんだ。もう二度と聞けない問いを胸中で繰り返す。
その代わりのように「ばーか」と壊れたラジオのように繰り返すあたしの口。
ロックの野郎はちっとも起きる気配がない。
たかだかファックのためにどんだけ無理したんだコイツ。やっぱり馬鹿だ。
なのに、こんな風に悶々と悩むのはあたしだけ。
ムカつく。
早く起きやがれ。無理矢理起こされて不機嫌な顔で「おはよう」って言いやがれ。
だが、ガキみてぇな間抜け面から多少は締まりのある顔(険しいだけとも言うか?)にはなったが、ちっとも起きねぇ。
ムカつく。
ムカつくのに。
……………好きでたまらねぇ。
起きねぇなら、好きにするさ。
かと言って、腕に抱かれたまま出来ることなんかたかが知れてる。
この腕を抜け出すのだって嫌だ。
だから、キスした。
- 441 :名無しさん@ピンキー:2010/10/06(水) 20:47:53 ID:T88A3ZNa
- それでほんの少しの勝利感に浸るつもりだった。
だが、ほんの少し触れるだけの筈のソレは、思いの外長く粘っこいモノになった。
つまりロックは起きてたんだ。
唇同士を合わせた瞬間、肩を抱き寄せ、舌を突っ込んで来やがった。
ずるいと歯噛みするも求められるままにキスを交わす。
そうこうするうちどさくさに紛れて胸を揉まれた。
抗議の意味を込めて声を漏らす。
明るい朝日を浴びながらなんざ、御免こうむる。
アレの時の顔をしげしげ観察されて気分がイイわけねぇだろ?
第一、昨日の今日でコイツがまともに女を抱けるとは到底思えなかった、いつ気絶するかと気が気でないセックスなど二度と御免だ。
だが、ロックは止めるつもりはないようで、掌で乳房を執拗に撫でると、頭を下へと移動する。
「や、馬鹿…!」
だが、吸われると思っていた突起には目もくれず、二つの山の谷間に顔を埋めると、甘えるように鼻先を擦り付ける。
「馬鹿馬鹿って、うるせぇ…もっと別のこと言えよな」
拗ねた声。生暖かいため息が薄い皮膚をくすぐる。
「んだよ、ソレ。傷ついたなんざ言わねぇよな?」
「…………さぁ?」
傷ついたと言いたいのだろうか、NOともYESとも言わず、そのくせ胸から顔を上げもしねぇから、やっぱり「ばーか」と笑って髪を撫でてやった。
嫌じゃねぇ。こんな風に甘えられるのは。むしろ嬉しいくらいだ。
こいつがこんな風にガキみてぇに甘えられんなはきっとあたしだけ。
昨晩みてぇな我が儘をぶつけてくるのもあたしだけ。
だからいつだってどんなことだって好きにさせてやる。
「…あ。」
髪を梳く指の隙間。
黒々としたしげみの中、違和感を撒き散らし自己主張する、それ。
「何?」
不意に零れたあたしの声に、ロックは眠そうな声でどうかしたのかと訊いて来た。
「………………白髪」
気付くとそれは一本だけではなかった。
ロックの後頭部…少し左寄りだが、奥に潜むように…5本…いや、7本はあるか…とにかくまばらに白い髪が見え隠れしている。
明るい場所でこんな風に長々とくっつくコトも無ぇから気付かなかった。
第一、髪を梳くのはいつもコイツで、あたしは専ら梳かれる方だったのだから、当然だ。
新発見とも呼べるそれに、あたしはまた一つささやかな達成感を覚えた。
有り体に言えば嬉しかったのだがしかし。
ロックは不満そうに呻き、「…オヤジがさ、白髪多かったんだ」と言い訳すると、何本あるかと尋ねて来た。
心底嫌そうなロックに、「とりあえず、7本」と、まだありそうだと匂わすと「いやだなぁ」と、本当に嫌そうに情けない声でぼやいてる。
「何かさ、まばらにあると不潔なカンジするだろ?」
同意を求める声に、「そうかぁ?」と笑ってやる。
「ああ、落ち着かない。ズボラに見える気がするし」
そう言って、髪をかきあげて本数を数えようとするあたしの手を「やめろよな」と振り払う。
「…染めようかな」
本気で落ち込んだ様子でロックはぼやく。きっとコイツの生きてきた社会じゃそれが当たり前だったのだろう。
アホくせ。
そうやって全てが同じ色をしてしないと落ち着かない。「異物」はそうやって排除されるか塗り潰される。
それを息苦しかったとぼやくくせに、やっぱその頃の感覚を棄てることも出来ねぇのだろう。
「別にイイんじゃねぇ?そのままで。増える度に笑ってやる、また増えたぜってよ」
いいじゃねぇか、白髪くれぇ。
ロックはロックだ。
- 442 :名無しさん@ピンキー:2010/10/06(水) 20:52:26 ID:T88A3ZNa
- だが、ロックは「わかってないなぁ」とでも言いたげに溜息を吐く。
「…お前は俺のオヤジの頭を知らないんだ、数え切れるようなシロモノじゃあない」
それがどうした。わかってねぇのはアンタの方だ。
いっそ坊主にしたらどうだと言いかけ、ダッチと二つ、丸々した頭が並ぶ様を想像して吹き出しそうになった。
口にすれば笑いを堪えられねぇ!そう思ったからこう言ってやった。
「そんときゃ黒い方数えてやるさ、で、また減りやがったって馬鹿にしてやる」
些細な嫌がらせのつもりだった。
こんな下らねぇことでも少しばかり落ち込んでくれれば、この男のずるさに気を揉むあたしの鬱憤もほんの少し晴れる気がしたのだ。
だが、ロックは数秒の間時を止めたかと思うと、ボツリとこう呟きやがった。
「…………………悪くないかもな」
意味が解らず「はぁ?」と頓狂な声を上げるあたしを面白がるように「うん、悪くない」と繰り返すと、ナンだか妙に嬉しそうに「ふふっ」と笑っている。
つくづく意味不明な野郎だ。
「もう少し寝ようよ」
胸元からの声。
これもいつもと逆だ。まだ寝足り無いとシーツで丸くなるあたしを引きずり起こすのはいつだってコイツ。
だが、もうひとからかいするべく吸った息があたしの声帯を震わせる前に、ロックは言った。
「どうせこの先長いんだ、いいだろ?たまには。そうだ…レヴィの皺は俺が数えて笑ってやる。実にフェアだ」
絶句した。当たり前だ。皺?このあたしのドコにそんなモンあんだよ、くたばれ!
だがそれを言えば、何が返って来るのだろう。期待なんかしない。絶対に。だから、「ふん」と鼻で嗤ってやる。
そんなあたしの胸で、ロックはもぞもぞと納まりのいい角度を探してやがる。
こっちは「何か言えよ」ともやもやしてるってのに、やがて穏やかな寝息が聞こえて来た。
あたしはと言えば、この口八丁男の発言をどこまで間に受けるべきかを悶々と考えあぐね、昼にコイツが目を覚ますまで二度寝を貪ることは出来なかった。