- 119 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 21:56:06.11 ID:5OClhENH
-
私は柱。
ここ、タイはロアナプラ、とある二階建てのアパートメントを支えること三十年の、柱です。
以後お見知りおきを。
今ではこんなにも枯れ果ててカラカラに乾ききってしまっている私ですが、
その昔、まだ山奥でのびのびと枝を伸ばしていた頃は、
たっぷりと花粉をたくわえ、風に吹かれてぼふぼふいわせていたものです。
私が力強く枝をひとゆすりすれば、小さな花粉たちが風にのって次々と旅立ちます。
その花粉を雌株が受けとめる様は、どんなに私を恍惚とさせたことでしょう。
葉をざわめかせ、枝をしならせ、うち震えながら私の放出した花粉を浴びる。
雌株たちの歓喜の声が幾重にも重なって私の元へ届きます。
産めよ、増えよ、地に満ちよ!
これぞ創造! 創造の歓びです!
雄株として無上の歓びであります!
しかし、今の私ときたらどうでしょう。
大地にしっかと張りめぐらせていた根は断ち切られ、共に暮らしていた大勢の仲間からは引き離され、
皮を剥がれ体をばらばらに切り刻まれ、水も与えられず日干しにされるという拷問を加えられた挙げ句、
人間などという矮小な生物の住処に利用されるという辱めを受けている。
おまけに、人間というものはこれだけ私をいいように使っておきながら、
感謝の態度ひとつも表そうとしないのです。
私の肌に何年にも渡ってしみついたヤニを、硬くしぼった濡れ雑巾で落としてくれることもなければ、
乾いた布で空拭きしてざらついた埃をはらってくれることもない。
たまに床を濡れ布巾で掃除する居住者もいましたが、それでも柱の私までは目に入っていない様子。
ごしごしと床をこすって、ふう、これでよし、とばかりに満足そうに床を見渡し、
そうしておもむろに掃除用具を片づけ始める。
私! 私も! ずっと! あなたの! 前に! 立っているのに!
これが、壁を支え屋根を支え、人間の住居を住居たらしめている私に対する所業でしょうか?
時に珍しく私の存在に気づいた人間がいたかと思うと、次の瞬間には美しい私の木肌に釘をぶっ刺す。
そして、時計をつるす。カレンダーをつるす。帽子を引っかける。
それくらいならばまだいい。
ひどい時には、苛立ちまぎれに思いきり蹴飛ばされる始末です。
ふざけんなクソが、てめぇの頭の上に屋根のひとつでも落としたろかとも思いますが、
落としたところで、解体されて燃やされるか廃棄物処理センターに送られるかするのが関の山でしょう。
ああ、こいつら早く滅びればいいのに……。
そうつぶやいてもみますが、人間どもは相も変わらずこの地球を我が物顔でのし歩いています。
終わった。
私の人生──いえ、木生は終わった。
もう私には、花粉を飛ばす力も水を吸い上げる力も光合成をする力も残っていません。
今の私に、美しかったあの頃の面影はありません。
今の私はカスです。ミイラです。早く朽ちたい。
そう思っておりました。
柱としてここに立たされてから、ずっと。
しかし、それは大きな間違いでした。
どうやら私の木生は、ここからが始まりだったらしいのです。
- 120 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 21:57:44.56 ID:5OClhENH
-
なにが始まったか。
それは、その、非常に申し上げづらいことでありまして、
樹齢五十三、柱として生きてきた年数も加えれば八十は超える私が年甲斐もなくという自覚はもちろんあり、
いえ、歳よりもなによりもその、色々と問題があることは重々承知しているのですが、そのう。
──つまり、端的に申せば、恋、でございます。
届かぬ恋、でございます。
お笑いなさるな。
柱の分際で恋などと、笑止千万。よく承知しております。
道義に外れた恋だということ、重々承知であります。
しかし──、
あ、お相手ですか?
お相手。
いい質問です。
お相手は……、その、あの、ですね、ええと……、──少々お待ち下さい。
心の準備が……。
ああ、想い人のお名前を申し上げるというのはひどく緊張するものなのですね。
私たちは「恋」などというものには縁遠い種族でしたし、
お相手はいつも不特定多数だったものですから。
唯一ひとりのお相手のお名前を申し上げることがこんなにも胸苦しいものとは、ついぞ知りませんでした。
しかし、意を決して申し上げることにしましょう。
私の想い人、それは、それはなにを隠そう、──この部屋の家主です。
この部屋の家主である、世界一可愛いレヴィ嬢です。
柱のくせに、などとおっしゃらないで下さい。
分かっております。
そのようなこと、誰に諭されずとも分かっております。
けれど、止められないのです。
なぜか?
それは可愛いから!
レヴィ嬢がスペシャル可愛いからです!
- 121 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 21:58:51.44 ID:5OClhENH
-
いいですか、ご覧下さい、あの寝姿を!
彼女はちょうど今、ご就寝中です。
ベッドの上で横向きになり、軽く手脚を曲げた姿勢ですやすやと眠っています。
すらりと伸びた引き締まった手脚と、つるんと丸みを帯びた尻、
黒いタンクトップをぱつんと持ち上げる胸に、襟ぐりからのぞく谷間、
それをブラインドから差し込む朝の──正確に言うなら、もうほとんど昼ですが──光が照らします。
腰はすとんとくびれて、彼女の体は完璧な曲線を描いている。
ああ、黄金比!
黄金比であります。
松ぼっくりにも勝るとも劣らない黄金比です。
まさに神の仕業と言いたいところですが、私はこの体が彼女の努力のたまものであることも知っています。
どんなに飲んだくれようとも、どんなに荒ぶって部屋の中のものに当たり散らそうとも、
彼女は毎日の筋力トレーニングだけは欠かしません。
自身の身長よりも高い位置に取りつけてある鉄棒のバーからライルオオコウモリのようにぶらんとぶら下がり、
そこからせっせと体を起こして腹筋を鍛えます。
腹筋が終わったら懸垂、背筋も鍛え、それが終わると腕立て伏せへと続きます。
おかげで、彼女の体にはぶるぶる震える無様な脂肪など一グラムたりとも存在しません。
しかし、彼女はこんなパーフェクトなバディを有していながら、
上掛けは完全に下へ蹴飛ばしてしまってぐしゃぐしゃ、
黒いタンクトップは胸の下までべろんとめくれて腹がむき出し、
おまけに、なんの飾りもないシンプルなパンツはゴムがゆるんでわずかにずり下がっています。
なんたる無頓着!
なんたる無防備!
栗色の長い髪を散らばらせ、口を半開きにして眠る彼女は天使です!
これぞ天使!
まさに天使!
マイ・エンジェル・レヴィ!
昨日この部屋で彼女が発した言葉のナンバー1がファック(累計267回。私、数えました)、
ナンバー2がシット(累計238回)、ナンバー3がアス(累計102回)であったとしても、
この部屋に存在する傷の大半をこしらえたのが彼女であったとしても、
うっとりと手入れをするのは無駄に場所を占めている銃だけで、
他はろくすっぽ掃除もせずに散らかし放題、部屋の隅にカビを生やしていたとしても、
それでも、いいえ、それこそが、可愛いらしさのゆえんであります!
ああ、昨日蹴られた柱下部の痛みですら愛おしい。
彼女になら蹴られたって構いません。
いいえ、むしろ蹴られたい!
蹴って蹴って、蹴られまくりたい!
ああほら、見て下さい。
今、もぞっと身じろぎをしましたよ。
昨日私に素敵な蹴りを下さった脚がシーツに新たな皺をつくり、両腕の間に挟まった乳房がやわらかく形を変えます。
のびのびと投げ出されていた脚が体の方へ引き寄せられ、ほんの少しだけ丸まった姿勢になりました。
目覚めの時間が近いのでしょう、身動きとともに小さく声が漏れましたが、
ふうっとひとつ息を吐いて更に深く枕へ顔をうずめ、頭を小刻みに動かして落ち着ける場所を探ります。
満足できる場所を探しあてると、また全身から力が抜け、すうすうと肩が小さく上下し始めました。
──あああ、か、わ、い、い!
なんて可愛いのでしょう。
犯罪。犯罪です。この可愛さはほとんど犯罪です。
身が焦げます。焦げて消し炭になりそうです。
消し炭になって自然発火しそうな可愛さです。
ただの柱、駄木たるこの私に火事まで起こさせようとは、なんて罪な娘でしょう!
罪な娘、その名はレヴィ!
- 122 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 21:59:54.41 ID:5OClhENH
-
「……ねぇ、柱」
「──はい?」
突然あらぬところから声をかけられ、私は我に返りました。
少々素っ頓狂な声が出てしまった気がしますが、声をかけてきた主はなにやら深刻な様子で、
私の声の調子を気にとめた様子はありません。
「どうしたんです、窓枠」
私は気を落ち着けて問い返しました。
声をかけてきたのは窓ガラスをはめ込んだ木製の窓枠、このアパートメントが建てられた時からの仲です。
「ねぇ、わたし、おかしいかもしれない」
窓枠は思い詰めた様子で言います。
「どこがおかしいのですか。この間のスコールの日にでもどこか壊れましたか」
「違うわ。そうじゃない」
「では、どこが」
「……わたし、変なの」
「ですから、どこが」
私がいくらたずねても、窓枠は顔を曇らせるばかりです。
「ほら、ちゃんと言ってくれないと分かりませんよ。どうしたのです」
「……笑わない?」
「笑いませんよ! 私が今までにあなたを嘲笑したことがありますか? ないでしょう。
さあ、ほら、絶対笑わないと約束しますから、早くおっしゃい」
「あの……、あのね、わたしもこんなのはおかしいって思ってるの。こんなのは絶対駄目だって。
でも、どうしてもどうしても止められないの。もう、自分でもどうしようもないの」
なんでしょう、なんのことだかさっぱり分かりませんが、
この窓枠の言っていることにはなにやら私、非常な共感を覚えます。
「ええ、そういうこともあるでしょう。分かりますよ。恥ずかしがることはありません」
「……でも…………、でも……!」
「今更なにをためらうのです。あなたと私の仲じゃないですか。
三十年もこの不遇に耐えてきた同士です。なにも遠慮することはありません」
窓枠は自分から言い出したくせに、いつまでたっても話を進める気配がありません。
ああ、とか、でも、とか言いながらガタピシ窓を震わせるばかりです。
そうやってもじくさしている様子は、なんだか非常に身に覚えのある光景です。
「……あの、窓枠?」
「なぁに?」
私はおぼろげながら推測したことを口に出してみます。
「もしかして、…………恋、ですか?」
「──えっ!」
窓枠はビシッと桟をきしませて固まりました。
──もしや私、大当たり?
「どうして分かったの!?」
窓枠は驚いているようですが、分からいでか。
今の私はまさにその恋の渦中に身を置いているのですから。
まあしかし、私のことはいいでしょう。
「そんなことより、お相手は?」
訊くと、窓枠はまたしてももじもじと言いよどんでいましたが、
やがてキッと決意の色をのせたかと思うと、高らかに言い切りました。
「わたしが惚れてるのは、レヴィ。今ここに寝ている娘、レヴィよ!」
「──えっ!」
- 123 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:01:08.43 ID:5OClhENH
-
今度は私が驚く番でした。
「ままま窓枠、今なんて……?」
「だから、わたしはこの娘に惚れちゃったの! もう私、この娘のことを考えるだけで腐れ落ちそうよ……」
窓枠は自分の眼下でくうくう眠る彼女を切なげに見下ろします。
「ねぇ、わたしの蝶番、ほら、一番下がちょっと取れかかってるでしょ?
これ、開けっ放しにしてるところに大風が吹いたら壊れちゃうんじゃないかしら、
そしたらわたし、きっとお払い箱にされて燃やされちゃうんだわ、
そうなったらもう、わたしは二度とこの娘の顔を見られない、
そんなことを考えていたら苦しくて苦しくて、今にも縦にヒビが入りそう……」
言うそばから、みしみしと桟のきしむ不穏な音が響いてきます。
「ああ、窓枠! しっかり! しっかりするのです! あなたの気持ち、よーく分かります」
「……いいのよ、柱。無理しなくたっていいの。わたしだって自分がおかしいのは分かっているもの」
窓枠の声はどんどんと沈んでいきます。
私は急いで言い添えました。
「無理して言っているのではありません。私もその苦しさには覚えがありますよ」
「慰めはいらないわ。どうぞなじって頂戴。人間なんぞに惚れた馬鹿な木っ端だって……」
ああ、これはいけません。
窓枠が鬱スパイラルです。
これはいけない。
「……窓枠、慰めではないのです。言ったでしょう、『分かる』と」
「え……?」
ようやく窓枠が私へと意識を向けました。
「よくお聞きなさい。いいですか──」
致し方ありません、窓枠がこんなにも思い詰めているのです。
私も恥ずかしながら誠意を見せるしかないでしょう。
「私も同じなのですよ」
「は?」
「私も同じなのです」
言葉を失った窓枠を前に、私は厳かに告げました。
「私も、このレヴィ嬢のことを考えると夜も眠れないのです。こ、こ、こここ恋、と言っても差し支えないでしょう」
あなたと同じなのですよ、そう心をこめて真摯なまなざしを窓枠へ送ったはずですが、
窓枠はしばらくの間私をまじまじと見つめ、それから目を逸らしてため息をつきました。
「そう……」
窓枠の表情は晴れません。
──あれ? おかしいですね。
私は慌てて言葉を継ぎます。
「ね、お分かりでしょう? 私が慰めで言っているのではないということが。
木の分際で人間の娘に惚れてしまったのは私も同じ。
あなたがおかしいのならば私もおかしいのでしょう。私もずっと誰にも言えないできました。ですから……」
「でも」
窓枠は悲しそうに桟を震わせました。
「あなたは雄株じゃない」
「え」
「わたしは雌株よ……。私は雌、この娘も雌、道義に反しているわ!
生殖の理に反しているわ! 生物として間違っているわ!
わたしやっぱりおかしいんだわ! どうしたらいいの……!」
「お、落ち着いて……、落ち着いて、窓枠!」
実際のところ、私たちはもう「生物」ではないのですが、それはこの際どうでもいい。
私は必死で取りなそうとしましたが、窓枠からはラップ音が聞こえてくる始末です。
ピシッという音に反応して、レヴィ嬢が「ぅん……」とわずかに頭をゆらしました。
ああ、私、そのちょっと眉をひそめたお顔、大好きです。
皺の寄った眉間からふっと力が抜ける瞬間も、とても……、──と、いえいえ、そうではありませんでした。
窓枠でした。
- 124 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:02:49.38 ID:5OClhENH
-
その時です。
「ちょっとあんたたち」
足元の方から重々しい声がしました。
「さっきからうるさいよ」
床板です。
この床板のマダムも新築時からの仲間です。
「ああ、申し訳ありません。大変なご迷惑を……」
「ちょっと窓枠」
床板は私の謝罪など耳にも入れず、きしんだ音をたてている窓枠をギロリと睨み上げました。
「さっきから聞かせてもらえば、ぐずぐずぐずぐず、鬱陶しいったらありゃしない!
雄株だの雌株だのにこだわってめそめそして、あんたそれでも女かい!」
「でも……」
「でもじゃないっ! あんたがあんまりにもうざったいから、いいこと教えてやるよ」
「……いいこと?」
「そう、いいこと」
マダムは不敵に間を取ったあと、みし、と板をきしませて言いました。
「あたしだってね、ずっと前からこの娘のことが好きなのさ」
「えええええええっ!」
おっと失礼、つい大声が……。
「……なんだい、柱、その声は」
「いい、いえ、なんでも、なんでもありませ──」
「なんで窓枠の時とそんなに反応が違うんだよ。まったく腹のたつ野郎だね」
「いえ、他意は、他意はございません」
「というわけでね、窓枠、あんたはちっともおかしくないよ」
私をひと睨みして、床板は窓枠へ優しい声をかけました。
「床板……!」
窓枠は感極まった表情で床板を見つめます。
なんでしょう。
なんなんでしょう、この清らかな友情めいた光景は。
窓枠が最初に相談してきたのは、この私ではなかったか。
少々納得がいきません。
「あのね、床板。わたし、この娘と相思相愛になりたいなんて、そんな分不相応なことは考えないわ。
この想いに気づいてもらえなくたっていいの。
──でも、時々羨ましくなるのよね、この窓ガラスが。
だって、この娘は夜更けに外を見ることがあるでしょう?
そんな時、ガラスすれすれに顔を寄せるわね。
そうすると、この娘の息でガラスがほうっと白く曇るのよ。
湿り気を帯びた曇りを、人差し指できゅっとこすることだってあるわ。
時々は、わざとガラスに息を吐きかけることだって!
わたしは、わたしはそのすぐそばにいるのに、まったく視界に入れてもらえないのよ……」
「おい、さっきから黙って聞いていれば」
切々と窓枠が語っていると、そこに割り込んでくる声がありました。
「てめぇひとりでロマンスのヒロイン気取ってんじゃねえ!」
窓ガラスです。
今まで窓枠の羨望を浴びていた張本人、窓ガラスです。
- 125 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:04:29.03 ID:5OClhENH
-
「あのなあ! こいつのことが好きなのはてめぇらだけじゃねーんだよ!」
「ええっ!」
「じゃ、あんたも……?」
「──や、やかましいっ!」
俄然色めきたつ窓枠と床板をどなりつけて、窓ガラスは続けます。
「まぁなんだ、それはそれとしてだな! 羨ましい羨ましいって、なんだそりゃ!
おい、窓枠! こいつが毎朝窓を開ける時に触るとこはどこだ? 窓を閉める時に触るとこはどこだ?
──お前だ! 俺じゃねえ! てめぇの物差しだけで測ってんじゃねぇぞ!
それにだ! 羨ましがるところは俺じゃねえだろ! 例えばベッド! ベッドだ!
毎日毎日、寝てるこいつを乗せてんだぞ! 何時間もだ!
こいつの体重を全部受けとめて、こいつが身動きするたびにパイプをきしませてるんだぞ!
これが『羨ましい』じゃなくてなんだってんだ!」
窓ガラスはわんわんと表面を震わせます。
「そうは言うけど」
ピシッと窓ガラスに小さくヒビの入った音がしたその時、憮然とした声が聞こえてきました。
「君だって、自分の立場でしか物事を見られていないんじゃないかな」
ベッドです。
静かな声色の中に憤懣がひそんでます。
「僕の立場になって考えてもごらんよ。
毎日毎日彼女を乗せてって言うけどね、その彼女が触れているのは僕じゃないんだよ。
彼女が触れるのはシーツや上掛けや枕。僕には一瞬だって触れない。
そりゃ、腕を伸ばした時なんかに指先が柵にぶつかったりすることもあるけどね、でもそんなのは時々だよ。
窓枠、君は毎日彼女に触れてもらっているし、床板は毎日踏まれている。
窓ガラス、僕は息を吹きかけてもらったことなんてただの一度もないよ。
自分の受けている恩恵に気づかないで僕を闇雲に羨ましがるのはやめてくれないかな」
「あの……」
ベッドの演説が終わったところで、私はおそるおそる口を挟みました。
「ということは、君もレヴィ嬢のことを……?」
「ああ、好きさ。大好きさ。彼女は僕の生きる希望だね。──それがなにか問題でも?
ベッドが人間に惚れちゃいけない法があるのか。言わずもがなのことを聞かないでくれ」
……そうですね。失礼しました。
というか私はあなたのその揺るぎなさが羨ましいですよ。
「とにかく」
ベッドは毅然と言い放ちます。
「羨むべきはシーツだ。なにせ毎晩彼女の肌に触れ、汗を染み込ませているんだからな!」
「お言葉ですが……」
そこに、弱々しい声がします。
「私だって苦しい想いはみなさんと変わりないのですよ……」
眠っているレヴィ嬢の体の下から聞こえてくる声は、そう、シーツです。
「彼女の肌に触れている、それは確かに最上の歓びです。しかしみなさん、ひとつお忘れではありませんか?
私たちシーツは何枚もあるのです。洗濯のために外されたらそれまでなのです。
洗濯機で洗われたら、そのあとは長い間、暗いクローゼットの中で過ごすことになるのですよ?
あの孤独! あの孤独が分かりますか?
今頃別の仲間が彼女の肌に密着しているのだと想像しながら閉じ込められる日々!
慰めは自分が使われていた時の記憶です。それだけを牛のように反芻し続けて時をやり過ごします。
今だって、いつ何時洗濯機へ放り込まれるか、気が気ではないのです!
私などよりも上掛けの方がよっぽど……!」
- 126 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:05:50.24 ID:5OClhENH
-
おお、シーツ、お前もか……。
そう思っていると、そこかしこから声が上がり始めました。
「──んだよォ! みんなオレのレヴィのこと好きだったのかよ! チクショウ! オレだけだと思ってたのに!」
「おいコラ、なんだ、その『オレのレヴィ』ってのは! てめェのレヴィじゃねーだろ! 俺のレヴィだ!」
「なんだと!? ふざけんなお前ら、俺のだ!」
「俺のだ俺の!」
「いや、オレの!」
「やめてよね、あんたたち! あたしのよ!」
「女はすっこんでろ、ボケ!」
「なぁあんですってぇ!? 女だからってなんか文句あんの!? え?」
「その通りだよ、お前が骨抜きになってるこの娘も女だってこと、忘れたかい?」
「レヴィさんは特別なんだよ!」
「そうだそうだ、お前らと一緒にすんな、ビッチが!」
「あーあー、これだから嫌んなっちゃうねぇ。まるでガキだ」
「うっせぇブス!」
「ふん、鏡見てから言いな、クソ野郎」
部屋の中は、ぎゃあぎゃあとものすごい騒音です。
なんということでしょう。
口に出せぬ恋に身を焦がしているのは私だけかと思いきや、
どうやらこの部屋にいるほぼ全員が、同じ想いを胸に秘めていたなんて!
くらりと意識が遠のきかけた時、そこに一声、響き渡りました。
「ちょっと待ったァ!」
レヴィ嬢の足元から聞こえてきたその声は、上掛け。
ぐしゃっと丸まった上掛けです。
かまびすしかった騒音がぴたりとやみ、そして、全員の目が一斉に上掛けへと集中しました。
その視線は冷たい。
「……おい、お前ら、『こいつ細切れになればいいのに』みたいな目で見てんじゃねェ!」
上掛けは怒鳴りますが、そうは言っても、上掛けの受ける恩恵は察するに余りあります。
毎晩ぴったりと彼女に密着して体を覆い、時には両腕でぎゅっと抱き締められることもある。
彼女の息は繊維の奥にまで入り込み、うまくすればよだれだって……!
そんな上掛けに対する目が多少厳しくなったとしても、それは致し方ないというものでしょう。
しかし、上掛けは逆境の中で声を張り上げます。
「みんな、現実を見ろ!」
返事をするものはありません。
「いいか、ご多聞に漏れず、俺も彼女が好きだ!
彼女は俺の喜び、俺の天使、俺のスウィート・ハートだ!
そんな彼女と、これ以上ないってくらいぴったりひっついていられる。
天使の寝顔を至近距離で拝める。しかも長時間だ!
毎晩彼女に覆いかぶさっちゃって、めっちゃ俺幸せ! 天国見えた!
まぁぶっちゃけそんな気分になったりすることもある!」
一瞬にして、ごおっと部屋の中の殺気が高まりました。
──こいつ、引き裂いてもいいですか?
- 127 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:06:50.68 ID:5OClhENH
-
「だが、待て! 待つんだ! お前らは一番見たくないものから目を逸らしている!」
──なんのことでしょう。
「オイ! ほんとに目を逸らすな!」
上掛けは、もしゃっと一回動いて皆の注目を促します。
「──いいか。今現在、彼女はひとりだ。しかし、彼女がことあるごとに部屋に連れてくる男は誰だ?」
答えはありません。
「一緒に酒を呑み、ものを食い、休みの日にはごろごろし、用もないのに居座り続け、
彼女のベッドを独占してふんぞり返り、夜になれば彼女とベッドで──」
「やめろーーー!」
部屋中、いたるところから絶叫が沸き起こりました。
「やめろ、やめてくれ、それ以上聞きたくない……」
ブルブル震える窓ガラスを気の毒そうに横目で見て、上掛けは粛然と口を開きます。
「みんな。分かってるはずだぞ。あいつが来た夜、ベッドの上でなにが行われているか……!」
「し、知らない……。俺は知らない……」
「しっかりしろ! 羨むべきは俺じゃない! 奴だ! あの男だ!
俺のどこが羨ましいってんだ、チクショウ! 冗談じゃねえ!
奴が来た日、俺は野郎の背中をあっためてるんだぞ!
奴の体の動きに合わせて彼女の膝が動くのが分かるんだぞ!
途中で俺は段々剥がれていって、最後には足元でぐっちゃぐちゃにされんだぞ!
そこから分かるのはつま先の様子だけだ。奴の体の両脇で、彼女の足は俺を乱す。
きゅっと締まったふくらはぎがこわばって、足の爪が俺をひっかいて、最後にはつま先がぴんと伸びて、痙攣──」
「やめろ馬鹿ーーー!」
悲痛な叫びが響き渡りました。
誰もがしゅんとしています。
今は、今は思い出したくなかったのに……。
しかし、そうなのです。「あの男」。
「あの男」の前では、私たちはみな同等なのです。
彼女にとって私たちはただの「モノ」。
等しく、「モノ」です。
私たちは誰からともなく顔を見合わせ、静かにため息をつきました。
- 128 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:08:41.38 ID:5OClhENH
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その時です。
「──ん…………」
彼女です。彼女が起きました。
手の甲で目をこすったかと思うと、ゆっくり瞼を開きました。
「んー……」
顔を上げて時計を確認し、またぼすっと枕に頭を沈ませましたが、ややあって、もそもそと体を起こし始めました。
ベッドの上にぺたりと座った彼女は眠たそうです。
その姿勢のまま枕元の煙草に手を伸ばし、火をつけました。
ゆっくりと一本吸って、もう一本。そしてまた一本。
彼女は次から次へと煙草を灰に変えていきます。
その目はぼんやり遠くを見ている。
「……クソッ」
灰皿が吸い殻と灰でてんこ盛りになった頃、小さくひとつ毒づいて、ようやく彼女はベッドから降りました。
どすどすといつもに増して荒々しい足どりで歩き、バスルームのドアをバタンと乱暴に閉める。
中からはシャワーの水音が聞こえてきました。
その音がやむとまた出てきて、叩きつけるようにドアを閉めます。
──と、水滴を撒き散らしながら歩く彼女のつま先が椅子の脚にぶつかりました。
「──いてっ!」
──ああっ!
彼女は片脚を持ち上げて、椅子の脚にぶち当たったつま先をさすります。
痛そう、非常に痛そうです。
──なにをやっているのでしょう、あの腐れ椅子は! レヴィさんのおみ足を傷つけるなんて! あの椅子、今すぐ解体されろ!
「クッソ!」
苛立たしげに彼女は椅子の脚を蹴りつけましたが、それもまた痛かったのでしょう、
眉をしかめて更に不機嫌な顔になりました。
そうです。
今日の彼女は機嫌が悪い。
彼女の乱暴さ──いえ、ワイルドさは今日に始まったことではありませんが、それでも今日は特にご機嫌斜めです。
そのご機嫌斜めの理由を、恐らく私は知っている。
- 129 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:09:45.09 ID:5OClhENH
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* * *
そう、それは昨夜のことでした。
「呑み直そうぜ、ロック」
「ああ、いいな」
「なんにする?」
「なにがある?」
「んー、ビールかラム」
「──じゃ、ラム」
「おうよ」
昨日の夜、例の男と一緒に帰ってきた時点では、まだ彼女の機嫌は上々だったのです。
風向きがおかしくなったのは、それからです。
「ちょっとレヴィ、あのピザの箱なに?」
「あ?」
「あれだよ、あれ。なんで三箱も積み重なってるんだよ」
「ああ、頼んで食ったから」
「……そんなのは聞かなくたって分かってるよ。
なんで食べ終わったものがそのまんま積み重なってるのかって訊いてるんだ」
彼女はチッと舌打ちして眉をひそめました。
「っせェなぁ。嫌みったらしい訊き方すんじゃねェよ」
ラムをあおる彼女を横目に、彼は席を立って箱を手に取ります。
「──うわっ! なにこれレヴィ! カビ! カビ生えてるじゃないか!」
箱を開けた彼が大袈裟な声を出しました。
彼女の眉間の皺は更に深くなります。
「だからどうした。勝手に開けてんじゃねえよ!」
「勝手にって、片づけようとしたんだろ! こんなのもう食えないんだから、捨てるしかないじゃないか!」
「誰もあんたにゃ頼んでねェ!」
「レヴィが片づけないからだろ! 大体この前だって俺がこの部屋片づけたんじゃないか!」
「だからなんだよ」
「なにか言われるのが嫌なら自分で片づければいいだろ!」
「あー、ごちゃごちゃうっせェなァ!」
まったくです。まったくうるさいです、この男。
なにが「片づければいいだろ」、だ。
他人の部屋にやって来ておいて、なにを寝ぼけたことをぬかしているのでしょう。
しかも、自ら進んで片づけたくせに彼女のせいにするなんて。
そんなもの、むしろ「片づけさせて下さってありがとうございます」、こうだろうが!
- 130 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:11:13.08 ID:5OClhENH
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「──あっ、ちょっとレヴィ! 一番下の箱からなんか変な汁出てるぞ!」
「知るかよ」
「うわ、なんかこれベタベタしてる……。レヴィ、雑巾は?」
「知らね」
完全に背を向けてラムをつぎ足す彼女を見て、彼はため息をつきます。
「雑巾ぐらい出してくれたっていいだろ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、彼はふと床の隅に丸まった布に目をとめました。
「あ、そこに雑巾あるじゃないか。レヴィ、借りるからね」
「あん?」
振り返った彼女は、彼の手の中にある布を見るなり、椅子を蹴倒して立ち上がりました。
「っざッけんな、ロック!」
「なんだよ、痛いよ、離せ!」
「そっちこそ、それ離せ!」
「なんでだよ!」
「そりゃ、あたしのタンクトップだ!」
「──えっ」
驚いた彼が布を広げてみると、彼女の言うとおり、襟ぐりと袖口が姿を現しました。
本当です。本当にタンクトップでした。
ああ、なんて失礼な男でしょう!
彼女のタンクトップを雑巾と間違えるなんて!
まったく失礼。
失礼極まりない男です。
──私はもちろんタンクトップだって気づいていましたよ。ええ、もちろん。
最初から気づいていましたとも。当然です。
「なにが雑巾だ! ぶっ殺すぞ!」
「──なんだよ、そんなとこに丸めて置いとく方が悪いんだろ。そんなもの、まるっきり雑巾じゃないか」
「言ったな、てめェ!」
彼女は犬歯をむき出しにして彼に詰め寄り、力任せにタンクトップを奪い取りました。
目を吊り上げて彼を睨んで、洗濯物入れに放り込みます。
「ったく、信じらんねェ」
口の中でぶつくさ文句を言いながら、彼女はどっかと椅子に腰を下ろします。
「信じられないはこっちのセリフだよ」
むっとした様子の彼も、向かいの椅子に座りました。
「もうちょっときちんとできないのかよ、レヴィ」
「……さっきからしつけェな。ロック、あんたいつからあたしのお袋になった」
「そういう問題じゃないだろ。あのタンクトップ、もうボロボロじゃないか。
もうちょっと綺麗にしてろよ、レヴィ。女だろ」
その言葉を聞いた途端、彼女の眉がぴくりと動きました。
「──女ァ? はッ、あたしにそんなこと期待してたのかよ、ロック。
そういう女がお好みだったらローワンの店でもバオんとこの二階でも、好きなとこ行けよ。
小綺麗な女がよりどりみどりだぜ。ロック、来るとこ間違ってんぞ」
がたんと音をさせて、彼女は乱暴に脚を組みました。
「そうじゃないって……。そういう意味で『女』って言ったんじゃないよ。変な方に話を持っていかないでくれ」
椅子の背に片肘を引っかけてラムの入ったグラスを傾ける彼女を目の前に、彼はため息混じりに言います。
「大体、エダだってバラライカさんだっていつも綺麗にしてるじゃないか」
──ああ、駄目です、それは駄目。
彼女の友人──というには語弊があるにしても、とにかく、同じ稼業に手を染めている女たち──
と比べて彼女たちの方が「綺麗」だなんて、それは駄目です。
- 131 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:13:19.23 ID:5OClhENH
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ほら、案の定、エダとバラライカという名前が出た瞬間、彼女の顔は更にゆがんだではありませんか。
なんて無神経なのでしょう、この男は。
レヴィさん、ほら、言っておやりなさい、「ふざけんなバーカ!」と。
言って、蹴り出しておしまいなさい。
けれど、彼女は押し黙ったまま、ラムの入ったグラスを睨みつけるばかりです。
「帰れ」
ようやく口を開いたかと思うと、彼女は小さく吐き出しました。
「帰れよ、ロック」
「え、ちょっと、レヴィ──」
椅子から立ち上がった彼女は、彼の腕を取って無理矢理立たせました。
「……眠い」
「──は?」
「眠いから寝る。だから帰れ、ロック」
「──どうしたんだ、いきなり。待てって、レヴィ!」
突然のことに面食う彼を半ば引きずるようにして、彼女はドアへ向かいます。
そうですそうです、その調子です。
そんな男、早く追い出してしまいなさい!
「レヴィ!」
彼女は開いたドアの向こうに彼を押し出しました。
抵抗されてもお構いなしです。
「帰れ」
最後に冷たく言い捨て、彼女は力ずくでドアを閉めました。
向こう側から開けようとする力を体全体で押し返し、がちゃんと鍵をかけます。
おい、レヴィ、とドアの向こうから彼女を呼ぶ声と、そして扉を叩く音がしましたが、
彼女はそれを無視して部屋の明かりを消し、ドアのそばに立っていた私を一蹴りすると、ベッドに飛び込みました。
そして、頭まで上掛けを引っかぶって沈黙します。
蹴られた時の衝撃に、私は思わず声を漏らしてしまいましたが、
ビリビリ芯に響く振動をやり過ごしながら様子を窺っていると、
そのうちに彼も諦めたのか、しばらくしてドアの外からの音はやみました。
──ああ、うるさかった。彼女が「帰れ」と言っているのだからさっさと帰ればいいのに、まったく諦めの悪い男です。
その時、上掛けを頭までかぶっていた彼女が、もそりと動きました。
上掛けをどけて上半身を起こし、ドアの外の気配を探っている様子です。
そしてベッドの横の窓に頭をめぐらせると、表の通りに目線を落としました。
彼女はガラス越しにじっと外の様子を見ていましたが、やがてかちゃりと掛け金を外して窓を押し開け、
わずかに身を乗り出して表の通りを端から端まで見渡しました。
けれどそれも束の間、体を戻すと窓を閉め、掛け金も元の通りに落とします。
ブラインドも下ろしてしまうと、彼女は小さく、はぁっ、とため息をつきました。
ベッドの上で座ったまま首を落とした彼女の姿が、黒いシルエットとなって浮かび上がります。
長い髪の毛が顔の両脇から垂れ下がって表情は見えませんが、
私はその姿を見て、ぎゅっと年輪が締めつけられるような心地がしました。
さっさと帰ればいいのに。先ほどまで彼に対してそう思っていたのは事実です。
しかし今となっては、どうして言われるがまま帰ったりしたのだ、私の気持ちはこう変わっていました。
彼女はただ、他の女と比べられたくなかっただけ。
他の女を指して「綺麗」と言うのを、そしてお前もあんな風に「綺麗」にしろと、
彼がそう言うのを聞きたくなかっただけなのです。
私は知っています。
彼女がどんな風に彼を想っているのかを。
- 132 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:14:40.10 ID:5OClhENH
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なにしろ私は、彼女がこの部屋に住み始めた時からずっと見ているのです。
この部屋にやってきた当初の彼女は、なんと申したらいいでしょう、
──そう、あえて申すならば、錆びた鉄でできた山猫のようでした。
ざらりと澱んだ目をして、いつでも背中の毛をふうっと逆立てる準備を整えている、そんな娘でした。
酒臭い息をさせて夜遅くに帰宅し、顔も洗わずに寝てしまい、
そして朝になると酒の抜けきらない体でだるそうに部屋を出ていく。
派手な怪我をして帰ってくることもしょっちゅうです。
彼女が誰かを部屋に連れてくることはありません。
部屋にいる時は、銃の手入れか筋力トレーニング、それか、テレビから流れる映画を観るか雑誌をめくるか。
古びた携帯型の音楽プレイヤーから流れる音楽が、彼女の子守歌です。
彼女の澱んだ目が更に深い闇色になる時、彼女の酒の量は多くなる。
そんな時にはもう、映画も音楽も役に立ちません。
なにも受けつけないブラックホールのような目が、酒の入ったグラスを素通りします。
そんな日のあとです、彼女の体に傷が増えるのは。
鬱屈をどこかにぶつけたい、なにかを破壊したい、めちゃくちゃに踏みにじってしまいたい、
彼女が体の中に飼っている、そんな黒い衝動が爆発するのでしょう。
しかし私には、彼女が一番壊してしまいたいのは彼女自身であるように見えました。
そんな彼女が、ある時から変わり始めました。
最初は気づきませんでした。
この頃ずいぶんと苛立っているけれど、まぁいつものことだろう、その程度にしか思いませんでした。
けれどその後、彼女は非常に複雑な変化を見せたのです。
苛立つというよりは困惑していると言った方がいいような表情を浮かべ、
「あー」とか「うー」とか「どうなってんだ」とか「なんだってんだ、チクショウ」とか、
そのようなわけの分からない言葉を口の中で転がすことが増えました。
ため息をつき、片手で頭をがしがし掻き、首を左右に振ります。
背中の毛がちょっとやわらかくなり、自分をも傷つけてしまう鋭い爪が少しだけ、なりをひそめました。
なにかあったのか、そう私が不思議に思い始めた頃、彼女の部屋を訪れた男がいたのです。
初めのうちは、仕事がらみの用事がほとんどのようでした。
電話を引いていない彼女を呼び出すための使いっ走りか、私はそう思っていました。
しかし、わずかな物音でも跳ね起きる彼女が、彼が入ってきても眠ったままであることに気づいた時、
私は少なからぬ衝撃を受けました。
彼女は彼の気配にはなんらの警戒も見せることなく寝姿をさらし、勝手に部屋へ入ってくることを許します。
そのうちに、特に用事がなくとも彼は部屋へ姿を見せるようになり、
そして、ふたり一緒に帰ってくることが増えました。
ともに酒を呑み、休日をともに過ごし、同じ時間を共有する。
彼女が帰ってこない日は彼の部屋で同じように過ごしているのだろうということが、容易に推測されました。
そして私は、初めて彼女が男と体を重ねるところを見ました。
- 133 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:15:33.34 ID:5OClhENH
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私はそれまで散々、人間の生殖活動というものを目の当たりにしてきました。
だてに三十年も部屋の柱をやっているのではありません。
何人もの住人がこの部屋を使い、そして去っていきました。
彼らが繰り広げた生殖活動というものは、私をうんざりさせて余りあるものでした。
ひっきりなしに嬌声を上げる女。
──うるさい。
「いいか?」「いいか?」と訊く男。
──馬鹿の一つ覚え。
「いいわ」「いいわ」と腰を振りながら、天井に向ける目が虚ろな女。
──怖い。
女の首を絞めないと興奮しない男。
──快楽殺人者予備軍。
「また来てねぇ」と松ヤニのような声を出していたくせに、男が去ると般若の顔に豹変する女。
──金か。
コールガールに金をつぎ込み過ぎて食費がなくなる男。
──哀れ。
とにかく人間というものは生殖活動に余念がなく、いつでもどこでも発情するらしい。
人間の重みで、もはや陸地が沈没しそうだというのに、これ以上殖えてどうするつもりなのでしょう。
しかも、どうやら生殖につながらない行為に性的興奮を覚えているらしいということを知った時、私は仰天しました。
雄の生殖器官かつ排泄器官であるところのものを雌の口や排泄器官に突っ込む、あれは一体どういうわけでしょう?
雄の生殖器官を雌の消化器系に挿入して、なにになるというのでしょう?
まったく理解不能です。
私は人間どもの生殖活動を見せられるたびに毒づいておりました。
そう、ファック! まさしくファックでございます。
こんな馬鹿馬鹿しいことにうつつを抜かしたりしない彼女は、なんと賢明なことか。
さすが私のレヴィ嬢です。
私は自分の見識の高さに鼻高々、ない枝がするすると天を目指して伸びてゆく心地がしました。
けれど、そんな彼女が男と体を重ねる様を見た時、私は思ってしまったのです。
──美しい、と。
- 134 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/29(金) 22:17:45.79 ID:5OClhENH
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彼女と彼との間には、ほとんど言葉はありませんでした。
うす闇の中、ただふたりの気配が濃密になり、空気が痛いほどに張り詰めます。
彼も彼女もなにも言わないため、ベッドがきしむわずかな音や衣擦れの音、吐息の気配がすべて私の元に届きます。
ベッドの上のふたつの影は、音もなく、ひとつに融合しました。
口づけは、唇が触れた時ではなく、離れた時の濡れた音で分かります。
上掛けが彼の肘の形に盛り上がって、その下の手が彼女の肌をたどる気配、
布の奥から次第に漏れ出す、とろけた水が跳ねる音、皮膚と皮膚とがこすれ合う音、
彼女の喉の奥が短く鳴り、そこに彼のこらえるような吐息が重なります。
私は気がつくと全神経を集中させてその光景を見、そして聞いていました。
人間たちが私の前で繰り広げてきた痴態に、私はこう思っていました。
いい加減にしやがれ、この罪なき私にひそやかな安寧の時間を、と。
しかし、正直に申し上げましょう。
私は彼女たちの交わりを見た時、今はもうない葯のうずきを、確かに感じました。
どうあがいても今の私の体で花粉をつくることはできません。
それなのに、私の体は生きていたあの頃の衝動をもう一度、思い出したのです。
愛しく思っている女が他の男と生殖活動を行っている、それを見て興奮する私はおかしいでしょうか。
実際、おかしいのかもしれません。
ただひとつの個体を特別に想う、ただそれだけでも私たちにとっては異常な事態です。
けれど私は、彼女の肌に触れ、そして彼女に触れられ、
その体の奥深くまで入り込むことを許された彼に嫉妬するというよりはむしろ、
彼に抱かれた彼女の表情の方へ釘づけになりました。
そこにいたのは、錆びた鉄のようだと思った彼女ではありませんでした。
触れたものすべてを傷つけるかと思われた、やすりのような表面はすっかりとなめらかになっていて、
吐き出される息はしっとりと湿り気を帯びています。
彼の腕の中に身を置いた彼女は、やわらかな肌を持った、ひとりの女でした。
彼女は、好きとも愛しているとも言いません。
歓びの声を上げることもなければ、もっと、と催促することもねだることもしません。
けれど体は言葉よりもずっと雄弁です。
彼の体にからみつく腕、彼の体を受け入れるために開く脚、彼の背中を下から上へと撫でる手、
その挙動のひとつひとつが、彼は特別、そう言っていました。
沈黙の中でこそ情愛は熟成するのだということを、私は初めて知りました。
彼と体を重ねるごとに、彼女を覆っていた硬い棘は少しずつ少しずつ丸くなっていくように思えました。
一枚、そしてまた一枚と薄皮が剥がれ、奥底に隠し持っていたやわらかい中身が露わになる。
それと同時に、憂いを帯びた顔で物思いにふけることが増えました。
隣で眠る彼を見て、そっとため息をつく夜もあります。
本物の愛情は、快楽と苦痛でできている。
彼女を見ていると、そんなことを考えずにはいられませんでした。
- 143 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:26:13.63 ID:jdIqzMEr
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* * *
さて、昔話はここまでです。歳をとると話が長くなっていけません。
とにかく、そんなこんなで現在の彼女の不機嫌は昨夜の彼との諍いが原因であることに
ほぼ間違いはないであろうと、私は踏んでいます。
シャワーを浴びてきた彼女は窓を開けて外の様子を窺おうとしたようですが、
開けた瞬間、ぅあっち、と窓の隙間から押し寄せてきた熱気に顔をしかめ、すぐに閉めてしまいました。
昼から夕方にかけては、もっとも暑くなる時間帯です。
正午を過ぎた今、すでに気温は最高気温に近づこうとしているでしょう。
彼女はエアコンのリモコンを手に取ると、ぴぴ、と設定温度を下げました。
どうやら今日は出かけないことに決めたようです。
ここ最近の休日は彼と過ごすことが常となっていた彼女です。
そんな彼女の久々のひとりっきりの休日は、「手持ちぶさた」を絵に描いたようなものでした。
まず銃の手入れをし、見るともなしにテレビをつける。
アップテンポのハードロックをかけながら筋力トレーニングをする。
どこからか干からびかけたビーフジャーキーを見つけ出し、クラッカーとともに腹におさめる。
テレビのチャンネルをめまぐるしく変えた後、ぷつんと消し、背中を丸めて足の爪を切る。
缶ビールを開けて部屋の隅に転がっていた雑誌を眺めるも、すぐに飽きて放り出す。
ベッドの上でごろごろ転がってみても、まだ日が暮れ始めようかといった頃合いです。
彼女はベッドに寝転がって天井を睨んでいましたが、ふと起き上がるとベッドから降り、なにかを探し始めました。
ベッドの下にもぐり込んで箱をいくつも引きずり出し、舞い散る埃にくしゃみをしながら、
あれでもないこれでもないと片っ端から蓋を開ける。
その中に探し求めるものがないと分かるや、次はクローゼットの扉を開けて頭を突っ込む。
奥から次々とよく分からない布を引っ張り出し、ためつすがめつしては放り出す。
しばらくして、彼女はクローゼットの奥底から大きな箱を掘り出しました。
中に入っているのは、まず靴です。
この靴には用がなかったのでしょう、ゴッ、ゴッ、と硬い音を響かせて床に放り投げました。
そして彼女は、まだごっちゃりと色々なものが詰まっている箱の中から、薄い布をつまみ上げました。
ずるずると出てきた布は、向こう側が透けて見えるほど薄い、黒のシフォンです。
彼女はそれを目の高さに持ち上げて睨みつけていましたが、おもむろに立ち上がると、
手に持ったシフォンをぽいとベッドの上に放り、着ていた黒いタンクトップの裾に手をかけました。
そして勢いよく、タンクトップをがばっとめくり上げる。
下着をつけていなかった乳房が、ふるん、とこぼれ出ました。
──おおおっ。
ざわ、と部屋の気配が波だちました。
先ほどのやりとりで、この部屋にいるもの皆がレヴィ嬢にご執心であることが分かったからでしょう、
もはや高揚を隠そうとするものはありません。
彼女の着替えは見慣れたものではありますが、それでもやわらかそうなおっぱいを見るたび、私の胸はときめきます。
ぴちっと内側からはじけるような丸みは木で熟した果実を思わせますが、
体を動かすたびにふるふるとゆれる様を見ると、それは果実よりももっとやわらかく弾力に富んでいるのでしょう。
あのおっぱいは、触れるとどんな感触がするのでしょう。
想像するだけで恍惚とします。
彼女はそんな私の恍惚をよそに、タンクトップを頭から引き抜いて脱ぎ捨てました。
上半身は裸、下はなんの飾りもない黒の下着だけです。
なにをするつもりでしょう。
私たちが息をひそめて見守る中、彼女は先ほどベッドの上に放った黒いシフォンを取り上げました。
裏表、そして上下の判別がつかないのか、ぐるぐると回したりひっくり返したりしていましたが、
その中から細い紐をつまみ出すと、輪になったそこに腕を通しました。
右腕、そして左腕。
両手を通してはおってしまうと、黒いシフォンの正体が分かりました。
ベビードールです。
その黒いシフォン製のものは、透け透けのベビードールだったのです。
- 144 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:27:26.34 ID:jdIqzMEr
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細い肩紐につるされた薄手のシフォンは、うっすらと彼女の上半身を覆います。
胸の真ん中には黒いサテンのリボンがついていて、このリボンを結ぶとベビードールの前が合わさるようです。
胸の下で切りかえられてタックの寄せられたシフォンは、ちょうど胸の丸みを形づくり、
そこから下に向かってふわりと流れ落ちます。
腰骨をかすめる丈のシフォンは、彼女の体のラインをはっきりと透けさせていました。
──おおおおおおおおおおおおおお!
彼女が胸のリボンを結び終えた時、部屋の中は声ならぬ声で沸騰しました。
──いい! いいです、レヴィさん! いいッ! 最高です!
日々の筋力トレーニングを欠かさないおかげで無駄なお肉がなにもない、
そして弾力とやわらかさを併せ持つ最強の美乳をそなえる体をもってして、
これが似合わないわけがないでしょう!
変にフリルやレースのついていない、ベビードールとしてはシンプルなつくりが彼女に似合っています。
ピシッ、ギシッ、とあちらこちらから妙な音が響きます。
私も他人事ではありません。
実は、さっき興奮した際、内側の方で縦にヒビが入りました。
しかし、そんなことはどうでもいい。
彼女はきょろきょろとあたりを見まわし、前の住人が壁に取りつけたままにしてあった鏡の前に立つと、
その鏡を覆い隠していた荷物をどけました。
そして鏡の中を覗き込んだ彼女は思いっきり、眉をひそめました。
──どうしてそんなに睨んでらっしゃるのですか! お似合いですですよ! お似合いです! とっても!
しかし私の声は届くわけもなく、彼女は不機嫌な顔をしたまま、ベビードールを引っ張り出した箱にまた手を突っ込みました。
ごそごそと箱の中をかきまわし、そして彼女がつまみ出したのは、深い赤色をした細長い布きれでした。
彼女はその布きれもベッドの上へと放ると、いつも使っている黒いゴム紐を手に取り、
手ぐしで長い髪の毛をまとめて高い位置でひとつに結わえました。
大雑把に結んだため、あちこちから髪の毛が飛び出していますが、彼女は気にしません。
そしてその結び目に、ベッドの上に放っていた赤い布きれを巻きつけました。
そう、その赤い布きれはリボンでした。
リボンにしては幅広のその布はサテンのような光沢があり、複雑な織り柄が入っています。
どう見ても高そうなリボンを、彼女はぐちゃぐちゃの髪に適当に結んでしまいます。
蝶結びは斜めに傾いて、左右の長さも違う。
しかし、なんの問題がありましょうか。
いや、ない!
ありません!
なんの問題もありません!
こんな素敵なものをお持ちなら、もっと早く見せて下さればよかったのに!
素敵! 素敵です!
こんな幅広おリボンもお似合いです!
ですが、彼女の表情は更に険しくなります。
ほとんど鏡が割れんばかりの勢いで睨みつけていたかと思うと、また箱の中をあさり出しました。
今度はなんでしょう。
期待にはちきれそうな思いで見守っていると、そこから出てきたのは口紅でした。
- 145 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:28:08.08 ID:jdIqzMEr
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口紅!
彼女が口紅をしているところなど、見たことがありません。
それが今日に限って口紅です。
一体どうしたというのでしょう。
盆暮れ正月が一気にやってきたような気分です。
こんな僥倖、あってもよいのでしょうか。
ああ私、柱をやってきてよかった……。
今日ほど痛切にそれを感じたことはありません。
私の木生はこのためにあったのです。
柱として一片の悔いなし。
彼女はくるくると口紅を繰り出し、そして鮮やかな赤をぐいと唇に引きました。
はっきりした顔立ちが更に華やかになり、肌の色もぱっと明るくなります。
──ちょっと、カメラー! 誰かカメラ連れてきて下さーい!
大変です。もう大変です。
私も大変ですが、他の皆も大変です。
カメラ! カメラどこいった! カメラいねーのかよ!
ったく、使えねーな! ビデオでもいいぞ!
ビデオなんてもっとないわよ!
チクショウ、じゃ念写だ! 誰でもいい、気合いで撮れ!
馬鹿ね、できるわけないでしょ!? どこに無茶振りしてんのよ!
くっそ、じゃあ魚拓! 魚拓だー!!
はァァァァ!? なに言ってんのあんた、殺されるわよ!
私たちの喧噪も知らずに彼女ががっくりと肩を落としてため息をついたその時、部屋のドアをノックする音が響きました。
ぎくっと振り返った彼女の視線の先でもう一回、ドアが鳴ります。
「レヴィー」
ドアの向こうから聞こえてくる緊張感のない声は、あの男です。
昨日彼女が追い出した、あの男です。
「レヴィ、俺だけど」
またしてもノックされる音に、彼女はわたわたと両手を泳がせました。
このままでは出ていけない、けれどなにをどうすればいいのだ、そんな様子で自分の格好とドアとを交互に見やります。
「いるんだろ、レヴィ」
クソッ、と小さく毒づくと、彼女は頭のリボンを乱暴にほどき、ひとつに束ねていたゴムを引っ張りました。
ほどけた髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわし、それから鏡の中で口紅に気づき、手の甲でぐいと荒っぽくぬぐいます。
それでもまだ残っているのを見ると、今更のようにティッシュを引き抜いてごしごしと唇を拭きました。
「レヴィ、開けていい?」
かちゃかちゃと鍵穴が音をたて始めたのを耳にするや、彼女は慌てて叫びました。
「バカ! 待て! 開けんな!」
自分の着ているベビードールを忌々しそうに見下ろした彼女は、脱ぎ捨ててあったタンクトップを引っつかみます。
そしてベビードールの上からタンクトップをかぶりました。
「レヴィ、開けてくれよ」
「待てって!」
叫びながら、彼女はタンクトップの裾からはみ出たベビードールを押し込みます。
タンクトップは臍が見えるほどの丈しかないため、ひらひらと腰骨まで覆うベビードールは下からはみ出てしまうのです。
- 146 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:28:49.61 ID:jdIqzMEr
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ぐいぐいと苦労してなんとかベビードールの裾を押し込むと、彼女は足をもつれさせてドアまでたどりつき、鍵を外しました。
「なんか用か」
彼女は荒い息をさせてドアの向こうの彼を睨み上げます。
「ああ、ちょっと忘れ物しちゃったみたいで」
「忘れ物!?」
──忘れ物ですって!?
てっきり昨夜のことを謝りにきたのかと思っていた私は、彼の言葉に耳を疑いました。
「うん、財布と腕時計」
彼は臆面もなく頷きます。
なんて図々しい。
よしんばそれが事実であったとしても、その前に言うことはないのでしょうか?
無礼にもほどがあります。
「入ってもいい?」
彼の厚かましい申し出に、彼女は舌打ちしながらも体をどけて部屋へ招き入れてやります。
ああ、優しい。
レヴィ嬢はなんて優しいんでしょう。
部屋の中に入った彼はぐるりとあたりを見まわし、そしてサイドボードの上で視線をとめました。
「ああ、あったよ」
彼の財布と腕時計は、テレビの横にまとめて置かれていました。
「……それにしてもレヴィ、どうしたんだ? この部屋、昨日よりすごいことになってないか?」
財布を尻ポケットにしまいながら、彼が部屋の中に視線をめぐらせました。
彼女があちこちから引っ張り出した箱やら布やらで、部屋の中は嵐の後のようです。
「……うっせ。あんたにゃ関係ねぇだろ」
ぷいと彼に背中を向け、彼女は散らかったものを足で蹴飛ばして部屋の隅に寄せます。
「用が済んだならとっとと帰れよ」
「……なぁ、どうしたんだよ、レヴィ」
ごとっ、ばさっ、と足の先でガラクタの小山をつくる彼女に彼は歩み寄りましたが、
「どうもしねェよ」
またしても彼女に背中を向られて、小さくため息をつきました。
なんなんでしょう、この男は。
なんですか、その態度は。
昨夜の自分の所業を分かっていないのか、分かっていてこれなのか。
どちらにしても万死に値します。
「ちょっと、そこのブリキの箱」
いいことを考えました。もう我慢なりません。
私は棚の上に載っかっている大ぶりのブリキの箱に呼びかけました。
「えっ? 俺?」
「そう、そこのあなたです」
ブリキの箱は、天井近くの棚の上で中途半端にせり出しています。
「あなた、落ちなさい」
「えっ!?」
察しの悪いブリキの箱に、私は重ねて言いました。
「落ちるのです、あの男の上に」
彼は今、ブリキの箱が載っている棚のすぐ隣にいます。
箱が落ちればドンピシャで脳天直撃です。
──子供っぽい仕返しだということは分かっています。
けれど私は、どうにも我慢がならないのです。
こんなことをしたってなんの解決にもならない。それは分かっています。
それでも、こんな無神経な男を野放しにしておいたのでは、私の腹がおさまらない。
- 147 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:29:33.85 ID:jdIqzMEr
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「そんなー、無理だよ」
ブリキの箱が困った声を上げますが、その無理、なんとしてでも通して頂きましょう。
「なせばなる、なさねばならぬ何事も、です。さあ、おやりなさい!」
「えー」
ブリキの箱はいかにも不満そうでしたが、ありがたいことにそこに私への援軍がありました。
「ごちゃごちゃぬかしてんじゃねェよ!」
「てめェはこの男が憎くないのか!」
「さっさとやれよ、この廃棄物!」
廃棄物、と聞いてブリキの箱がムッとしました。
「あっそ、じゃあ見ててもらおうじゃないの」
ブリキの箱は身震いすると、がた、と体をゆすりました。
「いいぞ!」
「やれ!」
部屋のあちこちから声が飛びます。
「ちょっと、棚も手伝ってよね!」
ブリキの箱はうんうん言いながら自分の載った棚にも協力を促します。
「お、動いたぞ!」
「いいぞ、もっとだ!」
ぐらついた棚の助太刀があって、ブリキの箱は少しずつ空中にせり出していきます。
「もうちょっとだ!」
「いけ!」
もともと不安定な載せられ方をしていた箱です、あと少し重心が移れば、めでたく彼の頭の上に落下です。
その時、彼が棚の側面に片手をつきました。
──ナイスアシスト!
その一押しで、ブリキの箱はぐらりと傾ぎ、ゆっくりと落下を始めました。
──いけ!
その時です。
「危ねェ!」
──え?
彼の脳天を直撃するかに思われた箱は、直前で、彼を押しのけた彼女の体にぶち当たっていました。
ゴォーンと、長く尾を引くいい音がしました。
──なァにやってんだてめえぇぇぇぇぇ!
部屋の中は私たちの怒号で満ちました。
「ふざけんなよ、この鉄クズが! レヴィさんに落ちてんじゃねえええよ!」
「どこ見てんだウスラボケ! スクラップにすんぞコラァ!」
「そ、そんな、だって落ち始めてからレヴィさんが……」
ブリキの箱は泣きそうになりながら弁解しますが、その声は一瞬にしてかき消されました。
「あああん!? レヴィさんのせいにしてんじゃねえ!」
「重力ぐらい根性でこらえろ!」
「軌道なんか気合いで変えろ!」
- 148 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:30:10.05 ID:jdIqzMEr
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「ちょっとお待ちなさい!」
本音としては今すぐそこに加わりたいところでしたが、
ブリキの箱へ集中砲火を浴びせることに余念のない一同を、私は制しました。
「大丈夫か、ロック!?」
「……ああ、大丈夫だよ」
突き飛ばされた彼は尻餅をつき、その上に彼女が庇うように覆いかぶさっています。
「クッソ、あんなとこから落ちてきやがって……」
忌々しげに棚を見上げる彼女の下で、彼は手を伸ばしました。
「レヴィこそ大丈夫か? すごい音したけど……」
彼の手は、彼女の腕に触れます。
「ここ、赤くなってない?」
彼を突き飛ばすと同時に腕で頭を守ったため、彼女の右腕にブリキの箱が当たったのでしょう、
確かにそこは赤く腫れていました。
「大したことねェよ」
彼女は彼の手を振り払いましたが、彼はそれをものともせずに今度は肩へ手を伸ばします。
「ああ、ここもだ」
「だから大したことねェって」
そう言って顔をそむけながらも、彼女の顔は怒りの表情にはほど遠い。
ごめん、ありがとう、そう言われて、……ん、と返すその横顔など、
「こそばゆい」「甘酸っぱい」としか形容しようのない表情です。
──もしかして私、仲直り、させちゃいました……?
なんということでしょう。
彼に一泡吹かせてやりたかったはずが、いつの間にかすっかりふたりはイイ雰囲気です。
「あ、レヴィ、そこ」
「ん?」
「血、出てない?」
そう言って彼が取ったのは、彼女の右手です。
その手の甲には、先ほどぬぐった口紅が赤くついている。
「──出てねえよっ!」
彼女は急いで手を引き抜きましたが、しかし、そこについていたのが血でないのは彼にも分かったでしょう。
頬を赤くして睨みつける彼女と顔を見合わせ、そして後ろに隠そうとする彼女の手を覗き込もうとしましたが、
その彼の目は、今度は別のところでとまりました。
「なにこれ?」
彼の指がつまみ上げたのは、彼女のタンクトップの裾からぴろんと顔を出していた黒いシフォン。
そのまま引っ張ると、するするとこぼれ出てきました。
「──なっ!」
慌てた彼女が急いで制止しようとしますが、もう後の祭りです。
無理矢理タンクトップの中に押し込められていた黒いシフォンの裾は、全部だらりと出てきてしまいました。
「なんでもねェよ!」
またしまい直そうと無駄なあがきをする彼女の手を、彼はくすりと笑って押しとどめました。
- 149 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:30:49.08 ID:jdIqzMEr
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「レヴィ」
「──ンだよ」
「見たい」
「──は?」
「見せて」
彼は、彼女が呆気にとられているのをいいことに、タンクトップをめくって脱がせようとします。
「──ちょ、ちょっと待て! なにやってんだこの野郎、待て!」
急いで彼女はタンクトップの裾を握って引き下ろしますが、彼の方も離しません。
「見せてよ」
「嫌だ」
「いいじゃないか」
「ぜってェ嫌だ!」
二人はどちらも引きません。
しばらく睨み合っていましたが、しばらくして、裾を引き下ろす手をゆるめない彼女に根負けしたように、彼が口を開きました。
「脱ぐのと脱がされるの、どっちがいい?」
その言葉で、彼女の顔は更に赤く、更に憎々しげなものに変わりました。
ぎりぎりと目をつり上げて彼を睨みつけます。
が、ふいに立ち上がり、どかどかと部屋の明かりのスイッチのところまで歩み寄ったかと思うと、
叩き壊すがごとくバチンと殴り消しました。
どうやら根負けしたのは彼ではなく、彼女の方だったようです。
「──消しちゃうの?」
「嫌なら見んな」
窓の外では、地平線の向こうに消えた太陽の最後の残光がただよっています。
そのおかげで部屋の中は真っ暗にはならず、ほのかな陰影が残ります。
彼女は真正面に立つ彼から顔をそむけ、タンクトップをめくり上げました。
交差させて裾をつかんだ両手を顎の下まで持ち上げ、そして頭上高く伸ばす。
タンクトップの下で押しつけられていたベビードールが、ふわりと空気をはらみました。
持ち上げた腕につられて、薄いシフォンに包まれた丸い乳房も持ち上がります。
頭、そして腕も引き抜いてしまうと、彼女は脱いだタンクトップを無造作に放り投げました。
腕一本伸ばした距離で、彼はじっと彼女を見つめています。
彼女は顔を逸らせたままです。
エアコンの微風にあおられて、軽いシフォンの裾がわずかにゆらぎました。
「……似合わねェんだよ、こういうのは」
沈黙に耐えきれなくなったのでしょう、彼女がぼそりと吐き捨て、左手で右の二の腕をこすりました。
彼はその手を取ると、体の脇に戻させます。
「どけて」
そしてまた、薄いベビードールに包まれた彼女の体をじっと見る。
細い肩紐が引っかかった両肩、サテンのリボンでできた蝶がとまっている谷間、薄いシフォンにやわらかく覆われた乳房、
彼の視線がゆっくりと彼女の体の上を這っていくのが分かります。
視線だけをさまよわせていた彼は、やがて右手を持ち上げました。
一歩彼女に寄り、ゆっくりと手を伸ばします。
そして親指の腹で、つんと小さく持ち上がっていた彼女の乳首をシフォンの上からなぞりました。
──んっ、と小さく息を飲んで瞬間的に体を引いた彼女を追って、
彼の掌は静かに広がり、今度は乳房全体を包み込みました。
乳房の曲線に変形した掌は、そのやわらかさを確かめるようにゆらぎます。
下から上へとすくい上げ、そして親指がじわりと薄布を這う。
親指の腹がわずかに沈み、シフォンごと、乳房が寄せ上げられます。
彼の手の動きによって細い肩紐が浮き上がり、片方だけ、するりとすべり落ちました。
彼女の肩口を乗り越えて二の腕に垂れ下がった肩紐を見てとると、
彼は乳房から手を離し、細い肩紐をつまんでまた元の位置まで引き上げました。
- 150 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:31:27.89 ID:jdIqzMEr
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「……もう、いいだろ」
息苦しそうに、心持ち上擦った声で彼女が言いました。
彼の視線から逃れるように背中を向けようとします。
「まだ」
その彼女の腕を、彼の手が捕まえました。
「まだ駄目」
ぐいと一気に距離をつめると、彼はベッドの方に向き直り、そしてそのまま彼女の体を押し込みました。
「──ちょっ」
もう後ろに下がれるスペースのなかった彼女は、押されるがままに背後のベッドへ腰を下ろすしかありません。
「なっ──」
ベッドの上で後ろ手に手をついた彼女を、彼は更に押し倒しました。
彼の体重もベッドにかかり、ぎし、とパイプがきしみます。
彼女が文句を口にする前に、彼は彼女に覆いかぶさって口づけていました。
片手で顎をとらえてシーツに押しつけ、手首も顔の脇で固定する。
彼の片膝で脚を割られた彼女はしばらく抵抗の気配を見せていましたが、やがて、その体からふっと力が抜けました。
彼の唇に誘われるように彼女の唇も開きます。
その瞬間、彼の背中が、ぐいと平たく沈みました。
ふたりの体はベッドにめり込むようにして重なり合います。
彼の頭がわずかに傾き、その下で彼女の頭も逆に傾いて、更に深く重なるのが分かります。
つながったふたりの口腔内では、舌がからんでいるのでしょう。
長い口づけが終わった時には、ふたりの脚はもう、ベッドの上にありました。
彼は自分の体の下に組み敷いた彼女の姿をじっと見つめます。
ベビードールの裾はふわりと左右に開いてシーツの上に落ち、彼女の腹を露わにさせていますが、
胸元で結ばれたリボンのせいで完全に開ききることはなく、ふたつの丸い乳房は薄布に覆われたままです。
彼がその丸みの頂点を指でなぞると、すぐに彼女の乳首は小さく尖りました。
硬くたち上がり、薄いシフォンを下からつんと押し上げます。
彼はゆっくりと頭を落とし、シフォンを突き上げる突起に唇を寄せました。
薄布越しでも分かる色づいた先端を口に含み、間に挟まったシフォンごと、ねぶります。
「──んっ」
彼女の喉が小さく鳴りました。
彼はもう片方の突起へも手を伸ばし、そちらも指の腹で撫でます。
硬く押し返してくるのが分かると、人差し指と中指の間できゅっと挟む。
両方の乳首を弄られて、彼女の唇から、はぁっ、と湿った吐息が漏れました。
彼が唇を離すと、そこは唾液で濡れて、薄いシフォンがぴったりと張りついていました。
濡れて更に透明度を増した布のせいで、彼女の乳首の形がはっきりと分かります。
逆の先端も、彼は同じように口の中で転がします。
ベッドの上に立てられた彼女の膝が、きゅっと内側に締まりました。
彼の手はするすると彼女の体をすべり落ち、脚の間にたどりつきました。
黒い下着の上でも、彼の指は生き物のように這いまわります。
中指と薬指でくぼみを探り、ゆるくこねて、そしてさすり上げる。
その先で中指の腹がくるくるとうごめいたかと思うと、また戻って、二本の指が奥をまさぐる。
くにゅ、とその下のやわらかさを伝えるかのごとく、湿った下着が内側へ食い込みました。
彼は自分の着衣には構いもせず、彼女の下着を引き下ろしました。
膝の上まで下げると、今度は直接、彼女の脚の間に指を這わせました。
ゆるゆると指を泳がせ、ちゅ、くちゅ、と小さな水音がたつまで念入りにとろかしてから、
彼の中指は彼女の内側に沈んでいく。
最初は指先がもぐり、第二関節が消え、最後にはつけ根までが完全に沈みます。
「ん、──」
体の内側で指を動かされた彼女が息をゆらしますが、
彼の唇は、薄いシフォンごと乳首をこねるのをやめません。
彼女のなかにはいった中指はわずかに上下して、彼女の内側を撫でます。
指が往復するたびに彼女の体からは蜜がにじみ出してきて、くちゅ、にちゅ、と濡れた音をたてました。
彼女の腰がもどかしそうにゆらぎ始め、彼の指はいよいよ自由に行き来する。
ちゅうっ、と彼が彼女の乳首を吸いたてると、
ベビードールをまとった彼女の上半身が弓なりに反り返って、鋭く胸郭が浮かび上がりました。
- 151 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:32:09.89 ID:jdIqzMEr
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やっと自分の服も脱ぎ捨てた彼の体は、完全に彼女に欲情していました。
彼の生殖器は上を向いて張り詰めています。
ベッドに仰向けに横たわった彼は、彼女を自分の上に跨らせました。
彼女が身を翻らせると、ベビードールの裾がふわりとゆれて、その向こうに彼女の体が透けます。
彼は彼女の腰を、硬く膨張した自分の生殖器に導きます。
彼女が穿いていた下着は、もうベッドの隅です。
濡れた粘膜が彼の先端にぴたりと吸いつき、そして彼女が腰を落とすと、
彼のそそり立った生殖器はゆっくりと体の中にもぐってゆきました。
くぅっ、と彼女の喉が短く鳴り、頭がかくりと落ちます。
腰が完全に落ちきると、彼女の体の奥からは深いため息があふれ出ました。
彼の膨張した生殖器は今や完全に彼女の体の中に取り込まれています。
彼女はその薄く締まった腹の一体どこに、彼をすっぽりと受け入れる空洞を隠しているのでしょう。
彼をすべて内側におさめても、彼女の腹は依然として平たいままです。
けれど、わずかに乱れた息で、確かに彼女のなかは彼で満ちているのが分かります。
彼女は頭を落とし、腰をゆらめかせます。
長い髪の毛が顔の両脇でそよぎ、
わずかに前のめりとなった彼女の体からベビードールが流れ落ちて彼の腹をくすぐります。
靄のような薄布越しに、彼女の体がなめらかに波うつのが透けて見えます。
腰は獲物を前にした猫のようなしなやかさでうねり、締まった腹の上では乳房がとろける曲線を描いている。
彼の方も下から彼女を穿つ、そうやってふたりが体をゆらすたびに、ベビードールはふわりふわりとたゆたいました。
彼女が腰を浮かせると、彼の生殖器がぬるりと姿を現しました。
それはたっぷりと濡れて、もう太陽の残光がほとんど消えた部屋の中でもぬれぬれと光を放っています。
彼をこんなにも潤す彼女の内側は、どんなにとろけているのでしょう。
私には想像もつきません。
ふたつに割れた丸い尻の間で、彼の上下に合わせてやわらかく伸び縮みする薄い襞はまるで、濡れた花びらのようです。
彼らの交わりは、私がこれまで見てきた人間の性交の中で、もっとも静かです。
そこには嬌声も言葉もほとんどありません。
けれど、余計なものをなにひとつ外に出さないふたりの体の中では、
快楽と感情がどんどんと色濃く煮詰まっていくように見えました。
閉じ込めれば閉じ込めるほど、それは濃密さを増して膨れ上がる。
そしてついに耐えきれず漏れてしまった滴りの、なんと淫靡なことか。
こらえ損ねた彼女のかすれた甘い声、あふれ出してしまった蜜の音、
それらが空気中に溶け込んで、私の元へ届きます。
ふたりがつながったところからは、ぬちぬちと粘膜のこすれ合う音がします。
上になった彼女はベッドに両手をつき、ぎゅっとシーツを握りしめる。
──はぁっ、と時折こぼす息とともに、細い髪の毛がさらさらとゆれます。
彼は彼女の腰にやっていた手を片方離すと、その手で垂れ下がっていた彼女の髪をかき上げました。
動きを止めた彼女に笑みを送ると、彼女もうっすらと同じものを返す。
ふたりの視線は宙でからみ合います。
髪をすくい上げた彼の手は、彼女の頭に沿わせて撫でつけ、そして頬を包み込みました。
頬から首、首を撫で下ろして鎖骨のくぼみに親指が沈み、
それから彼の手は彼女の胸元へとすべり落ちてゆきました。
体をゆらすたびにふるふると震える乳房を、彼はベビードール越しに掌の中へとおさめました。
その重みを確かめるかのように、下から受けとめます。
やがてもう片方の手でも乳房を包み込み、やわやわと揉み込むと、
彼は両の掌を彼女の乳房から背中へ向かってすべらせました。
背中にまわった掌は蜘蛛のように大きく広がり、
そして、彼女の腰に向かって体のラインをなめるように這い落ちました。
その時、彼女の体がつくった曲線。
それは、私が今まで見た曲線の中でもっとも美しいものでした。
- 152 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:32:55.26 ID:jdIqzMEr
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彼はベビードールの前を合わせている蝶結びに手を伸ばすと、ゆっくりとその紐を引っ張りました。
彼女の乳房の真ん中で蝶結びはするするとほどけ、そして蝶が完全にまっすぐなリボンになってしまうと、
薄いベビードールはふわりと左右にはだけました。
前屈みになった彼女の背中から、薄布が流れ落ちます。
彼は肩紐をつまんで引き下げ、シフォンを彼女の肌から剥がしました。
彼女の体にまとわりついていた時は羽衣のようだったベビードールは、
ベッドの隅に放られた途端、ただのふやけた抜け殻となりました。
やっと肌と肌とを直接触れ合わせることができた彼らは、折り重なって抱き合いました。
彼女の裸の乳房が、彼の胸の上でやらわかくつぶれます。
彼はそんな彼女の背中を強く抱き寄せると、激しく腰を突き上げました。
「──あ、…………くぅ……っ」
彼の体の上で、彼女の体がこわばります。
しかし彼はなおも強く彼女の背中をとらえ、彼女の内側をえぐります。
「あ、──あ、………………んんっ──」
ぱん、ぱん、という肉のぶつかり合う音に混ざって、彼女の唇から小さく声が漏れます。
背中を震わせて彼の肩口に顔をうずめる彼女の声はくぐもって、私の位置からはごくわずかにしか聞こえません。
その声は、彼の耳元で一体どんな風に響いているのでしょう。
吐息とともに耳の奥へと流し込まれる声は、彼の外耳で反響し、彼にだけ聞こえる音となって鼓膜を震わせているのでしょうか。
彼女の背中では、肩胛骨がぐいっと尖ります。
彼は彼女の腰を片腕でとらえたまま、その肩胛骨の山をもう片方の手で包み込みました。
彼女の顔は流れ落ちた髪の毛の陰になって見えません。
開いた体の真ん中、濡れた粘膜が口を開けているそこには、
彼の筋張った生殖器が何度も何度もなめらかに出入りしています。
体の中を往復される彼女の体はこわばり、わずかに震えているのだけが分かります。
- 153 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:33:56.64 ID:jdIqzMEr
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彼は激しく突き上げていた腰をふと止めると、彼女を貫いたまま体を反転させました。
ぴったりと密着していたふたりの体は、案外簡単に上下が入れ替わります。
ただベッドだけが、派手な体重移動に大きなきしみを上げました。
シーツに彼女を押さえつけた彼は、今度は上から、彼女をゆさぶりました。
「──ん、……ぁ…………っ」
彼女の片脚の膝裏に手を差し込んで突き動かすその隙間から、
彼の生殖器が彼女の脚の間に出入りするのがかすかに見えました。
今や彼女の体は完全にうるんでいて、彼の体がどう動いても、ぬちゅ、ちゅく、という濡れた音を上げます。
彼の腕に持ち上げられた片脚にはすっと筋が浮き、足の甲はまっすぐに伸びている。
とろけた蜜が体の内側からこぼれ、肌を伝い、シーツに透明なしみをつくります。
部屋の中の湿度は増し、水音であふれ、ふたりの体は発熱しています。
私の木肌はしっとりと濡れ、部屋の隅に立てかけられている銃はほのかに熱を持ち、
物陰で育っていたカビは胞子を飛ばそうとし、
窓の外ではブーゲンビリアが音もなく咲きこぼれ、その赤色を増す気配がします。
部屋の中は、煮詰まった熱情でむせかえりそうです。
絶頂が近くなると、ふたりは呼吸少なになります。
息継ぎの時だけ鋭く空気をゆらし、あとは体の中からなにも逃すまいと、息を詰める。
腰の動きが速まって、ついに極まった時の彼女は、いっそ苦しそうです。
ぎゅっと目をつむり、指先もつま先も硬くこわばらせて、痙攣を繰り返す。
彼にすがりつくように、体が何度も波うちます。
激しい快楽とは、むしろ苦しいものなのでしょうか。
けれど、その波が過ぎ去ったあとの彼女の体はくったりとやわらかく、彼と目線を見合わせる顔は穏やかです。
激情が通り過ぎてもまだ埋み火が指先に残っているかのように、ふたりは指をからませ合いました。
そのふたりの間に、もはや昨夜の諍いの種はどこにも見当たりません。
これは、どういうことなのでしょう。
ふたりの間には、謝罪も許しもなかった気がします。
それなのに、今は何事もなかったかのように並んで横たわっている。
人間というのは肌で会話ができるものなのでしょうか。
いいえ、そんなはずはありません。
そんなことは聞いたことがありません。
しかしこのふたりを見ていると、なぜか、触れ合ったところから確かに感情が行き来しているように感じるのです。
- 154 :ロック×レヴィ 柱の話 ◆JU6DOSMJRE :2011/07/31(日) 21:36:27.80 ID:jdIqzMEr
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「レヴィ」
「あ?」
やっと呼吸の静まった彼が、彼女に話しかけました。
「そのベビードール、……どうしたの?」
問われた彼女は答えたくなさそうに眉を寄せて押し黙りましたが、やがて渋々口を開きました。
「……昔ローワンとこでバイトしてた時に、着ろって押しつけられたんだよ」
「──着たの?」
彼に顔を覗き込まれて、彼女は嫌そうに顔をしかめました。
「着ねェよ。冗談じゃねェから、なくしたっつった」
「で、こっそり持って帰っちゃったのか?」
笑いを含んだ彼の声に、彼女は「ああ」と苦々しげに返します。
「誰が着るか、こんなん」
むっすりと不機嫌な彼女を前に、でも、と彼はなにかを言いかけました。
「なんだよ」
言いよどんだ彼の方へ、彼女は顔をめぐらせます。
「いや、あの」
言いにくそうに口ごもった後、彼はぽそりと言いました。
「そのベビードール、……似合ってた、よ」
その彼の言葉を聞いて、私は笑い出しそうになりました。
今になって「似合ってた」だなんて。
そして、これしきのことを言いよどんでいたなんて。
もしかして、この男もまた、照れ屋なのかもしれない。
私はそう思い始めていました。
彼女は大変な照れ屋です。
今、この男から「似合ってた」と言われて盛大に顔をしかめ、
「でたらめ言ってっとロアナプラ湾の藻の養分にすんぞ」
などと頬を赤らめているのがいい証拠です。
彼もまた、もしかしたら彼女と同様に照れ屋なのかもしれません。
彼が今日この部屋に来たのだって、忘れ物は口実で、本当は昨夜のことを気にしていたのかもしれない。
このふたりは互いに負けず嫌いで強情っ張り、そして不器用です。
そんな似たもの同士のふたりには、このふたりなりのやり方があるのでしょう。
私にとってなによりも重要なのは、彼女が笑って毎日を過ごしてくれることです。
泥の目をした彼女も、鉄錆のような彼女も、どんな彼女であっても変わらず愛おしい。
それは確かです。
しかし、私がもっとも望むのは、やはり彼女には笑っていてほしいということなのです。
今まで笑ってこられなかった分をも取り返すように。
そして悔しいことに、そんな彼女の表情は、この男が引き出すことが圧倒的に多いことを認めねばなりません。
やはり彼女は、この男のことが一番好きなのです。
さて、長話が過ぎました。
そろそろお喋りの時間は終わりです。
負け犬たる私は負け犬らしく、潔く最後にこれだけ申し上げて黙ることに致しましょう。
「もし、そこのロックとやら。お前、この娘を幸せにしなかったら、ブッ殺しますよ」と。
了