- 93 :名無しさん@ピンキー:2011/07/24(日) 22:58:11.51 ID:Nauz7mDI
- それは一瞬の事だった。
乾いた銃声が2発響いたと同時に彼女の体が崩れ落ち、頭から叩きつけられたのは。
それはまるで、日本で子供たちにレクチャーしていたあの時の姿のようだった。
対峙していた名も知らぬ相手は彼女と相討ちとなったのだろう。
少し離れた場所で、彼女と同じように物のように地面に転がっていた。
俺は倒れた彼女に駆け寄ると傍らに膝をつき、彼女の身体を抱き起こした。
「…レヴィ」
掠れた声で彼女の名を呼んだ。
彼女の胸には小さな穴が空いていた。
荒く不規則な呼吸が吐き出され、忙しなく胸が上下するたびにそこから押し出されるように真っ赤な血があふれだす。
彼女は激痛を堪えるようきつく閉じていた目をなんとかこじ開けた。
瞼がひくひく震えている。濁った目が、なんとか俺を捉えた。
「…レヴィ」
彼女の唇がゆっくり動き、言葉を紡ぐ。
―ロック
確かに、そう動いた。
「ああ、俺だ。ここにいるよレヴィ」
俺の声が届いているのかはわからない。彼女は苦しそうな息を吐きだしながら俺の目を見つめているだけだった。
「…レヴィ、 しっかりしろレヴィ!」
馬鹿みたいに繰り返し名前を呼ぶ。
彼女の唇がわずかに歪んだ。それはまるで、笑っているかのようにも見えた。
「レヴィ…」
彼女の瞼が伏せられる。腕がだらんと力なく垂れ下がった。
「レヴィ…?」
浅く繰り返された呼吸が静まる。
「レヴィ、どうしたんだ? 目を開けろ、なあ…」
身体を揺っても、彼女は応えない。
―あたしらの行き着く先なんてな、泥の棺桶だけだ。
いつしか彼女が言った言葉が頭のなかに甦る。
「…レヴィ」
俺は薄く開かれたままの彼女の唇にそっと口付けた。だけど、もう彼女は何の反応も示さない。いつものように応えてはくれない。
彼女は、もういないのだ。
酒が入って上機嫌になった時の子供っぽい笑顔。
この世全てに唾を吐くかのような、憎しみに満ちた目。
腕の中に閉じ込めた時の照れ臭そうなしかめっ面。
ベッドの中で見せてくれた、女としての姿。
隣で眠る時のあどけなくて安心しきった寝顔。
愛して止まなかった彼女の姿が頭の中でぐるぐる回る。
お前が銃なら、俺は弾丸。お前がいなければ俺はただの鉛に逆戻りだ。
俺の銃は唯一無二のお前だけ。変わりなんていらない、有り得ない。
…だから、俺を一人にするな。
- 94 :名無しさん@ピンキー:2011/07/24(日) 22:59:03.21 ID:Nauz7mDI
-
解っていた。
故郷と決別し、自分の中で「岡島緑郎」が完全に「死んだ」時、この街で全てを見届けると決意した時から、わずかな時間しか共にいられないであろうことくらい。
俺の選んだ場所は「そういう場所」であり、俺たちは「そういう人間」なのだという事くらい。
誰がいつ、「こう」なろうとおかしくない人間であることくらい。
頭では理解していても、それでも今は全てが憎かった。
彼女のいないこの世界に、何の意味がある。
彼女を俺から奪ったこの街に、何の価値があるというんだ。
レヴィ、俺もすぐにいくよ。
だけど、最後に1つやるべき事がある。
この街を、壊してやる。
ここは死人の街、生者などいやしない。
ならば死人は在るべき所へ。
銃のない俺がどこまで行けるかわからない。彼女のように弾丸に貫かれ、明日にでもあっさりと終わってしまうかもしれない。
それでも…やってやる。
自分の全てを賭けて。そうだ、今度賭けるものは俺自身。最高のイカしたゲームの始まりだ。
この街の死人同士をぶつけ合い、一人でも多くの死人を在るべき場所へ引きずり戻してやろう。
ホテルモスクワ、三合会。そして、暴力教会のエダ。彼女の背後には、間違いなく巨大な力がある。予想が正しければ、それはきっと…前者よりもあまりに巨大な勢力だ。
イカれたジャンキーですら正気に戻って逃げ出すくらいに、まさに絶望的な戦いだろう。
…それがどうした。
上等だ、やってやるさ。
彼女へのでかい土産話だ。きっと笑って聞いてくれる。「あんたは本物の大馬鹿野郎だ」って。
彼女の上半身を抱き起こし、向かい合った形でその身体をきつく抱き締める。
彼女の血が白いシャツを染め上げたが、構わなかった。
この血が俺の中に染み渡ればいい。深く深く刻まれたこの傷口から、俺の全身に。
「愛してるよ、レヴィ」
もう動かなくなった彼女の耳元にそっと囁いた。
そして俺は、これから訪れるであろう終焉を思い浮かべながら、小さく笑みを浮かべた。
- レヴィ視点
- 98 :名無しさん@ピンキー:2011/07/25(月) 22:23:24.28 ID:YvLVfusk
- 自分がろくでもない末路を辿ることなんて解っていた。 どんなに名を馳せようとも、何百人をも葬る手に入れていようとも、結局は悪党の最期なんて惨めなもんだ。
だから、あたしの心臓を弾丸が貫いたとき、やけに冷静にその事実を受け止めた。
ああ、これまでかと。
来るべき時が来たのだと。身体にこんなちっぽけな穴が空いたくらいで、あたしは死ぬ。今まであたしが殺してきた奴らと同じように。
…全く、ろくなもんじゃねえな。けどまあ、仕方ねえか。
自分でも滑稽だと思うほどに、すんなりとそれを受け入れようとした。
…それなのに、あたしの身体をあいつが抱え上げた時、あたしの中で迷いが生まれた。
こんな感情、あたしには必要ないはずだった。
金にも力にもならない無意味なモノ。弱さにしかならないモノ。
あのごみ溜めのような腐った街で殺されかけたあの夜に、あたしには決して与えられることなどない、それを得たいと願うだけ無駄なものだと捨て去ったはずのモノ。
……愛情というもの。
あたしを呼ぶ声に応えたくて、必死で目をこじ開ける。
言いたかった。なに間抜け面してんだ情けねえなと笑ってやりたかった。
だけどあたしの身体に限界が来ている事は解っていた。視界は曇っていて、あいつの顔がよく見えない。触れたいのにもう腕が上がらない。
だからせめてとあいつの名を呼んだ。声は出なかったが、伝わる事を願って。
「ああ、俺だ。ここにいるよレヴィ」
…ああ、良かった。届いてる。
- 99 :名無しさん@ピンキー:2011/07/25(月) 22:25:46.94 ID:YvLVfusk
-
ロック、あんたともっと一緒にいたかった。
あんたと引っ付いて眠るのが好きだった。
あんたに名前を呼ばれながら、馬鹿みたいにやさしく抱かれるのが好きだった。
その行為が、暴力の延長でも奪われ踏みにじられるだけの屈辱的なものでもないって事を教えてくれたのはあんただった。
本当に馬鹿だ。この期に及んで、今さら…生きたいと願うなんて。
…ロック、あたしはあんたを愛してた。
あたしの死は、あんたの傷になるのだろうか。日本で自らの喉を貫き生き絶えたあの女のように。
あんたを傷付けるものは何であろうと許せないのに、肝心の自分がそうなるのであれば、なんとも皮肉な話だ。
だが、心のどこかでは、傷でもなんでもあんたの中に自分という存在が植え付けられれば嬉しいとも思う。
…全く、情けない事に。
あんたがこれからどう立ち回るかは解らない。あたしは結局あんたの肝心な心の奥底は解らず仕舞いだったと思う。
お互い誰よりも傍にいたけれど、やっぱり薄皮一枚隔てた距離があんたとあたしには間違いなくあったんだ。
もう銃は無い。ならば安全な場所で生きていくのだろうか?
…それとも、新たな銃を得てこの街で「見届ける」ことを選ぶのだろうか。
どう転んだとしても、生きて欲しいと思う。あんたにだけは生き延びて欲しい。
あたしはずっと、そのためにあんたを守ってきたんだから。
…どちらにしろ、あたしにはもう見届ける術はない。あたしはここまでだ。
だけどまあ、薄汚れた路上でも暗く冷たい海の底でもなく、初めて愛した男の腕の中で終われるなんて充分過ぎるくらいに恵まれた死に様だろう。
そんなささやかな幸福を噛み締めながら、あたしの意識は薄れていった。