52 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:42:58.38 ID:JHWcu54B
1/6
夜のロアナプラ、イエローフラッグ。
ネクタイを少し緩めながらいつものカウンター席につこうとした男に、店の主人が話しかける。
「よォ、二挺拳銃ならさっきエダとつるんでどっかに行っちまったぜ?」
「あ、そうなの...あー、まぁ、待ち合わせてた訳じゃないしな...」
とラグーン商会の丸腰水夫。
今日の仕事は別行動だったし、明日は休日だ。約束はしていないが、なんとなくいまや常連である酒場で落ち合い、どちらかの部屋へなだれ込む、そんないつもと同じ週末を期待していたのだが、仕方がない。
たまには独りでラムをちびちび舐めるのも良いかと腰を据える。

そういえばこの所レヴィは暴力教会によく行ってるみたいだと頭の隅で考えつつ2杯目を口に運んだ時、手元に影が落ち、ふわりとフローラルな香りが漂った。
「あの...ミスター?」
ロックが声の方向に目をむければ、そこにはおよそロアナプラに似つかわしくない、一言で表すなら美人OLの姿。
艶やかに肩口で切りそろえられたまっすぐな黒髪、縁なしの眼鏡、控え目なアイメイク、その奥の瞳は深いグリーン。
開襟で七分袖の白いブラウスは黒いブラがうっすら透けていおり、かっちりした膝丈のタイトスカート、オープントゥのサンダル、小さめのボストンバッグ。
「君は...?」
「あの、その服装からわたしと同じビジネスマンだとお見受けして...お隣いいですか?」
「あ、ああ、どうぞ」
多少面食らいながら椅子を促し、この辺りでは聞かないクイーンイングリッシュに耳を傾ける。

曰く、ビジネスでタイに来たが、仕事後に観光気分で歩いていたら治安の悪そうなこの街に迷いこんでしまった。今夜の宿も決まっておらず途方に暮れ、道を聞こうと入ったこの酒場で貴方を見つけた、と。
「おひとりでしたら一緒に飲みませんか?」
用意された台本のように状況を語る彼女をじっと見据える。
顔色を見られているのに気づいたのか居心地悪そうに髪を耳にかけながら彼女は続けた。
「ダメかしら?」
ロックは失礼にならない程度にその女性、名はアンブローシアと名乗った――を暫く眺めやって口を開いた。
「うーん、正直な所、君を信用しするにはその要素じゃ足りないな。でもただ単に酒に付き合うんなら、俺は今日ご覧の通りひとりなんだ。喜んで」
と破顔する。
目を見開いてありがとうと答えた女は、眼鏡を触りながら顔を一瞬背け、小さく舌打ちした。

53 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:44:18.84 ID:JHWcu54B
2/6
遡ること1週間前、暴力教会礼拝堂。
大量の酒瓶を前に昼間から飲んだくれる女がふたり。
「あーっ、ったく、うっせえなぁ、しつけぇんだよ!」
「だぁぁぁぁー、ヤったかヤってないか答えりゃ済むってのにやけに引っ張るから気になるじゃないのさ〜」
「なんでテメーが気にすンだよッ!」
暴力教会のシスターはサングラスの奥で目をキラリと輝かせ、しかしながら口調を低めに答える。
「あー、この際だから言うけどよ、アタシあのロメオは結構好みなんだよ」
「......はァァ?」
「てめえは一応ダチだからサ、もしヤってんならアタシとしても気ィ使うけどな。そーじゃねぇってんなら一度お相手してもらいたいってな〜...ってどうよ?」
と上目遣い。
「ど、どうって、な、なんだよ...く、クソビッチ、あ〜、何だ、テメーはその、アイツの好みじゃねぇからよ、あっちから願い下げなんじゃねーの?」
しどろもどろになりつつ、エダの視線を避けてグラスをあおるレヴィ。
「ヘェ、ふぅん、言うじゃないのよ、ロメオの好みの女って、どんなんだよ?」
「どんなって...」
言い淀んだレヴィを促すように顎でしゃくってみせるエダ。
「あー、なんつーかお上品でニコニコしてってか...あー、ヤツが世話やきたくなる感じのたよりねぇ線の細い...だな、その...」
日本でロックがズルズル面をゆるませたハイスクールの女学生をぼんやり思い浮かべながら言う。
「...ってか、はぁーん?レヴィ、残念のがらお前はロメオの好みじゃねぇってことだなァっ」
苦々しく眉間にシワをよせるレヴィを無視して、ケケケと笑い飛ばして続ける。
「でもよー、まぁ、女には穴はある、色気で迫れば使わねぇオトコはいねぇだろ?好みのタイプじゃなくたって結構カンタンに食っちまえそうだけどな...?」
「...そうかもな...」
「だな、オトコなんざみんなそんなもんだしな?」
「あ、ああ、そうだな...うん」
「いや待てよ、ロメオがマジでインポかホモって線も考えられるな。女の影皆無だし、怪しいぜ?」
「...んなわけねぇよ」
「.........何でだよ」
「.........何ででもだよ」
「いーや、ぜってえホモかインポだろ?隠すなよレヴィ?ホントは知ってんじゃねぇのかァ?」
「......ちげーっつってんだろ?」
「......」
「......」
微妙な沈黙の後、エダは口元につい浮かびそうな笑いを押し隠して提案した。
「よぉしゃぁぁぁ、賭けようぜレヴィ!」
「な、何をだよ、いきなりなんだってんだ」
「アタシがお前の言う『ヤツ好みの女』に変装してロックを口説く。ヤツが乗ってきてファックできればインポでもホモでもねぇ、で、レヴィ、お前さんの勝ちだ。アタシの誘いに乗って来ないようならアイツは玉ナシ、アタシの勝ち、ってな?ん?どうだい?何を賭ける?」
「ハァ?ちょっと待てよ、何でテメエがロックとファックしてあたしが勝ちなんだよ?あ、あ、あたしがやる」
「何を」
「変装だよ」
「誰が」
「あたしがだよッ、何度も言わせんなドアホ」
「ほほぅ、殊勝じゃねぇか、手ェ抜くなよ、賭けが成立しねえからな」
「お、おぅ...」
「変装とシナリオはアタシに任せな、言うとおりにしてもらうぜ?」
「あぁ...オーライ...」

54 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:45:48.12 ID:JHWcu54B
3/6
イエローフラッグ、店内奥テーブル。
「クックック、エテ公にしちゃァ上出来の演技じゃないのさ」
いつもと違う黒めの私服を着て他の客に紛れたシスターエダはニヤニヤしながらビールを飲んでいた。今はアンブローシアと名乗るレヴィの腕時計に仕込んだ盗聴器が拾うふたりの会話がイヤホンから聞こえる。ちなみに当然だが盗聴器の存在はレヴィには知らせていない。

それにしてもまったくレヴィときたら分かりやす過ぎて面白い。ロックの話を振れば論点がズレようが何だろうが揚げ足取られまいと躍起になったり、お得意の汚れた人生観を今更否定すまいと目も言葉も泳ぎっぱなしだ。

結局ヤったかヤってないかの判断基準を決めるのに揉め『キスできたらレヴィの勝ち、イエローフラッグの飲み代向こう10回エダ持ち』と相成った。

「分かってんだろうな?デコやホッペにする挨拶のキスじゃねーぜ?マウストゥマウスだぜ?」
「アホが、朝飯前だ、キ、キスくれぇ屁でもねぇ、あたしを誰だと思ってんだ」
心持ち顔を赤くしながら勝利宣言をするレヴィに、まったく吹き出したいのを堪えるのが大変だった。
近頃ハデなドンパチも事件もなく、退屈していたところだ。悪友の引くに引けなくなってコロコロ変わる表情を見れるこの小さなイベントを心から楽しんでいるのであった。

55 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:48:36.55 ID:JHWcu54B
4/6
そんなわけでイエローフラッグ、いつものカウンター。
「この街では詮索屋は嫌われるんだ。だから君のプライベートは聞かないよ。君の好きな話をしよう、アン?」
ロックはやさしい笑みを浮かべながら隣の美女に語りかけ、彼女のために次のグラスを注文する。
「そう...そうね...」
会話が続かない。レヴィは焦った。エダに仕込まれた会話パターンから既にズレてきている。周到にキャラクター設定をしていたのにコレだ。まったく計算外だ。
おまけに今までレヴィとしての自分には見せたことのないロックの気遣いと「女」に対するエスコートぶりにお得意の短気を起こして叫んでしまいそうだった。だが、隠れて見ているはずのエダの手前、引くわけにはいかない。

覚悟を決めて視線を外さずに用意されたセリフを言ってのけた。
「わたし、本当のことを言うと...。ねぇ、一目惚れって信じる?...さっき会ったばかりなのに笑わないで...あなたが、しゅ………好きなの...」
最悪だ。何度も練習させられたセリフなのに噛んでしまった。
慣れないカラーコンタクトで瞳は潤みっぱなしだ。おまけにこれまた慣れない服とメイクが暑い。顔が上気して少し赤くなっていることだろう。

ロックが息を飲んだ気配がした。そしてこれ以上ない程の極上の笑みがこぼれ
「信じるよ、俺も今、初めて経験している...」
そう言いながら呆気にとられたアンブローシアのウエストと顎を捉え、深く、口付けた。

エダの視線を背中に感じつつ、慌てて瞳を閉じる。脳が溶けそうだ。いつものロックの唇なのに、胸が苦しい。賭けにはあっさり勝った。まだだ、まだ短気をおこして正体をバラすわけにはいかない。
そう、だたの同僚が一夜のアバンチュールを楽しんでいるのだ。こいつのプライドのためにも、自分のためにも短気をおこすわけには...。
様々な感情が押し寄せているのに思考がまとまらない、コイツのキスを受ける時はいつもそうだが、今回ばかりはちょっと様相が違う...。

長いキスから唇を解放し、ロックは彼女の耳元で囁いた。
「レヴィ、これは何のゲームだい?」
「...なっ!」
「小声で、落ち着いて?エダ絡みなんだろ?どうせ何か賭けてんだろうけど」
クツクツと笑いながらロックは耳たぶや首筋をいつもの調子でついばみながら言葉を続ける。
体から力が抜け、癖で両腕がロックの背中にまわっていたがレヴィの返した言葉は態度と反対であった。
「...ああ、もう賭けには勝ってる...エダが見てっからそれ以上ヘンなことすんな…」
「えー」
「えー、じゃねぇよ、クソ、覚えてろ、ぶっ殺してやる…このまま店の外にエスコートしろエセ女タラシ…」
「俺の部屋直行でいいかな?」
「...ノープロブレム、だ...」

56 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:49:15.87 ID:JHWcu54B
5/6
アンブローシアの姿のまま、社用車であるオープンカーで無言のドライブを終え、ロックの部屋に着いたふたり。途中でレヴィの正体をさらすわけにもいかず、そのままの姿でロックの部屋へ急いだのだった。

「てんめぇ、いつから気付いてたんだよ!?」
戸を締め、灯りとエアコンをつけると早速ウィッグと眼鏡、カラーコンタクトを乱暴に床に投げつけ、レヴィはロックに詰め寄った。
「んー、結構最初っから、かなー。」
「あぁ?」
「キレイだよ、レヴィ。俺って人前でイチャつくタイプじゃないんだけどなぁ。あんな顔してあんなセリフをレヴィに言われたらなんか箍が外れちゃったよ。普段のレヴィも十分魅力的だけど、ね。あー、今日は得した気分だな」
「話をはぐらかすな!」
耳まで真っ赤になったレヴィを見やりながら勝ち誇った顔でロックは言った。
「耳も鎖骨も、よく知ってる形だったからね。一目で分からないわけないだろ?声も高めにしてたけど、かすれ具合がベッドの中の時と似てたしね」
「―――――――なっ、こ、このヘンタイ野郎っ」
「なんとでも。普段からあれだけ触って舐めまわしてるんだからな、わからないはずがないだろ?逆に褒めて欲しいくらいだよ。」
「.............くっ」
「ねぇ、さっきのもう1回言ってよ、ちゃんとアンじゃなくてレヴィの口から聞きたいな」
「何の話だ、調子にのんなクソボケ」
「うん、期待してない…」
と、ロックは前置きもなくレヴィを引き寄せ、ブラウスのボタンをはずしにかかる。
「ちょ、ちょっと待てコラ!!!」
「やだよ、どれだけ我慢したと思ってるのさ...」

57 :名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 09:50:18.29 ID:JHWcu54B
6/6
後日、再びイエローフラッグ。エダとバオ。
「ハァイ、バオ、こないだの賭け、覚えてるだろうな?アタシとレヴィが飲む時の酒代、向こう10回フリーだぜ?」
「ああ分かってるよ、ったくあのラグーンの水夫はもっとお堅い男だと思ってたんだがなぁ」
「人はみかけによらねーなァ?この街の鉄則に加えてもいいくらいだぜ?」
ニヤリ、と。全てが計算通りに運んだエダの悠然たる笑み。

レヴィは賭の日の事を「調子にのったあの同僚をボッコボコにしてやった」と鼻息荒くわざわざ報告にやってきたが、すでに内情はイヤホンから筒抜けだ。予想通りな悪友の恋愛事情。この先も何も知らないふりをしてからかってやろう。

そしてあの二挺拳銃の目を盗んで美女をお持ち帰りするラグーンの水夫への称賛がロアナプラの街を騒がせていることを知らないのは当人たちばかり。




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