62 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:20:36.33 ID:7XLaPtcd
☆☆☆

Roxanne

「あたしのせいじゃねぇよ。あの変態があんな目立つところでやらかしたのが悪ぃんだ」
 レヴィにしてみれば全く巻き込まれた形である。

昨日ホテル・モスクワ依頼の野暮仕事から引き揚げる途中、サータナムストリートの近くを通っていたところ、
それなりに流行っているらしい娼館の前で騒ぎに出会った。
道を通っていただけなのに――そこはレヴィがこのロアナプラではちょっとした顔であるから――騒ぎを収める
よう野次馬やら他の娼婦やら店主やらに泣きつかれ、事態を「穏便に」収めることとなった。
バラライカのシマで銃を抜くのは気が進まなかったが、隣にいたロックにも「助けてやれよ」という視線を送られ
仕方なく現場に駆けつけてみると東欧系の中年男が女を乗馬鞭でめちゃめちゃに殴っていたのだ。
プレイというには激しすぎる暴挙に及んだらしく、女が顔のあちこちから血を流して泣き叫んでいる中、げんなり
しながら、カトラスで脅しぶん殴って、なおも興奮状態の男をふん縛った。

「で、何でバラライカが今から直々に来るような事態になってるんだ?」
ダッチがコーヒーのカップを置いてやや緊張した口調で聞いてくる。
「野郎は商売とリアルの区別のつかねぇイカレた変態だったのさ。プレイってことを無視して娼婦を本気で殴って
 おっ勃てるようなな。よくある話だが、それで奴ぁ…」
レヴィは頭をかきむしった。結わえている髪がぐしゃぐしゃに乱れる。これ以上イラついているのは最近あまりない
くらい激しく、である。
「あー!あー!腹立つ!!眉間に風穴空けてやりゃよかったぜ!くそ!あの豚野郎はな、ふん縛られてんのにいけしゃあ
 しゃあと…あたしにその娼婦の代わりをしろとのたまったのさ!」
憤懣やるかたないという様子である。言われた内容もさることながら、周りのギャラリーやロックの前で辱められたの
がさらに怒りのポイントであるようだ。
もうこれ以上は喋りたくないという様子のレヴィにロックが言葉をつないだ。
「そんな無茶なことを言う変態だけど、その男はどうやらホテル・モスクワの客人らしくてね。護衛もつれてないし
 身なりもそれほど良くないし、最初は嘘を言ってると思ったけど一応連絡を入れたら残念なことに本当だったという
 ことさ」
「…そりゃ、ほんとに残念だな」
「ああ…マリアナ海溝にでもはまったような気分だよ」
はあーっとダッチとベニーはため息をついた。レヴィが関わっている時点でラグーン商会が無視するわけにもいかない。
ロックもいらないことに首を突っ込まずに、レヴィと一緒にそこを離れればよかったのだが…いやしかしロックがいなけ
ればレヴィは男の額に新しい尻の穴を開けて済ませていたところだったろうから、どっちもどっちか。
何にしろ男が天国に行っていないことだけが救いである。まだ、バラライカとの交渉で穏便に済ませることも可能だろう。


63 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:24:17.54 ID:7XLaPtcd
バラライカはほどなくやってきた。ただし、事務所の中には入らず、表通りの車の中からベンツの窓のみを開けての会談だ。
腹心のボリスだけを後部座席に伴っている。バラライカもまた、多少の苛立ちを覗かせていた。
「災難だったわね、二挺拳銃。本来なら私もあなたに同情したいところだけど、そうもいかないの」
 葉巻に火をつけて一服する。四人の顔をじっくりと眺めながら噛んで含めるように言う。
「…あの変態はホテル・モスクワの大切なお客様でね。『大事なお話』をしにわざわざ本国から来てくれたんだけど、遠方から来たのにはもう一つ理由があったようね。
本国の『お花畑』には『好み』の女がいないのか、彼はこの街で『多少』無茶して性癖を満足すことをご所望よ。昨日の夜は護衛もつけずに場末の店で適当に発散しようとしたところで『女神』に
一目ぼれしたんですって。レヴィ!」
イライラをもてあまし、そっぽを向いてラッキーストライクをふかしつつ立っていたレヴィが仕方なく向き直る。
「彼はあなたでなければ『嫌』なんだそうよ。ホテル・モスクワとしては、お客様に滞りなく会談してお帰り願いたいの。…正式の依頼として報酬も出すわ。悪いんだけど、今日の夜十時から
ローワンの店を押さえてあるから、彼に『謝罪』してくれない?」
あの変態、シチュエーションまで指定してきたのよ、やってらんないわ、とバラライカが軽蔑を隠さずに溢した。
誰もYESともNOとも返事ができない。
「……不満そうね。無理もないわ。ちょっとレヴィ、車に乗りなさい」
否を言わせぬ雰囲気である。ラグーン商会としてはレヴィが今夜、変態野郎を『接待』するだけで手打ちが終了するのだ。レヴィのことを考えないのならば、こんなにありがたいことはない。
ただしそれは都合の上であって感情を含んだ話ではない。
もちろんレヴィは冗談を言うなとばかりに舌打ちをしたまま返事もせずにベンツに乗り込んだ。ボリスが代わりに車の外に出て、待機する。レヴィのいた足元にはすでにタバコの吸い殻が無数に落ちていた。
「…やらねえとは言わねえよ、姉御」
「甘い女々しい心根が顔から出てるわよ。この街で生き残ろうとすれば、持ちうるカードはすべて切らねばならないことを忘れないで、二挺拳銃。さっきロックも怖い眼をしていたけど…言い含めておきなさい」
「分かってる!言うまでもねぇよ、姉御」
「親切で言ってやるが、一人の男に操を立てて、二人で破滅するな。誰の涙も絞れん笑い話だ。この街で『女々しい』というのはな、強いものに媚びることではなく、自己憐憫や感傷で判断を誤ることだ。
よく考えて割り切るんだな」


64 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:35:32.67 ID:7XLaPtcd
☆☆☆

「まー、レヴィ災難だったな!俺としてはギャラリーは一人でも、お前が舞台に立ってくれるのはうれしいぜ!」
ローワン・“ジャックポット”ピジョンズのやけに明るい言い方に、ラグーン商会の面々はヘドを吐きそうな気分になった。
レヴィはふてくされて誰とも目を合わせないし、ロックはむっつりと黙り込んでいる。
ベニーも眉をひそめた。ダッチだけがサングラスの奥に感情を封じたまま、能天気なローワンと対応する。
「で、ホテル・モスクワもとい変態野郎との契約内容は?」
「えー、契約書では、『女性は抵抗しても良いが客に怪我をさせてはならない。客のいかなる侮辱・暴力にも耐えること。
客は嬢を死亡させる、または重篤な後遺症を残すことを禁止。』SM仕立ての演出を考えてる。得意だろ、レヴィ?イカす
ショーにしてやるからな!」
とりあえずはレヴィが変態に撲殺されることだけはなさそうだ。ダッチ達は内心ほっとした。しかしローワンがダッチに
契約書のコピーが渡そうとするのを、レヴィが制した。横から書類を奪い取って口をはさむ。
「なあ、ダッチ、ローワン」
しばらくぶりに口を開いたと思ったら感情の消え失せた声。
「どうした?レヴェッカ、しけた顔してんじゃねえよ。どうせだから楽しもうぜ」
「この仕事は、あたし一人でやる。このショーを見ていいのは店のスタッフと客だけにしようぜ。あたしの蒔いた種だ…
なんとかする」
レヴィの陰鬱な気迫に押されて嫌だと言える人間はいなかった。ロックはダッチとベニーに促されて、振り返り振り
返り出て行ったが、やはり何も言えることはないのだ。

化粧水、クリーム、ファンデーション、粉おしろい、アイシャドウ、アイライン、つけまつげ、頬紅、口紅、グロス、
最後にジャスミンの香水。レヴィはされるがままにメイクを施された。するとただでさえ目を引く彼女の容貌は更に
人目に映えるようになる。しかも無表情と死んだような目線のおかげでアンニュイな美しさが宿っている。
「災難ね」
メイク係の女がレヴィに衣装を着せつけながら言う。今日の衣装は黒のエナメルではなく臙脂の柔らかい革製である。
ボディースーツの背中を編み上げながらの小馬鹿にしたような言い方に、レヴィは不機嫌さを露わにした。
「何がそんなに嬉しいんだ。このビッチ!」
「あんたの嫌がり方が可愛くてね」
「ああ?『可愛い』だ?体、穴だらけにしてやろうか?」
女が高笑いをした。笑いながら、グローブをはめさせる。肘より上まである長い手袋とブーツも同色の臙脂だ。
ただし、尻や股間はぎりぎりまで露出しており、裸よりなお卑猥な雰囲気を醸している。堅牢なつくりではあるが、
ブラジャー部分やショーツ、ガーターベルト、ストッキングは黒の精密なレースである。
「脅しても駄目よ。もうみんな知ってるわ。二挺拳銃は丸腰の日本人に骨抜きで、この仕事だって彼に気を使って、
売られてきたばかりの生娘みたいに嫌がってる。」
「殺されてえのか!?いい加減そのおしゃべりな口を閉じるんだな。あたしを怒らせるんじゃねえ!命は大事にしろよ」
「でも、彼、怒ったら怖そうね。ラグーンの日本人はヤバいって評判よ。銃なんか持ってなくても口先ひとつで人を殺す。
女には金じゃなく命を貢がせる。あんた、健気に尽くしてるじゃないの」
「ファック!!どこのどいつだ、そんな噂流したの!?この街にゃ、死にてえ奴が多いようだ!」
鏡台の前の化粧品をすべて薙ぎ払ってレヴィが立ち上がった。愛銃は手元にはなかった。そういえばさっき不安そうに
していたロックにガンホルダーごと渡してしまった。
「言ったでしょ?みんな言ってる。この街じゃ『本気になったら馬鹿を見る』常識よ。あんたは道を踏み外してる」
女はレヴィの両手両足にベルトをはめた。こればかりは黒のエナメルである。鎖に繋ぐためのフックがついている。
「割り切りなよ、レヴィ。売女だってプロ意識持ってりゃ、馬鹿にされるようないわれはないよ。今のあんたは、
ダサい。あの日本人、そんなにイイの?」
「うるせえよ」
「そう、じゃ殺されないうちに退散するわ。お幸せに」
女はくすくす笑いながら最後にレヴィの髪に幅の広い黒レースのリボンを結んで出て行った。
扉が閉まるのを見届けて、レヴィは鏡台の前に突っ伏した。


65 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:42:07.78 ID:7XLaPtcd
本当はレヴィだって自分が愚かだということを理解している。今まで口では言えないようなことも散々やって
きている。どれだけ否定しようと、自分は淫売以外の何物でもない。
実の父親、ペドフィリアの変態おやじ、金がなくて仕方なく抱かれた行きずりの男…数えきれない男達の精液と、
血の跡に溺れながらここまで来た。今更自分の体を惜しむものではないはずだ。
だが、もう自覚した以上、駄目だ。はっきりと認めよう、さっきの女の言うとおり、自分はロックに狂っている
とレヴィは思う。
ロックは二人の間柄を「銃と弾丸」と言った。彼の言葉のチョイスは二人の関係上、絶妙で正しい.
その言葉だけでレヴィは一銭の得にもならない鉄火場に身を晒して負傷した。銃だからだ。
これからもきっとそうするだろう。
嗅ぎ慣れない香水や脂粉の香りに、レヴィの精神は滅入った。どんどん『女々しい』思考になってゆく。
レヴィの心はロックに『縛られている』。カトラスを持っていればどこへでも行けるはずだったのに。
『自由の女神』(ミス・リバティ)はどこかに行ってしまった。
「ホント…道を踏み外してるな」
あと、少しでショーが始まる。

俺がどうにかしなければいけなかったのに、とロックは後悔する。むしろレヴィをピンチに追い込む手伝いを
した。最初の娼館でレヴィと一緒に素通りしていれば、ホテルモスクワの使者にも絡まれず、自分たちは平和
だったろうに。また余計な首を突っ込んで痛い目を見ている。
周りに人がいるけれど、彼は壁でも殴ってしまいたい気分だった。しかし、ダッチやベニーに気を使わせる
わけにいかない。心地よい個人主義を保ち、自分達のプライベートに踏み込ませないためのマナーだ。
自分とレヴィはただの同僚として振る舞わなければ――そう言い聞かせる。
「いよぅ!ロックの兄ちゃん!暗い顔してんなよ。なぁに、一晩我慢すりゃ大したことねえって。レヴィは
慣れてるもんよ。犬にかまれたとでも思っとけ」
ハイテンションなローワンの声。ロックは理性を失いそうになった。頭の中だけで、手の中のカトラスで
ローワンの頭を打ちぬいて、留飲を下げる。
「はは」
苦笑いで誤魔化す。何かを取り繕ったり、今更自分とレヴィの間を言い訳する元気もなかった。
「なあ、一杯飲っていい夢見ろよ。ラグーンにゃ世話になってるからな」
そう言って、ローワンはポリカップを三人に渡す。中は琥珀色の酒で満たされている。
ロックは無性に一人になりたくなった。ダッチやベニーに内心同情されるのも勘弁してほしい
し、ローワンのイラつく声をこれ以上聞きたくない。ぐっとカップを煽って中身を飲み干した。
酒であるのは確かだが、味わう余裕もなく流し込んだので種類は分からなかった。
「あ、おい!」
「何?」
ダッチが慌てた様子だが、もうどうでもいい気分になって、ロックは宣言した。
「悪いけど、帰る」
「明日起きれるように、飲みすぎるなー。うちには有給なんて無いよ。休んだ分はペイ無しだよ」
ベニーに手を振って、振り向かず家路についた。今夜はしこたま飲んで寝てしまおう。
明日どれだけ二日酔いになってもいい。何も考えたくなかった。
「あらま、荒れてるねー。じゃ、俺は準備があるんで、またご贔屓に!」
ローワンも奥へ引っ込んでいった。



66 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:53:31.34 ID:7XLaPtcd
彼らが去った後、取り残されたダッチとベニーは片手のポリカップを持て余していた。二人とも口をつけていない。
「ロック大丈夫かな?」
「…この店に運んでる酒の『噂』を教えとくべきだったか…」
「あれ、そっち?僕はまた……レヴィ…いや、何でもない…この店の酒は薄いだけじゃなく何があるんだい?」
ダッチは呆れたような顔をした。ベニーやロックすら知らないとは、ローワンの店が流行るはずだ。
二人はエントランスを出て、派手な電飾がチカチカする看板を振り返った。ダッチがポリカップを酒ごと捨てると、
ベニーもそれに倣う。
「ローワンの店の酒にはな…夢が見られる魔法の薬がちびっと入ってるのさ。何、大したもんじゃない。米軍だって『平和利用』
してた由緒正しいシロモノさ」
「何だって?!」
「恐ろしくて堪んねえな。あの状態のロックがそんなもん飲んじまうとは、明日にはロアナプラが壊滅してるかもしれねぇ」
神妙にダッチが背中を丸めた。もちろん二人に出来ることは既にないから、もう一度ピンクの電飾を振り返り、プリムス・ロード
ランナーに乗り込んだ。
アメリカンスピリットを肺の奥まで吸い込んで、ダッチは眉間を押さえた。
今日はとても疲れた。そして明日を思うと憂鬱になってくる。ラグーンの事務所がやけに遠く感じた。

世界がぐるぐると揺れ、視点を定めることができない。だんだんと真っ直ぐ歩くことすらできなくなり、
近くに立っていた看板に寄り掛かった。
何かがおかしいと、ロックは感じた。貧血に似ているがそうではない。気分が悪く吐き気がする。
「おい、兄ちゃん邪魔なんだけど」
「ああ、すまない」
「何だこいつ。ラリッてんのか?」
酒場から出てきた二人組に笑われる。ふと顔を見ると、一人は口が耳まで裂けたエイリアンと、もう一人は体が全身ゴムで
できた緑色の人形だった。びっくりしてロックは息を詰めた。ここはどこだ?リドリー・スコットかスピルバーグが
ロアナプラでロケをしているのか?ロックはきょろきょろと落ち着きなくあたりを見回した。怖い。
「どうしたんだ、こいつ。おい、財布でも掏って行く?」
「でもラグーンの日本人だろ?二挺拳銃のお礼参りが怖ええよ」
(二挺拳銃―レヴィ!)
レヴィは一体どこにいるのだろうと思った。早く合流しないと、あいつも俺を心配して、不安だろう。もちろん自分も
心配だ。自分達は一緒に居ないといけないのに。
二人連れのチンピラが不審そうにロックを見送った。あちこちにぶつかりながら、ふらふらと道を進み、ロックはレヴィ
を探した。街の情景はますます異様なものに変わっていた。スクリーンの中でしかお目にかかれないようなゾンビ達が
客引きをしている。その口からは鼻水みたいな色の臭い粘液を吐き出している。
「気持ち悪ぃ」
心底吐きそうになったが、負けずにレヴィを探した。トランポリンのように弾む壁に手を付きながら、大通りの方に出て、
ロックは光を見た。
それはとても幸せな風景だった。
「来いよベイビー。可愛がってやるぜ」
レヴィが古代の女神みたいな恰好をして、背中に羽根を生やしている。無性に嬉しくてレヴィを抱きしめた。彼女は
しっかりとした骨格を持っていて、それでいて柔らかく弾力があった。酒と煙草と汗のにおい。
――ああ、レヴィ、俺を迎えに来たのか。羽根なんて無くても、お前は俺を天国に連れて行ってくれるのに。
お前になら撃ち殺されても構わない。
とても気持ちがよくなってきた。彼女の胎内に全身包まれているような安心感。ずっとこうしていたい。
「ロックか?ごみ箱抱いて何やってんだ?」
はっとすると、腕の中にあったのはレヴィではなく空のごみ箱だった。虹色のサングラスをかけたミスタ張が
こっちを観察している。
「あ…」
「とりあえず乗れよ。表通りだからってロアナプラは安全じゃない。俺が通りかかって、お前は運がいい」
伊達な声に促されて、車に乗り込むが、座席が猫の背中で出来ていて座りにくかった。
「大丈夫か?これは何か盛られたな。散瞳が起こり始めてる。俺が分かるか?」
「分かります。張さんが、紫のペイズリー柄のスーツ着てる」
「OK。お前は正常だ」
ロックは夢から醒めたような惜しい気持がして、それでもまだ、ぼうっとしている。今度は頭痛が起こっていた。何か忘れている。



67 :ロクレヴィ:2012/09/01(土) 20:55:38.35 ID:7XLaPtcd
「レヴィは?一緒じゃないのか」
「そうだ!レヴィ!俺、俺…下宿には送らないでください。ローワンの店に行ってくれ!」
非常に焦った気持ちになって、唾を飛ばしながら、レヴィが大変なことになっていると説明した。彼女が男に
自由にされるなんて耐えがたかった。彼女が裸で男に媚態を見せるところを想像するだけで寒気がするほど頭が痛い。
話を聞いて、張はふむと、腕を組んで考え込む。自分の焦りが伝わらず、ロックはじれったい思いをした。
「…女のことは男の俺達は何も言えねえが、一つ言えるのはこれがレヴィのビジネスってことだ。男が接待ゴルフをするのと同じ
ように、この世界じゃ、女は体で接待するのさ。ロック、お前はどういう立場でレヴィのビジネスに口を出そうとしてるんだ?」
「俺は…俺は…」
張が試すように、ロックの眼を覗き込んだ。張に脳みそを掴まれてシェイクされる幻視を見て、吐き気もぶり返した。
息が詰まって返答することもできない。
「…マイナス1点だ。ロック、お前には期待してるんだ。あまり失望させるな。とはいえ、お前達もまだ若い」
張はジタンに火をつけた。独特の癖のある芳香が車内に満ちた。
「豹、ロックをローワンの店に送ってやれ。痛い目を見るのも若いうちには必要だ。ロックは、しっかり修羅場を見てこい。
それから薬には気をつけろ。そんなもんでつぶれてる場合じゃねぇぞ」
車は方向を変え、ローワンの店“ジャックポット”に向かった。ロックはふらふらする足に鞭打って店の中に入ってゆく。
「『びっくり箱』の中をじっくり見て勉強してくるんだな。健闘を祈るぜ、ロック」
背後で面白そうに張が笑った。


70 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:32:30.85 ID:S9NKjUSI
☆☆☆
 
パティ・ラベルのソウルフルな歌声の元、ショーは始まった。一応はS嬢の設定らしいレヴィは長い鞭を振り回して変態野郎を
威嚇する。男は首に金のごついネックレスをかけ、エナメルの悪趣味な半ズボンをはいている。
頭には、レプリカの軍帽、目つきは異様である。知っているものと勝手の違う雰囲気にレヴィは戸惑った。
では何だ?自分はS嬢ではなく、この舞台には筋書きもない。カトラスも持っていない今、「二挺拳銃のレヴィ」も居ない気がしていた。
男が鞭の先端を掴んで自分を引き寄せた。瞬間、レヴィは自分がニューヨークで父親に殴られていたころの無力な子供に
戻ったような、心許ない気持になった。舌なめずりせんばかりに肩を掴む男を殴ろうとして、自分の役目を思い出す。
とっさに鞭を手放して体制を整える。
――やりずれぇ。相手に怪我させられねえ、ってのは…
レヴィは理性を保とうとした。そうしなければ、過去に心を囚われてしまう気がした。目の前の男を本気で怖いと感じてしまいかねない。
「ヘイヘイ! 何をすればあんたは喜ぶんだい?この豚野郎!」
鞭を打ち鳴らせないので指を鳴らした。虚勢を張らなければいけないような気がしていた。
男は英語を話す気がないらしく、ロシア語で何か捲し立てた。どうやら卑猥なことを言われているらしい雰囲気である。
「学がなくてね。ロシア語は分かんねえよ」
手元にカトラスさえあれば、たとえ撃てなくても安心するのにとレヴィは思った。
相手に反撃せず、楽しませて帰す。つまり殴られ、刻まれ、突っ込まれて、あらゆる汚辱をぶっかけられ、それでも耐えなければならないということだ。子供の頃我慢したことを一晩やればいいということだ。これは『SMプレイ』ではない。自分は『淫売でしかない』。
レヴィはたった今それを再確認し、しかし絶望はぜず、諦念を覚えた。
「…いくつになっても変わんねえな…」
どうせ自分は公衆便所がお似合いだ。強くなった気でいてもそれは自分ではなく銃の力だった。丸腰では何もできない。
せめてカトラスがあれば強くいられるはずだが、それはロックが持っている。
男に腕を掴まれた。自分の立場を理解した以上、これ以上S嬢のふりを続けても仕方ない。また、M嬢のように虐待に感じるふりをしなくても良い。
貝のように身も心も殻に閉じこもって耐えればいいだけだ。
男に無理やり口づけられても、もう不快とも感じない。
ロックに無性に会いたいと思った。これがロック相手だったら、痛みも痛みとして感じられるに違いない。百年も会っていない気がした。
今彼女が欲しいものは、カトラス。これがあったら安心だ。ロックがいたら幸福。両方そろえば最高だ。明日の朝にはきっと両方戻ってくるだろう。
それだけが頼りだった。
暴力的な手は、乳房を掴み、握りつぶそうとする。唇は噛まれて血が出た。強烈なボディーブローを食らってレヴィはたまらず、その場に崩れ落ちた。
――でも、こんなアバズレ、ロックはもう嫌かもしれない。ああ見えて、すごく嫉妬心が強い奴だ。他の男に抱かれた女なんて捨ててしまうだろう。
何度も腹を蹴られて、咳込み、レヴィは胃液を吐き戻した。男は前髪を掴み顔を上げさせた。男のこれまたエナメルの靴に掛かった飛沫を舐めさせられる。
それでも、痛みも屈辱も意識から切り離して、レヴィは何も感じなかった。男の性器を咥えさせられても、素直に喉の奥まで受け入れた。
彼女にとって怖いのはただ一つロックがどう思うかだけだった。
「あいつが怖い……あいつのためなら、あたし、多分何でもするよ」
声にならない口の中でそうつぶやいた。しかし、もちろん何を言っても目の前の変態には届くはずもなかった。
男は勝手に腰を使い、あまりに喉奥まで突っ込まれ、レヴィが何の技巧も使っていないにもかかわらず、勝手に果てた。
窒息しそうになりながら、レヴィも男も目の前の相手などどうでも良かったのだ。



71 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:36:38.06 ID:S9NKjUSI
「なあ、ローワン」
「ろ、ろ、ろっく…?いや、悪かったな、今日はちょっと魔法のお薬いつもより奮発しちゃって。大丈夫か?俺はお前の味方だぞ!」
舞台上を、ホールの外からそっと窺っていたローワンは、幽霊のようにロックが現れたので心底ビビった。
「レヴィは?」
「舞台上だが、見ちゃならねえって、レヴィが…あ、おい!」
ローワンごと暗幕を押しのけて、ロックはホールに押し入った。ローワンには黒服を呼ぶ暇すらなかった。
「おい!あいつ、止めろよ!ショーが台無しになっちまう!」
そういいながらローワンは近づいてくるもう一つの脅威に無頓着だった。
 
男の息は荒い。ハアハアと背後から息を吹きかけてくるが、それを不快だともレヴィは思わなかった。
もういっそ、夜が明けなければいい。ロックに会いたい、嫌、会いたくない。どんな顔をして会えばいいのか分からないから、慣れ親しんだ痛みや屈辱など、彼女には忘却の彼方だった。
男はレヴィの尻を真っ赤になるまで打擲し、更に鞭を手綱のように首に掛け背後から尻の間に性器をねじ込んでいる。
膣に入れる前の準備運動とでもいうように、襞にこすり付けている。くちゅくちゅと濡れた音がするのは、もちろんレヴィから分泌されたものである。
女は何も感じていないというのに、防衛本能とでもいうべきか、女の体は、生理現象として愛液を溢す。思う存分擦り付けて、男の性器は更に固く反り返った。
ぐっと、手綱を引いたものだから、レヴィの首は締まり、喉から声にならない声が漏れる。
もうすでに、紅色に染まった、彼女の襞を開き、徐々に男根を埋め込もうとする。もうどうにでもすればいい、とレヴィは諦めきっていた。
「レヴィ!」
その時、レヴィは最も会いたくて最も会いたくない人間の声を聴いて振り返った。
「見るな!!」
体を屈めて、背後の変態野郎を振り切ろうとすると、余計喉が絞まった。
「レヴィ!レヴィ!」
ロックの眼は異常だった。瞳孔が開いている。実はもうローワンの言う『魔法の薬』のせいで、眩しくて、目が見えにくい。
ただ、ロックの眼裏には気持ち悪い悪鬼のような男に犯される女の姿がはっきり映った。
「ロック!見んじゃねえよ、見たらぶっ殺すぞ!!帰れ!」
男に身を任せた時には感じなかった絶望をレヴィは今はっきりと感じていた。
全身の力が抜け、自然と、足が床についた。畜生のように四つん這いで、男に挿入されそうな自分の姿はさぞ、ロックを落胆させただろう。
体が冷たくなり、鼻の奥につんと痛みが走った。首はどんどん締まってくる。そして、絶望はレヴィに別の感情を爆発させた。
怒りだ。
「これはあたしの問題で、あんたに出来ることなんて何もない!帰れよ!!」
つぶれそうな喉で、絶叫した。あるいはそれは懇願であった。
「…何だてめえは?出てけよ」
変態男がロックに英語で言った。
「プレイの途中なんだ。朝まで待ってろ」
そしてレヴィの髪を掴み、ロックによく見えるように上げさせた。レヴィはすべてに怒りを感じていた。こんな屈辱を味わせるこのホテルモスクワの変態にも、こんなことを強要するバラライカにも、そして自分の最後の意地すらも奪い去ろうとするロックにも。
こんなよだれとヘドと鼻水で汚れた悲惨な顔を見せたくなかった。彼の前では強い二挺拳銃でいたい。あたしがあんたを守るんだ。




72 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:39:16.33 ID:S9NKjUSI
「……」
ロックはステージのライトでかすんだ眼から、涙があふれるのを感じた。こんなに自分に対して怒ることは、今までそうなかった。己の無力に腹が立つ。
彼の眼に映る変態野郎は、赤黒い触手をいっぱい出して、彼女の首を絞め、唇を犯し、膣と尻に出し入れを繰り返していた。赤カーテンの舞台で、屈辱のうちに、それを受け入れるレヴィは、哀れでとても美しかった。
そして、ロックにとっては許すべからざる光景であった。彼の手からガタンと音がして、ガンホルダーが落ちた。代わりに右手には一挺のカトラス。ガチっと撃鉄を起こし、腕を水平に上げる。
「ロック、やめろ!!」
狙いを男に定める。
「あんたは撃っちゃダメなんだ!!一発も撃つんじゃねえ!!全部あたしがやってやるから!!」
「…」
誰が、レヴィを泣かせているのだろうと、ロックは思った。眩しくてよくは見えないが、彼は初めてレヴィが泣くところを目撃した。撃鉄に掛かる指に力を込める。
「駄目だ!銃をおろせぇぇぇ!!!」
喉を締め付ける鞭と涙のせいで、それは本当に金切り声で、聞き取れないくらいの悲鳴だった。
「そうだ、ロック『持ち慣れないものは持たない』方がいい。怪我をしても知らんぞ」
ぱん、と乾いた音が一回だけした。男は悲鳴も上げずのけぞって、倒れた。レヴィから男根がずるりと抜ける。
「ちょっと遅かったみたいだけど。レヴィ、あなたの屈辱は晴らしたわよ。時間はかかったけど、大頭目にやっと連絡が取れたわ。『セックスも紳士的にできないような下種は同志として相応しくない』」
ま、それは冗談として、元々始末するつもりでこっちに寄越したそうよ、丁度良かったわね、とバラライカはスチェッキンを懐にしまいながらウインクした。後ろからおびえた様子でローワンが顔を出した。
「レヴィ、もういいってよ。着替えて、帰ってもいいぜ」
「……」
レヴィはその場に座り込んで嗚咽を収めている。
「ロック?あなたもレヴィを連れて帰りなさいな」
「……」
ロックは呆然としてその場に跪いていた。カトラスはすでに手の中に無く、地面に冷たいまま転がっている。
「もう、面倒くさいわね。さっさと来なさい」
心底呆れた様子で、バラライカはロックを起き上がらせ、レヴィに着替えをさせるようローワンに命令をした。

帰り道、後部座席で、二人は一言も喋らず、ただ子供のように寄り添っていた。
「まったく、『貞操』や『名誉』なんぞ犬に食わせろ。『女々し』さに眩暈がする」
「大尉、女性の気持ちは分かりかねます」
「男も女も同じだ。変わるものか」
イライラとこめかみを押さえるバラライカの隣で、ボリスが苦笑した。
この街で生きる上で、ロックやレヴィの持つ感傷が彼らを破滅させるだろうことを、本人達も今夜の出来事で本人達も十分に実感したのだった。
普段分かっているつもりでも理性が剥がれた時に、覚悟ができていないことは露呈するものだ。
不夜城ロアナプラの明るすぎるネオンサインが流れ星のように車窓を滑ってはすり抜けて行った。



73 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:41:43.17 ID:S9NKjUSI
ロックは足をもつれさせながら下宿に入り、レヴィを風呂に入らせるため、洗面所に向かおうとした。
後ろから人肌が密着してくる。ロックは彼女の肌にまとわりつく甘いジャスミンの香りに吐き気を催した。
彼のレヴィはタバコと酒と硝煙の匂いこそふさわしい女だ。腹の底から怒りや嫉妬が押し寄せてきて堪らない気持になった。
「あたしは怒り狂ってンだ。帰れと言ったのに戻って来るし、撃つなというのに撃とうとしやがって」
ギュッと腰を抱き締める力が増した。レヴィの声音は冷たかったが、それは緊張のためである。
ロックの肩口に顔を摺り寄せて安心すると同時に、彼女は自分の身の置き所を決めていた。
「あんたは戻るべきじゃなかった。この街の歩く死人らしく、朝になってあたしに言うべきだった『昨日はいい思いしたんだろ?』って」
 レヴィの言い様にロックが息をのむのが背中越しに伝わってきた。
「『女々しい』情も嫉妬も捨てちまいな。『プリティウーマン』や『ボディガード』の世界じゃねぇんだ。役割はきちんと自覚しておくもんだ。あたしは『銃』であんたは『弾丸』…そうあるべきだ」
決して女と男ではない。
互いに離れられず、一心同体であったとしても。
引き金を引く瞬間までは互いに冷たい鉄の塊でいなければならない。
「スクールガールとサムライ、くそメイドと坊ちゃん、そんな風に、あたし等はならねぇ」
自分に言い聞かせるようにロックに沁み込ませるように言った。ロックは怒りを収め、とても悲しく、愛おしくそのつぶやきを聞いていた。
また、彼女の気持ちに応えなければならないとも感じた。「銃と弾丸」と言ったとき、自分達は本物の死体になることも、二人で破滅する道も選ばない覚悟を決めていた。
ただ、今夜惑った。ジャスミンの香水のせいなのか、ローワンの魔法の薬のせいかは分からないが、随分少年のようなことをしてしまった。
だがもう二度とない。体を重ねても、自分達は『ただの』相棒だ。それだけが、歩く死人である二人の命を救うだろう。
「ああ、俺達はそうはならない」
体をもぎ離して、レヴィに向き直ると、彼女は泣いた後のひどい顔をしていた。化粧も落ちてつけまつげが頬に張り付いている。
ロックはそれをそっとつまんで捨てた。レヴィは常になく穏やかに笑い、ロックもそれに釣られた。


74 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:42:28.84 ID:S9NKjUSI
「今夜はあんたにすげえ傷つけられたよ」
「俺だって。お前のせいで傷ついたし、変なもの盛られるし、散々だ」
今度は正面から抱きしめあってしばらく黙っていた。体を穏やかに揺らし、ギュッと抱き合っていたらまた涙がにじんできた。
レヴィは今度はうずうずとした、堪らない気持ちで叫んだ。
「あたしを痛めつけろよ…あたしもあんたを傷つけるから。あの変態にやられたあたしを抱けよ!」
レヴィの声と同時にロックは彼女の体をベッドに引き倒した。必死で互いの服を毟りながら口づけ合い、舌を絡めあった。
レヴィの口内は苦い胃液と男の精の味がした。気持ち悪くて、唾液が分泌されて止まらなかった。舌の裏も奥歯も隅々まで舐め合って、最後にはお互いの味しかしなくなって満足した。
息を乱しながら唇を離すと、二人とも口の周りまで唾液にまみれていて笑えた。
「あたしは、数えきれない男と寝てきた」
ロックは傷ついて眉をしかめ、女の髪を力いっぱい引っ張った。着替える時に忘れていたレースのリボンが抜けた数本の髪の毛と一緒にほどけて手の中に残った。
「ガキの頃からの、根っからの淫売だ」
「…黙れ…口を閉じろ。」
ぐっと髪の根元を掴んでロックは自分を傷つける口を塞いだ。あのロシア人に噛まれたのだろう傷に舌を突っ込むと、また唇から血が滲み始めた。
強引に乳房を掴むと、レヴィは痛そうに身をよじった。右足首を掴んで股を開かせると、レヴィの女はもうすでに濡れそぼっている。
「誰が相手でも濡れるのさ」
「いい加減にしろ、黙れよ!」
ロックは言うと同時に膣の中に一気に侵入した。潤んだ見た目とは違い、酷く狭く、彼は苦痛すら感じた。
レヴィが圧迫感から小さくうめき声を上げたが、そのまま抜き差しを始めた。
「…っあ…でも、今はお前としか、寝たくない。理由を、知ってるか?」
ぐいっと上半身を引き上げられて、対面座位になった。視線は近い。相手がよく見えないくらいに。
ロックは理由を知っていた。しかしそれは言ってはならない言葉だ。先ほども確認したように。もちろんレヴィだって弁えている。そのことが余計にロックに傷をつけた。
レヴィの胎内は心地よく締め付けてきて、先ほどのきつさは程よくなり、肉壁はロックの男根に絡みついた。
溶けてしまいそうな気持ちになって、真っ赤に腫れている乳首に吸い付くと、レヴィの背中がすらりと反った。お互いどうすれば相手が気持ちよくなるのかを知っているのだ。
レヴィも気が遠くなるくらいの充足感を感じていた。彼の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱すと、普段より幼い感じの顔が現れた。
レヴィは前髪を下ろした彼の顔が密かに好きだった。からかうと不服そうな顔でしつこく文句を言ってくるので、面倒くさくて本人には言わないが。
ロックに隅々まで触れられていることに満たされた。乳房は手のひらに包まれ、膣の奥の奥までも、自分自身も触れることのできない場所も彼のものだ。
ゆっくりと体を押し付けられてもまだ足りず、更に体を寄せた。
「…んん…あんたに銃は撃たせない。生涯に、一発も、だ」
「レヴィ、未来のことは、言うもんじゃ、ない。…っ約束は、守られない、ものだ」
あとはお互いの名を呼ぶことしかできないくらいの熱に溺れた。子宮口に押し付けられて、レヴィは軽く気を飛ばした。
こうやって押し当てて、軽く擦られると、どうしても協力するように女の腰も蠢いてしまう。ひくひくと自分の体が痙攣し、目の前が白く曇った。
相手の唇をねだって、汗が粘り、香水も薬も敵わない酩酊感が二人を包む。体の中で爆発が起こり、眩暈がするような恍惚を二人は同時に感じた。
それでも腰を止めることはできず、お互いが体液を混ぜ合わせるようにしばらく体を押し付け合っていた。


75 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:43:47.09 ID:S9NKjUSI
力が抜ける。でも、レヴィはあと一言言わねばならない。眠りそうな幸福の中で気力を振り絞ってつぶやく。
「あたし、いつか、あんたのために、死ぬよ。」
まるで予言だった。
ものすごい力でレヴィは突き飛ばされ、ベッドから転がり落ちた。落ちた拍子に打った肩がジンジンと痛んだ。
床からベッドの上を見上げると、ロックが腕で顔を覆っている。
「そんなこと言うな!」
「望もうとそうでなかろうと、今のままじゃホントのことさ。ノストラダムスの予言より確かだぜ」
「させない!そんなことさせない」
「別にいいんだ」
ロックは自分の趣味のために体を張らされる愚かな女を哀しく、愛おしく見た。自分の我儘でレヴィは傷ついて、死ぬだろう。
それを避けるために自分はもっと狡く、賢くならなければならない、とロックは考えた。
時が経ち、いつかロアナプラに染まり切って――あるいはそれが自分の本質か――
レヴィが慕う甘やかさや、青さは消えてしまって、嫉妬も不安もなくなり、自分達は本当の『銃と弾丸』になるかもしれない。
「…生きようなんて思っちゃいない」
「あたしもさ」
血の混じった泥に浸かって、ただ二人で踠いていたいだけだ。
レヴィはベッドの下から、彼の脚を引っ張って、萎えかけた性器を口に含んだ。男と女と二人分の体液が付着したそれを、美味しくすら感じた。
先をくるくると舌でなぞり、手のひらに包み込んだ。すぐにさっきの剛直が戻って来る。見上げると、ロックが優しい眼で髪を撫でてきた。
痛めつけてくれと言ったのに、これでは慈しまれているだけだ。レヴィが文句を言うと、さっきほどけたリボンで手首を括られた。
痛くも痒くもない。もはや暴力的な雰囲気は吹き飛んでしまった。
ロックはレヴィをもう一度膝に座らせた。あとは穏やかな交わりが続いた。


76 :ロクレヴィ:2012/09/02(日) 09:44:34.82 ID:S9NKjUSI
「あら、ミスタ張。こんな深夜に何の御用?私もう今日は、これ以上『油もの』は食べられないの」
「夜食のお誘いじゃなくて悪いな。ミス・バラライカ。ロックのことなんだが」
いろいろな雑務に追われて、やっと一息ついたバラライカは幾分迷惑そうに携帯電話を開いていた。
「ああ、ロックとレヴィならハイスクールのガキみたいに泣きながら手をつないで帰ったわよ」
「おいおい、お前だけのおもちゃじゃないんだぜ。大事に扱ってくれよ」
バラライカは戸棚からウォッカを取り出してグラスに注いだ。飲まなければやっていられない。
面倒くさい相手のお守りから永遠におさらばしたと思ったら、子供のお守りだ。
借りがあるので放っておいたが、走行中の車から突き落としてやりたいくらい鬱陶しかった。
「はー、私達のおもちゃは存外面白くない道を歩くかもよ」
「今夜、痛い目を見ただろうから大丈夫だろう。それに、どちらでもいいさ。長い苦しみの生を続けるのも、幸福の内に短い人生を終えるのも。どっちを見るのも面白い」
バラライカはグラスのウォッカを飲み下した。軽妙な張の英語を聞いていると、そういうものかと思えてきた。
どちらでもいい、彼らが死のうが生きようが、どちらでも楽しめるだろう。
酒が熱い塊となって喉を過ぎていく。彼らもこんな灼けるような熱を胃の中に抱えているのだろうか。
ホテル・モスクワの女幹部はなんだか微笑ましい気分になってきた。
「二人に乾杯」
「ああ、乾杯」
柄にもなく、酔ったのだろうと、バラライカは思った。

☆☆☆

目覚めると、レヴィの顔が近くにあった。随分穏やかに眠っている。ロックが起き上がると、起こされたのか、レヴィは寝苦しそうにモゾモゾと動いた。
「…朝か?」
「すごい声だな」
喉を見てみると、絞められた跡が赤紫に残っている。その他いろいろな原因が考えられるが、しばらく掠れてまともな声は出ないだろう。
体のあちこちに痣やら傷が残っている。レヴィの普段着で外出したら、何事かと思われるだろう。
「…風邪引いた、っぽい」
「どのみち、今日は外に出ない方がいい。電話しとくよ」
額に手を当てると確かに熱っぽい。汗で張り付いた前髪を掻きやって、今日の彼女は休んだっていいだろうと、ロックは思う。
とりあえず用を足すためにベッドがら起き上がると、ちょうど携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「ハイ、ロック。ご機嫌はいかが?」
アロハシャツの同僚のいつもと変わらぬ声がする。ロックは千年ぶりに聞いたような懐かしい気持ちになった。
「ベニーかい?ご機嫌は良いよ。ついでにレヴィも生きてる。」
「そいつぁ、良かった」
昨日の君はロアナプラをゴジラみたいに滅亡させかねなかったからね、とベニーは言う。
声の調子は軽いジョークを言っているように聞こえるが、こんな朝早くから事務所にいるとは、もしかしたら昨夜は帰宅しなかったのかもしれないと、ロックは気づいた。
「ゴジラ知ってるんだ?レヴィが風邪をひいて休むそうだよ」
「了解。ゴジラ来年あたり、ハリウッドで映画化されるらしいよ。えー?ダッチ、何だって?…“ロックも危険だから今日は来させるな!あいつは今日も放射線を吐くかもしれねぇ”って。」
「怪獣扱いかよ」
さりげないダッチの気遣いに、ロックは心の中で感謝した。
「休んだから、ペイ無しだよ」
今日は仕事入ってないけどね、と言ってベニーは電話を切った。
新しい朝が明けた気がした。
この街も捨てたものではない。汚くて、臭くて、陰謀と裏切りと暴力の入り混じった最低の街だが、そこに住む人々はなかなか悪くない。
ベニーの遠くから見守る目線は冷たく温かい。ダッチの知的な包容力は厳しく、好ましい。
犯罪者、この世のはみ出し者、そういうどうしようもない人間達がここには集う。

このロアナプラは他に行き所のない人間を受け止める。恐ろしく優しい
――まるでレヴィのように。

ロックは無性に可笑しくなって、レヴィの肩にタオルケットを掛け直してやった。
用を足したら、彼女のために粥でも買ってこよう。
今日からは更にイカレて血と泥に塗れた、素敵な日々が待っている。 

終わり



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