子供が真剣な顔で自分を見つめている。 固く握りしめられた手は、力の込めすぎで白く変色していた。 ……何が、起きたのか。 訝しく思うと同時に、何か不安に感じられて、入江は息を飲み込んで言葉を待つ。 何か踏ん切りがついたように、悟史は入江の両手を掴んで声を張り上げた。 「僕、監督の作ったお味噌汁が飲みたいです!」 ++プロポーズ++ コトリと器を机に置いて悟史は息を吐いた。 普通に味噌汁を作ってもらってしまった。 いや…美味しいんだけれど。 手料理自体は美味しいんだけど… 「プロポーズのつもりだったのに」 お前の作った味噌汁が飲みたい、って定型文じゃありませんでした? むすっ、と頬を膨らませて呟く子供の頭を入江は人差し指で小突いた。 もしも入江が20代独身女性であるならば喜んだかもしれないが、悲しいことに入江は20代でも女性でもない。 つまり、そんなことを言われても入江としては嬉しくもなんともない。 「あまり冗談を言ってると、怒りますよ?」 「いつだって本気です!」 「それはそれで大問題ですよ…」 どうしてなのか、分からないけれど、悟史は異様に入江に懐いている。 本人曰く「恋の病」だそうだが、半分くらい聞き流している入江としては不思議で仕方ない。 ぼんやりとそんなことを考えていたものだから、突然視界に飛び込んできた笑顔に思わず目を瞠った。 「一緒のお墓に入りませんかっていうのは?」 どうですか?ドキッとします? にこにことした顔がそう尋ねてくる。 「…どうして、籍の話に飛ぶんですか?」 「別に事実婚でも良いです、ってば」 拗ねたように子供が唇を尖らせた。 会話の前提に『相思相愛』がある気がして入江は小さく呻いた。 大分、素っ頓狂な子供のペースに巻き込まれている気がして。 入江の頭痛の原因など知ったことないとばかりに悟史はうっとりと両手を広げる。 「浪漫ですよね、死んでも一緒なんて」 「物理的に、ですよ。知覚はされません」 「でもきっと、寂しくないですよ」 少しだけ、大人びた表情で微笑んだ言葉は ―死ぬ間際に寂しくないのか ―残されたものが、寂しくないのか 曖昧で、判別ができなかったけれど。 すぐに、いつものテンションになった子供は入江の目の前に人差し指を突き出した。 「という訳で、どんな手段を用いても監督と同じお墓に入るので宜しくお願いします」 「じゃあ貴方の野望を阻止できるよう、精一杯長生きすることにしますよ」 はい、そうしてください。 そう言って、子供は楽しげに大人の手を取った。 恭しく、慈しむように、小さな手が大きな手を包み込んだ。 |