本日は週に一度の定休日。 新メニューを開発すると意気込む明に付き合って、二人 して喫茶店へと赴いていた。 「大吾って何か好きな食べ物とかあるのか?」 冷蔵庫を探る明の後ろ姿を眺めていると、 抑揚のないトーンでそんな事を尋ねられる。 「特に思い浮かばないな……」 「好き嫌い無いもんな、オマエ」 「あ、いや、そうだ、豆腐とか好きだぞ」 「地味だな」 「すまん」 「でも大豆ってすごいよな」 「ああ、色んな食品になるからな」 「うん」 他愛もない会話というのは こういう会話の事を言うのだろうか。 「うーん、これは使えるかな」 冷蔵庫の中からいくつかの食材を出した明が不満そうな 声色で唸った。 「何を作るんだ?」 「ん、秘密」 「それは楽しみだな」 「まあ、待ってろよ。ものすごい物食わせてやんよ」 「ああ……」 「…………」 「………………?」 明が食材を手に持ったまま動かない。 具合でも悪いのだろうか。 何故だかこちらを睨んでいる瞳からは、 謎のオーラと立ち上る生気しか感じられないのだが。 「ジロジロ見られるとやりづらいんだけど」 「なるほど、そういう事か」 「暇なら掃除でもしてな。ほら、しっしっ」 エプロンを着けながら、俺を片手で追い払う明。 ちょっと見物していたかったのだが、邪魔だというなら 仕方ない。 ここしばらくの生活ですっかり俺の手に馴染んだ、この 回転ボウキと共に、床に散乱するゴミ共との格闘に従事 しようと思う。 「ん〜、んふ〜♪」 軽妙で、どこかテンポのズレた鼻歌。 それに混じって、包丁の硬いリズムが聞こえてくる。 新メニュー開発も順調なようだし、 俺は俺で掃除を始めるとしよう。食べ物は清潔な場所で 食べたいからな。 誤解を招かないように一応言っておくが、 この店が汚い場所というわけではない。 念のためだ、念のため。 椅子をテーブルの上に逆さに乗せ、回転ボウキの真骨頂 とも言える、そのスムーズな動きを堪能していく。 床上を踊るように滑るブラシ、 そこに吸い込まれるように回収されていく埃。 俺の思考と違う事なく動く回転ボウキ。 天下一掃除用具会に出たら、間違いなく優勝候補に名を 連ねるであろう性能だ。 こいつなら、吸引力の変わらないアイツにも決して譲ら ない良い勝負をするだろう……。 「うっわ……、大吾が掃除しながら変な顔してる」 …………。 なんだか最近、明から、掃除大好き掃除人間のように思 われている気がしてならない。 あながち間違っていないので反論するつもりはない。 汚い場所を清潔にするというのは、とても尊い行いだ。 「そうだとは思わないかね」 「何がだよ」 …… ………… ……………… 「よし、できたぞ」 今日も大活躍してくれた回転ボウキを労いながら、棚に 戻してくると、明るい声が聞こえた。 「何を作ったんだ?」 「まーそう焦るなって。今持ってくから」 もったいぶる明の言葉を聞き流しつつテーブルにつくと、 またしても鼻歌なんぞを歌いながら、 トイレに乗せた料理をこちらへ運んでくる。 湯気が立っているので、暖かい料理だろうか。 そろそろ肌寒くなってくる時期なので、スープや煮物系 だと良いかもしれない。 「じゃん!」 大仰な掛け声と共に、目の前に出された料理は、 想像通りスープの類ではあるのだが、妙な臭いがする。 草っぽいというか、いわゆる薬草的な臭いだ。 「なんだ、これは」 「本日のスープでございます」 似つかわしくない言葉使いが、胡散臭さを増大させる。 「この臭いは?」 「少々臭いますが、味は格別でございます」 「何を入れたんだ?」 「企業秘密でございます」 「……、わかった、とりあえず飲んでみよう」 「どうぞどうぞ」 スプーンに一口分のスープを救い、口元へと運ぶ。 臭いが鼻をつくが、問題は味だ。味が良ければ多少の臭 いなど気にならない、なるはずがない。 「苦い!」 リキッドがタンとコンタクトを交わした瞬間、 口咥内にハイパーなニガミがビッグウェイブのように押 し寄せる。 「あ、やっぱ苦い?」 知りませんでしたとでも言いたげな顔をする明。 「味見くらいしろ」 「いや、やっぱ怖いじゃん」 「何を入れたんだ」 「冬虫夏草とか、高麗人参とか」 漢方薬だった。 確かこういった珍品には、効能と相応の値段がつく筈な のだが。 「お高い物なんでしょう?」 「十万円くらいかな」 「……、この、馬鹿!」 「いて!」 お金の無駄使いは罪である。 そして、罪には罰を与えなければならないのだ。 「大丈夫だって、親父の奴をちょっと拝借しただけだか ら」 「尚更いかんわ!」 「ぎゃあ」 ………… ……………… …………………… お金がかかっているだけに勿体ないという事で、 明特製の薬膳スープを二人して飲み干した後、 明には罰として床の雑巾掛けを命じた。 悪ふざけではない……、と思うが、 明のこういった部分は改善させたほうがいいのだろうか。 無いなら無いで、少し寂しい気もするのが難しい所だ。 若干苦味の残る口内を気にしつつ、 明がサボらないように様子を見守ろうとするも、 「ふー」 気がつけば一息つかれているのが少し悔しい。 本人曰く 「休憩じゃない、小休止だ!」 との事だが。 どちらでも違いはないので、叱る事に変わりはなかった。 「明」 こんなやり取りを何回かしているうちに飽きてきたのだ ろうか、明は黙々と掃除に取り組んでいる。 「んー?」 「俺はここ一週間の帳簿を纏めてくるから、 お前はしっかり掃除に励むんだぞ」」 「あー」 生返事なのが気になるが、 途中で投げ出すような事はしないだろう。 ドジは多いが、あれで信じる価値のある奴だ。 小さい喫茶店とはいえ、二人で営業していると、どうし ても手の回らない部分が出てくる。 その皺寄せはどうしても定休日に偏ってしまう。 ぐちゃぐちゃになっている帳簿を整理したり、普段より も丁寧に掃除を行ったり、エトセトラしたり。 「さて、始めるか」 誰に聞かせるともなく、一人気合いを入れる。 アナログ人間を自称し他称される俺は、パソコンやら何 かを上手く扱えない。なので、書き物はどうしても紙に 頼る事になってしまう。 この情報化社会、近所の八百屋のおじさんですらパソコ ンを駆使しているというのに、情けない限りである。 こうして紙を使って記録をつけていると、 いつの間にか紙の束ができてしまってたりする。 そこで、この部屋が紙塗れにならないよう、 定期的に明のパソコンにこれを入力してもらっているのだ。 負担をかけているぶん、 せめて読みやすく纏める作業くらいは、 気合いを入れてやっておきたい。 「おわぁっ!」 と、手に鉛筆を持った所で、 ホールの方から大きな物音と、明の悲鳴が聞こえた。 バケツに足でも引っ掛けたか。 「どうした?」 「あー、いや、……ちょっとね」 ホールの床には、びしょ濡れの明が腰をついている、 その周囲には水たまりが形成されており、傍らに転がる バケツが、先程の俺の予測が当たった事を証明していた。 「びしょ濡れじゃないか」 急いでタオルを持って来て、明の頭を拭いてやる。 「ん……」 くすぐったそうな顔をした明が、小さく呟く。 「また失敗しちゃったなぁ……」 たまにネガティブに陥るのは明の悪いクセだ。 普段のテンションを見ているだけに、こうしおらくしく されると調子が狂ってしまう。 「気にするな。ここは俺がやっておくから、お前はシャ ワーでも浴びてこい」 「んー。うん、ありがと」 力の抜けた明の身体を立たせ、背中を押してやる。 「ん?」 妙な手触りがした。 衣服の下に何かを身につけているのだろうか。 歩き出す明の背中を注視してみると、白いシャツから何 かが透けて見えている。 あれは……、まさかとは思うが。 「ちょっと待て」 「なに?」 テンション低めな所をちょっとだけ申し訳ないのだが、 明の細い腕を二本まとめて片手で拘束する。 「あ、な、え、何!?」 もう片手でシャツのボタンを一つずつ外していくと、 水気で貼りついた衣服の隙間から、明の素肌が露になっ ている。 「ちょ、ちょ、やめろ! ギャー!」 「なるほど……」 ボタンを五つほど外した所で、 明の胸元に可愛らしい布がある事を確認できた。 少女趣味な下着ではあるのだが、 艶のある濡れた素肌と相まって、微妙にいやらしい。 「明……」 「違う、違うんだ。これには事情があってだな」 「確かにあんな服を着ているんだしな、そうなっても別 におかしくはない……よな?」 「何で疑問形なんだよ! っていうか、そういうんじゃ ないんだって! マジで!」 両腕を拘束されたまま吠える明。 顔がこれ以上ないという程に赤くなっている、 さすがにやりすぎたのかもしれない。 拘束を解くと、 明は見た事もないような速度で衣服を整えた。 「話を聞け、とりあえず話を聞いてくれ!」 「いいんだ、明。  見なかったことにするから、もういいんだ」 「普段からこんなのしてるわけじゃなくてだな、もし今 日あの服を着る事になったらって思って!」 「こんなの? あの服? 何の事かさっぱりだな」 「そういうのいらねーから!」 「落ち着け。例え明がどんな趣味を持っていようと、俺 は明の味方だ」 「大吾……、……じゃなくて、  ほんと、話だけでも聞いてくんない?」 「何の事かさっぱりだな!」 ―――――――――――――――――――――――――― 3行25文字です。 実作業時間6時間くらいです。 工程は、お題に関係するネタ出し→プロット→本文→推敲といった感じです。 お題の部分をもうちょっと広げたかったなぁ、というのが自分的な課題点です。