私はあなたに
今日も暗い夜が来た。
少女は血のように赤い戦闘服をまとい、暗い棺桶の底に身を横たえている。
その体がビクンと震えた。
氷のように冷たい彼女の血液は、目覚めの時を迎えて急速に体の中を流れ出す。
でもまだ目覚めたくない。
もう少し、昼の光が残した鉛のように重い気だるさの中で、吸血鬼の眠りに浸っていたかった。
セラスはぎゅっとまぶたを閉じる。
吸血鬼は夢を見ない。生ける死者の眠りはすなわち死に等しく、体は一切の活動を止める。
魂すらも陽光の下では凍り付く。
彼女は少しばかりユニークな存在だったから、必ずしもそれは当てはまらなかったけれども、
やはり夜よりは昼のほうがずっと体内の血は静かだった。そしてそこに乗せられている記憶も。
夜、血が動き出すとそこに刻まれている記憶も動き出す。
それは吸血鬼になってからの彼女の記憶。沢山のものが喪われていく想い出。
血の中に刻み込まれた喪失。冷たくもなければ暖かくもない。
吸血鬼である彼女が歩いてきた道は、いつだって死に彩られ、血に塗られている。
セラスは考える。自分はあの時、吸血鬼になって何を手にしたかったのだろう。
あの時から自分はずっと、失ってばかりいるような気がする。大切なものも、大切な人も。
少女は棺桶の中で寝返りをうち、猫のように体を丸めた。
膝を折り曲げ、握った手を胸の前で組み合わせたその体が、血のうごめきで細かく震える。
寒く、そして熱かった。
世界に太陽が残した爪痕はまだ完全には消え去っておらず、その痛みはセラスの心を苛んだ。
喪ってばかりいるような気がする。何も手に入れてはいない気がする。
もう少し時間が経って、世界が完全な闇に染まれば、
彼女もまた完全な吸血鬼として夜に出て行けるのだけど。
この昼と夜の境にある黄昏の時間、血が目覚めてから体が活動を始めるまでのつかの間の時、
吸血鬼は夢を見る。未だ完全には目覚めぬ体のまま、その血に背負わされた記憶に身を焦がす。
セラスがそんな吸血鬼にとっての夢を見る時、決まって現れる男がいた。
もちろん彼も喪われた人。
「……隊長」
少女は震える唇でその名をつぶやく。
「ベルナドットさん……」
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吐息は白く、湿り気を帯びていた。それが乾いた唇に艶を与えていく。
血の記憶は魂の記憶。セラスの中に流れるベルナドットの血は、彼の想いすら再現する。
今でも思い出すことが出来る唇が触れ合った時の感触。その時、彼は何を想っていたのか。
「……ああ」
両足の間にかすかなうずきを感じる。乳首がわずかに尖り、喉はごくりと唾液を飲み込んだ。
生々しい生の記憶、鼻腔の奥で再現される男性の匂い。
触れられた指の感触、あたりを満たしていた血と硝煙、見えない目に映っていた一面の朱。
守れなかったもの、与えられなかった命、それなのに与えられてしまった生。
一方的に、ただ一方的に、与えられるばかりだった……想い。
恋人だったわけではなく、
セラスは彼を好きだったとしてもそれは男女としての感情ではなかったのに、
ベルナドットがセラスに向けていたのは本当に純粋な男性としての想いだった。
彼女はまったくそれに気がつかずに、気がついた時には彼はもう……。
返すことが出来ずに行き場を失った感情は、体の中を狂おしく駆けめぐる。
自分は彼に何も与えてあげられなかった。ただ一方的に、与えられるばっかりで……。
泣いて過去に耽溺したかったが、体内を流れる熱い血はそれを許さず、セラスに生きろと告げる。
皮肉なもので、死者の中を流れる、死者によって与えられた血こそが、何よりも熱いのだった。
何よりも生に満ち、命の輝きに満ちていて、体を熱くとろけさせていく。
「はぁ……」
セラスは熱に浮かされたように、息を吐いた。狭い棺桶の中で身じろぎするけれども、
逃れられるはずもなく、実のところ逃れたいと思っているわけでもない。
ただ彼女はどうすればいいのか分からないだけなのだが、それすら血の記憶が教えてくれた。
くちゅ。
体の奥深く、隠された繁みがうずく。彼は本当は彼女をどうしたかったのか。
体内を流れる血はますます熱く、どくどくと流れる衝動は内側からセラスを揺さぶり、突き上げる。
「……んっ」
胸がうずく。乳首が硬く強ばっていくのが分かる。
充血しすぎて耐えきれないと思ったセラスは、そっと上着のボタンに指をかけた。
はじけそうになっている小さなボタンを、くいっと指で押し込んではずす。
「あっ…」
わずかに解放された胸がピクンとはねた。
布地にこすれた乳首の刺激で、またじわりと愛液がしみ出す。
まだ足りないと、彼女の指はもう一つを外した。
そして出来た隙間から腕を差し込んで、このうずきを静めようとする。
もどかしく動く指がきつい服の下を芋虫のように這って、柔らかな乳房にくい込んだ。
「う、ん…っ」
自分で自分の乳房を握りしめるような格好になって息を吐く。
羞恥に染まった頭は考えることを半ば拒否して、代わりに指だけは欲求に正直に答えようとする。
「は……ぁ…」
つぷりと指先が尖りきった乳首に触れ、硬くなったそこをたわわな脂肪の中へと押し込んだ。
熱を帯びた硬いものを無理矢理押し込まれた胸と、柔らかくて暖かいものに包まれた敏感な突起、
セラスは二つの感覚を二つながらに感じて、こらえきれずに指をさらに動かしてしまう。
「ぅう、……ん……はぁ」
乳房の中に埋めるようにしてこりこりとそれを転がすと、体中にその共振が広がっていくようだった。
そして体内をかけめぐった衝動は、出てきたところではなく、別の場所へとその快感を収束される。
恥ずかしいという思い、ここは暗い棺桶の中で他に誰も見ている人間などいないのに、
どうしてもそれが消えなかった。むしろセラスはずっと誰かに見られているような気がしていた。
内側から……体の内側から、誰かが見ている。……いや本当は見せたかったのかもしれない。
見て欲しかったのかもしれない。
「ふ…ぅん」
もう股の間は隠しようもなく濡れていた。
意識せずして、その衝動を静めようと足は膝をすりあわせている。
胸にやろうとしていたもう片方の手も、導かれるように下に移動して着衣の上からそこを触った。
「ぁんっ」
予想以上の刺激にピクンと体が跳ねる。またじわりと液が湧き出し、頬が赤くなった。
けれども指は止められず、もどかしげに布地を掻く。
胸を触っていた手も、もう片方の丘が求める痒みに耐えきれず、肘まで使って
指で触れられない方の乳首を刺激しようとしていた。
「ああ…ん」
名残惜しげに、最後に一際強く突起を刺激して手は一旦離れ、引きちぎるようにボタンを外して
胸を外気に露出させ、ブラジャーから乳房を掴みだしてもみしだく。
大きいだけにどれだけ刺激を与えても飲み込まれていくようで、餓えにはきりがなかった。
「はぁっ……」
左手もとうとう堪えられなくなって、ヘソ下のボタンを外しズボンの隙間から指を滑り込ませる。
右側の胸を揉んでいる右手は、親指と人差し指で乳頭をつまみながら、
ぐりぐりと手のひらを押し当てるように、全体を激しくこね回している。
放置された左の乳首が抗議するように強く鬱血してその存在を主張し、
セラスはしばしためらった後、直接唇でそこに吸い付いた。
「…ん……ぐ」
やっと与えられた快感に声をあげようとするが、自分自身の胸で塞がれているために
それができない。倒錯的な状況を正しく認識出来ずに、思わず抵抗するかのように舌を絡ませ、
口に侵入しているものを押し出そうとする。
「んっ……はぁっ」
ショーツの下へとまわった指が、しどしどに蜜をあふれさせる裂け目を撫でて、
くちゃりと大陰唇を割り、その中にある敏感な部分を探り当てた。
「ひぃゃぁ…」
再び乳首に吸い付いている口から、か細く声が漏れる。
セラスはそんな自分の声に羞恥をあおられて、ますます強く乳房を口に含んだ。
そうしながら二本の指でクリトリスとそれを包んでいる包皮を挟み込み、上下に動かす。
最初おそるおそるだった動きは、あっという間に激しいものへと変わった。
「……ふ、……あっ、はあっ」
もう止められない。白く染まった頭でそのことを認識しながら、
どうして自分がここにはまり込んだのか、原因となった人のことを考える。
「ベルナドット……さん」
セラスは夢中で彼の名を呼んだ。
――私はあなたに、もっと一緒にいて欲しかった。もっと色んなことを教えて欲しかった。
そんな正直な心は、一緒にいる間には決して口に出せなかった。
だからこそ、彼女と彼との間には別の可能性があったのかもしれない。つまり……。
「ふ…ぅ……」
それ以上考えることを拒否するために、手の動きをますます早めた。
体の中でいくつもの小さな波が押し寄せてははじけ、
その度に彼女はますます高みへと追いやられていく。
自ら後がないところへと踏み込んでいくことを、自分に与える罰のように悦びながら、
セラスはなおも激しく両手を動かし続けた。
包皮が割れ、ふくれあがった突起があらわになり、指は直接それをこする。
それでも痛くないのは、充分すぎるほどに溢れ出した蜜と、暖められた体のせいだろう。
「……ぁ、……ん、……ん」
少女は暗闇の中で目を見開き、居ない人を必死で捜そうとした。
――もしかしたら、私はあなたと一緒に生きて行けたかもしれないのに。
「………ふぅ……あ、ああっ」
頭の中で次々と白い泡がはじける。
最後に一際大きな波が来て、セラスは無力な木の葉のように舞い上げられ打ち上げられて、達し、
四肢をぴんと硬直させながら、体の隅々まで絶頂の震えが行き渡るのを味わっていた。
「ああ……」
目の端から涙がこぼれる。
体の中で血が溶け合っていくのを感じた。ベルナドットの血とセラスの血と。
――ベルナドットさん。
セラスは呼びかけた。
――私はあなたに。そして、あなたは私に。
そうやって一緒に生きていきましょう、と。
+
彼女はしばらくそうやって、深い余韻にひたっていた。
世界は暗く、やがては体内の熱も消えてしまうだろう。吸血鬼の生は絶望に満ちている。
それでも体の奥底には消えないものがあるのだと、セラスは信じたかった。
この呪われた生でも、何か残せるものはあるのだと、喪っていくばかりではないのだと。
暗闇の中でセラスは目を開き、じっと考え続けていた。
やがて黄昏の時は終わり、完全なる夜が訪れる。
彼女の血はもう、熱くもなければ寒くもない。
2004.12.18
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