愛していたのは
バリッ
幻覚が破られた。セラス・ヴィクトリアの奥深くへと入り込んだはずの左手は引き抜かれ、
幻は割れた鏡のように砕け散った。
ぞりぞりぞりぞり
削ぎ落とされゆく暗闇の中で、ゾーリンは夢を見ていた。
奇妙な夢だった。
自分は裸で、上には白い肌をした娘が乗っている。
金の髪、青い瞳、少女の唇、対照的に豊満な胸、くびれた腰、引き締まったヒップ、
適度に太くまた太すぎない股。いかにも大人と子供の境にいる、若くて健康的で魅力的な女。
――ああ、自分とは正反対だ。
短く刈り上げたぼさぼさの髪、尖った瞳、薄い唇、キツネのような醜い顔、体は骨の上に筋が付いた
ただそれだけの物体で、胸も筋肉の上のわずかな突起にすぎず、どこまでも男のようで
だけど男にはなりきれない中途半端な、醜い肉体。
「ねえ、おまえ」
体の上に乗った女が呟いた。
「よくも私の愛しい人を殺してくれたな」
ぶすっと指がつっこまれる。敏感な秘所に。まだ濡れてもいないそこに、尖った指が。
「……ひっ」
痛みに思わずゾーリンはうめいた。
「私を愛してくれた人を殺したな」
指が動く。ずぶずぶと挿入しまた引き抜いていく。しかしそこに細やかさは欠片もない。
相手に快感を与えようという思いなど欠片もない。ただ汚し侮蔑するためだけの行為。
「私を助けてくれた人を、おまえは虫ケラと呼んだ」
「…ひ……ぎぃ」
痛い痛い、脳裏にそればかりが駆けめぐる。しかし体は自身を守るため、意に反して
粘着液を分泌する。ぐちゅぐちゅと音は変わりつつあった。
「ひどい女。嫌なヤツ。おまえなんか大嫌いだ。あんたなんか最低だ」
「……はぁ、…ぅうん」
「人の心を弄んで。たぶらかして。散々に踏みにじって。それで快感を感じていたんだろ?」
「ぎっ」
突っ込まれる指が三本に増えた。
「ほら、こんなふうにさ」
女――セラス・ヴィクトリアはわざと指を曲げて、ゾーリンの内側を、敏感な粘膜を抉ってみせる。
「ほら、感じているんだろう。そうなんでしょう」
そうだった。どういうわけか、ゾーリンは体の奥底でうめく何かの存在を感じた。
「嫌らしい女」
心底軽蔑した口調で彼女は吐き捨てる。
自らの豊満で美しい肉体を誇示するように、その豊乳をゾーリンの胸板にすりつけながら。
「大嫌い。あんたなんか、こうやって相手を汚すことでしか、快感を得られないんだ」
半身を黒く醜い刺青に彩られた体の上を、純白の美しい肉体がうねる。
乳首が柔らかい乳房の感覚に包まれ、こねくり回された。
「あッ……はぁ」
「なにをうめいているの。ねえ」
秘所に突っ込まれた三本の指が、別々に動く。そうして中を散々にかき回す。
「ひぐっ……ぎ……ぁ」
「私の大切な人を奪っておいて、どうして気持ちいいなんて思えるの」
四本目の指が差し込まれる。もうこれ以上は入らないとゾーリンは思う。
だけど相手はまったく頓着しなかった。
手を手刀の形にして、まるで鞘に突っ込むかのような無造作さで、ゾーリンの中に出し入れする。
「あんたにも大切な人はいたんでしょう。……いないのかな。あんたみたいな女にはさ」
――そんなことはないっ。
反射的に叫んでいた。でもそれも、暗闇の中に消えていった。
「だけど私は知っている。あんただって愛されていたことを」
――誰だ?
ずぶりずぶりと出し入れされる手刀の感触にうめきながら、ゾーリンは叫んだ。
――こんなアタシを愛してくれる男なんていやしない!
「部下達だよ」
彼女は言った。
「だって身を挺してあんたを守ったじゃないか。無謀な命令にも平気で付いてきたじゃないか。
私が飛空船を撃ち落としたって、どんな犠牲が出ても、指揮官のあんたを疑いもせずに」
――そうだったのか!?
「……がはっ」
体の中に入っている手が丸められた。手刀は拳に代わり、そうして中で回転する。
「ほら、こんなふうに。あんたは部下達の気持ちだって踏みにじってきたんだ」
痛いと叫ぼうとしても、声にならない。あがるのは奇妙に歪んだ喘ぎ声だけ。
「ぎゃ……ぎぃ……はぁっ」
ずるりと拳が引き抜かれ、痛みに悲鳴を上げるよりも先に、また突き入れられてきた。
入らない、そんな大きなモノ入らない、叫びは声にならない。
ただずぶりずぶりとゆっくりと、拳はゾーリンの中に再び収まっていく。
「傭兵さん達の心は読んで」
「ぎぃっ」
「操って」
「…ぐぁ」
「踏みにじって」
「ぎぃぃ……」
一言ごとに、拳が出し入れされる。裂けると思ったが、実際に裂けているのかもしれなかったが、
ゾーリンには分からなかった。分かるのはひたすらに痛みと圧迫感、そして圧倒感。
……さらに心の奥底でうずく痛み。……そしてさらに奥底で、うごめく快楽。
「だけど、自分の部下の気持ちなんて考えたこともなかったんだ」
「ぎゃはぁッ」
最後に一際激しく、殴りかかるような強さで拳がひねり込まれた。
しかし散々に拡張されたゾーリンの穴は、それをずるずると飲み込んでしまう。
ずちゃ、ずちゃと粘液がかき回され垂れ流される音がする。
「あんたなんて、本当に最低」
セラス・ヴィクトリアはゾーリンの顔に自分の顔を突きつけて、
桜色のつややかな唇で吐き捨てた。ぺちゃっと、顔に唾がかけられる。
それはゾーリンを侮辱するものであると同時に、彼女を愛した吸血鬼たちへの唾棄でもあった。
――貴様ぁッ。
ゾーリンは叫んだ。闇に吸い込まれると分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
無我夢中で手足を振り回そうとしたが、まったく動かない。
泥と化したように、あるいは泥につかまったかのように、
彼女の四肢は無防備に伸ばされたままだった。
「ほら、言ってみろ。あんたが愛した人の名前を言ってみろ」
ゾーリン・ブリッツを拳で犯しながらしながら、セラス・ヴィクトリアはそう責め立てる。
――言えない、それだけは言えない。
痛みと快楽の狭間で悲鳴を上げながら、ゾーリンは全身全霊を込めてもがいた。
「そいつも私が殺してやるから。絶対に殺してやるから。……言ってみろっ!」
ぎりぎりぎり。拳がどんどん侵入してくる。中へ、中へと。
まるでゾーリンが幾度も繰り返してきたように。
奥底へと分け入り全てをさらけ出そうとするかのように。
「最低な女。愛されていることも知らない癖に、自分勝手に愛していただなんて」
ぺろり。硬く尖った乳首を、柔らかな舌がはう。
「……はあっ」
ようやく与えられた純粋な快感に酔いしれた狭間、それは痛みに変わった。
「ぎゃあッ」
つぷ。吸血鬼の尖った歯がそれをかみ切る。セラス・ヴィクトリアはにんまりと笑い、
横を向いてぷいっとかみ切ったゾーリンの乳首を唾ごとはきだして見せた。
「おまえの血なんて一滴も飲んでやらない。おまえの体なんて、欠片も食べてやらない」
――嫌だ嫌だ嫌だ。
怖かった。ゾーリン・ブリッツは純粋に恐怖を感じていた。
目の前のこれはなんだ。幼い頃のトラウマに泣いていた無力な少女ではなかったのか。
虫ケラのごとき傭兵の死に泣いていた、愚かな半端者ではなかったのか。
――助けて。
思わずそう叫んでいた。心にふっと、あの人の姿が浮かんだ。
「誰だ!」
もはや子宮口まで達した拳が、さらに奥に入ろうとしてくる。
入らない、絶対に入らないのに、この女ならやりかねないと思った。
「そいつは誰だ!」
「……ひゃはあァ」
恐怖に半分狂いながら、ゾーリン・ブリッツは必死で念じた。
どうかそれだけは、それだけは言えないと。
「言え、言え、言ってみろっ」
ぶすりと肩に鋭く尖った爪がくい込む。べりべりべりと皮膚がはがされていく。
彼女の体を覆う刺青が。ゾーリンの力の源が、まるで紙のように無造作に引きちぎられていく。
……恐ろしいのはそれにすら、快感がともなっていることだった。
力は常に緊張を強いる。ゾーリンの心を読む能力は、彼女に常に苛立ちをもたらした。
虫ケラの羽音を聞くがごとく。心の雑音にいつも悩まされる。
だがもう彼女に声は聞こえない。力ははぎ取られ奪われた。
聞こえるのはただ一つの声。
「そいつは誰だ!」
――助けて!
ゾーリンは泣いていた。秘所に腕を突き込まれ、乳首を噛みちぎられて、皮膚をはぎ取られて、
口からは唾液の泡をあふれさせながら泣いていた。
――でもあの方はアタシのことなどなんとも思っていないのだから。
「誰だ!」
――ムダだよ、セラス・ヴィクトリア。
「ぎぃっ……はあッ……ひやあっ」
半分以上狂いながら、痛みと快楽に酔いしれながら、
ゾーリン・ブリッツはただ一人の人のことを思った。
この化け物を殺してくれるであろう、あの方のことを。
拳が突き入れられてくる。そうして快楽も高まっていく。それは脳髄を白く染め、心の扉を開く。
――少佐殿。
「そいつか!?」
――そうだ。
「そいつがおまえの愛した男なんだな」
――そうだよ。
「殺してやる。絶対に殺してやる」
「はははははッ」
闇に哄笑が響いた。それはもはや狂人の声だったので、沈黙の闇すら引き裂いた。
――殺せるものか。おまえにあの方が殺せるものか。あの方は全てだ。アタシの全てだ!
だからどんな無謀なこともやってみせた。振り返って欲しかったから。
いつだって先頭に立って突き進んできた。ゾーリンに出来ることはそれしかなかったから。
どんなにリップヴァーンが羨ましかったことだろう。
あの人のために捨て駒になれたあの女のことが。
こんなに中途半端な幻術能力。
戦闘力では大尉に及ばず、特殊能力ではシュレディンガーにも劣って。
女としての魅力もなくて。
――だけどアタシは愛していた!……叶わないと知っていても。
「……」
女はもはや何も言わなかった。
ただゾーリンの腹腔に突き入れた拳を開こうとしていた。その指の先には尖った爪。
彼女は今、内側から引き裂かれようとしていた。
「ぎゃあッ、ああっ、はあっ、ひゃはははははッ」
ゾーリンは狂ったように笑う。いやもう狂っていたのかもしれない。
ただ彼女の心を占めていたのは一途な愛。決して振り向いてはくれない、
その人の前では自分もまた虫ケラにすぎない人への、精一杯の愛情。
「「死ねぇ!」」
叫び声は二重に重なった。
そうしてまた、闇が訪れた。
+
「ふふっ、しぶといなあ」
暗闇の中で、猫の耳を持つ少年は笑った。
彼はどこにでもいるし、どこにもいない。
「でもそうか。キミが愛していたのは少佐だったんだね、ゾーリン」
それが知りたかったんだよ。シュレディンガーはくすりと笑った。
「じゃあね」
今度こそ本当に、さようなら。もうキミには何の用もないから。
2005.10.3
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