ドラキュリーナのベッド


その獲物は女吸血鬼だった。まあそれは大して珍しくもない。身内にもちょこまかしいのが一人いる。
その獲物が少々特殊なのは、吸血ではなく性交によって相手の命を吸い取ることだ。
もちろん血も吸うらしいが、それより性交を好むらしい。珍しいことだ。

嫌悪感に顔を引きつらせるマスターのおかげでいつもよりは多少の興味をもってその現場に赴いた。
現場は郊外の農村。そこにある日ふらりとやってきた女が村の男の精を次々と吸う。陳腐な話だ。

ドスッ。バシュッ。ギャアアアッ。
例え相手がグールであっても虐殺は私の心の底を振るわせる。
例え相手が女吸血鬼に精も血も魂も吸い取られたグールであっても。

「すごいねえ、あんた」
地主だというそれなりの作りの村長の家の居間、ソファにしどけなく寝そべって女吸血鬼は私を待っていた。
白い肌、床まで流れ落ちるゆるやかな黒髪、紅い瞳。確かに大抵の人間の男は理性を失うだろう。
「強いねえ、あんた。
 凄い力だよ、少なくとも若造じゃない、私は100年は生きてるがあんたはもっと上だね」
女は豊満な胸に挟んだ箱からタバコを取り出し火を付けた。
「殺すのかい、あたしを?」
返事をするのも馬鹿馬鹿しい。私は無表情に銃口を向ける。
「どうしてだい? あんたと私ならもっと楽しいことができるよ」
「いうことはそれくらいか? つまらんな」
バシュッと弾丸が布張りのソファを打ち抜いた。
女はソファの背にしどけなくそえていた手に力をかけ、それを軸として俊敏に後ろに降り立った。
「いい女でも居るのかい? 私も一人だけ知ってるよ、人間の娘に恋をした吸血鬼の話」
「愚かなことだ」
「そうだよ、さっさとやっちまえばいいのにその若造は、娘を同族にもせず、処女を奪いもせず
 二人で逃避行のあげくに」
パンッと女は手をたたき合わせた。「二人そろって蜂の巣さ」
「あんたもそのくちなのかい? だから人間に味方する?」
女の問いはつまらないが、逃避行のエピソードは面白かった。それに免じて少しつき合ってやろう。
「私が人間に付くのは契約と、おまえのような下衆がのさばっていては迷惑だからだ」

「あたしが下衆だってえ!?」
怒ると流麗な顔は瞬時に崩れ、鬼女という言葉のふさわしい顔があらわになる。
「そうだ、下衆だよ、それを教えてやろう」
私の中でぞわりと何かがうごめいた。さっきグールを潰していた時とはまた違う感触。
血の欲求とそれ以上のもの。久しく忘れていた感触だった。
私は銃を懐にしまい、女に飛びかかった。
女の爪が頬をえぐる。構わずその手を捕まえて逆方向にねじり折る。
こうするとなまじ筋肉の再生が速いせいで、手はねじれたまま固まることになる。
悲鳴をあげる女吸血鬼はもう私を高ぶらせるだけだった。

「ここではつまらんな」
私は片手で女を抱え上げ、村長のベットに放り投げた。周りには誰のものだか知らない血糊がべっとりついている。
「おまえはここで男とまぐわって精を吸っていたんだな?」
サングラスを外してサイドボードにおき、組み敷いた女吸血鬼の目をのぞき込んだ。
彼女はマスター以外のすべてを従わせる私の瞳の前に必死に抵抗していたが、やがて折れた。
「そうだよ。ここは私のお気に入りだった。泣き叫ぶ女房をその大時計にくくりつけて、目の前で亭主とやったもんさ」
「そりゃあ楽しかったろう」
私は笑みを浮かべて言う。セラスが見たら思わず30mは逃げ出す笑みだ。
「血を吸うよりも楽しかったか?」
「さあどうだろうね…。私は飽きたのさ。ただ鬼みたいに血を吸うことに。吸血鬼にもさ、もっと人間味が必要だよね」
「血に飽きた、か」
私は舌なめずりをした。心の中でうごめくもの、人で言うなら性欲だ。
「本当に飽きたか試してやろう、ドラキュリーナ(女吸血鬼)」

吸血鬼の腕力の前には女の服など薄絹のようなものだった。
白い肌が月と星の光に浮かぶ。そんなものがなくても吸血鬼の目から逃れられるものなどないのだが。
私はまずその腹部に牙を立てた。
「くふぅ」
女は体を震わせる。吸血鬼に血を吸われるという至上の喜び。それは人でも吸血鬼でも変わらない。
だが私は一瞬で牙を外す。そして次は乳房に。またもう一方の乳房に。
「はぁん…う、ん、」
快感は瞬間瞬間しか続かない。女は無事な方の左手で私の頭を捉えようとした。
しかし逆にその手を捕まえる。左手の手首に浮き出る血管に牙を立てた。さっきよりは長く吸ってやる。
「ああ、いぃ」
陶酔しかけた女を突き放すように牙をはなし、左手に何度も何度も場所を変えて牙を立てる。
もう女の左手はぼろぼろだった。快感で身をよじった拍子に牙に引っかかった肉が剥がれ落ち、白い骨まで見えている。
再生しないのは左手にはもうほとんど血が残っていないからだ。それでも心臓から送り込むこともできたのだが。
「もっと吸って欲しいだろ?」
私の言葉に無我夢中でうなずいた瞬間、左手の付け根を切り落とした。悲鳴はしかし
傷口に牙をあて、果汁のしたたる実をかじるようにごくごくと血を飲み干すと途切れる。
「うん、いい、いいのぉ」
体の前面は傷だらけ、左手はない、右手はねじ曲がっている。女はもう陶然としていた。

私はそんな女を裏返した。わずかに残る布地を爪で切り裂く。ついでに女の肌も裂かれた。
今度は牙ではなく舌でその血をなめる。
「あっ、あっ、あーっ」
牙とは違う感触が別の音色を奏でる。しかし同じ血をなめるのでも主人ならば決してあげない声だ。そう思うとますますいきりたった。
今度は全力で女の背中に骨の見えるような三本の深い筋を付ける。
「いたい、いたいのっ」
女は猫のように体を反らせて悲鳴を上げた。
無視してさらに傷を増やしてやる。そしてとりきおり指についた血をなめ取る。最期に血のプールとなった背中に顔を埋めて血をすする。
女吸血鬼の血は、腐ったワインのような香りがした。貴腐ワインはトロリとしていて濃厚に甘い。
「このまま後ろから心臓を開いてやってもいいが」
「ひいっ」
彼女にわずかに残った理性が恐怖の声を上げる。
「私はまだ満足していないんだよ、もっと私を満足させておくれ、ドラキュリーナ」
私は再び彼女の体を返し、正面からその美しい顔を眺めた。快感の余韻、恐怖、媚び、すりきれた誇り、いい表情だ。

体の表面につけた傷はもうふさがり始めていたが、牙を立てた部分だけは赤く腫れ上がっている。
腹と乳房と…私はもっと下に、下腹部に牙をすすめた。がっとこれまでのどこよりも深く牙を突き立てる。
「きぃああああ」
ねじれた右手を必死にばたつかせながらも耐えきれず上を向いて嬌声をあげる。
この瞬間だけを見れば普通の男女に見えるかもしれない。だが我々は吸血鬼。そろそろこの女も思い出したろう。
さらに下半身を持ち上げて、豊満な尻にもかみついてやった。そしてそのまま噛みちぎる。
くっちゃくっちゃとガムを噛むように味わってから横に吐き捨てる。
次は太股。牙を立て一気に縦に裂く。血が噴き出して私の顔をそめた。もう片方も。
「どうだ、血には飽きたんだろ?」
女吸血鬼は夢中で太股を両側から私の顔に押しつける。「吸って、吸って」それしか聞こえない。
だから吸ってやった。どの傷も血が吹き出るより先に血を吸い取られてしまうものだから再生が追いつかない。
体はどんどん腐っていった。両足も、ねじれた右手もあまさず切り開き切り裂き切り取り吸ってやる。
もう残っているのは胴体だけ、それも正確には前半分だけだ。

「最期にお前の顔が見たい、ドラキュリーナ」
最期という言葉に彼女はぴくりと反応した。でもそれはやめてくれというものでは決してない。
この女は怖いのだ。快楽が終わることが。血に狂う。それこそがヴァンパイア。
「だから正直に答えておくれ。お前は血に飽きたのではない。生に飽きたのだろう?」
答えはなかった。だが問いかけはは少し彼女を正常の世界へ引き戻したようだった。
「ち、違うわ。私は人間の男なんて、陳腐で、血を吸うだけの価値なんてなくて、だから私への奉仕を」
「たくさんしてやったじゃないか、奉仕を」
「ああ」女は深い息を吐いた。そう彼女の体を飲み尽くす、これこそが彼女の求めていた奉仕だ。男に腰を振らせる事じゃない。
「お前は自分の血を飲んで欲しかったんだよ」
女吸血鬼は、がっくりと体から力を抜き目を閉じた。

彼女の瞳にそっと指をかける。
「開けろ」
そう命じるとぴくりとまぶたが開く。
「私を見ろ」
彼女の目にはどんな私が見えるだろう。血にまみれた私。興奮し発情し理性など片隅におしやった私。
そっと上まぶたと下まぶたの上に指を突っ込む。
彼女は次に起こることを知りながら、それすら快楽への期待へと変わっている。
このような私の姿を主人が見たらどう思うだろう? 今頃屋敷で夢の中にいる我が愛しい主人は。
そう考えながら、そっと眼球を握りつぶした。空いた空洞に舌を入れてなめ回す。それすらこの女吸血鬼は感じるのだ。
吸血鬼などこのように下賤で浅ましい血の虜に過ぎない。
それをこの女は何を取り繕うというのか。今自分の体が証明して居るではないか。
「おねがい、おねがい」
か細い声が聞こえる。
「もっと血を吸って、もっともっと私を吸って」
「いい声だ、最期まで詠い続けろ」
私は彼女ののど笛に噛みついた。血を吸う。どこまでも。すべてを。彼女の望み通りに。そして私の望み通りに。
最期の一滴が喉に落ちた時、私は目を閉じ至福の時を感じていた。

あとに残ったのはミイラの惨殺体。いや正確には、惨殺体がミイラになったというべきか。
彼女―女吸血鬼は白髪の老人とかしていた。すぐに塵とならないところを見ると、100年生きたというのは嘘だったのもしれん。
しかし女は嘘をつくものだ。こと年のこととなれば。
部屋中のカーテンをあけはなつ。東の空は白ばみはじめていた。もう少しすれば日が昇る。
そしてこのミイラとなった女吸血鬼も今度こそ塵に還る。念のためカラカラに乾いた心臓は握りつぶしておいた。

「眠いな」
外へ出た私は大きく伸びをした。だか体にはすっきりした気分が残っている。
最初はつまらん任務だと思ったが意外と有意義だったな。血を浴びる程飲んだ。
そして久々に、人間に使役されるようになって以来溜まっていた感情も発散できた。

帰るか。血にぬれた家を後にアーカードはいつになく上機嫌で朝の光の中を歩いていった。


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