闇の中で


インテグラは疲れていた。
ヘルシング局長としての気の休まることのない日々。
吸血鬼のからむ事件に悲惨でないものなどないが、
先日の事件はわけても彼女の心を痛めつけた。

部屋の明かりはサイドテーブルにのせたキャンドル一つを残してすべて消してある。
一人がけの豪奢な革張りのソファに体を沈みこませた。
スーツの上着と手袋はベットの上に放り出されている。タイも外し、
ブラウスのボタンも上二つほど外して首元をゆるめ、ついでに手首のボタンも外した。
サイドテーブルには執事の手によってキャンドルの他に葉巻とブランデーが置かれている。
葉巻はキューバ産のハバナシガー。ブランデーはアルマニャック。どちらも最高級品だ。
そしてナプキンを折った物を下に敷いて傾けた銀のトレーと葉巻カッターも用意されている。

インテグラは銀のトレーにブランデーをそっと流した。濃厚な香りを立ち上らせながら
ブランデーはやがてトレーの隅に集まってくる。そこに葉巻を転がした。
充分にブランデーを吸った葉巻を両手で揉み込むようにして転がす。
人肌の熱で葉巻は温まりながら乾いていき、渾然一体となった芳香を立ち上らせた。
それをさらにキャンドルにかざしてゆっくりと乾かす。
本来これは執事にさせるべき事なのだが、
インテグラは自分で過程を楽しむのが好きだった。特にこんな夜には。

「良い香りだな」
闇の中から声がした。
「お前を呼んだ覚えはないぞ、下僕」
インテグラは葉巻に火が移らないよう細心の注意を払いながらそう答えた。
「下がれ。今は一人になりたいんだ」
しかし下僕はかまわずにキャンドルのか細い明かりの中に入ってくる。
「イギリス紳士の伝統あるお楽しみか。
 普段葉巻を呼吸するかのように吸い捨てるお嬢様にこんな趣味があったとはな」
「私は紳士じゃない」
その金の髪を吸血鬼の指がすくう。
「放せ」
短く言い捨てて葉巻を乾かすことに専念しようとした。
しかし下僕は主の命令を聞かず、
それどころか首筋やうなじや、薄い絹のブラウスごしに鎖骨にまで指をはわせてくる。
「そう、我が主は紳士ではない。美しき淑女だ」
ソファの後ろにまわりこみ、開いている首元からそっとブラウスの中に手を差し入れてきた。
インテグラは眉をひそめながら葉巻を乾かし続けている。
アーカードの手は鎖骨を直になぞり、やがてブラジャーの中の谷間へと手を伸ばしてきた。
「いい加減にしろ、アーカード。お前は発情した犬か?」
「そんなものだ」
否定すらしない。一番良い状態になるように葉巻を乾かすには
細心の注意と時間が必要だ。インテグラは意地でも途中でやめる気はなかった。
ただ片手を離して差し込まれた手を捕まえる。
「血が飲みたいなら後でやる。邪魔をするな」
「血の快楽は吸血鬼にとって至上。
 しかし私とてそれ以外の楽しみを知らないわけではないのだよ、インテグラ」
アーカードはインテグラの手を逆に捕まえて自分の顔の前にかざした。
先ほどブランデーを揉み込んだ時に香がうつった手をしっとりと舐める。
手のひらを丹念に舐め、やがて細い指へとその指の隙間へと舌を這わせていく。
その感覚に耐えながら、インテグラは懸命にキャンドルにかざした葉巻に集中しようとした。

やっと葉巻が乾く。あとはカッターで端を切り落とし火を付ければいい。
しかしその葉巻は下僕の手によってあっさりと取り上げられた。
「返せ」
「嫌だ」
アーカードはしなやかな動きでソファの前に回り込み、主の両肩に手を置いた。
「葉巻のお楽しみの前に別のことをしようじゃないか、我が主」
そういったアーカードの目は乱れた胸元をねっとりと見つめていて
普通の女性ならば危機を感じるところなのだろうが、インテグラは冷然と見返した。
「まったく、躾の悪い犬には困ったものだ」
「たまにはその犬に身を任せてみるのもいいと思わんか?」
うす暗がりの中で人の心をたぶらかす紅い瞳が光っていた。
ヘルシング家当主として普段はそんなものに捕らわれることはない。
しかし今のインテグラは疲れていた。体中から力が抜けていた。
どうでもいい。やってみるがいい。こういうのを魔が差すというのだろう。
「そんなに言うなら好きにするといい、我が僕。
 ただし私は処女をやめるつもりはないからな。お前だってその方がいいんだろう?」
「承知しているよ、我が主」

アーカードは嬉しそうに笑って丁寧に一つずつブラウスのボタンを外していった。
同時に主の首筋に舌を這わせトクトクと血の流れる動脈の上をなぞる。
「噛みつくなよ、犬」
「主が葉巻を我慢するように、私は血を我慢するさ」
そう言いながら耳の後ろを舐める。
開いたブラウスをそっと肩から落とした。
人形のように脱力し、体を動かそうともしない主の手をブラウスから一本ずつ引き抜く。
キャンドルの明かりの中で、インテグラの褐色の肌はかすかに赤く輝いていた。
「それで、次は何をするつもりだ、犬」
インテグラは両手を組み、いつも通りの平然とした視線でアーカードを見上げた。
「その目はとても挑発的でそそられる、我が主」

組んだ両手をそっとほどいてソファの肘掛けの上に置く。相変わらず抵抗はない。
抱きしめるように手を後ろに回してブラジャーのホックを外し、
ブラウスの時と同じように肩ひもから腕を一本ずつ抜き取る。
再び主の手を肘掛けの上に戻した。

今、アーカードの前には、豪奢なソファに深く腰掛け両手を肘掛けの上にあずけて
裸の上半身を晒した主の姿があった。二つのふくらみの上で乳首がぴんと上を向いている。
金の髪が褐色の肌を彩る。

「素晴らしい」
アーカードは溜息をもらすようにささやいた。
インテグラは無感情な瞳で下僕を見つめている。
「犬、お前はずっと私にこんな感情を抱いてきたのか?」
そういって足を組み、片肘を立ててその上にかしげた頭をのせた。
アーカードはそれには答えず、跪いた姿勢で体を伸ばして主の胸に舌をはわせる。
冷たい主をなじるかのように強くゆっくりとした舌の動きで胸を愛撫する。
それでも頂点には触れようとしない。
二人の頭の距離は、インテグラの金の髪がアーカードの漆黒の髪と絡み合うほどだった。
下僕の息づかいが聞こえる。明らかに興奮していた。
一方主の息も少しずつ早くなってきていた。
「私を軽蔑するかね? インテグラ」
インテグラはもう一方の手で下僕の柔らかな髪に指をからませた。
「いいや。お前も男だ、…少なくともかつては男だった存在だろう」
「そうだ」
主の返答に満足したように、アーカードは主の乳首を舐めあげた。
インテグラの体がピクリとかすかに反応する。
しかしそれ以上の反応はみせず、犬を撫でてやるかのように下僕の髪を撫でていた。


アーカードはそっと主の乳首を口に含む。舌で乳輪をなめ回す。ときおり乳首を弾く。
もう片方の手をもう片方の胸に這わせ、そっとつかむ。優しく揉む。
「…」
インテグラの呼吸はあきらかに早くなっていたが、彼女は無表情を保っていた。
ただ頬がほんのり赤みを帯びてきている。ごくりと唾を飲み込む音がした。

「声は出さないのか? インテグラ」
アーカードはじれたように固くなった乳首を甘噛みした。んっとインテグラは歯を食いしばる。
その表情に満足して下僕はズボンのベルトに手をかけた。バックルを外す。
組まれた足をそっとほどいてそろえさせる。悔しい程に抵抗はなかった。
体を主の横に入れ、肩に手を回す。その頬に口づけしながら
すばやくボタンを外し腰回りをゆるめると、肩から主の体を持ち上げズボンを引き下ろした。
名残惜しそうに再び口づけして、ソファの前に跪きズボンから主の足を引き抜く。
まず右足を、それから左足を。あらわになったインテグラの細い足にたまらず舌をはわせる。
「そうしていると本当に犬だな」
頭上から揶揄するような声が降ってきた。

インテグラはサイドテーブルからブランデーの瓶を持ち上げグラスに注いでいる。
「飲ませてやろうか、我が主」
どうするつもりだというように首をかしげてインテグラはグラスを差し出した。
アーカードは無造作にぐいとグラスを傾けブランデーを口に含む。
そして主の口に自らの口をつけ、濃い酒をたっぷりと流し込んだ。
「んん…」
さすがにそんな経験のないインテグラは気道を確保するため懸命に飲み干そうとする。
アーカードは舌を絡ませてわざと邪魔をした。ブランデーはインテグラの口からあふれ出し
唇の端から顎へ、顎から裸の胸へと落下し、胸からやはり裸の腹へと流れ落ちる。
インテグラは強い酒を急に飲み込んだせいでぼんやりとしながら、だるそうに口を開いた。
「体が汚れてしまったぞ、犬」
「責任はとるさ」
そう言ってアーカードは愛おしそうに褐色の肌の上の黄金の液体を舐め取っていった。
最期にヘソの周りを舐めながらそっとショーツに指をかける。
「処女はやめないと言ったろう?」
「私はお前の体のすべてが見たい、インテグラ」
「では好きにするといい」
今度は自らブランデーをかたむけながら、主は変わらず無表情に下僕の姿を見つめていた。

最期の一枚がはぎ取られ、インテグラの裸身があらわになる。
恥ずかしがる様子も隠す様子も見せず、片手は肘掛けにのせ
もう片方にはブランデーグラスを手にして、
乾杯するかのように下僕に向かってかざしてみせ、主は笑った。
「満足したか、犬?」
「いいや、本当はお前を抱きたい。インテグラ」
その言葉に始めてインテグラの顔色が変わる。グラスの中のブランデーが揺れた。
「お前を抱いてその首筋から血を吸いたいよ、我が主」
アーカードは人の心を惹きつけずにはおけない詠うような声でそうささやいた。

その刹那、一瞬の輝きを放ってキャンドルは燃え尽き辺りは闇に包まれた。

「それはできない」
闇の中から苦しそうな声がする。何故苦しいのだろう。インテグラ自身にも分からなかった。
「私はヘルシングだ。そしてお前は私の下僕だ、アーカード」
アーカードの目にはグラスを握りしめ苦渋の表情を浮かべた主の姿が見える。
インテグラは闇に向かって語りかけた。
「私はその役目を捨てない。たとえどんなに苦しかろうとも最期まで背負ってやる」
闇の中、下僕が立っているであろう場所を見つめて言葉を続ける。
「だからアーカード、私の犬。今はおあずけだ」
それだけ言ってがっくりとソファに体をあずけた。だいぶ酒もまわっているらしい。

パン、パン、パン。闇の中から手を打ち合わせる音が響いた。
「それでこそ我が主」
アーカードはソファに片膝をのせ、主の体を抱きしめる。
自分の体の下にある裸体の感触を充分に楽しんだ。
「脱げよ、犬」
けだるそうな声がする。手探りでインテグラは下僕のタイをひっぱった。
「私だけ裸だなんて不公平だろう」
黙ってアーカードは一時体を外し、己の一部である衣を脱ぎ捨てた。
そして再び体を合わせる。闇の中で二つの裸身がからみあった。

主人の体は酒と熱で火照っていた。下僕の体はひんやりとしていた。
「インテグラ、お前の体は暖かい」
「お前が散々弄んでくれたからな、犬」
「感じていてくれたのかね? それは光栄だ、我が主」
インテグラの手がアーカードのものに伸びる。固くて太いものを無造作につかんだ。
「私も弄んでやりたいところだが、あいにくやり方を知らない」
「舐めてでもくれるかね?」
「そんなことをしたらこの後の葉巻の味がまずくなる。苦いんだろ、あれ」
わがままな主の言い分に苦笑しながらアーカードはインテグラの体を前に引っ張った。
「ではこうしよう」
ソファの座面に背を預ける形になったインテグラの足を持ち上げ、
そのほどよく引き締まった太股とかすかに湿った局部の間に自分のものを挟み込む。
最初はゆっくりと動いた。かすかな湿りのお陰でそれはなめらかだった。
闇に目が慣れてきたのか、じっとこちらを見ているインテグラの視線が分かる。
その静かな目はとてもとても蠱惑的だった。
動きを早める。もう止まらない。

下僕は主の目に見つめられながら果てた。白い液体がインテグラの腹部に吐き出される。
「暖かい…というより熱いな」
インテグラは静かに言った。
「これがもう一つの生命の元か」
感慨深そうにそう言って自分の腹の上に広がっていく液体を見つめる。
「それはそうとして、この始末はどうつけるんだ、アーカード。舐めてでもくれるのか?」
主は唇の端をあげてにやりと笑った。
「嫌だね、この後の血の味がまずくなる」
勝手な下僕の言いぐさを聞いて、インテグラは声を上げて笑う。

アーカードは銀のトレーの下に敷かれていたナプキンを取り出し
それで丁寧にインテグラの腹を拭いた。それから主の体を元通りソファに座らせる。
インテグラは乱れてしまった髪を手ぐしですきながら、体を落ち着けた。

「じゃあ葉巻を返せ」
差し出した手にすっとブランデーの香のついた葉巻が置かれる。
「カッターもだ」
アーカードは変わった形をした葉巻カッターを取り上げた。
「ギロチン型だ、面白いだろう?」
闇の中でも手慣れたようすで葉巻を挟み込み、ギロチンの刃を落としてカットする。
「あとは火だな。デスクの引き出しの中にマッチがある、取ってきてくれ」
「インテグラはいつも私を酷使する」
そうぼやくとまた楽しそうに笑われた。
「私は闇の中で見える目を持っていない。それに私はお前の主だ、アーカード」
「そうだな。了解したよ、我が主」
マッチを取ってきてシュッと火を付けた。再び闇の中に主の裸身が浮かび上がる。
インテグラは葉巻をくわえ、アーカードの持つマッチに顔を近づけた。
ゆっくりと葉巻に火を移していく。その顔を炎が照らした。

火のついた葉巻を、いつもと違って静かにくゆらせる。
葉巻にうつったブランデーの香を存分に口の中に広がらせる。
そしてインテグラはギロチン型葉巻カッターを再び手に取った。
「どこがいい? アーカード」
「指がいいな。ブランデーの香のうつった指が」
もう香なんてほとんど飛んでいるだろうにと思いながら、ギロチンの刃で人差し指を切る。
いつもより長く切ってみた。たちまち血があふれ出す。
その指を黙って下僕たる吸血鬼に差し出した。
アーカードは跪いた姿勢でその指に吸い付く。
葉巻が燃焼するかすかな明かりの下でアーカードの陶然とした端正な顔が見える。
「血の快楽は至上か…」
下僕はそれに答える間も惜しいようにインテグラの指に吸い付いている。

闇の中で、二人はそれぞれの思いにひたりながら自らの好物を味わっていた。
その周りをブランデーを含んだ葉巻の香と処女の血の匂いが包んでいた。

翌日。

「仕事だ、アーカード」
インテグラは斜めに葉巻をくわえた不機嫌そうないつもの顔で、呼びつけた下僕に地図を渡す。
「すでに封鎖は完了している、夕暮れと共に標的は動き出すだろう。滅ぼせ」
「了解したよ、我が主」
アーカードもいつもどおりサングラスの下に薄笑いを浮かべた顔で一礼する。

…インテグラはにやっと笑ってつけ加えた。
「阿呆な化物に遠慮はいらんぞ、存分に虐殺を楽しむがいい。私の犬」
アーカードはその言葉に苦笑する。
「やれやれ、懲りないお嬢様だ」
「ふん、犬に噛まれたくらいでこの私の何が変わる?」
その声は誇り高く、相変わらずとても扇情的だった。


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