"なり損ない"
「"なり損ない"?」
「はい、吸血鬼の"なり損ない"でございます」
インテグラの問いに答えてウォルターは丁重な仕草で資料を差し出した。
「警官が踏み込んだ時、男は少女の首に牙を立てておりました。
恐慌状態の警官が闇雲に銃を乱射すると男は窓の外に消え、残された少女は」
「"なり損ない"か」
インテグラは痛ましそうに目を細めた。ヘルシング家当主としていささかの知識はある。
処女童貞が異性の吸血鬼に噛まれた場合、彼彼女は吸血鬼となる。
しかしその儀式がなんらかの理由で途中で終わってしまった場合、
彼彼女は人でもなく吸血鬼でもない状態におかれる。それが"なり損ない"だ。
症状は様々だが、多くの場合人と邪の狭間にさまよう彼らは、狂乱の末死に至る。
「逃げた吸血鬼はどうした。そいつを滅ぼせば少女は治るだろう」
それがとウォルターは辛そうに言葉を継いだ。
「今回はヘルシング機関ではなく一般の警察が売春宿の摘発で偶然遭遇してしまった事件です。
警官達はあわてて広域配備をしきましたが、当然吸血鬼には意味がありませんでしたな。
我々(ヘルシング)が動いたのはその後です」
「つまり完全に取り逃がしたと」
「しかも吸血鬼の逃げた方向はアイルランドです」
ふんとインテグラは鼻をならした。
「協定の緩衝地帯の向こうへ?」
「可能性はございます」
深々と葉巻を吸い込んだ。まったく事態は最悪の方向に転がっている。煙を吐き出しながら考えをまとめた。
「まず、ヴァチカンへ連絡を取れ。そしてこちら側ではヘルシングが全力で捜査にあたれ。
この際誰でもいい、母体を倒せば少女は助かる」
一気にそれだけを言い終わると、再び葉巻を口にくわえ顔を横に背けながらインテグラは尋ねた。
それで彼女の容態は?と。
+
1週間後。
母体たる吸血鬼はまだ見つからなかった。
インテグラはいつも通りデスクの前に腰を下ろし、呼びつけた下僕をにらみつけた。
「そろそろタイムリミットだ」
「"なり損ない"か」
「そうだ。彼女はもう保たない」
デスクの上で手を組み、きつくきつく握りしめる。
「今は理性半分狂気半分の状態だ。まもなく狂気が理性を塗りつぶすだろう。
それだけではない、彼女には牙が生え血の飢えにおかされている。
しかしその牙には血を吸う能力はない」
ぎりぎりと歯を食いしばりながら続けた。
「人としての栄養もほとんど取れずやせ細りながらも血を求めて暴れる。
理性のたがが外れているから少女でも大人を投げ飛ばすことができる、
中途半端に固く伸びた爪がナースを切る。その血をなめる。もちろん彼女は決して満足できない」
眼鏡の奥で目が冷たく光っていた。怒りだ。こういう事態をまねいた、責任者である自分への怒り。
「彼女には親はいない。保護者もいない。売春宿にいた少女だ。国はもう終わりだと判断した」
「つまり?」
アーカードは静かに促した。インテグラは顔をふせ、息を吸い、それからきっと下僕をにらみつける。
「彼女を殺せ。もう、人間では彼女を殺せない」
「了解した、我が主」
サングラスの下の表情は見えない。しかしインテグラには彼がいつもと同じ顔をしていることが分かっていた。
嫌になる程分かっていた。だから出て行こうとする下僕の背に向かって力無くつぶやいた。
「アーカード、なるべく苦しませないようにしてやってくれ。彼女が少しでも幸せに死ねるように」
上体だけ振り向いたアーカードは「それは命令かね?」と聞いた。「そうだ命令だ」女主人ははうなずいた。
デスクの上に、滴が落ちた。
+
病院の何重にも錠の下りた隔離病棟の際奥に彼女は居た。
年齢不明。本名も不明。しかし年端もゆかぬ少女であることは見ればわかる。
緩やかにカーブした金の髪はすっかりパサパサで、青い瞳は白目の部分が充血して紅い。
その痛々しげな少女が拘束衣を着せられてベットの上にしばりつけられている。
アーカードはベットの横に立った。
「血が、血が欲しいの」
少女の細い声がいじらしく響く。しかしその奥にはおぞましい渇望がある。人間ならば正視に耐えない。
「血が欲しいならやろう」
少女の枕元にアーカードの血が落ちた。少女は拘束されたまま精一杯舌をのばしてそれをなめる。
だがそれは人でもある身に取ってはただの鉄臭い液体に過ぎない。少女は苦悶の声を上げる。
「苦しいか?」
アーカードの問いかけに少女は目で必死に訴える。血を、血を。
「楽にしてやろう」
アーカードはひざまずき、少女の首筋に顔を近づけた。
すると少女はおびえを顔にうかべ、がむしゃらに手足を振り回した。
拘束衣が破れる。反動を考えず筋肉の力を極限まで引き出せばただの人でもこれくらいの力は振るえるわけだ。
もっともそのせいで彼女の筋肉はあちこちが断裂し地獄の痛みをもたらしているのだが。
そういえば母体は首筋を噛んだのだったなと、赤く残る二つの点を見てアーカードは気付き
振り回されている手の一つを無造作につかんだ。それに牙を立てる。
「ああっ」
少女は初めて喜悦の声を上げた。血を吸うことと血を吸われること、その快感は同じ種に属する。
アーカードはすばやく少女の体の上に乗り、両手両足を押さえつけた。
「さて、お嬢さん、喉が嫌ならどこがいいかね?」
「それはどういう意味?」
戯れのつもりで発した声に、明朗な答えが返ってきた。
一時的にせよ血の欲望が満たされたことで理性が戻ったらしい。
人間は強いな。アーカードは心の中で感嘆した。
「お嬢さん、今の自分の状況が分かっているかね?」
少女はうなずく。くしゃと顔をゆがめて涙を流した。
「おまえはもう助からない。だから私が殺しに来た」
アーカードは淡々と事実を告げる。少女は覚悟していたようにうなずきながらも涙が止まらない。
人ならどうしようもなく哀れをさそわれるだろう。だから主は「人間では殺せない」と言ったのか?
皮肉な笑みが浮かんだ。
「主の命令でな、なるべく苦しませないように、少しでも幸せにと言われている。
お前の血を吸いながら心臓を貫く。一瞬で終わらせてやろう」
そう事実を告げたのはやっかいごとを押しつけた主へのささやかな当てつけのつもりだった。
けれど返ってきたのは予想もしない言葉だった。
「じゃあ私を抱いて」
アーカードといえども困惑することはある。
その前で少女は再び苦悶の声を上げ始めた。血の魔力が切れたのだ。
さてどうしたものか。
少し血を吸いなにやら面倒な頼み事につきあってやるか、さっき言ったように一瞬で終わらせるか。
「命令だ」
頭の中に声がひびく。まったくあの小娘は。舌打ちしながらアーカードは再び少女の手に血のキスをした。
理性をとりとめた少女は同じことを繰り返す。「私を抱いて、女にしてから殺して」と。
「なぜだ?」
理由を聞き出すのも一苦労だった。
何度もなんども少しずつ血を吸いながら少女の理性をつなぎとめる。
「私は幼い頃から売春街で育ったわ。母は娼婦、父は行きずりの客」
「小さい頃から私は男達のおもちゃだった。口やお尻の穴では何度も何度も相手をしたわ」
「でもあそこだけは母が許さなかった。私が美しい娘に育ったら高く売るんだって」
「あの日がその時だったのよ。私が最高に高く売れる瞬間。でもあの男は私を抱かなかった」
「私を抱かずに首に噛みついたの!」
少女は怒りに振るえていた。何に怒っているのか自分でもよく分からない。だが彼女は心底怒っていた。
アーカードは少女の手首から血を吸いながら無感動に彼女を見た。
「まったく人間というのはよく分からん。処女でなくなればお前は幸せに死ねるのか」
少女はきっと吸血鬼をにらみつけた。
「そうよ。だってそれが私が生きてきた意味なんですもの」
分からん。まったく理解不能だ。だが少女の顔は意地に満ちていて、とても人間らしかった。
どこかのお嬢様もよくこういう顔をする。アーカードは決めた。
「ならば抱いてやろう」
胴体部分を覆う拘束衣を切り裂いていく。
少女が苦悶の声を上げるたび、その手首に口づけして血を吸う。
彼女の両手はすでに赤い点で覆われていた。
拘束衣を取り払った彼女の体は美しく、なまめかしかった。子供と大人の中間にある体。
充分に盛り上がった、しかしふくらみきってはいない胸。その頂上でぴんと尖った桜色の乳首。
腰は細く、この一週間で痩せきって血管が浮いている。吸血鬼としてはそれも美しいと思うが。
下腹部の茂みはまだ薄いが丁寧に手入れをされたあとがある。母親がしたのだろう。
「お前は美しい」
アーカードは少女の耳元でささやいた。少女は恥じらいながら嬉しそうに微笑む。
そっと口づけした。舌を絡める。少女がびくっと体を震わせたので絡めた舌に牙を立てる。
少女は再び従順になった。
「人でなくなりそうになったらいつでも言え」
そう言って長い舌で少女の耳をくすぐる。
そのまま頬のラインにそって舌を下げていき、鎖骨から胸骨とねっとり舌をはわせる。
脇にそれて乳房へと舌をすすめたところで再び発作が来た。笑って乳房に牙を立てる。
「あぁ、んっ。気持ちいい」
少女はうっとりとつぶやいて、それから同じように笑った。
「私は女として感じているの? 血を吸われて感じているの?」
アーカードは返事をせずに片手で乳房を揉みながらさっき牙を立てたまわりを舌でくすぐった。
「それは大した違いではない」
今度は荒々しく胸をもみしだき乳首を指で転がす。
そうしながら舌はへそをくすぐり、脇腹へ沿った。
愛撫され慣れているのだろう。少女の体は敏感に素直に反応する。
体に力が入るのは吸血の発作の時だけだ。
「ああ、いやっ」
アーカードはなだめるように少女の頬をなで、脇腹に牙を立てた。
「う、ん、そう、それが気持ちいいのぉ」
こうして少女の体にはいくつもの牙の痕が穿たれていった。
「触るぞ」
右手をそっと下腹部の茂みに伸ばす。そこは暖かな蜜をたたえていた。
くちゅくちゅと入り口をかき回す。
「あぁ」
少女はぎゅっと両手を握りしめた。
「顔を見せて」
アーカードは体を動かし頭を少女の頭の上にもってくる。手は下腹部をかき回し続けていた。
「あなたが私のすべてをうばうのね」
「そうだ」
男の笑みは優しいがうすっぺらい。作られた笑みだと思った。それを見破れるくらいに経験を積んでいたから。
少女の不満を察して、男の手は彼女の敏感な部分をつまんだ。
「あなたの主は男? んっ。 それとも女?」
うすっぺらな笑みをたたえながら少女の尖りをいじりまわす。
「んっ、どうなのよっ、答えなさいっ。答えてってばっ」
必死で快感と戦う少女を見下ろしながら耳に牙を立てた。
刺したままささやく。
「女だ」
少女の顔が赤く変わる。一人前に嫉妬するのか。本当に面白い。
いつしかアーカードの笑みは本物に変わっていった。
下腹部にをなぶっている手の、長い指が後ろの穴にも伸びる。
子供の頃から開発された場所を責められて少女はいよいよ追いつめられていった。
「ああ、もうっ…。ねえっ」
「なんだ?」
アーカードは肉体の一部である衣を脱ぎ捨て、自らのものを彼女のそこに当てがった。
少女は目に涙をたたえながら言葉を発せず、男の赤い瞳を見つめ続けている。
男の指はいよいよ彼女を高みへと押し上げる。そしてアーカードは唇をゆがめ、少女を貫いた。
「ああああぁぁぁぁっ」
少女は絶叫する。快感と痛みと満足と絶望と。すべてに満たされていた。
これが求めていたものだったなら、きっと間違ってはいなかった。頭の片隅でそう考えた。
「動くぞ」
冷徹な声が頭上から振ってきて、彼女の中のものがゆっくりとうごめき始めた。
最初は弱く。だんだんはっきりと。
「ひぃん、あうっ、はぁぁっ」
また痛みの方が大きかったがやめて欲しいとは思わない。
私の人生はほんとうに残り少ないのだから。
少女は懸命に男にしがみつきながら、顔をのけぞらせ自然と喉を差し出していた。もう怖くなかった。
アーカードはそっと白い首筋に赤い唇をあて、一気に牙をたてた。
「あああああああっ」
少女は二度目の絶頂を迎え、夢中で自ら腰を振った。もう快感しかなかった。登りつめて降りられない。
アーカードの右手がそっとあがる。鋭い手刀は一撃で彼女の心臓を潰すだろう。
その刹那、びくっと彼女が震えた。発作だ。
「いやあああっ、まだ死にたくないっ、血が血が欲しいっ」
彼女の中の吸血鬼が必死にもがいている。
いやそれすら人間らしい。人と吸血鬼の境など、曖昧なものだ。
アーカードは、軽く首を横に振って静かに右手を振り下ろした。
「……がッはあッ」
大きく目を見開いて、人でも吸血鬼でもない少女は死んだ。
唇がうごく。声にならない声、言葉にならない言葉。意味はわからなかった。
+
「命令は遂行したよ、マイマスター」
戻ってきた時も変わらず女主人はデスクの上で手を握りしめ、同じ姿勢でいた。
「彼女は人らしく死んだ」
「苦しまなかったか? …いや、答えなくていい」
すがるような声でそう聞いて、すぐ愚問に気づく。
「お嬢様は優しいな」
下僕の意地の悪い言葉にも今日は反応する元気がないようだ。
主人は下を向いたまま、ぽつりと呟いた。
「任務ご苦労。しばらく一人にしてくれ」
その歯を食いしばり瞳を閉じた様子がなぜか少女の最期の顔にかさなった。
アーカードはかすかに笑い、静かに部屋を出て行った。
下僕が立ち去った後、残された主人は机の上でそっと彼女の資料に火を付ける。
こうしてまた、一つの事件が闇に消えていった。
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