由美江編:Lv3「甘い生活」
「いやあ〜やっと着いたよ、ご苦労様。あ、○○、荷物はいいよ。私と由美江で持つから。
それより玄関の鍵を開けて欲しいね。ちょっとお茶にしようではないか。
二人の話もいろいろ聞きたいし、私も二人に話がある」
「賛成さんせ〜い! てゆうか、多過ぎるんだよケーキ。ちょっとここで数を減らした方がいいんじゃない?」
僕は由美江とマクスウェル先生に急き立てられて、慌てて我が家の鍵を開けた。
#
話がかなり飛んだけど、あれから狂瀾怒涛の騒ぎに発展した。
最初に来たのは交番勤務の二人のお巡りさんだった。
お巡りさんは床には顔や首を滅多打ちにされ、足と腕を縛られた女性を見て僕らを疑った。
そりゃそうだ、どう見ても被害者はイリューシンにしか見えない。
しかし僕が爆弾テンコ盛りのテーブルを指差した瞬間事態が一変する。
半狂乱になったお巡りさんが可能な限りの増援を呼び集めたのだ。
何十台ものパトカーと救急車、果ては爆弾処理班まで出動している。
救急車に乗せられた僕に付き添う由美江が唖然として囁いた。
「結構大事だったのね、これって… 知らなかった」
隊員に右手を応急処置してもらいながら、僕は今更ながら体が震えだしていた。
病院で診断と処置をしてもらう。右手の怪我は全治一ヶ月。
その間は右手を使うことは出来ないとのこと。ただ処置そのものは早く済んだ。
僕が手術室から出てくると、廊下で紙コップのコーヒーをすする由美江とマクスウェル先生がいた。
先生はあれから警察等に問い合わせてこの病院に駆けつけてくれたらしい。
なぜか二人の前に大量の箱が置かれていた。
由美江が教えてくれたが、「かーげーべー」のオーナーがやって来て、平謝りに謝って、
仕舞いには持参したケーキの詰め合わせだの、生クリームのパックだのスポンジケーキだのを押付けたらしい。
お詫びの品というのは分かるが、僕らにケーキ屋にでもなれというのか? いくらなんでも多すぎる。
その後待ち構えていた警視庁の刑事さんに事情を聞かれるが、これも簡単に終わった。
ひとつには由美江に既に聞いた話ばかりだったからだろう。
ただその刑事さんがマクスウェル先生にA4用紙を一枚手渡すと、先生が眉をしかめて見入っていたのが印象に残った。
何が書かれているのだろう?
病院は僕の家に近かったので最初歩いて帰るつもりだったが、
何分オーナーさんが大量のケーキと生クリームパックをくれたお陰で、
持ち帰るのが面倒なことになってしまった。
マクスウェル先生が送っていくよと言うので好意に甘えることにした。
そうこうする内に、やっと麗しの我が家に着いたのだった。
#
まだ両親に連絡を取っていないので中は真っ暗だ。
電気をつけ、キッチンに二人を招き、テーブルの上にケーキの箱を置いてもらった。
右手が使えない僕に代わって由美江がお茶を淹れると言い出した。
が、その結果は悲惨の一言に尽きた。
やかんが宙を舞い、茶筒の紅茶が半分以上床に飛び散り、流し台は豪雨に晒された様に水びたしになった。
ついには母さんが清水の舞台から飛び降りる思いで買った、
ウェッジウッドのティーカップが一客、名誉の戦死を遂げた。
「いいよ由美江。左手でもお茶ぐらいいれられるから」
「まあ座わりなさいよ由美江。どれ、私も手伝おうか」
「ごめん…」
「気にしなくていいよ。すぐ出来るから待ってて」
落ち込む由美江となぐさめる僕を、マクスウェル先生が興味深そうな視線でながめていた。
マクスウェル先生がこれまたとんでもない提案をした。
豪勢にいこうではないかと、由美江と一緒にもらった生クリームを全部撹拌しだす。
「それにしても由美江よ、その格好はなんだね」
「しかたがないだろう、着ていた服はあのバカが破きやがったから」
今の由美江はケーキ屋「かーげーべー」の制服を身にまとっている。
「あのままだとレイプされた女子高生にしか見えなかったからなぁ〜」
「これ! 嫁入り前の娘がそんなはしたない言葉を使っちゃいけません!」
だが、この愉快な会話が二人を油断させた。
「ど、どうするんです、この大量のクリームを…」
「あ、アタシが悪いわけじゃないぞ、悪いのは先生だっ」
「正直、すまなかった」
結果は、食器を総動員してテーブルに流し台にと、クリームを並べ立てることになった。
僕は二人をなだめて、スポンジケーキにしゃもじでホイップクリームをぬりたくり、二人に差し出した。
しゃもじでないとキリがない量なんだ。
二人は文句も言わずにフォークを手に取った
お茶を飲み、やたらとボリュームのあるケーキを食べながら、マクスウェル先生に事件の一部始終を説明した。
それが終わると今度は先生が警察から聞いた話を教えてくれた。
「はっきり言って、君らは運が良すぎたらしいね。そのテロリストさんの経歴を聞いた限りだと」
政府要人の誘拐・暗殺、中央銀行襲撃、各種主要政府機関爆破その他諸々…
なんとFBIとICPOが血眼になってその行方を追っていた、
その筋では大変有名な存在だったらしい、イリューシンは。
なんでそんなテロリストが街の片隅のケーキ屋店長なんかやってるんだよ…
「ところで…」
マクスウェル先生はテーブルの上に刑事さんが先生に渡したA4用紙を置いた。
「このメモ、誰が書いたものか分かるかな?」
「あ、このメモ。書いたかどうか分かりませんが、少佐教頭先生がイリューシンに渡したものです。
なんでもバースデーケーキを贈るんだって、ペンウッド校長先生に頼まれたらしいですよ」
それは、マクスウェル先生とインテグラ先生の生年月日と住所が書かれている、あのメモだった。
「そうか…」
それっきり、先生はこのメモの話はしなかった。
「やれやれ、すっかりご馳走になったな。
もう遅くなったし、そろそろお暇するよ。その前に後片付けしていこうかな」
「それは私がやる! あたし、あたし〜!」
由美江はテーブルの上のティーポットとカップをお盆に乗せる。
流し台にそれらを持って行こうとした時、突然由美江の悲鳴がキッチン一杯に響いた。
「あ、あ、あっ あああぁぁぁぁ」
由美江が自分でこぼしたホイップクリームの塊に足をとられ彼女の体は一瞬宙を舞い、
続いて一緒に空中遊泳を楽しんだウェッジウッドが床に無様に着地した。
「由美江っ 大丈夫かっ」
慌てて駆け寄る僕とマクスウェル先生の視線の先に、
ポットとカップの取っ手をつかんで呆然とした由美江がいた。
「ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい…」
取っ手から先が、無い。他の肝心な部分は床の上に散華していた。
「いいよそんなもの。それより怪我はないか、由美江!?」
僕は急いで由美江を抱き起こしたが、由美江は取っ手を持ったまま首を左右に振るだけだった。
呪文のように繰り返し、繰り返しつぶやきながら。
「どうして、どうしてアタシはこうなんだろう、どうして…」
手早く床に散らばった破片を箒ではいたマクスウェル先生が僕に声をかけた。
「お〜い、○○。破片はここに片付けておいたから。じゃ、先生帰るわ。これから仕事があるし」
マクスウェル先生は両手にケーキの箱を抱えて玄関に向った。
僕はその後を急いで追っていく。由美江は床に座り込んで動かない。
彼女が気になって仕方がないが、先生を見送らないわけにもいかない。
「あ、明日君ら休んでいいぞ。教頭に…そう少佐教頭に連絡しておくから。
それから、その、なんだ。ま、ほどほどにな」
「せ、先生それってどういう」
「私をなめるなよ、○○。お前、全部話してないだろう? あそこで由美江と何があったかを」
見透かされていたのか。気恥ずかしさで自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
「剣呑な木刀小町が半日でしおらしい乙女に変われば誰でも見当がつく。
あ、仔細は話さなくていいから。絶対腹が立ってくるだろうし。
後な、由美江の家族のことなら心配ない。あいつの家、すごい超放任主義なんだわ」
にこにこしながらマクスウェル先生は話を続ける。
「そ、それって」
「君のご両親には私から連絡する。夕方に駆けつけてくるぐらいの時間にな。それでいいだろ?」
目を細めてマクスウェル先生は僕の肩をバンバン叩いた。
両手両脇にケーキの箱を抱え、夜の闇の中に消えるマクスウェル先生の背中は、
担任教師というよりは物分りの良過ぎる叔父さんのものに見えた。
僕はマクスウェル先生の言葉に途方に暮れながらも、由美江が待っているキッチンに戻った。
そこで僕が目にしたものは、風に揺れる柳のように頼りなくテーブルに手をかけ、立ち尽くしていた由美江だった。
マクスウェル先生はああ言ったが、僕は由美江に何と言葉をかければいいのか迷った。
よって、当たり障りのない言葉で逃げる。
「由美江、あのね、先生もう帰っちゃったよ」
「そう」
「あの…」
由美江は不意に、握り締めた拳を大きく振り上げテーブルの天板に叩きつける。
反動でホイップクリームがたっぷり入ったボウルがひっくり返り、由美江の顔と服に飛び散った。
「どうして、どうしてアタシはこんなんなんだろうなぁ」
あとは体中を何かの怒りに身を震わせながら由美江は自分を罵った。
「がさつで、乱暴で、どうしようもなく不器用で、
由美子のようにおしとやかでもなく、
ハインケルのように色気もないし要領もよくない。
料理は出来ない。勉強も出来ない。愛想もよくない。
どこかの乳牛女みたいに胸も可愛げもない。
学園一のマドンナさんと違って、アタシは子供だ。無残なくらいに。
能があるとすれば、竹刀か木刀で人を殴り倒すだけ、ただそれだけだっ」
僕はそっと近づき、由美江の揺れる心と体を抱きしめる。
その瞳に涙が滲んでいた。
「本当は、ずっと傍にいられるだけで良かったんだ…
こんな女の出来損ないなアタシに愛想つかされても、傷つかずにすむから。
一人は寂しい、でも二人はもっと寂しい。
別れる日がとてもとても怖いから、それでも…」
由美江の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「それでも、伝えられずにはいられなかった。
悪いやつだお前は、本当に。今ならまだ間に合う、引き返せる。
こんな、アタシが本当に好きなのか? ○○…」
僕は由美江の心の奥底の声をようやく全て聞くことが出来た。
我が道を突き進んでいるかに見えたその強引さは劣等感から自分の心を守る為の防衛反応であり、
そして僕の気持ちに確信を持てないので不安で不安でしかたがないこと。
僕はマクスウェル先生が僕に期待した事が今になって分かった。
由美江に僕の気持ちを真っ直ぐ正確に伝えること。
「悪いけど、今更引き返すつもりはないね。たとえ由美江が嫌がっても、ここで引き下がる訳にはいかない。
たとえ料理が下手で、成績が常時低空飛行の体育会系で、
ぶっきら棒で、嫌なやつには情け容赦が無くても、そんな由美江が僕は好きだ。
無体なまでに強くて、すがすがしいまでにシンプルで、
爽快なほどに真っ直ぐ暴走気味にがんばる由美江が僕は大好きだ」
「褒められてるのかな、それともけなされてるのかなぁ」
泣いているのか笑っているのか、よく分からない表情で由美江が反問した。
「ごめん、でも褒めてるんだよ。でも、これだけははっきり言える」
由美江の瞳に口付けして、あふれる涙を吸い取る。
そして彼女の顔にこびりついたホイップクリームをなめ取った。
僕の舌が頬を撫でたとき、由美江の全身がふるえた。
「しょっぱいのは嫌いだな。甘いのがいい。もっといいのは君が笑ってくれること」
僕の要望どおり由美江は泣くのをやめて笑ってくれた。
僕の気持ちを確認し安心した由美江は寄り添い甘えてその身を委ねる。
僕の腕の中で由美江が囁いた。
「ねえ、○○は、甘いのが好きか?」
「うん、だからケーキ屋でバイト」
「じゃあ、こういうのは?」
由美江の指が、テーブルの上にあるボウルの中のホイップクリームをすくう。
その指が彼女のくちびるにちょこんとさわった。
「もっと大好きだ」
白いクリームごと由美江のくちびるを吸う。
それを待っていたように由美江の舌が僕のくちびるをなぞる。
僕はお構い無しに彼女の舌も味わった。甘い、グラニュー糖の味がした。
「ねえ、○○は、甘い甘い私が好きか?」
「うん、大好きだ」
「じゃあ、食べてよ。バカみたいに作りすぎた、生クリームでデコレーションした私を」
由美江のクリームで白くなった指が制服のボタンを外す。
一瞬たじろいだが、僕は彼女の甘い提案を退けることはせず、美味しく頂くことにした。
#
僕の自室で、タオルをありったけ敷き詰めたベッドの上が試食会場となった。
「冷たくないかな、大丈夫?」
「へーき、というか、なんだかフワフワしてくすぐったくて変な感じ…」
由美江の白いなめらかな肌の上を負けずに白いホイップクリームが覆う。
「あまりジロジロ見るなよ」
見るなといわれても、それは酷というものだ。
「あの、どこから食べたほうがいいのかな、お勧めとかある?」
是非、由美江の口から希望を聞きたかった。
「胸から…鼓動が早くなりすぎて、クリームが溶けて落ちそうだから…」
「それは大変だ、じゃ、遠慮なく」
どうやら僕は意地悪な性格をしているらしい。
甘い、本当に甘い。
口いっぱいに広がるクリームの甘さ。
由美江の熱っぽい視線と吐息、反応してふるえる胸。
全てが甘く切ない。
「お、美味しいかなっ 味変わってないかぁ あっ うっ うんっうっ」
返事をする代わりに口いっぱいに由美江の胸を頬張る。
美味しいに決まっている、由美江は。返事するまでも無い。
「あうっ ○○って、苺ショートの苺は最後まで取っておくタイプかぁっ」
由美江の両手がふわりと僕の頭に置かれる。
「減るもんじゃないから…もう食べて い、いいよ」
お言葉に甘えて由美江の胸の尖端の「苺」を口にする。
その名に恥じない、赤く、みずみずしい食感の「苺」だ。
僕は苺もサクランボも(本物だ、念のため)口の中で転がしてから食べるという悪癖があって、
よく親や友人にたしなめられたものだが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
由美江の「苺」を口中で転がし、舌先に乗せて味わいそして吸う。
僕の一つの所作ごとに由美江は全身を妖しく色めかせ、
クリームの芳香に負けない甘い喘ぎ声を部屋中に漂わせた。
最後に可愛い「苺」を軽く、甘く噛んでその歯ごたえを楽しむ。
「あぅぅぅっ 美味しいかぁ 美味しいのかぁっ ○○っ ○○っ」
「美味しいよ、由美江。とても。ここも食べていいかな?」
由美江の下腹部にそろそろと手を伸ばす。
流石にそんな所にまで生クリームなどぬっていない。
だがそこはすでに別の種類の蜜が満ち溢れ始めていた。
「食べてっ 全部食べてっ 頭から足のつま先までぇ ぜ、全部ぅっ」
逆らわねばならない理由はもはやない。
ご注文通り食べさせて頂く。泣いて許しを乞うたとしても。
「苺」の次は、由美江の「桃」を食す。
きれいな桃色のそこは、手で撫すと果汁が染み出てくる。
その果汁を遠慮なく「桃」ごと賞味する。
その刹那、由美江の腰が弓なりに反り返った。
「あっあっあっ そ、そんなとこ、美味いのかぁ」
「うん、美味しいよ。由美江の味だもん」
「ど、どんな味なんだ」
たぶんに好奇心ゆえだと思ったが僕は左手の指先に由美江の果汁を絡めて、由美江のくちびるの先まで持っていく。
恐る恐る由美江は僕の指に顔を近づけ、人差し指を咥える。
彼女の赤い舌が僕の指を一巡し、ゆっくり放した。
「へ、変な味だ。これがアタシの?」
「そうだよ」
「アタシはなんだ、こっちの方がいいなぁ」
そう言って由美江は僕の手を部屋に持ち込んだクリーム満載の容器に突っ込み、再び口に含む。
由美江は今まで一度も見た事の無い艶美な笑みを僕に返した。
それから僕らは互いの体のあちこちを「味見」してまわった。
さすがに最後は舌が麻痺してきたが、そんなに広くない自室に響き渡る由美江の甘い調べは艶を増すばかりだった。
「な、なあっ、○○。もう、その、いいよ。最後までっ…」
「最後って、何かな。聞きたいな、由美江の口から直接。何をして欲しいのか」
由美江の目が左右に泳ぐ。だが覚悟を決めたのか、僕を真っ直ぐに見返した。
「結構、意地悪な性格してるんだな…いいよ、答えて上げる。○○を、○○自身をアタシに下さい。プリーズ…」
「よく出来ました」
由美江の上に体を重ねる。由美江の望むものを、由美江と分かち合うために。
由美江は目を硬く閉じ、その自慢の黒髪を一房咥え、漏れ出そうになる悲鳴をこらえた。
僕はなんだか申し訳なくなり、しばらくそのままじっとする。
本音を言えば、温かい果汁に満ちた果肉が僕に容赦なく絡みつき、
思う存分に動いたら瞬く間に尽き果てることが目に見えているからだが…
「大丈夫? 我慢できないなら――」
「うん、何とか。保健の授業でくどいぐらい痛いって、ゾーリンのやつが言ってたが、
脅しじゃなくてホントだったとは… もうあいつの授業居眠りするのはやめにする」
こんなところで女子体育担当のゾーリン先生の名前が出るとは思わなかった。
痛みに耐えて体中が固まる由美江を抱きしめ、
この一ヶ月間右手の分も働かなければならない左手で彼女の艶やかに黒光りする長い髪をなでる。
不意に由美江の全身から力がぬけた。
「ああ、アタシさ、他人に髪を撫でられるの、結構好きだったりするんだ」
「いいよ、僕でよければ毎日撫でてあげる」
「ふふっ うれしいっ ね、慣れてきたから動いてみてよ」
慣れて余裕が出たのか、はたまた僕に気を使って無理をしてるのか…
「うっっ あはっ くぅぅぅっ ○○ぅぅぅっ 美味しいっ アタシはっ 美味しいっ?」
「お、美味しいよ由美江っ すっごくっ」
「よかったぁっ もっと もっと 味わってぇ…」
由美江の足が僕の腰に絡まる。
深く、もっと深く僕を誘うために。
誰もが知らない由美江がいる。
彼女の両親も双子の妹の由美子も、
無二の親友ハインケルに悪友アンデルセンも、
担任のマクスウェル先生も、
クラスメートのみんなも、
彼女に殴り倒された血の気の多い連中も、
その他彼女の周りを囲む全ての人たち。
誰も彼もが知らない由美江が確かに存在する。
今僕の目の前に存在する由美江がそうだ。
自分の果肉を突き上げられれば、耐えられず熱い吐息を漏らし、
今初めて他者に饗される乳房は興奮で薔薇色に染まってわななく。
今まで彼女自身あげたことのない淫らで蠱惑的な喘ぎ声に、
白く波打つしなやかできめの細かい肌。
これらがみんなが知らない由美江。
そして世界で僕だけが知っている由美江。
そんな由美江をいつまでもいつまでも独り占めにしたかったが、どうにもこうにも、限界が近付いてきた。
幸福にも、彼女も僕にぴったりついて来てくれていた。
「○○っ ○○ーっ アタシもうなんだか変だっ もう、たえられないっ」
「僕もっ 由美江っ 僕もっ」
漆黒の髪を左右に振り乱し、由美江は僕に許しを請う。
躍動する彼女の体の上で、僕は由美江に許しを請う。
互いが相手に許しを与えたとき、もう僕らは白熱する瞬間に向って突っ走るだけだった。
そしてその時が来る。その場所に至る。
小刻みに、絶え絶えの悲鳴とも着かない吐息をあげ由美江は崩れ落ちる。
そんな由美江の果肉の中で、僕も崩れ落ちていた。
ごめんね、父さん。避妊具一個、失敬しました…
裸のままで僕のベッドに寝転がり、由美江は今日は泊まっていくとキッパリ宣言した。
「うちは超放任主義だから何も問題ない」
そう彼女は言い切った。マクスウェル先生の言った通りだ…
僕としても何の異議があろう。
先生の厚意で、血相を変えた両親が我が家に殺到するタイムリミットは優にまだ半日以上ある。
そこまで思いが至って、大変重要なことを思い出した。
ウェッジウッド。
母さんが父さんの給与をピンハネして買った、あのティーセット。
あのボーンチャイナを由美江が完全粉砕してしまったのを今思い出した。
まずい、非常にまずい。
まあ先生が明日は休んでいいとの事だし、親孝行と隠蔽工作の一環でデパートに買いに行こう。全バイト代はたいて…
「ねえ由美江、明日は先生が休んでいいと言ってくれたんだけど、何か予定ある?」
「何にもな〜い」
「じゃ、お昼から買い物に付き合ってもらっていいかな? あのティーセット、気付かれる前に新しいのとすり替えないと」
「ご、ごめん! アタシ弁償するっ」
「いいよ、そんなの。あ、そうだ、うん、こうしよう。
弁償はしなくていいから、新しいティーセットを買う。由美江の分として。
そして僕がお茶のいれ方を講釈しに由美江の家に時々遊びにいく。これでどう?」
再び由美江の涙腺にスイッチが入りかけたのを見て取った僕は、とっさにそんな提案をしてみた。
「うれしい! そうしよう、行こう!」
提案した僕が面食らうほどのはしゃぎ様で由美江は僕に抱きついた。
その夜、僕は由美江の体温を感じながら眠りの園へと赴いた。
#
デパートに着いたとき、既に時計の針は2時を回っていた。
本当はもう少し早く来るつもりだったが、
色々あってこんな時間になったのだ。
……朝起きるや、男の生理現象でいきり立っていた僕のものを、
「わかった! まかせとけ、ハインケルが調達したHビデオを由美子と二人で観賞したからどうしたらいいか知ってる!」
と叫んだ由美江が僕の股間を、またホイップクリームだらけにして食べてしまう。昨夜の報復だろうか?
次に敷き詰めたタオルを洗濯機に放り込み、洗っている間に沸かした風呂に入った。
生クリームまみれでべとべとしたままで表には出られまい。
そこでまた由美江が、
「○○は右手が使えないから、アタシが洗ってあげる!」
と言い放って、ごしごしと石鹸を泡立てて僕に迫る。
もう言うまでもないが、クリームまみれの後は、石鹸まみれになってお互い戯れあって…
それやこれやでやっと僕の家を出た後、由美江の実家に寄って彼女が着替えるのを待つ。
手間取るかと思えば、猛烈な速さで着替えた由美江が飛び出してきて、
「行こう! 早く行こう!」
と僕の左腕を手に取り引っ張ってぐんぐん突き進んだ。
うれしくて、仕方がないといった風情であった。
ああ、そうか。
これって、実質的に僕と由美江の初デートになるんだ。
そう思うと僕も由美江と歩調を合わせて駆け出していた。
僕の買い物はあっさりとすんだ。
まあ、同じものを買えばいいだけだから悩む必要など何もない。
問題は由美江のティーセットだ。
僕は、遠慮がちに初めてなんだから国産の安いのでいいのではと助言したが、
由美江はこういう事はまず形からビッシッと入るのが良いといって譲らない。
高級な食器が並ぶ店内を、獲物を狙う肉食獣の様な目つきで選んでまわる。
ああ、店員さんが引いてる引いてる…
そんな時に、由美江は一つの食器の前で歩みを止めた。
「これ、かわいい! これにする〜」
由美江の指差す向こうに、ウェッジウッドのユーランダーパウダールビーティーセットがあった。
気品のあるルビーの色合いに金のレース模様があっている。
由美江が思わず感嘆の声を上げるのも当然だ。
問題は代金だ。
カップとそのソーサーで一客なんと25,000円!
これにティーポットにシュガーポット、クリーマーまで
まとめて購入すれば確実に20人以上の福沢諭吉とお別れすることに――
「すみませーん、これ下さ〜い」
「ゆ、由美江っ ちょ、ちょっとおぉ〜」
何の躊躇もなく無造作に由美江は店員を呼びつけ、そのセットの購入の意思を伝える。
最初怪しそうな目つきで由美江を見ていた店員さんも、彼女がキャッシュで支払う旨を伝えると慇懃に対応し始めた。
「由美江って、お金持ちなんだ…」
「別に、お金が欲しくてバイトしたりブロマイド売ったりしてた訳じゃないからな。どんどんたまっていったんだ」
由美江にとってバイトは手段ではなく、目的であったのだ。
早速由美江の家で買ったばかりのティーセットを使ってみようということで決まった。
由美江は購入したティーセットを大切そうに抱えて歩いている。
帰り道、由美江が控え目に話しかけてきた。
「あのな、今まで相談してきた由美子の話、あれ本当は」
「うん、たぶん分かってる。分かってるつもりだから全部は言わなくてもいいよ」
僕がそう答えると、由美江はそっと僕に寄り添う。
架空の由美子の架空の恋のお話。
それは由美江自身の心情を僕に向かって吐露するための偽り。
そしてもう僕らにそんな偽りは必要ない。
#
「あーお帰りぃ由美江」
その話題の主の由美子が僕らを出迎えた。
怖いくらいに徹底されていた超放任主義で、昨夜由美江が帰宅しなかったことも取り立てて問題にもされなかったらしい。
由美江がティーセットの包装をゆっくり慎重に取り除くと、由美子は興奮した奇声をあげた。
「うわあぁ〜 すご〜い! かわいいっ これ私も使っていい?」
「駄目だっ! これはアタシと○○のだっ! お前は安いコーヒーカップでも使い続けてろ」
由美江は目を剥いて由美子に怒鳴りつけ、妹が手にしようとしたカップを取り上げる。
それからいそいそと湯を沸かすべく、台所に走った。
最初きょとんとしてそんな双子の姉の後姿を見送っていた由美子も、
事態を把握してきたのか、ニヤニヤして僕の顔を眺めた。
「へぇー へぇー へぇー そういう事だったんだぁ」
「な、なんだよ。変な目で見るなよ」
厚めのレンズの向こうの由美子の目尻が下がり、心持ほおが赤らんでいた。
「昨夜は二人であっちっち!? ねぇっ何したの!? どうしたの!?」
「五月蠅い。頭カチ割られたいのかお前は」
いつの間にか背後に立っていた由美江の言葉に由美子は亀の様に首を縮めた。
今日は簡単にダージリンでストレートティーをいれることにした。
由美江が眉間にしわを寄せて、難しい顔で僕の話を聞いている。
その後ろで懲りない由美子がまたニヤニヤと僕ら二人を眺めている。
「カップもポットもあらかじめ湯を注ぎ温めておくんだ」
「うん」
「ふたをして、3分ぐらい蒸らす。大きい葉は4分ぐらいかな」
「うん」
「ストレーナーを使って葉をこし、温めたポットに注ぐ。
このとき最後の一滴まできちんと注ぐこと。この一滴をゴールデンドロップと言うんだ」
「やった! できたっ!」
「凄い! 神の奇跡よ、由美江が最後まで物を壊さずお茶をいれられるなんて」
「お前には、お茶もケーキもやらん」
「ウソウソ、嘘ですお姉たまぁ〜」
微笑ましい姉妹の会話に、僕も思わず朗らかに笑った。
険しい目つきで由美江は僕と由美子をじっと睨みつける。
「ど、ど、どうだ、ちゃんとお茶の味がするか!?」
「うん! 美味しいよ由美江」
「本当かー。本当に本物の飲んでも大丈夫なお茶の味かー
本当の大丈夫なお茶ならこれができるハズです。
インテグラ先生の出した宿題を忘れたときの由美江のものまねー」
「やかましい このガングロ女教師!!
お前みたくミス悪役ヅラが学園のマドンナならなァ アタシはハリウッドスターだっつーの!!」
「わーーー 超ーゴーマーン。やっぱり飲んでも大丈夫なお茶だーッ」
由美子の混ぜっ返しに僕も調子に乗って返すと、由美江は頭から湯気を出さんがばかりの勢いで由美子に掴みかかった。
そう、それでこそ僕の由美江だ。そうでなくては!
ときヘル由美江編番外:少佐と○○の人情紙風船
試練を乗り越え相思相愛で結ばれた恋人達がお茶とケーキに舌鼓を打っているほぼ同時刻に、
ここ私立ヘルシング学園教職員会議室では、
二人の担任マクスウェル教諭とその敵手インテグラ教諭が疲れきった表情で椅子に腰掛けていた。
つい先程まで緊急の教職員会議が召集されていた。
警視庁の刑事がペンウッド校長のところまで来て事情聴取をしたのだ。
事の発端は、昨夜ひょんな理由で逮捕されたテロリストの店に、
この学園の二人の教諭の名前と住所の書かれたメモがあったことだった。
ただ、これは表看板のケーキ屋の業務の一環とも思われ、刑事たちもあまり大事にする気はなかった。
だが学園側はそうはいかない。
そこで緊急の対策会議が開かれたわけだが、それは真相解明の場ではなく、
玉虫色の「無かった事にする」という結論で終焉を迎えた茶番劇だった。
一つにはただの不幸な偶然程度に他の教諭達に思われたからだった。
彼らの幾人かには誕生日を迎えた際に、実際バースデーケーキが届けられた者もいたが、
特にどうといった変わったところなどなかったのだから。
椅子に斜めに座る臨時教師のベルナドット教諭に至っては、
「ありゃー結構いけましたぜぇ」
などと発言し、その向かいに陣取るドク教諭とゾーリン教諭も、
「カハッ カハッ カハッ そうそう、あの生クリームは甘すぎもせずに絶品だったな」
「突然送られて驚きましたが、一人身で祝ってくれるものなど無い者としましては
嬉しいものでした。校長先生に感謝の極み!!」 ズパッ
と呑気に唱和した。
命を狙われた二人にとってはいい面の皮である。
だが、この場で首謀者を糾弾するにはあまりにも証拠が無いのも事実だ。
しかも証拠らしきものを並べると、自動的に首謀者はペンウッド校長になってしまう。
唯一事件の真相を知っているテロリストはこの学園の生徒を亡き者にしようとして逆に返り討ちにあい、
その際に声帯を損傷し、満足に尋問ができない状態にあるという。
その諸悪の権化が白いスーツを着て今一席ぶっている最中だ。
「諸君、学園に集いし教員諸君。
諸君らもペンウッド校長先生の教育方針とお人柄は重々承知をしていると思う。
その校長先生がかかる事件に関与する訳が無いではないか!
ゆえに我ら教職員一同、一致団結して事に臨むのが何より重要だと信ずる。
生徒を指導し、生徒を教導し、生徒を鍛錬し、生徒を教育し、生徒を愛する。
我らこそ私立ヘルシング学園教職員。その我らが…」
(貴様が生徒を愛するだと!? 汚らわしいッ 偽善も大概にしろ!)
インテグラの奥歯がキリキリと鳴った。
やつはいつもそうだ。いつも舞台には上がらない。
舞台の袖の幕に隠れて、魔笛を吹き鳴らし他人を操る。
愚かなバレンタイン兄弟も、哀れなリップヴァーン委員長も、
冷酷なイリューシンなるテロリストも。
そして陰惨な喜劇に巻き込まれた人々。
セラスも、由美江も、そしてアーカードも。
傷つくのは彼らだ。少佐教頭ではない。
脚本家兼演出家を気取り、他人の人生を玩具にするあの男が、何の資格あって愛を呼号するか!?
そんなインテグラの憤慨をよそに、会議は対外的にこの一件を知らぬ存ぜぬで押し通すことで決定した。
黄昏の会議室で二人きりになったマクスウェルとインテグラは、視線を合わそうともせずに会話を交わした。
「逃げられたな。中々どうして、あんなにぶくぶく肥満している割には逃げ足は速いではないか。少し感動したな」
「だがこちらも敗北したわけではない。とりあえずペンウッド校長の首はつながりそうだ」
インテグラが冷笑を添えてマクスウェルに皮肉を叩きつける。
「惜しいことをしたな。その女テロリストが健在であれば、手錠をはめられ司法当局に連行される教頭を拝めたものを」
「そう言うな。由美江も○○も、生き残るのに精一杯だったのだからな」
ここで始めてインテグラはマクスウェルに視線を合わせた。
「別に責めてなどいない。知らぬこととはいえ彼らは私の命の恩人だからな」
「そう本気で思っているなら、二人に何か礼をしたらどうかね?」
「では高木由美江がまた英語で赤点を取ったら特別補習をしてやろう」
マクスウェルは肩をすくめて立ち上がった。
「やれやれ、今度の敵は英語の女教師だ、か。それもよかろう。あいつらだけ幸福というのも癪に障るからな」
「何か言ったか?」
「何も。そうだな、私はインテグラ先生が大嫌いだぐらいは言ったかな?」
「忌憚の無い返答をありがとう。私もマクスウェル先生が大嫌いだ。少佐教頭ほどではないがな」
会議室の扉を開け、マクスウェルは退室する。振り向きもせず右手を上げながら。
「お返しか、まぁいい 我慢しましょう!! それでは」
しばらく後に理事会で行われた校長選挙はぎりぎりではあったが、ペンウッド校長の再選で決着した。
あいつだけはトップにさせるまいという、三頭の凌ぎあいの結果から生まれた、妥協と打算の産物であった。
学園を舞台にした悲喜交々の三國志は陰鬱に続く。
#
こちら私立ヘルシング学園教頭執務室。
毎度お馴染みの少佐教頭・ドク教諭・大尉教諭・シュレディンガー生徒会長が集まり今回の反省会の真最中。
「いやはや、旨くいかないものだね諸君」
「けしからん話です! 高木由美江と○○に報復なさいますか!?」
「次は僕の直属の風紀委員会を動かしてもいいですよ教頭先生」
いきり立つドク教諭と生徒会長をなだめて少佐は言った。
「まあまあ、そんなに興奮することはない。君達はどう思っているかは知らないが、私は由美江君に感謝しているのだよ」
「と、言いますと」
「彼女が滅多やたらに剣の腕を披露してくれたお陰で、致命的な証拠が隠滅出来たのだよ。
ま、彼女がいなければ今頃校長室にいたのも事実だがね」
片ほおをつり上げて、少佐教頭は体内から湧き出る歓喜を隠そうともしなかった。
「しかも闘争だよ、考えてもみたまえ諸君。
きっと血みどろの闘争になったに違いない。素敵だろう? 闘争、闘争だよ。
いくら剣の腕が立つとはいえ、女子高生が国際手配テロリストを返り討ち。
騎士十字章ものだね、あとでフルーツパフェをおごって上げたくなる」
彼の無邪気な言い草を冗談と解し、二人は追従笑いを顔面に貼り付けた。
一転、深刻な表情になった少佐教頭は側近達に悩みを打ち明けた。
「諸君どうしよう? 私は本当にあのケーキが好きだったのだよ。明日から何を食べたら良かろうかねぇ」
『ケーキがないのならダイエットに励めばいいじゃない』
そう三人は同時に思ったが、礼儀正しく沈黙を守った。
そんな彼らの目の前で、少佐教頭は注文しておいたピザチェーン店「黒シャツピザ」の名物特大ドゥーチェピザを貪り食っていた。
#
事件から一週間後、
高木由美江も○○も元気に学園に通っている。
○○は校庭の片隅の芝生の上に寝転がっていた。
「遅いなぁ由美江。そんなに購買並んでいるんだ…」
由美江が持参した水筒のお茶をすする。
彼女の努力は実を結びつつある。
ストレート、ミルクティー、スパイスティー、アイスティー。
様々なバリエーションを習得しつつある。
次はお弁当の作り方でも、と○○は思った。
最近由美江は丸くなっている。
以前であれば、購買に並ぶ行列を木刀で掻き分けた彼女も、今はお行儀よく列の最後尾に並んでいるのだ。
この急激な変化の理由を○○と担任と彼女の妹以外誰も知らなかった。
そう、つい先程までは。
「お〜い○○、ここにいたのか」
向こうからハインケルが走り寄ってきた。
「何? 由美江なら購買にパンを買いに行ったよ」
にたにた笑いながらハインケルは○○の顔を覗き込んだ。
「聞いたぜぇ〜○○、お前、由美江をフルコースで頂いたそうじゃないか」
「なっ えっ あッ!?」
「由美江も水臭いなぁ。最近丸くなったと思ったらそういう事か。
クリームでお互いをデコレーションしてむしゃむしゃ食べてお風呂で洗いっこ、
その上健気に尽くしちゃうって人間変われば変わるものッ!?」
「何が、変わったってっ!?」
背後から一閃された木刀を間一髪でかわし、ハインケルは慌てて振り向く。
そこにはパンの袋を抱えた由美江がいた。
小揺るぎもしない木刀の先を突きつけ、由美江はハインケルを尋問した。
「誰に聞いた、その話」
「だ、誰って、みんなもう知ってるぞ」
「だから! 誰がいっちゃん最初にうたった!?」
由美江のけんまくに押し切られ、手にしていた一冊の冊子を渡した
「なんだこりゃっ?」
「由美子が書いた、ノンフィクション短編官能小説。
で、登場人物が由美江と○○。ただいま図書室にて好評発売中」
二人とも怒り狂って図書室に突撃するかと思ったら、意外にも由美江はそう、と言って芝生に○○と並んで座った。
○○も由美江からパンを受け取り、ランチタイムを優雅に開始する。
流血沙汰が図書室で現出すると覚悟したハインケルは拍子抜けした。
「なに? 二人とも腹が立たないの?」
「別に〜 バレて困ることないもん。だからあいつに話したし」
「由美江と付き合うのは恥ずかしい事ではないよ、僕は後悔なんかしやしない」
「うわぁっ熱っ! 目茶目茶ラブラブだぁ〜」
ハインケルもランチにお呼ばれしようと芝生に座り込む。
たぶん、熱々バカップルへの嫌がらせのため。
「まぁ何しろアレね。他人の情事で一儲けしてんのはムカつくわ」
「なぁに、豚は太らせてから食べるものだよ、由美江」
「なるほど、売上金全部がめるって寸法か! 流石は○○だぁ」
「…結構悪どい性格してたんだなお前は」
今度からブロマイド販売を手伝わせる時は、○○に分け前を渡そうと真剣に反省するハインケルだった……
ときヘル由美江編 ― END ―
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