セラスとベルナドット先生


帰り際、体育館付属の道場の中で、セラスさんとベルナドット先生が組み手をしているのを見た。
どちらも僕なんかには想像もつかないレベルの動きで、そして楽しそうだ。
でも今日は約束がある。僕は足早に校門のほうへと向かった。

「はあ、はあ、はあ」
「ちょっと休憩するか、セラスぅ」
息が上がってきたセラスに向かって、ベルナドットは軽いノリで言った。
「はい!」
セラスは明るい顔で答え、二人そろって道場の片隅に腰を下ろす。
「先生、強いですねえ」
「嬢ちゃんに強いって言われる程度じゃ大したことないんだけどな」
ベルナドットはぼそりとつぶやいた。
セラスは意味がわからず、大きな目を開いて首をかしげる。
「このヘルシング学園ってのはとんでもないところだよなー。
 「不良共が巣くっていてどうにもならんから、ちょっと来てくれ」なんて
 軽く誘われてやってきたけど、アーカードだとかアンデルセンだとかシャレにならんぜ」
セラスもそれには同感だ。しかしそれより気になることがあった。
「その誘った人って誰なんです?」
「ん。インテグラ先生」
「えー!??」
軽い調子で答えたベルナドットにセラスはオーバーな反応を返す。
ベルナドットはそれを見てまた楽しそうに笑った。
「あの人この学園の創設者の娘だからな。経営権のかなりの部分を握っているらしいぜ」
「ぜ、ん、ぜ、ん、知りませんでした」
でもだからこの前の襲撃事件で、先生が狙われたのかなとなんとなく思った。
「まあ俺もいろんな現場渡り歩いてきた人間だけどさー」
そこまで言ってベルナドットは意味ありげにセラスを見た。
「この前の事件ではすごかったらしいじゃねえか、セラス」

「…」
セラスはうつむく。あの件に関してはまだ自分の中で心の整理がついていない。
そんなセラスの頭をぽんぽんとベルナドットは叩いた。
「気にすんなよ、嬢ちゃん。俺だってそっちの世界の人間だからさ」
「そっちの世界?」
「だから、人を傷つけたり病院送りにしたり、そういうことができる人間」
ベルナドットの口調はあくまで軽かった。
「それでこの学園に呼ばれたの。不良共に体で教えてやれってね」
「はあ」
セラスはぽかんとしていた。
自分があれだけ思い悩んだことを、先生はどうしてこんなに軽い口調で言えるのだろう。
でもその姿はいつもの放任主義で軽いノリの先生と同じで、ごく自然だった。

「そういう力で分からせるって方法が本当に正しいのかどうか、俺には分かんねえ。
 不良共が暴れる理由は、主義主張のため、なわばり争いのため、
 女のため、金のため、つまんねえプライドのため、いろいろだ」
そしてベルナドットは腕を組み、ごろっと後ろに寝っ転がった。
「俺はそういうのわかんねえ。あいつらにとっては体張るくらい大事なことだってのは分かる。
 でも別に暴力なんかに頼んなくてもなんとかなるんじゃねぇかと思う」
セラスはじっと先生の顔を見ていた。この人にもいろんな過去があるんだなあと思った。
「っていうかな、セラス」
ベルナドットはじっとセラスの顔を見つめた。
「暴力を振るうことに本当に意味なんか必要なのか?」
そんな風には考えたことがなかった。
あの時、セラスは大切な人たちを守りたくて戦ったのだけど、
たしかに戦っている最中はそんな建前を忘れていたのも事実だったのだ。
力を振るう純粋な喜びに囚われていた、先生はそのことも知っているのだろうか。
「ただ、暴力を振るうことは楽しい。それだけで充分じゃねえのかと思う」
その言葉はすうっと胸に染みいった。
セラスが懸命に否定しようとしていた事実を、この人はあっさり肯定してみせたのだ。

「先生!」
セラスは思わず寝っ転がっている先生の顔ににじりよった。
「じゃあ先生はどうやってその力を、楽しさを制御しているんですか?」
「ん。俺、大人だから」
セラスの必死さはあっさりとかわされた。
それからベルナドットは起きあがる。
「セラスぅ、そんな風に胴着姿でにじり寄ってくると胸の谷間が見えちゃうぜぇ」
思わずまっかになって胸元を戻すセラスを見て、また楽しそうに笑う。
「いやまあ、俺は場数も踏んでるし、手加減の方法も知ってるし、
 なにより金もらってやってるからねー」
ベルナドットは立ち上がって屈伸運動を始めた。
「俺って金もらってはあちこちの不良高まわって生徒をシメる、
 わりとそういう先生のクズな人間なの」

「しかしなー、この学園はさすがになー」
一人ぶつぶつ呟く姿をセラスは呆然と眺めていた。
いろんな事が一気に頭の中に入ってきて整理しきれない。
しかし一つだけ確かなことがあった。ベルナドット先生への尊敬の念だ。
「先生!」
またしてもセラスは立ち上がり、ベルナドットににじりよった。
「その手加減の方法ってのを教えてください!」
「元気だねえ、嬢ちゃん」
感心したようにベルナドットはセラスを見た。
「先生のおかげです! やるべきことが分かりました!」
明るくすっきりした顔で言うセラスを見てベルナドットは思う。いい子だなあと。
この純粋さをいつまでも忘れないでいて欲しいなあと。俺にはもうとっくにないけど。

「じゃ、続きすっか」
二人は向き合った。
「打って来いよ、セラス」
そう言われて素直に正拳突きで踏み込む。
ベルナドットはひらりとかわしてセラスの胸をぽんと叩いた。
「あー!!! なにするんですかああああ!!!」
「手加減の方法その1。相手のやる気をくじく」
「…男相手だったらどうするんですか」
「そりゃもちろん男の急所を」
たちまちセラスの顔が真っ赤に染まる。
「冗談だって、あんな狙い難い場所」
軽い調子で笑ったベルナドットにセラスは叫んだ。
「先生のバカー!!!!」

「ごめんごめん、今度は真面目にすっからさ」
ベルナドットは相変わらず邪気のない顔で笑ってみせる。
「正直言って嬢ちゃんの上達速度には驚いているんだぜ。
 あと一ヶ月で俺の持っている全てをみせてやるさ」
セラスはきょとんとした。
「一ヶ月?」
「だって俺、臨時教師だもん」
「それってつまり、あと一ヶ月で居なくなっちゃうってことですか!?」
またしてもすごい勢いでにじり寄ってくるセラスに
ベルナドットは両手をあげて降参のポーズをしてみせる。
「まあ、たぶん。上の人にもよるんだけどね」
「そんなぁ」
心底寂しそうな顔になるセラスの頭をベルナドットはぽんぽんと叩いた。
「人生は出会いと別れの繰り返しってな」

「じゃあ続きすっか」

 


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