リップ編Lv3「背負うもの」


リップは彼が駆け去っていった後を見送って、また床にへたり込んだ。
そう、私は彼の名前を聞こうともしなかったんだ。
その事実に気が付いたのはすごくショックだった。
私はまた狂気に陥っていたんだなと思う。
あの時、インテグラ先生とアーカードさんに向かって矢を撃ったように。
眼鏡を外し、顔を手で覆う。ちゃんと生きないと、強くなりたいと思ったのに。

病院でインテグラ先生に電話した。謝るために。
先生は黙ってリップの言葉を聞き、いつもの厳しいけれど優しい声で言った。
「いいんだ、反省したなら。人は間違うものだから、特に子供は間違えるのも仕事だからな。
 私たち教師はそのためにいるんだ、お前達の間違いを正して修正するために。
 学校的には交通事故として処理する。お前も帰ってくる気になったときに戻ってくればいい。
 気にするなとは言えないが、乗り越えろリップ。成長しろ。いい機会だと思え」
それからアーカードさんにも謝りたいけど電話番号がわからないというリップに対して
先生はちょっとあきれたような口調になった。
「アーカードがお前にやったことを踏まえて、それでも謝りたいのか?」
謝りたいです。リップはそう答えた。
「彼は嫌がるだろうな」
先生は少し困ったようだった。
「たぶん、推測だが、アーカードはお前に対してしたことでお前を罰し許したと思う。
 これは彼にとってはもう終わったことなんだ。お互い、それがいいんじゃないか?」
そうなのだろうか。リップは承諾しきれなかった。
でも先生は結局アーカードさんの連絡先は教えてくれなかった。
電話を切った後で、先生の言うことのほうが正しいのかもしれないと思った。
リップはたくさん間違いを犯した後だったので、判断に自信がもてなかったのだ。
それで結局、学校に帰ってきてアーカードさんの姿を見た時も何も言えなかった。
アーカードさんの方はさっさと視線をそらして教室から出て行った。

なにが正しいのかわからない。リップは自然と彼が置き去りにしていった弓を見ていた。
無意識のうちに近づいて、無意識のうちに手に取る。構えて弓の弦を弾いた。空撃ちだ。
下手になったな、なまってしまったなと思った。
同時にとても心が落ち着くのも感じる。
私は弓を撃つことで狂気に取り憑かれ、弓を撃つことで正気にもなるんだろうか。
じゃあやっぱり狂気は弓にあるのではなく、私の中にあるんだ。

リップは何度も弓の弦を弾き続けた。
ピンッ、ピンッと音が響く。いつも歌っていた「秋の夜半」を思い出したけど
それはさすがに声に出せなかった。
ただ黙って弓を弾く。
私はどうすればいいんだろうと考えながら。
とにかく彼には会わないといけない。せめて名前を聞かないと。それだけは確かだ。
彼は名前も聞かない自分の横に、半月もの間黙ってつき合ってくれた。
そして今日、リップの罪の告白を聞いて許すと言ってくれた。笑ってくれた。
「ありがとう…」
リップは自然と自分の気持ちを言葉にしていた。
そして弓を弾き続ける。今の自分は正気だ。それだけは確かだった。

ところが、名前もクラスも知らない相手を探すというのはなかなか困難なことだった。
おまけに向こうはおそらくリップを避けているであろうから、なおさら難しい。
リップは友人もほとんどいないし、どうすればいいのかもわからない。
そんなこんなで一週間が過ぎた。

僕の趣味がこの謎の学園探索だって前にも言ったよね?
あの日以来、僕は一層その趣味に熱を入れていた。
リップさんに会いたくなかったし…いや嫌いってことじゃなくて、
会うべきじゃないと思っていたってことね。あちこち潜り込んでいれば大丈夫だろうって。
それに普通、失恋の痛みは好奇心で解消するものだよ。ん? そーでもない?

さて、今日僕が向かったのは学園の中枢。理事会館。
そんなものがあるんですねー、この高校には。
理事といえば普通名ばかりの存在が多いけど、
この学園運営には実際に理事の皆様が強い力を持っているとかで
その理事会議で重要な決定は全て決められるんだって。何人かの先生も一員だという噂。
ま、少佐教頭なんかは確実にそうだろうね。
でもって独立した建物がある。これは学園創立期からあった古い建物だ。
中には校長室や教頭室、生徒会室もある。
理事さんに監視されながら校長するのね。大変だわ。
でもあのペンウッド校長はそのほうがいいかも。などと思いつつ。

さすがにここは危険だろうってことで今まで潜入したことはなかったんだけど、
失恋でやけくそになっている今の僕ならオーケー。一言で言うと捨て鉢です。
でもこの僕の潜入テクをなめるなよ。
入り口の守衛さんには「教頭先生たちに生徒会報届けにきましたー」、
胸には生徒会のピンバッジ(模造)、足取りはあくまで堂々と。
実際の生徒会の皆さんに出会ったら、「うちのクラスの委員長代理ですー」の予定。
ん? 意外とシンプル? あのね、嘘は最小限に付くものなの。
実際うちの委員長は今風邪で寝込んでます。

しかし意外と潜入は簡単だった。つまんないくらい。
「理事会議室」と偉そうに書かれた扉をあけてみると、中には大きな円卓のテーブルが。
個々の「理事執務室」にはさすがに入れなかった。いや、実は鍵開けも出来るんですけどね、僕。
それより気になるものがあったのさ。
「教頭執務室」、その扉がうすーく開いて、中から声が聞こえてきたの。
「次は誰にしようかねえ」
少佐教頭の声だ。なにかすっごく楽しそう。
「トバルカイン君なんてどうかな」
誰かに同意を求めている。
「いいですねえ、彼は学外の人間だ。直接…とやりあっても危険度は最小限におさえられます」
この声は理科教師のドク先生だな。相変わらずねちっこい声。腰巾着って感じー。

しかしやりあうとはまた物騒な。
僕はそういう危険なことには近寄らない主義なんだけど、なぜか今回は近寄ってしまったのよ。
…たぶんリップさんのことがあったからかな。
この学園には裏がある。それで傷つく人がいる。その闇をちょっと知ってしまったから。

そーっと扉の隙間から中をうかがおうとする。
はっきり見えないけど、中央にふんぞり返っているのが少佐教頭で、
横で揉み手しているのがドク先生で…あ。声が急にとまった。
誰かがこっちに近づいてくる。やばい。気づかれたんだ。
しかし僕の気配に気づくとはやり手な。

そう思いながら、一目散に逃げましたよ。ところが足音は着実についてくるんだなあ、これが。
それも大股で、僕なんかより一歩がすっごく大きい。曲がり角を曲がる時、ちらりと確認した。
大尉先生だ! おいおい。
あの孤高の美術教師が教頭の腰巾着で悪巧みの一人!?
そりゃあの先生だって怒ると怖くて、以前美術の時間をぶっ壊そうと暴れた不良君を
片手で吊り上げて放り出したって話だけどね。あの人背が高いから。
で、背が高いってことは一歩が大きいわけだ。これは追いかけっこにおいては重要だ。
まずいよー、それにしてもなんであの人がー。
そりゃ、あの目は只者じゃない雰囲気かもしだしていたけど。いやそれより逃げないと。

しかし僕らの距離は確実に縮まっていた。悪いことに教頭執務室は理事会館の奥にある。
外まではかなりの距離があるわけだ。
振り返ると僕にはもう、あの鋭い目で
まっすぐ僕を見つめて離さない大尉先生の姿がはっきり見えた。
もうすぐ実際に捕まえられるだろう。あー、これが年貢の収めどきってやつ?
僕も地味に悪いこといっぱいやってきましたからねえ。

ところが救世主は意外なところから現れた。っていうか、意外な人が。
「あ!」
廊下の真ん中、目の前に立っていたのはリップさんだった。
僕は思わず急ブレーキをかけてしまう。見つめ合った。二度と会わないつもりだったのに。
そういえば彼女学級委員長だっけ。
学級委員長を避けて理事会館に潜入とはなんて間抜けな。僕らしいとも言えるが。ははっ。

いや、今はそれどころじゃない。僕の後ろで大尉先生も立ち止まった。
僕の肩に先生の大きな手がかけられる。がしっと捕まえられました。もーだめだあああー。
「あ、あの、大尉先生。彼がどうかしましたか?」
しかし、リップさんはおどおどと、でも精一杯の決意を込めた目で先生を見つめていた。
「この方は私の大切な部員さんなんです。彼が何か?」
ん、なんかリップさん雰囲気変わったなあ。
大尉先生は無言でリップさんを見つめていた。あの怖い目で。
しかしリップさんも一歩も引かない。ちょっと手は震えていたけど。
「離してもらえませんか?」
リップさんはぐっと一歩前に出た。後ろで大尉先生の溜息が聞こえる。
肩をぐいっと乱暴に掴まれ、振り向かされた。噂に違わぬ凄い力だ。
半分僕の足は宙に浮いていた。そして顔を近づけ、僕の目をじーっと睨みつけてくる。
「何も聞かなかった。何も言うな」ってことですね、はい。そりゃもう。はいはいはい。
僕は冷や汗だらだらでうなずいた。
この先生、その気になったら人殺せるんじゃないのー!?

そして大尉先生は僕の肩を乱暴に突き飛ばし、元来た道をまっすぐ大股で去っていった。
僕は思わず廊下にへたり込む。ああ生きているって素晴らしい、心の底からそう思った。
「大丈夫ですか」
後ろからリップさんがのぞき込んでくる。黒髪が僕の肩にかかる。
相変わらずいい匂いの髪だ。
「ありがとう、助けてくれて」
僕は情けない顔で笑った。避けていた相手に助けられるとはねー。間抜け。はは。
「よかった。ずっと探していたんです」
そう言ってリップさんはにっこりと笑った。
その笑みはなにか吹っ切れていて、以前の彼女とは違っていた。
「それで、あなたのお名前を教えて頂けませんか?」

僕は素直に自分の名前を告げました。
「○○さん、いいお名前ですね」
リップさんは笑う。
「あの時は大変失礼しました」
そういって深々と頭を下げた。あの、僕、まだ廊下にへたり込んでいるんですけど。
この人らしいなあ。やっぱり少し変わってもリップさんはリップさんだ。
「よろしければ、少しお話したいんですけれど」
はい、そうですね。助けて頂きましたし。これはもう、運命ってやつですね。

というわけで、僕らはあのテントに向かいました。
やっぱり僕らが話すべき場所はあそこだから。
それに「アーチェリー部の部員さん」ってことで助けてもらったしね。
僕、直感に逆らわないように運命にも逆らわないの。
もう冬が間近だから日暮れは早かったけど、あのテントは照明設備もばっちりです。
テントテントって言ってるけど、運動会の仮設テントじゃなくて
サーカス団のテントとかあっちのほうを想像してね、今更だけど。

でもさすがに寒いな。テントに入ってそう思った。
んで僕らはまたベンチによりそって座った。
リップさんはもう僕に体重をあずけてはこない。いいことだ。…たぶん。
「私、あれから色々考えました」
リップさんはかじかむ手を揉みながら言う。
「あの時、私は正気じゃなかったと思います。人を撃った時と同じように
 自分を忘れていました。大切にもしていなかった」
そして僕の目をまっすぐ見つめてきた。あの黒くて大きな目はもう潤んではいない。
でもやっぱりきらきらと輝く素敵な瞳だった。
「自分を大切に出来ない人は、他の人も大切にできないんですね。
 あなたには本当に失礼なことをしたと思いますわ」
「ごめんなさい」そう言ってリップさんは僕の頬にキスをした。
うわー。大胆。女の子ってわからん!

さすがの僕も呆然と固まっていた。いやもう今日は僕、全然ダメ。
得意の潜入には失敗するわ、避けていた人に助けられるわ、あげくにこれとは。
ノックアウト。ホールドアップ。ギブアップ。大降参。もうどうにでもしてください。
反対にリップさんはニコニコしている。
「寒いですわね、ここ」
そう言って立ち上がると、ごそごそとテントの隅から何か引っ張り出してきた。
小柄なリップさんには重くて大きなものみたいだったので、手伝う。
それは寝袋だった。しかも二人用の。
「たまに練習でここに泊まり込むんですよ。その時用に古いのを譲ってもらったんです。
 なぜか二人用だったんですけど、今となってはちょうどいいですわね」
いいのか!? ねえ!!??

リップさんは寝袋を広げて、その前で嬉しそうに手を叩いた。ハイテンションだなあ。
なんでだ? 僕に会えた嬉しさのあまりか。それとも変わった彼女の新しい姿か。
後者に一票。なんとなく直感で。

「一緒に入りませんか?」
リップさんは有無をいわさず僕の手を引っ張った。
僕はひきずられるようにして寝袋に転がり込む。
いやリップさんの体格的に引っ張ってなんとかなるわけないけどさ、
女の子に一緒の寝袋で寝ましょうって言われてひきずられない男がいますか? え?

こうなればキャンプだと思おう。うん。そして僕らは一緒の寝袋に入った。
リップさんは相変わらずハイテンションで、いろんな話をしてくれた。
この学校にはアーチェリーの特待生として奨学金を受けて入ったこと、
それで実家を離れて学生寮で暮らしていること、クラスのこと等々。
きっと今まで離す相手がいなかったのであろうことを、色々と。
苦労話に分類されることなのだろうけれど、彼女の口調は明るかった。

しかしもう僕はドキドキでしたよ。体は密着しているわ、
暖かい体温を感じるわ(いやそのための寝袋だけどさ)、なによりリップさんの花のような香が。
「あのー、これはやっぱりまずいんじゃなかな」
僕はおそるおそるそう言った。リップさんはしゃべり続けていた口を止めて、
ふと真面目な顔で考え込んだ。
「まずいでしょうか?」
「僕、これでも男なんで」
「…私は、構いませんわ」
う。絶句する僕を横に、リップさんは一旦寝袋を抜け出して、テントのスイッチを切りに行った。
たちまちあたりは闇に包まれる。そこに懐中電灯を持ったリップさんが帰ってきた。
その懐中電灯はランタン型のやつなので、そのまま床におくことが出来る。リップさんはそうした。
そしてまた僕の横に潜り込む。

「あの、最初の二週間、私、それでもいいと思っていましたの」
さすがに真っ赤な顔になってリップさんはそう言う。僕の予想は当たっていたわけだ。
「でもそれは間違いでしたわ。でもでも、今は違いますわ」
リップさんは僕の首筋にそっと両手をそえて、伏せ目がちに聞いた。
「○○さん、私のことを好きだと言ってくださいましたね。あの告白を聞いた後でも」
「はい。好きですよ。今でも」
人間正直が一番です。
「私も、○○さんのことが好きです」
リップさんは見上げるように僕のことを見つめた。相変わらず顔は真っ赤だ。
でもさっきとは色合いが違って見えた。
そばかすが明かりに浮かび上がって、目は少し潤んでいるけど真剣だった。
「私、あなたに浄化して欲しいんです。
 勝手なお願いですけれど、私にとってはそれが最後の決着なんです」
意味はよくわからない。でも僕は好奇心を押し殺した。浄化。いい言葉だと思ったから。

そっとリップさんの服を脱がせにかかる。冬服でセーターも着ているし寝袋の中ってことで難しい。
僕らは芋虫みたいにもぞもぞと動いた。
リップさんのセーターを脱がせて、セーラー服のリボンを外す。この瞬間ってどきどきする。
しかし寝袋の中に潜って。それって息苦しいんだよね。
だから僕は呼吸するために頭をだして、あとのボタンは手探りで外しました。
リップさんはそんな僕を面白そうに黙って眺めていました。
それからもう一回深呼吸して寝袋に潜る。彼女の胸に顔をあずけながら、ブラを外しました。
リップさん、やっぱりあんまり胸ないよね。でも好きな女の子の胸ならそれもまた素敵なのさ。
恋っていいよね、便利で。
そのままスカートも外してごそごそやっていると、リップさんは笑い出した。
「くすぐったいですわ」
「だって狭いんだもん」
寝袋の中で拗ねたように言う僕をリップさんの細い手が探ってきた。
僕の頭や顔をさわって、学生服の襟にも手をのばす。
「あ、いいよそれは自分で脱ぐから」
でも寝袋の中で見たなまめかしい細くて白い手は綺麗だった。
これが弓を引くんだなあ。僕は弓かあ。なんてバカな連想をしつつ。

そして僕は再び浮上し、一旦寝袋の外に出て服を脱ぎ始めた。
女の子に脱がしてもらうのも嫌いじゃないけど、寝袋の中はあまりにまだるっこしいよ。
ちらりと後ろを振り返ると、リップさんは両腕で頬杖をついて、僕の後ろ姿を見ていた。
「あんまり見ないでよ、恥ずかしいから」
「でも素敵な背中ですわ」
ありがとう。僕は服を脱ぐと、ごそごそとポケットから例の物を。男の身だしなみってやつ。
それからあらためて寝袋の中に入りました。
裸でリップさんと抱き合う。僕の体は外に出たことで冷たくなっていて
逆にリップさんの体は暖かかった。
「暖めてね」
そういいながら僕はそっと彼女の胸をさわる。首筋に口づけした。
それから手を背中に回して、彼女のお尻もさわる。
リップさんの細い体を優しく触りまくった。彼女の体だって弓みたいだよなとか思いつつ。

だんだんお互いの息が荒くなってくる。僕はリップさんの口にキスをした。
「いいかな?」
リップさんは少し不安そうに、こくんとうなずいた。
僕はまた寝袋の中にもぐって彼女の両足を開く。その間に自分の腰をいれた。
「あ、、、」
リップさんの不安そうな声が聞こえてくる。
「怖い?」
「いえ、大丈夫です」
リップさんの白い手が僕の頬をさわる。
僕はそれに勇気づけられて、そっと腰をすすめた。
やっぱり細身のリップさんはきつい。優しくしないと。
うまく欲望を飼い慣らしつつだねえ、僕はゆっくりと腰をすすめた。
意外とあっけなく奥まで達する事が出来た。

ぷはっと僕は寝袋から顔を出す。
懐中電灯の薄明かりの中で見るリップさんの顔は綺麗だった。
目がうるうるしていて、それでいながらどこかいたずらっぽくて。幸せそうに笑っていた。
「私、こういうのは始めてですわ」
「寝袋の中でするの?」
リップさんはちょっと首をかしげてから、うなずいた。
「そうです」
「僕も始めてだけどね。意外と面白いね」
そういいながらも僕は腰を動かしていた。しながら喋るの好きなの。変?
なんか快楽の中に没入するより、ちょっとじらしながら&じらされながらが好きなんだよね。
リップさんも熱い息を吐きながら、僕につき合ってくれた。
「ん、、気持ちいいんですね、、こういうのって」
「下手な男としかやってこなかったの?」
リップさん、初めてじゃなかったんだーとちょっと驚きつつ。
でもまあ、僕も始めてじゃないんだし、相手にだけ求めるのは野暮だよな。
リップさんは僕の言葉を聞いて笑った。
「私が下手だったんですわ」

リップさんらしいなあと思いつつ、それはやっぱり相手が下手だったんだろう。
僕は一層気をつけながら、彼女の呼吸にあわせて徐々に腰の動きを早めていった。
「ねえ、、リップさん変わったね、、、でも、僕、そんな君が、、、好きだなー」
「んんっ、、そうですか、、、私、、、変われました?」
お互いもう頂上近くまで来ている。
さすがにもう言葉を発する余裕がなくて、僕らはお互い抱き合いながら体を動かした。
この言葉をなくす瞬間が好きなんだ。

そして僕たちはほとんど同時に達した。
リップさんの体ががくがくと震えて力が抜ける。僕も同様だった。
そのあと、僕らはしばらく抱き合ったままでいた。
あ、リップさんがずっと下だと重いよなと思って体を横にまわす。
僕の腕枕の下で、リップさんは笑った。
「○○さん、まだ私のことさん付けで呼ぶんですね」
「なんだよ、最後に考えていたのそんなこと?」
僕らは同時に笑った。
「リップさんだってさん付けじゃない。…こういうの嫌い?」
リップさんは首をかしげた。
「それはそれで面白いのかもしれませんわね」
「そうだよ。それにこうだとね、まわりにばれないっていう利点があるの」
「ばれないのが好きなんですの?」
「うん、僕、秘密主義者だから」
人の秘密あばくのは好きだけど。いや、今日の大尉先生にはさすがに懲りたかな。

さて、そろそろ抜かないとな。そう思って僕はそっと彼女の中から自分のものを引き抜いた。
「う、ん、、」
リップさんの声が聞こえる。
「女の子って抜く瞬間も気持ちいいの?」
「んー、そうかもしれませんわ」
リップさんは人差し指を口に当てて考え込みながら答えた。
僕はまた寝袋から出て後始末をする。
「何をしていらっしゃるんですの?」
「なにって、後始末だよ」
前の男はそんなこともしなかったのか。さすがに怒りがわいてきた。大馬鹿野郎だな。
「後始末ですか」
リップさんは面白そうに笑った。
「じゃあ私も後始末をしましょうか」
へ? なに? ごそごそとリップさんは僕の横からはい出す。
服を着ないまま、裸のまま、靴下だけを履いて(そういえば脱がせるの忘れてた)、
そっと弓を手にとった。それから矢も。

懐中電灯の明かりの中、裸身のリップさんは矢を弓につがえて構えた。
その姿は今までで一番綺麗で、僕は寒さも忘れて見とれていた。
ただ、彼女の背中には傷があった。どこかにこすりつけられたようなひどい傷が。
思わず息を飲む。それが伝わったのだろう、リップさんは的から顔を離さずに言った。
「これが私の背負う罪ですわ」
その声は冷たい空気の中を静かに響いた。だから僕はもう黙って続きを見つめていた。
ただ、あの傷のことは忘れないでおこう。
僕には背負えないけど、背中を守ることはできるはずだ。そう誓いながら。

リップさんは弓を放つにあたって高らかに宣言した。
「嫌な過去は、ちゃっちゃとおっ死ね、ですわ!」
矢は見事に的の中央に命中した。
浄化は成功したらしい。

これが僕と彼女の物語の始まり、なんてね。
ともあれ少し変わったリップさんは、少しずつまた歩き出した。
弓も前ほどじゃないけど撃つようになった。競技会にはまだ出る気になれないみたいだけど。

僕にはあの背中の傷が忘れられない。
いつかすべてを彼女は話してくれるだろうか。それとも聞かないほうがいいのだろうか。
わからないけれど。ゆっくりと、あの傷も癒えるといいなと思う。

いつかきっと。ゆっくりと。

おしまい


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