ベイドリック事件 後編
不良さんの溜まり場らしく、旧校舎の窓はすべて目張りがしてあった。
だから電気のついていない部屋は当然暗闇だ。
その暗闇から一筋の光がセラスのリボンを切り裂いた。
セラスはもちろん反射的に後ろに跳び下がった。しかし間に合わない。
また一筋、体に達する。
「あ、あ、あ"、あ、あ"、ああ」
スッ スッ スッ スッ
声にならない恐怖をあげて逃げる彼女を嬲るかのように、ただ銀の光だけが彼女の体をなぞった。
ぱっとセーラー服がはだけた。というより細切れにされて空中に舞った。
セラスの胸が完全にあらわになる。ブラまで切り裂かれて、大きな胸は鞠のようにはずんだ。
そのくせ白い肌には傷一つついていない。
だが、戦闘者としてまた女の子としての精神的ショックはかなりのものだった。
「きゃあああああああ!!」
「ずいぶんとまァ、可愛らしい声をあげてくれるんだね、お嬢ちゃん」
そして部屋の中からゆっくりと姿を現したのは、両手にバタフライナイフを持ったアンデルセン。
彼はそのナイフを一閃して廊下の配線も切った。
たちまち廊下は暗闇につつまれる。
ただ他の部屋の電気はついているので真っ暗闇とはならなかった。
「アンデルセン!」
アーカードは叫んだ。あの声は本気だと、セラスは思った。
「我が校に逆らう者を始末するのが我が使命」
アンデルセンはわずかな光を反射してきらきらと輝くナイフを手に、
その大きな体で廊下をふさぐように立った。
「面白いところで会ったな、裏切り者ども」
*
「あ"ぁぁ」
戦闘モードの高揚から一転して、精神的に叩きのめされたセラスが後ろでうめき声をあげる。
アンデルセンはその声を聞いてまた嬉しそうに笑った。
「そんな程度ではすまさんよ。まだ肌には一切傷をつけていないのだから。
久しぶりに本気で戦える状況だ。楽しませて頂かねばね」
「マクスウェルだな」
アーカードはそっと右手を後ろポケットに突っ込んで指弾を用意する。
彼は4発まで同時に飛ばすことが出来た。
「その通りだ。インテグラの犬共」
ゆっくりと二人は歩み寄る。
「ここに居たベイドリックの番長はどうした?」
「とうの昔に始末したよ。とんだ雑魚だった、楽しむ間すらありはしない」
だがお前らとは楽しめそうだ。アンデルセンの目はナイフはそう語っていた。
ギシ ギシ ギシ
古い廊下を二人は一歩ずつ近づいていく。
互いの間合いに入ったところで歩を止めた。
「残っているのは貴様らだけ」
「そうかい」
同時に二人は動いた。
ひゅうとアンデルセンはナイフをひるがえし、アーカードは指弾を飛ばす。
ナイフはアーカードの首筋を切り裂き、
指弾はすべてアンデルセンの顔面に命中して眼鏡のレンズも半分割った。
アンデルセンは思わず顔に手を当てて後ろに飛ぶ。
着地点にアーカードの左手の指弾がはじけ、
アンデルセンはバランスを崩して廊下の壁に派手にぶつかった。
図体が大きいだけにダメージも大きそうだ。そのまま崩れ込む。
「アーカードさん!」
血を見て動揺するセラスにアーカードは向き直った。
「皮一枚切れただけだ。いくら俺たちが奴にとっては裏切り者とはいえ、刃物とはな」
フンとバカにしたように鼻で笑う。
「これでも着ておけ」
アーカードは上着は着ない主義なので、シャツを脱いでセラスにかけた。
彼自身はまだその下にタンクトップのアンダーシャツを着ている。
セラスはあわててそれに袖をとおし、ボタンをはめようとして気が付いた。
「アーカードさん!」
後ろからアンデルセンが突進してきていた。振り返る余裕はない。
アーカードはそのまま姿勢をかがめて前に逃げた。
「クッ、ククッ、クカカカカッ」
アンデルセンの笑い声が響く。
アーカードは振り向きざま、再び指弾を放つ。
アンデルセンは顔だけはガードしつつ、気にせず突進してきた。
彼の指弾は肋骨くらいは折る力があるのだが、アンデルセンの体には通じないらしい。
ナイフが再びきらめいた。
「この刃物男があ!」
「お前こそ飛び道具なんぞに頼る軟弱者め!!」
どこまでいっても二人の価値観は合わないらしい。
廊下の端が近づいてくる。
アーカードはナイフを狙って最後の指弾を飛ばしたが果たせず、
刺されるよりは階段から落ちる方を選択した。暗闇の中に落下する。
ずん
はるか下の方でにぶい音が響いた。
*
「アーカードさん!!」
セラスの悲鳴が響く。
「がははははははは!!」
アンデルセンの哄笑がそれをかき消すように響き渡った。
「こんなヤツがインテグラの切り札? まるでお話にならない」
アンデルセンは階段を見下ろしながらつぶやく。
そして後ろを振り返った。アーカードの白いシャツをまとったセラスが必死に逃げていくところだ。
セラスは逆の階段から一階に下りた。
足元にはさっき自分が叩きのめした不良さんたちが転がっている。
ドアに向かおうとして、暗闇の中を不良たちの体につまづきながら必死で逃げる。
「どこに行こうというのかね。どこにも逃げられはせんよ」
暗闇の向こうから声が聞こえてくる。
「ゴミはゴミらしく処分されるべきだ。再起不能になって我が校から去れ」
逃げなきゃ、逃げてインテグラ先生に頼るしかない。もう私じゃ全然手が付けられない!
セラスの頭の中はそのことでいっぱいだった。
廊下の向こうから黒い大きな影と、影が両手に持つナイフの煌めきがせまってくる。
彼は不良などにつまづくことはなく、何も気にせず、すべて完璧に踏みつけていた。
やっとたどり着いたドアは開かない。
「な? ええ!??」
「大人しく皆殺しにされろ、裏切り者どもめ」
今度こそ切り刻まれる。殺されるっ。セラスはパニックになってあたりを見回した。
窓はすべてふさがれているし脱出経路は・・・ない。
「終わりだ」
後ろでアンデルセンの声がした。
*
ひゅうッ
飛んできた何かをアンデルセンはとっさにナイフで防ぐ。それはダーツの矢だった。
「彼女は私の生徒だ。なにをしてくれるんだ、アンデルセン?」
廊下の電気が回復して(一階は普通にスイッチを切っただけらしい)、
扉の前に立っていたのはインテグラ先生だった。
「インテグラ・・・先生自らお出ましとは、せいの出るこったな」
アンデルセンは呟く。
「すぐに退け、アンデルセン。今なら不問に処してやる。
でなければこれはマクスウェルと私の間で重大な問題となる」
インテグラは強い口調で勧告した。
「退く? 退くだと!? 我々が!? ヘルシング学園の真の支配者たる愉駄が?」
アンデルセンは平然と舌なめずりをしてみせた。
「ナメるなよ、売女」
「せ、先生になんてことをっ」
思わず口をはさむセラスをアンデルセンは同じく汚らわしいものを見る目で一瞥した。
「どうせアーカードもその体でたらしこんで利用しているのだろうがっ。
このお嬢ちゃんはそのアーカードにさらに抱かれているクチかね?」
セラスの顔が怒りで真っ赤に染まる。
インテグラはその肩に手を置いてなだめながら、平然と笑った。
「お前ごときの知ったことではない。所詮お前も駒の一つに過ぎんくせに」
アンデルセンは怒りの叫びをあげてナイフを振りかざしインテグラに突進する。
インテグラは腰のベルトを引き抜いてパアンッとそれを払った。
それでナイフは彼女の体ではなく、その両側に深々と突き刺さる。
「お前、本気で私を殺す気か?」
冷たく軽蔑した瞳で見返すインテグラに、
アンデルセンはわずかに気圧されながらも最後のカードを切った。
「貴様ご自慢のアーカード、二階から地下まで落ちていったぞ」
「ふうん、それだけか?」
インテグラは鼻で笑う。
「落としたではなく、「落ちて」ということは彼自ら選択したのだな。
では何も問題ない。お前に勝ち目はないぞ、アンデルセン。
おとなしく手を引いた方が身のためだぞ」
「なにをバカな。おまえたち等まとめて、今」
「なら早くする事だ。モタモタしてると、その落ちた者がよみがえるぞ」
バシッ
アンデルセンの背中に指弾が命中した。
「うおっ」
予期していなかっただけにダメージがあったらしい。
「お前も私のクラスの生徒だろう。担任の目をなめるなよ。
私はおまえ達の実力くらい把握している。お前とアーカードの力は"互角"だ」
振り返ったアンデルセンの視線の先には、血を流しアザだらけになりながらも
にやっと笑ってしっかりと立っているアーカードの姿があった。
「アーカードさん!」
セラスは嬉しそうな声をあげる。
「さあ、どうする。マクスウェルの犬?」
インテグラは顔の横に突き刺さっていたバタフライナイフを引き抜いて、
ぽいっとアンデルセンに投げ返した。
アンデルセンは無造作にそれをキャッチしてにやと笑う。
「成る程。この程度では殺せないというわけか・・・では次の機会だ」
スタスタとインテグラの横を通り抜けて扉から出て行く。
インテグラは平然とそれを見送った。
「また戦う。次は全員叩きのめす」
決意に満ちた捨てゼリフをはいてアンデルセンは去った。
*
「はああああ」
セラスは殺すなどという言葉が平然と飛び交う状況から解放された反動で
へなへなとその場に崩れ込む。
「大丈夫か、アーカード?」
「大丈夫なわけあるかっ。報酬は割り増しだぞ、インテグラ!!」
「そんなことを考えられるようでは大丈夫だな」
インテグラはあっさりうなずいてベルトを元のように腰に戻した。
「マクスウェルなんかと争っている場合じゃないんだけどな」
ぶつぶつと呟いている。
確かに私たちなんて駒の一つにすぎないんだなあとセラスは思った。
「おえー」
心底気が抜けて廊下に倒れ込む。
「どうなんだアーカード。セラスは大丈夫なのか?」
「ん、こいつは怪我してないだろうが」
そう言われればそうだ。セラスはそれにも気が付いてなお脱力した。
「ほら、さっさと立てセラスぅ」
アーカードは面白そうにその姿を見ながら足でこづく。
「その語尾を伸ばす人をバカにした呼び方はやめてください」
精一杯の反撃もあっさり一睨みされて終わった。
「うるさい。お前なんか「セラスぅぅ」で充分だ」
わざと語尾を伸ばしている。
インテグラはそれを微笑ましく見守りながら考えていた。
さて、愛車エスプリは二人乗りだ。どちらを乗せて帰るべきなんだろうかなと。
・・・まあアーカードは歩けるか。
おしまい
ときヘルindex
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