青髪の妖精の受難―Ace’s Version―  空がすっかり夕焼け色に染まり、もう日没も間近だというときだった。いつもなら、こんな時間ともなれば自分の村に帰って、家族や仲間達と共に楽しく過ごしていたはずだった。だが、今はそういうわけにはいかなかった。 「いたぞー!こっちだ!」 「今度こそ逃がさねぇぞ!ぜってぇ捕まえてやる!!」 私の姿を見た途端、欲望に我を忘れた人間達が、私を生け捕りにしようと襲いかかってきた。無論、捕まるわけにはいかない。 「もう、本当にしつこい奴らね!あたし達が一体何をしたっていうのよ!」 私は疲れ切った体に鞭打って、急いで飛び立った。たしか、この先をまっすぐ飛んでいけば、大きな川にぶつかるはず。そこを越えれば、幾らかは時間を稼げるはずだ。後ろを振り返ると、人間達の物であろうたいまつの灯火が見えた。ざっと見た感じでは、そんなに数は多くない。せいぜい2,3人といったところだろうか。なら大丈夫、そう思った私は後ろを振り返るのを止めて一目散に飛んでいった。  数日前の事だった。私たちの村に、突然人間達がやってきて、みんなを次々とさらっていったのだ。それでも何人かは、何とか人間達の魔の手から逃れられたみたいだったが、その後も執拗に追われ続け、ある者は追ってきた人間達に捕まってしまい、またある者は疲れ切ったところをヘビやカエルなんかに襲われ、そのまま食べられてしまった。気がつくと、残っているのは私一人だけになってしまっていた。あのとき、私達の村に彼奴等が来たりしなければ、こんな事にはならなかったのに、どうして…。  やっとの思いで川にたどり着いた私は、見慣れぬ光景に息を呑んだ。どういう訳か、いつもとは違い流れが激しく、所々渦を巻いていた。だが、この状況は今の私にとって、チャンス以外の何者でもなかった。私は、万が一のことも考えて目一杯高く飛び上がると、そのまま全速力で荒れ狂う川の上を横切っていった。 「くそっ!これじゃあ、追いかけるのは無理だぜ。」 「後少しだっていうのに、なんてこった。仕方ねぇ、今日はもう遅いから引き上げるか。」 私が渡り終えた頃、川岸に現れた人間達は目の前の荒れ狂う川を見て、さすがにこれ以上は無理だと思ったらしく、元来た道を引き返していった。どうやら振り切ることが出来たようだ。安堵感に浸るのもそこそこにして、私は今晩の寝床を探すために林の奥へと入っていった。だが、このときの私は全く気づいていなかった。人間よりも、ヘビやカエルよりも厄介な、彼奴が潜む場所だということを…。  気がつくと、辺りはすっかり夜になっていて、空を見上げると綺麗な満月が出ていた。 「あら、もうこんな時間なのね。早く寝るところを探さないと…。」 さっき、人間に散々追いかけられて疲れていることもあるから、明日のためにも早く寝たいのだが、今日に限って良い場所がどうしても見つからない。そればかりか、さっきから四六時中睡魔に襲われ、何度も墜落しかけた。何せ、村が襲われてからの数日間、人間達に追い回され続けたせいで、睡眠も食事もロクに出来ないでいた。このままでは身が持たないと思った私は、すぐ目の前にあった木の枝に腰掛けた。 「全く、これじゃ埒が明かないわ。一体どうすれば……良いの…かし…」 ぱたっ、ひゅ~、どさっ! とうとう、睡魔に負けてしまった私は、木の枝から転落、真下の草むらで泥のように眠ってしまった。  月明かりの中で、怪しく蠢く1つの陰があった。息を荒立て、しきりに辺りを見回していた。何かを探しているようだが、オオカミにしては体が大きすぎるし、人間にしてはやたらと違和感がつきまとう。しばらくすると、草むらの中から急に立ち上がり、その姿を月光に晒した。トロールである。ついさっき、何かの匂いを嗅ぎ付けたようで、しきりに鼻を鳴らしていた。匂いの出所を察知すると、トロールはその方向へ静かに歩き始めた。  しばらくたつと、トロールは匂いのもとを見つけたようで、さっきからだらしなく涎を垂れ流していた。トロールの目線の先には、妖精が居た。どうやら、このトロールは前にも妖精を喰ったことがあるらしく、こいつにしてみればまた美味い物にありつけた、といった具合だろうか。トロールは躊躇すること無く、その妖精を掴み上げると、邪魔だとばかりに羽をもぎ取り、そのまま自らの口へと放り込んだ。 「ばくっ!…ごくん。」 呑み込む音と共に、さっきの妖精が喉元を通り過ぎていった。再び開かれた口の中に、先ほどの妖精の姿はどこにも見当たらなかった。  私がようやく目を覚ますと、周りの状況は一変していた。辺り一面、うねうねと不気味に蠢く赤黒い肉壁に囲まれ、足下はドロドロとした粘液がまとわりついていた。息をする度に、強烈な異臭が鼻を突いた。 「げほっ、げほっ…。まさか、呑み込まれた?」 何者かに丸呑みにされてしまったのは、容易に想像出来た。このままでは、強力な消化液によって、跡形もなく消化されてしまうのは目に見えている。現実に、さっきまで身につけていたはずの衣服も、消化液にやられたのか跡形もなく溶けてしまっていた。 「こ、このままじゃ溶かされちゃう。速く逃げないと。」 だが、それは叶わぬ望みだった。肉壁をよじ登ろうにも、どんどん滲み出てくる粘液のせいで手足が滑る上、全体が常に脈動しているため、満足に立つ事さえ出来ない。まさに、絶望的だった。 「い、嫌よ、こんなところで終わりなんて…。えっ、何?きゃっ、嫌あああああっ!」 逃げ出そうとして、無闇に刺激したのがいけなかったのだろう。消化液の分泌量が一気に増え、空間が狭まりだした。いよいよ、本格的な消化が始まるようだ。 「嫌あっ!誰か、誰か助け…て…………。」 限界まで狭まると同時に、まるで私の体をまるでもみ洗いするかのように、うねりながら器用に消化液を塗していった。私はというと、自分自身の体がどんどん消化されていくのを、ただ黙って見ている事しかできなかった。  あの妖精が、トロールの胃の中で消化されている頃、人間達に捕まってしまった仲間の妖精達は、一体どうなってしまったのかというと…、 「嫌ぁ!助けて、助け……。」 ごくん! 「こんなのに喰われて終わりなんて嫌!速くここから出し…、きゃあっ!」 ごっくん! 妖精達はみんな羽をもぎ取られた状態で、大きな水槽の中に閉じこめられていた。水槽の中では妖精達と一緒にヘビやカエル、カメレオンといった獲物を丸呑みするタイプの動物が一緒に入れられており、よほど腹を空かしていたのか、目の前の妖精達を次々と呑み込んでいった。 「へっへっへ、たまんねぇぜ、全くよお!」 「本当だぜ!苦労して捕まえてきた甲斐が、あったってもんだ!」 「おい、ちゃんとカメラはまわってんだろうな?」 「おう、絶好調だぜ!この調子でいけば、いい絵が取れそうだぜ。楽しみに待ってな!」 人間達はというと、水槽の中で妖精達が次々と丸呑みにされていく様子を、随分と楽しそうに眺めていた。傍らでは、ビデオカメラで一部始終を撮影している者もいた。 「それにしても、幾らかすでに喰われちまってた、っていうのは惜しかったぜ。特に最後の一匹は!」 「何でもトロールの奴が、上流の水門を壊しちまったかららしいな。大方、あの辺りに群がる魚が目当てだったんだろうが、余計な事してくれたもんだぜ、全く!」 そうこうしているうちに、あれだけ沢山居た妖精達がみんな呑み込まれてしまい、悲鳴やら水音やらが響いていた水槽の中はすっかり静かになっていた。中でまだ生きているのか、腹の辺りがびくびくと波打っている所もあった。こうして、何人もの妖精達がこの人間達の手によって、命を落としていったのだった。快楽を得るためだけの道具として…。 END