丸呑みデータベース1周年記念作品 MUTATION  ここはとある森の中、静寂が支配するこの空間には幾多の草木が生い茂り、数えきれぬほどの生命の息吹が感じられた。そんな中、この森に似つかわしくないであろう激しい音が、どこからともなく聞こえてきた。数多の木々の向こうから荒い息遣いと、何者かが争うような音が幾度となく聞こえてくる。それは、時が経つ毎にどんどん激しさを増していた。 キン! キン! カキン! キン! カシャン! キン! キン! キン! 「くっそぉ、これじゃキリがねぇ。弱点は一体どこだ?」 「え~っと、確かこの辺りに…あっ、あった!ありましたですぅ!」 「喜んでねぇで、早く教えろっての!」 木々のせいで昼でも薄暗い茂みの中、巨大なモンスターとそれに対峙する二人の人間がいた。一人は細身の剣を持ち、目の前のモンスターと激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。 「喉元ですぅ!そこなら簡単に貫けるはずですぅ!」 もう一人は分厚い本を持ち、忙しそうにページをめくっていた。中には、魔法の呪文やモンスターへの対処法などが所狭しと記されていた。 「そこか!どおりゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 ズシャアッ! 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」 ズウウウン… 剣がモンスターの急所である喉元を的確に突き、辛くも倒す事に成功した。至る所にある無数の生傷が、先程の戦いの凄まじさを物語っていた。 「やりましたですぅ!さすがお姉様ですぅ!」 「へへっ、どおってことねぇさ。さて、あとは此奴の首を持って、依頼人のところへ報告しに行くだけだな。ミレア、ちょっと手伝ってくれ。」 「はいですぅ!…うふふ、今夜は久しぶりにジュリアお姉様と……(小声)、きゃ~っ!いやぁあん(顔真っ赤)!」 「(ま、また始まった(汗))もう、分かったから速く手伝えっての!」 「はいですぅ。それよりもお姉様、今夜は楽しみましょうね!」 「まぁ、最近ご無沙汰だったしな。よっしゃ、今夜は思いっ切りやっちまうか!」 「きゃ~ん、お姉様ぁん!」 「お、おい、よせって…痛い痛い!」 「わ!御免なさいですぅ、お姉様。まだ、回復魔法かけてなかったですぅ。」 「全く。分かったなら、速いとこ頼むぜ。急がねぇと、日没が近いんだからな。」 「はいですぅ。ついでに、俊足魔法もかけちゃうですよ。」 二人掛かりでモンスターの首を切り落とすと、用意してあったバッグにしまい込こんで、沈み行く太陽に負けじと急いでその場を去った。 二人組の一人、ジュリアは自分の身の丈ほどもあるレイピアを扱う女剣士だ。髪はショートカットで、随分と男勝りな性格をしている。女とは思えないほど剣の腕が立ち、今までにも数え切れないほどのモンスターを退治してきた。かなりの実力の持ち主である故、国から仕官の誘いが来る事もあるのだが、どういうワケかいつも「興味ねぇから他を当たってくれ」の一言ですませてしまっている。 もう一人はミレアといい、ジュリアとは幼馴染みの魔法使いである。美しいロングヘアーと大きなメガネが特徴で、風貌に似合わずとても子供っぽい性格をしている。「ですぅ」が口癖で、いつもジュリアの側について回り、モンスターとの戦闘の際は得意の魔法でジュリアを援護している。他の魔法使いでは扱えないような魔法まで使えるため、ジュリアと同じように様々な魔法関係の施設等から誘いが来るのだが、いつも決まって「お姉様と一緒じゃなきゃ嫌ですぅ!」と断ってしまっている。 二人が退治屋として活躍し始めたのは数年前からで、女二人だけで凶暴なモンスターに立ち向かう姿は何かと話題になった。殆どの国に名前が広がった今ではすっかり人気者になり、二人を崇拝する宗教団体(ファンクラブとも言う)まで出来てしまうほどだ。ちなみに、ところによっては「ジュリア派」、「ミレア派」というように派閥が出来ていたり、男よりも女の方が多かったりするらしい。後者は少々理解し難いが(笑)。  あの後、依頼人から報酬を受け取った二人は、チェックインしてあったホテルの一室にいた。仕事が終わったばかりとあって、かなりリラックスしているようだった。 「お姉様、先にシャワー浴びてきますですぅ。」 「あぁ、ゆっくりしてきな。」 部屋に備え付けてあるシャワー室に向かったミレアだったが、しばらくすると何やらモジモジした様子で入り口から顔だけ出した。 「お姉様ぁ、折角ですから今夜は一緒に浴びませんかぁ?(猫撫で声)」 「なっ!おいおい、ちょっと気が早ぇんじゃねぇか?」 「だって、最後にしたの3ヶ月も前じゃないですかぁ。あたし、もう我慢出来ないんですぅ。(更に猫撫で声)」 むぎゅ~う ぎしぎし がたがた(←ドアの悲鳴) 「あぁ、もう!分かったからドアにしがみつくなっての!」 「わぁい、お姉様ぁ~。(ハート×∞)」 ジュリアはミレアに連れられ、そのままシャワー室へと消えていった。程なくして、部屋には彼女たちの喘ぎ声が一晩中響き渡っていた。 「そこのあなた!速く出てってくださいですぅ!(筆者に向かって)」 覗こうとしたのは謝るから、そんなに尖るなってば(ミレアに向かって)。そー言うわけで、以下自主規制と致しまス(笑)。  あれから2ヶ月と2週間と2日と2時間2分2秒が経った(しつこいってば)。自分たちの住処に戻った二人は、なかなか来ない依頼を今か今かと待っていた。 「あ~、…退屈だ。一体いつまでこんな日が続くんだか。」 「あたしも、今までに買った本全部読んじゃいましたぁ。新しい本を買うお金もありそうにないですぅ。」 最盛期の頃は依頼が昼夜を問わず殺到したものだが、ここ最近は依頼がすっかり減ってしまった。現状でも生活には困らないことはないから、特にこれといった問題はないのだが、このままでは依頼が途絶えてしまうのも時間の問題だった。ちなみに、ミレアが読んでいた本はここが繁盛していた頃に、彼女自身が趣味で買い集めていたものだった。ちなみに、俗世間の間で「ヅカ系」や「耽美系」と呼ばれる恋愛小説が殆どである。 「しょうがねぇだろ?次の依頼が来るまで、持たせなきゃならねぇんだから。」 「良くて一ヶ月に一件ですかぁ…、しくしく(泣)。」 彼女たちの場合、1つの依頼をこなせば相当な額の報酬が手に入るのだが、その殆どは武器や防具等の維持費に消えてしまうため、自由に使える分は実質2,3割ほどしかない。だが、自由に使えるとはいっても大部分が食費や旅費等に回されるため、本当に自由に使える分は子供の駄賃程度しかない。そのおかげで、今の彼女たちの生活はあまり裕福とは言えなかった。他の連中は誰も知らない、あまりにも悲しい現実だった。 「おい、泣くんじゃねえよ、ミレア。あたいまで泣きたくなるじゃねぇか。」 「う~、だって、だってぇ…。」 そんな時だった。 こんこん(ドアをノックする音) 「「?!」」 こんこん…こんこん 「「!!!」」 「あの~、すみませ~ん。ここで、モンスター退治の依頼を受け付けてるって聞いてきたんですけど…。何方かいらっしゃいませんか?」 「「依頼人だぁ~(ですぅ~)!!」」 あまりの嬉しさに二人の声が、あまりにも見事にハモった。その声は外まで筒抜けだったらしく、ドアの前には声に怯えて逃げ腰になっている依頼人がいたという(笑)。  翌日。依頼を引き受けた二人は、早速その現場へと向かうために街を出た。だが、待望の仕事だというのに、ジュリアはずーっと浮かない顔をしていた。 「はぁ~、嬉しいんだか悲しいんだか、よく分かんねぇぜ。」 「お姉様、そんな顔しないで下さいですぅ。そんなんじゃ、あたしまで気が滅入っちゃうですぅ。」 「だってよ、ミレア。昨日、依頼人からなんて言われたか、忘れたワケじゃねぇだろ?」 「ちゃんと覚えてますですよ。確か、異常発生したモンスターフロッグを駆除してくれ、と言ってましたですぅ。」 「そう!それなんだよ!その「モンスターフロッグ」の奴が嫌なんだよ。あぁ~~~、思い出しただけで寒気が…。」 実を言うと、ジュリアは昔からカエルやヘビといった、いわゆる「爬虫類や両生類」が大の苦手だった。その中でも特に駄目なのがカエルで、親指位の小さな個体だったとしても触る事すら出来ないという。(実を言うと、筆者も彼女と同じようにカエルが苦手だったりする。) 今回、駆除を依頼された「モンスターフロッグ」というのは、その名の通り、野生のカエルがモンスター化したもので、大きいものでは体長が3メートルを超える事もあるという。これではジュリアが愚痴をこぼすのも無理はないだろう。しかも、最近では主食である小動物や昆虫等が少なくなってきたためか、人間まで襲うようになってしまったというからなおさらだ。 ちなみに、彼女がカエル嫌いになった理由とは、幼い頃にカエルが獲物を呑み込んでしまうところを偶然見てしまったからなんだとか。一種のトラウマだろうか。 「わ!お姉様、顔が真っ青ですぅ!大丈夫ですの?」 「だ、大丈夫じゃな…、うっ!こ、今度は胃が……。」 「あわわ!大変ですぅ!お姉様、速くこのお薬をお飲みになって下さいですの!」 「……す、すまねぇ。」 今、ミレアが渡した数個の錠剤。それは、ミレアがジュリアのためにと特別に作った精神安定剤だ。さっきのように、ストレスで体調を崩しやすいジュリアにとっては、既にお馴染みの存在となっていた。 「ふぅ~、なんとか楽になった。なんか、また其奴の世話になっちまったな。」 「そんな、気にする事じゃないですぅ。全てお姉様のためなんですから(ハート)。」 「このぉ~、可愛い奴め!」 「きゃん!お姉様ぁ~ん(特大ハート)!」 二人は、いつも通りの他愛もない会話をしながら、目的地への旅路を急いでいた。だがその時、彼女達はまだ気付いていなかった。自分たちを背後から見つめる、妖しい影の存在を。其奴は、何やら不敵な笑みを浮かべると、まるで美味そうな物を見つけたかのように舌なめずりをし、二人に気付かれぬよう、その場を去った。  もと居た街を出てから一週間ほど経った頃、ようやく目的地の村にたどり着いた。村人達から詳しい話を聞いた後、早速仕事に取りかかった二人だが……、 「ぎゃー!ぎゃー!こっち来んな!あっち行け! この野郎、後から後から湧いて来やがってぇ~~~っ!」 「きゃぁ~!お姉様、落ち着いて下さいですぅ!」 「#$%&¥○△□***~~~~~~~!!!!!」(←脚に1匹貼り付いた) 想像してみて欲しい。もし、草陰から犬位の大きさのカエルが何百、何千という大群で自分の所に向かって押し寄せてきたとしたら…。今、二人が置かれている現場はまさにその状態を呈しているのである。こればかりは、さすがのミレアも意気消沈している様子だ。その上、元々カエルが大の苦手であったジュリアに至っては、この壮絶な光景を目の当たりにして既に半ば発狂しかけていた。 「おいお前!見てねぇで手伝えよ!(筆者に向かって)」 絶対、嫌だ!(ジュリアに向かって) 「なんだとぉ?!この意気地無しが!!(筆者に向かって)」 お前に言われたくねぇよ!(ジュリアに向かって) 「お姉様、しっかりなさって下さいですぅ。」 「あ“~、い”~、う“~、え”~、お“~………。」 夕暮れが近くなった頃、ようやく今日の分を駆除し終えた二人だったが、ジュリアの方はすっかり精も根も尽き果てたという感じでグッタリしていた。丸一日、あの化け物ガエルの大群を相手にしていたのだ。彼女でなくても、そうなるのは当然だろう。 「初日からこれでは困りますですぅ。どうにかならないのでしょうか?」 「ミ、ミレア~?!この仕事全部終わるの、後どれぐらい掛かりそうなんだ~?」 「え~と、村の方から聞いた話ですと…、後1週間位掛かりそうですぅ。」 「ぐふぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」 「それに、証拠としてモンスターの死体を持ち帰らないといけないですぅ。」 「ぎえぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」 先が思いやられるね、本当。 余談だが、その日の晩に出された食事に、あの化け物ガエルの肉を使ったと聞かされて、全部食べちゃった後だったもんだから、またジュリアが発狂しかけたんだとか。ちなみに、ウシガエルは元々、食用のカエルだったらしいけど、どうなんだろうね?まぁ、全く関係ない話なんだけどさ。  「はぁ、はぁ、はぁ……。や、やっと明日で終わりかぁ~。」 「そうですねぇ~。お姉様、お疲れ様ですぅ。」 この村で仕事を始めてから、かれこれ1週間近く経った。例のモンスターフロッグはあらかた駆除し終えたため、後は今回の事件の原因を調べるだけとなった。 「しばらくは彼奴等の顔見なくて良いって思うと、本当に気が楽だよな。もう二度とあんなのは見たくねぇぜ。」 「右に同じ、ですぅ~。今回のお仕事は本当にしんどかったですぅ~。モンスターフロッグと戦わなきゃいけない上に、暴走したお姉様を止めないといけなかったんですもの。」 「おいおい、そりゃ不可抗力だっつーの!あんな状況で、平気なツラしてられる方がどうかしてるって!あたいがカエル嫌いなの、ミレアだって知ってるだろ?」 「確かに知ってましたですけど、まさかあんなに酷いとは思わなかったですぅ。でも、お姉様の意外な一面を発見、っていう感じでちょっと嬉しかったですぅ。えへへ。」 「………ミ、ミレア?またなんか企んでたりしねぇだろうな?」 ミレアったら、すごく子供っぽい性格してるからか、たまに悪戯したりする事があるんだよねぇ~。ジュリアが妙に勘繰ったりするの、そのせいだったりするんだよねぇ~。 「(ぎくっ!)そ、そんなことないですぅ~!お姉様のベッドの中にカエル仕込んじゃおうかとか、お風呂におもちゃのカエル泳がしておこうかとか、そんな事全然考えたりしてな……あっ(滝汗)。」 「…ほほう、良い度胸してるじゃねぇか、ミレア?(妙に優しい声)」 「お、お姉様、御免なさいしますから、アレだけは堪忍して下さいですぅ。(涙声)」 「問答無用じゃ~!!」 「きゃ~!お助け下さいですぅ~!」 こうして、今夜もまたミレアの身に悲(喜)劇が訪れるのだった………(笑)。 ちなみに、そのとき隣の部屋にいた泊まり客に聞いてみると、「悲鳴にも似た笑い声が一晩中響き渡って、とてもじゃないが眠れなかった」とのことだった。彼女、一体何されたんだろうね? 「なんなら、お前も体験してみっか?今なら無料だぜ?(筆者に向かって)」 ………遠慮しときまス(汗)。(ジュリアに向かって)  不意に目が覚めた。ぼんやりしていた視界が、次第に鮮明さを増してくる。ここは………自分たちが使っている宿の一室だ。1週間もいると、さすがに見慣れてしまう。何気なく、カーテンが掛かったままの窓に目をやる。隙間から幾筋も光が漏れている。もう朝か。起きたばかりでまだ完全に目覚めていない体をたたき起こし、窓際まで行くと思いっ切りカーテンを開けた。強烈な太陽の光に一瞬ひるんだが、ものの数秒で慣れた。だが、朝にしてはやけに明るい。これではまるで昼間のよう………、昼? 「げ~っ!もう昼間じゃねぇか!おい、ミレア起きろ!」  ゆさゆさ ゆさゆさ 「…ん~、お姉様のおっぱい、柔らかくて気持ちいい……、むにゃむにゃ…。」 「…!寝ぼけてねぇで、起きろっつーの!」(←一瞬赤面) 「あ~ん、お姉様ぁ、ミレアのオ○ンコ、もっと可愛がって~、く~す~……。」 「だああああああああああああああああっ!」(←SL状態) 「お姉様ぁ~、今魔法でオチ○チン生やしちゃうですから、少しじっとして…」 「$*@#%&¥~~~~~~!!!」(←暴走寸前) 結局、ミレアが起きたのは2時間も後の事だった。(しっかし、寝言とはいえ、こんな事書いて大丈夫かね(苦笑))  仕事の最終日。今日でやっと終わると思って張り切ってはみたのだが…、 「~~~~~~~~~~~~~~~~っ。」 「お、お姉様。もう大丈夫ですってばぁ。」 「いや、まだわからねぇぞ!あたいらの不意をついて、あの化け物がエルの生き残り連中が出てくるかもしれねぇ。~~~~~~~~っ。」 一体何をしているのかというと、ミレアの背中に隠れて、ジュリアがきょろきょろと辺りを見回していた。先日のアレもあってか、相当怯えているようだった。 「あう~、これじゃ仕事どころじゃないですぅ。」 「出るな、出るな、出るな、出るな、出るな、で…ん?」  がさがさ がさがさ 「「?!」」 がさがさ がさがさ 「でっ、出た~~~~~~~~!」 「あっ!お姉様ぁ!」 ミレアが止める間もなく、ジュリアは一目散に走り去ってしまった。 「もう、しょうがないお姉様ですぅ。」 行ってしまったジュリアを追い掛けようと、走り出したそのときだった。何者かの不気味な視線を感じて、思わず立ち止まった。反射的に真後ろを向くと、草むらの影から巨大な2つの目がこちらをじっと見ていた。それらが人間のものでない事は、火を見るよりも明らかだった。  一方、ジュリアはミレアを置き去りにしてしまった事に気付いて、なんの目印もない森の中をあちこち探し回っていた。すでに日没が近く、早く下山しないと危険な状況だった。 「ミレアー!ミレアー!くっそぉー、最低だなあたいって。ミレアを独りぼっちにさせちまうなんて。………まぁ、一人でウジウジしててもしゃあねぇな。兎に角、急がねぇと遭難どころじゃ済まねぇぞ!」 急いでミレアを探そうと、走り出したそのときだった。  ぶちっ がしゃん 「?!」 突然、背負っていたレイピアのベルトが切れ、音を立てて地面に転がった。 「おい、どういう事だこりゃ。新しくしたばっかりだってのに。」 実はこの仕事を受ける前、武器屋に修理を依頼した際、痛んでいたベルトの部分も一緒に新調していたのだ。これは、そう易々と切れてしまうようなものではないのだが…。 「はっ、まさか、ミレアの身に何あったのか?!」 不吉な予感がしたジュリアは、レイピアを背負い直すと、急いでミレアの元へと走っていった。 「頼む。ミレア、無事でいてくれっ!」  命の危険を感じ、急いで逃げ出そうとしたミレアだったが、何かに足を取られ、その場に転んでしまった。 「きゃっ!…こ、これは!?」 それは、巨大な舌だった。草むらの影からミレアに向かって一直線に伸びたそれは、ミレア自身を凄まじい力で引っ張り始めた。 「い、嫌ぁ!お姉様、助けてぇ!」 だが、逃げ出そうと藻掻いても、彼女の力では到底無理だった。やがて、ミレアの体は草むらの中に消えてしまった。一時の静寂の後、草むらの中からミレアを口にくわえ込んだ「異形」が、物々しい雰囲気をたたえて姿を現した。 「…このままじゃ、…食べられちゃう。そんなの…嫌……。」 ミレアは呑まれまいと口の中で必死に抵抗するが、「異形」は無駄だとばかりにミレアの体を自らの口の奥深くへと押し込むと、  ずりゅっ ごっくん そのまま不気味な音を立てて丸呑みにしてしまった。「異形」の腹の辺りでは、呑み込まれたミレアが胃袋の中で暴れているのか、盛んに波打っていた。  ジュリアはまだ走っていた。見つけられる当てがあるわけでもなく、ただ、ミレアが無事である事を祈り続けて。陽はとうに落ち、空は夕焼け色から漆黒の闇へと変わろうとしていた。本当なら、もっと早い内にに下山していなければならないのだが、ジュリアはミレアの事を諦めきれず、危険を承知で闇の支配が始まった木々の間を、ただひたすら走り抜けていった。 「はぁ、はぁ、はぁ…ミレア!何処にいるんだ、ミレア!」 ひたすら名前を呼び続けるものの、全く返事がない。もしかしたら、もう下山して宿に戻っているのか?いや、そんなはずはない。ミレアは、あたいと一緒じゃないと嫌だっていうタチだからな。一人だけで戻るはずはないだろう。だとしても、これだけ探し回って見つからないっていうのはおかしい。この山はさほど大きくはないから、隈無く探せば簡単に見つかりそうなんだが。 いつまで経ってもミレアが見つからず、途方に暮れていたその時だった。  びゅっ ぱしっ 突然、何かが飛んできたかと思うと、そのまま、背負っていたレイピアを持ち去った。 「おい、待ちやがれ!何処に持って行く気だ!」 レイピアを取り返そうと、急いで後を追い掛けると、しばらくして急に頭上が開けた。そこには全く木が生えて居らず、ジュリアの腰の辺りまで伸びた雑草が、並々と茂っていた。空はすっかり夜の暗闇に姿を変え、風もなく、不気味に輝く満月の月明かりのみが、ジュリアを照らし出していた。 「やっと見つけたぜ。全く、手間をかけさせやがって。」 ジュリアがいる位置よりも2,30メートル先の辺りか。急に、かなり図太い声が響いてきた。賊か? 「誰だ?隠れてねぇで出てきな!」 「へっ、言われなくても出てくらぁな。」 そう言うと、突如草むらの中から、其奴は姿を現した。 「なっ、なんだコイツ……!?」 賊の類かと思っていたジュリアだが、突然目の前に現れた奴の姿を見て唖然とした。背丈は軽く3メートルを超え、まるでカエルと人間を足して2で割ったような姿をしていた。そして、耳元まで避けた巨大な口には、先程のレイピアがくわえられていた。 「そりゃ、あたいの!この野郎、返しやがれ!」  ぺっ 「お、おい!何しやがる!」 取り返そうとしたものの、そのまま遠くに吐き捨てられてしまった。 「けっ、こんな物騒なモン、持ち歩きやがって。女なら女らしく、黙って俺様に喰われてりゃいいんだよ。あん時のメガネみたいにな!」 「メガネだと!?…て、てめぇ、まさかミレアを!」 「はーん、彼奴ミレアっていうのか。今まで人間の女を何人も喰ってきたが、彼奴は中でもとびっきり美味かったぜ?やっぱ、女は躍り食いするに限ぎるぜぇ!」 それを聞いたジュリアは、自分の心の奥底でミレアを失ってしまった悲しみや悔しさと共に、今まで感じた事の無いような強烈な怒りが込み上げてくるのを感じた。剣士として長年精神の鍛練を積んでいたジュリアでさえ、この状況で冷静さを保つなど到底出来る事ではなかった。 「この野郎!ミレアを返せ!ミレアを吐き出しやがれ!」 ジュリアは、怒りに任せてそのまま殴りかかった。だが、相手は人間ではなくモンスターである。この程度の攻撃では、「暖簾に腕押し」、「焼け石に水」に他ならなかった。 「へっ、おめえも俺様に喰われてぇってか?良いぜ、お仲間に会わせてやらぁ!」 そう言うと、自分の足下で暴れ回るジュリアを掴み上げ、そのまま自分の口の中に押し込もうとした。 「あ、あたいまで喰う気か?!この野郎、放せ!」 喰われまいと必死で抵抗するジュリアだったが、なすすべもなくそのまま奥へと押し込まれてしまった。脱出しようにも、唾液のせいで手足が滑り思うようにいかなかった。 「くっそぉー、このまま喰われてたまるかよ!」 周りの肉塊がジュリアの体を胃袋の方へ送り込もうとするのを、ジュリアは死力を尽くして耐えていた。だが、このままでは力尽きて呑み込まれてしまうのも時間の問題だった。  ずるるっ がしっ 「!!!」 突如、舌が伸びてジュリアの体に巻き付いた。すると、まるで呑み込むのを助太刀しようとするが如く、力一杯引っ張られた。体の自由を奪われてしまったジュリアは、為す術無くそのまま口の中へと消えていった。  ごっくん ずりゅっ ジュリアが喘ぐ声が消えると同時に、喉元が大きく膨れ上がり、そのまま腹の方へと下っていった。とうとう、ジュリアを呑み込んでしまったようだ。 「げぷっ、あー喰った喰った!やっぱ、人間の女は格別だぜぇ!」 満足そうに腹を撫で回すと、そのまま森の中へと消えていった。  一方、腹の中では先程呑み込まれたジュリアが、胃の肉壁に挟まれて藻掻いていた。消化液にやられたのか、服の至る所に穴が開いていた。 「くっそぉー、このままじゃ溶かされちまう。速く逃げださねぇと…。」 だが、ただでさえ狭い上に、肉壁が常に脈動している胃の中では移動すら満足に出来ず、まるでジュリアを嘲笑うかのように、粘液や消化液が体に絡み付いてくる。こんな状況では、脱出など到底無理な話だった。 「…最悪だぜ。こんなところが、あたいの死に場所だなんて。…?」 突然、ジュリアの体に何かが触れた。感じた辺りをまさぐってみると、何かがある。これは…、 「人間の手!?まさか、ミレア!?」 それは間違いなく、先に呑み込まれていたミレアだった。やっと会えたと思い、急いで体を抱き寄せたのだが…、 「そ、そんな!ミレア!!」 あろう事か、ミレアは既に息絶えており、体も至る所を消化液に犯されて、見るも無惨な姿に変わり果てていた。そこには、つい先日まで見せていた、あの可愛らしい笑顔は何処にもなかった。 「おい、ミレア、起きろ!目を覚ませ!ミレア!ミレアーっ!!」 ジュリアはミレアの死を信じる事が出来ず、目を覚まさせようと何度も声をかけたが、結局、ミレアが目を開ける事はなかった。あまりにも悲しい現実だった。 「…すまねぇ、ミレア。本当にすまねぇ!お前ばっかりに辛い思いさせちまって…。せめてもの償いだ。あたいも後を追うぜ、ミレア………。」 ミレアの亡骸にキスをすると、力一杯抱きしめて、そのまま消化液の中へと倒れ込んだのだった。  あの一件から、どれだけの月日が流れただろうか。あの二人が突然行方不明になってしまったことは、今となっては人々の会話にのぼるのは希になっていた。当然、二人を慕っていた者達も、まるで最初から誰もいなかったかのように、消え失せてしまっていた。  だが、1人だけ、いや1つだけと呼ぶべきか。どんなに時間が経とうと、あの二人の事を決して忘れぬものがいた。二人が自宅兼事務所として使っていた、あの建物である。ずっと昔から二人を見守ってきたこの建物には、二人の記憶が至る所に染み込んでいる。まさに、二人が生きていた証であるとっても差し支えないだろう。  ある日の事だった。見知らぬ男が、突然この場所にやってきた。扉の前に立つと、何かのプレートを取り出し、ノブにかけた。これは、あの二人との本当の別れを示すものであろう。何故なら、プレートにはこう書かれてあったから。 “For Sale” END