ここは、地球上の何処かにひっそりと存在する街。大都市と言えるほどではないが、それなりに人も多く、活気もある。夢を追い求めて地方から越してくる者、家族のためにと不況にも挫けず精一杯働く者、いろんな思いを抱く者たちがこの街を美しく彩り、そして更なる高見へと築き上げていた。 だが、そんな有り触れた街にすら、日常的に人が寄りつかない、半ばスラム化した地域があった。当たり前のように行われる麻薬の売買、街から盗んできた物で日々を食いつなぐ者達、勢力争いなどと称した残忍な殺し合い、まさに「暗黒街」と呼ぶに相応しい状況を呈していた。そんな、イカレた常識が罷り通っているこの場所で、一体どこからだろうか、この雰囲気にあまり似つかわしくないと思われる、妙に生活感のある音が聞こえてきた。 @$*&#|○+□¥▽~~~~~! ガタガタガタ… じゃ~~~~~~~~っ!  カチャッ キィ~ バタン! 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………。」 「し、しっかりして下され、主よ。」 「あ゛~、もう死にそ~。もう、一体何回トイレに行けば気が済むのよ!」 「いや、我に聞かれても困るのだが…。」 「3日、もう3日もこんな調子なのよ。これじゃあ、仕事もロクに出来ないじゃない!本当に、何とかならないの?」 「こればかりは、どうしようもないのだ。勘弁して下され、主よ。」 「またそのセリフ?もう、勘弁して欲しいのはこっちよ!今までに何回こうなったと思っ……て………。」 「…?主よ、どうなされた。」 「ま、また来たぁ~~~~~~~~~~~~~っ!」 だだだだっ バタン! @$*&#|○+□¥▽~~~~~! ガタガタガタ… じゃ~~~~~~~~っ! 「やれやれ、折角のギャラがまたトイレットペーパーと水道代に消えてしまうのか。主の酷い下痢にも困ったものだな。」 「何言ってんのよ!半分はあんたの所為でしょ~が!!(怒)」 「………そ~でした……(汗)。」 迷暗殺者ネメシス  ―Revenge 2nd―  私がポチと出会ってから、もう10年近くになるわねぇ。今じゃ、この仕事にもすっかり板に付いて、昔とは比べ物にならないぐらい刺激的な生活をエンジョイしてるわ。最近じゃ、よく不況だなんだって騒いでるけど、この仕事ばかりはさすがに不況とは無縁。なぜって、誰にだって殺してしまいたい人の1人や2人はいるわけだもの。あたしが何もしなくたって、噂を聞きつけた依頼人達が、どこからともなく押し寄せてくるっていうわけよ。  コンコン コンコン あら、また依頼人が来たみたい。2日前に1人来たばかりだって言うのにね。まぁいいわ、例えどんな依頼だとしても、必ずこの「ネメシス」がやり遂げてみせるわよ。どんな依頼でもね。  今回のお話は、今から半年ぐらい前になるかしら?一件の依頼を引き受けたのがきっかけだったんだけど、あんな事になるんだったら最初からやらなきゃ良かったって、今更だけど後悔してるの。だって、あの時は珍しく閑古鳥が鳴いてて、私もポチもすっかり退屈しちゃってたし、生活費も底を突きかけてて、少し焦り気味だったこともあったから、どうしようもなかったのよ。それにしても、思い出すだけで気分が悪くなるわねぇ~。筆者さんが小説のネタに使いたいからどうしても話してくれって言うから、仕方なしにこうしてるワケなんだけど。全く、何考えてるのかしら! 「あんたの活躍を心待ちにしてる人がいるんだから、文句言うんじゃねぇの。」 「だからってあんな事をネタにするつもりなの?デリカシーが無いにも程があるわよ!」 「別に良いじゃねぇかよぅ。減るもんでもなしに。」 「………………………私のウンチになりたいのかしらぁ?(妖)」 「(!!!)ま、まぁ、読者さんを待たせるのも悪いから、さっさと始めようか!(焦)」 「ちょ、ちょっとぉ~!」  「あら?卵が無い………。」 ある日の昼下がり。少し遅めのランチを作ろうと、冷蔵庫の中を物色していた時だった。 「変ねぇ~。昨日、バーゲンでいっぱい買ってきたはずなのに………。」 そのとき、後ろの物陰を忍び足で歩く妙な生き物がいた。 「(さて、用も済んだゆえ、主に見つからぬうちに、さっさとここから立ち去らねば。)」 「………ポチ?」 「(ぎくぅ!!!)な、何か御用で………?」 「昨日買ってきた卵が見当たらないんだけど、あんた何か知らない?」 「た、卵?わ、我は何も存じてはおりませ、せぬぞ。」 「そう、知らないの………。それじゃ、あんたが背中に背負ってるもの、見せてもらっても良いかしら?」 「(い、いかん!!!)な、ならぬ!いかに主であるといえども、こればかりは見せるわけには………!」 「つべこべ言わずにさっさと見せんかい!!」 「ぐえっ!」 ポチを強引に掴み上げると、背中の包みを力任せにほどいた。すると、何やら白くて丸いものが2,30個ほど、中からごろごろと出てきた。 「ポチぃ~、これは何なのかしらぁ?」 「え?あ、そ、その…………た、たま…………ご、ゴルフボールです……。」 「へぇ~、そうなの?でも、ゴルフボールってこんな形してたかしら?」 「さ、最近出たばかりの新型でして………、あ、あの、最近話題になっている『アイちゃん』も使っているそうですぞ。」 「へぇ~。あ、そうそう。最近ね、彼女が出場した試合のテレビ中継見たんだけど、あの娘が使ってたボール、こんな形してなかったわよ?」 「えっ?!あ、いやぁ、それはたまたま………………。」 「とぼけるのもいい加減になさい!」 「ど、どうもすいません…………。」 「何がゴルフボールよ、全くもう!それに、今あんたが隠し持ってたのこれだけ?10パックは買ったから、どう考えても100個ぐらいあったはずだけど?」 「あ、あの~、その~……………………(滝汗)。」 「どうなのよ?!」 「さ、昨夜、旅のお坊様方がここにお見えになりまして、是非とも食べ物を恵んで欲しいと………。」 「ウソおっしゃい!!」 「(びくぅ!!!)さ、先程、主が寝ている間に、全部食べて………………。」 「……………。」 「……………。」 「お仕置きだべ~~~~~~!!!」 「ぎゃああああああああ!お許しくだされぇ~~~~~~!」  本当にもう、ポチったらいっつも卵盗み食いして………。あ、そうそう、もうお気付きかもしれないけど、さっきの変な生き物、実はアレ「ポチ」なのよ。どういうワケか知らないけど、何かの拍子に私の体から分離しちゃったらしくて。 最初に見た時は本当に驚いたわ。だって、朝になって目が覚めたら「私の胸元でイビキかいて寝てた」のよ、谷間から顔だけ出して。その後?また、あの時みたいに食べられるんじゃないかって思って、思いっ切りはたき落としちゃった(苦笑)。もう、私が食べられる理由なんか無いのにね。それからは、ずっとあの調子。それにしても、ポチがあんなに「お茶目」な奴だったなんてねぇ~。今更だけど、ちょっと意外。  お仕置きをすませたあと、すっかりのびてしまったポチを奥の部屋にあるポチ専用ベッドに寝かせ、しばらくテレビを見ながらくつろいでいた。すると不意に出入り口のドアが開かれ、誰かが遠慮もせずにズカズカと入ってきた。 「邪魔するぜ!」 「なんだ、誰かと思ったら親分さんじゃないの。もう、入るときはノックぐらいしてって、何回も言ってるでしょ?」 「いちいち細けぇこと気にするんじゃねぇよ。俺とお前の仲じゃねぇか。」 このおっさんは私の恩人兼お得意様で「烏天狗(からすてんぐ)組」の組長、分かり易く言えば一般的に「ヤクザ」って呼ばれている人よ。この稼業を始めたばかりの時に、私の名前を裏社会に広めた張本人で、今でもいろいろとお世話になってるわ。まぁ、たまにその時のことを持ち出してきて、無理矢理奢らされることもあったりするんだけどね(苦笑)。 「そういう仲になった覚えはないんだけどねぇ、まぁいいわ。今日もまた依頼か何か?」 「おっと、忘れるところだったぜ。今日は、最近出張ってきた『大蛇(おろち)組』とか言う奴等のことなんだがな。」 「あぁ、彼奴等ね。私も何回か出会したことがあるけど、其奴等がどうかしたの?」 「野郎共から聞いた話じゃ、この街の何処かに『バカでかい研究所』をおっ建ててるらしいんだと。其奴が何処にあるのかはわからねぇが、話を聞いてる限りじゃ、相当やべぇ実験を繰り返してるらしい。なかにゃ、他の組を潰すために、物騒なモンをこしらえてるって言ってる奴もいたな。」 「研究所?実験?なんだか胡散臭い話ねぇ~。信憑性はあるの?」 「それはこっちが聞きてぇぜ。俺だって端っから信じちゃいねぇが、ウチの野郎共がお前に頼め頼めってうるせぇもんだからよ。仕方なしにここに来たってわけよ。」 「へ?それじゃあ、今日の依頼っていうのは…。」 「話が速ぇじゃねぇか。察しの通り、お前にはその研究所が本当にあるかどうか調べてきてもらいてぇっつーわけだ。まぁ、ただの噂ならそれに越したことはねぇし、あるならあったで其奴を根刮ぎぶっ潰してもらいてぇ。万が一、ウチの組に何かされたりしたら、それこそたまったもんじゃねぇからな。」 「用件はよく分かったわよ。けど、そうだからって、本当かどうかも分からないのに頼まれても困るのよねぇ。自分の組が大事なのは分からなくはないけど、費用だってバカにならないのよ?」 「だったら、ギャラは1000万でどうだ?それなら文句ねぇだろ?」 「(1000万?!)喜んで、お引き受けいたします!」  ズルッ!(親分さん、コケた) 「そ、そうかい(汗)。なら、宜しく頼んだぜ。」 親分さんは、何だか拍子抜けしたような顔をしながら去っていった。 「主よ、あんなことを引き受けてよかったのか?ただのうわさ話に過ぎぬかもしれぬというのに。」 「大丈夫でしょ?別に、もしガセだったらガセで済むことだし、いくらうわさ話だからって、せっかくの依頼を頭ごなしに断るのも気が引けるもの。それにぃ、もうギャラ貰っちゃったしぃ~、エヘヘ~。」 「(金に目が眩んだか?全く、情けないお方だ。)」 「ポチ、さっき何か言わなかった?」 「い、いえ~、何も言っておりませぬぞ!」 「ふーん、そう。なら良いんだけど。じゃあ、取り敢えず準備でも始めますか。」 「まずは何をするのだ?」 「下見と下調べ。こういうところは念入りにやっておかないとね。今回は、ただでさえ胡散臭いところばっかりな仕事なんだから。」 傍らにあった地図を手に取り、お気に入りのコートを羽織ると、意気揚々とアジトを後にした。 ………と思ったら、戻ってきた。 「トイレ、トイレ、トイレ、トイレ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」 だだだだっ バタン! @$*&#|○+□¥▽~~~~~! ガタガタガタ… じゃ~~~~~~~~っ! また始まったみたい………。 「ぽ、ポチぃ~。げ、下痢止めの薬取って来てぇ~~~~。」 「べ、便所の中で飲むのか?!」 「そんな事言ってる場合じゃないわよ!兎に角、持って来てぇ~~~!!」 「そ、それでは、少々お待ち下され!」 しばらくして、ポチが持ってきた薬を飲んだのだが………、 「~~~~~、な、何だか、さっきより酷くなったような………。」 「ああっ!」 「ど、どうしたのよ!」 「す、すまぬ。間違えて『下剤』を渡してしまった。」 「な、何ですって………、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~!」 結局、その日はトイレの中で一夜を明かす羽目になってしまったそうです。 「この恨み、晴らさでおくべきかぁ~~~~~!」 「う、丑の刻参りのまねごとは止めて下され。もう、何度も詫びたではないか(冷汗)。」  「………大蛇組のアジトって、ここで間違いないわよね?」 「いや、我に聞かれても困るのだが………。」 「それは、そうなんだけどねぇ~………(落胆)。」 あの後、早速仕事を始めた私たちは、大蛇組のアジトがあるという場所にやってきたんだけど………、 「どう見たって、ただの雑居ビルよねぇ。しかも、こんな街の中に堂々と。」 「確か、ヤクザというものは、このような場所は基本的に嫌うものなのではないのか?」 「それはそうよ。こんなところをアジトにしようものなら、すぐに警察や自治体なんかがやってきて、あっと言う間に追い出されちゃうもの。第一、親分さんとこだって、あたしんちからそんなに離れてないでしょ?」 私のアジトは、スラム街の中程にある空き倉庫の中なんだけど、そこから親分さんのいる「烏天狗組」のアジトまでは大体数百メートルぐらいしか離れていないの。まさに、「目と鼻の先」っていう感じ。まぁ、あの辺りじゃ、そう珍しい事じゃないんだけどね。 「だとすると、ますます妙であるな。奴らは何故、警察の目に留まりやすくなることを分かっていて、ここをアジトに選んだのだろうか。自らの首を絞める事になるかもしれぬというのに。」 「………多分、こういう事じゃないかしら?」 「どういう事であるか?」 「見てみなさいよ、あれ。」 主が指さす方向に目を向けてみると、このビルを利用しているであろう企業の一覧が示されていた。いや、一覧という言葉を使うのは不適当か。何故なら、このビルの全ての階をたった1つの企業が埋め尽くしていたからだ。 「『八岐(やまた)製薬株式会社』とあるな。これがどうしたというのだ?」 「多分、表向きは何処にでもあるような普通の製薬会社。だけど、一度裏に回れば、毎日のように物騒な実験を繰り返す大蛇組のヤクザ、というところじゃない?まぁ、ヤクザごときがこんな陽の当たる場所で、しかもこんな大きな会社を経営しているって事自体が、何だか妙に聞こえるけどね。」 「ヤクザが営む企業、か。あり得ない話ではないような気もするが。」 「兎に角調べてみましょうよ。こんなところにいたって埒が明かないわよ。」 「まさか、白昼堂々忍び込む気でおられるのか?」 「バカねぇ、まずは情報収集よ。それに、今すぐ乗り込んでいったところで『飛んで火に入るマツモムシ』になるのがオチじゃない。」 「あ、主殿?『マツモムシ』ではなく、『夏の虫』だと思うのだが(汗)。」 「いちいち、細かいこと気にしなぁ~い!」 「は、はひ………。」  コンコン 脇にある小窓がノックされた。おそらく来客か何かだろう。少々面倒臭く思えたが、無視しようものなら、ボスから大目玉をくうのは目に見えている。ただでさえ、ボスに目の敵にされてるのに、これ以上何かやらかせば、俺の首が飛ぶことにもなりかねない。俺は、渋々窓を開け放った。 「どちら様ですか?」 「すみません、『エースマンクリーニング』の者ですが。」 「はい、分かりました。………それでは中へどうぞ。」 今日、来ることになっていた清掃業者の人間だと知り、快く中へ通すと、大量の清掃器具を積んだ台車を引っ張り、奥へと入っていった。 「ん?おい、あそこって女の社員いたか?」 「多分、新しく入ったヤツなんだろうよ。しっかし、結構可愛い子だったなぁ~。」 「おいおい、鼻の下伸ばしてっと、またカミさんにどやされるぜ?」 「おっと、いけねぇ!また、小遣い減らされたりしたら、たまんねぇからな。」 警備員達が違和感を覚えるのも無理はなかった。何故って、彼奴は………、 「(うふふ、成功、成功、大成功!こんなに簡単に忍び込めるとは思わなかったわ。)」 「(意外と気付かないものなのだな。心配する必要など無かったか。)」 「(ちょっと、ポチ!私の中にいる時は、必要なこと以外喋らないでって言ったでしょ?気が散るじゃないの!)」 「(す、すまぬ………。)」 え?私は何処の誰かって?ちょっと、悪ふざけは止してよ!私よ、あ・た・し。このお話のヒロイン、「ネメシス」よ!今は、訳あってこんな格好してるんだけどね。………え?あんたの年で「ヒロイン」はないだろって?………命が惜しくないようね、あなた(妖)。 「さてさて、巧く忍び込めたのは良いとして、一体どこから調べようかしら?こんなに広いと、どこから始めれば良いのか………。」 外から見た時はそうでもなかったんだけど、いざ中に入ってみたら広いったら、広いったら(汗)。一部屋ずつ調べるとなると、一体何時終わるか分かんないわ。 「え~と、ボイラー室、人事課オフィス、社員食堂………このフロアはあまり関係ないみたいね。」 1階終了。続いて2階へ。 「え~と、医務室、庶務課オフィス、事務室………ここも違うみたい。」 2階終了。続いて3階へ。 「え~と、印刷室、会議…し……つ…………。」  ぐぎゅるる、ごろごろ 「ちょ、ちょっと、冗談でしょ?!こ、こんな時に………。」 「(あ、主殿?ま、まさか………。)」 ズバリ、そのまさかである。 「あ、あの、ちょっとお伺いしますけど。」 「はい?何でしょうか。」 「お、御手洗いは、どちらに………。」 「それでしたら、そこをまっすぐ行った突き当たりですよ?」 「あ、ありがと………ぬあああああああああああああ!」 「な、何だぁ?!」 だだだだっ バタン! @$*&#|○+□¥▽~~~~~! ガタガタガタ… じゃ~~~~~~~~っ! <30分後> 「はぁ、はぁ、はぁ………し、死ぬかと思った………。」 「(主よ、体は大丈夫であるか?今日のところは、無理せずに帰った方が………。)」 「そういうわけにはいかないわよ!ここで諦めたら、今度来られるのは何時になるか分からないもの。ここは、無理してでも今日中に済ませないと………。」 <6時間54分32秒1後> やっとの思いで最上階まで到達。ここまでに3度、急性の下痢に見舞われた。 「な、何なのよ、今日は。何か悪いものでも食べたかしら?」 「(清掃業者の社員になりすます時に、2,3人呑んだであろうに。)」 「あの時?ん~、もうちょっと清潔そうな人にすれば良かったかしら?って、こんな事言ったら、食べちゃった人に悪いわね。」 何気に酷い事言ってる………。 「さすがにここまで来ると、さすがに『お偉いさん方専用』って雰囲気が漂ってるわね。何処を見ても個室ばっかりだし、人気も無いし。」 「(それは当然であろうに。終業時間をとっくに過ぎておるぞ。)」 「そ、そういうことはもっと速く言いなさいよ!警備員に見つからないうちに何とかしないと………、あら?」 「(どうしたのだ?)」 「あそこにあるエレベーター、何だか変じゃない?」 「(あのエレベーターがどうしたというのだ?)」 「【1】の隣に【P】ってあるのよ。他の階のエレベーターには無かったはずなのに。」 「(地下にもフロアがあるのではないか?)」 「それは考えられないわよ。だって、地下だったら普通は【P】じゃなくて【B】でしょう?それに、ご丁寧にも『重役専用』っていう札まであるじゃない。これは何かあるかもしれないわねぇ。」 「(やはり、行くのか?)」 「当然よ!行かなきゃ、私達がここまで辿り着いた意味が無いじゃないの。」 言うがはやいか、早速エレベーターに乗り込むと、迷うことなく「P」のボタンを押した。そのまま、順調に1階まで降りていったのだが………、 「え?き、消えた?!」 エレベーターの中に設置されてある液晶パネル。そこには、今どの階にいるのかを示す数字が表示されていたのだが、1階を過ぎた辺りで急に表示されなくなってしまったのだ。 「故障………じゃないみたいね。エレベーター自体はちゃんと動いてるみたいだし。それにしても、一体何処に向かっているのかしら。」 「(兎に角、辿り着けば分かるであろう?)」 「まぁ、それはそうなんだけどねぇ。」  「姐さん、随分帰りが遅いっすねぇ。親分、もしかしたら姐さんの身に何かあったんじゃ………。」 「んなこたぁねぇだろ。彼奴はそんなヘマするヤツじゃねぇさ。」 「そうだと良いんすけど………。」 ったく。野郎共ときたら、今朝からずっとこの調子だ。まぁ、彼奴のことが心配なのは分からねぇでもねぇがな。 「俺は部屋に戻るぜ。彼奴が帰ってきたら、俺んとこに呼びに来いや。」 帰りを待つのにもいい加減飽きた俺は、さっさと自室に引き上げることにした。ここで待っていたところで、無駄に神経を磨り減らすだけだ。 「まぁ、ああなるのも当然か。野郎共にしてみりゃ、彼奴はお袋みてぇなもんだからな。」 戻るなり、部屋の片隅から座椅子を引っ張り出し、一服しようとテーブルの灰皿に手を伸ばす。煙草をくわえ、愛用のジッポライターで火を点ける。昔から、何千回、何万回と繰り返してきた、特に代わり映えのしない行為だった。 「早ぇもんだ。一昔前までは、右も左も分からねぇヒヨッコだったのにな。」 俺はふと、彼奴と出会った時のことを思い出していた。あれは忘れもしねぇ、木枯らしが吹き荒ぶ満月の夜だった。行きつけの居酒屋で一杯やった後、酔いを覚ますために誰もいねぇ公園を一人で歩いていたんだが、どこからか妙な声が聞こえてきやがった。アベックなら、ちょっとばかし冷やかしてやろうかとも思ったんだが、こんな寒い夜にこんなところで火遊びなんざしてるとは思えねぇ。もしかしたら、他の組の奴らが待ち伏せでもしてやがるんじゃねぇかと思って、辺りを探してみたら、いたんだ。近くの木陰に、妙な声の主が。女が一人、既にボロボロになったコートを羽織って、震えるような声を上げながら踞っていやがった。それが、彼奴だった。 「おっと、思わず物思いに耽っちまったな。俺らしくもねぇ。」 煙草がすっかり短くなっちまってるのに気付いた俺は、新しい煙草に替えようと、口から離して灰皿に押しつけた。そのときだった。  ピシィッ! 「な、何でぇ?」 驚いて手元に目をやると、耐熱ガラスで作られているであろう透明な灰皿に、煙草を押しつけた辺りを中心にして大きなひびが入っていた。 「ったく、縁起でもねぇ。」 仕方なしに、別の灰皿を持ってこようと立ち上がったのだが・・・、 「……………。」 突然、言いようのない不気味な不安感に駆られ始めたのだ。まさか、本当に彼奴の身に何かが………、 「……思い過ごし、…じゃ片づけられそうにねぇな……。」 いてもたってもいられなくなった俺は、身支度もそこそこに急いで部屋を出て行った。  あれからどれぐらい経っただろうか。ようやく、エレベーターという閉鎖空間から解放された私は、辿り着いた場所を見渡して、ただただ感嘆の息をつくばかりだった。 「街の地下にこんな場所があったなんてねぇ。一体誰が作ったのかしら。」 「(おそらく、何らかの目的のために、秘密裏に工事を行ったのであろう。あの噂はどうやら本当の話であるのかもしれぬな。)」 「確かにそうみたいだけど、ここ何にも無いわよ?ただ、広くて暗くて息苦しいだけ。」 エレベーターを降りた先は、周りをコンクリートの壁で覆われた、真っ暗でだだっ広い空間だった。あるものといえば、時折街灯が点いたコンクリート製の太い柱があるだけで、他には何もなく、辺りにはとても重苦しい空気が漂っていた。 「う~、何だか嫌な感じねぇ。幽霊でも出てきそう………。」 「(いや、主殿であれば、幽霊でさえ尻尾を巻いて逃げるであろうて。)」 「ポチぃ~、それどういう意味よ?」 「(どういう意味だと申されましても、全く持ってそのまま………。)」 「しっ!………何か聞こえる。」 一体何処からだろうか、暗闇の奥から物音が微かに聞こえてきた。その音は、どんどんこちらに近づいているようにも感じられた。あれは………、人の足音か? 「どうやらこっちに向かってるみたいね。急いで隠れなきゃ!」 見つかってはまずいと、急いで側にあった柱の陰に隠れた。しばらく、息を潜めてじっとしていると、やがて足音の主が姿を現した。男が3人、白衣を纏ったいかにもエリート風の男が一人と、いかにもヤクザといった出で立ちの男が二人。今から帰るところなのか、他愛もない話をしながら、先程のエレベーターへと向かっていった。 「あの男達、もしかしたら………。」 「(おそらく、大蛇組のヤクザと例の研究所の職員であろう。どうやら、話がますます現実味を帯びてきたようであるな。)」 「みたいね。しかも、相当ヤバそうな匂いがするわ。」 しばらくの間仕事に恵まれず、ただただ退屈な日々を過ごしていた私には、この雰囲気がとても嬉しく思えた。極限まで高められた緊張感、生と死の境を渡り歩くスリルと興奮、忘れかけていた感覚が、私の体内で徐々に蘇り始めるのを痛いくらいに感じていた。 「よ~し!復帰後の初仕事、ド派手に飾っちゃいますか!ポチ、覚悟は出来てるわね?」 「(勿論であるぞ!)」 気がつけば私の体は、暗闇の更に奥へ歩み始めていた。ここまで来たら、もう後には引き返せない。ひたすら前進あるのみだ。  「で?しっかり顔見てたクセして、疑いもせずに通しちゃったってワケ?」 「は、はい………、申し訳ありません。」 「全く、困ったものね。何のためにあんた達を雇ったと思ってるの?そのザマじゃ、居ないも同然じゃない。」 とある一室、傍らで跪く屈強な男達を前に、いかにもエリートといった雰囲気を漂わせながら淡々と語る一人の女がいた。 「ちょっとばかりゴツイ体してるから、見張りぐらいには使えるかな、なんて思ったあたしがバカだったわ。この不始末、どうしてくれるつもりなのかしら?」 「も、勿論、侵入者は俺達が何としてでも取り押さえます。ですから、何とぞ、しばらくのご猶予を………。」 「取り押さえるですって?アハハハハハハハハ…、あんた達のようなクズが相手になったところで、高が知れてるわ。本当に、これだから男は………。」 「何だとぉ!黙って聞いてりゃ、このアマぁ!」 とうとう堪忍袋の緒が切れたか、男の中の一人が女に掴みかかろうとするものの、周りにいた他の男達に引き止められてしまった。 「さてと、あんた達の顔はもう見飽きたわ。クズならクズらしく、ゴミ捨て場で大人しくしてて頂戴。」 そう言って、女が手元にあるスイッチを押した。すると、 「な、何しやが………!…う、うわああああああああああ……………!」 突如床が抜け、男達は逃げる間もなく穴の奥深くへと落ちていった。女は、あの男達が消えてしまうのを見届けると、穴の奥に向かって、 「タローちゃ~ん、ご飯ですよ~♪慌てないでゆっくり食べてねぇ~♪」  一方、落とされた男達は巨大なプールのような場所で、ただただ水面を漂っていた。 「くっそぉ、あの女狐め。今度会ったら、タダじゃおかねぇ!」 「お、おい、何だありゃ?」 「あん?何かあるってのか?」 一人の男が指さす方を見ると、得体の知れない巨大な影が、じわじわとこちらに近づいてくるのがはっきりと見えた。まさか………、 「サメかよ、おい!冗談じゃねぇ、喰われてたまるか!」 急いで逃げ出すものの、水の中では思うように動き回ることなど出来るはずもない。気まぐれな波に翻弄され、冷たくまとわりつく水に体温を奪われ、悪戯に意識が遠のいていくばかりで、影との間はどんどん狭まる一方だった。 「も、もうだめだぁ~!」 「くっそぉ~、これまでかよ!」 影が、男達の数メートル手前まで近づいたそのときだった。其奴は、水面から大量の水飛沫とともに姿を現し、そのまま大きな口を開けて覆い被さってきた。 「うわぁ~~~~~~~~~~~~~~~………」  ザッパアアアアアアアアアアアアアン! 激しく水面を叩き、影の主はその巨体を激しい水滴の嵐に覆い隠した。激しい波が収まると、男達を呑み込んだ影は満足したのか、その巨体を水底奥深くへと運び、何事もなかったかのように姿を消してしまった。  「んもぉ~、タローちゃんたら、あんなにがっつかなくても良いのにぃ~♪」 巨大なモニターの前に、妖しく体をくねらせる女の姿があった。先程の出来事の一部始終をモニター越しに見ていたようだが、すっかり目が潤み、息を荒げて自らの体をまさぐっていた。まだ物足りないのか、時折、少々不満そうな表情をしているのも見て取れる。 「でも、しょうがないのかもね。タローちゃんだって、今日は久々のお食事だったわけだし。それにしても………」 女が、傍らにあるスイッチを操作すると、モニターの映像が別のものに切り替わった。そこには………、 「早く来ないかなぁ~♪今夜のメインディッシュちゃ~ん♪」 清掃員の姿をしたネメシスの顔が、はっきりと映し出されていた………。  あのエレベーターにあった、訳の分からない【P】の文字。私は、ここに来てようやくその文字が意味するものを知ることになった。 「成る程、『プラットホーム(Platform)』ねぇ。よくもまぁ、こんな大げさなものを作ったもんだわ。」 暗闇の中を彷徨い、やっとの思いで辿り着いた場所がここだった。一本のレールが走り、3両編成のモノレールが一台、堂々たる風格を放ちながら、レール上に居座っていた。 「OLだった頃を思い出すわねぇ。いつも、ぎゅうぎゅう詰めの中をヒィヒィ言いながら会社行ってたっけ。あ、そう言えば、何回か痴漢にもあったわねぇ~。それから、スリにもあったし~、あとは、あとは………。」 「(物思いに耽っている場合ではなかろうに。さぁ、早く乗るのだ!)」 「何よぅ、そんなに急かさなくたって良いじゃない。どうせこの時間は人なんて………。」  プルルルルルルルルルルルルルル… プシュ~ 「……………。」 「(……………。)」 誰も乗っていないはずのモノレールが突然動きだし、同時に近くのドアが開け放たれた。 「………やっぱり、幽霊でもいるのかしら?」 「(そ、そんなわけ無かろうに!)」 「だって、独りでに動き出して、しかも乗れって言わんばかりにドアも開いて………。」 「(ぐ、偶然に決まっておる!さぁ、発車してしまう前に乗るのだ!)」 「で、でもぉ~、何だか不気味………。」 「(良いから、早く乗るのだ!)」 「んもぉ~、分かったわよぅ。乗れば良いんでしょ?乗れば。」 ポチに促され、渋々乗ることにした私だったが、 「なむあみだぁ~ぶつ、なむあみだぁ~ぶつ………。」 「(あ、主殿!気味が悪いから止めて下され!)」 「なんみょ~ほ~れんげ~きょ~、なんみょ~ほ~れんげ~きょ~………。」 「(しゅ、宗派を変えても駄目なものは駄目であるぞ!)」  しばらくして、誰もいないのに勝手に動き出したモノレールに乗って、終点までやってきた私だったが………、 「いろはにほへとちりぬるを………。」 「(そ、それ、念仏じゃないのでわ………(汗))」 「じゅげむじゅげむごこ~のすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょまつ………。」 「(……………(ゲンナリ))」 そんなこんなで到着したことに2,30分ほど気付かず。 「さて、やっと着いたみたいだし、早速行きますか!」 「(……………(グッタリ))」  「うわぁ~、真っ暗で全然人気が無いわねぇ~。みんな帰っちゃったのかしら?」 「(それは当然であろう?今はもう真夜中であるぞ。)」 ポチに言われて時計に目をやると、成る程、短針は既に1と2の間。一般世間では「真夜中」と呼ばれる時間だ。 「あら、もうこんな時間なのね。寝不足はお肌にあまり良くないんだけど、今はそうも言ってられないわね。兎に角、早く仕事片づけて………」 「(早く帰って………)」 「シャワーの後に冷た~いワインと………」 「(旨い生卵!)」 「何でやねん!」 「(なんと、生卵では駄目だと申すのか?)」 「普通はワインといったらチーズでしょう?何で生卵が出てくるのよ?」 「(主よ、生卵の旨さを知らぬのか?生卵は良いぞぉ~!ツルッとした白身に、まろやかな黄身が………)」 「生卵はすき焼き食べる時で充分!ほら、グズグズしてないで先に行くわよ!」 「(うぅ~………(悔涙))」 一人悔し涙を流すポチを気にもとめず、私は当初の目的を果たすために、研究所とおぼしき建物の中を、躊躇することなく奥へ奥へと進んでいった。 「(生卵バンザ~イ!!)」 「だまらっしゃい!」  「………第7実験室、薬品保管庫、細菌培養室………いかにも研究所って感じがするわねぇ。」 親分さんの言っていた噂と関係がありそうなものがないかと、私は建物内を兎に角歩き回っていた。噂通りなら、連中はここで物騒な実験を繰り返しているらしいのだが。 「………新薬開発室、資料室、生贄監禁室…って、ええ!?」 「(あ、主よ。今、生贄がどうこうって………)」 私は、思わず目を疑った。今居る階の、一番奥の部屋、そこのドアに掛けられたプレートには俄に信じがたい名前が刻まれていた。 「『生贄監禁室』よ。あの時、親分さんが言ってた物騒な実験っていうのは、もしかしたら………。」 「(考えたくはないが、まさにその通りかも知れぬな。全く、惨いことをするものだ。)」 『人体実験』、私は特撮ヒーローものの世界の話だとばかり思っていたが、まさか、現実に行われていようとは夢にも思わなかった。こんな事があって良いものなのか………。 「………お金貰って人を殺してる私が言うのもなんだけど、人の命を何とも思わないような奴らを、おいそれと野放しにしておく訳にはいかないわ。人が断末魔の苦しみに喘いでいる姿を見て楽しんでる、ここの変態野郎共なんかは特にね!」 『は~い♪変態野郎の登場でぇ~す♪』 「えっ?!な、何なの?」 突然、辺りに妙に明るい声が響き渡った。声の主を見つけようと、慌てて辺りを見回してみるが、何処にもそれらしき姿はない。 『うふふ♪こんばんは、殺し屋のネメシスさん♪』 「誰?姿を現しなさいよ!」 『あらぁ?そんなにあたしに会いたいの?うふふ♪それじゃあ、そこから1つ上の階にある【所長室】に来てちょ~だい♪待ってるわよ~ん♪』 「ちょ、ちょっと!」 さっきのセリフを最後に、謎の言葉は聞こえてこなくなった。あれは一体………、 「(所長室に来いと言っておったな。これはもしや………)」 「ええ、どうやらここのトップが直々にお出迎えしてくれるみたいね。上等じゃないの。」 「(主よ、冷静さを失ってはならぬぞ!これは罠かも知れぬ。)」 「ポチ、忘れちゃったの?あたしはもう人間じゃないの!人間用の罠なんかに引っかかるもんですか!」 「(し、しかし、万が一ということも………)」 「考え過ぎよ!そんなに心配しなくたって大丈夫!それに、売られた喧嘩は買うものでしょう!」 そう言うと、私はポチが制止するのを無視し、一目散に所長室へと向かった。 「(全く、主の無鉄砲さにも困ったものだな。本当に何事もなければいいのだが。)」  「うふふ♪早く来ないかな~、あたしのネメシスちゃぁ~ん♪」 しばらくすると、慌ただしい足跡ともに、荒々しくドアが開け放たれた。 「フフフ………随分と面白い事してくれるじゃないの、所長さん?」 「きゃ~♪いらっしゃ~い、ネメシスちゃ~ん♪」 「可愛らしいお出迎え、どうもありがと。」 「わぁ~、本物だぁ~♪写真やビデオで見るよりずっと美人ねぇ~♪」 「何よ!用件があるなら早く言ったらどう?」 「んもぉ~、ネメシスちゃんたらせっかちなんだからぁ~♪」 「(っとに、気色悪いったらありゃしないわ。)いいから早く言いなさいよ!」 「あなた、今朝あのビルに忍び込んだでしょ?監視カメラにちゃあ~んと映ってたわよ~ん♪いつもなら、すぐにでも捕まえて摘み出しちゃうところなんだけど、よく見たらあのネメシスちゃんじゃないの!だから、わざと泳がせてたって言うワケなのよ~ん♪」 「(げっ、バレてたの!?)それじゃ、最初から私をここへおびき寄せようと?」 「うふふ、そうよ♪あたし、ずっと前から貴女のことが好きで好きでたまらなかったの!どうやって、ここに招待しようか、ず~っと悩んでたんだけど、まさか貴女の方からこっちに出向いてきてくれるなんて、夢にも思わなかったわん♪」 「へぇ~、じゃ、いずれここに連れてくるつもりだったって言うのね。それで?私をここへ呼んでどうするつもりなの?」 「うふふ、よくぞ聞いてくれました~♪貴女は、今からあたしのコレクションの一部になって貰いまぁ~す♪」 「コレクション?一体、どういう事よ。」 「フフフ、………こういう事よ!」  カシャッ ピピッ 「!…しまった!」  バタン! 「きゃああああああああああああああああああぁ………!」 急にネメシスが立っていた所の床が抜け、そのまま自然の法則に従って落下していった。 「………うふふ、うまくいったようね。」 女は革張りの椅子から立ち上がると、先程ネメシスを放り込んだ落とし穴の奥を見つめ、妖しく微笑んでいた。 「さぁ、今夜はたっぷりと、あたしを楽しませて頂戴な。」 軽くウィンクをし、足早に所長室を後にした。  ひゅ~ バッシャア~~ン! 「ぷふぁっ、ゲホゲホ!全く、何であんな所に落とし穴があるのよ!」 「(だから罠かも知れぬと申したであろうに。これだから主は………)」 「そんな事言ってる場合じゃないでしょう!兎に角、急いでここから脱出しないと………。」 こんなところに何時までもいたのでは、何をされるか分かったものではない。早く出口を見つけようと、広大なプールの中を急いで泳ぎ始めた私だったが、 「……?…………??」 「(どうしたのだ?主よ。)」 「………何だか、……ものすごく嫌な感じがする………一体、何かしら?」 何処からだろう、私はさっきから異様な気配をびんびんに感じていた。もしや、ここの何処かに、得体の知れない何かが居るとでも言うのか。 「………………きゃっ?!」 「(何かあったのか?)」 「さっき、何かが脚に食いついたような………それに、何だか中の方でモゾモゾと動いて……って!」 自分の足下に目を向けた私は、一瞬我が目を疑った。水面の下で、得体の知れない黒い影が、私の腰から下をガッチリとくわえ込んでいたのだ! 「いやぁああああ~~~~!ちょっと、何これ!!」 生命の危険を感じた私は、なんとか吐き出させようと抵抗してみるが、相手は身動ぎ1つしない。それどころか、私が暴れるのを見て楽しんでいるようにも思える。 「放せ!バカ!デカブツ!」 口の中を力任せに思いっ切り蹴り飛ばしてやると、今のでさすがに怯んだのか、私を吐き出して離れていった。 「な、何なのよ、彼奴は!」 「(主よ、急いで上に登れるところを探すのだ!このままでは、ヤツの胃袋に収まってしまうのも時間の問題であるぞ!)」 「言われなくてもそうするわよ!え~と、何処かに何か無いかしら………。」 慌てて辺りを見回すと、今居るところから10数メートルほど先だろうか。何かが、壁に沿って大きく出っ張っているのが、微かにだが見て取れた。あれは………、 「もしかしたら、ハシゴじゃない?!あそこまで行ければ何とかなるかも!」 何とか助かろうと、ハシゴに向かって一目散に泳ぎだした私だったが………、 「(じょぼじょぼ)…ぶはっ…(ばっちゃばっちゃ)…んぶほっ…(じゃぶじゃぶ)…」 水泳なんて、高校生の時以来である。もう、何年も泳いでいない私には、ほんの僅かな距離でさえとても辛かった。 「・・ぶはっ!た、助かったぁ~!」 やっとの思いで泳ぎ着いたハシゴに掴まると、間髪入れずに登り始めた。もし、生きて帰れたなら、必ずちゃんと泳げるようになっておこう。そんなことを考えていると………、  ザッパアアアアアアアアアアン! 「ぽ、ポチ?い、今の見た?」 「(今は主と同化しておるから、嫌でも見えるのだが………)」 私の足下、数㎝下を水飛沫と共に飛び跳ねていった、先程の影の主。それは………、 「あれって、どう見ても『ナマズ』よね。しかも、鯨並に巨大な………。」 「(ナマズというものは、あれほどまで巨大化するものなのか?)」 「そんなことはないわよ。大きくてもせいぜい3メートル弱。私が知ってる限りじゃ、あんなに大きいのはいないはずよ。」 「(そんなことよりも、主よ。速く上へ行かねば!)」 「そうだったわね!」 ポチに言われてハッとなり、急いで上へと向かった。この私が、こんなところで負けを認めるわけにはいかない。戦いはまだ始まったばかりなのだから。  「んもぉ~、も~ちょっとだったのにぃ~!タローちゃんたらぁ~!」 所長室のすぐ隣にあるモニタールーム。この研究所の所長であろう女は、ネメシスと“タローちゃん”が対峙するシーンを映し出す巨大なモニターの前で、有られもない姿に変わり果てていた。 「でも、すぐ終わっちゃったりしたら、全然楽しくないもんねぇ~♪うふふ♪」 女はまるで子供のような笑みを浮かべると、自らの乳房を愛おしそうにまさぐり、秘部に片手の掌を添えた。 「あぁ~、ネメシスちゃん、もっと楽しませて!もっと気持ちよくしてぇ~!!」 モニターから降り注がれる淡い光が、女の艶めかしい裸体を赤裸々に映し出し、時折、女の口から漏れ出す喘ぎ声が、密室の中に美しくも淫靡な世界を創造していた。  「脱出できそうなのは、ここからず~っと向こうにある、あの大きな窓から。そして、あそこまで行くには………。」 「(此方側から反対側まで続く太いパイプを渡っていく、あるいは、この細い道を壁伝いに向こうまで歩いていく、このどちらかであるな。)」 ようやく、ハシゴを登り切った私は、人一人がやっと通れるくらいの狭い出っ張りに腰を掛けて、何とか脱出する術はないものかと考えを巡らしていた。 「(しかし、ここは地下であろう?こんなところに窓があるというのも、なんだか妙な気がするのだがな。)」 「しょうがないでわよ。今のところは、脱出できそうな場所はあそこぐらいしかないんだもの。何とかして、行ってみるしかないでしょ?」 「(むぅ~。また、あの中に戻るわけにもいかぬしな。)」 「それで、どっちを通る?壁?パイプ?」 「(壁伝いに進むのは、止した方が良いであろうな。あんなに狭いのでは、万が一、ヤツが壁に体当たりでもしたらひとたまりもない。)」 「成る程、パイプを伝って渡った方が、掴まっていられるだけ安心、っていうわけね。」 意を決した私は、換気用に使っているであろうパイプにしがみつき、そのまま窓へと向かって前進を始めた。 「(それにしても、このパイプがうらやましいな。)」 「え?どうしてよ。」 「(こやつ、主の体の温もりを独り占めしよってからに。我だって、主殿に力一杯抱きしめて貰いたいのに、ぐすん(泣))」 「下心が見え見えよ。このスケベ!」 「(す、すまぬ(汗))」 渡り始めてから、どれだけ時間が経っただろうか。私は、妙な違和感を感じて、その場で歩みを止めた。 「(どうした?先へ進まぬのか?)」 「何だか下の方がやけに静かなのよ。さっきまで、あのデカナマズが泳ぎ回る音がしてたのに。」 「(諦めたのではないか?)」 「そうであって欲しいわねぇ。第一、あんなののエサになるなんて絶対嫌………。」  ブウウウウウウン! バクン バッシャ~ン! 「(……………。)」 「……………。」 「(…い、今のは何であるか?)」 「た、多分、あのデカナマズ…。」 もう、何があっても驚かないつもりでいたのだが、やはり驚くしかなかった。あの巨大ナマズが、あろう事か、パイプを架けてあるこの高さまで、軽々と飛び跳ねてきたのだ。まるで、アロワナのように。 「こ、こんなの聞いてないわよ!は、速く行かないと………。」  ブウウウウウウン! バクン バッシャ~ン! もう一度、今度は私がいるところの数㎝下。 「い、嫌ぁああああああああああああああっ!」 「(主よ、落ち着いて下され!)」 「助けて!助けて!助け………。」 すっかりパニックになってしまった私は、思わずパイプから手を離してしまい、そのまま転落してしまった。しかも………、  ブウウウウウウン! バクン 落ちたのは水の中ではなく、あのデカナマズの口の中だった………。  バッシャ~ン! 腰から下をくわえ込まれたさっきとは違い、今は全身が完全に口内に収まってしまった。必死の抵抗も全く意味を成さず、呑み込まれていくのを、ただ待つしかなかった。  ずりゅっ ごっくん  「そうよ、そう!タローちゃん、そのまま呑み込んで!あ、イク!イク!イクううううううぅぅぅ………。」 ネメシスが“タローちゃん”に呑み込まれるその一瞬、女は自らの秘部をまさぐる指の動きを速め、呑み込まれると同時に一気に絶頂に達する。オーガズムが収まる頃、女が腰掛けていた椅子は、秘部から分泌された大量の愛液でぐっしょりと濡れていた。 「うふふ、実に素晴らしいわ。あたしの目に狂いはなかったようね。」 おもむろに立ち上がり、脱ぎ捨てた服を再び身につけると、モニターを制御するパネルを操作し、そこから一本のビデオテープを取り出した。 「また1つ、新しいコレクションが誕生したわね。しかも、飛び切り上物の。」 傍らにあるキーパネルを操作すると、向かい側の壁がいきなりスライドし始めた。 「次回作は、どんな生贄さんにご登場願おうかしら?うふふふふ………。」 そこには、様々な人間が“タローちゃん”に呑み込まれるシーンを納めたであろうビデオテープが、何百、何千と並べられていた。  巨大ナマズの腹の中。そこには、激しく蠢く肉塊の中で、消化されまいと必死に藻掻くネメシスの姿があった。 「く、く、苦し…わっぷ!い、息が出来な…げふんげふん!」 蠕動運動に翻弄され、体中が消化液にまみれ、手足を粘膜に捕らわれながらも、全く衰弱している様子はなかった。 「うえっぷ!…こんなところで…うっぷ!…死んでたまるもんですか…きゃっ!」 「(しかし、このような状況でどうやって生還するというのだ?八方塞がりも同然であるぞ!)」 「さっきも言ったでしょ…ふが!諦めたりしなきゃ…ぐえ!必ず助かる方法があるって…おえ!」 「(だが、一体どうやって………。)」 「それを今…ひゃ!考えてるんじゃ……ない…の…………。」  ぐぎゅるる、ごろごろ 「え?!…ちょ、ちょっと!!」 「(ま、まさか、主よ!こんなところで………。)」 その通り。生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているというのに、性懲りもなく、またアレが始まったのである。 「ぽ、ポチぃ~!トイレ何処ぉ~?」 「(こんなところにトイレなど有るはず無かろうに!)」 当たり前である。 「こ、こうなったら、ここでしてやるぅ~!!」 「(あ、主よ!早まってはならぬ~~~~~~~~~!!)」  @×$*◎&※#★|△÷○+□¥▽~~~~~~~~!!!!    プッ  「あら?何だか、タローちゃんの様子が変ねぇ?一体どうしたのかしら?」 “タローちゃん”の様子が何やらおかしいことに気付いた女は、モニターに映し出される映像に慌てて目をやった。水面を激しくのたうち回り、まるで狂ってしまったかのように泳ぎ回っているのが見て取れる。一体どうしたというのだろう。 「もしかしたら、ネメシスちゃんを食べた所為でお腹壊しちゃったのかしら?急いで何とかしなくちゃ!」 今までに、何百人、何千人と食べさせてきたが、こんなことは初めてだった。今までに集めた、“タローちゃん”に関する資料やデータを隅々まで見直してみても、原因はよく分からなかった。悪戯に、時間ばかりが過ぎていく。 「ど、どうしましょう、速くしないとタローちゃんが………。」 「もう、その心配はいらないわよ?所長さん。」 「だ、誰!?」 驚いて、声がした方向に目を向けると、紛れもなく、あのネメシスが立っていた。 「うふふ、これで全て分かったわ。あの時言っていた『コレクション』って、これのことだったのね。」 「触らないで!」 一体何処に隠し持っていたのか、女は突如ハンドガンを取り出し、ネメシスの前に突きつけた。 「あらあら、相当大事なものみたいね。こんな手の込んだところに隠しちゃって、他人に見られたらマズイものでも映ってるの?」 「触らないでと言うのが分からないの!」 「ここの下にある『生贄監禁室』。私は、てっきり人体実験をするための被験者を閉じこめておくための部屋だと思ってたんだけど、本当はあの『デカナマズのエサ』にするための人間を閉じこめておくためだったっていうところかしら?あんたってば、えげつない趣味してるわねぇ~。」 「あたしのタローちゃんにケチつけないで頂戴!」 「“タローちゃん”?アレが?全く、マッドサイエンティスト様の考えることは良く分からないわねぇ。」 「こ、このぉ………!」 「そんな玩具でこの私を殺せるとでも思ってるの?やめておきなさいよ、弾の無駄遣いにしかならないわよ?」 「言わせておけば………、覚悟なさい!」  パン パン パン 立て続けに3連射。急所は外したものの、辛うじて全弾命中した。だが………、 「そんな震える手で撃ったって無駄よ。いい加減、覚悟を決めなさいな。」 ネメシスは全く怯むことなく、女の方へじわじわと歩み寄り始めた。 「……ち、近寄らないで!」  パン パン パン パン パン パン パン パン パン パン パン パン  カチッ カチッ カチッ 「そ、そんな…………!」 弾切れを知らせる金属音が、虚しく鳴り響く。全弾命中させたにもかかわらず、ネメシスは全く怯む様子を見せず、その美しい体には傷1つ付いていなかった。 「私のことがずっと前から好きだったって言うなら、当然知ってるわよね?私が殺し屋だっていうこと。」 突如、ネメシスの目が紅く光り始めた。それを見た女は恐ろしさのあまり、ただただ後ずさりをするしかなかった。 「今回のことだってねぇ、お客から依頼されてのことなのよ。ここのことを調べて欲しいって。」 一歩、また一歩。ネメシスが歩みを進めるたびに、彼女の美しい体は徐々に異形へと変化していった。まるで、人間に化けていた魔物が本当の姿を現すように。 「私に課せられた仕事は2つ。この研究所を潰すこと。もう一つは………。」 異形に成り果てたネメシスは、モニタールームの隅ですっかり怯えきってしまった女に向かって、こう言い放った。 「あんたをこの世から消す事よ!」 巨大な口を開け、そのまま女へと覆い被さった!半透明なその体には、少しずつ異形の体内へと送り込まれていく女の姿が、はっきりと見て取れた。 「はぐっ、はぐっ、はぐっ………やけに大人しいじゃない?はぐっ、はぐっ…抵抗する気が無いんなら、そのまま呑み込んじゃうわよ?」 抵抗する気など起こるはずもない。女は、言葉を発することもなく、怯えきった顔でただただ涙を流すばかりだった。 「はぐっ、はぐっ、はぐっ……………、ごっくん………げぷ……。」 異形に全身を取り込まれてしまった女は、為す術泣くそのまま体内の奥深くへと消えていった。 「皮肉なものね。エサとして用意したはずの人間に、自分が食べられてしまうなんて。」 強力な消化液により、女の体を完全に消化し尽くすと、ネメシスは元の美しい人間の姿に戻った。部屋の奥にあるモニターには、ネメシスの手により完全に息絶えた“タローちゃん”の姿が、生々しく映し出されていた。  パラパラパラパラ……… 「まさか、本当に撃ってくるなんて思わなかったわね。今度からは、防弾チョッキでも用意しようかしら?」 「(別に、ピストルの弾如きでくたばってしまうような主ではないだろうに。)」 「体の中に入ったまんま、っていうのが嫌なのよ。一応、さっきみたいに自分で取り出せないこともないんだけどね。」 ここのトップは潰した。この研究所で行われていたことも、殆ど明らかになった。次は、この建物をどうするかだが………、 「姐さ~ん!姐さ~ん!」 「あら?向こうの方から声が………。」 不思議に思って、モニタールームの外へ出てみると、そこには………、 「姐さ~ん!無事だったんすね~!」 「あらぁ?!あんた達、何でこんなところに?」 「いつまで経っても姐さんが帰って来ねぇもんだから、心配になって迎えに来たんすよぉ~!本当に無事で良かったぁ~!」 誰かと思えば、烏天狗組の面々であった。みんな、私の無事を知って大喜びしてる。 「みんな、御免ね。この仕事片づけるのに手こずっちゃって、帰りが遅くなっちゃったのよぉ~。」 「良いんすよぉ~。姐さんが無事でいてくれればそれで…………ぶはぁあっ!!」 「ちょ、ちょっと!どうしたのよ!」 一人が突然、大量の鼻血を吹き出して倒れてしまった。 「うひょ~………スゲ~………。」 「あ、姐さぁ~ん………。」 気がつくと、周りのみんな全員がだらしなく鼻の下を伸ばして、私をじ~っと見ていた。 「な、何よ、みんなして!私の体に何か付いてるとでも…………。」 やっと気がついた。あのデカナマズに呑み込まれた時、身に着けていたものは全部溶かされてしまった。脱出してからも、誰もいないからと全く気にも止めずにいたのだが、そうなると、今の私は、紛れもなく…スッポンポン………。 「い、嫌ぁあああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~!!!!!」  「成る程、これがお前が言う『物騒な実験』ってワケか。」 「そう。ここの連中、いろんな動物を巨大化させては、生きた人間を食べさせてたみたいなの。ここに入り込んだ侵入者や、組織を裏切った輩なんかをね。」 「本当にイカレてやがるな、ここは。お前を行かせたのは正解だったかもしれねぇな。」 後からやってきた親分さんをモニタールームに通すと、親分さんの年季が入ったコートを身につけ、事の次第を全て話した。ちなみに、さっきのスケベさん達は、私たちの後ろで全員ノビてしまっている。………私を怒らせるとこうなるのよ、フフフ(妖)。 「で、これからどうするんだ?こんなところ、野放しにするわけにはいかねぇだろ?」 「あったり前よ!あんなデカブツに襲われたら、命が幾つあったって足りないもの。」 「決まりだな!それじゃ、自爆装置でも使うとするか?」 「ちょっと、映画じゃないんだから、こんなところにそんなものは………、」 「あったぜ?ほら。」 「…………う、ウソでしょぉ~………(汗)。」 確かに、親分さんの手元には“Destruct mechanism(自爆装置)”と記されたスイッチがあった。しかも、アロハシャツ並に目立つ色で。 「と、兎に角、親分さん達は先に逃げて頂戴。私は、それを起動させるから。」 「逃げるのは良いとして、おめぇ、一人で大丈夫なのか?」 「親分さん、あたしを誰だと思ってるの?不死身のネメシス様よ。」 「ハッハッハ、そうだったな。じゃ、俺達は先に行くぜ。後はしっかりやれよ。」 「いえっさ~!」 「おら、野郎共!さっさと起きねぇか!!」 親分さん達を見届けると、いよいよ最後の仕事に取りかかることにした。パネルを操作して、セーフティーカバーを外すと、いよいよスイッチが露わとなった。 「いよいよね。ポチ、もう後戻りは出来ないわよ?」 「(我も、覚悟は出来ておる。主の思う通りにするが良い。)」 「ありがと、ポチ。それじゃ、いきますか!」 ポチの後押しを受け、私は自爆装置の起動スイッチを、力任せに思いっ切り押した。 “Warning. The start of the destruct mechanism was confirmed. This laboratory will be blasted in 15 minutes. The researcher and the staff in the laboratory must escape at once. Repeat…” (警告:自爆装置の起動を確認しました。この研究所は15分後に爆破されます。研究所内の研究員及び職員は直ちに脱出して下さい。繰り返す…) 「いっちょまえに英語のアナウンスまで用意しちゃって。兎に角、あと15分以内にここから脱出すればいいのね?」 そうは言ったものの、ここは地下である。そう簡単に脱出口が見つかるとは思えないが。 「(いつぞやのように、また下水道を通ればよいのではないか?)」 「………………また通るの?」 「(しょうがなかろうて、こんな地下に窓なんぞありはせぬし、ここに来る時に使ったモノレールは烏天狗組の者達が使ってしまった。となると、下水道を伝って………)」 「脱出するしかないってこと?え~ん、下水道は嫌ぁ~!」 「(それに、モノレールのプラットホームにマンホールがあったではないか。きっと、街の下水道に通じているはずであるぞ。)」 「びええええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~ん!!(大泣)」 時間がないこともあったため、私は泣く泣く下水道を通って脱出することにした。それにしても、親分さんから借りたコート、一体どうすればいいのか………。  サ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ キュッキュッ 「うっ!ま、まだ臭ってる………(汗)。」 あのあと、何とか無事に帰ってこられたのだが、何度シャワーを浴びても、あの異臭がなかなか消えなかった。下水道を通ったりするといつも、大体一週間ぐらいはこの状態が続くのだ。一応、香水を使えば何とかなるとはいえ、やはり、気分が良いものではない。 「主殿!あの会社がテレビに出ておるぞ!」 ドライヤーで髪を乾かしていると、テレビのニュースで八岐製薬の話題をやっていた。 「『八岐製薬株式会社 一斉摘発』ねぇ。私が大暴れした所為で、全部明るみに出ちゃったのかしら。」 しばらくすると、記者会見の映像に切り替わった。何百回、何千回と見てきたお馴染みの構図で、重役達が大勢の記者達に向かってぺこぺこと頭を下げていた。 「何処の会社も一緒ねぇ~。重役といったら、みんなスケベそうなハゲ頭のジジィばっかり。六木谷社長や森江社長みたいな、イケメンの若社長っていないもんかしら?」 「主よ、それは『我が儘』か『贅沢』というのではないのか?」 「確かに、『職場は選べても上司は選べない』って言うけどねぇ。」 「俺みたいな上司じゃ、不満だって言うのか?」 「お、親分さん、脅かさないで頂戴!」 イキナリ、親分さん登場。しかし、一体何処から沸いてきた? 「よう、ワン公!元気にしてたか?」 「だから、我は犬ではないと何度も申したであろうに!」 「はっはっはっはっは!こいつからかってりゃ、退屈しなくて済むぜ!」 「うがぁあああああ~~~~~っ!(怒)」 「もう、落ち着きなさいってば。ところで、今日は何か御用?」 「なぁ~に、大した用事じゃねぇんだ。一緒に飯でも食いに行かねぇか、ってな。」 「どういう風の吹き回し?親分さんがランチに誘うなんて………。」 「ついさっきよ、ポリ公連中が俺んとこに来てな、感謝状と金一封を置いていきやがったんだ。俺達のおかげであのクソ会社を摘発できたってな。」 「へ?じゃ、私には?」 「『烏天狗組御中』ってしか書いてなかったぜ。まぁ、それじゃ、おめぇさんがあまりにも可愛そうだってんで、こうして誘いに来たってワケよ。一緒に来るだろ?」 「行かないわけ無いじゃないの!急いで支度するから、しばらく待ってて頂戴な。」 そのセリフを聞いた親分さんは、不気味な笑みを浮かべると………、 「おい、野郎共!聞いたか?姐さんが飯奢ってくれるってよぉ~!」 「なんですと!?」 ドアの外に目をやると、烏天狗組のみんなが歓喜の雄叫びを上げていた。 「おっと、断るなんて選択肢はねぇぜ。俺のコート代と野郎共の治療費、これでチャラにしてやろうってんだからな!」 ……根に持ってたんですね、親分さん…。 「ハメられたようであるな。」 「そうみたい………(大泣)。」 すっかりスリムになってしまった財布を覗き込み、一人溜息をつく私であった。  「…………………………。」 「…………………………。」 「よくもまぁ、こんな小説書いたわね。」 「ちょ、ちょっと、酷くないか?それ。」 「だって、こんな書き方されたら、まるで私がバカ丸出しみたいじゃないの!こんなの認めないわ!全部書き直して頂戴!」 「本当にバカ丸出しなくせに………。」 「………………………頭からが良い?それとも足から?(妖)」 「(!!!)つ、次の新作でまたお会いしましょう。それでは、ごきげんよう!!(焦)」 END 「認めなぁ~い!こんな終わり方、認めなぁあ~~い!!」 「良いから、速く引っ込みなさいって!」