ラクーンシティにはもう安全な場所はなかった。何処も彼処も空腹を満たすために彷徨うゾンビが歩き 回っていて、生きていた人間のほとんどはそれらに捕食されてしまった。捕食された人間もまた、ウイル スにより醜い生ける屍へと姿を変え、ゾンビとなり肉を求めて街を彷徨う。結果、この街で生きている人 間は数少ないだろう。  もしかしたら生き延びているのは、今ラクーン大学にいる数人だけなのかも知れなかった…。 BIO HAZARD OUT BREAK  ~GAME OVER~            PLAYER: Alyssa Ashcroft  PARTNER: Yoko Suzuki  一体ここで何が行われていたのだろう。そう思わざるを得ない状況が、今彼女らの目の前に広がってい た。この建物はラクーン大学のはず。しかし、大学にあるはずのない物が、建物を探索すればするほど見 つかった。ある仕掛けで開く隠し扉、アサルトライフルなどの強力な武器…。そして、今アリッサとヨー コの前に聳え立つ、奇怪な装置。  電話ボックスのような形だった。正面に人の首が通るか通らないかの大きさの丸い窓があり、そこから 中の様子を覗くようだ。だが、二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振った。ここに来るまでに見てきた 物を思い出せば、中に入っているのが何かくらい予想はつく。通常の十倍以上ある大きさの蜂、水中を優 雅に泳ぐ鮫…そのどれもが人工的に作られた物だとしたら、そしてこの装置がそれらを生み出す物だとし たら―――。 「…中、覗いて見て」と、アリッサ。 「絶対嫌。もうあんな思いをするのは懲り懲りよ」  ヨーコは憎憎しげに答えた。あんな思い…それは多分ラクーン大学に入ってすぐの事、ヨーコが開けた クローゼットの中に隠れていたゾンビが飛び出して、彼女の白い首に噛み付いた事だろう。それから、こ の装置のような人が入れる程の大きさの物を自分が開けるのがトラウマになっていた。 「じゃあ、その鍵をさっさと拾って次に行きましょう」  そう言うアリッサの視線の先には、赤いタグの鍵が落ちていた。場所は、その装置のすぐ傍だった。 「…私が?」 「もちろん」 「何でよ。こういう事はアリッサがやってよ」 「フフフ、怖いんだヨーコ」 「そう言うアリッサだって、ホントは怖いんでしょ」  口論、とまではいかないが二人は言い争っていた。結局二人とも怖いのだ。拾おうとした矢先、装置の 中から化け物が現れやしないかと、今でもビクビクしている。だが二人は知らない。そうこうしている間 に、中の化け物の目覚めの時が近付いてきている事に…。 「はいはい、分かったわよ。私が取ればいいんでしょ?」  ヨーコは一歩歩き、腰を屈め手を伸ばした。恐る恐る、ゆっくりと手を鍵へと近づけていく。指が鍵に 触れた一瞬、びくっと身体を震わせたが、何もないと分かるとひょいと持ち上げ、アリッサに見せ付けた。 「ほ~ら、やっぱり何にもなかったじゃない」 「行きましょう。確か元来た道に鍵が掛かった扉があったはず」  アリッサはそう冷静に言い放つと、さっさと振り返り歩き出した。ヨーコはそんなアリッサの後姿を見 て、ふと思う。もう三十路に近いのにスタイルいいのは羨ましいけど、あーゆーちょっとお高い性格には なりたくないなぁ。八つも離れてるとは言え、やっぱり不安ね―――。  ヨーコが歩き出そうとした刹那、突然背後で鉄が引き裂かれる音と奇怪な鳴き声がした。振り向きたく ない、早くこの場を離れたい―――。だが怖い物見たさというのか、ヨーコは後ろを振り返らずにはいら れなかった。  気付けば辺りは酷い悪臭が漂っていた。  振り返ると、ヨーコの目にカエルのような化け物がいた。  化け物はゆっくりと手を振りかざし、そして振り下ろした。 「きゃあ!!」  カエルのような化け物…もといハンターγは、その鋭い爪でヨーコの腹部を抉った。真っ赤な血が散り、 床に落ちる。 「伏せてっ!」  その声が聞こえたとほぼ同時に、ヨーコは伏せた。数秒遅れで、銃声が響き渡った。ヨーコの目の前で ハンターγの身体が蜂の巣になり、血と思われる奇怪な液体が飛び散った。 アリッサの持つアサルトライフルから放たれた凶弾に倒れたハンターγは、最後に悪あがきでもするよ うに激しくもがき、そして沈黙した。 「さあ、急ぎましょう。ここにいるとまたカエルが来るわ」  アリッサは犬のように自分を見上げるヨーコを見ながら、ニッと笑顔を作って見せた。  絶体絶命、まさにそう呼ばれる状況だった。アリッサとヨーコはお互いの背中を合わせ、迫り来る敵に 銃を向けていた。確実に敵を射抜くためにはギリギリまで敵を引き付ける、それがついさっき知ったばか りの知識だった。ゾンビがアリッサの首筋に食い付こうと飛び掛り、ハンターγが再びヨーコに鋭い爪を 突き立てようと手を振り下ろした。  そして次の瞬間、けたたましいまでの銃撃音が木霊した。  低い叫び声が聞こえる。奇怪な叫び声も聞こえる。  それらの声に阻まれて、甲高い悲鳴が彼女の耳に届く事はなかった。  さっきまで自分を食べようとしていたゾンビが床で沈黙したのを見届けると、アリッサは安堵の息を洩 らした。右手のアサルトライフルをだらんと下へ垂らし、ヨーコは無事かと振り返る。だが、アリッサは バタバタと激しく両足を動かすヨーコの下半身しか確認できなかった。彼女の上半身は、ハンターγの大 口の中に半分呑み込まれていた。 「助…けて、アリッサ…」  助けを求めるヨーコの声が、アリッサの耳に僅かに届いた。 「ヨーコ!! 頑張って、今助け―――!?」  アサルトライフルのトリガーを引いたが、弾丸は一発も飛び出さず、代わりにカチンという音をアリッ サは聞いた。弾切れ…!? こんな時に―――!!  慌てて赤いスーツの内側に収まっているライフルのマガジンを取り出そうとするが、慌てているため手 がマガジンへと辿り着けない。もうっ! こんなピチピチのスーツなんか着てなきゃ良かった…! 「ア、リ…ッサ…」  ようやくマガジンを手に取り、ライフルにセットするが、時既に遅し。踵を返したアリッサの目に写っ たのは、丸呑みされるヨーコの姿だった。さっきまでバタバタさせていた足はもう動いてはおらず、ハン ターγの胃に人間が入り込んでいくのが見える。  ゴ…クン。  ハンターγの腹部が大きくなり、そしてすぐに元に戻る。一体ヨーコの身体は何処へ行っちゃったんだ ろう―――。アリッサはついそう考えてしまった自分を恥じた。 「このォ、化け物…ッ!!!」  アリッサは力強くアサルトライフルのトリガーを引いた。飛び出す弾丸がヨーコを丸呑みしたハンター γを貫いていく。数発の弾丸でハンターγは沈黙したが、それでもアリッサは弾丸を浴びせ続けた。あの 時、マガジンなんか取り出そうとせずに体当たりをすれば良かった! そうしていれば、ヨーコは―――。 「な…!?」  突然アリッサの視界が真っ暗になり、生暖かい空気に包まれた。頬に落ちてきた液体は軽い酸だったよ うで皮膚を少し溶かす。何かがアリッサの肩を掴み身体を持ち上げ、更に奥へとアリッサを送る。生暖か く、ヌメヌメしていた。 「嫌よ、こんなの絶対に嫌っ! なんで私までこんなカエルに食べられなきゃ…」  声に出したが、多分外には届かないだろう。アリッサは何とかハンターγの口から逃げ出そうと必死に 足をジタバタと動かしてみたが、ハンターγの力は異様に強く、逃げる事どころか逆に呑み込まれていっ た。  少しずつだが、徐々に胃の中へ呑み込まれていくのをアリッサは感じた。死にたくない…。だが、この 状況で出来る事は何一つなかった。手に持っていたはずのアサルトライフルは落としてしまったらしく、 右手は軽かった。 「ご…ガ……」  冷たい空気に触れていたはずの足はもうハンターγの口の中にあり、生暖かい空気に触れていた。アリ ッサは窮屈な場所に閉じ込められているような感じだった。皮膚が露出している手や頬には、ヌメヌメと した液体が纏わり付いていた。  ゴ…ク、ン。  アリッサは、自分が飲み込まれる音を聞いた。  YOU DIED…