本当にこの地獄と化したラクーンシティから、生きて脱出する事が出来るのだろうか? アリッサ、ヨーコ、シンディの三人は途方もなく街を彷徨い、未だ見ぬ出口を探していた。この街以外 ならどんな場所でもいい。三人はそう思っていた。例えそこが刑務所であっても、どんなに治安の悪い街 であっても、ここよりは遥かにマシだ。 突如起きた人間のゾンビ化、それはものの数時間で街中を飲み込んだ。J’s Barにたまたま居合わせた三 人は記者、学生、ウエイトレスと奇妙な組み合わせだったが、この際なんでもありだ。  ただ、“生きたい”。生きて、この街を出たい。その一心だけだった。 BIO HAZARD OUT BREAK  ~ALL OVER~ PLAYER:Yoko PARTNER:Alyssa&Cindy  ゾンビと言えど、不死身という訳ではなさそうだった。弾丸を何発か浴びせれば倒せる事だって出来る し、鉄パイプで思いっきり殴り付けても沈黙した。どんな物でも使おうと思えば何でも武器になると実感 し、ヨーコは改めてたった今ゾンビ一体を沈黙させた殺虫スプレーを見た。何処にでもある殺虫スプレー だが、一体誰がゾンビ退治に役立つと思えただろう。それを開発した人間も驚きだ。  ヨーコは沈黙したゾンビのベルトに目をやった。生前は何処かの警備員だったらしく、ベルトにはホル ダーが装着され、そこからハンドガンの柄が顔を覗かせている。ヨーコはそのゾンビが再起しないかと恐 る恐るそのハンドガンに手を伸ばし、手が柄を握ると同時に勢いよく抜いた。ゾンビは沈黙を保っていた。 「1、2、3…。弾は…15発ね」  ヨーコが拳銃に入っていた銃弾を数えながら呟き、殺虫スプレーを背中のリュックに収めハンドガンを 装備した。拳銃を持ったのはこれが初めてだったが、隣にいるアリッサが躊躇なくハンドガンでゾンビを 薙ぎ倒していく姿を見て、撃ち方はいつの間にか頭の中に入っていた。ハンマーを起こし、いつでも撃て る状態にする。 「ヨーコ、アリッサ、来て!」  この通路の先を見回りに行っていたシンディが暗闇から顔を出した。手にはハンドガンより一回りも二 回りも大きいショットガンが握られている。その強力な武器を持っていたシンディだからこそ、自ら名乗 りを上げて見回りに出たのだ。とは言えショットガンの弾丸は残り少ない。確認はしていないが5発撃て るかどうかだ。  ヨーコとアリッサは言われるがままに、シンディの後に付いて行った。その通路を抜けると、普通の道 路に出て、その向こう側には公園らしき建物があった。シンディは癖なのか、道路を右左と何度か見渡し 横切った。今はもう、車を運転出来る人間はいない。いたとしても、その人間はとっくにこの街から脱出 しているだろう。道路には何台か乗り捨てられた車があったが、いずれも衝突し合いとてもじゃないが走 れる状態ではなかった。  公園は殺風景だった。まだ陽が照っているというのに、子供の姿は一人としていない。三人はそんな公 園を見たのは初めてだった。  その公園を少し歩いて噴水広場と書いてある立て札がある場所へ辿り着く。立て札の通り噴水があるが、 今はもう水は止まっている。その噴水の前だった。その、異物があったのは。 「何コレ…?」  アリッサが口を開いた。 「ヌメヌメして気持ち悪い。もしかして、コレって…」 「…蛇の抜け殻」  ヨーコが答える。確かに、その通りだった。ただ、それはとてつもなく巨大だった。  アナコンダなどの大蛇をヨーコは知っていたが、それよりも遥かに大きい。殻の大きさから見て体長は 40フィート、太さは人間の肩幅くらいまである。最大の問題は、それがまだ生暖かく、ヌメヌメした液 体が纏わり付いている事だった。それが意味するのは、その抜け殻の持ち主が、まだこの近くにいるとい う事。  三人がお互いの顔を見合わせ、凍り付く。この場所はヤバい、早く離れなければ―――。  ガサッ。草木が何かに触れたように激しく音を立てた。まさか、その可能性が頭を過ぎる。  暫くの静寂。そして、次の瞬間、目の前の草むらから何かが飛び出してきた。それは大口を開き、シン ディを丸呑みしようと勢いよく鎌首を伸ばした。それは、紛れもなくその抜け殻の持ち主だった。  大蛇――ヨーンは寸前のところで獲物を逃してしまった。シンディが咄嗟にしゃがみ込み、緊急回避し たのだ。ヨーンの目に別の獲物、ヨーコとアリッサが映る。食欲旺盛なのか、ヨーンの口から唾液が溢れ、 地面を濡らしていった。  アリッサは常に冷静だった。慎重に狙いを定め、そしてトリガーを絞る。ハンドガンから飛び出した弾 丸は、鉄のように硬い鱗ではなく、最も柔らかく急所であろうと思われる目を貫いた。眼球が砕け、緑色 の液体が飛び散る。だがそれでもヨーンは殆ど動揺せず、アリッサ以上に冷静だった。アリッサに向けて 大口を開くと、そのまま襲い掛かろうとはせず、ある液体を吐き出した。  強力な酸だった。不意打ちに回避行動をとれなかったアリッサに、それは勢いよく降り掛かった。それ は彼女自慢の赤いスーツと手の皮膚を溶かし、下着を露出させた。 「あぅ…!」  彼女の口から悲鳴が漏れる。そんな彼女が次の瞬間目にしたのは、今にも自分に襲いかかろうとする、 ヨーンの大口だった。自分に喰らい付こうとするヨーンの動きがスローモーションのようにゆっくりと見 える。逃げようとしても身体が金縛りに遭ったように動かない。だが、声は出せた。 「かわい子ぶってないで助けてよ!」  それはヨーコに当てられたものだった。その声にハッと我が返ったように、ヨーコはハンドガンのトリ ガーを何度も絞るが、その全ての弾丸は硬い鱗に阻まれ、ヨーンの動き一つ止める事は出来なかった。  駄目、やられる―――。アリッサはヨーンが一気に距離を縮めてきた時、そう覚悟を決め、目を閉じた。  ドン。その銃声と共に、アリッサの顔に何か生暖かい物が付着した。恐る恐る目を開くと、ヨーンの大 口にショットガンを突っ込み、弾をリロードしているシンディの姿が映った。彼女の顔に付着したのは、 ヨーンの鮮血だった。  再び銃声が鳴り響く。流石に二度目の衝撃と激痛に耐えられなかったヨーンは、奇声と鮮血を撒き散ら しながら慌てて退いた。シンディがリロードしながら叫んだ。 「行って! ここは私が!」 「でも―――」 「いいから! 私もすぐに行くわ!」  アリッサはそれでもシンディを置いて行けないとその場に留まろうとしたのだが、シンディの真剣な眼 差しを前に押し黙るしかなかった。弾丸を一発ヨーンに浴びせ、公園の奥の方へと走り出す。アリッサの 溶けた手に救急スプレーを使おうと思っていたヨーコは、シンディに「ゴメンナサイ」と頭を下げ、アリ ッサの後を追った。  シンディはニッと笑って二人を見送り、そしてショットガンをヨーンに構え直した。狙うのは、その大 口の中。鱗とは違って攻撃は効いているはず、今ある弾を全部撃ち込めば黙らせる事が出来る、そうシン ディは思った。 「私はここよ。さあ、食べられるものなら食べてみなさい!」  挑発に乗ったヨーンが口を開き、同時に溶解液を吐き出す。それを予測していたシンディは瞬時にヨー ンの死角へと回り込み、手に持ったショットガンを口の中に押入れ、そしてトリガーを絞った。散弾がヨ ーンの口の中で弾け、口の中が血で一杯になる。一発、二発…シンディは躊躇なくショットガンのトリガ ーを絞った。  やがてトリガーを引いてもショットガンが反応しなくなる。それに気付いたシンディはゆっくりとショ ットガンをヨーンの口から出し、後退りした。固まっていたヨーンが地面へと倒れ、口から大量の血を吐 き出す。ビクンビクンと痙攣し、その数秒後絶命した。  シンディはもう必要のなくなったショットガンを地面に置き、ふぅと額に滲んだ汗を拭った。そしてヨ ーコ達に追いつこうと歩き出そうとした刹那、地面が激しく揺れた。地震のようだが、少し違った。  何かが、土の下にいる―――? さっきは熱くならなかった心臓が、今は熱く感じる。 「キャアッ!!」  鈍い音と共に、地面が割れた。同時に、両足に激痛が走った。見た事のない、ミミズのような化け物が、 両足に噛み付いていた。それは彼女を呑み込もうと、徐々に彼女を口の中へと引き摺り込んで行く。シン ディは抵抗しようとしたが、武器は何一つ持ち合わせていない。とりあえず手で頭と思われる部分を殴り つけたが、威力は皆無だ。 「嫌…! 嫌よ…!!」  化け物は一度大きく口を開くと、一気にシンディの胸の辺りまで咥え込んだ。激痛が全身を走り抜ける が、意識は何とか保っていた。その事で、後で地獄を見る事になろうとは、彼女は未だ信じないでいた。  足が唾液に濡れていく嫌な感触が伝わってくる。シンディは誰かに助けを求めようと、手を天に伸ばし た。広がる青空は、彼女を助けようとはしなかった。化け物が再び地面の下へと潜って行く。それと同時 に、視界がどんどん狭くなっていった。 「嫌ああぁぁぁ!!!」  バクッ…。化け物――砂虫は勢いよくシンディを頭まで口の中へ咥え込んだ。口から飛び出た彼女の繊 細な手も、ゆっくりと口の中へと流されていく。唾液が全身に絡み付いてくる。嫌な感じだった。視界は 真っ暗に染まり、それでも何とか外へ出ようと口の中暴れる。だが、それは逆効果だった。そのせいで余 計にヌメヌメした唾液に包まれ、奥へと運ばれるのがスムーズになる。  口の中は次第に手足が動かない程窮屈な場所となり、やがて止まった。シンディの運命は決まった。彼 女はもう抵抗する事も出来ず、ただひたすら、この場所で溶かされるのを待つだけだ。  涙に濡れながら、シンディは自分の手足が徐々に熱くなって来ているのを感じた。 ×××  私…頭を下げた―――。ヨーコはさっきシンディにした行為の事を思い出しながら、アリッサの手に救 急スプレーを掛けていた。ヨーコ・スズキ…日本名なのは両親が日本人だからだ。だが、彼女は生まれて から一度もその日本という国に行った事はなかった。ずっとアメリカ育ちの彼女が、何故日本特有の頭を 下げるという行為をしたのだろう。ヨーコは、自問自答した。  きっと両親のせいね。アメリカで生活している方が多いのに、それでも時々感謝の意を示す時に頭を下 げる事がある。それを見ていたから、私も―――。 「シンディ、遅いわね」  アリッサが胸の下着を隠すように上着を引っ張りながら言った。 「心配ないわよ。きっと、来る」  ヨーコはそう答えたが、心の奥底ではこう思っている。きっと、殺られたんだ―――。  二人は細い路地裏で一休みしながらシンディを待った。だが、かれこれもう数十分は経過していた。諦 めかけたヨーコが、アリッサにアイコンタクトを送る。その内容を察したアリッサは、考える間もなく首 を横に振った。自分の命を救ってもらったのに、その恩人との約束を破る訳にはいかない。必ず行くと言 ったんだから、必ず来る。アリッサは手に持ったハンドガンを強く握り締め、路地裏から外を何度も覗き 込んでいた。 「私、見てくる」  痺れを切らしたアリッサが、ついに自ら動こうと路地裏から飛び出した。 「え!? ちょ、ちょっと…!」 「きっと怪我してるのよ! 手当てしてあげなきゃ…っ!」 「ア、 アリッサ!!」  ヨーコの声はもうアリッサの耳には届かなかった。アリッサはハンドガンを片手に元来た道を戻って行 った。ヨーコはこの場に留まろうとはせず、すぐに彼女の後を追う。  全く、お人よしなんだから―――。ヨーコは思い、再びハンドガンのハンマーを持ち上げた。  ヨーンは既に息絶えていた。口から大量の吐血している事から、シンディが派手にやったんだろうと推 測出来たが、そのシンディの姿は何処にもなかった。あるのは地面に寂しく置いてある、彼女が持ってい たショットガンと、何か、巨大な穴。落とし穴などではない、まるで下から何かが飛び出したような痕跡 が残され、岩盤さえが穴の周りに飛び散っていた。 「シンディ!」  アリッサが叫んだ。だが、返ってくるものは静寂だけ。  まだ遠いが、近付いてくるゾンビの唸り声で風に乗ってやって来る。人間の臭いを、肉の臭いを嗅ぎ付 けて来たのだ。長居は出来ない、ヨーコはそう思ったが、どちらにせよ単独行動は迂闊だ。アリッサがま だこの場所に留まろうとしている限り、彼女は離れる事が出来ない。  アリッサがゆっくりと、恐る恐るその巨大な穴を覗き込もうと、前屈みになる。  穴の奥は真っ暗だった。陽が差し込んで目で見られる範囲だけでも数メートルはあるが、穴はそれより さらに深い。モグラが掘ったのだろうか? アリッサはそう考え、自分でつっこみを入れた。モグラがこ んなに大きいハズないじゃない―――。  だが、その穴を掘った主が本当にモグラだったのなら良かった。不意に穴の奥から振動を感じ取ったと 思うと、獲物が引っかかるのを待っていた砂虫が勢いよく飛び出し、アリッサの上半身を呑み込んだ。地 面から体長の半分くらいを出し、アリッサを持ち上げ自然と口の中へ入って来るようにする。 「アリッサ…ッ!!」  ヨーコは慌ててハンドガンのトリガーを引いた。ヨーンの鱗は硬く弾丸を受け付けなかったが、砂虫の 皮膚は簡単に弾丸に貫かれた。衝撃と激痛に思わず唾液と共にアリッサを吐き出す。 「ゲホッ…ゲホ」  唾液でベトベトになったアリッサは大きく咳き込み、手に持ったハンドガンを砂虫に向かって構え、ト リガーを絞った。飛び出した弾丸は空を切り、虚空の彼方へと消え去った。物が歪んで見える。何かの毒 にやられたのか、アリッサは熱でもあるかのようにハンドガンを構えたままぐったりと地面に倒れこんだ。  砂虫が逃してしまった獲物を再び胃の中へ収めようと倒れたアリッサに向かって口を開いて突っ込んで くる。ヨーコは咄嗟にシンディの残したショットガンを左手に取り、右手のハンドガンの弾がなくなるま で放った。ある程度こちらに注意を向ければいい。標的を変える事が出来るなら尚更よ―――。  砂虫がヨーコに口を向けた。同時に、ハンドガンの弾が切れる。後は早さ比べ、砂虫がヨーコをその大 口に捕らえるか、それともヨーコがさっきの路地裏で拾ったショットガンの弾をショットガンにセットし、 放つか…。  ヨーコがハンドガンを砂虫に投げ付け、素早く背中のリュックからショットガンの弾を取り出す。  砂虫が一気に迫って来る。ヨーコとの距離が刹那になる直前、銃声が辺りに轟いた。早さ比べの勝者は ヨーコ、彼女が両手に持ったショットガンからは、白い煙が上がっていた。砂虫が怯んだ隙に、残りの弾 をショットガンへ押し込む。 「喰らえ…!」  砂虫が踵を返した時には、既にショットガンの弾は全てセットされていた。ガチャン。リロードして照 準を合わせる。そしてゆっくりと、トリガーに指をかけ、絞った。  散弾は砂虫に恐怖を感じさせた。緑色の血を傷口から噴き出しながら、砂虫は地面の中へと逃げた。ヨ ーコは追ってとどめをさそうとは思わなかった。この場から離れる事が先決。せめてあの路地裏まで――。  振り返ったヨーコの目に映ったのは、今にも自分に喰らい付こうとする一体のゾンビだった。ゾンビは 口を開き、そのまま彼女の白い首筋へ―――。  ドン。銃声が一発鳴り響いた。放たれた弾丸は、そのゾンビの額を見事に貫いていた。 「油断大敵、よ。ヨーコ…」  アリッサだった。手のハンドガンからは白い煙が上がっている。アリッサはニッと笑い、上半身を起こ した状態から立ち上がろうとする。だが、毒を吸った彼女にはまだ一人では無理だった。ヨーコはショッ トガンを片手に、アリッサに肩を貸そうと歩き出した時、ヨーコの目に一体の影が映った。 「アリッサ、後ろっ!!」  遅かった。いきなりアリッサに大口を開いた飛び掛ったカエルのような化け物――ハンターγは一瞬に して彼女の腰の辺りまで呑み込み、そのまま上へと持ち上げて胃の奥へと流し込んだ。ゴクン、とハンタ ーγの喉を通り消えていく彼女が、外からでも確認出来た。その突然の出来事に何も反応出来なかったヨ ーコは、何よりも自分を責めた。ハンターγが、今度はヨーコを捕らえようと飛び掛る。ヨーコはゆっく りとショットガンを構え、最大限に引き寄せ、トリガーを絞った。  衝撃に吹き飛ぶハンターγ。一瞬だけ、ヨーコはアリッサの所へ行きたいと思ったが、彼女はまだ死ぬ 訳にはいかなかった。  上空を一機のヘリが通り過ぎていった。助かった―――。ヨーコはつい泣き出しそうになり、顔を真っ 赤にした。  ヨーコは走り出した。その容姿には不似合いなショットガンを片手に、地獄の出口を求めて。   走っていたヨーコの足場が突然割れた。宙に放り出された彼女は、下に口を開いて待っている砂虫の姿 を見た。 助かったと思ったのに、まだ、生きていけるって思ったのに―――。  ヨーコの姿は、砂虫の口の中へと消えていった。 THE END