綺麗な金色の目が眩しそうに見ているのは何時も彼の居る方向で。
彼の姿が確認出来るととても嬉しそうに笑って駆け寄って。
幾らハリセンで叩かれようが、馬事されようがお構いなしで近寄ってはバカにされ。
例え蹴飛ばされようがなじられ様が、邪魔者にされようが扱われようが。
金色の目は何時も彼を捉えていて。
共に戦っては背中を預け合い。
お互いにお互いの存在を認め合えてて、彼は金色の眼を持つ彼が傍に居る事を。
何だかんだで許していて。
そんな彼等の関係を羨ましい、と思った時期もあった。
それは、彼の一番傍に居られるようになったら。
もっともっと羨ましくなって。
だって『女』になってしまえば、彼の傍に居られる時間が短くなってしまったような気がして。
決して自分には向けられない視線を向けてもらえる金目の彼は。
絶対に彼が死ぬまで傍に居続けるだろうから。
そして彼もそれを許してしまうだろうから…
『女』に生まれて幸せだと思えた次の瞬間には。
『友』と云う名の金目の彼に嫉妬して。
『何時かは捨てられる』と云う事実に怯え始めていた。
彼は『玄奘三蔵』だから。
『三蔵法師』だから。
『女』は彼の傍に居てはいけない存在だから……
アタシはね、……貴方が羨ましかったんだよ…
………悟空……
流れ流れて…11
「何しに……来たの?」
「アタシの、…こんな姿を笑いに来たの?」
「身を持ち崩した馬鹿な女の末路を見に来たの?」
冷たい眼差しを向けて。
一刻も早く、こんな所から帰って欲しくて。
それこそ自分を卑下して、悟空にも酷い言葉を浴びせて。
「ちがっ………俺っ、…そんなつもりで来たんじゃ……」
そうだね……
悟空に限ってそんな事を思う筈がないのなんて百も承知。
けれど……
「じゃあ、こんな格好をしたアタシを見に来てどうするの?大好きな三蔵様にでも報告する為に来たの?」
「違うっ!! 俺はっ……俺は…」
「『俺は…』……何?何しに来たの?笑いに来たんじゃなければ、三蔵様に告げ口をしに来たんじゃなければ…」
―――……アタシを、…買いに来たの?
兎に角、アタシは悟空に帰って欲しくて。
似合わない、居てはいけないこんな所に貴方が居るのが許せないのよ。
アタシの勝手な思いだけれど、けれど純真無垢な貴方にこんな欲望が渦巻く最低な場所に居て欲しくなかったから。
悟空が傷付くような言葉をわざと選んで。
「悟空も女が欲しくなる年頃だったわよね。それでアタシをご指名してくれたのね」
「………っ…」
「けどね、悟空。アタシは悟空にだけは抱かれたくないの」
「……?…」
「アタシは貴方の相手をしてあげる事が出来ないって云ってるの。分かる?寝れないって云ってんの」
「………………」
「分かったら帰って頂戴。僕ちゃんにはこんなトコは似合わないのよ。
もっと擦れていない、可愛い子に頼んでさせてもらえば良いでしょう?」
「…………」
涙を浮かべ始めて。
それでもアタシの名前を呼び続ける純粋な貴方……
「変わっちゃったのよ。……アタシはもう貴方達と一緒に旅してた頃のじゃないわ。
この店で身体を売ってその日を暮らしてる娼婦なの。もうその名前で呼ばないで。今は『紫厭』って呼ばれてるの。
アタシは……落ちるトコまで落ちた女なんだよ」
ほろり、と一筋、涙を零した悟空。
「もう……、『』なんて名前の女は居ないの。貴方と旅した『』は何処にも居ないのよ」
ぽろぽろと、ぽろぽろと。
断続的に流れ続ける綺麗な涙。
身も心も綺麗な貴方は、……流す涙ですら綺麗なんだね…
「帰って?……お願いだから、…帰って……」
これ以上、貴方を傷付けたくないんだよ。
これでも悟空の事を大事な仲間だと思ってた頃があったんだから。
お願いだから、これ以上傷付けさせないでっ……
「帰りなさい!!」
途端、ビクッと身体を竦める悟空だが。
それでも彼はソコを動こうとしなくて。
業を煮やしたアタシは部屋を出て行こうと、踵を返す。
その所為で悟空の目に浮かんだ、ある一種の決意した光を見逃して。
その儘、出て行こうとして襖へと手を掛ければ。
直後に後から悟空の手が伸びてきて、アタシが襖を開けようとするのを阻止した。
「……何の…つもり?」
「……………」
出来るだけ冷たい声を出して。
出来るだけ彼を早く此処から追い出したくて。
「僕のお相手は出来ないって云ったでしょう?そんなに女が欲しければ他の女の子呼ぶから待って」
「違うっ!! 俺はそんな事をしに来たんじゃねぇっ!!」
被せるようにして、悟空はアタシの言葉を塞き止めて。
先程までの泣いていた彼とは一変してしまった表情で。
まるでアタシを睨み付けるかのような視線で見詰めてきて。
「………今日……、八戒が長安に……来たんだ」
苦しそうな……声で、………そう…云った…
「………ぇ…?……」
………八戒、が?
長安へ?
「……っべ、別に八戒が長安に行ったからって何の問題が有るって云うの?アタシには関係な……」
ソコまで云って気が付いた。
ちょっと待って…?
『今日』って云ったの?
『昨日』八戒はアタシに何て云った?
しかもアタシと寝た直後に長安に行く……
その行動、事実が示す答えは何?
そうよ、それにどうして悟空が此処を知ってるの?
誰に聞いたの?誰がアタシが此処に居る事を喋ったの?
あの頃の知り合いなんて此処には仲間と云える彼等しか居ないのに……
何で?どうして?どう云う経緯で此処が知れて、悟空が此処に来れたの?!
そんなの決まってる!!
この事を喋ったのは『八戒』だ!
「………ご、くぅ……?………」
自然と声が震えてしまう。
何で?
自分で進んでこの道を選んだんでしょう?
幾らあの時絶望していようと、この道を選んだのは他ならない自分なんでしょう?!
なのに何でっ……
『三蔵に知られたかもしれない』
その事に感情の全てが機能しなくなってしまったような。
自制心が、考えが、思考が停止してしまったかのような感じに陥って。
指先から血の気が失せていくような。
急激に血の巡りが悪くなったような。
全身に冷たい水を浴びせられたかのような錯覚に襲われて。
立っていられず、震える膝が軽くなってしまった体重さえ支えきれない、とばかりに折れてしまって。
アタシはその場に座り込んでしまう。
ぺたり、と座り込んでしまったアタシに悟空は戸惑いもせずに手を伸ばしてきて。
アタシの冷たくなった身体を支えてくれて。
酷く辛そうな顔をしてアタシを見詰めていた。
知られた…の?
八戒は、……アタシが此処に居る事を…三蔵に云ってしまったの?
だから悟空は此処を、此処に来れたの?
アタシを抱いた直後に三蔵の所に行くなんて……
幾らあの頃と変わってしまったからと云ったって、…アタシはまだ彼に心を残しているのにっ
なのに知ってて八戒は三蔵にこの事を云いに行ったの?!
どうして……?
どうして、どうして、どうしてなの?
その事は八戒だって知ってたでしょうに……
貴方はそんな事すらも許せなかったの…?
貴方の気持ちを利用するような真似をしたアタシが許せなかったの?
出来れば………放っておいてほしかったのに……
自分でこの気持ちに整理が付けられるまで。
自分で三蔵への恋慕を断ち切れるまで。
どうせもう彼はアタシへ会いにきてくれる事なんて。
アタシを迎えに来るなんて、選んでくれる事なんて有り得ないんだから……
どうして、………放っておいてくれなかったんだろう……
自分の思考へと陥ったアタシの意識を引き戻したのは、間違いなく悟空が発した言葉で。
「八戒がね………三蔵のトコに来て……をくれって云ったんだ………」
……八戒が…、三蔵に…?
「あれから……あの時の女の事が終わってから……三蔵、ずっと自分を責めてたんだ…」
三蔵が…?………自分を責める…?
「を傷付けたって…、………ずっと……ずっと辛そうにしてて……」
…今更……そんなことを…いわれて、も……
「牛魔王を倒してからの帰り道…、……何度も何度もの事探してて…っ…」
何で今頃そんなことっ…
「でも見付からなくて……、長安まで戻って来ちゃって。
そんで悟浄と八戒にを探すの頼んでて………けど、全然見付からなくて…」
もう……アタシは…、汚れきった身で…
「それまで定期的に連絡してた悟浄が、全然連絡寄越さなくなって……八戒を呼んでも埒があかなくて…」
貴方の仲間である、……悟浄や八戒………そして見知らぬ男達に身体を開いて…何度も抱かれてっ……
「だから……、何かあったんじゃないかって………もしかしたらが見付かったんじゃないかって……三蔵、すごく気にしてて…」
何人もの男達と閨を共にして…汚れて、穢れて、……もう、貴方に会わせる顔なんて……資格なんて……
「そんで今日………八戒が来たと思ったら……突然、アイツってば……をくれとか云い出して……」
………ないのに…っ……
「それに三蔵、凄く驚いて、……怒って………『アレは俺の女だ』って云ったんだけど……」
資格なんて、……ないのにっ………
「……八戒……………が、……娼婦に、なってるってなんて……云うから……」
……っさん、ぞぅ…!!
ごめんなさい……
ごめんなさい、ごめんなさいっ……貴方を裏切って、…ごめんないさい……
貴方がくれた言葉に嘘は無かったのは知ってたけれど
けれど、どうしても許せなかったのよ……
貴方の手が自分じゃない女の手を掴んで
貴方の目がアタシじゃない他の女を見詰めて
貴方の唇が自分以外の女に愛の言葉を吐いて、口付けるのがっ
どうしてもっ…、許せなかったのよ…!!
でも……それも、もう終わりだね……
貴方は自分を責めるなんて事、しなくて良いんだよ?
アタシが勝手にこんな風に汚れたんだから。
自分から身を落として、こんな世界に足を突っ込んで。
自業自得な行動に、貴方が責任を感じるなんて。
アタシはそんなの望んでないから。
貴方ほどの人なら、……幾らでも他に女なんて寄ってくるでしょう?
もう、……そんな風に思ってくれなくて良いから…
アタシはアタシで、……生きていくから…
温かい悟空の腕の中に抱かれて。
ほろり、ほろり、と涙を流し。
は酷く濁った眼差しを彼へと向けて。
「………ねぇ……ごくぅ……」
「ん……何?」
「三蔵に……伝えてくれないかな…」
「っ……うん!俺、何でもするからっ…だから」
「アタシの事なんて、…忘れて下さいって……」
目を見開く悟空。
ゆっくりと目を閉じる。
「八戒にも……悟浄にも……、そう…伝えて?」
「……?」
「そして、……悟空…。…貴方もアタシの事なんて忘れて……」
―――………おねがいよ……
小さな小さな声で、まるで呟くように囁かれたの声は。
何処か震えていて。
ゆっくりと目を開けたは彼の両頬に手を添えて。
酷く悲し気な笑みを浮かべて悟空の眉間へと唇を落として。
とても小さな声で。
―――…さよなら……
と、泣きそうな笑みを浮かべて悟空の優しさ、そのもののような手を振り切って突き放して。
「龍隆、どうせ居るんでしょう?お客様がお帰りよ」
そう、娼婦の顔で言い残し………立ち上がり、部屋を出て行った…