「……どうしたんだい?…紫厭」
「……………」
「今日はまた一段と機嫌が悪いみたいだね」
悟浄が帰った後に己の部屋にやって来た、代わりの男。
先程まで自分を抱いていた男とはまったくと云っていい程に違う、薄いブロンドの髪を燻らせて。
自分が望んだ所為で伸び気味になったその色に、救いを求めるようにして見上げて身体を寄りかからせる。
「……君は…、本当に甘え上手だねぇ…」
寄りかかられた男、龍隆はそう云って軽い溜息を付いた。
流れ流れて…5
「ねぇ、『』。君が此処に来てからさ、初めてだったんだよね」
優しい声を出しながらも。
彼が何を考えてその事を口に出しているのかを計りかねていたは。
もう考える事を放棄したいかのように彼の衿を引っ掴んで口付けた。
龍隆はソレに逆らう事なく、彼女の望むままに好きにさせて。
だってソレが交換条件だったから
が此処へ来る事へのたった一つの条件で。
彼女が望む時、望む儘に自分と肌を重ねる。
ソレは此処での稼ぎ頭の彼女の特権のように思われているが。
その契約は出会った当初から決められていて。
彼女をあのバカな男達から救い出した時に、彼女の方から持ち出してきたその条件は。
始めっから自分に有利なモノだと、その時の龍隆はそう思ったのだが。
大して時を経てずに察したのは。
自分は誰かの代わりで
彼女の思い続ける男の代わりで
彼女が示す、この愛しい男へと甘えるような仕草は全てその男へ向かっていて
自分を見ているようで、全く見ていない彼女の目。
酷い悲しみを湛えているようなソレに惹き付けられたと云ってしまえば人間の心なんてモノはとても簡単で。
それは此処の客にも云える事だったが。
何か陰りを持つ彼女は瞬く間に売れっ子になり。
それでも当日に寝た男とは、決して共に眠りに付かず。
何故か明け方近くになると、ふらっとやって来て。
そして自分の床で甘えるように、何かに謝罪するように抱き付いてきて。
そして二人で眠る。
己も花街の一店を仕切る男の一人として色々な女を見てきたつもりだ。
自分の男に売られて来た女。
金に困って売られて来た女。
借金のカタに売られて来た女。
此処で生まれて、此処でしか生きられない哀れな女。
己から好きで此処に来る、ちょっと変わった好きモノな女。
本当に千差万別で、色々な、様々な女達を見てきた筈だ。
なのに、何でなんだろう。
何故かこの女だけは何処かが違って見えて。
否、只単に己の贔屓目なのかもしれない。
だけれども、この女だけは何人もの男達に抱かれても抱かれても。
穢れる事を忘れたかのように。
汚されても汚されても、一向にその汚れは彼女に染み付かず。
自分の決められた仕事をこなす度に私の部屋へとやって来て。
言葉もロクに交わさずに。
只管に甘えにやって来る。
それすらもが他の女と違ってやたらにベタベタするのと違って思えるのだから。
我ながら重症なのかもしれないが。
それでも自分の気持ちを素直に受け止めれば。
確かに彼女へと惚れていて。
拾った時から何処か現実を見ていない。
酷く綺麗な女だとは思っていたが。
此処へ来て、更に女の魅力に磨きがかかったのか。
憂いを帯びた表情と目に惹き付けられて。
そして毎夜、抜け出して来る彼女の表情に。
私では無い、本来、彼女が救いを求めている男の代わりに懺悔するかのように何度もキスや交わりを求められ。
心の何処かが痛みを訴えてきてしくしくと痛んだが。
それでも深く追求すれば、逃げていってしまうかのような。
消えてしまうかのような儚さに。
恐れをなして聞けず終いだった今迄だったのだが。
それも今夜で終わりなのかもしれない……
必要とされなくなったアタシ。
昔の女をどうしても放っておけないから、なんて良くあるような事情と科白で。
呆気ない程、簡単に捨てられて。
アタシには彼しか居なかったのに。
彼にはアタシ以外のヒトが居た。
たったそれだけの違い。
交わってはいけなかった人と同じ時を過ごしてしまった罰なのか。
職業柄、してはいけない行為をあの人としてしまった罪なのか。
アタシは彼を永遠に失って。
挙句、こんなトコで身を汚し続けて。
オマケに彼の少ない友人(彼は認めず、下僕だと言い張るだろうが)と身体を重ね。
あぁ……
アタシはいったい
何処まで落ちていくんだろう……
彼の身代わりにしている男の気持ちの変化なんて随分前から気付いてた。
あの人にしていたようにして甘えていた所為なのか。
龍隆の視線は嬉しいような悲しいような、とても複雑なモノになって。
それでも彼はアタシの手を振り解かないから。
ズルイ女だなんて分かってる。
卑怯な手を使って自分の傷付いた心を慰めているなんて、もうとっくに気付いてる。
今でも彼の事を忘れられていない自分がとても惨めだなんて云われなくても認識済みだ。
でもまだこの人の優しい手は振り解けない。
呆気なく捨てられたアタシを必要としてくれたこの人を。
アタシはまだ必要としているんだから。
だから龍隆……
また、慰めてくれる…?
あの人に寄り近いヒトと身体を重ねてしまって
罪悪感に苛まれているアタシを抱いてくれる?
バカな女と思っていいから
蔑んでもいいから
あの人に似たその容姿で、アタシを抱いて……